有賀草悟はプロ野球選手になるようです   作:筆先文十郎

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スイーツ一軍メンバーがちょこっと出てきます。

「あぁ、こいつらが後々出てくるんだな」と心に留めていただければ幸いです。
入江舞名(いりえ まな)。スイーツの中堅手で主に五番。
中宮寺優奈子(ちゅうぐうじ ゆなこ)。スイーツの左翼手で四番。
古山博光(こやま ひろみつ)。スイーツの正捕手で八番。 


第四話 春期キャンプ紅白戦

第四話 春期キャンプ紅白戦

 

2月中旬 宮崎 天福球場

天福球場のスタンドから、とある女性が素振りをしている草悟を眺めていた。

ただ振っているだけではない。音がほとんどしない素早いバットスイング。一振り一振りかみ締めるように振るその姿には何ともいえない雰囲気がある。

「早いわね、入江(いりえ)

スイーツの正中堅手、入江舞名(いりえまな)が振り返る。

小麦色の肌でバレーボール選手かと思うほどの長身、そして多くの人の視線を釘付けする巨乳の女性が立っていた。

中宮寺優奈子(ちゅうぐうじゆなこ)

昨年FAでファントムズから移籍した女性選手で、打撃面で常にタイトルホルダーを排出しているファントムズでクリーンナップを打っていた強打者である。

その脇には日本人男性を平均化したような特徴のない容姿の正捕手、スイーツのエース投手だった鳳火呼子(おおとりひよこ)の人的保障でファントムズからやってきた古山博光(こやまひろみつ)の姿もある。

余談だが同じ年に互いの選手がFAで移籍したことからFAトレードとも言われている。

「見てください、あの子です」

「どれだ……、あぁ。あのドラフト6位のか」

舞名が示す方向に優奈子の目が止まる。

選手は他にもいたが、前代未聞の無名の高校生ということで印象に残っていた。

「なるほど。バットが短いな」

「そしてバットスイングが速い。バットスイングだけなら四番の中宮寺さんや隠九条君よりも速いかもしれませんね」

二人は草悟が普通の選手とは違うこと点を指摘した。

「ね、変わってますでしょ?」

流石は弱小とはいえスイーツのレギュラーを奪うだけはある。舞名は素直にそう思った。

「お二人の言うとおりですね。普通は遠心力を利用できる長いバットであったり『同じスイングスピードなら重いバットが飛ぶ』ということで重いバットを好むのですが、彼は普通の選手が使うバットより短い」

「短いバットは芯に当てないと中々飛ばないし普通のバットと違って遠心力で打球を飛ばすのは難しくなるし外角に届かないというデメリットもある」

「まさしく未知数の未知数の新人ですね」

舞名の感想に、二人は大きく頷いた。

 

2月1日から、プロ野球では春季キャンプが始まる。

気候の暖かい場所にチーム全体で移動し、およそ一ヶ月にわたり練習が行われる。

目的は主に二つある。

一つはシーズンオフからの休養で鈍った野球選手のコンディションを整えることと、もう一つが来期の戦力を首脳陣がチェックすること。

但し、一軍が確約されていない選手にとっては正念場でもある。

キャンプは一軍キャンプと二軍キャンプに分けて行われるが、一軍キャンプにいるからといってシーズンの一軍が確定するものではない。

首脳陣へのアピールに成功し、一軍の切符を掴み取るための第一関門。

それが春季キャンプだ。

そして今、草悟は二軍の紅白戦のウォームアップを行っている。

草悟は赤組。七番ショートだ。

ちなみに赤組の先発は久石。白組の先発も左投手。

左投手が絶望的なスイーツでは、使える左投手を切望している。それを象徴する今日の先発の布陣である。

「ナイスボール!」

草悟が視線を移す。

そこには弥子のボールを受ける康友の姿があった。

康友は弥子の専属キャッチャーのように球を受けている。

「調子はどうだ?康友、弥子」

草悟は親友二人に声をかける。

「待ちに待ったアピールする場だからな。もうアドレナリンで体が沸騰(ふっとう)しそうだ」

「そのまま蒸発して欲しいものだね」

弥子のツッコミにショックを受けたのか、康友は胸に手を当てる。

「こらこら、弥子。康友が蒸発したら弥子の球を受けるキャッチャーがいなくなる」

「じゃあ蒸発するのは私が紅白戦でアピールしてからにしてね、康友」

「お前らひどすぎるだろ!」

康友の哀しい叫びが響く。

「えーい、だったら俺はガンガン打って一軍にいってやる!」

「康友は二軍の肥やしになってなよ。一軍にいくのは私よ!」

「まぁまぁ、ここは三人で行こうぜ!」

 

