有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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ファントムズ戦決着です。


最後の亡霊三連戦第24戦後編

     ★

 七回表も抑えた王臣。

 芯を外されてセカンドゴロに終わった草悟がベンチで休む王臣に尋ねる。

「王臣さん。俺、聞きたいことがあるのですが」

「この超・王臣にかね?いいだろう、美空監督の魅力を三日三晩包み隠さず教えてあげようではないか」

「あ、それはまた別の機会に」

 そう言って草悟は話を戻す。

「入江さんの言葉に対して、王臣さんは鼻で笑ってましたよね?あれって何故なんですか?」

「ああ、さっきのかね」

 真剣な会話をするつもりになったのか、美空のことを熱く語ろうとする紅潮は消える。

「簡単な話だ。草悟君。今日の試合はどういう試合だい?」

「今日の試合ですか?うちは俺含め一人も塁に出ることが出来ず完全試合させられそうな試合ですね」

 淡々と草悟は答える。

「なるほど。確かにそうだ」

 だが、と王臣は続ける。

「今日の試合は三位に転落したファントムズから三位の座を奪い、首位を走るポセイドンに追いつくための足がかりとなる試合。……優勝争いをするためには落とすことが許されない試合といえる。つまり勝たなければならない試合なのだ」

「……」

 感心したように草悟は頷く。

「それなのに何故不名誉な敗北を意識する?完全試合を免れたいから試合をしているのか?」

 ベンチ中に届く大きな声で王臣は言った。まるでベンチ全員に伝えるように。そしてそれはネクストサークルで準備をしている入江にも聞こえていた。

 勝手なことを言いやがってという批難の視線を正面から受け止め、王臣は続ける。

「我々は人間だ。どんなに全力を尽くそうとも負けることはある。だが“完全試合をされる”という不名誉にとらわれて逃れるための試合をして楽しいのか!『我々はプロ野球選手だ!』と胸を張っていえるのか!?もしそれでプロを名乗るなら滑稽としか言いようがない。だからこの超・王臣は鼻で笑ったのだ!」

 周りにどう思われようと気にせず、王臣は言い切ってみせた。

「まて、王臣」

 口を開いたのは中宮寺だった。

「私達はまだ勝負を捨ててないぞ!」

「そうかもしれません。だが私には完全試合をされることに恐れているようにしか見えない。別にどうでもいいと思いますが」

「どうでもいい、だと?お前は完全試合をされて悔しくないのか!」

「中宮寺殿。それこそどうでもいいと思いますが?」

「なんだと――」

 何かを言おうとする中宮寺の前に王臣が続ける。

「最後に笑っているのが我々であれば、過程はどうでもいいのでは?」

 王臣はそう言ってネクストサークルの入江を見た。

「ストライク、バッターアウト!」

 十球以上粘ったものの三振に終わった杉井の代わりに、入江は打席に入った。

 

      ★

 七回裏。2アウトランナーなし。完全試合は続いていた。

 入江は考えていた。

(ここは、狙うべきか?)

 鳳は七回にも関わらず球威はほとんど落ちていない。スイーツ戦に限っては序盤から飛ばしてもボルテージが上がって後半にも続いているからだ。

 初球。内角低めのストレートは外れてボール。

 入江は気づく。

(やっぱり鳳さん。七回にも関わらず良い球が来ている。でもやっぱり精度が落ちている)

 今なら甘い球が来るかもしれない。ホームランを打てるかもしれない。そんな考えが入江によぎる。

 ホームランを打てれば完全試合を阻止することが出来かつ逆転を許さなければ勝てる。

 しかしもう一人の自分が呟く。甘い球が来るなら長打を狙わず次につなぐことを考えた方がいいのではないか、と。

 入江はチラッと三塁を見る。三塁手の不枝木七八が後ろ気味に守っていた。上手く転がせばセーフになる可能性は高かった。

 2アウトでもランナーとして出れば鳳にプレッシャーをかけることが出来る。同時に完全試合を阻止することが出来る。

 次を信じて出ることを考える。その考えも間違いではないはず。

(……どうすればいい)

 入江はベンチを振り返る。

 王臣がじっと見つめていた。

「……!」

 その顔を見て、入江は笑い、迷いを消した。

 

 

     ★

「入江さん、何を考えているんですかね?」

 草悟の呟きに隣で見る王臣が答える。

「サードが随分後ろにいる。1ボールだしセーフティバントでもしようとしているのかもしれないね」

「……王臣さんはどうすればいいと思います?」

「さて……」

 王臣は視線を草悟からグラウンドに戻し、

「それは見てのお楽しみ、と言ったところかな」

 端正な顔に微笑を浮かべた。

 

     ★

 鳳が腕を振り上げて、投げる。

 直衛が要求したのは外角高めのストライクゾーンからボールゾーンに逃げるスライダー。だがそのスライダーは思ったほど曲がらずストライクゾーンを通過しようとする。

 そのボールを、

 

 

 カキィィィンッ!

