IS 彼の日記帳   作:カーテンコール

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壁は高く

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「良くない気配を感じるわ!」

「分かりましたから仕事をして下さい、お嬢様」

 

 

 言うが早いか椅子を立ち、生徒会室から出て行こうとした楯無の腕を、虚が掴む。

 会長卓には、まだまだ山のように書類が積み上げられていた。

 

 

「離して虚ちゃん! 妖気を感じたのよ、学園が危険だわ!」

「お嬢様が書類から逃げても、学園は危険ですので。藤堂君が居る時だけ真面目に仕事するのは止めて下さい」

「はーなーしーてー!」

 

 

 

 

 

「これ食べる? トルティージャよ、スペインのオムレツ。中々美味しいわ」

「……いただきます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミーとの昼食を終えた隆景は、午後も使用許可を得ていたアリーナへと戻ってきていた。

 そして保管庫からラファールを引っ張り出そうとしていたら、一緒についてきた彼女から思いがけぬ提案を受ける。

 

 

「ねぇ、隆景君? 良かったら私とすこーし遊ばない? 『ダンスマカブル』を再調整したばっかりだから、ちょっと調子を確かめたいの」

「……――!」

 

 

 願ってもない申し出だった。

 第2回モンド・グロッソ格闘部門ヴァルキリーの近接戦闘術。

 1度間近で見たいと、何度も思ったそれを。

 

 己の身で、体感できる。

 

 

「…………」

「フフフ、それが噂のロシアの最新鋭機? カッコいいじゃない、素敵よ」

 

 

 ノーヴァを纏うことで返答した隆景を、楽しそうに見るミー。

 次いで。予備動作も殆ど無く、彼女は自らの専用機を展開させた。

 

 鋭い爪のついた手甲、金属のブーツに三角帽子を模した頭部装甲。

 彼女が『スペインの魔女』と呼ばれる由縁のIS、死の舞踏会(ダンスマカブル)

 

 展開に要した時間、凡そ0.2秒。

 武装の展開同様にIS本体の展開も苦手な隆景には、到底不可能な数字。

 それだけでも彼女が凄まじい手練れだと理解ができる、一切の無駄が省かれた動作だった。

 

 軽やかなステップで歩き、ミーは隆景から30メートルほど距離をとる。

 そしてくるりと振り返ると、誘うように手招きした。

 

 

「先手は譲ってあげるわ。いつでもどうぞ」

「……」

 

 

 そう、彼女が告げた瞬間。

 間髪を入れずに、隆景はミーに向けて放電した。

 

 

 

 

 

 バチチチィッ!!

 

 

 

 

 

 遠慮も躊躇も一切無い攻撃。

 当然だった。相手は遥か格上、国家代表。

 それも恐らくは、自国の代表である楯無よりも強い。

 この世界に数えるほどしか居ない存在、『ヴァルキリー』なのだから。

 

 倒せたとは思えないが、多少は効いただろうか。

 雷撃と共に立ち上った砂煙を見据え、隆景はじっと様子を見る。

 

 すると。

 

 

「フフ……せっかちなのね、でも嫌いじゃないわ」

「ッ……」

 

 

 煙が晴れ、姿を現したミー。

 だがそのISには焼け焦げどころか傷ひとつ見当たらない。

 如何にチャージを殆どしていない攻撃だったとは言え、俄かに信じがたかった。

 

 

「どうしたの? ダメージを与えられなくてびっくりした?」

「な、何故……ッ、そう、か」

 

 

 地に足を付けたままのミーを見て、隆景はタネに気付く。

 彼女の専用機であるダンスマカブルは、世代が進むにつれ装甲部の少なくなるISの中でも特に異質で、全身の2割程度にしか装甲が纏われていない。

 しかしその分、強固で密度の高いエネルギーシールドを備えていた。

 

 つまり、シールドの表面から地面へと電気を逃がした。

 よって最低限のダメージしか受けなかったのだ。

 

 