「……ですって」

一般女性よりは高いがけして体格に恵まれていると言えないショートヘアの女性捕手、日野陽子(ひのようこ)は隣に座る女性に言う。

「ふざけた話だ……」

180cmは優に超える身長に背中まであるポニーテール、額に垂れ下がった触角のような四本の髪が特徴的な女性が不機嫌な声で呟く。

冷泉冬狐(れいぜいとうこ)

陽子と同じ大学卒の同期入団で8年目の投手である。

大声で話しているせいで、三人の会話はマウンド脇で休んでいた二人にも聞こえた。

「まあ赤木君には光るものがあるわね。正捕手だった篠原(しのはら)さんの穴を埋めるように鳳さんの人的保障で入団した古山さんが正捕手として活躍してますし。私もクビを覚悟しないといけないかもしれないかも」

「冗談でもそんなことを言うな!」

冬狐は大きく目を見開き怒りを(あら)わにする。冷泉冬狐という冷たそうな名前に反して、その瞳には怒りの炎が燃え上がっていた。

「でも事実よ。投手と違って捕手は予備を含め2,3人しか枠がないし、私はバッティング悪いからコンバートもないし。もう居場所なんてないかもね」

冗談を言うかのような口調で自らの立場を厳しく言う陽子。本心からそう思っていることを感じ取った冬狐は尋ねる。

「今まで捕手なんていくらでもいただろう。そして何だかんだ言ってお前は残っている。なぜそこまで弱気になる?」

「彼のバッティングは見た?」

「……いや」

「リストが凄く強かったわ。まだ荒削りだけど磨けば上位打線を担う逸材(・・・・・・・・・)になるかもね」

「上位打線を担う逸材、ね。名キャッチャーとは言わないのね」

「ふふっ」

キャッチャーとしての能力は私の方が上。微笑にはそう書かれてあった。

冬狐は薄く笑った。

「ならいいわ。打つのもキャッチャーの仕事。だけどメインは捕ることとピッチャーをリードすること。それが出来るなら一軍に行くのは私たちよ」

(私たち、かぁ……)

陽子は冬狐にばれないようにため息をつく。

30歳にもなって一軍と二軍をうろついている選手は間違いなく整理対象だ。

一軍で使えるとアピールしなければ間違いなくクビにされる立場だ。

隣に座る女はもうすでに一軍で通用する実力を持っている。後はそれを証明するだけ。なのに『私たち』と言う。

(私が一軍に上がれる可能性など絶望的。なのに二人でバッテリーを組んで活躍するという夢をまだ持っている。一軍で通用する実力を身につけたのだから一人で行けばいいのに――。バカな女よね、冬狐って)

内心とは裏腹に、陽子の口元は緩んでいた。

温かい日差しが入る球場で、様々な思惑と願望が交錯する。

その結末は、グラウンドだけが知っていた。

 

審判の「プレイボール!」の掛け声で試合が始まった。

最初にマウンドに立つのは久石譲二。

一軍に上がろうとする新人たちと一軍半の選手同様、この男にも期するものがある。

 

 

自分はプロ野球選手なのだ。

 

 

その自負がある。プロである自分がプロであると証明するには一軍で投げなければ意味がない。

実力世界のプロ。過去の栄光などあってないに等しい。

それは最優秀中継ぎ投手に選ばれた自分も例外ではない。

 

 

ならば証明しよう。俺は一軍で通用する投手である、と!

