これはあるお姫様の物語。
とある国にとても可憐なお姫様がおりました。
豊かな国に忠実な臣下達、女神の下で学び家族と笑いあう。
そんな幸せな日々を過ごしておりました。
しかし、幸せな日々は海の向こうからの来訪者によって破壊されます。
巨大な船に乗るのは英雄と呼ばれる豪傑たち。
そして彼らを束ねる男が王に向かって語ります。
「私が偉業をなすために、私が英雄となるためにこの国に伝わるという金羊の皮が欲しい。どうか譲ってもらえないだろうか」
もちろん王様は断りました。
なにせ金羊の皮は国に伝わる大切なお宝、どこの誰とも知らない輩に渡すわけにはいきません。
しかし、それに異議を唱えたのはお姫様でした。
なんと彼女はその男に恋をしてしまったのです。
これはある少女の物語。
少女はその男が金羊の皮を手にする探索についていくことにしました。
もちろん初めて生まれ育った国を出ることは不安でした、家族も臣下も皆反対しました。
しかし、そんなことは少女にとって些細な問題でした、だって愛しの彼と一緒にいられるのですから。
それから少女は男を助け続けました。
ある時は竜を眠らせ、またある時は巨人の弱点を教えました。
ですが、男はそんな少女にねぎらいの言葉をかけることも愛の言葉をささやくこともありませんでした。
それでも少女は男のために働き続けます。
そうしてついに男は金羊の皮を手に入れました。
これを持ち帰れば男は王となり少女とともに幸せに暮らせるはずです。
なのに、それを取り返そうとかつての国民たちが船に乗って追いかけてきました。
ほんとに目障りな連中です。
仕方がないので少女は弟を短剣で八つ裂きにして海に放り投げました。
そうして敵が驚いている隙に逃げ出すことに成功しました。
弟が死んでちょっぴり悲しくもありましたが、愛する彼と一緒にいるためです。
それからも何人か殺した気がしますが少女にとってはどうでもいいことでした。
少女は男に褒めてもらおうと微笑みかけます。
彼が褒めてくれれば、愛してくれれば少女はなんだってできました。
しかし返ってきたのは、憎悪のこもった罵倒の言葉でした。
「あぁ、お前はなんということをしてくれたのだ。おかげで私の人生は私の偉業は台無しだ。お前の凶行に国民たちはおびえ英雄どもは憤っている。もはや国に帰ることはできまい。どこで俺は間違えたのか……そもそも実の弟を殺すような女など信用できなかったのだ、去るがいい魔女よ。もうお前のことなど見たくない。そもそも俺はお前のことなど愛してはいなかったのだ」
そこで少女の恋は、夢は、呪いは解かれました。
これはある女の物語。
女が男に恋をしたのは神々が仕組んだ呪いだったのです。
男が偉業をなせるよう女の人生を狂わされていたのです。
呪いは解かれ、女は正気に戻りましたが失ったものは戻りません。
かつてお姫様と慕ってくれた国民は女を魔女と糾弾します。
かつて少女と旅をした英雄たちは女を裏切り者と罵ります。
かつて微笑んでくれた弟は女がその手で八つ裂きにしてしまいました。
帰る場所も行くあても失った女はただひたすらに逃げ続けました。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げ続けて。
そうして女の生涯は幕を閉じました。
これはある魔女の物語。
魔女が気が付くと目の前に一人の男がいました。
彼が語るには魔女はとある儀式にサーヴァントとして召喚されたそうです。
死者を呼び出し、戦わせ、最後に残ったマスターとサーヴァントがあらゆる願いを叶えることができる『聖杯戦争』という儀式に。
魔女は聖杯に興味はありませんでしたが、男のために尽くしました。
魔術を披露し、戦術を提案し、マスターを勝たせるためにサーヴァントとしてできうる限りのことをしました。
しかし、帰ってきたのは称賛の言葉ではありませんでした。
「勝手なことをしやがって、実の弟を八つ裂きにした裏切りの魔女……とても信用できたもんじゃない。お前は僕のサーヴァントなんだから、黙って言うことを聞いていればいいんだよ」
その言葉を聞いた魔女は男を殺して逃げだしました。
逃げ出した魔女は、雨に打たれて嗤います。
神に狂わされ、民に恐れられ、英雄に追われ、男に罵られて逃げ続けた最初の人生を。
そして、また逃げ続けている2度目の人生を。
「アッハッハッ……結局、またこの結末なのね。他人の都合で駆り出されて、裏切り者と蔑まれて……私はただ、自分の故郷に帰りたかっただけなのに……」
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて
その結末がこれだ、マスターがいなければサーヴァントは存続できない。
地面に倒れ伏し消滅の時を待つ、降りしきる雨は体力だけでなく心までも削る。
こうして長く続いた裏切りの魔女の物語は
彼女の知らない時代で、彼女の知らない場所で、誰にもみとられることなく
ひっそりと終わるのだ。
頬を冷たい水が伝う。
見上げれば蒼い月が嘲笑うように浮かんでいた。
どこで間違ってしまったのか。
あの小さな国で家族と共に暮らせていればそれだけで幸せだったはずなのに。
もう一度、家族に会いたい。彼らに一目会いたい。
そして、私が殺してしまった弟にせめて一言を――
「おい大丈夫かあんた、しっかりしろ」
彼女の物語はまだ終わらない。