夏休み最後の週。
俺こと織斑一夏は、カタパルトの前で白式を起動し、調整確認をしていた。
「よし、問題ないな」
駆動、武装共に問題点無し。
臨海学校の時に追加された新武装『雪羅』も、ばっちり調整されている。
戦う相手は、俺と同じ世界でたった2人しか居ない男性IS適性者の片割れ。
名前を藤堂隆景。
俺があいつに抱いている印象は、まず無口。
殆ど何かを喋ると言うことをせず、クラスメイトと会話している姿も数回しか見たことが無い。
いつも退屈そうに携帯を弄っている所為か、中々話しかけ辛かったりもする。表情が変わることも余り無いから、皆あいつが何を考えているのか分からないらしい。
あと、たぶん人の名前を覚えてない。セシリアやシャルを変な渾名でそれぞれ1回ずつ呼ぶのを聞いた。
とにかくそれぐらいだ。考えてみれば、よくあいつのことを知らない。
そもそもどうして、今回俺とあいつが戦うことになったのかも分からないし。
千冬姉にも聞いたが、上の事情らしく千冬姉も詳しいことを知らされていないらしい。
『では、両者アリーナの指定位置について下さい』
スピーカーから聞こえてきた山田先生の声に、俺は思考を中断する。
そしてアリーナに出るべく、カタパルトに脚部を固定した。
「一夏、勝って来い」
「普段通りにやれば大丈夫ですわ、一夏さん」
「そうよ! もし負けたら承知しないんだから」
「頑張ってね、一夏」
「私の嫁ならば、あの程度の輩に負ける筈など無い」
箒が、セシリアが、鈴が、シャルが、ラウラが。
夏休みだと言うのにこうして集まり、俺を応援してくれる。
俺は振り返り、叫ぶように言った。
「ああ! 行って来る!」
アリーナに出ると、そこには既に藤堂が居た。
使用している機体は、ラファール・リヴァイブ。シャルの専用機とは異なりカスタムなどはされていない、学園の訓練機。
「…………」
藤堂と目が合った。
眼精疲労というやつを患っているらしく、こうした試合の時も外さない薄いブルーの色眼鏡越しにあるあいつの目は、何時にも増して無感情に見えた。
お互い正々堂々やろうぜ。
俺は、そんなことを言おうとして。
「とうど――」
「……戦う前に、言っておく」
珍しく声を発したあいつに、遮られた。
「? なんだ?」
「あの人から……何か言われているだろう」
淡々とした口調。
そんなあいつの言葉に、俺は昨日の出来事を思い出す。
部屋に戻ろうとして、ドアノブに手をかけたのと同時に。
突然俺に話しかけてきた、名前も知らない先輩。
『織斑一夏君よね? 突然だけど、明日の試合負けてあげて欲しいの』
『え? な、なんなんですか、いきなり』
『不躾なのは分かっているわ。けどお願い、明日は勝たないで』
その人はそう言って、それ以上何を言うことも無く去って行った。
あの言葉がどういう意味なのか、俺は知らない。
藤堂は静かに首を振ると。
普段は携帯の画面にしか向けられていない目を、まっすぐ俺に向けて言った。
「あれは、忘れろ。全力で来い」
大きな声ではなかった。
強い口調でもなかった。
けど……その言葉には、何にも勝る意思のようなものが篭っていて。
「……ああ。もちろんそのつもりだぜ」
だから俺は。そう返した。
『3』
試合開始までの、カウントダウンが始まる。
俺は右手に雪片を展開し、構えた。
『2』
「……レッドパレット」
静かに武器の名を呟き、藤堂が左手にアサルトライフルを展開する。
更に。
『1』
「スコーピニウス」
右手に握る、連射性に富んだマシンガン。
どちらの銃も、山田先生が愛用していた。その基本性能の高さは、良く知っている。
そしてどうやらこいつは、射撃主体の戦闘をするらしい。
考えてみれば、藤堂が戦う姿を俺は殆ど見たことが無い。
セシリアとの戦いでも、タッグトーナメントの時も。
特に何かをすることも無く、負けていた。
だから、だろう。
俺は。
心のどこかで、藤堂を格下だと侮って。
完全に、油断していた。
『……始め!』
「はぁぁぁぁぁっ!!」
試合開始のブザー。
それと同時に、俺は正面から飛び出す。
雪片を振りかぶり、『零落白夜』で斬りかかろうとして。
「……」
ガリィッ……!