 

 

振り上げられた左手からボールが放たれる。

「ナイスボール、久石さん!」

康友がボールを投げ返す。

しかし康友の掛け声とは裏腹に、バッターは薄ら笑いを浮かべていた。最優秀中継ぎ投手に選ばれたって聞いたからどんなものかと思ったら。そんな笑みだった。

左腕を手術する前は145km以上の速球を投げていたが、左腕を手術した今では最高でも138㎞しか投げられない。そして先ほど投げた95kmのスローボール。ゆるい変化球が(あなど)る心に拍車をかけた。

(だからお前は二軍なんだよ)

自分を見縊(みくび)る二軍選手に久石は心の中で(あざ)け笑った。

2球目は外角やや低めのシュート。

バッターはサード方向にファールする。

追い込まれたというのにバッターは薄ら笑いをやめない。

(お前程度に遊び球など無駄だ。これで終わりだ)

久石が投じた3球目は内角高めの渾身のストレート。

逆を突く内角の突然の速球に「うわぁ!」と声を上げて尻餅をついたバッターに三振が告げられた。

 

4回。白組の攻撃が終わり久石はベンチに腰掛けて用意したタオルで汗を(ぬぐ)った。

「ナイスピッチングでした、久石さん」

久石は康友から手渡されたペットボトルを一気に飲み干した。

「ふ~む。4回1失点かぁ。良いとはいえないな」

「あの……」

納得がいかない様子で呟く久石に康友は突っ込む。

「怪我明け初登板なんですから十分結果をだしていると思いますけど」

「だが二軍の試合だ。この程度なら無失点でいかないと。それよりも」

久石は康友、そして草悟を見る。

「なかなかの活躍じゃないか、二人とも」

怪我明けのベテラン左腕は可愛い後輩ルーキーを()めた。

三番キャッチャーの康友は2打数の2安打。その内一本がタイミリーだ。さらに盗塁も一つ刺している。厳しい入団テストを突破したのを証明するような活躍だった。

七番ショートの草悟は一つエラーをしたもののまだ慣れないポジションを無難にこなし2打数1安打1四球。新人にしては十分すぎる結果を出している。

「久石さん。私も忘れないで下さいよ」

いつの間にかブルペンにいた弥子の瞳が爛々(らんらん)に輝いていた。その目には『次は私が投げるので見ていてくださいね、私の大活躍を』とあった。

 

「何よこれ、負けてるじゃないの!」

ブルペンからでてきた冬狐が、スコアボードを見るなり怒りを顕わにする。

「ごめんね」

陽子は子どもが自分のしたイタズラをごまかすような笑みで謝る。

スコアは4-1。

冬狐たち白組が3点リードされていた。

「赤組は故障開明けのベテラン数人とルーキーで構成されている!二軍とは言え実質のプロは白組だぞ!?この編成で負けたら恥だとわかっているのか?」

「そりゃあそうだけど」

少女のような捕手は唇を(とが)らせる。

「久石さんは『流石はベテラン!』という老獪(ろうかい)なピッチングをしましたし、三番に入った赤木君が止まりません。七番に入っている有賀君も点には関わっていないとはいえ油断できない存在ですし。勢いも向こうにあって正直お手上げ状態なのによね」

「でも、それもおしまい」と少し貯めを作った後、微笑を浮かべて陽子は言った。

「冬狐、あなたが投げるのだから」

親友の殺し文句に乗せられた女投手は自信に満ちた笑みを浮かべる。

「ふふっ、その通りよ。ルーキーどもに私たちの実力を見せてあげようじゃない。いくわよ、陽子!」

「了解」

防具を身にまとった陽子が微笑んだ唇の口角を上げる。

今は二軍にいるものの二軍にいる間に自らを磨き上げた冬狐の実力はもう一軍レベルと言っても過言ではなく、一軍登板数も白組では格段に多い。

一軍にいた頃はまだ未成熟な部分があったがため、なかなか一軍に定着することはなかったが、今の冬狐にはアレがある。

一軍でも十二分に通用すると太鼓判を押せる、あの球(・・・)が。

 

 

冬狐が出る以上、赤組の快進撃はこれまで。可哀想に……。

 

 

意気揚々とする赤組ベンチ。それが次の回で絶望に変わる。

これから起こる出来事に恐怖するルーキーたちを想像し、陽子はルーキーを哀れみの眼を向けた。

 

弥子が、マウンドに登った。

初登板の緊張などなく、顔は大胆不敵の厚顔無恥。後ろで守る草悟に振り返る。

草悟は高慢な笑みを浮かべた。

 

 

さっさと終わらせようぜ。

 

 

草悟の顔にはそう書いてあった。弥子も笑みを浮かべてコクリと頷く。

前を向くと先ほどの笑みは完全に消え、ルーキーらしからぬ険しい顔で真っ向からバッターを睨みつけている。

そんな弥子に、康友は呆れつつもニカっと笑った。

お前らは一軍に上がる私の土台に過ぎないんだと言わんばかりに、弥子は三振と内野フライ、内野ゴロと外野に飛ばすことなく三者凡退に収めた。

 

(クソが!ルーキーどもに良い様にやられやがって!)

