「あの結界……あれが『他者封印・鮮血神殿』か」
展開された結界をアーチャーが見上げる。
これこそがライダーの宝具、中に入ったものを溶かし喰らう魔の神殿。
というか何故アーチャーはライダーの宝具名まで知っているのだろうか、本当に謎の男だ。
「もう一度確認します、まず結界内でしばらくすればシロウさまとライダーさんが交戦が開始。キュベレイの瞳によって石化させられそうになった後にアーチャーさまが助っ人に入るという流れでよろしいですね」
この世界と俺のもと居た世界がパラレルワールドにならないためにはこの時間の衛宮士郎が俺と同じ体験をしなくてはならない。俺の記憶と矛盾が発生しないようにリリィとアーチャーと事前に打ち合わせをする。
「きたぞ、この時間の衛宮士郎だ」
建物の影からこっそりと見やれば結界に魔力を吸われながらもフラフラと歩く俺の姿があった。
「しかし……まさか自分自身を見ることになるとは妙な気分だな……」
何気なく発したその言葉、しかしアーチャーは複雑そうな顔をし、リリィはそんなアーチャーを見て何がおかしいのかクスクスと笑っている。変な事を言っただろうか?
「ふん……とにかく、この時間の衛宮士郎やライダーには気づかれないようにしろ、もし気づかれれば、その瞬間にこの世界とお前の世界は乖離しキャスターを助けることもできなくなるのだからな」
アーチャーの言葉に気合を入れなおす、リリィの魔術で誤魔化しているとはいえ近くにはセイバーやマキリの使い魔もいる、警戒するに越したことは無い。
「というか……それなら俺はこない方がよかったんじゃないか?」
ライダーと戦闘しなければならないアーチャーと魔術で隠ぺいができるリリィはともかく、俺は家で待っていた方がばれる危険性が少なかったのではなかろうか。実際、イリヤと遠坂は家で待機している。
「いえ、きっとアーチャーさまの戦いぶりはシロウさまのためになるはずです」
リリィの言葉を聞きながらこの時間の俺がライダーに吹き飛ばされるのを見る。
あの時はライダーの豹変ぶりに驚いたがゴルゴーンへと存在が近づいていたからなのだろう、だとすればライダーの本来の性格はあの物静かな感じのほうなのかもしれない。
『アッ……アアッ』
この時間の俺がうめき声を上げる、強化魔術に失敗し自らの体を鉄へと変えてしまったのだ。呼吸もできずに醜く地面を這いずり回る。今の俺ならそんな失敗はしないのに……未熟な自分を見るというのは歯がゆいものだ。
「そんな顔をするな、未熟な期間があったからこそ現在のお前がある、むしろ自らの成長具合を、自らが歩んできた道を誇れ」
しょげる俺にアーチャーが呟く、意外だな……コイツがこんなことを言うなんて。
『――我が魔眼に囚われるがいい』
ライダーの魔眼が黄金に怪しく輝き、この時間の俺が石と鉄のオブジェへと変わっていく、それを確認しながらアーチャーが一歩前にでる。
「いいか、衛宮士郎。これから私の戦いをよく見ておけ、私を目指し……私のようにはなるな。お前はお前だ。自分が歩んできた道をキャスターと出会ったお前の運命を信じろ」
赤い外套をはためかせながら背中越しに言葉が投げつけられる。
アーチャーを目指し、アーチャーのようにはなるな……か。
矛盾した言葉ではあるがその真意を図るためにも奴の一挙一動をつぶさに観察する。
「―――I am the bone of my sword」
紡がれる詠唱、それは世界ではなく自己に向けられたものだ。
「Steel is my body, and fire is my blood
I have created over a thousand blades」
アーチャーの存在に気づいたライダーが首を傾ける、バイザー越しの視線を受けながらもアーチャーは詠唱を止めない。
「Unknown to Death
Nor known to Life.」
大気中のマナが励起し、世界が侵食される。夜の底冷えした冷気が乾ききった荒漠とした空気へと塗り変わっていく。
「Have withstood pain to create many weapons.Yet, those hands will never hold anything」
詠唱を阻止しようとライダーが杭鎖を投擲する。音速で投げられたそれは蛇のように身をくねらせながらアーチャーの頭部を喰らおうとする。
「So as I pray, unlimited blade works.」
カキンと甲高い金属音。
