「久々の我が家だな」
この時間の俺たちがイリヤとアインツベルン城にいるため、入れ替わる形で衛宮家へと帰ってきた。
居間に座り、一時の休息を堪能する。
この家に足を踏み入れるのはアヴェンジャーとして召喚されて以来だから11日ぶり、はるか昔のことのように感じられる。
「いよいよ……今夜が決戦というわけですね……」
気合を入ったリリィの声。
そう、今夜のために俺は時間を超えて召喚されたのだ。ゴルゴーンを倒してキャスターを救うために。
送り出される直前に見た、消えかけのキャスターの姿が浮かぶ。
「もし世界が分岐していたら、それは俺の知っているキャスターでは無くなるわけだけれど……世界が合流したかどうかはどうやって判断するんだ?」
「私も今回のようなケースは初めてなので確かなことは言えませんが……多分、世界が統合されれば元の世界の住人である私たちには感覚で分かるはずです」
ふーん、そんなものなのか。
まぁ、仮に世界が分岐してしまったとしてもキャスターのことは助けるつもりだ。
やることに変わりはない。
「それと……シロウさま、今夜の決戦用の装束を用意しました」
装束?
首をかしげる俺にリリィは青と白のTシャツを差し出す。俺がいつも着ている服と同じデザインだ、これは……
「魔術礼装……か」
剣以外の魔具には疎い俺でさえ一目でわかるほど、その服は加護が掛けられていた。
「リリィが作ったのか?」
「はい、シロウさまのことを想いながら手編みしました」
リリィが白い肌を赤く染める、そういえばキャスターのローブも自作だって言ってたな。服を作ったりするのは得意なのだろう。
「道具や材料にはイリヤさんとアーチャーのマスターさんのお力を借りていますからね、この礼装には遠坂家の宝石魔術とアインツベルンの錬金術、そして私の神代の魔術がふんだんに使われています。下手な宝具よりもよっぽど強力ですよ」
エッヘンとリリィが胸を張る。
「具体的に言えば……そうですね、分かりやすくゲーム的な例えをすれば、味方単体のHPを超回復、攻撃力を超UP、回避状態を付与(1ターン)、敵単体にスタン、スターを大量獲得、ガッツ付与、NPを300%チャージ、防御貫通を付与、弱体無効状態を付与、Buster性能を超UP、Quick性能を超UP、Arts性能を超UP、宝具威力を超UPのスキルがついています、スゴイと思いませんか?」
……平均的な礼装がどんなものなのかは知らないがリリィが張り切った結果ヤバい代物が生まれてしまったという事は分かった。
まぁ、俺のためにわざわざ作ってくれたことは素直に嬉しいが……
「他にも温度調節機能、自動乾燥、雑菌予防、伸縮機能、快眠機能、フローラルな香りを発する機能なんかもついています」
それは……あんまり、嬉しくないかな。
「あっ、そうそう、イリヤさんとアーチャーのマスターさんから伝言があります、まずはアーチャーのマスターさんですが『私のため込んだ宝石をその礼装に使っているんだから、その分の働きはしないと承知しないわよ』だ、そうです」
その言葉に思わず笑ってしまう、宝石代がいくらかは知らないが、せいぜい頑張るとしよう。
「イリヤさんは……『シロウと遊べて楽しかった』と」
……イリヤはこの戦争がどんな結末を迎えるにせよ、聖杯としての役目を果たす。
それが当人の納得していることだとは言え、『家族』を失うのはやるせない気持ちになる。
「シロウさま……イリヤさんは人間として徐々に朽ちていくことより、聖杯としての本分を全うすることを願っておられます。であれば、それを叶えることが私たちにできる最後の手向けかと」
大聖杯はアンリマユに汚染され、黒く染まっている。それを無色に戻し正常な状態にも戻すことが俺のイリヤにできる唯一のことなのかもしれない。
「…………」
「…………」
しばし、沈黙が流れる。
「……シロウさま、決戦までは時間がありますが。礼装を着付けさせてもらってもよろしいですか?」
「あ、ああ。万が一、機能しなかったりしたら困るからな」
服を脱ぎ、礼装を纏う。
見た目はただのTシャツだが、魔術的な作りになっているらしく俺の体に合わせながらリリィが調整を行う。
体を小さな指がなぞり、青い髪が腕をくすぐる。
リリィの体温を間近で感じてしまい、顔が赤くなっていくのが分かる。
「…………思えば、聖杯戦争が始まってから随分と経ったよな」
