有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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外伝 隠九条憂男物語

 バッティングっておもしれぇ。

 

 ボールが飛んでいく感触。バットに残る余韻。綺麗な放物線を描いて飛んでいくボール。

 後にプロ野球選手としてスイーとエンジェルズのクリーンナップを務める男の第一歩は、中学三年の時に「メンバーが足りないから」と近所のおじさんに頼まれ草野球の助っ人を頼まれ、ホームランを打った時から始まった。

 打撃に魅了された隠九条はすぐに野球部に入部。授業や遊び以外で野球をやっていなかった経験不足を天性の長打力と努力、根性で補った。そんな甲斐あって高校一年の夏にはクリーンナップを任されるようになった。

 高校三年の春。キャプテンに就任した隠九条は持ち前の打撃と逆境にも負けないしぶとさでチームを引っ張り母校・去華(さりばな)高校を甲子園初出場に導く。甲子園では一本のホームランを放つも相手が甲子園常連の強豪校ということもあり一回戦で敗退したが、それでも甲子園初出場を果たした中心選手として地元ではヒーローとなった。またこの時試合を見ていたスイートエンジェルズのスカウト、御山の目に留まったのも彼の人生に大きくかかわっていく。

 夏。甲子園常連校に決勝で敗れ再び甲子園の地を踏むことはなかった。だが長打力だけでなくチームを 咤し鼓舞し、チームメイトに声をかける彼の立ち振る舞いを見ていた御山は「彼はスイートエンジェルズの看板を背負う名選手になる」と。それは「彼程度なら別にドラフト1位で取らなくていいのでは」という疑問を投げかけるスタッフを「彼ほどの選手を獲得できなければスイートエンジェルズの初優勝は半世紀遠くなる」と即座に否定するほどだった。

 御山の強い主張と相次ぐ主力のFAで首脳陣はドラフト1位で単独指名。

 入団会見で隠九条は「スイーツ初の新人王を獲得します」と公言した。

 この時隠九条は知らなかった。この発言が自分自身を苦しめることになることに。

 高校通算75本のホームランを放った長打力を期待し、彼を将来の四番候補にすることを決めた球団はより早く一軍に慣らせようと積極的に隠九条を立たせる。

 球団の方針・期待、そして新人王になるという公言を守ろうと隠九条は努力した。だがこれが“自分のウリである長打力を球団やファンに見せなければならない”という焦りにつながり、“打たなければならない”という気持ちが彼本来のバッティングを崩すことになる。

 開幕戦、八番サードで出場した隠九条。しかし結果を求めすぎた彼は本来なら見逃すようなボールにも手を出してしまい凡打を連発。完全にチームの足を引っ張る存在になっていた。

 それでも球団は彼がその経験が糧になると期待して試合に出し続けた。

 今まで打てていた自分へのギャップと自分の不甲斐なさを責める周囲の批難に耐えながら、隠九条は試合に出続けた。結果は新人王にはほど遠い散々な成績だった。

 翌年も彼は一軍にいたがオープン戦での結果に球団はこれ以上プレッシャーのかかる一軍にいては潰れてしまうと判断。いままで一度も一軍を放れたことのない隠九条に二軍行きを通達した。

 二軍に席を置くようになっても、自分を見失ってしまった隠九条は本来の自分を取り戻すことが出来ないでいた。

 

 何で俺は野球をしてしまったんだろう……何で俺はプロ野球選手になってしまったんだ?……

 

 自分が“野球を志すようになったあのホームランは自分を地獄へと誘う幻だったのでは?”と思い込むまで追い詰められていた。

 精神的に疲れた隠九条は何もかも忘れたくなっていた。救いを求め彼は手にしてはならないに手を出してしまう。

 

 酒。

 

 未成年である自分が飲酒をしたことが発覚すれば厳しいペナルティが課せられることを入団当初で行われた講習会で学んでいる。

 しかしこの苦しみから逃れるならば、と彼は人気のない自動販売機で大量のビールを買った。酒をばれないように隠し、寮の玄関をくぐる。

 後は自室で飲むだけ。

 その時だった。

『さぁ回は八回表。七番白藤(しらふじ)が四球を選び一死三塁一塁とスイーツ、チャンスを拡大。ベンチには一発もある岡本がいます。しかし毛利(もうり)秀章(ひであき)監督、八番杉井に代打を出さずそのまま送りました』

『杉井君は長打力はあまりありませんがそれを補ってなお余るバントの上手さと足の速さがありますからね。試合はスイーツの一点リード。大量点よりも最低限の仕事をしてくれてかつ鉄壁とも言える守備を持つ杉井君にかけたんでしょうね』

