IS 彼の日記帳   作:カーテンコール

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山田真耶の放課後

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今年度から、私は初めてクラスの副担任を受け持つことになりました。

 最初は正直私なんかに勤まるのかと不安で、頭の中で不安ばかりが勝っていて。

 

 けれど。

 

 

『それでですね、これは明日の授業でやることなんですが……』

『……成程』

 

 

 こうして放課後、藤堂君の自主補習を指導させて貰って。

 少しずつ、自信を付けることができたんです。

 

 藤堂君が私に補習をお願いしてきたのは、入学式の日からすぐのこと。

 言葉少なに頭を下げた彼に、私で大丈夫だろうかと思いながらも承諾しました。

 

 藤堂君は『男性』であるからこの学園に入った存在で、だからこそ授業のレベルに苦戦していて。

 それでも私の説明に頷きながら、ガリガリと力強い筆記でノートにペンを走らせていました。

 

 その甲斐あってか、彼は少なくとも授業について行けなくなる、ということは無くなって。

 必然的に座学指導に充てていた時間は、徐々に実技指導の時間へと塗り替えられました。

 

 武器を繰ることにかけて、彼はお世辞にも優秀とは言えませんでした。

 けどそれは仕方の無いことです。適性Cという数値は、IS行使の際に何らかの綻びが出ることを意味しています。

 藤堂君の場合は、そもそもの武器を扱う才能の無さに加えて、武装の展開収納が他人に比べて致命的に遅い綻びを抱えていました。

 それはどうしようもないことです。恐らく彼は、どれだけ訓練を積んでも2秒以内に武装を展開させることはできません。

 でも私は教師として、どうにもできないことが悔しかった。

 だからせめて、彼が自由に飛べる翼をあげようと思ったんです。

 

 そして藤堂君は、翼を繰ることにかけては天才でした。

 搭乗時間数時間の状態で、空を軽やかに飛べるようになって。

 ただ1度見せただけで、決して簡単ではない瞬時加速(イグニッション・ブースト)を習得して。

 私の教える機動技術の全てを、砂漠に水を撒いたかのように吸収する。

 

 素晴らしい生徒でした。

 それだけに、思いました。

 

 彼に技術を教えるのが、私なんかでいいのだろうかと。

 もっと相応しい人が、もっと藤堂君の才能に見合ったことをして上げられる人がいるんじゃないかと。

 

 ある日、私はそのことを彼に伝えました。

 すると彼は、少し考え込むようにして。

 

 

『……アドレス、を』

 

 

 何故か携帯電話のアドレスを教えて欲しいと、そう答えました。

 意図が分からなかったけれど、取り敢えず言う通りにしたら。

 

 

『…………』

 

 

 カチカチと、少しの間携帯電話を操作した彼が。

 私にメールを送ってきました。

 喋るのがあまり得意じゃないからと、申し訳無さそうに。

 

 

『俺は貴女の教えに不満を持ったことなんてありません』

 

 

 メールの書き出しは、そんな文章でした。

 

 

『授業にしても補習にしても、実技の指導にしても。俺にとって、先生ほど分かり易く親身に教えてくれる教師は他に居ません』

『だから自分など、なんて悲しいことを言わないで下さい。俺は貴女の教えを心から望みます』

 

『誰がなんと言おうと、貴女自身がなんと言おうと、山田先生は、俺にとって最高の教師です』

 

 

 それを読み終えた後に、私は思わず泣いてしまいました。

 藤堂君はそんな私を見て、珍しく慌てたように困っていて。

 

 そして。

 

 

 

 

 

『俺にとって楯無、真耶、簪(あの3人)は、俺の中で何より重い』

 

 

 

 

 

 織斑君との模擬戦の中で、話すことの苦手な彼がはっきりと言葉にした台詞。

 それを聞いて、私は嬉しかった。

 そして誇らしかった。色々な事情を織り込んだ末のこととは言え、入学して半年足らずでロシアという大国の代表候補生となった彼が。

 だから私は、心から思いました。

 

 藤堂君に、隆景君にしてあげられることをしようと。

 そしてもう、自分の力を不安に思うことを止めようと。

 

 だって、私は。

 彼にとって、尊敬できる教師なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……先生。少々、聞きたいことが」

「はい! なんだって聞いて下さい、ばしばし答えちゃいますよー!」

 

 

 私に弟がいたら……もしかしたら、こんな気持ちを抱くのかも知れない。

 いつか彼に、「お姉ちゃん」と呼ばれてみたいと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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