雨が降り、太陽もまだ出ていない薄暗い街路で、3人の英雄が対峙していた。
「そらそら、どうした。防御だけじゃ俺には勝てないぜ」
槍を振り、雄たけびを上げるランサー。
その攻撃をなんとか受けるセイバー。
そしてその後ろで思案するキャスター。
まだ、陣地や使い魔の整備が整っていない。今まで音沙汰もなかったランサーがこの状況で襲って来るとは。
歯噛みしつつもキャスターが杖を構える。
「6人全員と戦い終わったからな。今回は正真正銘、全力で殺しあえるぜ」
ランサーはそういって獰猛な笑みを浮かべる、雨に濡れたその顔は飢えた野獣のようであった。
「あら、6人全員ということはライダーやアサシンとも戦ったのかしら?」
「ああ、といってもライダーはなんかマトモじゃなかったし、すぐに切り上げたけどな。それと……7人目はアサシンじゃなかったぜ」
アサシンではない、ということはエクストラクラスか。
「多分、あんたが7人目を見たら驚くぜ。もっとも――俺に勝たないとそれもかなわないけどな」
無駄話は終わりだというように再び殺気が放たれる。
やるしかないか――
「セイバー、作戦通りに行くわよ」
「了解です」
セイバーが疾風のごとき速さでランサーに切りかかり、
その衝撃で雨粒がはじけ飛ぶ。
キャスターとセイバーはランサーに対して2つの策を考えていた。
1つ目は宝具を使わせる暇もないほどにひたすら攻撃するという陳腐なもの。
2つ目はセイバーの立案によるものだが――これは宝具を使われてしまったときの最終手段だ。
今はただひたすら攻撃に専念する。
「ハッ―――いいぜ、俺好みの戦いだ」
セイバーの剣を前にしてなお、ランサーはその笑みを絶やさない。
むしろ好敵手を前にイキイキしているぐらいだ。
「Atlas」
重力の楔で相手を束縛する、僅かでもセイバーのサポートを。
「チッ――しゃらくせぇ」
面倒だというようにランサーが槍の穂先で文字を描く。ルーン魔術、それもあの効果は――
「アルジズ、保護の効果を持つするルーンだ。テメエの魔術はもう、通じないぜ」
もともと高ランクの対魔力を有するランサー、さらに防御魔術を使われては私の魔術は何の効果も発揮しないだろう。
「まずはセイバーからだ、お前はそこで震えて待ってな」
ランサーが切り捨てるように言葉を放つ。
確かに、魔術が通じない以上、私に打てる手はない。
ルールブレイカー片手に突っ込んだところで返り討ちだろう、ここでおとなしく見る他にない。
「ハッ――」
その間にもセイバーは剣を振るう、ランサーは笑みを浮かべ余裕そうだ。
やはり正規のマスターでなく私がマスターとなっているせいでセイバー本来の力が出ていないのか。
「グッ……」
ランサーのカウンターを受けてセイバーがよろめく。
だが、その目の強い光は未だ消えていなかった。
いつかの坊やの姿を思い出す、セイバー召喚の日、ランサーにボロボロにされても諦めなかった彼の姿。
私にも何か、何かできることは――
「Yupiteru」
強化魔術を使用する。
対魔力に弾かれることもなく、雨風の中で紫の光がぼんやりとセイバーを包み込む。
「ナイスアシストです、キャスター」
勢いを取り戻したセイバーが再び攻撃する。
いつかの剣術特訓は無駄ではなかったようだ。
あれのおかげで彼女は私を信用してくれた、私も諦めずに考え抜く勇気が付いた。
坊やと暮らした日々も決して無駄ではなかったらしい。
「ハアッ――――」
セイバーの重い一撃が、ランサーの肩から腰にかけて深い切り込みを入れる。
これならば――
「ちっ、面倒だな。やはりキャスターからやるか」
だが、それだけの攻撃を受けてなお、ランサーの戦意は揺るがない。
雨によって血で地面を濡らしながらもセイバーから飛びのき、戦闘を続行しようと私に矛先を向ける。
「なっ、手ごたえは確かにあったはず」
予想外のタフさにセイバーが驚愕の声を上げ、私のフォローに回ろうとするがもはや間に合わない。