 

 

 入江はフルスイングした。

 打球は見る見るうちに外野に伸びていく。

 入江はセーフティバントをしなかった。次につなげるという安心よりもここで一点を取る可能性にかけた。例えそれがわがままだと批難されようとも。

 愕然とした顔で鳳は打球を追う。

 しかし。

「十曲ッ!」

 ライトに向かっていく打球に視線を切らせず走りながら右翼手の桜木は中堅手の名前を叫び、ラバー素材の壁にスパイクを喰いこませて壁を走るように登り、グラブに打球を当てた。

 ホームランと思われた打球はフェアゾーンに落ちていく。そのボールをライトまで全力疾走してきた十曲がダイビングキャッチした。

 プロ野球至上初めてかもしれないビックプレイに両軍のファンが歓声を上げる。

 仲間のビックプレイに鳳はグローブで拍手しながらホッとしたような、悔しげな、曖昧な表情を作っていた。

 歓声を聞きながら入江は笑みを浮かべながらベンチに下がった。

 王臣の視線に気づき、声をかけた。

「ごめんなさい、ホームランにできなくて」

 その言葉に王臣は首を横に振る。

「いや、入江舞名。貴女のプロとしての意地、見せてもらったよ」

 満足そうに笑った。

「そう」

 嬉しそうに笑う入江に王臣が驚きの発言をする。

「それでは超・王臣。全力を出すとしよう」

「「「え?」」」

 その言葉に入江を始め多くの人間が同じく声を漏らす。

 注目を集めた王臣は不適な笑みを浮かべる。

「長い試合になりそうだったので少し余裕を持たせようと。だが!」

 台湾からやってきた新外国人は気合を入れて、咆哮した。

 黒髪は金色に逆立ち、体からは金色のオーラが帯びる。

「ここからは神をも超える男、超・神臣になって戦わせてもらう!」

(((お前はスーパーサ○ヤ人かよ……)))

 その姿に、ベンチにいた人間は固まった。

 

     ★

 八回表。

 某格闘漫画のようにパワーアップした姿となった王臣は化け物と言うしかなかった。

「超・神臣の力、存分にお見せしよう!!」

 始まったのはもはや野球ではなくショーだった。

 一番の豊繫から始まる打順で球にもうすでに慣れてきたはずの四順目。

 バシンンンッッッ!!

「ストライク、バッターアウト!」

「ば、馬鹿なッ!?」

 ストレートに滅法強い豊繫凶死浪がストレートを待っていて振り遅れる空振り三振。

 バシンンンッッッ!!

「ストライク、バッターアウト!」

「疑疑。これが100球以上投げた人間の投げる球か……」

 第三打席に二塁打を放った影沼腐深がかすることすら出来ない空振り三振。

 バシンンンッッッ!!

「ストライク、バッターアウト!」

「ギギギッ、どこにこんな力が!?」

 これまで幾多の威力のある剛速球をスタンドに運んだ不枝木七八は王臣の気迫が乗り移ったかのようなボールに惑わされ、釣り球にバットが思わず出て空振り三振。

 この回。王臣は一回に投げた投球を上回る気迫の篭った投球で9球で三者連続三振と目が慣れたはずのファントムズ打線の1,2,3番を完膚なきまでに叩き潰した。

 

      ★

 八回裏。

 未だ一人の打者も許していないファントムズのエースが迎えるのは隠九条憂男。

 ここに来て隠九条はある作戦を立てる。それはナックルを捨てるというもの。その作戦は成功し、2ボール2ストライクで投じたギリギリボールゾーンに落ちたナックルを隠九条は見逃しフルカウントになった。

