〇ゴールデンボール〇 ロックマンZAX2 作:Easatoshi
雷の光が家を照らしたほんの一瞬であったが、轟く雷鳴、眩い閃光、厚手のカーテンを通してリビングに差し込んだ人の影が、空き巣2人を戦慄させる。
「……今のってアイツじゃ」
クラッグマンのか弱い呟きに、2人は顔を見合わせる。
「……目撃者か?」
ホーガンマーが目撃者と言う言葉を口にすると、クラッグマンは首を縦に振った。 ……それは、この家に逃げ込むきっかけを作ったその人であった。
記憶に新しい、現場から逃走を図ったあの時に彼らは見た。
2対の角を思わせる頭部に、鋭角に縁どられた肩や足。 頭の後ろから膝の下まで伸びた長い何かが垂れ下がっていたあの姿。
出先で対峙した彼らが目の当たりにしたのはシルエットだけだったが、闇の中で見えたその輪郭だけは脳裏に焼き付いていた。 それがたった今、窓越しに雷鳴と共に相まみえたのだ。
よりによって妖怪の話なんかした時に間の悪い、しかしそんな事は些細な事に過ぎなかった。
今見えた姿が本物なら、自分達がこの建物に逃げ込んだ事がバレた、あるいは知っていたと言う事になる。
……場が沈黙し、クラッグマンは生唾を飲み込むように喉を鳴らす。 ただ雨の降り注ぐ音だけが窓越しに聞こえてくる。
お互いに言葉を発しない中、不意にホーガンマーが神妙な足取りでカーテンに歩み寄った。 まるで影の正体を確かめるように。
「お、おい!」
相方に手を伸ばして止めようとするクラッグマン。 しかしホーガンマーはお構いなしにカーテンに手をかけ、音を立てて思いっきり左右に開いた。
思わずクラッグマンは「ひっ」と情けない声を上げ、反射的に腕で身を庇った。
――――そこには誰もいなかった。 草が伸びっぱなしの庭に、枝を刈り取られる事なく乱雑に放置された人の背丈ほどの庭木が生えているだけ。
ずぶ濡れの芝生に隠れているのか、足跡のような痕跡も見当たらなかった。
「……誰もいないな」
呟くホーガンマー。 その声色は不安げだが、どこか安堵しているようにも聞こえる。 相方の呟きを聞いてクラッグマンも安心したのか、胸を撫で下ろす。
気のせいだったのだろう。 不気味な話をするものだから、神経を尖らせすぎて過敏になっていただけだったのかもしれない。
「ま、妖怪なんてやっぱデタラメなんだろ」
「庭木に雷の光が重なって人影に見えたとか……ま、まあ偶にはそういう事もあったりもするかもな」
「たま」
……謎の呟きは消えなかった。 間を置かず、今度は背後から木と金属の軋む音が聞こえてくる。
2人が振り返ると、そこには彼らの入ってきた廊下とリビングを繋ぐ扉がある。
――――扉は奥に小さく開いていた。
クラッグマンは腰を抜かして絨毯の上に座り込んでしまった。 声を絞り出す事も叶わず、ただ足や肩が笑って力を入れる事さえできずにいる。
今2人が聞こえた音は、長らく開け閉めの行われていない蝶番の音だったのだろう。 古ぼけてメンテも行き届いていないが、ドアの機能としての不備はなく、独りでに開くほど痛んではいないのは、つい先ほどノブを捻って扉を開けた自分自身が知っている。
間違いない。 『アイツ』は家の中にいる。 しかも変な呟きをして、今しがた窓際にいた筈がもう家の中に入っている。
一瞬で家を回り込み、加えて音一つ立てずに廊下に入り込んで扉を開けたという恐るべき事実……開かれたドアと隙間から窺える暗闇が、古ぼけた家の傷み具合も相まって、今の彼らには魔界へといざなう地獄の門に思えて仕方がない。
もしや、もしかしたら『アイツ』は……!!
