〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2 作:Easatoshi
帰投後、すぐさまハンターベース内の開発室に、ゼロと壊れた装置を抱えて駆け込んだエックス達。
夜を徹して解析に取り組んだホタルニクスの協力もあって、もぎとった分を含む緊急制御装置の破片からデータを解析する事が出来たが、その内容はやはり彼らの想像通りであった。
ゼロの体の一部に取り込まれていた事で動作不安定に陥っていたのもそうだが、本来音声を登録しておいたホタルニクスにしか解除できない安全装置。 それがゼロの音声でも時折反応するように設定が書き換えられていた上、彼の感情の起伏によって本人の自覚無しに、勝手に命令が入力されると言う致命的なエラーも確認された。
実際本体から読み取った衛星へのアクセス履歴にも、しっかりとゼロが衛星に命令を無自覚に出していた事が明らかになった。
自慢のバスターをビンビンだと言った直後にハンターベースや『ヤァヌス』の秘密基地への攻撃、そして制御装置に起因する体の不具合で身動きが取れないときに、ローダーもろとも崖下へ落されそうになった時に、エックスを制止しようと心の中で求めた際に、マック達によって入力された攻撃命令を強制終了させるなど。
その全ての『謎のアクセス履歴』の出所が、この機械を読み取る事で明らかになったのだ。
かつてエックスとアクセルは衛星の誤射についてゼロに対し、衛星にいかがわしい名前を付けたせいでゼロの股間に反応したと口にしたが……煽りどころか当たらずとも遠からずだったのだ。
全てが明らかとなった時……エックスとアクセル、そしてホタルニクスやダグラス達開発チームは、この目も当てられない真実に閉口してしまった。
そして数日後、エックスは足取りの重いアクセルとホタルニクスの3人で、ハンターベース内の会議室へ続く廊下を歩いていた。
彼なりに心の整理はついたのか、後ろを歩く2人とは違いエックスの足取りは整然としていた。 右脇には事件のあらましをつづった書類の封筒が抱えられている。 彼らはこれから、事件の説明についてマスコミ達に対し記者会見を行う段取りとなっている。
事件の中心人物のゼロは無駄に安らかで誇り高い笑顔のまま、開発室のカプセルで股間に絆創膏を張られ未だ眠りの中にいる。 起き次第今度こそ何らかの懲罰を加えてやると、怒り心頭のダグラス達に厳しく……かつ『先例』もあって慎重に監視されている最中だ。
「エックス……一体この件どう説明つける気なの?」
会議室へと足を進める中、不意にアクセルが重い口を開く。
「今回の事件って、要するに壮大なマッチポンプだった訳でしょ……本当に全てを明らかにしちゃって大丈夫なのかな?」
「……どうしたもこうしたもないわい。 言うしかないじゃろう、いずれはバレる話じゃ……儂もとっくに覚悟はできてるわい」
エックスの返事を待たずに割って入るホタルニクス。 ため息交じりで心底嫌気が差したような口調だが、そんな諦めムードを醸し出す博士の目つきは憔悴しきっていた。
余程今回の件でストレスを溜めたのだろうが、それも当然の話であった。 自分が作った制御装置のせいで騒動が起きた以上、仕様にない機械を組み込んだ彼の独断専行と管理責任、開発主任として2つの責任を問われるのは避けられないだろうから。
……最も、責任感の強い彼にとってそんな事は覚悟の上であろう。 彼にとっての懸念材料とは――――
「きんた〇に始まりきんた〇に終わった……こんな事世間にどう説明しろって言うんじゃ」
「確かにね……」
ホタルニクスは額に手を当てて悩み抜いていた。 アクセルもしかめっ面で同意する。
彼自身、披露会での露出の件もあって『キンタ〇ニクス』等とメディアからも仇名をつけられているのを知っていた。
今回の件もひたすらに『きんた〇』に終始した事件である以上、最早彼の本名すらキンタ〇ニクスにされてしまう事は避けられない。
下品でサイテーな事件の釈明をしなければならない責務が、重くのしかかって仕方がなかった。
「ホタルニクス博士、貴方は事件解決の為に尽力した。 それは紛れもない事実です」
話し合う2人にエックスは足を止め、背を向けたままようやく口を開いた。
「開発者としての責務は全うした、そんな貴方を一体誰が責めるんですか? 誠実にありのまま起こった事を話せば、皆分かってくれる筈ですよ」
「……何を根拠にそう言えるのじゃ?」
心配は無いと言いたげなエックスの物言いに、ホタルニクスは怪訝な態度を投げかける。
アクセルが口にしたように、この事件は全てゼロによって始まり、全てがゼロとなっただけである。
起こった事を忠実に話せば最期、自分達の身の進退を考えなくてはならない重大な案件を、一体どうして理解を示してもらえると言うのだろうか?