 完全試合をするには一人の走者も許されない。もちろん四球も。

「…鳳」

 タイムを取った直衛がエースの元に歩み寄る。

「……何よ、直衛さん。こんなところでタイム取らないで下さいよ」

 息を切らせながら近づいた直衛に文句を言うエース。

「…はっきり言おう。この回のお前のナックルは悪い。隠九条はナックルを捨てて他の球をカットする気だ。甘い球が来るかボール球が来るまで」

「だったら力ずくで――」

「…アレを投げろ」

 アレ。その一言に鳳はこめかみをピクリとさせる。

「直衛さん。私がアレを投げないと抑えられないと?」

「…そうだ。ストレート、スライダー、ナックル……今のお前ではどれを投じても隠九条は打ち取れない」

 嫌味と冗談を交えて言った言葉が肯定される。

「直衛さん。わかってますよね?私がアレをスイーツ戦で投げたくないことを」

 アレ。ファントムズのエースが言うアレとは美空星蘭が現役時代に得意としていた変化球だった。

「…断言しよう。アレを投げなければお前はこの試合完全試合をすることは出来ない。そして――」

 直衛は言いたくない言葉を紡ぐ。

「…お前を裏切った“三流監督”のお前を降板させた決断が正しかったと証明されるだけだ」

 直衛の心が痛む。プロ野球選手初の女性選手であり、現役時代誰もが諦める状況であっても懸命に投げ続けた偉大な選手を。日本球界でトップクラスと言われる自分が尊敬する人間を“三流”と言ったことに。

 しかし直衛はそう言うしかなかった。過去に苦しむエースの鎖を解き放つために。

「…見せ付けてやれ。“プロ野球選手初の女性選手という肩書きに執着してお前に完全試合をさせなかった三流”に格の違いというものを!」

 そう言って直衛はキャッチャーボックスに戻った。

(そうよ、そうよね。あいつの決め球たったアレも私にとってはカウントを稼ぐ球に過ぎない。私のナックルにも劣る球なのよ!)

 直衛の一言に気をよくしたファントムズのエースは腕を振り上げる。

(美空星蘭。お前の決め球は私にとって投球の一つに過ぎない。つまり私の方が上。それを証明してやる!)

 鳳は美空が現役時代、切り札として使っていた球を投じた。

「!?」

 隠九条は固まる。ストレートよりさらに遅い。だがナックルではない。

 あまり浮き上がらず低い軌道を描き、打者の手元に急激に落ちる。目の前で加速したと錯覚するボールに隠九条は手が出せなかった。ボールは真ん中低めに決まっていた。

「ストライク、バッターアウトッ!」

 ファントムズのエースは、美空星蘭が魔球だと言われた、一般的なカーブとは違う軌道を描くカーブで隠九条を見逃し三振に打ち取った。

 続く五番東鬼、六番白藤もカーブでストライクカウントを稼がれ、ボール球に手を出し内野ゴロに終わった。

 

 

      ★

 九回表。

 直衛は打席に立つ。

(…ここで一点を取らなければ)

 ファントムズの四番は念入りに素振りを行う。

 鳳の球は徐々に球威やキレが落ちていた。今まで投げていなかった現役時代の美空星蘭の魔球と称されたカーブを決め球として使用することで何とか打者三人でしとめた。しかし延長に入れば捕まるほど疲労している。

(…あいつに、完全試合を達成させる。そのための一点を俺が取る……それがファントムズの四番であり正捕手の俺の役目!)

 気合に満ち金髪になった超・王臣が放つ剛速球を直衛は振りぬく。しかし球威に押され打球は前に飛ばずバックネットに飛んでいく。

 キャッチャーマスクを脱いだ古山が全力で追ったが打球はバックネットに当たりファール。

 直衛は心の中で呟く。

(…神よ。ファントムズのため、過去に苦しむエースのため……力を!)

 先ほどよりも速い砲弾のようなストレートを、直衛は先ほどファールにした時よりも神経を研ぎ澄まし全力で振りにいく。

 しかし打球は前には飛ばずフラフラと三塁方向のファールゾーンにポトンッと落ちる。

 そして。運命の三球目。

「…ッ!」

 直衛は自分が持てる全ての力と技術をフルスイングする。渾身のスイングに王臣の弾丸のようなボールにかする。しかし打球は古山のミットに収まった。

 初回を上回る超・王臣の投球と大黒柱の三振にファントムズ打撃陣の心は完全に折られた。五番唐沢、六番不枝木謎葉もバットを振るがかすることなく三振に打ち取られた。

 

     ★

 九回裏。

 吹き出る汗をハンカチで拭いながら鳳火呼子はマウンドに立つ。ファントムズはまだ一人も走者を許していない。そして走者を許さない投球を続けていればファントムズには負けはつかない。

 美空が出来なかった完全試合を成し遂げる。完全試合まであと三人で降板させた美空に間違いだと証明させる。

 その怒りと復讐心が疲労で今にも倒れそうなファントムズのエースを動かしていた。

 七番岡本純一を高めの釣り球でキャッチャーフライ。八番古山のところで代打で現れた左打者の数合瀬をショートライナーで切って取った。

 好投を続ける九番超・王臣の打順で美空が動いた。

『選手の交代をお知らせいたします。ピッチャー、超・王臣に代わりまして、中宮寺。背番号3』

 怪我でベンチスタートとはいえスイーツの四番の登場に完全試合をされることで意気消沈していたファンが沸き立つ。

(来たわね。ファントムズを捨て美空の元に走った裏切り者!)

