「あ?――ここは?」
気づけば俺は自分の家にいた。
いつも使っている土蔵、なぜこんなところに?キャスターが転移させたのか?
「そうだ、キャスター、キャスターは無事なのか?」
周りを見渡すがキャスターの姿は見当たらない、イリヤやバーサーカーもいない。
俺一人だけを転移させたのか。
「くそっ、すぐに大聖杯のところに――」
そこで違和感に気づいた。
辺りにはハリボテのガラクタ、投影魔術の失敗作が床にバラバラと転がっている。土蔵はキャスターに怒られてキレイに片付けたはずだ、こんなに散らかっているはずがない。
「……まずは、現状を確認した方が良さそうだな」
改めて自身の姿を確認する。
まず手に握っているのは『黄金羊の皮』
キャスターが俺にずっと持っていて欲しいと渡したもの、意識が飛んでもシッカリと握りしめていたようだ。
次に服装。
いつも俺が着ている青と白のTシャツだ。
しかし、あの戦闘で血に塗れ、ズタボロに破れたはずだが元通りキレイになっている。
最後に令呪だ。
俺の左手、残り一画残っていたはずの令呪は消えてしまっていた。
サーヴァントを従えるために聖杯より与えられし令呪、仮にキャスターが倒されたとしてもそれが消えるわけではない。だというのに令呪が消えている。
単純な転移ではないのか、何が起こっているんだ?
「とりあえず、今がいつか確認しよう」
時計を見る、記載された日時は2月2日の23時43分。もはや疑いようがない。
「これは……タイムリープってやつなのか」
状況を整理する。
2月13日の夜、俺たちは聖杯からアンリマユを取り除くため円臓山に向かった。
そこでマキリ・ゾォルケンとライダーとの戦闘になった。
存在を変換することでライダーはゴルゴーンへと姿を変え、俺たちは負けそうになった。
その時キャスターが呪文を唱え、目を開けたらここにいたのだった。
「キャスターのあの詠唱……サーヴァント召喚のやつだよな」
知らない文言が付け加えられていたり、「抑止の輪より来たれ」が「抑止の輪を廻れ」に変わっていたりしたが、あれは紛れもなくサーヴァント召喚の詠唱だった。
考えられるのは俺をサーヴァントとして召喚させることで時間を跳躍させたのだろう。ゴルゴーンを倒すために。
俺が目覚めた場所を見る。
キャスターと共に描いた魔術陣、セイバーの召喚には使われず無駄になったと思っていたが、こんな使われ方をすることになるとは……
「ムッ……待てよ、この時間の俺は何しているんだ?」
これがタイムリープだというなら、この時間の俺は別に存在しているはずだ。
キャスターやセイバーと共にいるこの世界の俺が。
家はもぬけの殻で土蔵にはモノが散乱している、多分ランサーとの戦闘の痕だろう。
確かランサーを撃退した後、セイバーが発見した別のサーヴァントを追うことになったはずだ。
脳をフル回転させて、あの日の夜を思い出す。
そう、セイバーがアーチャーに切りかかりそれをキャスターが諫めたのだった。
そして、とりあえず話し合うために俺の家に行こうという流れになったはず。
チラリと時計を見る。
遠坂と話し合いを始めたときは日付が変わっていた、まだ時間はあるはずだ。
「えっと……これって……会うのは、マズイ、よな」
もし、この時間のキャスターに一連のことを説明すれば容易く解決することはできるのだろう。
今から大聖杯の下へ向かえば邪魔する者はいない、ライダーは多くの人を殺しキャスターが集めた魔力を奪うことでゴルゴーンになったのだ。この時間ではそれはできていない筈だ。
だが、それで解決して本当に解決になっているのかという問題がある。
当然ながら、俺は未来からサーヴァントとして召喚された自分になんか会っちゃいない、
ここで解決したとして、元の世界のキャスターは、俺と16日の時間を過ごしたキャスターはどうなってしまうというのだろうか。
「……とりあえず、ここからいったん離れよう」
俺がいた痕跡を残さないように注意して家を出る。
召喚の魔術陣が起動しているのを気づかれないかは不安だが、セイバーの召喚とランサーとの戦闘によってこの家の魔力はかなり乱れている。注視しなければ気づかれることは無いだろう。
