Fate/Rainy Moon   作:ふりかけ@木三中

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RE2月12日 夜 VSギルガメッシュ

「結界に反応……きたわね。シロウ……本当に一人で戦う気?あのギルガメッシュ相手に……」

 

 イリヤが不安げにこちらを見上げる。

 

「あぁ、イリヤたちはこの時間の俺とこの後も会うという『事実』があるからな。世界を分岐させないためにも万が一のことがあっちゃいけない」

 

 そう言ってもイリヤは不安そうな目をこちらに向ける。

 俺はただ黙ってイリヤの銀色の髪をなでた。

 

「衛宮君……私は今からこの時間の貴方と話をしに行くわけだけれど、何か伝えておいた方がいいことはあるかしら?」

 

 遠坂が髪をかき上げながら問いかけてくる。そうだな……

 

「俺が今まで歩んできた人生を、選んだ選択を、そしてその中で手に入れた強さを信じろ、この時間の俺にはそう伝えてくれ」

 

 それは、かつて遠坂から聞いた言葉。今の俺にも深く刻まれている言葉だ。

 

「分かったわ……衛宮君……負けないでね」

 

 遠坂はギルガメッシュと鉢合わせしないルートで外に出る。

 この時間の俺によろしく頼む。

 

「さて……俺もギルガメッシュのところに行くかな、リリィはここで待っていてくれ」

 

 その言葉にリリィはギュと服の裾を握る、力になれず口惜しい気持ちも分かるが連れていくわけにも行かない。

 

 

「ほう……一人でノコノコとやってくるとは、昨日は尻尾を巻いて逃げ出したというのに。他の雑種はどうした?見捨てられたか?」

 

 静かな森に奴の耳障りな言葉が響く。

 

「悪いけど、アンタといつまでも遊んでるわけにはいかないんだよ。こっちもスケジュールが詰まってるんでな」

「フンッ…………」

 

 ギルガメッシュは不機嫌そうに鼻を鳴らすと、頬についた擦り傷を指でなでる。

 昨夜のアーチャーの最期は強化した目で覗いていた、奴にとってあの傷は許されない汚点なのだろう、だからこそ俺を狙っている。

 

「開け、『王の財宝』」

 

 ギルガメッシュの背後の空間が歪み、無数の剣が現れる、その一つ一つが紛れもなく上位の神秘だ。

 

「―――投影開始」

 

 こちらも投影魔術で応戦する。アーチャーのそれには遠く及ばないが、構わない。

 

「下らんなぁ。ただの投影魔術では我には敵わん。ましてそんなハリボテではな」

 

 分かっている、そんなことはとっくに理解している。

 今の俺には宝具を、奇跡を瞬時に再現しきるほどの技量はない。

 経験が知識が魔力が足りていない。

 

「………………」

 

 投影し強化した宝具がことごとく打ち砕かれる。

 俺に当たることがないのは奴が遊んでいるからだろう。

 強化魔術を使用しているとはいえハリボテの宝具では奴に勝てない。

 

「そら、どうした?さっさとアレを使わんか。アーチャーと同じ末路を辿らせてやろう」

 ギルガメッシュは俺に『UBW』を使えと言っているのだろう。それを破ることで自身の財こそが至高だと証明するために。

 だが、残念ながらそれは敵わない。

 

 俺が『UBW』を使わないのではなく、使えないからだ。

 

 固有結界は使い手の心象を具現する魔術。

 あの灰色の世界はアーチャーが作り出したもの、奴が生の果てに得た答えだ。

 奴と俺がどれほど似ていようと俺はアーチャーではないし、アーチャーは俺ではない。

 

 では俺は今までの生で何を得た?

 それはギルガメッシュに対抗できるものか?

 

 セイバーが振るった黄金の輝き?  

 否、俺は理想を求む英雄などではない

 

 アーチャーのような灰色の世界?  

 否、俺は世界を守る歯車などではない

 

 アンリマユのごとく漆黒の悪意?  