 気力を振り絞り、鳳は腕を振り上げる。右腕から放たれたのはナックル。

 ボールゾーンに行くと思われたボールはライト方向からホームに流れる強い風に流され、ストライクゾーンに入った。

 

     ★

(風がライトからホームに流れているわね)

 右翼手の桜木はたなびく旗を見ながら考える。

(中宮寺さんの打球は8割方レフト方向。だったらセンター方向に守備位置を取った方が良さそうね)

 天気と風向き、経験則、相手のデータを下にゴールデングラブ賞常連の名右翼手・桜木傾子はセンター方向に立ち位置を動かした。

 

     ★

(伊達にエースを名乗ってはいないわね。ここに来てまだこんな球を投げるのだから)

 中宮寺は心の中で舌打ちをする。

 マウンドに立つ鳳火呼子は肩で息をするのがわかるほど疲弊している。なのに投げる時には全力で投げ込む。疲弊する姿に騙されていたら三振に終わるほど。

 そして中宮寺はすでに2ストライクと追い詰められている。自分がボールだと思っても審判がストライクと宣告した時点でこの回で勝つことはなくなる。

(王臣は一人で投げてきた。ここで私が討ち取られれば延長。延長になれば連投や登板過多で疲弊している中継ぎを出すことになる。それだけはするわけにはいかない)

 自分で決める。

 その覚悟で中宮寺優奈子はバットを強く握る。

 鳳が振りかぶる。

 ボールは遅いストレートと思えるスピードで激しく揺れる。

(高速ナックル!?)

 ボールは風に流され完全なボールゾーンからストライクゾーンに入るか入らないかという微妙な位置に落ちようとする。

 中宮寺は全力でそれを振りにいく。ボールはそのバットから逃げるようにボールゾーンに逃げていく。

 間近で見ていた直衛は三振と確信した。しかしその確信は打ち砕かれた。

 中宮寺が左手を完全に離し、右手一本で食らいついてきたのだ。

 打球はライト方向のファールゾーンに飛んでいく。しかしライトからホームに流れる強烈な風にフェアゾーンに押し戻される。

 センター方向に守っていた桜木がダイビングキャッチを試みる。

 入江のホームラン性の打球をフライにしたことにファントムズとファントムズファンは取れると信じ、スイーツとスイーツは取らないでくれと祈る。

 打球は

「……ッ!?」

 懸命の腕を伸ばしたグローブの先だった。

 桜木がボールを取ったときには中宮寺はすでに二塁を回っていた。矢のような送球がライト最奥からサードに送られるが、セーフ。

 中宮寺優奈子の三塁打によって、鳳火呼子の完全試合は崩れ落ちた。

「……。鳳」

 山元は目を静かに閉じた。

 本来ならばここで投手交代を告げるべきだった。しかし彼には出来なかった。

 鳳火呼子がスイーツを捨てファントムズに来たのは自分が言った嘘が原因だということを知っていたからだ。

 ここで彼女を変えればその嘘が嘘だったと鳳火呼子の信頼を裏切ることになる。

 結局山元は投手交代をしなかった。

 打席は一番草悟。

 その初球。指に大きな負担がかかるナックルの多投ですでに指に力が入らなくなっていたファントムズのエースは投球動作の途中でボールを落としてしまった。

「…鳳」

 ファントムズの正捕手は下唇を噛んだ。

「ボーク!」

 審判が三塁の中宮寺に進塁するように指示。中宮寺優奈子がホームを踏み、スイーツは完全負けからサヨナラ勝利をもぎ取った。

 

      ★

 翌日にはホームでグリフォンズを迎えてということもあり、ファントムズは新幹線で帰路についた。

「…ふう。そろそろ寝るか」

 新幹線で試合の反省をまとめたノートに目を通した直衛は床につこうとする。その時

 

 

 プルプルプルッ、プルプルプルッ、

 

 

