月明かりに照らされた街を歩く、敵サーヴァントが見つけるためだ。
もちろん適当に歩いて見つけられるとは思っていないが、相手に俺たちが警戒していることは伝わるはずだ。牽制にはなるだろう。
「ついでにこの辺りの地脈も少し弄っておきましょう。魔力があるに越したことはありませんからね」
キャスターは使い魔を使役する魔術も扱えるらしい。
魔力を集めて使い魔を呼び出せば探索範囲をグッと広めることが可能になるだろう。
地面を弄るキャスターから少し離れ、セイバーに話しかける。
「セイバーはキャスターのことどう思う?」
「どう、とはどういう意味合いでしょうか」
「いや、一緒に戦うことになるわけだしさ。仲良くやれそうかなって」
セイバーは俺たちと組むことは同意したが、キャスターのことを信頼していないようだった。
強化魔術の件もあるが、共に戦うには仲が良いに越したことない。
「そうですね…戦闘面の話をすれば相性はいいでしょう。私が前衛をつとめキャスターが後衛からサポートする。彼女の魔術の腕もかなりのようですし」
「へぇ、セイバーから見てもキャスターの魔術はすごいのか」
「はい、私の時代にも魔術を扱うものは多くいましたが彼女に勝る魔術師となれば1人しか思い浮かびません」
それでも1人は知っているのか……
それより、魔術を扱うものが多くいたということはセイバーの時代はかなり古いのだろうと予想される…いや、あまり詮索はしないほうがいいか。
「確かに戦闘の相性はよさそうだけど性格的にはどうだ、そっちのほうが重要だろう」
「……正直な話をすれば私はキャスターを信用していません。理由はいくつかありますが一番の理由は彼女が魔術師だからです」
セイバーが少し小声になって語す、キャスターには聞こえないようにだ。
「魔術師だから信用しないのか?俺だって一応、魔術師だけど……」
「シロウは普通の魔術師とは違います。私が知っている魔術師は情よりも理を取り、目的のためなら手段を選ばないものたちでした」
「キャスターはそんなこと……」
「実際、彼女はあなたを使って私を召喚しました。彼女の真意はともかく、聖杯に近づいているのは確かです」
「で、でもキャスターは俺の安全を守るためにパスを通してないんだぞ。本当に聖杯を求めるならそんなことはしてないだろ」
そうだ、キャスターは俺が他のサーヴァントに襲われるのを避けるためにパスを希薄にしていると言った。
ランサーと戦うことになったがあれは事故みたいなもの、本来なら俺を洗脳でもした方が効率的なはずだ。
「私としてはそこも気になります、確かにパスが通っていないというのは不利なように感じますが、令呪の縛りを受けないということでもあります」
令呪――それはマスターが持つサーヴァントへの命令権だ。確かにキャスターはそれについてあまり語らなかった。
それが俺に令呪を使わせないためのだとしたら、俺を御しやすくするためだとしたら――
「彼女なら暗示の魔術も使えるでしょう。もしシロウが操られて、令呪で私に命令をすれば私に逆らうすべはありません。私に害なす可能性がある以上は彼女への警戒を怠るわけにはいかない。シロウも過度な信頼は避けた方が良い」
セイバーには叶えたい願いがあるらしい、それは切実なものなのだろう。キャスターを信頼しきれないのも当然といえる。
それでも――
「それでも――俺は、キャスターが悪いやつじゃないと思ってる」
そう断言する俺に、セイバーは不思議そうな目を向けてくる。
「分かりませんね、シロウはキャスターと出会ってまだ日は浅いのでしょう。何故そこまでキャスターを信頼できるのですか?」
「えっ、何でと言われても……」
そういえば何故だろう。
出会って一週間ほどしか経っていないのに
キャスターの本当の名前すら知らないのに
俺は、キャスターが悪い奴ではないと思っている。
「それは……多分、キャスターが泣いていたからだ。俺がキャスターを助けた時、キャスターは泣いていたんだ」
蒼い月の下、血まみれで倒れていたキャスター。
ローブを纏い、雨が降っていたがそれでも分かった。
キャスターはあの時、泣いていたのだ。
「……死にそうになったら泣きはするでしょう。シロウは弱っているキャスターを見て、憐れみからキャスターを信頼したのですか」
いや、そうではない。憐れみを感じたわけではない。
そもそも、あの涙は死への恐怖や聖杯に届かぬ悲しみからくるものではなく――
「寂しかったんだと……思う」
そう、キャスターがあの時泣いていたのは、家族に会えぬ寂しさからだ。
迷子になった子供のように泣きじゃくっていただけなのだろう。
「もしかしたら……セイバーの言う通り、俺はキャスターに騙されているのかもしれない。それでも俺はキャスターが悪い奴じゃないと思っている」
キャスターの願いを思いだす。
『故郷に……家族にもう一度だけ会いたいのです……』
どこか遠くを見つめるような瞳。
呟いたささやかな願い。
その言葉を、あの涙を嘘だとは思えない。
「騙されているかもしれないのに悪い奴ではない、ですか、面白いことを言いますね」
「あ!いや、キャスターがホントに悪い奴だって言ってるんじゃなくてな。その、今のはもしもの話だし、上手く説明できないんだけど……」
言葉が纏まらない、結局キャスターが悪いやつじゃ無いと言う根拠はないのだ。俺の言っている事は希望的観測に過ぎない。
「いえ、シロウの言いたいことは分かりました。まだキャスターを信用することはできませんが、私もキャスターに歩み寄ってみようと思います」
それでもセイバーはなにやら納得してくれたようだ。
セイバーとキャスター、上手くやっていけると良いのだが……
キャスターはずっと演技をしているつもりでしたが所々で素が出ていて、士郎はそれをちゃんと見抜いていました。