〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2 作:Easatoshi
第22話
時刻にして午前9時半、湿気た空気に肌を刺すような強い日の光。 虫の羽音に鳥の
南米がアマゾン川流域のさる密林地帯、鬱蒼とした木々に囲まれた暑苦しいジャングルの中に『ヤァヌス』の秘密基地は存在する。
元々は移転によって放棄されたレプリフォースの軍事基地だったが、資材や兵器等の引き上げのみで建物自体を解体しないと言う、機密保持の観点からは信じがたい状況に置かれていた為、そこを『ヤァヌス』を立ち上げて間もないマック達が目をつけ、衛星で姿を捉えられないよう擬装を含めた改築の後に再使用されていた。
「あっ! ボスが帰ってきた!」
そんなジャングル内に擬装された秘密基地のわずかに窺える唯一のヘリポート。 そこを警備する複数名のレプリロイド達の中に、大きなキノコの胴体に顔と手足のついた姿のレプリロイドが空を見上げていた。
彼の名は『スプリット・マシュラーム』。 見上げた目線の先からこちらに飛んでくる航空機に、マシュラームは大きく手を振って出迎えた。
航空機はヘリポートの真上に停止すると、スラスターを真下に吹きながらゆっくりと降下。
風圧を受けながら降りてくる航空機を眺めるマシュラームの前に、スムーズな動作で着地を完了させる機体。
エンジンが切れ、下がるタラップと共に乗降口の扉が開いた先に現れたのは2人の男。
「お帰りなさいボス!」
「出迎えご苦労」
険悪なムードを漂わせる人質のホタルニクスと、余裕の表情を浮かべるマック。 警備兵数人を引き連れマシュラームは無邪気に彼らを出迎えた。
「守備はどう? キッチリあいつらをやっつけた?」
「フッ、この俺を誰だと思っている。 あの3バカにはとびきりの恐怖を味わわせてやった」
「さっすがボス! ……ってあれ? 何でボス胸の所に手形なんかついてんの?」
上半身を縛られるホタルニクスを押しながら降りてきたマックを見て、ふと彼の胸に張り付いている手形が気になるマシュラーム。
「奴らの最後の悪あがき……らしい。 まあそんな事はいい、博士を連れて他の部下に剥離剤を持ってこさせてくれ」
「了解~♪ ……さておじいちゃん。 一緒に行こうか」
マックに代わって背中を押すマシュラーム。 そんな様子を眺めるマックにホタルニクスが鋭い目を向ける。
「マックよ……言っておくが儂はお前に協力する気はないぞ」
「いいや、貴方は協力せざるをえない。 大切な『あの子』の為にも」
そう言ってマックは乗降口から見える機内……正確には機内の『積み荷』に目をやる。
「警備兵、機内の小箱をもってマシュラーム達についていけ。 丁重に扱えよ?」
「ハッ」
警備兵の一人が敬礼すると、素早くタラップを登り機内に駆け足で入っていった。
<アタシもずっとヘリを操縦してたから疲れちゃったわ。 悪いけど一足先に休ませてもらうわよ>
「フッ、好きにしろ」
<それじゃあお先に失礼。 マシュラーム、後でアタシと一緒にヒーローごっこでもしようねぇ>
「やった!」
機体からクジャッカーの気配が消え、中から『積み荷』を持った警備兵が出てきてはマシュラームと合流、そのまま3人で基地内に通じる出入り口へと歩いていく。
時折ホタルニクスが振り返るが、マックを睨みつけるその眼は恨めしいまなざしを送っており、肩はわずかに震えていた。
「……卑怯者め」
「何とでも」
連れられながら恨み節をぶつけるホタルニクスを、マックはまるで取り合わずに空を見上げた。 視線の先にあるのは遥か高くを漂う件の衛星か、それとも……。
「ばかばかしい……奴らはもう死んだんだ」
タイマーを5分と見せかけ残り2分で施設を焼き払った憎きあいつ等。 された事と同じ目に合わせてやったのだから、今更生きている筈もない。