――――ゆっくりとエックスが振り返る。 その顔は穏やかな笑みを浮かべ、ホタルニクスの疑問に一言答えた。
不穏な含みのある言い回しだけ伝えると、エックスは再び行くべき道へ向き直し、報道陣が待っていると告げ歩きだした。
エックスの自信に対しホタルニクスは硬直し、見開かれたままの目をゆっくりと隣のアクセルへ移してみるが、乾いた笑いを浮かべる少年がいるだけであった。
「……大人になるって、ウチじゃそういう解釈なんだってさ!」
そして不貞腐れた態度のまま、もうどうにでもなれと言わんばかりにヤケクソ気味に足音を立て、エックスの後を追う。
ホタルニクスにとっては先行き不安でしかなかった。
長いようで短い廊下を歩き、遂に3人がたどり着くは運命の会議室。 閉じられた横開きの自動ドアの中からは、人々のざわめきが聞こえてくる。
恐らくは飯の種でもあるエックス達の説明を心待ちにする、報道陣がごった返しになっているのであろう。 アクセルとホタルニクスには死刑執行の見物人がひしめき合ってるようにも感じられるが、エックスは臆する事無く我先に扉の前に立ち、開かれた死刑台への入口へ堂々と入っていく。
もうここまで来たら後には引けない、アクセルとホタルニクスは互いに視線だけを送ると、意を決したようにうなずきエックスの後へと続いた。
ドアの敷居を跨いだ先に待ち構えるは、すし詰めになった報道陣達の絶え間ないフラッシュと言う集中攻撃。
先に入ったエックスは、記者達と向かい合うように設置されたマイク付きの横長の机と3つのパイプ椅子、手に持った封筒を机の上に立てて中央に陣取っていた。
執拗なフラッシュに動じない振りをしつつも、内心ではしかめっ面の2人がエックスを挟むように椅子を引き着席する。
一句一句を聞き漏らすまいと、マイクやカメラを向けるマスコミたちを前に、自分達は今から懺悔の時を迎えようとしている。
パイプ椅子の背もたれが冷たく湿気ったように感じ、ともすれば電気椅子と錯覚しそうな座り心地の悪さに戦慄する。
……実際には束の間であるが、アクセルとホタルニクスの2人にとっては永遠に等しい時間を挟み、エックスの咳払いの後のマイクテストの一言二言に、報道陣のフラッシュがようやく収まった。
落ち着きを取り戻す記者達を見届けると、エックスは封筒を開いて書類を取り出し、話を切り出した。
「本日はお忙しい中お越しいただきありがとうございます」
挨拶と言うありきたりなエックスの前口上から、遂に始まる記者会見……ここからが正念場だ。 アクセルとホタルニクスは表向きは平常心を装いながらそう思った。
「今日ここへ皆さんをお呼びしたのは他でもありません。 科学者達の誘拐から始まり、ホタルニクス博士の平和への願いを込めた衛星を悪用し、無残にも破壊した今回の事件」
ここにいるホタルニクスにとって踏んだり蹴ったりな事件の概要、ホタルニクスは記者に気付かれぬ程度に小さく歯ぎしりする。
「巷では『ヤァヌス』と言った秘密結社が暗躍していたと噂されていますが……紛れも無い事実でした」
予てから存在が仄めかされていた秘密結社の存在を、明確に存在したと言ってのけるエックスの発言を、マスコミ連中は驚きをもって迎え入れた。
「……しかしその更に裏には、彼らが動き出す前よりも衛星を操る手段を既に握っていた、恐るべき一人の男の影があったのです!」
更なるどよめきを隠せない記者達を前に、淡々とここまではアクセル達も知る紛れも無い真実を話していく。
エックスの言う恐るべき一人の男とは、もったいぶった言い回しをしているが、アクセルとホタルニクスの記憶に思い浮かぶは例の『復活のハンター』ただ一人。
彼の股間にこそ、事件の全てが集約されていた……このまま全てを全国ネットに洗いざらい生中継してしまうのか、これから起こりえるであろう惨事に、アクセルは発泡性の胃薬を用意していなかったことを後悔した。