「……俺、ちょっと見てくるよ」
ホーガンマーが口を開いた。 へたり込むクラッグマンが疑問符を浮かべながら相方を見る。
「俺がもし数分経っても戻らなかったら、そのカバンもってこの家から逃げろ……全速力でだ」
「お、お前正気か!? ひょっとしたら『アイツ』は――――」
「噂の『妖怪タマヨコセ』かも知れねぇってか? くだらねぇ」
クラッグマンの考えを見透かしたかのように、彼の感じた不安と共にホーガンマーが一蹴する。
「後をつけられてたにしろ、大方俺達の話を盗み聞きしててビビらせてきてるだけだ……。 妖怪なんている訳ねぇだろ」
「だ、だけどな……」
「何。 俺には自慢のコイツがある。 いざとなったらこっちが先にぶっ倒してやるさ」
ホーガンマーは自慢の得物たる棘付きの鉄球をかざし、得意気に開きかけの扉を押し込んで全開し、わざとらしく足音を立てて玄関の方に向かう。
「待ってくれ! 俺を一人にするなよ!」
手を伸ばして制止するクラッグマン。 相方は立ち止まり、クラッグマンに振り返ると親指を立て、逆手でリビングの扉を閉じる。
……取り残されてしまった。 部屋の中を静寂が支配する。
ピンチに陥るとかえって変なスイッチが入ってしまう、職場で彼とよくコンビを組むクラッグマンの知るホーガンマーの一面。
普段は軽く呆れるだけでそこまでは気にしていなかった欠点が、腰を抜かす彼を1人おいて出て行ってしまう形で浮き彫りになってしまい、暗い部屋に残されたクラッグマンは心細い事この上なかった。
「チクショウ……妖怪の話なんかするんじゃなかった」
クラッグマンは独りごちた。 テーブルに置かれた懐中電灯だけが、この古ぼけたリビングを照らす。 自ら携えて道なき道を突き進む分には心強い光だが、誰もいない暗がりの部屋に置いて、仲間の帰りをただ待つだけにおいては余りに頼りない。
いっそ自分も後をついて行きたいが、こんな状況でもホーガンマーの事を考えると動くに動けない。 彼は数分で戻ってくると言った。 扉を閉じて間もない今、迂闊に彼を探しに行けば入れ違いになるやもしれない。
何よりもホーガンマーが締め切った扉が、ただ色褪せているだけの白いドアでしかなかったと言うのに、例の『アイツ』が開けたかもしれないと言う事実があるだけで、扉自体があの世とこの世の境界線のように錯覚してしまう。
言うなればホーガンマーは、文字通り誘い込まれてしまったのではないかと……考える度に、クラッグマンの腰がより重くなる。
「早く戻ってこい……戻って来いよ……」
絨毯にへたり込んだまま、震えながら時が過ぎるのを待つ。
……1分、それとも2分は経ったか? この部屋には一応壁掛け式の時計はある。 しかし電池も抜かれ、ソファー同様放置されては電波を感知する事も無く埃をかぶっており、時刻は2時50分を指したまま秒針さえ動いていない。
不安と焦燥に駆られる体内時計だけが、今のクラッグマンが時間を知る唯一の術であった。 尤も、気分に左右される体感的な時間など全く当てにならないが。
ただ無情に時間だけが流れ、部屋を出て行ったホーガンマーは未だ戻ってこない。 クラッグマンとしてはこの家から出る口実が今すぐにでも欲しいのだが、極度の緊張が彼の体感時間を著しく遅らせる。
――――その時であった。
……この家のどこからか、あるいは外か? 位置は分からない。
が、確実にホーガンマーと思われる悲鳴が、彼が出て行った白い扉を通して伝わってきた。
尋常でない叫び声を耳にした途端、クラッグマンの頭の中の全てがはじけ飛んだような感覚に襲われた。
謎の声と人影にビビって脱力した全身の力が、むしろ設計された限界を超えたかのように活発に動く。
動悸が早まるような、それでいて無駄な考えのない無心とも言えるような冷たい気分。 一方で背中をなぞられ、うなじに息を吹きかけられるような不快感。
――クラッグマンは限界であった。
縮こまったバネを一気に開放するように立ち上がると、ホーガンマーの言いつけ通り、テーブルの上の黒いカバンと懐中電灯を乱雑に抱え、白い扉に手をかける。
しかし恐怖で突き動かされている為か、ノブを適切量ひねって後は『押す』だけだと言うのに、中途半端に何度も回しては途中でノブを引き、扉を何度もドア枠に叩きつけるかのように何回も引っ張った。
「クソッ! 開け! 開け――――」
引いて開けたのは部屋に入って来た時であって、この扉はこちら側からは押し込んで開けるべきなのに、焦りから何度も何度も扉をゆするようにドアノブをこじる。
でたらめにドアノブを動かしている内に、ノブのひねりと押し込む動作が一致し、扉は乱雑に開かれる。
体重をかけるようにして揺すっていたクラッグマンは、ドアが開いた拍子に前のめりに倒れてしまう。
「っあぶね!」
盗んだものを壊さぬよう、とっさにカバンを庇う様に身を包め、クラッグマンは埃塗れの床に倒れた。
肩から床に叩きつけられ痛みを覚えるが、しかし一刻も早く家から逃げ出したいクラッグマンにそれを意に介する暇さえない。 身をよじり、地面を這いずりながらやっとこさ立ち上がる無様な姿だが、猪突猛進に玄関の扉へと突き進む。
「っだらぁ!」
扉を開ける動作さえ惜しい、クラッグマンは岩を模した肩の装甲で、ホーガンマーが鍵を壊した玄関の扉にタックルした!