マックは頭の中から奴らの存在を振り払うと、残った警備兵達に引き続き警備に当たるよう、労いも兼ねて一声をかけマシュラーム達と同じく基地内へ足を進めた。
――――エックス達の事も思い浮かべたのが、まさか虫の知らせだったとは気づきもせずに。
同日正午。 マック達が着々と衛星奪取の段取りを進める秘密基地から、50km程離れた場所に新たに森を切り開いて建造された現役のレプリフォース基地がある。
鉄条網のフェンスと検問で敷地を囲った物々しい基地周りの、すぐ側のジャングルの茂みにエックス達は潜んで様子を窺っていた。
「……ここがレプリフォースの新しいアマゾン基地か」
「カーネルの奴、12時過ぎに戦車の移送を行うとか言ってやがったがな」
「堂々と中に入れてくれたら楽なんだけど、そうもいかないんだよねぇ……」
我らがハンター3人が、任務に取り組むレプリフォースの隊員達をフェンス越しに捉え呟いた。
マックに張り付けたビーコンは、潜伏地点のおおよその位置を把握するのに確かに役に立った。 しかし『ヤァヌス』の潜んでいる場所には強力なジャミングがかかっているのか、アマゾン川の特定のポイントに南下した辺りで発信が途絶えてしまった。
そこでオペレーター達の必死の努力で発信の途絶えた近辺を解析した所、つい最近移転の上新たに建造されたと言うレプリフォースのアマゾン基地がある事が分かった。
アマゾン基地の責任者はゼロの旧知の仲である『カーネル』なる司令官だった為、一応怪しい動きがないかゼロを通して尋ねてみた。
無論『ヤァヌス』の関与は否定したが、どうも彼自身の与り知らない所で軍の資材が横流しされているらしく、既に内偵を進めていると言う情報をこっそり教えてくれた。
「内密に処理したいだろうによく教えてくれたもんだ。 感謝するぜカーネル」
「そんな彼の目を盗んで横流しをする裏切者か……それこそ『ヤァヌス』が絡んでる可能性がありそうだ」
「何にしても、今度こそバレないようにやらなきゃね」
行動前に3人は慎重を要する事を再度確認しあう。 前の『MEGA MAC』の時とは違う、内部からの情報を掴んでいるだけに精度は高いが、一企業ではなく軍が相手となれば失敗は許されない。
カーネル大佐の後ろ盾はあれど、あくまで非公式なので何かあれば彼にまで迷惑をかけてしまう。 潜り込むからには彼の『与り知らない所』で調査をしなければならない。
「さて……あいつが教えてくれた警備体制じゃ、昼休みの交代でフェンス周りの巡回は一時的に手薄になる筈だが――」
ゼロが基地周りをもう一度見渡した時、フェンスの内外で見回っていた警備兵が何やら無線を受け取ると、踵を返して基地内に戻っていく。
「おいおい、普通交代が来るまでは兵士を残しとくもんだろ」
「もしかしてカーネル大佐が隙を作ってくれたんじゃない?」
「見て見ぬフリって訳か……丁度いい、ご厚意に甘えさせてもらおう」
エックスは念入りに周りを確認し安全を確保すると、3人揃って立ち上がっては見張りの手薄になったフェンスに駆け寄った。
アスファルトの敷き詰められた道路を横切り、草の生い茂る路肩に素早く飛び込み身を隠す。 草むらを匍匐してたどり着いたフェンスには、錆びて風化しかけている箇所を見つける。
脆くなっている部分を見つけたエックスは、兵装を特殊武器『フロストタワー』に切り替え、青から水色に変化した腕を錆びた網にかざす。
「こうやって出力を弱めれば……」
本来この武器は全身が氷柱に覆われる程の冷気を発するが、彼が言うように武器の出力を落としているエックスの手からは、涼しげな冷気が少しずつ漂うのみ。
