目を覚ませば、見たことが無い天井だった。
それは土の固まった天井である。
ごく一般的な部屋で眠っていたはずであるし、何年も暮らした部屋なのだから天井を見間違えるなんて、幻覚でも見ない限りは有り得ない。
凡そ近代的ではない天井、慌てて体を起こし、周囲を確認しようとしてみれば、嫌に視界が低く、隣には見たこともない人が寝息を立てていた。
知らない誰かを直感的に母だと悟る。意味不明な事態に陥り混乱する思考の中で、何故か冷静である自分も存在し、すぐさま落ち着くことができた。
自身の手のひらを見やれば、凡そ5歳相当の大きさであった。
そんな幼い彼に私は憑依してしまったのだろう。そんな考えがストンと心に落ち着いた。
それと共に彼が今まで過ごした記憶も私は知りうることができるようであり、隣で眠る母や住処の人間たちとの関係がこじれることはないだろう。
そして重要なのは、この世界には魔術があるらしい。
憑依してしまった名も無き彼も少しだけ魔術を使えるようである。
ロマンを感じる。
研鑽を重ねなくてはならないだろう。
それから私の日々の暮らしが始まった。
小さい私の仕事は木の実の採取と家事の手伝いだけだ。それが終われば暇となる。
魔術の研鑽をしつつ、この世界には娯楽らしい娯楽が無いことに気づく。
何となく、憑依前の世界で知り得た物語を本にしてしまおうと考えた。
本にした内容、例えばそれは
『王になるべくして育てられた慢心する者と土くれで創られた人ならざる者の話』
『王を選定する剣を抜いてしまった誰かと、それに仕える騎士達が滅びへ向かって歩み始める話』
『土くれで出来た管を造り、配し、直すことを生業とした男が、巨大な亀の化け物に攫われた姫を助け出す話』
『いくつもの世界線の中で、名に宿命を背負わされた男と名に呪われた美しい姫を救う話』
『魔術のことなど知らなかった1人の人間が、作られた者や逸話を持った者たちと共に世界の未来を救う為の話』
等、要するにギルガメッシュ叙情詩やアーサー王物語といった昔話やマ○オやゼ○ダの伝説といったゲームの話を本にしていった。
様々な物語をあやふやで、ふわっとした感じで書き綴り本にしていった。
本を綴る間にも魔術の研鑽を重ね、外敵から住処を守る為に罠を仕掛けるようになった。
罠にかかった獣は魔術への耐性が高いので、腕で抱えられる程度の岩を脳天に落として物理的に殺し、大人たちに捌いてもらい、皆で分け合って食べていく。
肉を得られるようになったことにより、皆の体つきが変わっていく。
そして今まで裸であったが、皮を得られるようになったので、簡素な胸巻き、腰巻を作った。
余った皮を石投げ皮にしてみる。
うまく投げられなかったので、今度は遠心力を用いた鈍器にしてみる。
いい塩梅なので、今までは罠にかかった獣だけを食していたが、狩りをすることにしてみた。
日課に増えた狩りなのだが、なかなか上手くいかなかった。
やはりリーチが足りないのである。
どうにかしようと思い立ち、魔術で大木を切り倒し、加工して丸太の槍を作った。
この世界の人たちは肉を食べていなかったのに力強かった。
強化の魔術で肉体を強化しているのもあったのだが。
作った丸太の槍を振り回し、獲物を奢る。丸太の槍を使い始めてから狩りの成功率は格段に上がった。
この頃から魔術的な罠以外にも、物理的な罠を張るようにして住処をより強固なものとした。
住処で一番の男となり、嫁をもらうことになった。
住処で一番年の近い娘、こんな世界だけれども可愛い娘だった。
そんな嫁と子を生し、育て上げる。
書いた本を読み聞かせ、魔術を教え、狩りをし、罠を張り、日々を過ごしていく。
変わらない日常となった今を精一杯生きていた中で、妻が先に逝ってしまった。
この世界の寿命は短く、20半ばくらいで死んでいく。
しかし私はそれ以上に生きている。だが、老いをとめることは出来ず、狩りができなくなっていき、罠を張ることすら困難になった。
住処では一番の長老となってしまった私は最期まで物語を書き続けた。
そして私は死を迎える。名も無い彼に憑依してしまって過ごしてきた第二の人生の終わり、それが迫ってきていた。
様々な変革をもたらしてはきたものの、本を書くような物好きは私だけであり、逸話として何かが残ることは無いだろう。
憑依する前以上にスリルがあり、時間があったこの人生、沢山の事を経験できたと思う。
名も無い彼に憑依して凡そ30年、それは楽しいものだった。
名も無い彼の人生を奪ってしまったのかもしれないけれど、この人生は本当に楽しかったのだ。