「これで終いだ」
渾身の力で打ち出された赤い槍は、魔力障壁をあっさりと破り私に迫る。
ギュと目をつむり、殺される痛みに耐える。
だが、予想した衝撃はいつまでたっても襲ってこない。
「キャスターに……手を出すなあああ!」
おそるおそる目を開けて飛び込んできたのは、果敢にランサーに立ち向かうシロウの姿であった。
◇
「キャスターに……手を出すなあああ!」
キャスターの姿を見た瞬間、全ての記憶が蘇えってきた。
拳を強化しランサーに殴りかかる。
「おっ、ホントに来たのか。甘めとはいえキャスターに暗示をかけられていたはずなのによ」
血だらけのランサー、だが俺の攻撃など問題ではないというようにヒョイとよける。
「さすがに、この傷じゃ長くは動けそうにないな。決着と行こうぜ」
魔力が槍へと込められる、真名を開放し決着をつけるつもりだろう。
「シロウ―――後のことは任せます」
セイバーが覚悟を決めたように耳元で呟くと、大きく跳躍してランサーへと切りかかる。見れば剣から魔力を放つことでロケットのような推進力を得ている。
でも駄目だ、この距離ならランサーのほうが早い。
『突き穿つ死翔の槍』
放たれた朱色の槍がセイバーへと牙をむく。
因果すらを捻じ曲げ対象に死をもたらす宝具、防ぐこともよけることもかなわない。
その穂先がセイバー目がけて軌道を描き―――
『令呪をもって命ずる、セイバー、遠くへ転移なさい』
あらぬ方向へと飛んで行った。
必中の概念を秘めたこの宝具、一度放たれればどこまでも対象を追跡する。
それが例え、使い手が不利になろうとも――
「ハアアアアッ」
セイバーの作ってくれた一瞬のスキを無駄にはできない、渾身の力でランサーの体に強化した手刀を切り込む。
すでに負傷し魔力も使い果たし、そして自慢の槍を失った奴は抵抗することもなかった。
貫いた右手に魂核を破壊した感覚が伝わる。
それと同時に、コンっと音がして血に濡れた槍がランサーの真横に突き刺さった。
「キャスター、セイバーは!」
俺の問いにキャスターが二画となった令呪を見つめながら悲しげに首を振る。
くそっ、俺がもっと早くここに来ていれば、結果は違ったかもしれないのに……
「おい、そんな辛気臭え顔してんじゃねえよ、セイバーは敵を倒して主を守ったんだぞ。そこは褒め称えてやるところだろう」
ランサーがうめく、こいつ……まだ生きているのか!
「そんな警戒すんなって、さすがにもう動けねえよ。それよりセイバーに言うことがあんだろ」
セイバーの姿を思い返す、凛々しく美しい剣の英雄を。
結局、彼女の願いを叶えてやることはできなかった、
だが最後にセイバーは後のことを任せると俺に告げた。
それはランサーのことだけでなく聖杯戦争そのもののことだろう。
だとしたら落ち込んでいる場合ではないはずだ。
「……ありがとう、セイバー」
感謝の言葉を口にする、もちろんセイバーに聞こえるわけではない。
だが、紡がれた言葉は風にのって流れていく。
釣られて空を見ればすでに雨は上がり、朝の陽ざしが街を照らしていた。
「セイバーもまぁ、満足してると思うぜ。俺も今回の戦争は満足だ。強い奴と戦えたし……面白いものも見れたしな」
そういってランサーが俺とキャスターを見比べる、多分お前が思っていような関係ではないぞ。
「最後に1つ聞かせて頂戴、あなたが戦ったという7人目のサーヴァントはどんな奴だったの?」
光の粒子となって消えゆくランサーに、キャスターが問いかける。
「言っただろう面白いものを見たって、まぁいずれ会うことになるだろうよ。それよりも……ライダーに気を付けた方が良いぜ、あれこそ真の『復讐者』になりかけてるからよ」
そんな忠告めいた言葉を残して、ランサーは消滅してしまった。最後まで自由な奴だ。
ふうっと一息つく。
セイバーとランサーが消滅し、気になることも増えた。
ライダーのことだって解決したわけじゃない。
だが、今はとりあえず――
「家に帰ろうかキャスター」