「いい? それじゃあ、私が合図したら開始。シールドエネルギーが先に尽きた方の負けだからね」
楯無さんが俺達を交互に見ながら、簡単にルールの説明をする。
アリーナには結構な人数の生徒が集まってISの訓練をしていたけど、俺たちが模擬戦をすると言ったら場所を空けてくれた。
30メートルぐらいの距離をとって、俺と藤堂が向かい合う。
前にやった時と同じ、ラファール・リヴァイブを纏ったあいつは、やはり前と同様何を考えているのか分からない目をしていて。
だが、前とは違う所がひとつだけあった。
「…………」
「隆景君? 先に武装を展開しておかなくていいの?」
そう、あいつは両手に何も持っていなかった。
シャルのような目まぐるしく武装を入れ替えるタイプならともかく、展開の苦手なあいつが開始前に丸腰なのはおかしい。
だが藤堂は、楯無さんの方をちらとだけ見ると。
「……今回は。これで」
短くそう言って、ふわりと浮き上がった。
そして。
カチャ……
「?」
外している姿を見たことの無い、薄いブルーの色眼鏡を取った。
てか、外し方カッコいいな。ツルを片手で左右同時に畳んだりとか。
藤堂はそれを、楯無さんに向けて投げる。
「っとと……隆景君?」
「短時間なら、この方が、よく見えます」
眩しさに慣れようとする風に、数秒目を閉じて。
「……今日は。最初から、本気で」
普段の眼鏡越しの印象とはまるで異なる、楯無さんのそれともまた違う赤い瞳が。
俺を、射るように見据えた。
「一夏! 油断するなよ!」
多分箒が言っただろう言葉に、顔を向けず手だけ上げて答える。
……大丈夫。この前の時だって、カウンターを当てられはしたが最後の方は動き自体は見えていたんだ。
だったら今回は、以前のように間合いを制圧されはしない……!
雪片を構え、雪羅もカノンモードで機動。
準備が整ったことを確認した楯無さんが、右手を上に上げて。
「……始め!」
大きく振り下ろしたのと同時に、俺はまず雪羅の荷電粒子砲を撃とうとして。
「おそい」
「成程。初手で前回とは全く逆のことをして、一夏君のペースを崩しにかかったのね」
体勢を崩した一夏に、更にもう1発蹴りを入れる隆景を見て、楯無がそう呟く。
重心、バランスを崩しやすい箇所を的確に蹴られた一夏は、数メートル吹き飛ばされつつも何とか持ち直し、雪羅の荷電粒子砲を放つが。
『くっ!』
最低限の動きでかわされてしまう。
隙ができた彼に対し、隆景は銃火器を展開して以前同様間合いを取りつつ、シールドを削る戦法に移るかと思いきや。
『……』
どういう訳か、近距離と中距離の間程度の間合いで止まり。
何をするでもなく、ただ宙に浮いていた。
「どういうつもりですの……?」
「知らないわよそんなの! 一夏! 今よ、やっちゃいなさい!」
元よりそのつもりの一夏が、零落白夜を発動した雪片で切りかかる。
しかし、当たらない。攻撃先を読まれているかのように、全て小刻みな動きでかわされる。
圧倒的な機動技術。回避に専念すれば、隆景にこれくらいわけは無かった。
「流石ですね藤堂君は! 実に無駄の無い動きです!」
「……隆景の、ここ1ヶ月の戦闘ログ……敵攻撃被弾率、4%以下……闇雲な攻撃じゃ、絶対当たらない」
何故かさっきまで影も形も見当たらなかった真耶と簪が、当然のように観戦していた。
しかも、楯無を左右挟んで。
「せ、先生に簪ちゃん!? いつの間に……」
「ピンと来ました」
「……ティンときた」
答えになっていない。
しかし最近この2名は隆景絡みだと超次元的な働きをするので、突っ込むだけ無駄だった。
悉くの攻撃を回避され、しかし隆景からは最初の蹴り以外一切の攻撃が無い。
業を煮やした一夏が、彼に向けて怒鳴る。
『藤堂! どういうつもりだよ!?』
『……』
けれども、彼は何も答えない。
ただ、その代わりに。
くい、くい、と。
まるで「さっさと斬り込んで来い」とでも言いたげに、指で手招きしたのだ。
『ッ、うおぉぉぉっ!!』