……しかしここに来て、イレギュラーハンターであるエックス自身の口から、壮絶なイレギュラーとなりうる情報が飛び出る事になるとは、報道陣はおろかアクセル達も想定しえなかった。
「我々は数か月に渡って捜査を続けた結果、遂にその誰かを特定する事が出来たのです! 今ここに断言します――――」
報道陣達の期待とアクセル達の胃痛を煽る中、エックスの口から告げられた恐るべき情報とは!
身に覚えのない事件の黒幕にされたシグマにとって、記者会見でのエックスの爆弾発言は寝耳に水であった。
シティアーベル東16番地区、ほんの数日前に廃ビルの倒壊が起きた物騒なスラム街の一画。 放棄されたとある廃工場内、電灯が時折点滅する薄暗い生産ラインの端の方に、アサルトライフルを立てかける椅子と向かい合うように置かれたテレビの画面を、シグマは口を大きく開けて放送されていたニュース番組を見ていた。
机の真ん中で書類を手に『黒幕』の名を告げるエックスを中心に、その左右を鳩が豆鉄砲食らったような顔でエックスをガン見するアクセルとホタルニクスの姿。 どよめく記者達の声が場を支配し、予想しえない名前が出た事に大荒れになった会見の様子が伝わってきた。
<ど、どうして『シグマ』の名前が……?>
<それはあの男が、何度も大戦を引き起こしているイレギュラーだからです!>
何の根拠もなく、しかし自信満々に記者の質問に回答するエックス。 ここにいる当の本人は、尻と見間違わん程に縦割れした顎を震わせながら画面を注視していた。
さる計画の為に部下達がサボっていないかを抜き打ちでチェックしにやってきて、実際に見回り担当が無断でテレビを持ち込んで怠けていた故に、粛清でもしてやろうかと思っていた矢先の話だった。
画面内のニュースにイレギュラーハンターの会見が放送され、全く無関係な筈の『ヤァヌス』と『きんた〇』の案件に、まさかの自分が名指しで黒幕呼ばわりされるなど予想外であった。
「ま、まさか……我々の計画が露呈して、別件逮捕から引っ張る算段じゃ……!!」
シグマは後ろにいる部下へ振り返った。 先程までサボりの件で叱責されていた彼だが、一緒に見ていたニュース番組の内容にシグマ共々身を震わせていた。
部下の口にした我々の計画と言うのは、彼以外の他の部下が作業に従事する、稼働中の生産ラインによって作られる物……シャンプーと書かれた真っ白な容器に詰められる品物にあった。
一見よく店売りされている有名どころの商品の……類似品に見えるが、その中身はシャンプーとは名ばかりの脱毛剤入りの溶液が詰められている。
これを用いた人間やレプリロイドが皆ハゲ落ち、つるつるになった頭を互いに罵ったり光の反射で目を眩ませていがみ合わせ、最終的に内紛まで引き起こそうとするのがシグマの計画だった。
万が一計画途中に存在がばれても、この中に一本だけ用意した、脱毛剤の入ってないシャンプーを作る生産ラインを検査させ、監視の目を逃れると言うアリバイ工作も抜かりはなかった。 筈だったのだが……。
「ど、どうしますかシグマ様!? アイツら乗り込んでくるかもしれません!」
「う、狼狽えるでない! まだ考える時間はある!」
部下の言う通り、シグマとしてもいきなり公の場で別件逮捕に踏み切る事を告げるとは思ってもおらず、狼狽する部下を宥めつかせながらも内心はかなり混乱していた。
……尤も、エックスは別にシグマの計画を察知した訳でなく、この場で名前を出したのは全くの偶然なのだが、勿論シグマ自身は知る由もない。
「ぬうぅぅぅぅ……エックスの事だ、確かに会見中にも既に別動隊を動かしている可能性は否定できん」
「!! で、では……」
「……止むを得ん、この廃工場を直ちに放棄するしか――――」
