〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2 作:Easatoshi
第6話
冷たい雨がしとどに降り注ぐ、塀に囲まれた庭付きの住宅が軒を並べる深夜の街中……月明りは雲に隠れ、濡れたアスファルトを照らすは闇夜を照らす街灯の光。
人口過密が進むこのご時世において、庭のついた一戸建ての家を持てるのはそれだけで金持ちの証なのだが、してこの高級住宅街のどの家からも部屋の電気はついておらず、人っ子一人で歩く事も無いこの寝静まった街路を、2人の男が息を切らすように走っていた。
「はぁ……はぁ……」
「お、おい……もうっ撒いたか……?」
「わ、わからんっ……とにかく今は……は、走れ!」
男達は時折後ろを振り返りながら、浅い水溜まりに足を突っ込ませては水しぶきを上げ、追ってくる『何か』から逃れるように駆け抜ける。
時折やってくる轟音を伴う閃光が2人の姿を照らす。 片方は黄色い眼光に緑のアーマー、左手に鉄球と背中に盾を背負った『ホーガンマー』。 もう一人は頭部や肩、および膝に岩石のような意匠の白っぽい装甲を身に着け、実際に擬態する事もできる『クラッグマン』。 2人してレプリロイドである。
全身が雨露に濡れる彼らは傘や雨具のような物は身に着けず、ただ一つ……クラッグマンの方は黒塗りのレザーバッグだけを後生大事にするように脇に抱えていた。
もう、何分こうして走り続けているのだろうか。 いかな人間よりも長時間の稼働に適したレプリロイドの四肢をもってしても、全力で長時間、それも捕まれば最後破壊されるかもしれないというリスクに晒されながら走り続けるのは、彼らにしても耐え難い苦痛である。
……彼らは空き巣だった。 つい最近まで特別素行が良いと言う訳ではないしがない土木作業員だったが、無遅刻無欠勤を達成できる程度には真っ当に働いていたレプリロイドだったのだが、通勤ルートの途中にあるさる家の窓から覗かせる『代物』に目がくらんだ、チンケな小悪党だった。
主犯格はカバンを抱えるクラッグマンで、同僚のホーガンマーを誘い、テープで破片が飛び散らぬよう工夫をした上で強化ガラスの戸を破ると言う、古典的な手法ながらまんまと盗みを成功させた。
しかし敷地から逃げ出す過程で『何者』かに目撃され、暗闇の中で垣間見えたそのシルエットにえも知らぬ恐怖を覚え、口封じする事もなく夜の街を脱兎のように逃げ続けていた。
来た道を何度も振り返るも、闇夜の中に例の姿を見受ける事は出来ない。 しかしえも知らぬ威圧感が背後に突き刺さり、おいそれと足を止める気にはなりはしない。
「っ! おいあそこだ!」
相方のホーガンマーが指をさすような動作で、道先に左手の鉄球を突き出した。 クラッグマンもそれを目にとらえた。
正面に出迎えるはT字路に出入り口を設けた、この高級住宅街の例にもれず塀に囲まれた2階建ての家。 深夜と言うだけあって窓からは蛍光灯の光が漏れている様子はないが、理由はそれだけではなさそうだ。
正門にかけられている看板らしき横長の板切れに、辛うじて見える文字は『
「しめた! あそこでやり過ごそうぜ!」
夜である事に加え、家主が引き払って買い手がついてないこの家ならば人は住んでいないだろう。 追っ手を撒くついでに一息つく事が出来る。
2人は息をはずませながらも空き家に駆け寄り、塀を軽々と飛び越え、まんまと不法侵入を果たした。
管理者に無断で敷地に入り込んだクラッグマンとホーガンマー。 クラッグマンは伸びっぱなしの芝生に腰を下ろして、ホーガンマーは前のめりに手をついて四つん這いに息を荒げた。
しばし深呼吸して呼吸を整えると、今しがた飛び越えた塀から頭1つ分、両手で身を乗り出しては周囲を窺う。 相変わらず姿は見えないが、しきりに背中を突き刺さしていた鋭い視線のような感じはしなくなっている。 どうやら素早く家に逃げ込んだのが功をなしたようだ。
2人は地面に足を下ろし、ホーガンマーは汗を拭き取る様に右腕で頭部を拭うと安心する。
「あぶねぇ所だった……まさか現場を見られるなんて思わなかった」
「だな……誰だかは分からなかったが、何か手を出したら返り討ちに遭いそうだった」
「……とりあえず中に入って明日を待とうぜ。 ブツも確認してぇからな」
「お、そうだな」