侮られている、舐められていると思ったのか。
咆哮し、一夏ががむしゃらに斬りかかる。
「む……まずいな、奴の術中だ」
「だけど、反撃も牽制も無しに全部かわすなんて無理だよ! 一夏の剣は、1回でも当たれば!」
ラウラ、シャルロットの声に、しかし楯無達はそうは思わない。
確かに専用機、それも近接特化の機体を使用している一夏に対し、量産機で
だが、今攻撃をかわしているのは
間合いを離さず全ての攻撃をかわす。
『ステッピング・エスケイプ』と呼ばれる技術も、当然習得している。
やがて急激に、一夏の動きが鈍った。
スラスターのエネルギー、並びにシールドエネルギーを消耗し過ぎたのだ。
『くっ……しまった、零落白夜が……!』
輝きを放っていた雪片もその光を失い、ただの実体剣へと戻ってしまう。
雪羅ももう使えない。攻撃力が激減した瞬間だった。
「……もしかして隆景君、一夏君の自滅を待ってたの? 珍しい、そんな甚振るような真似するなんて」
「そのまま……半殺しにしていい……いっそ、ボコボコに……」
「だ、駄目ですよ更識さん!?」
しゅ、しゅと妙に腰の入ったシャドーで物騒なことを言う簪を、真耶が宥める。
そんな彼女らの姿を尻目に、楯無は。
「…………?」
殆ど自分からは、何も言葉を発さない。
仲のいい自分達との会話でさえ、一言二言で済ませる隆景が。
『……こんな、もんなのか』
ほんの僅か。
けれど明確に、『苛立ち』を含んだ声で。
自分から一夏へと、声を発するのを聞いた。
「……こんな、もんなのか」
スラスターのエネルギーが底を尽きかけ、シールドエネルギーも残り僅か。
攻撃していたのはずっとこっちだったのに、圧倒的に不利なのは俺の方。
そんな状況になって。藤堂が、俺の聞いたことの無い声音で喋りだした。
「抜けている、呆けている、堕落している……」
「な!?」
「お前は機体のポテンシャルを全く引き出せていない。高いスペックで誤魔化しているが、本来ならそいつは
藤堂がこんなにいっぺんに話す所なんて、初めて見た。
けどそれ以上に……こいつが怒っているところも、初めて見た。
「スロットルワークが甘い。ワンオフの発動時間に大幅な無駄がある、刃の接触時だけで十二分だろうが。操縦者のテクニックひとつで、ISの燃費なんぞ数倍は変わってくるんだ」
そんなことも理解していないのかと、藤堂が呟く。
「……お前がそんな体たらくだと、お前に技術指導をしている会長さんまで低く見られる。授業の大半を担当している山田先生まで、能力を疑われる」
「そ、そんなこと……」
「だからもういい。お前の程度は分かった、だから俺が証明する」
そう言って。
藤堂は、俺からゆっくり離れて行った。
「俺が普段使うラファールは、主に簪がセッティングしてくれている」
「?」
「だから俺の背中には、彼女の手が添えられている」
50メートルほど、離れたくらいで。
止まって、こちらを振り向いた。
「俺は、1年1組の生徒だ。俺の左肩には、山田先生の手が添えられている」
「なにを――」
「そして」
一瞬だった。
そこにいたはずの藤堂が。
消えた。
「俺は」
ヒュッ!
「!?」
右隣に藤堂が居た、と思った瞬間。
全く減速をしないまま、あいつはありえない速度で直角にカーブする。
「ロシアの代表候補だ」
ヒュッ!
まただ。
消えていると思うほどに速い、速すぎる鋭角機動。
こんな動き、見たことが無かった。
「俺の右肩には」
ヒュッ!
「会長の。更識楯無の手が添えられている」
ヒュッ!
「うわっ!?」
目の前に、拳を振りかぶった藤堂が。
俺には、何の反応も許されなかった。
ガッ!!
スピードの乗った一撃で、俺は壁際まで吹き飛ばされる。
シールドエネルギーが、0になった。
「お前の背負うものが、お前にとってどれだけ重いかなんて知らないが」
何が起きたのか理解できず、呆けていた俺の耳に。
「俺にとってあの3人は、俺の中で何より重い」
その言葉が、やけに響いて聞こえていた。
『試合時間 4分52秒 勝者 藤堂隆景』