IS 彼の日記帳   作:カーテンコール

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更識簪の手記

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 濡れた黒髪と、私のそれより幾分か暗い、赤い瞳。

 そして、眼精疲労で直射日光を嫌うことから、ほとんど日焼けしていない白い肌。

 

 私が最初に彼と出会ったのは、学園入学式の日。

 放課後『打鉄弐式』の組立作業を切り上げて、部屋に戻った時だった。

 

 そこに居たのは半裸の男の人。

 びっくりして、気を失ってしまった。

 

 まさか私のルームメイトが、世界にも2人しか居ない男性適性者の片方になるなんて考えもしてなかった。

 ただ、もう片方じゃなかったのはせめてもの幸いだと思った。

 もしそうだったら、私はグーで殴っていたかも知れなかったから。

 

 でも彼は、私にとってとても付き合い易いルームメイトだった。

 殆ど何も語らず、夜遅くまで起きて作業をしている私に文句も言わず。

 それでいて、気遣いのできる人だった。

 

 最初にそれを感じたのは、入学して数日後のこと。

 思った以上に難航していたプログラム作成にピリピリしていたら、不意に肩を叩かれた。

 

 

『……飲め』

 

 

 そう言われて渡されたのは、マグカップに入ったホットミルク。

 舌が火傷しない適度な温かさで、ハチミツの香りが苛立った気分を解してくれた。

 

 そんなことがあってから、私は彼と少しずつ話すようになった。

 と言っても、彼はとても無口だったから、大体私が喋っていただけだったけど。

 

 彼はとても勉強熱心で、放課後はいつも自主的な補習授業を受けていると聞いた。

 私が休日に整備室に行って打鉄を組み立てると言ったら、興味深そうに一緒に行ってもいいかと聞いてきて。

 そんなことが何回もあって、整備室で作業する時は彼が横に居ることが珍しくなくなっていた。

 

 私は機体を1人で組み上げようと躍起になっていたけど、いつの間にか彼が手伝ってくれることを容認していた。

 彼はフォローが上手かったから。1人じゃ押さえるのが難しいところに手を貸してくれたり、丁度欲しい工具を手渡してくれたり。

 自分だけでやっているよりもずっとやり易くて、なんだか温かくて。

 だから、いつの間にか作業を2人でやるようになっていた。

 

 ……彼が夏休み中に、お姉ちゃんの指導を受けていると知った時は。

 少しだけ、悲しかった。

 彼が私とあの人を比べるようになったら。

 周りが当然のようにしていることを、彼までするようになったら。

 ちくちくと、胸が痛くなった。

 

 だけど彼は、隆景は。

 

 

『……整備も少し、教わったが。お前の方が分かり易い』

 

 

 訓練に使っているラファールの整備中に、そう言ったの。

 私じゃあの人に、お姉ちゃんに適わない。

 ずっとそう思い続けて、落ち込んでいた私の殻を。

 隆景は簡単に、壊してしまった。

 

 嬉しかった。

 この人は私を見てくれる、この人は私を認めてくれている。

 それが嬉しくて、だから。

 だからこそ彼がこの学園から居なくなった時は、本気で絶望した。

 

 そしてお姉ちゃんが彼を連れ戻してくれて、隆景に縋り付いて泣いた。

 

 ちなみに私は織斑一夏君が嫌い。

 私から専用機を奪った、それはもういい。

 お陰で隆景と、一緒に居られたから。

 

 でも許せない。彼の所為で隆景は危うく死ぬところだった。

 隆景がそれを恨んでいない以上、筋違いの恨みだと分かっているけど。

 それでも、嫌い。

 

 お姉ちゃんのお陰でロシアの庇護を受けられるようになってからの彼は、以前にも増して成長した。

 殆ど事故とは言え、以前敗れた織斑君にほぼ一方的に勝利したのだから。

 

 ……その時に彼が言っていた言葉を、私は絶対に忘れない。

 

 

 

 

 

『俺にとって楯無、真耶、簪(あの3人)は、俺の中で何より重い』

 

 

 

 

 

 私は、隆景のことが好き。

 私に光をくれた彼が、私とお姉ちゃんの仲をもう1度紡いでくれた彼が好き。

 

 だからこそ、隆景とお姉ちゃんと。

 3人で、ずっと居られたらいいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日の、復習か?」

「わ……み、見ちゃ、ダメ……!」

「?」

 

 

 書きかけの想い(ソレ)を、見られないように慌てて隠した。

 ……もうちょっとだけ、私の心は彼にはナイショ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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