〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2   作:Easatoshi

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第24話

「……何だってんだ。 ったく」

 

 これで最後になるかもしれない割のいいバイトを、向こうから一方的に打ち切られケチをつけられた兵士は悪態をつく。

 元々がちょっとした小遣い稼ぎを探していた時に『ヤァヌス』からお声がかかり、同僚共々仕事の合間を縫っては度々資材の一部を横流し、一回につき軍の月給の倍以上に当たる金額を貰っていた。

 後ろ手に回る副業ではあるものの、収入の良さに気を良くして金遣いが荒くなっていた彼らは、いつの間にか向こうの気分次第で、打ち切られても仕方がないアルバイトの金払いの良さに依存する癖がついていた。

 それだけに、いきなり戦車の輸送を中止して基地に戻れと一方的に通告されたのは寝耳に水だった。

 

「折角尤もらしい理由つけて出てきたってのに……どうやって引き返せばいいってんだ?」

 

 今ローダーを運転して戦車を運んでいるのは、こことは別のレプリフォース空軍基地に輸送すると言う建前があるからだ。

 それを途中で中止して引き返せば間違いなくその理由を求められるだろう。 軍内部で横流しの調査が進んでいる現状、目立った事をして全てがバレた日には軍法会議は避けられないだろう。

 さりとて『ヤァヌス』側も搬入の受け入れを拒否している以上、この戦車を律義に運んだ所で受け入れてくれるとは思わない。

 金づるから厄介なお荷物に成り果てた戦車に頭を悩ませながら運転していると、目の前に差し掛かるは左側の岩壁で先を見通す事の出来ない、鋭角な左カーブとなっている切り立った崖っぷち。

 ここで彼はスピードの出し過ぎに気が付いた。 大柄で重く荷台の存在で曲がり方に癖のあるローダーで、狭い崖っぷちのカーブを曲がるのは慎重を要する。

 突然の通告に気を悪くして運転が荒くなっていたようだが、幸いカーブ手前で速度超過に気づく事が出来た。

 ヒヤリ・ハットに驚きつつも、ブレーキを踏んで速度を落とし――――

 

「!? お、おいおい!?」

 

 ――――切れなかった。 と、言うよりは全く減速できていない。 ブレーキペダルは確かに踏んでいるのに、気づいてみれば踏んだ感触が余りに柔らかい。

 

「おい!! 止まれ!! ふざけんなッ!!」

 

 ブレーキが利かない――――不測の事態に兵士はパニックを起こし、シートベルトに体を固定しながらも、背筋を伸ばしてペダルを底まで踏みつける。

 必死の抵抗を試みる兵士を、しかしローダーは彼の呼びかけを顧みる事もなく、吸い寄せられるように崖に向かって一直線に突き進む。

 ここで彼がハンドルを左に切って、側面を岩肌に接触させてでも減速すれば、あるいは最悪の事態は避けられたかもしれない。

 しかし悲しきかな。 迫り来る地獄への落とし穴に怯えた兵士は、自分の身を庇おうとするあまり自ら最後のチャンスをハンドルと共に手放した。

 

「うわあああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 悲鳴を上げる中、タイヤ越しに足腰に伝わっていた地面の感触が、ジェットコースターを下り始めた直後の様な浮遊感に代わる。 フロントガラスを通して映る景色が青い空模様から崖下の森林に向き直り――――

 

 

 

 

――――そして止まった。

 

 

「ひいぃぃぃぃぃ――――って、あれ?」

 

 車体は崖下を向いている……だがそれまでだった。

 このまま奈落の底へ真っ逆さまだった筈のローダーが、突如何かに支えられるかのように静止している。

 貨物の戦車も含めて数10トンは確実にあるこの車両が崖を飛び出せば、当然真っ逆さまに崖を落ちていくだけなのに、何らかの奇跡でも起きたのか当たり前のように崖から突き出しただけの状態を保っている。

 

 ――――死に怯えていた兵士に、細かい事を考えるだけの余裕はなかった。

 

 なんにせよ、車両が真っ逆さまに落下せず姿勢を保っているのなら助かるチャンスはある。 素早くシートベルトを外し左側のドアを開け車両外板の凹凸に手をかけると――――

 

 

 

「やあ」

 

 

 ――――崖の上で太陽の光を背に、不気味なまでに自然体で右腕一本でリアフレームを掴み、ローダーそのものを持ち上げて傾けている、満面の笑顔でこちらを見下ろす青いレプリロイドと目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エックスの過ごした事のある台湾とは、果たして修羅の国だったのだろうか?

