円臓山の大空洞
その中に、この時間の俺たちが入っていく。
そして、それを追いかける俺とリリィ。
「なんか……最終決戦前だっていうのに締まらないな……」
なんとも間抜けな構図だ。
「ですが、世界が統合された瞬間、正確には23時42分58秒になったら、すぐにゴルゴーンの対処をしなければなりませんからね。こうして後ろから見ているのが最適解ですよ」
ヒソヒソと話しながら、コソコソと移動する。
『お前がマキリ・ゾォルケンだな、俺たちは聖杯を壊そうってわけじゃない、アンリマユを取り除いて聖杯を無色に戻そうとしているだけだ。そこをどけ』
この時間の俺とマキリ・ゾォルケンと対峙。
イリヤがバーサーカーの影からチラリとこちらに目配せをする、その様子を静かに見つめる。
『令呪を持って命ずる、我が身を喰らいその存在を魂に刻みつけろ、そして儂の理想を……聖杯を死守しろ!』
老人の姿が蛇の大口に呑まれ、ゴルゴーンがその巨体を震わせる。
まだだ、まだ出て行ってはならない、世界が統合されるまでは。
『チッ、老人の肉はマズい。聖杯などに興味はないが……口直しだ『強制封印・万魔神殿』』
ゴルゴーンの結界が展開される、あらゆる命を喰らう魔の神殿。
俺は体を鉄へと変化させることでソレを耐える、リリィの礼装の効果もあって問題なく動けそうだ。
『ッ―――』
かつての記憶の通り、キャスターの体が透けていく。
駆けだそうとする衝動を、左手に持った金羊の皮を握って落ち着かせる。
残り数秒、ここでキャスターを助けても、それは俺の知っているキャスターと同存在ではない。
『汝、怨嗟の声を叫びし者。報復に手を染めし者―――抑止の輪を巡れ、天秤の守り手よ――!』
キャスターがサーヴァント召喚の呪文を唱えて、この時間の俺の体が光に包まれる。
残り1秒。
『――シロウ……私との約束を、忘れないで』
23時42分58秒、この世界が俺の時間に追いついた。
「キャスター!」
俺は全身の魔力を右足に込めて踏み出して―――
◇
「――――あ?」
踏み出した瞬間に視界が切り替わった。
先ほどまでと同じく、俺はキャスターのことを見ている。だが、角度が違う、これは……
「世界が合流したのね……その結果、同存在であるシロウの体も統合された」
キャスターの声。
「本当に……来てくれたのね」
キャスターの蒼い瞳が俺を射貫く、その目は俺がよく知っているものだった。
「あぁ、約束したからな。一緒にいるって……」
ニヤリとキャスターに笑いかけ、その裏で自身の体を把握する。
キャスターの言葉通り、人間である俺の体とサーヴァントである俺の体が重なるようにして存在している。寸分たがわず同じ存在なので拒絶反応などもないようだ。
ただ、体以外の部分は統合されていない。服は引き裂かれたTシャツとリリィのTシャツを二重に着るという珍妙なファッションになっているし、サーヴァントの時は消えていた一画の令呪が左手に刻まれている。
そしてなにより―――
胸にしまわれた金羊の皮を取り出す、魔力による再現ではなく現物として存在している。キャスターから手渡されたものだ。
だが、アヴェンジャーたる俺の宝具にしてリリィを呼び出した金の毛皮はどこにいったのだろうか?
「あの毛皮は――『あの私』は宝具としての役目を終えて消滅したのでしょう」
宝具には使用条件が課せられているものがある、あの金羊の皮も俺とキャスターが再会するまでという条件で顕現していたのだろう。
リリィは俺とキャスターの約束の証、互いの『裏切りたくない』という願いから生まれた宝具だから。
「シロウ。再会できて喜ぶ気持ちもわかるけど、まだ終わってないわよ」
イリヤの声で我に返る。
そうだ、やっと『現在』に追いついたのだ、未来をつかむための戦いはこれからだ。
「…………なんだ?人間の体が光ったかと思えば魔力が回復、いや、増している……何をしたのだ?」
ゴルゴーンが警戒するようにこちらを見る、すぐには攻撃してくる素振りはない。
その隙にキャスターに駆け寄って作戦を立てる。
「キャスター、動けるか?」
「えぇ、シロウから流れ込んでくる魔力が安定したおかげで、消滅の心配はないわ」
「そうか、なら大聖杯の方を頼む、俺がゴルゴーンを引き付けるから」
アンリマユに汚染された黒い聖杯、1騎でも消滅すれば動き始める。
今のままではゴルゴーンを倒すこともできない。
「分かったわ、私が聖杯を無色に戻す」
大聖杯への道はゴルゴーンが塞ぐようにして立っている。
その道を見据えながらキャスターはギュと自身の宝具を握りしめる。
「じゃあ、3秒後に駆けだすぞ」
前を向いて走り出す姿勢を構える。
「3……」
「――シロウ」
カウントダウンの中、キャスターはかき消えそうなほど小さな音量で呟く。
「2……」
「貴方に出会えて―――」
蒼い瞳が一瞬だけこちらを見る。
「1……」
「―――よかったわ」
それは―――俺だって――
「0」
バッと走り出す、キャスターは右、俺は左から。
「ここは通さん―――」
ゴルゴーンの爪がユラリと持ち上がる。