折角秘密裏に稼働させた表向き廃工場を放棄するのも口惜しいが、今ここでイレギュラーハンターに乗り込まれるのはまずい。 シグマがそう思った時、番組内の会見にて何やら動きがあった。
記者会見の真っ最中にエックス達が入ってきた扉を開け、緑のアーマーに赤の眼鏡をかけたレプリロイドが大慌てで駆け寄ってきた。 シグマも知る、イレギュラーハンター開発部のダグラスと言う男だった。
彼は急な乱入に驚くマスコミ達に構わず、エックスの側によって耳打ちする。 するとエックスは血相を変えて椅子から立ち上がり、一言。
<皆様大変申し訳ありませんが、已むに已まれぬ事情の為ここで会見を終わりにさせて頂きます!>
と、強引に会見を打ち切り、驚愕するマスコミを置いてダグラス共々大慌てで部屋を出て行ってしまった。 アクセルやホタルニクスも突然の中止に面くらい、椅子を蹴っ飛ばす勢いで立ち上がりエックスの後を追った。
起こった出来事を何一つ把握しきれぬまま、ここで場面は記者会見の行われているハンターベース会議室から、ニュース番組のスタジオへと切り替わった。
「一体何が起きたんでしょうか……シグマ様……シグマ様?」
心配そうに声をかけるも、返事のないシグマに何度も名前を呼びかける部下。
この時シグマは見ていた。 エックスが退室の瞬間に何かを呟いていたのを。 報道陣のマイクはおろか、そこにいる誰の耳にも小さな呟きを聞き取る事は叶わなかったが、しかしシグマにはエックスの唇のわずかな動きから、何を口走ったのか一句一句はっきりと識別する事が出来ていた。
彼は言っていた……「ゼロが脱走するなんて」と。
「……ゼロだと?」
シグマは会見の場にいなかった赤いハンターの名を呟いた。 脱走したとはどういう意味なのだろうか、何か重大なトラブルを起こして拘束されていたとでもいうのだろうか? あの場に一緒に並んでいなかった事と何か関係が?
新たに舞い込んだ疑問の種に、いよいよもって情報の整理がつかなくなった時――――事件は起きた。
――――廃工場中の電気設備が、突如停電を起こしたのだ。
「な、何だ!?」
照明や切れかけの電灯から光が失われ、工場の生産ラインが一斉に沈黙する。 働いていた他の部下達も、突然電源が途絶えた事に狼狽する。 慌ただしい現場を放送していたテレビ画面も真っ黒に染まった。
工場は古い設備だが、万一の停電対策に予備の電気系統が用意されている。 しかしそれすら作動する様子を見せず、一斉に電気の供給が途絶えたと言う事は……。
「奴らが来たか……?」
「……古い設備ですし、予備も含めてたまたま停電が起きたとかでは?」
「たま」
暗闇の中、楽観的な事を抜かす部下にシグマが檄を飛ばす。
「つまらん事をのたまうでないわ! これは奴ら別動隊がブレーカーを落としたのだ! 直ちに戦闘の準備をしろ!」
「たま」
「りょ、了解しました!」
部下は怒鳴り声のシグマに恐れを感じながら、大慌てでテレビの前に置いてあった椅子のあたりに向かい、もたれかけさせておいたアサルトライフルに手を伸ばす。
その間に、シグマは先程まで連絡を取り合い今はこの場から離れている、自分の右腕ともいえる男の名を無線越しに呼びつける。
「ダブルよ! イレギュラーハンターの連中が来た! 今すぐにお前も用意しろ!」
シグマは腹心である『ダブル』の名を呼んだ。 黄色のアーマーに身を包み、普段は小太りの鈍臭い人柄を装う彼だが、一度シグマの命を受ければ変身能力を用いて筋骨隆々とした粗暴で好戦的な、それでいて忠実な兵士と化す。 ……そんな彼からの返事はなかった。
「どうしたダブルよ! 聞こえているのか!?」
2度も呼び掛けてみるが、無線機から通して聞こえてくるのは砂嵐の音だけであった……頼れる右腕からの応答がないまま、背後にいた部下がアサルトライフルの射撃準備を終えたその時である!