「ペルフェクト! ダンスマカブルは現行機の中でも、エネルギーシールドが1番厚いの。半端な攻撃じゃあ、まだまだお子様ランチよ?」

「…………」

 

 

 何故お子様ランチ。

 隆景は内心でそう呟くも、油断無く彼女を見据えた。

 

 どうやら事前に、ノーヴァの性能や武装のチェックはしてあったらしい。

 『雷来黒雲』の完成は公開情報だから、知っていてもなんらおかしくない。

 

 しかし厄介だった。エネルギーシールドの表面から地面をアースにして電気を逃がされては、ダメージが通らない。

 シールドよりも装甲の硬さが防御のキモだった、ゴーレムⅢのような機体ならば強引に焼き焦がせるが、エネルギーの楯が相手では少々分が悪い。

 電撃対策に地上戦。ダンスマカブルのような機体でしか取れない戦法だが、効果的だ。

 

 

「じゃあ、次は私から行こうかしら」

 

 

 そう言って、ミーが手に一瞬で武装を展開させる。

 身の丈よりも大きな巨斧。数多もの敵を斬り伏せてきた武器、『レディ・パープル』。

 

 隆景は飛び上がった。近接戦では勝ち目など無い、それにダンスマカブルはあれに大きく攻撃の比重を置いた機体、中距離以遠の戦闘は不向き。

 だとすれば、こうして飛んでしまえば追ってくるほか無い。

 そこで電撃を撃ち込みさえすれば――

 

 

「ッ!!?」

 

 

 駄目だ。すぐにかわせ、右でも左でもどっちでもいい!!

 隆景は自分が目にした『レディ・パープル』の姿を見て、即座に回避運動に移った。

 瞬間。

 

 

「せや!」

 

 

 巨斧をその場で振り抜くミー。

 直後斧の太刀筋から、衝撃波が一直線にアリーナを突き抜けた。

 フィールド内のシールドに命中したそれが、凄まじい衝撃音を響かせる。

 ……速い!

 

 

「あら? どうして分かったのかしら。『バニッシュ』は今回の調整で取り付けた新機構だったのに」

 

 

 形が違っていたのだ。

 隆景は、ミーの戦闘記録は全て見ている。

 その中で、彼女が『パープル・レディ』を振るう場面など何百回と目にした。

 記憶に焼き付いた斧と、目の前のそれとの形が違う。

 新しい機構が取り付けられたことなど、一目瞭然だった。

 

 

「でもやるじゃない、素敵。じゃあこれはどう?」

 

 

 息をついたのも、束の間のこと。

 今度は連続で放たれる、音速越えの衝撃波の嵐。

 それも闇雲にではなく徐々に退路を狭めるかの如く撃たれるそれを、隆景は必死にかわし続ける。

 

 

「アハハハッ、凄い凄い! スペインの候補生達はみーんなこれで沈んだのに!」

「(強い……! これが国家代表、これがヴァルキリー!)」

 

 

 こちらの攻撃には即座に対応し、相手の特色に応じた戦法で優位に立つ。

 衝撃波が1本、掠める。250しかないシールドエネルギーでは、それさえも軽くは無い負傷。

 性能の全てを機動と攻撃に費やされたノーヴァは、装甲もシールドも紙のように薄い。

 『攻撃を全てかわす』ことをコンセプトに作られたのだ。頼みの電撃も相手が地面にしっかり足を付けていては効果が薄く、実弾ではなく衝撃波では、放射放電による軌道歪曲もできなかった。

 

 相手のタマ切れを待つにも、あの衝撃波はかなり燃費がいいらしく、ハイパーセンサーが捉えた残エネルギー量もあまり減っていない。

 さらに1撃、掠める。この調子では、そんなものを悠長に待っていたらその前に負けてしまう。

 

 

「(撃つか……? ヴァサヴィ・シャクティを……)」

 

 

 出力の高いヴァサヴィ・シャクティなら、恐らく電気を逃がしきれずにまともに食らう。

 けれども、それにはひとつ問題があった。

 

