Angel Beats!×タッチ ~背番号のないエース~ 作:うえすぎ
今回は入隊のお話になっています。
お楽しみに!
わが上杉家と、おとなりの浅倉家――――。
そこで同じ年に生まれた三人の子供たち――――。
仲良くいつも一緒!
そして元気であった!
上杉家に生まれた双子の男の子。
兄の名は上杉達也。
"バカ兄貴"と罵られ、出来る弟との差をいつも気にしている。
弟の名は上杉和也。
"野球の天才"と呼ばれ、若くして三人が通う明青学園のエースを担う。
努力の塊みたいな人間で、鍛錬を欠かさない。
浅倉家に生まれた一人の女の子。
その名は浅倉南。
容姿端麗で頭脳明晰。
誰よりも女子らしく、クラスでの人気も物凄く高かった。
ずっと三人は一緒に過ごしてきたが、中学三年のある日。
兄の達也は三人の中に女がいることに気が付いてしまった。
兄弟のように接してきた中で、南がどんどん女性らしくなってきたことに気が付いたのだ。
一方、弟の和也はその気持ちに昔から気付いており、南を小さい頃から好いていた。
だが和也は知っていたのだ。
南の本当の気持ちが誰に向いているか、ということを―――――。
***
"甲子園は南の夢。"
"和也…南の夢を叶えろ…!"
遠くで声がした。
それは耳にこびりつく様に離れず、機械的にリピートされている。
俺にとってはもう本当にうんざりするような内容だった。
そう、ある一つのことがキッカケで。
俺は、死んだんだ。
アニキと最愛の南とを残したまま。
高校生の若さで。
しかも夢を叶える一歩手前で。
あぁ、ダメだ…。
思い出すだけで吐き気がしてくる。
今は野球ボールやグローブさえも見たくない気分だった。野球という単語が自分の首を締めている縄のように感じる。
絡みついて俺から離れようとしない記憶。
その記憶は最愛の人を失い、最愛の人の夢を叶えきれなかった中途半端な記憶。
そんなものを背負って、俺はなんでこの世界にいるんだ?
なんで死にきれてないんだい…?
もしも神様って奴がいるなら…どうしてこんな世界で…記憶を持たせて生活させようっていうんだ…!?
"カッちゃん!南を甲子園に連れて行って!"
「うっわああぁぁあぁぁ!!!!やめろ―――――ッッ!!」
気付けば、見知らぬ天井が目の前にあった。
そして色んな方角から聞こえてくる声達。
ここは…どこだろう?
もう"機械的な声"は聞こえてこない。
良かった…。
「ようやくお目覚めかしら?」
「え?」
俺に話し掛ける一人の少女。
この子には見覚えがある。
日向君と一緒にいた彼女だ。
「こんばんは」
「こ、こんばんは…」
「へ~。コイツが新人か!ケッ、なんか昔風なイケメンって感じだな!」
「そういう事言わないの、藤巻くん。イケメンには変わりないんだからいいじゃない?」
「ゆりっぺ!!コイツの事が好きだとでも!!??」
「野田、死んでくれ。死んでるけど」
「おっと、話がズレちまったな。さっきぶりだな!上杉!」
「日向くん…」
「名前覚えてくれてるとは嬉しいな~。こいつは上杉!野球のピッチャーやってたんだってさ!」
「へ~。球技大会はいい戦力になりそうだね!」
「えっと…?」
「はい、雑談はそこまで!上杉くん、いい?ここは死後の世界。辛いかもしれないけど、貴方は死んだのよ。」
「死ん、だ」
一気に記憶が脳裏に蘇ってくる。
冷や汗と震えが止まらなくなる。
「安心なさい、ここに居る全員そうよ。生前の事、思い出した?」
「…うん」
とてもだけど、前を見ることが出来ない。
俯いていることが精いっぱいだった。
「そう。無理には聞かないわ。話したくなったら話せばいい。」
「―――――。」
「でもね、死後の世界は甘くない。"天使"という神の使いがいて、何もしなければこの世界から消されるわ!」
「え?」
何か希望の光が少し見えた気がした。
