「―――投影開始」
右手に現れた『破壊すべき全ての符』を見つめる、稲妻型に折れ曲がった奇妙な短剣。
魔女メディアの人生が具現化された宝具、『裏切りの短剣』、そうリリィは呼んでいた。
「どうしましたか、私の宝具を投影して?」
「いや、別に、なんとなく投影したくなってな」
「はぁ、そうですか、ですがそんな宝具よりは他の宝具を使用したほうが役に立つと思いますよ」
リリィが小首をかしげてこちらを覗く。
「あのな、リリィ、自分の宝具を『そんな』呼ばわりはしないほうが良いと思うぞ」
自身の象徴である宝具を必要以上に卑下するリリィをたしなめる。リリィからすれば好ましくないものなのは分かるが、それでは『破壊すべき全ての符』がかわいそうだ。
「リリィは『破壊すべき全ての符』を役に立たないと言っているけどそんなことはないんだぞ、少なくとも聖杯の正常化にはうってつけなわけだし」
汚染された黒い聖杯、それを無色に戻す必要があるが、2月13日に世界が確定するまでは下手に動くことはできない。ゴルゴーンと戦いながら浄化作業をすることになるだろう。
その時に一撃で魔術式を破棄できるこの宝具は役立つはずだ。
「全てを初期化してしまうので、聖杯には汚染部分を切り取ってから使わなくてはならないんですけどね」
自嘲するようにリリィが笑う。
「それに真正面からの実戦にはとても向いていないでしょう」
確かに刀身が短くいびつな形の『破壊すべき全ての符』はとても戦闘には耐えられないだろう、正直なところ切れ味も悪い。
「でも対サーヴァント戦においては強力な切り札になるんじゃないか?あの黄金のサーヴァントとかゴルゴーンに使えるかも」
黄金のサーヴァント・ギルガメッシュ。奴の動向は未だに分からないがいずれ交戦する可能性が高い。
マスターとの繋がりが切れればサーヴァントは大きく弱体化させることができる。『破壊すべき全ての符』がリーチが短く構造が脆いというのなら動きを止めてから刺してやればいい。
「さて、どうでしょうね。彼は受肉をしているのでマスターをもっていない可能性が高いでしょう」
奴は前回の聖杯戦争から受肉することで今まで生きてきたのだろう、『破壊すべき全ての符』は完結した魔術には効果がない、マスターがいないというなら使用しても意味はないだろう。
「ゴルゴーンの方は前に説明しましたが令呪の効果が切れるだけでしょうね」
マキリ・ゾォルケンは自らの肉体と魂を喰らわせてライダーと同化している。
完全にゴルゴーンへと存在を変えてしまった彼女を戻すことはできないだろう。
ゴルゴーン
俺達を圧倒した、俺が復讐するべき相手。
蛇のような髪と鋭利な爪、そして石化の魔眼を持った化物。
だが俺は、そんな彼女を憎み切れずにいた。
「思えばライダーもかわいそうだよな、無理矢理あんな化物にされて」
元の時間の2月8日の夜に俺は結界の中でライダーと少し話をした。命令で人を襲わされているとウンザリとしたように呟き、あれこそがライダーの本音なのかもしれない。
「彼女は理不尽な運命によって人生を狂わされた者ですからね」
本来は女神であったメドゥーサ、しかしその美貌が女神アテナの嫉妬をかい姉妹たちと共に形のない島に幽閉されることになる。
いずれ彼女は化物と蔑ずまれ、数多の英雄たちに狙われて、戦いのなかで血にまみれた彼女はそうして本当の化物になってしまったのだろう。
そして現世に呼び出されてもまた同じことを繰り返している。
「彼女はきっと私と同じく反英雄なのでしょうね、私が裏切りの魔女と呼ばれたように彼女は化物と恐れられた。かつて無垢でありながら大事なものを自らの手に掛けた、それはきっとアーチャーさまも……」
反英雄、悪をなして正義をなしたものや、かつて美しかったもの達のことだ。
メディアとライダーは分かるとしてアーチャーもそうなのか。まぁ、あいつは斜めに構えたような性格と疲れ切った目をしていたしテロリストもどきの行為でもしていたのかもしれない。
「しかし……そうなるとライダーになんか同情しちまうな。ゴルゴーンから戻す手段でもあればいいんだけど」
考え込む俺の瞳をキッとリリィが睨む。
「いいえ、シロウさま、同情なんてしてはいけません。どんな理由であれ彼女は人を殺した。それは決して許されない『悪』なのです」
珍しく厳しい口調で語るリリィ、それはライダーだけでなく自らへ向けたものであるのだろう。犯した罪は決して消えない、失われた命は決して戻らないのだと。
ただ、それでも俺は―――