しかし、左腕のシールドにいなされた。シールドの表面を削りながらも、雪片の刃は届かない。
そして曲を描くような機動で、藤堂は俺の背後に回りこむ。
瞬間。
ガガガガガッ!
「うわっ!?」
俺は無防備な背中に、銃弾を浴びせかけられた。
「こら一夏! 何をやっている!」
管制室のモニター越しに試合を見ていた箒が、髪を逆立てて喚く。
箒の他にも、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ、そして千冬と真耶が試合を観戦している。
「馬鹿みたいに正面から突っ込むからよ。相変わらずね、一夏の奴」
呆れながら溜息を吐く鈴に、セシリアが続く。
「ですが、向こうの回避のタイミングも完璧でしたわ。わたくしと戦った時は、あのような機動は……」
「ふむ。確かに動きが滑らかだな、その辺どうだシャルロット」
頷くラウラが、シャルロットの方を見る。
この中で彼と1番最近に戦った彼女は、真剣な面持ちでモニターを見ていた。
「藤堂君は弱くないよ。僕の戦法とは相性が良かったからすぐに倒せたけど、多分機動制御技術は代表候補生クラスだと思う」
「だが、はっきり言って武器の扱いが下手だな。動きの良さで誤魔化してはいるが、命中率が低すぎる」
「それに見なさい。確かに動きはいいけど、一夏もちょっとずつ反応できるようになってるわ」
談義を広げる少女達。
そこから少し離れた位置で試合を観戦していた千冬が、画面から目を離すことなく隣の真耶に話しかける。
「……違うな、これは。どうにも織斑の奴、上手く藤堂の策に嵌まったと見える」
「はい。これは織斑君の動きが良くなっていると言うより、藤堂君が意図的に調整しているんだと思います。機動技術に明確な差が無ければ、到底出来ないことですよ……」
「機体性能と適性値による稼働率の差を埋める為の、か。中々に頭がいい」
隆景のコーチを1学期の初めから務めていた真耶は、ここ1ヶ月の間に彼がどれだけ成長しているのかを、正確に感じ取っていた。
不得手だった武器の扱いも、戦闘に耐えうる程度には上達させている。
そして彼の得意とする機動技術は、想像以上の伸びを見せていた。
『くっ……近付けねえ!』
『そうでもない』
先程から全く思い通りの間合いを取れない一夏が、歯噛みするようにそう叫んだ刹那。
螺旋の軌道で異常加速した隆景に、勢い良く蹴り飛ばされた。
「なっ!? 今の、まさか
「難度Aの国家代表クラス機動技術……アレが出来るIS乗りなんて、世界に50人も居ませんのに……!」
自分達でさえ未修得の技術を易々と披露した彼の姿に、代表候補生達が一様に驚愕する。
千冬はほうと感心を見せ、面白そうに笑う。
「やるじゃないか。どうです、山田先生。自慢の生徒のデキは」
「藤堂君なら出来て当然ですよ! 彼は飛ぶことにかけては天才です! 末はモンド・グロッソ機動部門のヴァルキリーだって夢じゃありません!」
入学当初から手塩にかけてコーチした隆景のことは、真耶にとって密かな自慢だった。
「きゃー! 凄い凄い、織斑先生今の動き見ました!? 乱回転軌道での射撃姿勢確保、素晴らしいです!」
「分かったから静かにして下さい。教師が生徒の贔屓をするのは問題です」
興奮冷めやらぬ、と言った具合の真耶を、千冬が宥める。
そんな中で、試合が動こうとしていた。
「こ、のっ…」
「ん」
まるでシャルを相手にしているみたいだと、俺は思った。
だが、それにも慣れてきた。
試合開始時より、藤堂の姿がはっきりと見える。
俺があいつの軌道を捉えてきている。その証拠だ。
もうエネルギーの残量が多くない。
雪羅は3発撃ったが、掠めさえもしなかった。
この距離じゃあ、俺に勝ち目は無い。
……だったら!