 音の方がする方へ振り返るとそこにはスイーツ対コスモスターズの中継が。

『バッターボックスに立つ杉井。そんな毛利監督の期待に応えられるか?ピッチャー第一球を投げた。……おっとこれは大きく外れてボール』

 隠九条はその場に立ったままジッとテレビを見続ける。

『あぁ、杉井。ボールになるであろう外角低めの難しい球に手を出してしまった!セカンド市丸(いちまる)二塁に送り4-6-3のダブルプレイ!杉井、執念のヘッドスライディングを見せましたがあと一歩及びませんでした』

『ノーストライク3ボールでしたからストライクゾーンに投げてくると杉井君は読んだんでしょうね。しかしその裏を読んだキャッチャーの愛染(あいぜん)とその愛染の要求通りの球を投げたピッチャーの西仙(さいせん)、さすがですね』

 解説が相手バッテリーを褒めると、画面はチャンスでゲッツーという最悪の結果で終わった杉井を映る。

 

『なにやってんだよ、オラッ!』、『あんな球に手を出すんじゃねぇよ、バカが!』、『ヒット打てなくてもいいから最低限の仕事をしろよな!』

 

 観客の心ない罵声がやや俯せがちの同期に浴びせられるのを隠九条は黙って見た。

(杉井、辛いよな。チャンスで打てなくて悔しいのに、ファンはそんな心情を無視して好き勝手言うんだから)

 同じ体験をした隠九条には、今の杉井の気持ちは痛いほどわかった。

 その後CMが入りテレビがスイーツの守備陣を映す。ライトの守備に入った杉井にまだ罵声が浴びせられる。しかし彼の顔に悔しさなどのマイナスの表情はなかった。あるのは今目の前のことに集中するプロフェッショナルの顔。

 画面はピッチャー成田(なりた)とキャッチャー篠原(しのはら)、一発長打の七番立木(たちき)の対戦画面に変わる。その初球。顔近くまである吊り球を立木はブオンッ!という音が聞こえそうなスイングで当てた。ボールは向かい風にも関わらずライト方向へ伸びていく。その打球と共にテレビは打球を見ながら必死に追いかける杉井を映す。そして

『おっと杉井。フェンスにぶつかりながらもガッチリとボールを掴んでいます。これにはピッチャー成田、ファインプレイを見せた杉井に笑顔でグラブを叩きます』

『普通ならファールになると諦めて、もしくは怪我を恐れて取りに行かない所を杉井君、よく追いかけて取りました。しかもいつも守っているのは内野なのに本職に負けない守り。今のプレイでどれだけ練習してきたかわかりますね』

「!!」

 解説の言葉に隠九条はハッとなる。

 隠九条と杉井は同じ内野手。隠九条は近くで杉井を見ていた。杉井が三塁手に固執していることを知らない隠九条だったが、杉井が守備・打撃・走塁……全ての練習に執念といえるほど必死に取り組む姿を間近で見ていた。

 

「俺は、何をやっているんだ……ッ!」

 

 熱い滴が目から溢れ出てくる。

 テレビの内容を隠九条は思い出す。

 ゲッツーとなり落ち込んでいるだろう。観客から罵声を受けて傷ついただろう。それでも切り替え、目の前のプレイに全力を尽くす同期。対して自分を見失い酒に逃げようとした自分。

「やってやる!」

 小さく、それでいて重い決意がこもった声で……隠九条は誓う。

「同期のあいつがあれくらい練習に打ち込んでいるんだから俺もやってやる!あいつに負けない、あいつと同じ目線に立てるくらい、あいつに認められるくらいに……あいつと同じ舞台で立つことが許されるくらいに……努力して、這い上がってやる!」

 

 何としても杉井と共に一軍の舞台へ。

 

 そう心に決めた隠九条は変わった。真剣にやっていた練習を必死の覚悟でやるようになった。

 三振や凡退で罵声を浴び、普段なら落ち込む所を“あいつならその場では悔やむだろうがすぐに切り替えたはずだ。反省は後で出来る”と自分を切り替えるようになった。

 杉井と同じ舞台に立つ。その決意が“結果を出さなければならない”という焦りを無くし本来の自分を取り戻させた。

 その後二軍で好成績を残した隠九条は一軍に復帰。一軍復帰の三日目にはガーディアンズの守護神・具志堅(ぐしけん)城高(じょうこう)から同点のスリーランを放ったことを皮切りに、勝負強さを発揮。

 どこでも守れて最低限の仕事をする同期の杉井貴士とともにスイートエンジェルズに欠かすことの出来ない選手へと成長していくのであった。

 

 




広島東洋カープの新井選手に続き読売ジャイアンツの杉内投手、DeNAベースターズの加賀投手、後藤選手が引退を表明しました。
巨人の岡本選手のようにそのチームの顔になろうだろう選手が生まれる一方そのチームを支えてきた選手が消えていく。
当たり前のことですがなんとも言えない悲しさを覚えます。

一野球ファンとすれば引退表明された選手によいセカンドライフがあることを祈るばかりです。
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