 言われるがままに合図に合わせてローダーから降りてみたが……何の躊躇も無くブレーキの配管を故障させ、そのまま崖下に突っ込ませようとした彼の決断に、崖の凹凸の物陰に隠れて様子を窺うアクセルは下顎が震え奥歯がかみ合わない思いをしていた。

 

「(何で普通にローダー持ち上げられてんの!? どうなってんのアレ!?)」

 

 そして何10トンもあるローダーを軽々と片手で支えているエックスの姿は、汚職に手を染めた不届き者を無慈悲に断罪する処刑者に見えて仕方がなかった。

 

「ひええええええええッ!! な、何なんだよアンタ!? 何でローダー軽々と掴める――――」

「そんな事はどうでもいいんだ。 お前が横流しに手を染めている事は知っている……『ヤァヌス』の秘密基地の場所を吐くんだ」

「ッ!? お前、さてはイレギュラーハンターだな!? だ、誰がお前達にわざわざ喋るんだよ! 早く俺を解放しろ!!」

 

 ちっぽけなプライドにほだされ、今まさに風前の灯火と化している兵士のささやかな抵抗に、エックスはローダーを掴む肩を下げる。

 

「――いいんだね? お前の望み通り『解放』しても俺は一向に構わないよ?」

「う、うわぁ!! やっぱり今の無し!! そ、そうだ! あの『ヤァヌス』の秘密基地はこの道!! 一本道になっててその先に放棄された旧レプリフォース基地があるんだ!!」

 

 穏やかだが有無を言わさぬ口調で崖を見下ろすエックスと、完全に崖下に隠れてて姿を窺えない兵士の慌てて言葉を翻す態度。

 アクセルの位置からだと共にその表情を窺う事は出来ないが……エックスの背中から漂う不穏なムードから、どんな表情でやり取りしあっているかは想像に難くない。

 

「それはいい情報だ……じゃあ次はその戦車を置いていくんだ。 電子ロックを解除してもらおう」

「ば、バカ言うな!! こんな下向いてる状態でロック外したら、運転席に戦車が落ちる――――」

 

 兵士が言葉を区切る前に、ローダーの特にエックスが掴んでいる辺りから金属の軋む音が聞こえ、腕を動かしていないにも拘らず、車体全体が僅かに崖に向かって垂れ下がり始める。

 どうやら重たいローダーに関わらず、エックスの腕と崖の淵を擦るサイドレール以外支えるポイントがない為に、ローダーの車体が自重で独りでにひしゃげ始めているようだった。 

 フレームを構成するボルトやリベットは弾け、果てには溶接までもがゆっくりと剥がれ、最早『脱落』までの時間的な猶予は無いように見えた。

 

「お前に選択の余地は残されていない……早くしないと取り返しのつかない事になるぞ」

「ひぃああああああああああッ!!!! 分かったよッ!! 今解除するからッ!!」

 

 兵士が慌てて要求に応えようとするのを確認すると、エックスは持ち手を右から左に変えながら右側に移動すると、特殊武器を起動したのか体を薄紫色に変色させる。

 アクセルの記憶が正しければ、これは以前にも使った事のある『ストライクチェーン』と言う武器だった筈。 ワイヤーウインチ代わりにして引っぱり出すつもりなのだろう、エックスは右手をバスターに変えるとチェーンを射出して戦車の車体を固定し始める。

