ランサーが約束を守っていてくれれば今頃はこの時間の俺達と戦闘しているはずだ。
だが、それを確認することはできない。俺たちが現在いるのは街から離れた森の中だからだ。
『彼女』にあの時言えなかった言葉を伝える、そのためにここにいる。
「ッ……来ました」
リリィの声が響くと同時に目前で魔力の奔流が起きる。
そして現れたのは銀の鎧と黄金の剣を持った剣士、セイバーだ。
ランサーの宝具、『刺し穿つ死翔の槍』
一度放たれた呪いから逃れることは決してできない。あの時の俺たちにできるのはセイバーを転移させて隙を作ることだけだった。
だが今なら―――
セイバーを追って彼方より飛来する朱色の槍、音速を超えて迫るソレを強化した目で補足する。
「―――強化開始」
あらかじめ投影しておいたバーサーカーの巨剣、その硬度を極限まで引き上げる。
「ハッ―――アアアアッ」
轟音が響き、火花が飛び散る。槍の穂先はセイバーへと向けられ、障害物となる巨剣を貫通しようとする。
「クッソォォォォ」
剣をつかむ手から血がにじむ、ここでセイバーを助けても元の世界との矛盾は発生しない。俺のために命を懸けてくれたセイバーをなんとしてでも―――
「あっ…………」
先ほどまで巨剣を握っていた重たい感覚が消える。打ち砕かれた破片が飛び散り、障害物を失った槍はセイバーの胸に深々と突き刺さる。
「セイバー!」
役目を終えた槍が主のもとへ飛び戻る、その穂先を血で濡らしたままに。
「シ……ロウ?なぜ……ここに、私は……テン、イしたはず」
セイバーは真紅に染まった胸を無視して、俺に困惑の瞳を向ける。
それはそうか、俺達を守るために転移して囮になったのに守るべき張本人がそこにいたのだから。
「セイバー、これはだな……」
「いえ……説明しなくてもいい。シロウは私との約束を守ろうとしてくれているのですね」
そう微笑むセイバーの瞳はリリィのことを映していた。
高い直感を持つセイバーはそれだけで俺たちのことを把握したのかもしれない。
セイバーとの約束、彼女は転移する間際に『後のことを任せます』と囁やいていた。
ライダーの事、アンリマユのこと、聖杯戦争のこと、それらを解決するために俺はこうしてここにいる。
「セイバー、すまない。俺はセイバーを守ることができなかった……」
「ごめんなさい、セイバーさん。私は自分が生き残るために令呪を使ってあなたを囮にしました。あなたに聖杯を使わせると約束したのに……」
俺たちの謝罪をセイバーは黙って受け入れる。
「良かった……二人は和解できたのですね」
そして、そんな言葉を口にする。
「私が見たのは記憶を失ったシロウと落ち込んだキャスターが再会するところまででしたからね……えぇ、こうして2人が共にいるというのは喜ばしいことです」
霊核を砕かれたセイバーの体が光の粒子となって消えていく。
「私のことは気にしないでください。サーヴァントは主を守るもの、2人を守れたのなら私は本望です。それに……きっと、私の願いが叶わないというのならば……それは運命なのでしょう」
セイバーが空を見上げる、雨が上がった青い空を。
「ふふっ……しかしキャスターは随分と可愛らしい見た目になっていますね。貴女を見ていると私もかつての自分を思い出します。かつて、選定の剣を抜いた時の未熟な自分を」
セイバーが目を細める、昔のことを思い出しているのだろう。
純白の服と黄金の剣を持った少女のイメージが脳裏に走る。
白百合の騎士、半人前ながら理想の王を目指して希望に瞳を輝かせる少女の姿が。
「そろそろ、限界ですね……シロウ、キャスター、貴方たちに出会えてよかった」
「あぁ、俺もだ。ありがとう……セイバー」
セイバーが光の粒子となって消える。
しかし、その表情には笑みが宿っているように見えた。
「本当に……ありがとう、セイバー」
誇り高き剣士に礼を告げる。
白百合のような少女がどういう気持ちで選定の剣を抜き、どういう経緯で聖杯を求めるような末路を辿ったのかは分からない。
ただ、セイバーと出会えたことは俺にとって幸運だった、それだけは確かなことだ。