入れ替わりにマウンドに立った冬狐には怒気が立ち込めている。

ベテラン左腕の久石はともかく白組の連中がルーキー相手に軽く捻(ひね)られた上に、気後れまでする。その情けなさが我慢できなかった。

そんな冬狐をキャッチャーの陽子はニヤニヤと見上げる。

バッターボックスに今日絶好調の康友が入る。その顔は闘志と自信に満ちている。

(可哀想だけど、白組の士気高揚と赤組を意気消沈させるスケープゴートになってもらうわ。ごめんなさいね♪)

心の中で舌を出した陽子は初球に、あの球を要求した。

白組の先発はコントロールが悪く、正直キャッチャーの出番が殆ど無かった。

冬狐となら、このバッターと勝負ができる。

(キャッチャー、日野陽子の勝負はここからよ)

そんな相棒に応えるかのように冬狐の顔が怪しく歪んだ。

 

(さて)

右打席に立った康友はマウンドの冬狐を見る。

冷泉冬狐という女性投手の顔も名前も、康友は知っている。

挨拶をしたわけではないが、テレビで目にする機会は幾度もあり特徴も掴んでいる。

右投げのセットポジションから投げるピッチャーで、実力は男の本格派投手と肩を並べるほど。基本的に投げられる球種はスライダーとシンカー、そしてフォーク。

 

 

スライダーにキレがあるものの、決め球のフォークボールの制球に苦しむピッチャー。

 

 

そういう印象だった。

(ならば狙い打つべきは甘くなったフォークボール。スライダーとシンカーは出来る限り振らないか、カットしよう)

康友はそう考え冬狐の投球を待つ。

冬狐が投げた。投げたボールは釣り球にもならない高すぎる球。

 

 

暴投だ!

 

 

康友の予想をボールが裏切った。暴投と思われた球がいきなり進路を変えキャッチャーミットめがけて落ちてきたのだ。

 

 

ズバンッ!

 

 

ボールがミットに収められる音。

ありえない軌道で落ちてきたことに驚いたのは康友だけでなく審判も「……す、ストライク!」と遅れてコールする。

(何だ、この球は!?)

康友の頭は真っ白になっていた。

何が起こったのか理解できなかった。

冬狐が、再び投球動作に入る。

(ど、どうしたらいいんだ!?)

タイムをかけ忘れるほど、康友は慌てていた。

考えが(まと)まっていない。

(下に落ちたのだからフォーク……なのか?)

しかし、つり球にもならない暴投ともいえる高さから急激に落ちる変化球など、康友は見たことが無かった。

そして、対応策が思い浮かばない。

二球目。先ほどの急激に落ちた変化球の残像が強く残っている康友は内角高めのストレートにハーフスイングする。

(と、とにかく……あの球を打たないと!)

パニックになった康友にどの球を待つかなどの読みはなくなっていた。

康友はバットを下に構える。アッパースイングで急激に落ちる球に対応しようとしたのだ。

(ふふっ、ここまで来ると逆に可愛く思えてくるわね)

パニック状態になった康友を間近に見る陽子は中腰で構える。

三球目。投げられたのは真ん中高めのつり球のストレート。再び同じ球を投げられたと思い込んだ康友は思わずバットを振り上げてしまう。

康友のバットは空を切る。

「ストライク!バッターアウト!」

 

 

(要求しておいてあれだけど、えげつない球よね)

バッターボックスで崩れ落ちる康友を見ながら、相棒に要求した変化球の感想を述べる。

冬狐が投げている球はフォークボール。当の本人は『私だけのオリジナルボール!』と否定するが、陽子はそう思っている。

ただし冬狐が投げる急降下するフォークは縦に割れるカーブをストレートにしたようなありえない軌道を描く。そういう意味では魔球といっても過言ではなかった。

(チートよね)