「この世界から…消えられる?」
「ええ。まさか、消えたい訳じゃないわよね?」
「ごめん、今すぐ消え去りたい…」
「相当思いつめられてるわね。いい?貴方は理不尽に神に死を強いられた、違う?」
「そんなこと言われても…」
「この世界ならずっと生き続けることが出来るし、死なない。つまり天使に対抗し続ければ、生き残れる、抗えるのよ!」
「抗う…?」
「神に。私はこんな理不尽な死を強いた神を絶対許したくない。そのメンバーの集いが此処―――。」
ゆりと呼ばれる少女は机を軽く叩いた。
「"死んだ世界戦線"よ!」
「死んだ世界戦線―――。」
「貴方もここに来たってことは、何かしら辛い想いを背負っているはず。それを皆で支え合いましょう。」
「そんなことできない…」
「どうして?」
常に俺の頭の中には、彼女がいた。
たったそれだけで。
俺はもう…立ち直れない…。
「屋上に行きましょう、上杉くん」
***
無数の星達が見下ろす空。
死後の世界と呼ばれる場所にも星空はあるんだ…。
夜風が頬に当たり、少し肌寒い。
そんな中で、この少女は俺に缶コーヒーを渡してくれた。
「これ飲んだら少しは落ち着くわ。はい。」
「ありがとう…」
一口そのコーヒーを啜ってみる。
口いっぱいに広がるコーヒーの風味は、少し苦く大人な味だった。
…と共に浅倉南の実家で営んでいた喫茶店の味も思い出す。
「話は色々あるけども、きっとこの世界に来たばかりの貴方には信じられないような事ばかりだわ。だから順応性を高めなさい、あるがままを受け止めて話を聞いてね。」
「うん、分かった。」
「さっきも言ったけど、此処は死後の世界。生前に大きな悔いを残した者が沢山いる。だけど全員じゃないわ。」
「全員じゃない?」
「ええ。此処はマンモス校だけど、人間なのはその中の一握り。他はNPCよ。」
「NPC?」
「そ、ノンプレイキャクター。ゲームとかでよくいるでしょ?」
「ごめん、あまりゲームはしたことないんだ…」
「野球少年だったんだっけ?」
「うん…」
「要はこの世界の住人って感じね。予め用意されているキャストみたいな感じかしら?人間のように見えるけど機械のようなものよ。」
「そんな―――」
いきなり信じられない話が飛び出てきた。
順応性を高める必要があるのは本当のようだな…。
「でも会話は成立するし、女子にセクハラすればビンタを喰らうわ。人間と見比べるのは最初は難しいわよ」
「へぇ」
「はい。それで、死後の世界では勿論私達は死んでいる、だからこの世界では誰も死なないし年もとらない。ずっとここで生活することになるわ。」
「そんな…じゃあずっと此処に居続けなきゃいけないの!?」
「いえ、規則正しい生活を送るか、天使の言う通りにすればこの世界から消える事は出来るわ。」
「消える…?その消えるっていうのが分からないんだけど…」
「文字通りよ。目の前からパッ!と居なくなるわ。それは前触れもないし、本当に唐突に。」
「そうなんだ…」
「でも私達には目的がある。こんな世界があるってことは、確かに神が存在するということ。私達はそいつを見つけ出すのよ。」
「見つけて…どうするの?」
少女の目は、一切の迷いのない、俺には持っていない目だった。
「復讐。こんな人生を、そして理不尽な死を強いた神への。」
「復讐…」
「私達はその為に何十年とこの世界に居続けてるわ。中には百年以上の人もいるわね。」
「百年!?」
「貴方も自分の過去を思い出したのなら、戦線に入ることをお勧めするわ。」
「どうして?」
「このままで終わっていいの!?貴方、せっかくやり直すチャンスがあるのよ!?」
「やり直す…」
「貴方の過去がどんなのかは知らないけど、せっかくまた生を持ち、運命に抗うチャンスがあるんだから!!」
「……」
思わず俯いてしまう。