◇
「さて……何をすればいいのか、いや、何をしてはいけないのか……か」
公園のベンチに座り思考をめぐらす、冬の夜風がビュウビュウと吹き付ける。
夜中なので誰かに見つかる心配はないが、朝になれば人通りも増える。知り合いに見つかれば面倒なことになるかもしれない、それまでに考えをまとめなくては……
「くそっ……どうすりゃいいんだ」
とはいえ、どうすれば良いのかさっぱり分からない。
下手に動くのはまずいと思うが、時間跳躍に関する知識なんてないのだ。こんなことならもっとSF映画でも見て勉強しておくべきだった。
「ダメだ、ダメだ。弱気になっちゃ」
キャスターは俺がゴルゴーンを倒す手段を見つけると思って、この時間に送り出してくれたのだろう。
もし、ここで諦めればその思いを無駄にしてキャスターを見捨てることになる。
そんなことは許容できるはずがない。
金羊の皮を握りしめ、キャスターのことを思い返す。
必ず、助け出してみせるからな。
「ん……そうだ、もしかして……」
1つの考えが浮かび、それを実行に移す。
その辺に落ちていた木の枝を拾い、地面にガリガリと描いていく。
かつてキャスターと一緒に描いた召喚の魔術陣だ。
キャスターと過ごした日々を、その中で聞いた言葉を思い出す。
『この金羊の皮を使えばコレと縁のある者を召喚できる』
キャスターはそう言っていた。
ならば、この金羊の皮と縁があるものとはいったい誰の事だろうか。
キャスターの弟であるアプシュルトス?
毛皮を守護していたドラゴン?
確かにそれらとも縁はあるがそうではない、答えはキャスター自身が言っていたじゃないか。
『この金羊の皮は私を召喚するための触媒となったものです』
そう、キャスターの宝具に縁のある者なんて、その所有者である「魔女メディア」の他に居ない。
キャスターから教わった魔術陣を思い出しながら必死に描く。
この毛皮を使えば、キャスターを召喚できる可能性は高い。
同一存在を召喚できるのか、既に7人のサーヴァントが召喚されているのではないかという疑問もあるが、俺というイレギュラーが存在しているのだ。
やってみる価値はある。
「よし、できた」
キャスターの描いた魔術陣に比べれば不格好だが、なんとか描き終える。
「じゃあ……いくぞ」
本当に成功するのかと不安になる心を押し殺す。
召喚においては、呼ぼうとする意志が何よりも重要となる。
信じるんだ、俺とキャスターの絆を。
正式な契約を結んだあの日、令呪まで使って約束した。
『キャスター、この聖杯戦争が終わるまで俺と共にいてくれ』と、その約束を俺の方から破るわけにはいかない。
金羊の皮を魔方陣の中央に置き、深呼吸を一つついて、詠唱を開始する。
「閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。繰り返すつどに五度。
ただ、満たされる刻を破却する
――――告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。
聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ。
誓いを此処に。
我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。
汝三大の言霊を纏う七天、
抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!頼む、来てくれ、キャスターーー!」
気合を入れすぎて、最後に余計なことまで叫んでしまった。
そのせいか反応が無い、詠唱として認められなかったか。
「くそっ、やっぱりダメなのか」
落胆しつつ金羊の皮を手に取ったとき、ソレは起こった。
蒼色の風が吹き、光の粒子が人の形を成していく。
セイバーを召喚した時にも風が吹いていたがあの時とは少し異なる。
あれは穏やかな草原を撫でる風といった感じだったが、こちらは船上の旅人を癒す潮風といった感じだ。
風がやむと、魔方陣の上には1人の『少女』がニッコリと笑って立っていた。
「問いましょう、あなたが私のマスターなのですか?」