 携帯電話が鳴る。鳳火呼子からだった。

「…もしもし」

『あ、直衛。ごめんなさい。こんな夜更けに……ちょっといいですか?』

 今にも消え入りそうな声に直衛は問題ないことを告げる。

『……直衛。私は、間違っていたのでしょうか?私はあの女、美空星蘭に認めさせたくて……FAでスイーツを出た。そして再び訪れた完全試合が出来た試合で逆転負け……』

 直衛は言おうか言うまいか考える。今言おうとしていることは彼女を追い詰めることにならないのか、と。

『……本当に、バカみたいですよね。あの女に負けて……お笑いものですよね』

 自嘲する鳳に直衛は心を決めた。

「…お笑い?俺には失笑だな。所詮お前はその程度の投手であると気づいたからな」

「……なんですって?」

 自嘲した雰囲気が一変、電話越しから人を殺せそうな怒気をはらむ。

(…失笑?どの口が叩くのだ、直衛。あの試合を落としたのは自分ではないか)

 心の中で自分を責めながら直衛は言い放つ。

「…お前は本当にバカだよ!美空星蘭にされたことを根に持ち、我を通した結果チームは負けた。とてもじゃないがファントムズのエースなんて名乗るのが恥ずかしいくらいだ!」

(…だったらお前はどうなんだ?鳳を傷つけることを恐れ、言うべきことを言わず、決断すべきことを決断しなかった自分が?試合をコントロールしなければいけない捕手のくせに!)

『……そう、ですね。最後の最後で裏切り者の中宮寺に打たれた私に……私にはエースという称号は――』

「…馬鹿野郎!!中宮寺のあの三塁打は天候や色んなものが偶然にも重なり合ったマグレ中のマグレ。二度と起こりはしないマグレなんだよ。そんなこともわからないのか!?」

『……!?』

「…なのにたった一回のアンラッキーでそんなにバカなことを言うほど弱弱しくなってしまうのか?自分の球を信じられないなら、とっととプロなんか辞めて、金持ち誘惑して結婚して引退しろ!!」

『……ッ!!』

「…8回・100球を超えて気合だけであれだけの球が投げられる。お前はエースだ。ファントムズという小さな枠のエースじゃない。日本を代表するエースだ。お前のプロ野球人生はあと十年続く。今日の試合はその何百試合の内の一試合に過ぎない」

『……』

「…過去なんかにこだわるな。未来を見ろ。もっと強くなりたいのなら!」

『……』

「…すまなかった。暴言を吐いて。しばらく無視をしてもいい」

『直衛』 

 次の瞬間

『アンタに何がわかるって言うのよ!私がどんな思いでスイーツを出たのか、知らないくせに何が『過去にこだわるな』よ。アンタに私の何がわかるって言うのよ!!』

 堰を切ったように感情をぶつける。直衛はそれを黙って聞く。

 しばらくすると怒声が鼻をすする音に変わる。

『わかっているわよ、私だって……あの試合、私がもう投げる体力がないことを……完全試合というプレッシャーに押しつぶされそうになっていた私を“美空コーチ”が察して、毛利監督に降板するように進言したことは……わかってるわよ!!』

「…わかっていたのか」

 直衛はつぶやく。そして復讐心にかりたてられていた女性投手を誤解していたことに気づく。

『直衛。貴方ってバカでしょ!?私の機嫌を損ねて、何のメリットがあるんですか?そんなリスク、背負う必要ないじゃないですか……直衛って……本当はバカでしょ』

「…そうだな、俺はバカだな」

 直衛は苦笑する。

『直衛。私は強くなります。過去にとらわれず、未来を見て……日本を代表するエースになります。でも直衛も約束して下さい。私が日本を代表するエースになるなら、直衛も日本を代表するキャッチャーになると!』

「…ああ、約束しよう。それじゃあ」

『待って』 

 切ろうとする直衛を鳳火呼子が止める。

『私は絶対にエースになってみせます。でもそれは茨の道。多くの人を敵に回すことになると思います。それは別にいいです。でも直衛は……直衛だけは……私のそばに居てください。……お願いですから』

「…」

『……それでは、おやすみなさい』

「…あ、……おやすみなさい」

 直衛はなぜか頬を染めながら電話を切った。

 

 

     ★

「ん?」

 ベッドにつこうとする美空の携帯電話にメールが入る。

 FAでファントムズに移籍して以来連絡がなかった鳳火呼子だった。

 美空はメールを開く。

 タイトルがないメールの本文は『申し訳ございませんでした』だけ書かれてあった。

 愛弟子ともいえる女性投手が何に謝っているのか察した美空は本文だけ書いてメールを送信した。

『ファントムズのエースへ。クライマックスシリーズで会おう。スイーツの監督より』

 




残念なお知らせです。

今日インターネットが繋がらないところに転勤します。次投稿できるのは来年になりそうです。
読んでくださる方がいらっしゃいましたら、本当に申し訳ないです。

感想を下さると励みになりますのでお手数ですが感想をいただければ幸いです。
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