それを茶色い金網にかざし、大人一人分の腰回りより少し大きめに半円を描くようになぞる。 するとエックスの手が触れた部分から、錆びたフェンスに氷の膜が広がる様に張られていく。
半円をなぞり終えると、頃合いと判断したエックスは武器を解除し、半円の中央を握りしめて両手を引いた。
金網は凍結によって弾力を失った部分からもげるように、半円で囲っていた部分が大した抵抗も音もなく、拍子抜けするほどにあっさりと外れる。
「これでよし……さあ行こう」
網を外したエックスが我先に網を潜り抜け、他の2人も続いて敷地の中に入り込んだ。
エックス達は潜り抜けた先にある格納庫に駆け寄り、人目に付きにくい壁際を走る。 軍事基地と言うには見張りは少ないが、決して無人ではない為用心する。
カーネルからの情報では、後数分でここから離れた空軍基地に、空輸の為軍用車両を搬送すると言う段取りになっているらしく、その過程でこちらが用意した車両よりも少なく見積もって先方に報告し、予定より『余った数』を横流しにされるとの事だ。
マックに張り付けた追跡装置の指し示した場所がこの地域であると分かっている以上、恐らく近辺に『ヤァヌス』の基地があって、何らかの方法で運搬中の資材を横取りする段取りが出来ているのだろう。
だとすれば、こっそりと盗まれる車両に潜り込みさえ出来れば、後は『ヤァヌス』の秘密基地に運んでもらえる可能性が高いと言う寸法だ。
相手の秘密基地への侵入する段取りを頭の中で反芻する中、ふと通りがかった格納庫の裏側にある小窓から話し声が聞こえた。
「ええ、そろそろ出発する予定ですボス」
「……うん?」
3人は動きを止め、頭上に位置するわずかに開いた窓に振り返った。
「分かっています。 資材の発注と受領数が合ってない事が何度も続いていますからね。 軍の上層部にそろそろ気付かれそうですし、この辺が引き際でしょう」
身軽なアクセルがジャンプして声の聞こえる小窓に掴まり、身を持ち上げて中の様子を窺う。
中は人気のないオフィスで、軍服の掛けられたハンガーにパソコンの置かれたパイプの机と椅子が並べられ、壁際の棚に書類の納められたバインダーが整然と入っている、特に飾りっ気のない殺風景な間取り。
そこにたった一人の軍人タイプのレプリロイドが書類を片手に何者かと連絡を取り合っていた。
「今回は最新鋭の戦車です。 ローダーに乗せて第二検問を超えた辺りでルートから外れましょう。 では、後程」
そう言って無線の通信を打ち切ると、書類を持ったまま部屋の入口らしき扉へと歩いていき、ドアノブを捻っては特に背後を振り返る事無く、さっさと出て行ってしまった。
内容から察するに、どうやら彼こそが資材横流しの下手人のようだ。 と、なれば、今無線機越しに話していた相手が誰かは……最早考えるまでもない。
アクセルは窓の縁に身を乗り出したまま、見上げるエックスとゼロを振り返る。
「ラッキーだね。 こんなに早く盗人を見つけるなんて」
「あんな大声で話すとは……ま、おかげで手間が省けたがな」
「戦車を積んでローダーで運搬するらしいな。 えっと、じゃあそのローダーはどこに――」
「直接中のコンピューターで調べた方が早いよ。 僕見てくる」
アクセルは僅かに開いていた窓を押し開くと、中に潜り込むように室内に入っていった。
「おいアクセル、気付かれるぞ?」
「平気平気! アイツもそうそう戻ってこないでしょ、何とかなるって!」
「……ま、あいつなら上手くやるか」
勢いで中に入っていくアクセルをエックスは心配そうに声をかけ、一方でゼロはアクセルなら上手くやるだろうと軽く流した。
して、先程窺った通りの人気のないオフィスに忍び込んだアクセルだが、早速壁際のパイプの机に置かれているデスクトップ型の端末を見つけると、キーボードを入力して素早く見たい情報を探していく。