 そして電子ロックが解除されたのか、元々戦車を固定していた器具が外れる音が聞こえると、エックスはいとも簡単に戦車を引きずり、すぐ背後の狭い道に落とす。 重々しい戦車の着地音が崖に響きアクセルの足元を揺らがせる。

 着地の際に土埃を上げると、エックスは車体に巻き付けていたチェーンを解放する。 崖の岩陰に隠れていたアクセルも、戦車で向こう側が遮られるとエックス達の様子を窺おうと恐る恐る近づいた。 変わらず片手でローダーを持ち上げたまま、バスターの銃口にチェーンを格納して元の青いアーマーに戻るエックスがいた。 

 

「も、もういいだろ!? 無い袖は振れねぇ!! これ以上俺に構わないでくれ!!」

「……大人しく基地に戻って処罰を受けるのなら助けてやる」

「懲り懲りだ!! 2度とこんな真似しないから勘弁してくれ!!」

 

 文字通り必死とも言える兵士の悲鳴が伝わって来る崖っぷちに、あくまでエックスとは若干距離を置きながら彼の顔を覗き見るアクセル。 エックスは不敵に、それでいて満足げに微笑んだ。

 

「いいだろう、引き上げてやる」

「ッ!! へっへへ……アンタいい人だぁ……」

 

 藁にも縋る思いとはこの事だろう。 崖下に揺れるローダーの運転席の扉に必死でしがみつく兵士の声に安堵の色が混じっていた。

 ……確かにこれだけ恐ろしい思いをすれば、2度と不正に手を染めようとは思わないだろう。 戻った先でどのような処罰を受けるかはあずかり知らぬ所だが、今は命あっての物種と言う事にしておこう。

 ひとまずは勘弁の証としてローダーを引き上げる。 エックスは息を呑んで左手により強い力を加え、頭上に掲げる程の勢いで一気にローダーを引っ張り上げた!

 

 

 

 

 

バキリッ!☆

 

 

 

 

 

 何かが引っぺがされる音と共に振り上げられたその手に握られていた。

 

 

 

 

 

 ローダーのリアフレーム『だけ』が――――。 

 

 

 

「「「あっ――――」」」

 

 

 

 エックスとアクセル、そしてローダーに取り残されたままの兵士の声が重なった。

 自重に耐え切れず歪みに歪んだローダーのリアフレーム。 それは余りに強い勢いで引っ張り上げるエックスの膂力に音を上げ、遂にはローダー本体から引きちぎられてしまった。 まるでちょっとした印刷用紙を破るかのように、いとも簡単にあっさりと。

 辛うじて重力との均衡を保っていたエックスと言う唯一の力添えを失ったローダーは、腹を支えていた崖っぷちを支点に天秤が傾くようにして一気に真っ逆さまに。

 崖の岩肌を音と土埃を上げながら滑落するローダーを、視線を奪われるようにエックスとアクセルは呆気にとられた表情で目を丸くして見つめ、そして目があった。

 

 フレームの引きちぎれたその瞬間、悲鳴さえ上げる事さえもままならず、全てを諦めたような目線でこちらを見上げる哀れな兵士の姿と。

 

 ――束の間を置いて、吸い込まれるように崖下のジャングルに消えていくローダー。

 更に僅かなテンポを開けて地響きが鳴り響くと、青々とした茂みに膨大な熱量と凄まじき爆音が崖上のエックス達を襲った。 周囲の木々をなぎ倒しながら吹き上がる熱風に、たまらず2人して身を庇った。

 腕で顔を覆いながら辛うじて見下ろしたその先には、地獄の窯に火をくべるが如く黒い煙と赤々とした光が立ち昇る……。

 

 エックスとアクセルは真顔で互いの顔を見合わせ、しばし無言となったが……千切れたリアフレームを放り投げ、咳払いから始まるエックスの声によって沈黙はすぐ破られる事になる。

 

「ゴホンッ……まあ、彼もきっとこの一件で反省してくれるよ。 来世で

「あああああああああああああああああッ!!!! アンタ鬼かッ!? 血も涙もねぇなッ!!」

 

 肩をすくめ、両腕を開いてやっちまったぜと言わんばかりの、あっけらかんとしたエックスの態度にアクセルは金切声を上げた!