気を紛らわすために発した言葉、その言葉にリリィは思い返すように目を細める。
「私がキャスターとしてシロウさまと出会ったのは、1月29日の夜でしたね。雨に降られ蒼い月に照らされながらシロウさまと私は出会った」
あの時は驚いた。なにせ、道端に血まみれの女性が倒れていたのだから。
「明らかに怪しい私をシロウさまは介抱してくださって、契約まで結んでいただいた」
もっとも、あの時のサーヴァント契約は希薄なものだった。
俺とキャスターが真の契約を結ぶのはもう少し後の話だ。
「次の日に食べたパンケーキの味は今でも覚えています。本当に……美味しかった」
幸せそうに笑うリリィの笑顔が、あの時のキャスターの笑顔と重なった。
彼女の笑顔は本当に絵になる。
「それから一緒に魔術陣を描いたりもしましたね、結局セイバーさんは別の魔術陣から召喚された訳ですけれど」
セイバーを召喚するために描いた魔術陣。
それが俺を召喚するために使われたのだから運命というのは奇妙なものだ。
「セイバーさんはとっても凛々しく強いお方でした、私にもあれくらいの力があれば良かったのに……」
セイバーとの特訓で怯えながら竹刀を握るキャスターを思い返す、キャスターは武術には根本的に向いていないと思う。
「アーチャーさまは初めは怖い人だと思っていましたけれど……きっと、あの人はとても悲しい人なのですね」
最初に出会ったときは俺たちのことを敵視していたアーチャー。
しかし、最期は俺たちのことをかばって消滅した。
あいつなりに俺達を見て思うところがあったのかもしれない。
「イリヤさんがバーサーカーさんを引き連れてきたときは、もうダメだと思いました」
キャスターとバーサーカーは生前に面識がある。瞬時に真名を看破し、絶望してしまったのだろう。
俺もバーサーカーに吹き飛ばされた時は死を覚悟した。キャスターの強化魔術がなければ本当に死んでいただろう。あの一件で強化魔術を鍛えることになったのだったか。
「ライダーさんにシロウさまが石化された時はそれ以上に肝を冷やしました」
強化魔術に失敗して鉄になり、さらに魔眼で石にされてしまった俺。
あの時にしっかりしていればライダーがゴルゴーンになるのも止められかもしれないのに。
「これ以上巻き込みたくないと私はシロウさまの記憶を奪って聖杯戦争から遠ざけた……にもかかわらず、ランサーさんとの戦いに駆けつけてくれた」
雨に打たれながら必死に走り回ったことを思い出す。
あの時キャスターと再会できたのは本当に幸運だった。
あるいは、それが運命という奴なのだろう。
最初の夜にキャスターと出会った時と同じように。
「その後に……私たちはようやく真の契約を結んだのでしたね」
月光に照らされながらの契り、俺とキャスターは共にいると誓ったのだ。
「それからはゴルゴーンに追い詰められて……シロウさまはアヴェンジャーとして、私はその宝具として、この時間に召喚された」
初めに一人でこの世界に放り出された時は途方に暮れた、だからこそ金羊の皮でリリィが呼び出された時は飛び上がるほどに嬉しかった。
「羊の人形も買ってもらったりしましたね」
今でも人形はリリィが大切に持っている、寝るときに気持ちよさそうに抱いているのを見たりもした。
「ギルガメッシュにお一人で立ち向かわれた時は目の前が真っ暗になりましたが、シロウさまは見事に勝利なされました」
それは『破壊すべき全ての符』のおかげだ。彼女の人生が昇華された宝具があったからこそ、英雄王を打倒することができた。
「本当にいろいろなことがありましたね……」
繰り返した2回の時間、1度目はキャスターと2度目はリリィと駆け巡った。
辛いことも、苦しいことも、嬉しいことも、報われたことも、どれもが俺のかけがえのないものだ。
「さて……着付けが終わりましたよ」
リリィが肩をポンと叩く、俺はその白い手をグッと握る。
「シロウさま……?」
「…………」
彼女の海のように揺れる蒼い瞳をのぞき込み、告げる。
「俺は……君に出会えてよかった。それだけは伝えておきたかった」
その言葉にリリィは目を丸くして―――ニッコリと花のような笑顔を浮かべる。
「はい、私もです。私も…………シロウさまに出会えてよかった」
どちらともなく手を重ね、空を見上げる。
雨の日の出会いから始まった俺たちの物語。
その物語も、もうすぐ終わる。
後は―――最後の決戦だけだ。