雨風を凌いで夜を越す為、2人は平らな石が埋められた玄関までの道を行きながら、庭の奥にある家の方を目指して足を進める。
草が伸びっぱなしと言った敷地の庭は芝生以外の雑草も生えており、すぐ側を通った岩に囲まれた池と思わしき所には水が枯れており、辛うじて降っている雨水がわずかばかりに溜まっているばかり。
建物に近づく度に薄っすらと見えてくる外観は、雨の当たっていない部分が埃に被れたままになっており、暗闇の中であっても長らく人の手が入っていない事が窺えた。
一応視界を暗視モードにしている為、センサーの有無を確かめるように周囲に気を使いながら歩いてはみたが、ブザーが鳴る気配もなければ、そもそもがそれらしき光の筋一つ見つからない。
高級住宅地にあるまじき杜撰な管理、これでは地価にも悪影響を及ぼすだろう。
さて、両開きの金色にあしらわれた取っ手のついた茶色い玄関扉の前に立つ2人。 先にクラッグマンが扉の取っ手に手をかけ、手を引いてみる。 ……引っ掛かりのような感じがして扉は開かない。 ご丁寧に鍵だけはかかっているようだ。
「……これも壊すか? どうせ誰も見てねぇなら構わねぇだろ」
ホーガンマーが提案する。 クラッグマンは顎に手を当てて考えた。
「……なるだけ音を立てないようにな」
「よっしゃ」
立ち位置を入れ替えるようにホーガンマーが扉の前に立つと、自慢の左腕の鉄球を突き出し、軽く扉に叩きつける。
棘付きの鉄球が取っ手と鍵をいとも簡単に壊し、伸びた鉄球は付け根についたチェーンによって素早く引っ張られ、元の左手の位置に納まった。 扉を貫かず、ひしゃげる程度の衝撃だ。 この程度ならそこそこに広い敷地と雨の音でかき消されてしまうだろう。
2人は素早く建物の中に入り、入り際にクラッグマンがあらためて庭を見渡すと、身を引っ込めて反対側から扉を閉じた。
建物の中は外のそれよりも暗く、埃っぽかった。 エネルギーを消耗する暗視モードを解除し、クラッグマンは黒いカバンから懐中電灯を取り出すと、それを玄関から続く廊下の床を照らした。
窓の外に光が漏れてしまわぬよう明かりの先を下に向け、雨露を垂らしながら建物の中を歩く。 埃被った床が2人分の足音と共に軋む。 センサーに気を使って、廊下の壁を見ながらの前進だったが、やはり見受けられない。 空き巣の自分が思うのもなんだが、かつての家主は防犯意識がなかったのだろうか?
「しっかし汚ねぇな……手入れも全然されてねぇ」
「雨風凌げるだけマシさ。 だが空き家とは言え、高級住宅にしちゃ管理がなってねぇな」
2人ごちながら奥に進む。 廊下に備え付けてあった花瓶には枯れて茶色になった花らしき枝が刺さったまま。 手放したと言うよりは放棄されたと言うニュアンスが正しく思える。
廊下を突き当りまで歩くと、薄汚れた白い扉が見つかった。 懐中電灯をホーガンマーの右手に渡し、一応気を使いながら扉のノブに手をかけてみるクラッグマン。 ……ノブは何の抵抗もなく回り、腕を引けばあっさりと扉は開いた。
扉の開けた先に懐中電灯を当てるホーガンマー。 明かりに照らされるは埃塗れの灰色の絨毯に、古ぼけた白の……しかし汚れやシミから黄色く変色し、所々に破れが見えるソファーが左右に一脚ずつ、対面に向かい合うように置かれ、その間に埃被った傷だらけのテーブル。
右手のソファーの後ろの壁には、横長の長方形にくりぬかれた様に気持ち綺麗な部分が見えるが、位置的に絵画でも掛けられていたのだろうと思った。
正面に見えるガラス戸には厚手のカーテンがかけられ、懐中電灯程度の光なら外に漏れそうになさそうだ。
……部屋をざっと見渡し、安全を確認した上で部屋に入ると、扉を閉めて埃被ったボロソファーに2人して向かい合うように座った。 お世辞にも気持ちのいい座り心地とは言えないが、盗みに入った家から一目散に走ってきた彼らにしてみれば、貴重な休憩ポイントだった。
して、クラッグマンがレザーバッグをテーブルの上に置くと、チャックを開いて中に懐中電灯の光を当てる。
「よしよし、中身は無事のようだな」
「精密な代物だからな。 全力で走った時はどうなるかと思ったが……」
2人して中身を検めると、盗み出した一品が無事だった事を確認し、胸をなでおろす。 どうやら彼らが盗み出したのは壊れものらしい。 安心感から背伸びをして息抜きするクラッグマン。