「ギャッ!!」
突然何か重たい落下音が聞こえると、いよいよ突入に備えて銃を用意した部下がヒキガエルの様な声を上げた。
「何だこの音は!」
シグマが落下音の出所に対し、たまたま持っていた懐中電灯を悲鳴を上げた部下の方に向ける。
明かりを向けた先には黄色のアーマーをつけた背の高い誰かが、銃を持っていた部下に覆いかぶさるようにして地に伏せていた。
それを見た途端シグマは絶句し、慌てて駆け寄って潰された部下からどかす様に、黄色いアーマーの誰かを横に転がした。
「何故だ……何が起きた!?」
「ま、まさかそんな……!!」
「たま」
シグマと下敷きになった部下はその姿に見覚えがあった。 今まさにシグマが呼び出そうとしていた、腕っぷしの立つ頼れる右腕の変わり果てた姿……。
「ダ、ダブルッ!!」
物言わぬ死体と化した『ダブル』の姿であった。 普段相手の目を欺くために使う小太りの姿ではなく、長身でガタイのいいその姿は先程まで誰かと戦っていた事を想像させる。
しかし彼は開かれた口元からだらしなく舌を出し、何よりもシグマを驚愕させたその死因……股間が焦げ目のついた風穴を開けられていた事であった。
「さっきまで連絡を取り合っていたのだぞ……いつの間にダブルがやられていた? ――――まさか連中に始末されたのか!?」
「たま」
「始末された!? 待って下さい! 互角以上に戦えるであろうエックス達はまだ記者会見に――――」
「たま」
……イレギュラーハンターの記者会見に停電、そしてダブルの死に気が動転している2人でも流石に気が付いた。 口を噤み辺りを見渡すシグマ、一体さっきから聞こえる「たま」と言う声は何なのだろう。
しきりに会話に割り込む呟きが気になって仕方がない。 特に文脈に「た」と「ま」が連なった時ほど呟きが重なる気がしなくも無い。
「さっきから一体何なのだこの呟きは……」
「しきりに会話に割り込んできますね……一々「たま」って」
「たま」
呟きと同時だった。 シグマ達のいる上の方から、天井周りに張り巡らされた鉄骨から土埃が降ってきたのは。 そして何やら嫌な雰囲気を漂わせるようになった。
それはよく自身も憎き人間共を相手に恐怖へ陥れる為に放つ、身の毛のよだつような恐るべき絶対強者のオーラ……ではなく、どちらかと言えば底冷えするような得体のしれない闇を体現するような、余りに不気味な視線であった。
「お、おい!! お前ら準備はできたのか!? 奴ら上からくるかもしれないぞ! 気を付けろ!」
やっとこさ身を起こした部下が、緊張をごまかすかのように生産ラインにて準備を進めていた他の人員に声をかけた。 ――――返事は無い。
「おい! 聞こえてるのか!? 何故返事をしない――――」
「待て!」
一切返事をよこさない連中に部下が怒鳴るように何度も呼びかけるが、シグマが前に出て後ろ手に制止する。 ……何かがおかしかった。
生産ラインが止まっているのは停電の為だ。 しかしそれ以外にも戦闘準備を進めていた人員の立てる物音があった筈だが……よく耳を凝らすまでもなく、人っ子一人居ない様な静寂が空間を支配していた、完全に静まり返っているのだ。
話し合っている間に準備を終えたと言うのか、だとしても誰かが呼び掛けても返事をしないのは変であった。 更に嫌な予感がする――――シグマは明かりを今度は生産ラインへと向けた。
――――そして驚愕する。
「なっ……!!」
「う、うわあああああああああああああっ!!」
そこには変わり果てた部下達の姿があった。 今しがたイレギュラーハンターとの戦闘に備えていた人員が、あるものは地に伏せ、またある者は生産ラインに突っ伏していたりなど様々であった。
しかし皆して一つだけ共通している事があった。 ……股間を貫かれて全て急所を一撃、であった。 今ここに転がっているダブルと同じように!