それが終わる、終わってしまう……私は一体どこへ逝くのだろう。
天へ昇るか、はたまた憑依する前に戻って最初の人生を続けられるのかもしれない。
よくわからない気持ちのまま、住処の仲間たちに囲まれ私は逝った。その頬には一筋、涙が零れていた。
そして私は再び目を覚ます。大地は燃え盛り、建物が倒壊している。
予測を遥かに上回る光景に失笑を禁じえないところである。
世紀末的な様相を呈した外界に私は立っている。
視界は高く、憑依した名も無き彼であった頃の全盛期に戻ったかのようにすら感じる……そして刻み込まれた様々な知識があった。
「何なのよ、漸く召喚した英霊が……丸太と本を持った野蛮人みたいな格好だなんて……そんな英霊なんて知らない! 何で、どうしてこんな!」
ヒステリックな叫び声がした、そちらを見やれば銀髪の少女が発狂し、橙色の髪の少女が薄紫色の髪の少女と共に宥めていた。
この光景には見覚えがある……どうやら憑依したであろう名も無き彼は『FGO世界の過去の地球』の住人だったらしい。
異世界じゃなかったのか……と残念に思うものの、文章と絵で見知った世界であることに大なり小なり興奮する。
そして私はお決まりの言葉を口にする。
「サーヴァント
違和感を得る。
キャスターであることは間違いないのだがこの違和感はなんなのだろうか。
途切れた言葉をさらに繋ぐ。
「……馳せ参じた。橙色の髪をしたお嬢さん、君が私のマスターだね。私はしがない物書きさ、真名は無……」
無い、無いと言おうとしたのだが、私には無いはずの真名が
聖杯も意地の悪いことをするものだ。
「何度も言葉が途切れてしまってすまない。不測の事態に陥ってしまってな。私はボン、ただのボンだ。マスターよろしく頼む」
その真名の由来を私は直感した。
それは私の手に持った本に彫られたサインであった。
そのサインは凡の字をただ横にして、ラインを歪めただけのものである。
自らを戒めるためにつけたその凡の字は、私が綴った全ての本にサインしてある。
そのサインを見る度に、自身が凡人であるということを思い出すためにも、そのサインを刻み続けたのだ。
それを聖杯は私の真名として認めてしまったのであろう。
本当に聖杯は意地が悪い。
ネーミングセンスの欠片もない。
「そんな真名の英霊なんて知らないわ! 折角の聖晶石が水の泡よ! どうしてくれるの!」
推定
「状況を鑑みるに戦力が欲しかったのであろう。何、私の持つこの槍は伊達ではない。獲物の1匹や2匹、この槍でもって屠ってくれよう」
そしてまだ距離があるものの、こちらに迫ってきていたスケルトンに右脇に抱えていた丸太の槍を投擲して粉砕し、魔術を用いて手元に戻す。
「安心してくれ給え、これでも生前は住処で一番強い男だったのだ。この丸太の槍で日々の狩りをしていた。我流ではあるが戦いの心得はあるさ」
丸太の槍を投げるだけではなく、スケルトンに駆け寄り振るう。
時には手足を使った近接格闘でスケルトン共を砕いて回った。
凡そキャスターらしい戦い方ではない為、3人はどこか唖然としているようであった。
「先ほども言ったが、私はあくまで模倣作家でありキャスターの枠に収まっている。この程度の雑魚ならば何とかなるが、これ以上の力を持った者を相手にするのは少しばかり骨が折れそうだ」
言葉と共に左手に持った私の宝具であろう本を見せながら、スケルトン殲滅の締めとする。
するとマシュがサインに気がついたようである。
「先輩、ボンさんは若しかすると最古の作家と呼ばれる方かもしれません。確かあの本のサインは、彼の英雄王ギルガメッシュが編集及び編纂した数々の物語に著者不明としながらもつけられているサインと一致しています」
驚愕の事実が明らかになる。
私はどうにも彼の英雄王誕生以前に生まれた人間に憑依してしまったようである。
挙句、英雄王が私の模倣した物語を編集して、ご丁寧に私の作品であるサインまで記してくれるだなんて。
ああ、だからか、だから私なんぞが英霊として座に登録されてしまったのか。
ただの凡人であり、ただの模倣者である、この私が。
「さて、周囲の安全も確保出来たところだ、君たちの名前を教えてくれないか」
これから始まるは、人理救済の物語、たった一人の少女が沢山の仲間たちと共に戦い、救う物語である。
書き綴ろう、今度は模倣ではなく、実話を。
フィクションだったはずの物語が、今、ノンフィクションの物語として幕開けするのだ。
やはり文章化するのは難しい作業です…