親友の一軍定着を現実にするべく二人三脚で数年の歳月を費やしたボールに、陽子は苦笑した。

「よっしゃあっ!!」

康友に続き赤組の四番五番も三振に打ち取った冬狐が吼(ほ)えた。

5回表。故障明け選手とルーキーで構成されているとはいえクリーンナップ三人を連続三振。

プロの格を見せ付けるかのように、強く握った拳を振り下ろした冬狐の姿に白組ベンチが途端に活気付く。

冬狐の投球と先ほどまで勢いが消えた赤組の姿に、どちらがプロ選手なのかを思い出したようだった。

 

6回表。マウンドに立った弥子はピンチを招いていた。

最初の打者をサードゴロ。次の打者をフルカウントにされたものの見逃しの三振に打ち取った。しかし3人目の打ち上げた打球はセカンド、ファースト、ライトの中間に落ちるポテンヒット。4人目にはセンター前に弾き返され、5人目には粘られ四球で歩かれてしまった。2アウトながら満塁。

しかし弥子は落ち着いていた。

康友も落ち着いていた。

次のバッターは左投手とは相性が悪いと言われる右打者とはいえ今日二打数無安打の女性選手だったからだ。

その女性選手、日野陽子は打席に入る前に数回、下から掬い上げるような素振りをする。

5回裏の康友のように。

(弥子はアンダースロー気味の左のサイドスロー。低めの球を狙っているのかな)

康友はそう思った。

初球、康友の要求した球は、試すように低めのスライダー。

陽子はピクリともせず見送って1ストライク。

(もう一度)

二球目。康友が要求したのは再びスライダー。

陽子は動かなかったが、今度は低めに外れてカウント1-1。

(くそ、弥子が一番得意とするスライダーは決め球に取っておきたい。ならば)

三球目。弥子に要求したのは外のストレート。

「……!」

この時初めて陽子が動く。

鋭く弾き返した打球は、1塁線上やや右にそれるファール。

カウント2-1。

(狙いはストレートか)

そう判断した康友はスライダーに要求する球を変えた。

康友のサインにマウンド上の弥子が頷いた。

4球目、外角少し甘めのスライダー。

(よっ!)

陽子はその球を、当てにいくスイングでファールにした。

ファール。カウント、依然2-1。

五球目はインコースのスライダー。

「……」

陽子は微動だにしない。

低め外れて2-2。平行カウント。

六球目、康友が要求したのは精度が良くないフォーク。ストライクゾーンからボールゾーンに落ちたフォークを、陽子は振らなかった。

3-2。四球を出せば押し出しという状況に追い込まれてしまった。

(ストレートは狙われている。スライダーは見せすぎた……さっきは上手く決まったフォークだが次は上手く落ちるとは限らないし暴投になる可能性もある!次は何を投げさせればいいんだ!?)

焦る康友と同様に、打者の陽子も内心ヒヤヒヤしていた。

(低めに集められた球は何とかファールゾーンに飛ばせるけど。スライダーは切れがよくてコースに決まっては手も足も出ない。でも先ほどのフォークが意表を突かれて手が出なかったけど振らなかったおかげで押し出しの可能性も出てきた。2アウトからのフルカウントだから走者は走るし暴投になったら押し出し以上に点が入る可能性もある。だからフォークはない。そしてストレートを狙っていてかつスライダーも見ていると思っているだろうからその二つもない。ならキャッチャーが次に要求するのは――)

 

康友がサインを出す。

「……」

弥子はしぶしぶ首を縦に振る。

要求したのは、今日の試合で一番使えないと弥子が思いかつ康友が判断したカーブ。だが康友は目先を変える意味でカーブを要求した。

七球目。あまり変化しないカーブを

 

 

カキンッ!

 

 

陽子は打った。ストライクゾーンにカーブが来るとわかっていたかのように。

流し打たれたボールは右中間を破る。

3人が帰ってきて、4対4の同点。走者一掃のツーベースヒット。

迷いの無い踏み込みから、カーブが狙い打たれたことが解った。

落胆する弥子。その姿に康友は自分を責める。

(何が二打数無安打の右打者だ。……あの人はキャッチャーじゃないか!)