「一体いつの間に!? 皆してなぜタマを貫かれて死んでいる!?」
「たま」
物言わぬ死体の山に対する部下の発言に、またしても奇妙な呟きがこだまする。 何度も「たま」と呟く度に嫌な存在感を増す声の主は一体誰なのか。 まさかダブルを初めとする部下達を血祭り……もとい『た
嫌な汗が両者の間に流れる。 本当はさっさとここから逃げ出すべきなのだが、しかししきりに注がれるねちっこい目線が彼らの体の自由を奪う。
振り向いてはいけない、上から注がれる目線とは決して目を合わせてはいけない。 長年イレギュラーとして名を馳せたシグマだからこそわかる。 この目線の主は危険だ。
分かっているのに……シグマは闇からの誘いに打ち勝つ事はできなかった。 ゆっくりと懐中電灯の光と共に、天井を見上げてみると――――
鮮血のように赤いアーマー。 垂れ下がる怪しい輝きを保つ長い金髪。 そして何より、腰元の白いパーツの股間の辺りに張り付けられた絆創膏。
そのような恐ろしい姿をしたレプリロイドの男が、天井に張り巡らされた鉄骨に張り付いて、土気色に染まった顔と白い眼光を輝かせていた。 その姿、西洋ないで立ちにあって醸し出す妖気は、東洋に伝えられる『妖怪』と言う他ない。
シグマは蛇に睨まれた蛙のように、その場を動く事が出来なくなった。 部下も起き上がった矢先に倒れていたダブルの上に再びへたり込んでしまう。
見なければよかった。 しかし後悔しても時既に遅し、部下達を屠ったであろう飛び掛かる赤い妖怪を前にしては、自分達など次なる獲物に過ぎなかったのだ――――
暫くの後、居場所を突き止めた『黒幕』の元へ多くの隊員を引き連れ、強襲を仕掛けたエックス達を出迎えたのはこと切れたシグマとその部下達の姿であった。
全て『急所』を打ち抜かれて即死と言う、かつての妖怪騒動を彷彿とさせる死に様は多くの憶測を呼び、結局世の人々は真相にたどり着けぬまま『ヤァヌス』事件はうやむやとなり、世間に大きな謎を残す事となった。
きんた〇に始まりきんた〇に終わる……今回をもって『下品』をテーマに8か月続いたシーズン2『ゴールデンボール』を終幕といたします。
ここまでお付き合いいただいた読者の皆様、本当にありがとうございました!
皆様のおかげで初の長期連載、無事完結いたしました! ……まさかのホラーエンドですがw
これから筆者はまた次のネタ作りに暫く籠る事になりますが、感想欄は日頃チェックしていますので、返信を欠かす事はありません。 その上で、執筆を終えた記念と言う事で、ちょっとした質問も受け付けたいと思いますので、感想ついでにもし気になった点がおありでしたら、本シリーズについてでしたら答えられる範囲でお答え致します。 是非遠慮なく感想と質問を下さいな!
そして頃合いを見て、次回作を引っ提げてカムバックしたいと思いますので、その時はまたよろしくお願いします!
最後にもう一度……本作品のご愛読、誠にありがとうございました! 重ねてお礼を申し上げます! でわ!
ちなみに、本シーズンの『本文中』において『きんた〇』と書いた回数は、鍵括弧抜きとカタカナ表記合わせて実に94回書きました。 ……思ったより少ないな。