夜の道を1人歩く、向かう場所は教会だ。
教会への道は知らなかったがなんとなくで着いた。まあ、地元だし土地勘があるからな。
「ふむ、衛宮士郎……か、凛から話は聞いている。私としては10年前の決着をつけたかったのだが……仕方あるまい」
教会に入ると、そうそうに神父から訳のわからないことを言われた。
10年前?決着?なんの話だ?
「お前には……いや、今のお前には知る必要のないことだ。何にせよここは教会で、私は神父だ。教会は何人をも受け入れるし、私も職務をまっとうしよう」
どこか投げやりな様子で神父が語る。
「えっと……ここにしばらく泊めさせてもらいたいんですけど……」
「言っただろう、ここは教会だ。迷えるものを保護する義務がある。部屋は奥のモノを使え」
神父が告げるが俺と目を合わせようとはしない。
まるで俺なんかに興味はないというようだ。
◇
用意された部屋に入る、質素な部屋だ。
ベットにゴロンと横になる、時計の針はすでに11時を指していた、窓から見れば街は夜の闇に包まれている。
月の光は雨雲に遮られ、雨の音だけが響いていた。
「雨……か」
ザーザーと降る雨粒を見て、心が洗われるような気分になる。
いや、洗われると言うより、押し流されるような感じか。
ナニカ、大事なことが消えて行くような、流れて行くような感覚。
……何かしなければならないことがあった気がする。
何かは思い出せない。
ただ、こんなことをしている場合ではないという焦りがあった。
「何か迷っているようだな、衛宮士郎」
気がつくとあの神父がいた、ノックぐらいしろよ。
「……いや、ただ何か忘れているような気がしただけだ。どこかに、誰かのもとへ行かなければならないような……」
その言葉に神父がわずかに目を見開く、興味深いとでも言うように。
「ほう……なるほど、暗示のかけ方が甘い。いや意図的なものか……ふむ、衛宮士郎よ。何か忘れていると言ったが恐らくそれは思い出せまい。こう考えてはどうだ?今、自分が何をしたいのか、何をしなければならないのかと」
「俺が何をしたいのか、何をしなければならないのか…」
神父の言葉をそのままつぶやく。
俺が今、しなければならないことは――
「見回り……」
そうだ、街では通り魔が出て危険らしい。
誰かが危険な目にあうかもしれないのなら放って置くわけにはいかない。
そう決心してドアノブに手を触れた時――
―ソトハキケンダ―
俺の中でナニカが叫ぶ。
―ソトハキケンダ―
全身の細胞が進むことを拒絶する、脳が戻れと悲鳴をあげる、外は危険だ
ダカラ、ソトニデルナ
―ソトハキケンダ―
そもそも、俺が見回りしたところで意味があるのか。
通り魔に会える確率は低いし、捕まえようとしても返り討ちだろう
ダカラ、ココニイルベキダ
―ソトハキケンダ―
苦しい目にあう必要はない、痛い目にあう必要はない。ここにいればそんな目には合わずにすむ
ダカラ、ウゴクナ
―ソトハキケンダ―
誰かのもとへ行かないといけない気がする?
そんなのはきっと気のせいだ。忘れてしまったのならその程度のことだったということ
ダカラ、タタカウナ
―ソトハキケンダ―
×××××との日々も、雨の日の出会いも全て忘れて、安全な日常を過ごせばいい
ダカラ、ワスレロ
―ソトハキケンダ―
―ソトハキケンダ―
―ソトハキケンダ―
ソトハキケンダソトハキケンキケンダキケンダ
キケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケキケキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケンキケキケンキケンキケン
「じゃあ、いって来るか」
俺は勢いよくドアを開けた。
危険だなんてことは分かりきっている。
そもそも危険じゃなかったら見回りなんてする必要がない、当たり前のことじゃないか。
それに、俺にとっては自分が危険に晒されるより誰かが傷つくことの方が耐えられない。
それは衛宮士郎の前提条件だ。
「神父さん、悪いんだけどやっぱり教会には泊まらないよ」
冷静に考えると、何故俺は教会にきたのだろうか。
さっきまでの俺はどうかしてたような気がする。
「……ほう、形式上、一応聞いておこう。衛宮士郎、お前は教会から出るのだな?再び戦火へとその身を投じるのだな?」
重い神父の声が響く。
戦火って、この神父はいちいち言うことが大げさだ。だが……答えは決まっている。
「ああ、誰かが危険に晒されているかもしれないんだ。行かない理由なんてないさ」
◇
「フッ……記憶は消せても意志までは消せないか」
教会の長椅子に一人腰掛けて、言峰綺礼は呟く。
凛からキャスターによって記憶を奪われた衛宮士郎の保護を聞かされた時は僅かな失望すら感じたが、それは杞憂だったらしい。
衛宮士郎は外に出るなという暗示を打ち破り、行くあてもないというのに傘も持たず飛びたして行った。
「随分と楽しそうではないか、綺礼よ」
虚空から男が現れる、金の髪と紅い瞳を持った男。
英雄王ギルガメッシュだ。
「だが、良いのか?あの雑種は聖杯を浄化する可能性がある。そうなれば、貴様の願いは潰える」
「それならそれで……構わんさ。奴の意思がアレに打ち勝ったと言うだけのことだ」
自ら手を出すつもりはないと言うように両手をあげて、純粋な喜色によって顔を歪ませる。
だが、何かを思い出したように宙を見上げると今度は愉悦による嗤いを浮かべる。
「ああ、だが……ランサーにキャスターたちの始末を命じたのは早計だったな」