 隆景が武装展開を苦手とする大きな理由は、並列思考への適性が無いことだった。

 故に彼は、移動しながら電撃を放てない(・・・・・・・・・・・・・)

 先手必勝を狙ったこともここにある。集中力を必要とするイメージ・インターフェースを行使するには、一旦動きを止めなくてはならなかった。

 

 だが一応、それを打破する手も無くはない。

 無いこともなかったが……抵抗感があった。

 

 

「(アレをやれと……俺に、アレをやれと……!)」

 

 

 ふざけた機能を備えた担当官の笑顔が、脳裏に浮かぶ。

 

 けれど迷っている暇はない。

 この状況を変えるには、ヴァサヴィ・シャクティを撃つしかなかったのだから。

 

 

「…………ッ」

 

 

 ぎり、と歯をかみ締める。

 そして。

 

 

「……か……れ。い……よ……し」

「?」

 

 

 ぼそぼそと何かを呟く隆景。

 だが。

 

 

「……なッ。あ、相手に、聞こえないと、コード発動不可……!? 担当官、あの魔性菩薩……!!」

「どうしたの? もうお終いかしら?」

 

 

 ぶるぶると身体を震わせ、珍しく悪態を吐く。

 遠いロシアの地で、さる女性がくしゃみをした。

 

 ともかく、やり直しである。

 屈辱に震えつつも、半ば自棄になった隆景が音声(コード)の入力を開始する。

 

 

「……『神々の王の慈悲を知れ。インドラよ、刮目せよ。絶滅とは是、この一刺し』……ッ!」

 

 

 四肢部に備えられた増電装置(ボルトブースター)が、一気に輝く。

 増幅した高圧電流が装甲に帯電し、左腕部に収束。

 それはさながら本物の落雷が如く、極光と轟音で放たれようとして。

 

 

「『焼き尽くせ、ヴァサヴィ・シャク――ッ!?」

 

 

 帯電した電気が散る。

 放とうとした直前、彼の攻撃は無理矢理中断させられた。

 

 

 

 

 

 瞬時加速(イグニッション・ブースト)で間合いを詰めてきた、ミーの腕に首を掴まれて。

 

 

 

 

 

「つ・か・ま・え・た。やっと隙を見せたわね」

「な……瞬時、加速……!?」

 

 

 隆景は驚く。

 ミーが瞬時加速を公式戦で使用した記録はない。

 そもそもダンスマカブルの小型スラスターでは、使えるかどうかも怪しかったと言うのに。

 

 

「言ったでしょう? 再調整したって。スラスターのサイズを変えることなく、瞬時加速の行使に耐えられるようにする……苦労したのよ?」

「斧……だけじゃ、無かった……」

 

 

 そちらにばかり気を取られていたことを、今更ながらに後悔する。

 そしてこうなっては、もう逃げられない。

 放電しようにも、スラスターを使って振りほどこうにも。

 

 

「ほら、分かる? 私達の触れ合う場所から、貴方を吸ってるのが」

「くっ……はな……!」

 

 

 いくら暴れようとも、見た目に反してパワータイプの機体による拘束を剥がせない。

 その間も、ノーヴァからはエネルギーが吸い取られていた(・・・・・・・・・・・・・・)

 

 ダンスマカブル第3世代機構、『ネブレイド』。

 接触したISのエネルギーを吸収する、近接戦において厄介極まりない能力。

 これの最も恐ろしいところは、吸収されている最中は武装もスラスターも使えないところにあった。

 捕らえられてしまえば、吸血鬼に血を吸われるかのように、弱々しくもがくことしかできない。

 

 エネルギー残量を示すゲージが、見る見る削られて行く。

 

 

「衝撃波に1度も直撃しなかった機動能力は、素敵だったわ。今度はディナーコースを一緒に、ね?」

「…………」

 

 

 だから、何でディナーコース。

 そう内心で呟き、これがヴァルキリーの実力かと感服して。

 

 

「(まだまだ……遠い、な……)」

 

 

 ノーヴァのエネルギー残量が、0となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『試合時間 2分09秒  勝者 ミー』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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