2017年10月20日ドラフト会議。
『第一巡目、全球団の指名が終了しました。以上選択の結果――』
190cmを超える厳つい顔の青年がその場に泣き崩れた。
彼は地元の球団から「ドラフト1位で指名する」と言われていた。
地元球団が指名したのは、別の投手だった。
指名の約束が破られることは長いドラフトの歴史でもないことはない。それは青年にもわかっていた。
だが幼少の頃からずっと応援している球団に裏切られたことに、青年の心は大きく傷つけられた。
その後。彼は外れ外れ1位でスイーツに入団した。
★
ある日。無頼は一軍監督の美空に呼び出しを受けて、彼女の待つ監督室に足を運んでいた。
「まあ座りなさい」
「し、失礼します」
パイプ椅子に腰を下ろす無頼。
「どうかしら、一軍にはなれた?」
「え、ええ。まあ、ぼちぼちです」
「そう」
「……」
「……」
「……あの、監督。俺、いや僕。監督からお話があると
「……」
美空は机の上の250mlのペットボトルのお茶を開けて、喉を
「南部、貴方」
無頼は喉をゴクリと鳴らし身を硬くする。二軍降格を言い渡されると思ったからだ。だが美空の言葉は思いもよらないものだった。
「先発のローテーションに加わるつもりはない?」
「ろ、ローテーション……ですか?」
プロ野球では複数の投手を先発投手として起用する。野球は先発投手が投げないと始まらない故にその中のメンバーに選ばれるというのは大変名誉なことである。
「あら、不満かしら?」
「い、いえ……そのようなことは!ただ――」
言いかけて止めた言葉を、美空は読み取る。
「打たれるのが怖い、かしら?」
「……い、いえ……」
言いかけて止めた言葉を言い当てられ、無頼は思わず美空から視線を逸らす。
「打たれ、点を取られ、罵声を浴びせられ……不安要素は数えたらキリがないわね」
そう言って笑う。
「……」
同感だった。
一軍の選手たちと一緒に練習をし、オープン戦にも出させてもらって無頼は思った。
自分はまだプロの、一軍のレベルに達していない、と。
無頼自身がそう思っているのに長年プロ野球に携わった美空が気つかないはずがない。だから美空が自分をローテーションピッチャーにしようと言い出したか、図りかねていた。
監督の真意はどこにあるのか!?
悩む無頼に美空は優しく問いかける。
「でもローテーションに入ることで貴方は一軍の世界を身体全体で知ることが出来る。今年だけを見たらマイナスかもしれない。貴方の評価を下げるかもしれない。でもプロ野球選手南部無頼の人生を
「!」
無頼は考える。
(確かに。一年目は俺の、南部無頼という男は最低の投手になるかもしれない。でもこの経験は後につながるのではないのか……しかし)
悩む無頼に美空は続ける。
「いきなり勝てとは言わないわ。やってみる気はあるか?それともないか?それだけの話よ」
「……ッ」
「やらせてください!」と無頼は言いたかった。しかし脳裏に掠める嫌な記憶がその言葉を言わせるストッパーとなっていた。
「まあいきなりやれと言われて『やらせてください!』というのは難しいでしょう。数日あげるからその間に返答をちょうだい」
★
「先発、ローテーション……」
無頼は階段に腰掛けて美空の提案にどう返答しようか考えていた。
無頼の母校、一往大学は『得意なものを絶対的な武器になるくらいまで鍛え上げろ』という方針で、その方針の下で無頼はストレートを鍛え上げた。
そのおかげで無頼はMAX160km近い球を投げられるまでになった。だがその代償と言うべきか、コントロールは絶望的なほどになった。
そして大学最後の決勝戦。9回裏4-0で勝っている試合で無頼は登板した。監督はエースとしてチームを引っ張ってきた無頼の労いの気持ちで彼を登板させた。
結果は四球2つとエラーで満塁を作った後に死球で押し出し、サヨナラ満塁ホームランで逆転負けという最悪の最後となった。
無頼の名誉のために追記すれば、彼は前の試合完投していた。疲労がたまりにたまりベストコンディションにはほど遠かった。
1アウトも取れず逆転負けしたことで彼を応援する声は怒声と批難に変わった。一往大学初優勝を逃した怒り。それは全て無頼に向けられた。
自分は大舞台に弱い。
プロ野球選手になろうとしている人間が決して思っていけないほどに。
「ん?どうした。無頼。そんなところで」
「あ、
振り返るとそこには一見チャラそうな男がニコニコと無頼を見ていた。
スイーツのクリーナップを務める
通算打率こそ.250前後とけしてよいとは言えないがバントや進塁打など他者を生かす最低限の仕事を行う。
文字通りスイーツの縁の下の力持ちだ。
スポットライトを当てられなくてもチームに貢献する。
同い年ながらチームに貢献する先輩を、数多くいる先輩選手の中で無頼は一番尊敬していた。
「杉井さん。俺、今悩んでいることがありまして……」
無頼は杉井に全てを話した。美空からローテーションに入らないかと言われたこと。大学時代の苦い経験から了承出来ずにいることを。
「杉井さん。俺は、どうしたらいいんでしょうか?」
頭を抱える無頼に「それはお前が独りで決めることだ」と突き放す。
ただ、と杉井は続ける。
「今年度のドラフト会議。美空監督は一番最初にお前を選択しようとしていたそうだ。俺を担当してくれたスカウトが言っていたから間違いない」
「何ですって……!?」
美空監督が自分を必要としてくれていた。
杉井の言葉が心に突き刺さる。
無頼は目を大きく見開いて驚きを顕わにする。
「『制球力が無い投手は使えない』と反対するフロントと揉めて破れ、最初にお前を指名できなかったことを大層悔やんでいたそうだ」
監督が本当の1位指名に自分を推してくれていた。こんなに
「色々不安なことはあるだろう。決断は出来ないと思う。ただ監督はお前に期待している。その監督の期待を裏切らないでやってほしい。俺から言えることはそれだけだ」
そう言うと杉井は無頼の前から姿を消した。
「監督は、俺を……スピードしかとりえが無い俺を1位に!」
試合を壊す可能性が高い自分をかってくれた。
監督とは勝つことを求められている。なのに美空は勝たなくてもいいと言った。自分の将来のため、勝てなくても使おうとする。責任を背負おうする。よほどの覚悟が必要なはずだ。
「なのに俺は、自分のことばかり考えて、傷つかない……逃げることだけ考えて……」
自分の心の弱さに、無頼の目から涙がこぼれる。
その涙はドラフトの時に流した絶望と裏切りへの涙ではなく、美空の期待に逃げることしか考えなかった自分への怒りと期待に応えようと覚悟を決めた決意の涙であった。
無頼は動く。自分を認めてくれた監督の元へ。
「美空監督!南部無頼、ローテーションピッチャーの役を仰せつかりま――」
ノックせず監督室の扉を開けた無頼が見たもの、それは。
「……」
ユニフォームを脱ぎ終えたばかりの美空の下着姿だった。
「あ、その……」
「出て行け!」
「ウガッ!――ッ!?」
無頼の額と両目に至近距離から放たれた硬球がめり込んだ。