留め具が外れ、両扉が勢いよく外に開放される。 クラッグマンの視界に映る、激しくなった雷雨に曝される庭の景色。
そして見覚えのある人影があった。
「誰だ!?」
クラッグマンは懐中電灯を相手にかざす。 緑のアーマーに黄色い眼光……ホーガンマーだった。
「な、なんだお前か……ビックリさせやがって――――」
友人の姿に安堵し、額を拭うクラッグマンが全てを言い終わる前に、ホーガンマーの上半身が揺れ動いた。
怪訝な顔をするクラッグマンが首を傾げそうになった時、突如ホーガンマーは横に倒れ込んだ。
「ッおい!?」
クラッグマンは駆け寄ろうとして、止めた。
何故なら倒れ込んだホーガンマーの足元には、いつも背中に携えているシールドが転がっており、下の方に縁が焦げた穴が開いていた。
そして……。
「に……逃げろ……」
今にも消え入りそうなか細い声で声を振り絞るホーガンマー自身にも、同様の穴が開いていた。
最後の力を振り絞って、庭を指さすホーガンマーの……股間に。
「タ……タマヨコセ……」
忌まわしい妖怪の名を呟いて、他界した。
指さした相方の腕が玄関に崩れ落ちるのを、力なく眺めていたクラッグマンの聴覚に訴えかける。 彼ら2人を恐怖のどん底に叩き落とした、あの声が今再び。
クラッグマンは門へと石畳の続く庭を見て……目を見開いた。
雨の中に『アイツ』が立っていた。 鋭角に縁どられた全身、雨に濡れる髪と思わしき物、そして右手には……緑に輝くビームサーベルの光が。
今度こそ見間違いではない……確かに『アイツ』だった。
『アイツ』こそ妖怪タマヨコセだった。 だがそれだけで驚愕は終わらなかった。
クラッグマンの脳裏に危険信号が発令されている中、雨の中立つタマヨコセの背に雷の光が走る。
――――眩い逆光と共に、その姿がはっきりとクラッグマンの赤いアイセンサーに焼き付いた。
途端にクラッグマンの力が抜け、懐中電灯が手をすり抜けて落ちると同時に、再び腰が地面についた。
「はは……はははははははははは……」
この目でしっかりと見たタマヨコセの正体に……思わずクラッグマンは笑いが込み上げてきた。 歓喜の笑いではない、絶望と脱力の果てにもたらされる……諦観の笑いが。
「な、なるほどなぁ……犠牲者が限ってイレギュラーなのはそう言う事だった訳か……」
額を手に当てながら、玄関の雨除けを仰ぎ見るクラッグマン。
彼の中で合点がいった。 どうしてイレギュラーが狙われるのか、全て急所を一撃と言う形で始末されたのか、極めつけに急所と言うのがどうして股間なのか。
全てはクラッグマンが見た正体にあった。 彼はその正体について知っていた、それも一般常識の範疇としてだ。
何てことはない話だ。 守られる側だったのが、たった一度魔が差した事で狩られる側に回ってしまっただけの事だったのだ。 彼はただ『仕事』をこなそうとしているだけ。
腹の底から笑いが込み上げて仕方がない。 その間にもタマヨコセはこちらに歩み寄ってくる。
しかしクラッグマンは不思議と逃げる気力は失われていた。 相方の死を見て気がふれてしまったのか、それともそれ以上に……決して見てはいけないタマヨコセの正体を見てしまったからなのか。 最早、彼にとっては全てが些細な事に思えた。
タマヨコセは倒れ伏すホーガンマーを一瞥もせず、ビームサーベルを携えてクラッグマンの前に立った。
地面を転がる懐中電灯の光がタマヨコセの足元を照らす……いや、これだけ近ければ明かりがなくても分かる。
何よりついさっきの雷光で姿が焼き付いて離れないのだ。 今更相手を照らす必要などはない。
「ははは……殺せよ。 それも『仕事』の内なんだろ……そうだろッ!?」
クラッグマンは観念し、タマヨコセを正面に見据えながら、辞世の句を述べ上げる。
そう、ビームサーベルを振りかぶる……雨露滴る赤いアーマーに濡れた長い金髪、土気色をした幽鬼のような顔立ちで……股間に大きな絆創膏を張る『イレギュラーハンター』にッ!!
――――クラッグマンの断末魔の叫びは、しとどに降り注ぐ雨音と共に闇の中へ溶けていった……。
予告通り、書き溜めがある程度済んだので連載再開します! しっかし相変わらず酷いなこりゃw