これで本当に正しいのだろうか。
神を見つけ出したところで…俺が現世に帰れるなんてことはないだろう…。
南の顔が脳裏に蘇る。
たったそれだけなのに、今にも胸が張り裂けそうだった。
自分が夢半ばで死に、何も成し遂げられぬことに。
そしてアニキとの勝負に…俺は不戦負けしていることに。
「貴方、何があったの?生前。」
少女は真っすぐこちらを見て、述べてきた。
これを誰かに共有したとて、何も変わらない。
でも心の中の何かが拭える気がして…
俺はいつの間にか話し出していた。
「俺は…野球をやってた…」
「全ては浅倉南、俺の愛していた人の為だった」
「彼女が言ったんだ、"南を甲子園に連れて行って"、って。俺はその為だけに幼少期から努力を続けた。」
「野球の花形って言ったらピッチャーだろ?俺はピッチャーになって、ただ試合に勝ち続けたよ。彼女の笑顔だけが、俺にとって全てだったんだ。」
「加えて、俺には双子のアニキがいてさ。三人で仲が良かったんだ…家も隣でさ、小さい頃からよく三人で遊んでたよ」
「高校に入ってからかな?いや、ずっと前には気付いてた。南が本当は誰を想っているか―――――。」
「俺は焦ってたんだと思う、アニキに南を取られるのが怖くて。だからアニキに負けたくなかった…」
「南を甲子園に連れていくことで…俺は南の心を射止められるって…勝手に思ってたんだ…」
「そして高校一年の夏…地区大会決勝戦…」
「甲子園目の前にして俺は………そこからはもう…記憶がないんだ…」
屋上の照明の中で見えた、俺の話を聞く少女の瞳は少し潤んで見えた。
あまりハッキリとは見えなかったけど、黙って聞いていてくれた。
「どうしてなのかな…?試合はどうなったのかな…?南とアニキはどうなったのかな…?」
「今も夢の中で…"南の夢を叶えろ!"ってアニキの声が聞こえてくるんだ…」
「俺はただ最愛の人に喜んでほしかっただけなんだッ…笑顔が見たかっただけなんだ…本当にただ…それだけなんだよ…」
俺の心の中のダムが崩壊した。
溢れる涙が俺の頬を伝う。
「あぁくそ…!!!南に会いたいよ―――、アニキと南に会いたい―――――…。」
「なんで俺は夢半ばで死んで…!南とも引き裂かれて…!死んでも尚…生前の記憶に苛まれ続けられるんだ…ッ!!!此処は地獄なのか!?俺は生前大量殺人でも犯したっていうのかよ!?」
いつの間にか俺は少女に貰った缶を握り潰してしまっていた。
中身がドッと零れ、冷たいコーヒーが俺の手を伝う。
そんなこともお構いなしに少女は俺の事を抱き締めた―――。
「落ち着いて、此処は地獄なんかじゃないわ。そんな人間はこの世界に来れない。だから安心なさい―――。」
強く抱きしめられる。
あぁ、人ってこんなに温かいんだ。
確かにこんなことを味わえるのなら、此処は地獄なんかじゃないな。
「貴方は戦線に入るべき人よ。一緒に運命と戦いましょう。そんな人生だなんて認めたくないじゃない、許せないじゃない?」
確かにその通りだな、って思った。
これがこれが行くはずの運命のレールなら、ぶち壊したい。
抗いたい。
「分かった、戦線に入るよ。」
「良かった。私はゆり、戦線のリーダーよ。貴方にはまだ色々話すことがあるけど、今日は夜遅いからまた明日ね。」
「うん…分かった」
「今日は寝れないでしょうから、校長室にいていいわよ。」
「一人なのか…?」
「なっ、何よ…そんな顔で見ないでよ…。分かったって!私が今日は一緒に居てあげるから!」
「ありがとう…」
とてもじゃないけど、到底一人で寝れる気分ではなかった。
結局俺はゆりに言われるがままに入隊したわけだけど。
これでいいんだよな…?
死んでからまさかこうなるだなんて、夢にも思わなかったけど…。
もう一度チャンスくらい貰ったっていいよな…。
せめてもう一度―――――。
和也の決意―――。