いつのまにかアーチャーの両手に握られた剣、それが杭鎖を弾いたのだ。
「これがアーチャーさまの宝具……固有結界、心象風景の具現、『彼』が道のりの果てに得た答え……ですか」
展開されたアーチャーの宝具、これこそが奴の尊き幻想。
無数の歯車と無限の剣がそびえたつ荒涼とした灰色の世界。
そんな風景を、なぜかリリィは心苦しそうな表情で見つめる。
だが俺はそんなリリィの表情よりもアーチャーが持つ剣に目が引き寄せられていた。
俺は瞬きもせずにアーチャーのことを見ていたはずなのに、あの剣はいつの間にか握られていた。
まるで初めからそこに存在していたとでもいうように。
「何だ?何をしたキサマッ」
ライダーが再び杭鎖を投げつける。
アーチャーは剣を振ることでそれを捌き、その勢いのままに二振りの剣を投げ返す。
「ッ………」
ライダーは剣を投げつけるという予想外の行為に驚愕をにじませ、よろけながらも蛇のように体をくねらせて白黒の剣をかわす。だが――
「ふっ、姿勢がくずれたな」
すでにアーチャーは二刀目を投げつけるモーションに入っていた。
虚空を握るアーチャーの手、しかし気がつけば剣が握られており腕が振り切られると同時に剣がライダーへと曲線を描く。
「クッ……厄介な」
必殺のタイミングで放たれた二刀目の投擲、ライダーは空中で無理やり姿勢を正し、人外の跳躍力で逃れる。剣はライダーの頬をかすめながらもあらぬ方向へと飛んでいく。
「…………」
2回の投擲を避けられながらもアーチャーの顔に焦りはない。むしろ不敵な笑みを浮かべてライダーへと近づく。その手には先ほどと同一の剣が握られている。
あの剣は……あの宝具は『惹き合う』性質を持った夫婦剣、その銘は『干将莫邪』
「鶴翼三連」
3つのバツの重ね合わせ、6本の剣に囲まれてはどれほど俊敏性が高かろうが避けることはできない、切っ先がライダーの白い肌を切り裂き鮮血が飛び散る。
「グッ……ウウウウッ」
苦悶の声を上げてライダーが地に伏せる、ここで倒してしまっては俺の知っている歴史と変わってしまうのではないかと心配になるが、それは杞憂らしい。
ザックリと切り裂かれたライダーの傷がみるみるうちに塞がっていく。ライダーに治癒に関する能力は無い……『他者封印・鮮血神殿』で集めた魔力で強引に体を再構築しているのか。
「おのれ、よくも……貴様は石くれにして欠片も残さず打ち砕いてくれよう」
ライダーがその魔眼に魔力をこめる。
マズイな、いくらアーチャーとは言えアレに睨みつけられては……
「なっ……アーチャー?それに貴様は……ライダーか?何故ここに」
そこに響く第三者の声、セイバーだ、戦闘に気が付いて駆けつけたのだろう。
剣を手にアーチャーとライダーを警戒するセイバー、その後ろにはこの時間のキャスターの姿もある。
「あれは……まさかシロウ、石化させられてしまったというの」
キャスターがこの時間の俺の惨状に気づいたようだ、ライダーの存在も無視して駆け寄る。
「嘘っ、息がない……いえ、落ち着いて心臓までは石化していない。まだ……まだ助かるわ。助けるためにまずは、まずは……ええっと……どうすれば」
石化した俺を前にキャスターはもともと白い顔をより蒼白にする。歯をカチカチとならし何をすればいいのかも分からぬほどに取り乱す姿からは普段の冷静さを感じられない。
「っ……『騎英の手綱』」
そんなキャスターを横目にライダーが宝具を使用する。
対魔力の高いセイバーには不利だと悟ったのだろう。ペガサスに跨り流星のような飛翔でこの場から離脱する。
セイバーはライダーを追うか僅かに逡巡するが、すぐに石化した俺に駆け寄る。
「キャスター、シロウの容体は?」
「ダメ……ダメなのよ、魔術を使ってるけど治癒できないの。私のせいだわ、私がシロウを聖杯戦争に巻き込んでしまったから……」
キャスターは顔をふせてポロポロと泣き出してしまった。そんなに責任感を抱いていたとは……こうしてコソコソと盗み見している身としては逆に申し訳なくなってくる。
「とりあえず、いつまでもここにいる訳にはいくまい。まずは君たちの工房に戻った方がいいのではないか」
アーチャーがキャスターたちに呼びかける。
あとはアイツに任しておいても大丈夫だろう。
「シロウさま、私たちもそろそろ帰りましょう」
リリィと共にこの場を離れる、歩きながら今しがた見た一連のことを思い出していた。
ライダーの豹変ぶり、俺の危機に涙すら流したキャスター、そして……アーチャーが見せた灰色の世界を。