かつての俺が防ぐことのできなかった一撃、だが今の俺は違う。
『ルールブレイカー・オーバーエッジ』
爪がはじき返され、その手からは血が飛び散る。
切り裂いた傷は瞬時に塞がってしまうが問題はない、今のは物理的な破壊だけを目的としたものじゃない。
「キッサマァァァァ」
蛇の瞳がこちらを睨む、大聖杯へと駆けるキャスターを無視して。
マキリ・ゾォルケンの『聖杯を死守しろ』という令呪が無効化されたからだ。
本当はライダーの姿まで初期化されてくれれば良かったのだが、そう上手くはいかないか。
「ハッ―――」
アーチャーから授けられた数々の宝具、それを強化して投擲する。
「アァァアアァアアアァ」
怒りに燃えるゴルゴーンの咆哮。
ダメージはある、だがそれ以上のスピードで再生している。
「この恨み……この痛みが私を……」
ゴルゴーンの髪が蛇となって牙をむく。溢れ出る魔力と殺気が嵐となって吹き荒れる。
「良いぜ……持久戦と行こうか」
俺は投影した無数の剣を強化して迎え撃った。
◇
「シロウ……」
自らの弟の戦いを、私はただ見ていることしかできなかった。
アインツベルンのマスターとして戦闘魔術も身に着けているが、ゴルゴーンの結界の中では魔力を吸われないようにじっとする他にない。
「どうしたら……」
手を握りしめて歯がゆい気落ちを抑える。
ようやく会えた弟のために、姉として力になってあげたい。
「バーサーカー?」
そんな私の頭をバーサーカーの大きな手が撫でる。
守るような手つきは父親との記憶を想起させる。
「どうしたの……バーサーカー?」
バーサーカーは理性が無いクラスだが感情はちゃんと存在している。
私のサーヴァントは私に何かを伝えようとしている。
「…………」
黒曜石のような瞳が私を見つめる、その大きな目には私の不安げな顔が映っている。
「…………」
ズンッと音を立てて巨剣を大地に刺し、ゆっくりとバーサーカーは立ち上がる。
そして――――
「■■■■■■■■■」
獣のような唸りをあげてゴルゴーンへとその巨剣を振るったのだった。
◇
「なっ…………バーサーカー?」
突然の乱入者に目を見張る、巨剣でゴルゴーンを切り伏せるバーサーカー。
「無茶だ……その体じゃ……」
結界によって魔力を吸われ、バーサーカーの体はすでに透け始めている。
そんな状態で戦えば……
「■■■■■■■■■」
それでもバーサーカーは戦いを止めない、その瞳には強い覚悟が込められているように見えた。
ならば俺にできることはたった一つ。
「――――強化開始」
存在の位階を上げる、奇跡をより上位の奇跡へと。
『ルールブレイカー・オーバーエッジ』
練り上げられたキャスターの神秘をバーサーカーに向ける。
手に伝わる鈍い感触
短剣は『十二の試練』を突破してその効果を発揮され、聖杯から課せられた『狂戦士』の呪縛が破壊される。
「……礼を言おうコルキスの姫よ……契約はここに果たされた。次は――私の番だ」
低い声が響く。
先ほどまでの獣の唸りとは違う、高潔さを感じさせる静かな声だ。
これこそが大英雄ヘラクレスの真の姿なのだろう。
『我が身に掛けられた狂気の呪いを解く、そうすれば私も貴女を守るために戦う……そう、契約しましょう』
数世紀前に行われた、メディアとヘラクレスの果たされることのなかった契約。
彼女の生涯が昇華された宝具を使って……という形でだが、こうして確かに守られたことになる。
「誰が相手でも同じこと……喰らい尽くしてやろう」
蛇たちが紅い目を光らせて牙をむく、ヘラクレスは動じることなくガッシリと構え――
『射殺す百頭』
唸る百匹の蛇が、百の斬撃によって沈黙させられた。
「グッ…………」
さすがのゴルゴーンも再生が追い付かず苦悶の声を上げて崩れ落ちる。
だが、それはヘラクレスも同じ。
「バーサーカー!」
洞窟の中にイリヤの悲痛な叫びが反響する。
ヘラクレスはそんなイリヤを穏やかな瞳で見つめて、静かな声で語る。
「主よ……あなたに出会えてよかった。私がかつて殺めてしまった小さな命……その命のために戦うことができたのだから」
ヘラクレスの巨体が光の粒子となって崩れていく。
「ですから……どうか、主も主の願いを叶えてください」
「ッ―――」
イリヤが虚空となった空間を見つめて膝を折る、下を俯いているので表情は読めない。
「…………」
「これは?」
俯くイリヤの体が淡く輝き始める。
「聖杯として完成しようとしているのか?」
イレギュラーであるギルガメッシュを含んだ5騎のサーヴァントの魂が聖杯の中に還った。
イリヤの体から発せられる銀色の光が強さを増す。
光は線となって放たれ、束となって宙に環を描く。
洞窟の天井に浮かび上がる環はかつての大火災で見た『黒い太陽』と酷似していた。
ただ、違う点が一つ。
その輪が透き通るような無色であるということだ。
「キャスター……浄化が間に合ったのか」
『大聖杯』と謳われた奇跡、その透明な光を背にしてゴルゴーンに剣を向ける。
「さぁ―――決着と行こうぜ」
この物語に幕を下ろすとしよう。