「人を襲っている例のサーヴァントどころか、他のサーヴァント達にも会わないな」
今の俺たちは特に気配も隠さずに街の見回りをしている。
遠坂とアーチャーは事情を知っているので手を出さずにいてくれるのだとしても、他のサーヴァントとは戦闘になるかもしれないと考えていたのだが……
「ランサーはサーヴァントの情報を持ち帰ると言っていましたし、6人全員と戦えとでも命令を受けているのかもしれませんね」
そういえば、キャスターに2回目だから全力で戦えるとか言っていたな。だとすればランサーも例のサーヴァントを見つけられず、未だに探しているのかもしれない。
「バーサーカー組はよく分かんないよな。俺達を倒せそうだったのに撤退したり」
バーサーカーは魔力消費の多いクラスだ。
早めに決着をつけたいと考えるはず、なのにあれ以来姿を見せていない。
様子見をしているのだろうか、あれほどの力ならそんな必要はないだろうに……
「あの少女、アインツベルンと名乗っていましたね」
「あぁ、確か聖杯を造った一族らしいな。それがどうかしたのかセイバー?」
キャスターの話によれば、聖杯のシステムは3つの一族によって築きあげられたらしい。
アインツベルンの一族は器の錬金を。
マキリの一族は令呪のシステムを。
遠坂の一族は土地の提供を。
マキリの一族は既に衰退してしまったが、残りの2家は今も聖杯を狙っているということだ。
「いえ……おそらく思い過ごしでしょう。アインツベルンはホムンクルスの製造にも長けていましたし……」
歯切れの悪いセイバー。
あれ?なんでセイバーはアインツベルンのことを知っているんだ?
キャスターは前マスターから教えられたと言っていたのに。聖杯から、ある程度の基礎知識は教えられたりするのだろうか?
「何にせよ、最低5体はサーヴァントを倒さないと聖杯は現れないわ。いずれ戦うのなら対策も考えておかなければならないわね」
他の奴らの動向は気になるが、聖杯を求めていればいずれ嫌でも戦うことになるだろう。
考えるべきはその時のことだ。
「バーサーカーの真名はヘラクレスだったよな」
キャスターはヘラクレスのことを知っていた。有名な英雄だしおかしな話ではない。
その伝説は多岐に渡るが、バーサーカーのクラスで所持できる宝具は『十二の試練』というものだけらしい。
「『十二の試練』一定ランク以下の攻撃の無効と12回の蘇生能力。神の座に至ったというだけある強力な宝具ですね」
聞いたときは強すぎると思ったが、これでも生前よりは弱体化しているらしい。さすがギリシャ神話の頂点に君臨する英雄だ。
「作戦としては私が魔術でバーサーカーの足を止め、そこをセイバーが宝具で1度殺します。蘇生の際には僅かですが隙ができるはずです。その隙に敵マスターを捕獲します」
殺す、ではなく捕獲というあたりやっぱりキャスターは優しい。俺としても無益な争いは避けたい。
「令呪を用いて一瞬で蘇生される可能性もありますが……そのあたりは臨機応変に対応するしかありませんね」
令呪、それはサーヴァントを縛る鎖であると同時に補助アイテムともなりうる。予想外のことが戦いで起こった時は俺の判断も重要となってくるだろう。
「アーチャーは真名が分からないのよね」
赤い外套を纏った男。
俺は奴とランサーの戦いを短時間しか見ていないが、それでも複数の能力を使用していた。
あの夜の戦いを思い出す。
「最初はアーチャーの名の通り、黒い弓を使用してたな。ランサーには一発も当たってなかったけど」
これはアーチャーの腕が悪い訳ではない、矢がランサーに近づくと不自然な軌道を描いて避けていた。何らかのスキルを使用していたのだろう。
そうして、追い詰められた奴は二振りの曲剣をどこからか取り出していた。
「アーチャーでありながら剣を使用していたのですか、それも二刀流で」
セイバーが怪訝な顔をする、そう言われるとおかしな奴だな。
しかも、その二刀すら弾かれた奴はさらに無数の剣をどこからか取り出していた。
「無数の剣というのは、それぞれ別のもの?剣はどうやって出現させていたかしら?」
「む、確か白と黒の同じデザインの剣を複数使ってたな。いつの間にか手の中に握ってる感じで」
俺の返答にキャスターが考え込む。
サーヴァントは武器を霊体化することができるはずだが、何かひっかかることでもあったのだろうか。
「いえ……まさかね、セイバーはアーチャーの真名に心当たりはないかしら」
「さあ、『赤い外套』『黒い弓』『白と黒の剣』『無数の剣』ですか……心当たりがありませんね」
かなり特徴的だがキャスターもセイバーも正体が分からないらしい、きっと誰も知らないようなマイナーな英雄なのだろう。
「真名が分からずともアーチャーなら問題ないでしょう。
私の直感とキャスターの魔術があれば遠距離攻撃も防げるはずです」
宝具が分からないのは不安だが、力押しで何とかなるだろう。
「あとはランサーか……」
青い男。
朱色の槍で俺を串刺しにし、キャスターのマスターを殺した男でもある。
「ランサーの真名はおそらくクーフーリン、その宝具は必殺と必中の概念を持つという魔槍『ゲイボルグ』でしょう。撃たれれば対処は不可能と言っていい」
ケルト神話に登場するクランの猛犬。
クーフーリンはルーン魔術を扱い、獣のごとき獰猛さで死の槍を放ったという。確かにあの青い槍兵と特徴が一致している。
「キャスターの魔術で、死の呪いとやらはどうにかできないのか?」
「無理でしょうね、宝具の奇跡は宝具でしか返せない。私の魔術では神秘が足りない。あるいは治癒型の宝具でもあれば話は別ですけど」
当然、そんな都合のいいものはない。
となると槍に当たらないようにするしかないか。
「魔力障壁とかで防げないか?」
「そんな強力な障壁が張れていればバーサーカーの攻撃は喰らっていません」
「テレポートで逃げるとか?」
「一度狙われれば、どこまでも槍は追いかけてきます。必中の概念とはそういうことです」
なかなかに難しいな。今のところは初戦でやったように宝具を撃たせる隙を作らせぬよう、ひたすら攻撃するしか策はないようだ。
もちろん簡単なことではない。
あの時の奴は様子見半分といった感じだったがそれでも垣間見える槍術は一流のものだった。
それは天賦の才と数多の戦闘の果てに得たものなのだろう。
そんな奴にこんな作戦で上手くいくか……
「一つ、確実な手段もありますが――いえ、これは最後の手段ですね。2人ともよりは1人のほうが良いという話に過ぎない」
何かを言いかけて、セイバーが口をつぐむ。
「まあ、そう悩むことはないでしょう。確かにランサーの槍術とルーン魔術は一流のものだ。ですが私の剣術とキャスターの魔術はそれを超えていると自負しています」
そういって胸を叩くセイバー、キャスターも魔術戦ならば誰にも負けないというように不敵にほほ笑む。
そうだな……弱気になっていては勝てるものも勝てなくなる。
姿を見せない残り2騎のサーヴァントも気になるが、こちらには剣のサーヴァントと杖のサーヴァントがいるのだ、強気で行くとしよう。