「それでは今夜は宝具の強化を行ってもらう」
一昨日は強化による『存在の昇華』を、昨夜は『宝具の投影』を学んだ。今夜はその2つを使った『投影した宝具の強化』を練習する。
「というか……そもそも、宝具の強化って難しいんじゃないのか?」
キャスターにセイバーに強化を掛けないのかと聞いたとき、それは素人が名画に落書きをするようなものだと教えられた。
元々の存在としての価値が高いモノに手を加えたところで価値を下げかねない、それはサーヴァントだけでなく宝具の強化でも同じことのはずだ。
「無論、普通は無理だ。だがお前はすでに宝具の投影までできているのだ。自分を信じて剣と向き合えばいい」
確かにキャスターの例えた素人が名画に落書きするのとはわけが違う。
模倣とは言え俺は一から宝具を創りあげることもできるのだ、宝具の強化だってきっとできるだろう。
「それじゃ、やってみるぞ」
眼を瞑りイメージするのは黒と白の夫婦剣。
アーチャーが愛用していた刀で『干将莫邪』という銘らしい。
「投影――開始」
構造を材質を存在を寸分違わず模倣して、再現する。手の上にずしりとした感覚。
目を開けた時にそこには『干将莫邪』が存在していた。
「ふむ……投影まで2秒ほどか、それに中身のないハリボテだ。やはり錬度不足は如何ともしがたいな。強度は強化魔術で補うとして……投影時間はすぐに解決できる問題でもないか」
アーチャーが一瞬で投影魔術を行使するのに対し俺は2秒近くかかる。これは投影魔術を使ってきた回数と経験の差だろう。この差は一日二日で埋まるものでは無い。
だが、仮想敵であるゴルゴーンを倒す際には前準備をする時間もあるのでそこまで大きな問題にはならないだろう。
「強化――開始」
『干将莫邪』に強化魔術を使用する。ただの強化ではなく存在の昇華。
『干将莫邪』の存在意義、その本質は「惹き合う」ことだ。
切っ先が鋭くとがった形に変化した干将莫邪、二振りの刀を重ねれば一翼の羽のようにも巨大な鋏のようにも見えた。
「強化魔術は問題ないようだな。『干将莫邪』の互いに『惹き合う』という性質が剣として強化され『挟み裂く』という形に昇華されている。これからも強化魔術を使用する際には宝具の存在意義を意識することを怠るな」
アーチャーから合格の言葉をなんとか貰う、奴に見せてもらった宝具を強化していけばゴルゴーンに打ち勝てるような策も見つかるかもしれない。
◇
アーチャーに見せた貰った宝具を投影しては片っ端から強化していく。
英雄フェルグスが使用して丘を3つ切り裂いたという『螺旋剣』を強化すれば『地形破壊』から『空間破壊』の能力へと昇華される。
英雄ベオウルフが使用したという魔剣『赤原猟犬』を強化すれば、敵を求め戦い続ける『闘争本能』がどこまでも敵を追う『対象追捕』能力へと昇華される。
他にも『治癒阻害』の宝具は『再生不可』に『火炎放出』は『業火付与』といった具合に強化される。
「こんなところか、だいぶコツが掴めてきたな」
投影にはまだ時間がかかるが、強化はノータイムで使用できるようになってきた。
だがゴルゴーンを倒すにはまだ火力が心もとない。
セイバーの宝具を投影して強化できればいいのだが今の俺にはそこまでの投影技術がないのだ。
「シロウさま、少しお休みになってはいかがですか?すでに数時間も鍛錬をなされていますよ」
気が付けば部屋の隅にリリィが座っていて、こちらのことをジッと見つめていた。いつの間に……
時計を見ればリリィの言う通りかなりの時間が経過していた。根を詰めすぎてもよくないし少し休むか。
「宝具の強化を使いこなせるようになってきたようですね」
「まぁ、こんだけやればな」
俺の周りには強化に失敗して砕け散った宝具が散乱している。
アーチャーは宝具の強化は通常の魔術師ではできないと言っていたが、普通は試そうとすら思わないのだろう。投影魔術で宝具を使い潰せる俺だからこそ、こんな贅沢な特訓ができている。
「ただ、ゴルゴーンを倒すにはまだ足りない気がしてな。何か良い作戦はないか?」
「うーん、対怪物宝具でも使えば良いのではないでしょうか、一撃で倒せるかは微妙なところですが」
いまいち良い案が思い浮かばないな。不意打ちの一撃でゴルゴーンを倒せるのが理想的なのだが。
「ん、そういえばキャスターの『破壊すべき全ての符』を使えば良いんじゃないか?」
対象を初期化するこの宝具。
マスターとの契約を断たれればサーヴァントは大幅に弱体化する。上手くいけばゴルゴーンからライダーの状態へと戻せるかもしれない。
「どうでしょうか、マキリ・ゾォルケンは自らの肉体と魂をゴルゴーンに喰わせていましたからね。あそこまで深いつながりでは『破壊すべき全ての符』も効かない可能性が高いでしょう。存在が完全に変質してしまっているのでライダーに戻すことも無理ですね。聖杯を守れという令呪は無効化できると思いますが」
さすがにそう簡単にはいかないか、令呪が無効化されたからと言って大聖杯のところまでやすやすと通してくれるとも思えない。
ゾォルケンが自らを喰わせた時は何事かと思ったがキャスターの宝具を警戒してのことだったのか。
「申し訳ありません、私の宝具ではお役に立てず」
「いや、それなら『破壊すべき全ての符』に俺の強化魔術を使ってみたらどうかな?何か効果があるかも」
その言葉にリリィがしばし考え込むが、すぐにシュンとした顔になる。
「いえ、大した効果は得られないでしょうね。私の宝具は契約を破壊することしかできないような下らないモノです。『裏切りの短剣』そんなものをわざわざ使う必要もないでしょう、アーチャーさまが所持していた宝具にはもっと素晴らしいモノがありましたし、そちらを使用したほうがよろしいかと」
僅かに卑下するような色を含ませながらリリィが語る。
かつてキャスターは『破壊すべきは全ての符』を「裏切りの魔女」である自身の人生が具現化した宝具だと説明していた。
そして今、リリィは「裏切りの短剣」だと称した。
だが本当にそうなのだろうか?
『破壊すべき全ての符』の存在意義は、メディアの人生の本質は「裏切り」なんてものなのだろうか?