「後はここで一晩過ごしてやり過ごすだけだな」
「ああ、今出てったらまたアイツに出くわすかもしれないからな……」
「……ひょっとしたら噂になってた例の『妖怪』だったりしてな。 これは工事現場でも噂になってたんだけどな――」
「おいおい……」
ホーガンマーが困った顔をするのも構わずに、クラッグマンは語り始めた。
彼らがつい最近まで働いていた工事現場……つまりこの住宅地の近くで、つい先日から奇妙な事件と共に噂が流れていた。
何でも、重大な罪を犯したイレギュラーが、夜な夜な襲撃を受けては『急所』を一撃。 文字通り昇天させられると言った変死事件が相次いで発生していた。
基本的に襲われるのはイレギュラーだけなので、むしろ一般市民の中には犯罪が減ると溜飲が下がる思いをしていた人もいたのだが、夜間に逢瀬を交わしていたお熱いカップルの、特に男性の方があわや『急所』を一突きされそうになったと言う事件が起きた事から、謎の襲撃者をして妖怪と称されるようになった話がある。
「で、そのカップルの男の方結局無事だったんだけどな……何でも彼女さんと一緒に逃げるのに必死で、姿ははっきり覚えてなかったらしいが、襲われる直前に変な声が聞こえたって言ってんだよ」
「俺そう言うの苦手なんだよ……勘弁してくれ」
クラッグマンの語りに、棘付きの鉄球みたいな物騒な物を携えるホーガンマーが身震いする。
待ったをかけようとするも、しかし元々おしゃべりなのか、それとも逃げ切った安堵から溜め込んだフラストレーションを発散させる為か、クラッグマンの怪談話は止まらない。
「何だっけな……ブツブツと何かを呟くように聞こえたんだってよ。 確か――――」
「やめろって! 俺がその手の話駄目なの知ってるだろ!? たまんねぇよ!」
「たま」
とうとう堪え切れなくなったのか、ソファーから立ち上がって抗議するホーガンマー。 鉄球を振りかざして抗議する様子にクラッグマンは慌てて口を止め、両手を突き出して激高しそうになる相方を制止する。
「わかったわかった! 落ち着けって! 悪かった!」
「……ったく。 大体変な声ってなんだよ」
両手を合わせて詫びるクラッグマンの様子に、頭を押さえて軽くため息をつくホーガンマー。
「その変な声が聞こえたってのもどうせたまたまだろ? 事件が重なってた所に変質者にでも出くわして一緒くたにされてるだけだって」
「たま」
「……けど変死事件が相次いでるのも事実だ。 俺達も物盗りになった以上無関係じゃないからな。 精々
「たま」
「調子の良いこった……まあ、用心に越した事はねぇってのは同意だな」
「たま」
「……おい、さっきから何なんだこの声?」
何かに気づいたように、ホーガンマーが周囲を窺い始める。 クラッグマンは相方の唐突な行動に首を傾げた。
「どうした? まさかさっきの話がそんなに気になるのか?」
「お前には聞こえねぇのか? さっきから『たま』って声が聞こえ――――」
「たま」
……2人しかいないこの部屋に、耳に覚えのない声が聞こえてきた。
「……今はっきり聞こえたぞ。 まさかお前が怪談話なんかするから寄ってきたとかじゃねぇよな?」
「ぐ、偶然だろ……お前だって変な声が聞こえたのもたまたまだって」
「たま」
――――今度は聞き違いなどではなかった。 言い出しっぺのクラッグマンも、これには開いた口が塞がらない思いだった。 実際に口がついている訳でないが。
「……今思い出したよ。 さっきの妖怪の噂話だけどな、何でか知らねぇけど会話の中に『たま』ってワードがあると同じように呟くんだってよ」
「たま」
今しがたホーガンマーがやめるように要求した筈の怪談話を、続けて話し始めるクラッグマン。 しかし今度はホーガンマーは止めようとせず、黙って話を聞いていた。
「そんでもって呟いたイレギュラーの大半は、何か高熱のもので『急所』を潰されて死ぬ事から、妖怪の事を恐れてこう呼ぶんだ」
「お、おい……その『急所』ってのはまさか」
ホーガンマーの震え声と共に、部屋の外から雷の閃光がカーテン越しに部屋の中を照らす。
「 妖 怪 『 タ マ ヨ コ セ 』 っ て な 」
クラッグマンの語りと謎の呟き、そして雷の光が重なった時、クラッグマンとホーガンマーの間を割って入る様に人影がカーテン越しに差し込んだ。