ログインされたままでパスワードの入力要求もなかったので、労を要せずしてお目当ての運搬用ローダーの格納されている場所を特定できた。
「ここから東に2フロア先の第3格納庫……何だ、すぐ近くじゃない」
特に慌てて位置を特定する必要もない近所にある事を突き止め、アクセルは拍子抜けした。
壁の向こう側にいるエックス達にお目当てのローダーのありかを伝えた――――その時である。
先程の汚職軍人が出て行った、通路に繋がる扉の向こうから足音が聞こえてくる。 それも足音は段々とこちらに近づいてくるように感じられた。
「っエックス! ちょっとごめん、先行っといて!」
「どうしたアクセル!」
「誰か来たみたい! 僕誤魔化すからその後で部屋から出るよ!」
兎に角アクセルは仲間を先に目的地に行かせる事にした。
気づいたのが少々遅かった為か、気付いた足音の位置はかなり部屋に近かった。 部屋の出入り口は振り向いた先にある通路への扉1つ。
このまま入ってきた小窓から出ようにも、狭い窓を潜り抜けようとしているのを見られる可能性が高い。
アクセルは何か誤魔化せる方法がないかを考えながら周囲を見渡し、そしてすぐ閃いた。
「――『変身』ッ!!」
ハンガーにかかっている軍服が目に入るなり、アクセルは『Aトランス』によって事前に持ち込んでいた軍人レプリロイドのデータを読み込み、擬態する。
ほぼ同時にドアノブが開き、中へ入ってきた別の軍人レプリロイドと目が合った。
「……ん? 何だお前、ここで何をしている?」
入ってきた軍人の胸には階級章が、正方形に黄色で縦に線の入った模様……『少尉』を意味するマークが張られていた。
対してアクセルは下側半円、上側に三角を合わせた『上等兵』を、所謂兵卒と呼ばれる下っ端の軍人の姿を借りていた。
「はっ、先程この部屋に居られた上官に部屋の跡片付けを命じられたであります」
アクセルは敬礼し軍人に成りすましながら、畏まった口調でやってきた『上官』を言いくるめた。
するとやってきた少尉は腕を組み、困ったような面持ちで少しごちる。
「あいつ……部屋の跡片付けぐらい自分でやればいいものを。 カーネル大佐に見られたらどうするつもりなん――――ん?」
少尉がふとアクセル扮する上等兵の背後にある、先程までローダーの位置を探ってそのままだったパソコン画面を注視する。
「開いたのはお前か? 資材の管理は兵卒の仕事じゃないだろう、何故搬入の情報なんか見てるんだ?」
「ッ! いえ、自分が来た時にはこの画面のままでした」
「……ふん、まあいい。 今見た画面の事は忘れろ。 お前がこの基地で働いていきたいと思うのならな」
「きょ、恐縮です!」
アクセルが震え声で敬礼すると、少尉は満足げに鼻息を鳴らし踵を返し、開きっぱなしだった出入口のドアノブに再び手をかける。
「もう一度言うぞ。 この事は内密にしておけよ? ただでさえ安月給でこき使われてんだ、俺達の小遣い稼ぎの邪魔したらタダじゃおかん」
最後にアクセルに念押しすると、逆手で扉を閉め廊下の奥へと足音を遠のかせていった。 とりあえず一難は去ったようだ。 アクセルは軽くため息をつき、変身を解除した。
「やってらんないね……後でカーネル大佐にチクってやろ」
兵器類を含めた資材の横流しなど到底一人でできる事ではないと分かっていたが、まさかこの場でグルと遭遇するとは思わなかった。
組織など決して一枚岩ではないが、あそこまで仕事に対して軽薄な態度を見ると辟易せずにはいられない。
この事はゼロを通して彼らの上司にきちんと報告してやろう。 その暁には粛清が待っているだろうが、汚職に手を染める輩にかける気遣いなどアクセルは持ち合わせていない。
とりあえずすべき事はしたので、先に行ってもらったエックス達の元に合流しよう。 気持ちを切り替え、アクセルは再度小窓に手をかけた。