「そう警戒しなくても大丈夫よ。制約内容は[一般人に危害を加えない]それだけだもの。これにサインしてくれたら。同盟を受け入れるわ」
ギアスロールとやらはその名の通り制約を課すためのものなのだろう。
[一般人に危害を加えない]それは当然のことだ。
チラリとキャスターを見る、顔を伏していて表情は読めない。
制約を受け入れてもこちらにデメリットはない……ならば返答は決まっている。
「同盟を組むよ、よろしく頼む、遠坂」
キャスターとセイバーの意見は聞いていないが問題ないだろう。
学校に魔術陣を描いた犯人を倒すためだし、こちらも何か制約を受けるわけではないのだから。
俺は遠坂との同盟を受け入れることにした。
◇
聖杯戦争には参加の表明をしなければならないらしい。キャスターに連れられ教会までやってきた。
「衛宮――士郎」
目の前に立つ男、言峰綺礼が俺の名前を復唱する。
初対面だというの俺の名を聞いて、何か喜ばしいものにあったかのように笑った。
不気味な男だ。
「ふむ……話は分かった。キャスターは消滅したと聞いていたが生きていたとはな。なににせよ令呪を持つというならお前にはマスターとなる資格がある」
大仰な口調で語られる言葉に令呪の重要性を改めて確認する。
左手に宿った令呪、セイバーを召喚した際に浮き出た3画の赤い文様、マスターの証、聖杯戦争の参加資格。
「キャスターとは正式な契約を結んでいないんだが構わないのか?」
「あまり良くはないが……それも戦術の一つだ、監督役として口出しするつもりは無い」
といってもキャスターが俺とのリンクを希薄にしていたのは他のサーヴァントに気づかれる可能性があったからだ、もうその必要はないだろう。
後でキャスターに正式な契約を結びなおせないか聞いてみよう。
「キャスターから大体の話は聞いている。聖杯戦争の詳しい説明は必要ない。一般人に被害が出るかも知れないってんなら当然、参加するつもりだ」
「そうか、一応確認しておくがサーヴァントを失うような事態になった場合はこの教会に来れば私が保護することになっている」
そんな事態になることは無いだろう、こっちは2騎のサーヴァントがいるのだ。俺も戦争から逃げるつもりは無い。
第一、 この神父は胡散臭くて頼りたくない。
「それと……一般人を守りたいといったな?」
「それがどうかしたのか、教会としてもイタズラに被害を広めたくないだろ」
「あぁ、キャスターから10年前の事件を聞いたのかと思ってな……」
10年前?
確か前回の聖杯戦争は10年前に開催されたとは言っていた。
だが、それで被害が出たなんて話は……
「まさか……」
視界がゆがむ、かつて見た地獄を思い出す。
燃え盛る街、泣き叫ぶ人々。
そして――死んでしまった俺の家族。
「そう、かつての大火災はふさわしくないものが聖杯に触れたことで引きを越されたものだ。」
なんのために言峰は俺にそれを告げたのか、俺が聖杯戦争から逃げないようにするためか?
「まあ、なににせよお前が勝ち残ればいいことだ。自らの願いを叶えるために……な」
願い。
俺自身は聖杯にかける願いを持ってるわけじゃない。
それでもキャスターの『故郷に帰りたい』という願いはかなえてやりたいと思っている。
いや……あるいはそれは俺自身の秘められた願いなのかもしれないな……家族に会いたいという、俺自身の願い。
「それでは衛宮士郎よ、お前をキャスターとセイバーのマスターと認めよう。自らの願いのため、存分に戦い抜くが良い」
◇
教会から出るとキャスターとセイバーが待っていた。キャスターは気まずそうに、セイバーはジっと立っている。
「約束する、キャスターの願いは絶対に俺が叶えるから」
そうキャスターに宣言する、俺自身に言い聞かせるためにも。
「…………」
しかし、反応が薄い。
まるで信用できないというようにこちらを見る。
海のような蒼い瞳が僅かに揺れる。
その目には嘲笑と侮蔑の色があった。
確かに力不足かもしれないが、そんな目をしなくてもいいのに。
◇
「―――ねえ、お話しは終わり?」
鉛色の巨人を連れた少女。