 こみ上げる激情のままに鬼呼ばわりするアクセルの強い語気に、これにはエックスもむくれ顔になる。

 

「滅多な事言うな! 俺は(イレギュラー)でもないし涙ぐらいはまあ……ちょっとは出るぞ!」

「ちょっとって何さ!? 悪びれもしないでよく言えるねッ!? てか僕達落ちてったアイツと目が合っちゃったよッ!? 暫く夢に出そうだけどどうしてくれんの!?」

 

 アイセンサーに焼き付いて離れない兵士の悲痛な最期の光景。 以後暫くの間確実に自身を悩ませるであろう、アクセルは切実な問題をエックスに臆面も無くぶつけにかかる。

 これにはエックスも言葉に詰まり、少しばかり目線を宙に泳がせて……切り返した。

 

「イレギュラーとは言え同胞(レプリロイド)を狩る嫌な仕事さ……よくある事だよアクセル」

あってたまるかッ!! ……ああもう、何か頭痛くなってきちゃった」

 

 押し問答の果てに行きついたエックスの開き直りに、遂に根負けしたアクセルは頭痛を訴えた。

 よくもまあここまで平然としていられるものだ。 青いハンターの図太すぎる神経を前に、先に彼とコンビを組んでいたゼロの事を思い出す。

 自分の信じる平和の名の下にあらゆる手段を辞さないエックスとは、ベクトルは違えど同じく破天荒なゼロだからこそ何だかんだでやっていけてるのだろう。

 エロの為なら愚直になれるあの赤きエイユウに、今だけは尊敬の念を送った――――。

 

「ってあれ? エックス、ゼロはどうしたの?」

「……そう言えばゼロの姿をさっきから見ないな?」

 

 2人は軽く辺りを見渡してみた。 戦車の周囲を周ったり、ついでにアクセルの隠れていた岩陰にも目配りしてみたが、あの目立つ赤いアーマーと長い金髪の姿は全く見当たらない。

 ローダーから降りて退避するだけで、わざわざエックス達の前から姿を隠す意味などある筈もないのに。 アクセルは嫌な予感がした。

 

「まさかローダーもろとも崖下に落っこちたんじゃ……」

「そんなバカな。 ちゃんと飛び降りるように合図も送ったぞ?」

「……合図で降りろって話からして、聞こえてなかったって事は?」

 

 不安を覚えるアクセルの言い分に、エックスも沈黙した。

 2人はローダーを落とすまでのやりとりを振り返る。 エイリアから連絡がきた辺りで、確かにゼロは一言も言葉を発していなかった事を思い出す。

 

「マックの時みたいに存在をスルーしちゃったって事は、ないよね?」

「いやそんな……流石にゼロに限ってローダーにしがみついたままって事は――――」

 

 

「ぬうおおあああああああああああッ!!!! エックスゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」

 

 

 悪寒に冷たい汗を流す2人の元に、崖下から怒気を孕んだ非常に聞き慣れた叫び声が聞こえてきた。

 エックスとアクセルは一瞬硬直し、お互いの顔を見合わせては無言で頷くと、神妙な面持ちで燃え盛る崖下のジャングルを覗き見ると――――

 

 

「テメェェェェェェェェッ!!!! 俺ごと落としやがってえぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 ――――何と全身を炎に包まれたゼロが憤怒の形相で黒焦げになりながら、ついでに股間を黄金色に光らせてもっこりさせたまま崖を駆け上がってくるではないか!!!!

 

「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!! ゼ、ゼロォォォォォォォッ!!??」

 

 いきり立つ自慢のバスターを携え、文字通りの火の玉と化して崖を駆け上がるその姿は、アクセルを恐怖のどん底に叩き落とすには十分だった。




※補足説明
 台湾には日本では出版されていない、やたら血の気の多いエックスを主人公とする、ロックマンX5のコミカライズ版がありました。

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