IS 彼の日記帳   作:カーテンコール

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文字ではなく、言葉で

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 現行第3世代機最速のIS、ノーヴァ。

 部分展開によりそのスピードの一端を発揮させた隆景が、生身の楯無を捕らえることはさほど難しくはなかった。

 

 

 ガッ!

 

 

「きゃっ!?」

「……はぁ……はぁ……捕まえ、ました、よ」

 

 

 金属の掌で彼女の両腕を掴み取り、怪我をさせない程度の力で壁へと押し付ける。

 

 

「は、離して! 離してよ!」

 

 

 楯無は掴まれた腕を振り解こうと暴れるが、相手は部分展開とは言えIS。

 以前の損傷で修復に出した『ミステリアス・レイディ』が戻ってない今、それを解くことなどできなかった。

 

 そして捕らえたことで、隆景は背を向けていた彼女の顔を見遣れた。

 紅玉のような瞳に涙を溜めて、それでも泣くまいと必死に堪えている。

 

 そこに普段の飄々とした雰囲気は、見る影もなく。

 彼女がどれだけ悲しい思いをしたのか、それがありありと伝わってきた。

 

 

「……会長さん。聞いて、下さい」

「嫌! 聞きたくない、何も聞きたくない!!」

 

 

 駄々をこねる子供のように、楯無が首を振る。

 妹が隆景へと想いを告げる瞬間を目の当たりにしてしまった今の彼女は、彼の言葉など聞きたくなかった。

 

 自分と簪なら、きっと彼は妹を選ぶから。

 そう疑いもせずにずっとずっと思い込んでいた楯無は、もう何も聞きたくなどなかった。

 

 

「楯無、さん……お願い、ですから」

「嫌ぁっ! 嫌なの、聞きたくないの! もう私のことは放って置いて!」

 

 

 泣き叫ぶような、悲痛な声。

 とうとう涙が抑え切れず、ぽろぽろと溢れ出す。

 

 そんな彼女の姿を見た隆景は。

 ぎしりと、歯を軋ませて。

 

 

 

 

 

「いいから聞けって言ってんだろうが!! 言うことを聞け楯無!!」

 

 

 

 

 

 大声どころか喋ることさえあまりしない隆景の、吼えるような怒声。

 それを間近で聞いた楯無は、びくりと肩を震わせて停止した。

 

 

「……すみません、大きな声を出して。けど……聞いて、欲しいんです」

「…………」

 

 

 怯えさせてしまったことを詫びるように、目を伏せる隆景。

 彼の様子と、言葉に真剣な色を感じて。楯無も抵抗を止める。

 

 

「俺は」

 

 

 ノーヴァを待機状態に移行させ、手を離し。

 彼女の目をじっと見据えて。隆景は、静かに言った。

 

 

「俺は貴女を、更識楯無を愛してる」

「――――ッ!!」

 

 

 楯無が、目を見開いた。

 それはずっと欲しかった言葉。

 彼の口から紡がれることを、何より渇望した台詞。

 

 けれど。

 

 

「で、でも……嘘、嘘よ。だって隆景君は、簪ちゃんのことが好きなんでしょ!?」

「……? 確かに好きですが、多分貴女の言う、好きとは少し違う。何故そう思うんですか?」

 

 

 首を傾げる隆景に、やはり楯無はかぶりを振る。

 恋した男が惚れているのは自分の妹なのだと、彼女は疑いもせずに思っていた。

 

 

「だって……私のことは、名前でさえ呼んでくれないのに……」

「……それは」

「それだけじゃない! 私と簪ちゃんを呼ぶ時は必ず簪ちゃんの方から先に呼んでた! 相談事がある時だって、私の処に来るより先に簪ちゃんの方に行ってたじゃない!」

「…………」

 

 

 名前で呼ばなかったのは、単に『会長さん』の渾名が気に入っていたから。

 簪を呼ぶのが先だったのは、語呂的にそっちの方が微妙に呼びやすかったから。

 相談事で簪を先に頼ったのは、楯無に頼り過ぎるのはよくないと思っていたから。

 

 なのだが、そうした行動のひとつひとつが積み重なって、彼女に誤解を与えていたらしい。

 恋愛経験皆無な自分の無神経さに頭を抱えたくなるも、今はそんなことをしている場合ではなかった。

 

 

「……俺は、貴女に嘘を吐けるほど器用じゃない。俺が異性として好きなのは、ずっと貴女だけでした」

「…………」

 

 

 饒舌に話すことが苦手な隆景は、言葉を尽くして説き伏せることができない。

 だからせめてと、ノーヴァの待機形態である色眼鏡を外し、赤い瞳で彼女を見つめる。

 己の言葉に嘘は無いと、伝える為に。

 

 

「…………ほんとう?」

 

 

 やがて。

 消え入りそうな声音で、楯無がそう問うた。

 

 

「はい」

「私……すごく嫉妬深いのよ? 簪ちゃんみたいに、優しくないのよ?」

「知ってます」

 

 

 思えば、ここ最近は特に顕著だった。

 フェイトや夜一、ヴィルヘルミナは無論のこと、簪と一緒に居る時でさえ不満そうにしていた。

 

 

「生徒会の仕事だって実はよくサボってるし、自分が本当に思ってることだって言わないし」

「分かってます」

「虚ちゃんにはストーカー気質だって言われるし、たまに部屋まで忍び込んで隆景君の寝顔を見たりしてたし」

「……そんなことしてたんですか」

「それに、それに――」

 

 

 まだあるのか、更に言葉を続けようとする楯無。

 しかし隆景がそんな彼女の唇にそっと指を当てて、それを止める。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

 

「分かってます。いいところも悪いところも、全部。清濁併せて、俺は貴女が好きなんです」

「……たかかげ、くん」

「会長さ……楯無さん。良ければ、返事を聞かせて貰えませんか?」

 

 

 指を離し、隆景が一歩退く。

 色眼鏡をかけ直す彼に、楯無は。

 

 

「……イヤ」

「え?」

「名前。呼び捨てにしてくれなきゃ……ううん」

 

 

 今度は楯無の方が、隆景に一歩近付き。

 

 

「楯無じゃなくて、刀奈。私の本当の名前」

「ッ……」

「そう呼んで。じゃなきゃ、イヤ」

 

 

 既にその行為が答えと言ってもいいだろうに、素直じゃない。

 そんなことを内心で思いつつも、隆景は小さく息を吐いて。

 

 

「刀奈さん……いや、刀奈」

 

 

 その名を、囁いた瞬間。

 彼は楯無に、ぎゅっと抱き締められた。

 

 

「隆景君……ッ! 好き……大好き……ッ!」

 

 

 それは簪が隆景に対し告げた想いと、同じ言葉だった。

 内面も外面も全然違うのに、こういう所は姉妹揃ってそっくりなのだな、と。

 しかし野暮になるので、思いはしても口には出さず。

 

 

「……刀奈」

 

 

 もう1度、彼はその名を呼んで。

 自分の胸でまた泣き出した楯無の背を、そっと抱き返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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