セイバーとキャスターが応戦するがあっけなく追い詰められてしまう。
「■■■■■■■」
バーサーカーの怒号が響き、巨剣がキャスターに襲い掛かる。
「こ―――のぉおお……!」
策も武器もなく飛び出す。
「ガッ…………グッ」
しかし、そんな命がけの突進は巨人の一振りであっさりと吹き飛んでしまった。
「アッ……アア?」
声がうまく出ない、見れば下半身が丸ごとぶっ飛んでいた。
当然か、大地すら砕くバーサーカーの一撃をまともに受けたのだ。即死じゃなかっただけでも奇跡的だ。
「ちょっと、簡単に殺すなって言ったでしょ!」
少女の怒鳴る声が響く、キャスターは無事だろうか?目線を動かすこともできない、体が急速に冷えていく。
そうか……俺は死ぬのか、こんなところで……ごめんな、キャスターの願いは叶えてやれないみたいだ。
瞼を閉じる、心地よい睡魔とともに落ちていく。
深く暗い闇に、落ちて落ちて落ちて――
その先に黄金の鞘が見えた。
鞘が熱を発し、その熱が全身に行きわたる。
まるで生き返るかのような感覚、いや実際に体が繋ぎ合わさっていくようだ。
「これは……」
少女が呆然と口を開け、セイバーは驚愕に目を見開く。
「一体、なにが……」
自分の体をペタペタと触る、傷が完全に癒えていた。
キャスターの魔術か?……そういえばキャスターは無事なのか?
「なるほど……こういうことだったのね」
振り返れば場違いな笑みを浮かべたキャスターが立っていた。
大きな怪我はないようだが手から僅かに血が出ている。地面に擦ったのか?その割には傷口が大きく見える、まるでナイフで傷つけたかのような……
「とにかく、アイツから逃げよう。このままじゃ皆やられる」
逃げ帰れば勝算はある。
魔力を集めるなり、遠坂に協力を仰げば――
「いえ、もうその必要はないのよ坊や」
「え―――?」
ズブリとキャスターの右手が俺の体を抉っていた。
体内を荒らされるような感覚、なんらかの魔術なのか痛みはない、ただ大事なものが奪われるような喪失感があった。
「キャ、スター……?」
「アハハ、こういうことだったのね。聖杯に選ばれたことも、セイバーを召喚できたことも、10年前の因縁も。フフ、アハハ、本当に私はついてるわ」
キャスターが狂ったように笑う、いったい何の話をしているんだ?
「キャスター、貴様!」
セイバーが怒鳴り声をあげてキャスターに切りかかる。
『止まりなさい、セイバー』
しかしそれは、キャスターの一言で制止させられる。
「なっ……令呪?なぜ貴様がそれを」
見ればキャスターの左手には赤い刻印が浮かんでいた。
どこかで見たことのあるマーク、それは俺の左手にあったはずの……
「フフ、もともと令呪を奪うために近づいたのよ。利用されたとも知らずに馬鹿な坊やねぇ……もっとも、持っていたものは素晴らしいわ。えぇまったく予想以上のものよ」
そういってズルリと俺の中から何かを引きずり出した。
「魔法すら弾く理想郷の鞘、探知魔術も弾くから見落としていたわ。フフ、もう戦略なんか練る必要はないの。この戦争を蹂躙してあげる。フフ、アハ、アハハ」
黄金の鞘を愛おしいそうに撫で、心底愉快そうに笑う。
「坊や、あなたは何も悪くないわ。裏切ったのは私だもの、存分に私のことを恨みなさい、この裏切りの魔女をね」
ー――いや、違う。裏切ったのは俺のほうだ。
脳裏に浮かぶのは今朝の遠坂との交渉、『一般人を傷つけない』というギアスロールをキャスターに強要してしまった間抜けな俺。
ほんとに信頼しているのなら、キャスターはそんな奴じゃないと怒鳴ってやるべきだった。
「フフ、アハハ、アハハ」
笑う……いや、泣き叫ぶキャスターを見る。
『裏切りの魔女』そう自称しておきながら、その蒼い瞳は涙によって濡れていた。。
「…………」
鞘を抜かれたからか、体から力が抜ける。
再び闇に意識が落ちていく。
「……もう、眠りなさい。10年前のあなたの復讐は私が果たしてあげるわ」
そんな囁きを耳にして、俺の意識は完全に途切れた。
BAD END
正式な契約を結んで令呪の支配下に置いたりしても同じBADになります。キャスターが拘束されることを嫌悪しているからです