 否、俺は人類を憎む怪物などではない

 

 俺が持つのは、俺が使えるのはたった一つだけ。

 

 

 『破壊すべき全ての符』

 

 

 右手に短剣が現れる。

 さっきまでのようなハリボテではない、稲妻型に歪に折れ曲がった剣。

 それは彼女の人生を表しているのだろう。

 

 俺はそれを完全に再現している。

 

「何をするかと思えば――キャスターの宝具とはな。よもや、そのくだらない剣で我を倒せるとは思ってはいまいな」

 

 サーヴァントの契約すらも断つこの宝具、それを前にしてもギルガメッシュは余裕を崩さない。

 

「我が身はすでに受肉を果たしている、契約破りの短剣なぞ我には何の意味もない」

 

 投影品を一目見ただけで能力を看破する眼力はさすが最古の英雄だ。

 だが――奴は二つ見誤っていることがある。

 

 一つ目はキャスターの宝具は下らなくなんか無いということ。

 二つ目は俺が投影魔術ではなく強化魔術の使い手だということだ。

 

「創造理念・強化開始」

 脚を強化して、爆発的な瞬発力を生む。

 単純な強化ではない、脚を前進にのみ特化したものへと変化させる。

 

「いくぞ、英雄王。お前が下らないと断じた『破壊すべき全ての符』の、メディアの宝具の真価を見せてやるよ」

 踏み出した衝撃で大地が爆ぜる。

 

 対象までの距離は5歩

 

 その間に数千の宝具に撃ち抜かれるだろう。

 だが奴の鎧を貫いて剣をブチ込むためにはもっと近づかねばなるまい。

 

「ハッ――破れかぶれの特攻か?そんな短剣で何ができる?」

 

 嘲りの笑みを浮かべる奴の背後から無数の奇跡が打ち出される。

 炎を纏った剣が、不死殺しの鎌が、光を放つ聖剣が、断罪の戦槍が、魔獣の大牙が、必中の雷矢がまさに雨あられと降って来る。

 地獄ではあらゆる責め苦に遭うというが、それならまさにこれこそが地獄であろう。

 

「構成材質・強化開始」

 

 体は剣で出来ている。

 

 肉も骨も血も魂すらをも強化する。

 自身を鉄に、鉄を鋼に、鋼を剣に。

 もちろん、その程度で宝具の攻撃を防げるわけがない。

 耳がちぎれ、手は焼けただれ、足からは血が噴き出す。

 それでもまだ死んではいない、ならば前に進むことはできる。

 

 残り4歩

 

「チッ、即死だけは避けたか、ならば――」

 

 宝具の種類が変わる、物理的な破壊から呪いを伴ったものへと。

 これではどれほど肉体を強化しても意味はない、呪いが歩みを鈍くし世界が霞んでいく。

 その中で『破壊すべき全ての符』をしっかりと握りしめて強化魔術を使用する。

 

「蓄積年月・強化開始」

 

 リリィは自身の宝具を裏切りの象徴だと言った。

 確かにそれは間違いではない、彼女の歩んだ年月は宝具を変質させている。

 だが、この宝具の本質は、彼女の起源はそうではなかったはずだ。

 リリィの笑顔を思い出す。

 

『補修すべき全ての疵』

 

 これは願いだ。

 箱庭の中で少女が夢見たちっぽけな願い、誰も傷つけられない世界を望んだお姫様の無垢な願い。

 体が淡い光に包まれる、海にたゆたうような不思議な感覚。

 刻まれた傷が修復し、呪いが祓われる。

 在りし日の幸せを懐かしむ巻き戻しの宝具。

 

 残り3歩

 

「おのれぇ…雑種如きにぃ」

 

ここまで接近されてようやくギルガメッシュが動揺を見せる。

 確かに奴はモノの性質を正確に看破することができるのだろう。

 だが俺は強化魔術の使い手だ、存在を歪曲し補強し昇華する。

 正確すぎる鑑定眼が今は仇となっている。

 

「グッ……『天の鎖』よ」

 

 僅かな逡巡の後に宝具を取り出す、その迷いが隙になる。

 俺はとっくに覚悟が出来ている。

 

 残り2歩

 

 縦横無尽に鎖が伸びる、構造解析不能。

 これが真の意味でのギルガメッシュの宝具、奴が生前より信頼を置いていた武具。

その信頼を破壊させてもらう。

 

「憑依経験・強化開始」

 

 『破壊すべき全ての符』は繋がりを破壊する宝具だ。

 マスターとサーヴァントの繋がりを、霊脈と魔術陣の繋がりを、聖杯と悪神の繋がりを、そして英雄と宝具の関係すらも。

 

『破滅すべき全ての情』

 

 鎖が空間ごと俺を縛らんと蛇の様に螺旋を描く、その僅かな隙間を縫って傷をつける。

 

「なっ――鎖の制御が」

 

 瞬間、ギルガメッシュが驚愕に顔を歪める。

 無駄だ、すでに鎖とお前の関係を破壊した、それはもうお前の宝具ではない。

 無理に扱おうとすれば自身に牙を剥くことになる。

 