「うおおおおっ!!」
ウイングスラスターをフル稼働させ、一気に加速する。
白式が第2形態へと移行したことにより使えるようになった、『
こいつで無理矢理間合いを詰めて、片をつける!
どうしても詰めることの出来なかった距離が、一瞬でゼロになる。
貰った。藤堂は武装の展開が遅い、名前を呼ばなければ3秒近くかかるほどに。
あいつが持っている武器は、どちらも銃火器。この距離では、邪魔者にしかならない。
防御も回避も今からじゃ遅い、俺の方が速い!
そう思った。その筈だった。
「ああ。それを待っていた」
藤堂が取った行動は、防御でも回避でもなかった。
両手に持っていた武器を、捨てた。
そして。本来
その姿は、以前共に戦った頼もしいパートナーのそれを彷彿とさせて。
「ッ!? まさ、か――」
「そのまさか、だ」
バンッ!
シールドの表面がパージされ、中に潜んでいた武装が姿を現す。
それはあのラウラをも仕留めた、第2世代最強クラスの攻撃力を備えた近接武装。
六九口径6連装パイルバンカー『
通称――
「し、
モニターを見る者達の中で最も早く反応したのは、その武装にトラウマのあるラウラだった。
次いで全員の目が、シャルロットへと向けられる。
「え、なに!? 何で皆僕を見るの、僕は何もしてないよ!?」
「む……すまん、つい」
「あの武装と言えば、真っ先にシャルロットさんを連想しますので……」
何も悪いことをしていないのに、微妙な空気の原因にされたシャルロットは涙目である。
と、同時にモニターの向こうで、一夏がパイルバンカーの一撃を食らった。
『ぐあぁっ!?』
凄まじい衝撃に耐えかね、大きく体制を崩す。
だが、これで終わりではない。ここに居る誰もが知るように、シールド・ピアースはその威力もさることながら
動くことの出来ない一夏に、隆景がとどめの追撃を添えようとする。
誰もが彼の敗北を、そして隆景の勝利を確信して。
だが、しかし。
その予想は、覆される。
ガギッ……!!
「な……!?」
撃とうとした。だが、俺の腕から鉄杭が放たれる手ごたえは無い。
素早く身に起こった異常をチェックすると、想像だにしていなかったことが降りかかっていた。
パイルバンカーの弾丸である、鉄杭が曲がって引っかかっている。
入念なメンテナンスをした筈なのに、何故。
「……最初の、一撃か……!!」
最初に雪片を、シールドでいなした時。
その際にシールド内部のいずこかが損傷し、鉄杭を曲げてしまった。
「う……おおおっ!!」
そのまま弾かれた様に、俺に向けて必殺の剣を振り下ろす。
落ち着け。奴は虫の息だ。
この攻撃も、決してかわせないものではない。
これさえかわしてしまえば、残りのエネルギー量から考えて奴は確実に自滅する。
だったら、まだ俺の勝ちは揺るが――
ボンッ!
「ッ!?」
その瞬間だった。2機あるスラスターの片方が、前触れも無く破損した。
原因は――さっき捨てたライフル。
弾の残っていた銃が地面に落ちて暴発し、俺の機体のスラスターに命中する。
そんな、そんな1万回やって1回あるかないかのアンラッキー。
それがふたつも連続して、俺の身に降りかかった。
迫り来る白刃。
スラスターの損傷により決定的な隙を作ってしまった俺に、それをかわす術など無い。
「……ッ」
ああ、畜生。
これに勝ったら、会長さんに余計なことした嫌味のひとつでも言って虐めてやろうと思ったのに。
更識と一緒に、また整備室で打鉄弐式を作りたかったのに。
……いつか3人で一緒に、楽しく過ごせるようになれたらいい。
そんなことを、思って、いたのに――
ザンッ!!
試合終了のブザーが鳴る。
その結果が、アリーナの電子パネルに大きく表示された。
『試合時間 7分33秒 勝者 織斑一夏』