相手は非力な女性。そう侮った自分に腹が立つ。

「弥子!康友!」

草悟の怒声に二人は我に帰る。

「ツーアウト。同点だ」

平然と言った。責めることなく力強く言う草悟の姿に。

「次の打者は絶対抑える!」

「このリードのミスは、バットで返してやる!」

二人は腹をくくる。

悪鬼のような形相で、弥子は振りかぶった。その意気にびびったのか、打者は力ない空振りに終わる。

再びマウンドに冬狐が上がる。

6番を渾身(こんしん)のストレート3球で片付けると、左打席に入った草悟と相対した。

陽子は草悟を見る。

(有賀草悟。野球部に所属してないのにも関わらずドラフト6位に選ばれた未知数中の未知数の新人。中には話題作りのために獲得したとかいう声も聞かれるけど、そんなので獲得するわけないでしょ、って言いたいわね)

第二打席。草悟は甘く入ったストレートを痛烈に弾き返した。センター正面だったためシングルヒットで終わったが打球のスピードから陽子は草悟を只者ではないと判断していた。

陽子は草悟のバットが短いことを考えて一番届きにくい外角低めにミットを構える。

要求したのは、ストレート。

相手、特に男を力でねじ伏せることにこだわる冬狐は不服な顔を浮かべるが最後はコクリと頷いた。

冬狐の右手から150km近いストレートが放たれる。コースは陽子が構えた場所より甘いストライクゾーン。

「!」

草悟は迷い無くフルスイングした。打球は勢いよく真後ろのネットにぶつかる。

(……当てた?甘く入ったとはいえ冬狐のストレートを?)

陽子は、顔は冷静を保ちつつも驚いた。

バックネットにライナーで飛ぶファールは、一般にタイミングがあっているファール。紙一重でヒットできなかったボールにタイミングが合っている打球とされる。

「嘘、当てた!?」、「惜しい!」、「あともうちょっとでヒットだったよな?」

今までかする事すら出来なかった球を当てたことにベンチの赤組が騒ぎ出す。

(すごいわね、この子)

いつもの子どものような笑みが消え、冷静な女の表情に変わった陽子は冬狐にカーブを要求する。今まで草悟が振っていた球は全てストレートからさほど変化しない速球系の変化球。ゆるい変化球にどう対応するか見てみたかったからだ。

ルーキーに打たれたという怒りを抑え込み、無表情な顔に戻した冬狐がコクリと頷く。

ストレートと同じような腕の振りで大きく縦に曲がるカーブが放たれる。

「!?」

フルスイングする草悟のバットが空を切る。ボールはほぼ真ん中に近い内角に構えた陽子のミットに収まる。

(やっぱりね)

陽子の予想は確信に変わった。草悟はゆるい変化球に弱いと。

草悟は長年バッティングセンターで打撃練習をしていたのだ。それも140kmなど速球系のピッチングマシンで。ゆえに速球には強いが遅い球には体が我慢できず動いてしまうのだ。

(じゃあ最後はこれね)

勝利を確信した笑みを浮かべた陽子はサインを出す。要求したのは外角低めのカーブ。しかし冬狐は首を横に振った。

(冬狐ッ!)

相棒の拒否に、普段は少女のような笑顔を見せる大人の女は思わず顔をしかめる。

拒否する理由はわかっている。海の物とも山のものともつかないルーキーに渾身(こんしん)のストレートを打たれたことを根に持っているのだ。シンカーやスライダー、ストレートに変更しても冬狐は首を縦に振らない。

(まったく……)

誰にも聞こえない小さなため息をついた陽子は康友を始めとする面々の度肝を抜いたあの球のサインを出した。

邪悪な笑みを浮かべた女性投手は大きく振りかぶって投げた。

暴投といえる高さの速球が一気に低めに構えられた陽子のミットに向かっていく。

「!!」

草悟は思い切り踏み込むとその球をフルスイングした。強く叩きつけられた打球はセカンド真正面。足の速い草悟でも間に合うわけがなく2アウトになった。

その後冬狐は次の打者にストレートの四球を出したものの、次の打者をかすることすら許さない投球の三振で赤組の攻撃を終わらせた。

その後、弥子と冬狐は予定された残りの一回を無失点で切り抜けた。

 

試合は両者決定打がうまれず4-4の引き分けに終わった。

 

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