 残り1歩

 

「基本骨子・強化開始」

 

 ギルガメッシュが憤怒の篭った目でこちらを睨む。

 だか、奴は自身の鎖に縛られて動くことはできない。

 背後の空間が歪み、宝具を打ちだそうとするがもう遅い。

 

 残り0歩

 

 ここまで来れば、もはや宝具としての能力は必要ない。

 全身の魔力を込めて剣としての鋭さを強化する。

 俺の中から溢れて出た魔力が『破壊すべき全ての符』と混ざり合う。

 

 真っ赤に溶けた鉄が蒼い海に広がっていく。

 

『ルールブレイカー・オーバーエッジ』

 

 そうして生まれた剣を渾身の力で打ち出す。

 

「はあああああっ」

 

 その鋭利な切っ先が黄金の鎧を貫き、魂核を打ち砕いた。

 

「グッウウウウウ……こんな、雑種に……こんな下らない宝具にぃぃぃい」

 

 ギルガメッシュの姿が消える、消滅したわけではなく奴の財によるものだ。

 

 アーチャーとは別の道を歩んだ俺に見切りをつけたのか、あるいは他の理由か、この時間の俺を狙いに行ったのだろう。

 

「後は……この時間の俺がなんとかしてくれるか……」

 

 呟きながら地面に倒れ込む、さすがに魔力を使いすぎたか。

 サーヴァントに睡眠が必要なのかは知らないが、とにかく眠い。

 俺の意識は闇へと落ちて――――

 

 

 

「シロウさま!!」

 

 リリィの悲痛な叫びで目が覚めた。

 

「シロウさま……死んじゃ、死んじゃいやですぅ」

 

 倒れ込む俺を前にリリィはワンワンと泣き始める。

 

「うわ、落ち着いて。死んでない、死んでないから。寝てただけだから」

「えっ……グス、良かった。シロウさまが消えてしまうかと思うと……」

 

 まだ涙ぐんでいるリリィの髪をなでる。

 

「というか、追いかけてきたのか?城で待っていてよかったのに」

「それは……約束しましたから。聖杯戦争が終わるまでは、ずっと共にいると」

 

 かつてキャスターと交わした約束、それはリリィとなっても生きている。

 

「あれ、シロウさまその宝具は……」

 

 リリィの瞳が強化された『破壊すべき全ての符』を見つめる。

 

「あぁ、この宝具のおかげでギルガメッシュを倒せた。ありがとうリリィ」

 

 その言葉にリリィは信じられないという顔をする、だが事実だ。

 仮にもっと威力の高い宝具を投影して強化したとしても、きっとやられていただろう。

 俺と共に過ごしたキャスターとリリィの宝具、メディアの人生が具現化された宝具だからこそ、あれほどの強化魔術が使えた。

 

「……リリィがこの宝具を『裏切りの短剣』と言って嫌っているのは知っている、それはつまり『魔女メディア』の人生を嫌っているという事も知っている。でもな……この宝具は『裏切り』だけが存在意義じゃないということも俺は知っているんだ」

 

 メディアは弟を殺めた反英雄だ、それは揺るぎのない事実である。

 だからこそ『破壊すべき全ての符』には対象との契約を『初期化』する能力がついている。

 でも……裏切りだけが目的ならそんなまどろっこしい能力にはなっていないはずだ。相手を殺してしまえば契約を果たす必要もないのだから。

 だから、きっとこの宝具の真の意味は『裏切り』ではなく『回帰』なのだと思う。

 弟の死を悼む気持ちが宝具となったのだろう。

 

「メディアはずっと弟の死を悔やんでいた。だからこそ、その人生はこの宝具として昇華された。俺は、そんな君を『裏切りの魔女』だとは思わない」

 

 その言葉に、蒼い瞳が揺れる。

 

「だから、メディアには自分のことをもっと好きになってほしいんだ」

 

 あるいは、それは俺自身への言葉だったのかもしれない。

 かつての大火災で耳をふさいで逃げ出した俺自身への。

 

「俺たちは理不尽な運命によって一度全てを失った。その運命への復讐はそんな自分を好きになることだと思うから」

 

 蒼い月が俺たちのことを優しく照らす、リリィの青髪が水面のようにキラキラと輝き、真っ赤な唇が僅かに吊り上がる。

 

「はい……ありがとうございます、シロウさま」

 

 そう言ってリリィは僅かに……しかし、心からの笑顔を浮かべたのだった。

 


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