「さて、それでは魔術陣を描いてサーヴァントを召喚するとしましょう」
夜になり坊やも特に問題なく家に帰ってきた。
計画通りに魔術陣を描くことにする。
それなりのスペースが必要だと伝えると、彼がいつも魔術の修練をしているという土蔵に案内された。
「こっ……これは……」
汚い!!
なんという乱雑な物の置き方だろうか、鉄パイプやら工具やらがその辺に転がり、ガラクタが乱雑に積まれている。
魔術師の工房というのは神聖な場所だ、それをこんな風にするだなんて考えられない。
これだから男というのはがさつで嫌いなのだ。
「あー、ちょっと散らかってるけど、端に寄せれば魔術陣ぐらい描けるだろう」
ちょっと!?
これをちょっとと言い張るのですか。
「お掃除をしましょう」
「えっ……別に、今しなくたっていいだろ、早くサーヴァントを召喚しよう」
そう言って乱雑にガラクタを隅に寄せる。
「ああああ!!待ちなさい!いいかしら、魔術とは繊細なものなのよ。いくつもの要素が絡まりあった上で奇跡として成立しているのですよ。それをこんな……」
魔術というものがいかにデリケートなモノなのかを説き伏せる。
例えばこんなに散らかった状態では、うっかり変なものが触媒となって意図していないサーヴァントが召喚されたり、集中力を欠いてうっかり時間を見間違えて魔力のサイクルが狂い、これまたうっかり意図していないサーヴァントを召喚する可能性がある。
不確定要素は1%でも排除すべきだ。
「せめてどこに何があるのかを確認して、種類ごとに纏めましょう」
私の力説に坊やは渋々といった感じで掃除を始める。
それにしてもこの土蔵には色々なものが置いてあるようだ、ガラクタを集める趣味でもあるのだろうか?
近くにあった茶色い壺を手に取る、ほこりが積もっていて数か月は放置されていたのだろと分かる。
これなんて床に置いてあるのと同じ柄だし何でこんなものを2個も……
「えっ……これって……」
そこで気づく。
今、手に持っている壺は床に転がっている壺と同じものだった。
大きさも形も色も、そして付いた傷の位置さえも。
「……なるほど……中々面白いじゃない」
坊やはここで魔術の鍛錬をしていたらしい。
面白い魔術だ、おそらく投影魔術によるものだろう。それも通常の投影魔術とは異なった。
物質を完全に模倣する魔術、世界の修正すらも逃れるほどに精密なコピー。
興味深く、珍しい魔術だ。有用な魔術でもあるだろう。
だが―――それだけだ、有用ではあるが強力ではない。
サーヴァント相手には並大抵の武具は通じず、宝具でしか打倒できない。
そして宝具とは奇跡の結晶、まさかそれは投影することはできないだろう。
万が一、投影できたとしても英霊たちは強力な肉体を有しているのだ、同じ武器を使えば負けるのは必然。
相手の筋力や技量までも完全に再現できるとでもいえば話は別だが……
急速に興味が失せていく、やはりサーヴァントを召喚すれば坊やは用済みだ。
そんな私の考えも知らずに坊やはせっせと片づけをしている。
「あら……これは魔術陣ね、何故こんなところに」
ブルーシートをめくると下から魔術陣が出てきた。
古ぼけた魔術陣、10年程前のものだろうか?
坊やはいままで魔術陣が描かれていたのを気にしたことがなかったらしい。
危険な効果をもったモノだったらどうするつもりだろうか。
「切嗣が描いたんだと思うけど、消したほうがイイよな?サーヴァント召喚に影響しちゃうかもしれないし」
「いえ、長い間ここに刻まれていたというなら下手に消すのも省って危険です。このままにしておきましょう」
幸い効果はそれほど危険なものではない『増強』の効果だ、この土蔵で何らか魔術を使用し補助として使ったのだろう。
この魔術陣は、様々な魔術に利用できるので何かに再利用できるかもしれない。
◇
そんなこんなで片づけは結局、1時間ほどかかった。
あれほど乱雑に散らばっていたガラクタたちは種別ごとに綺麗に分けられ、ほこり臭かったこの場所も幾分かマシになった。
「それでは、魔術陣を描いてもらえるかしら?」
ようやく本題だ。
空気中のマナを凝固させ聖晶石を造りだす、これで描けばそれなりのサーヴァントが召喚できるだろう。
坊やに石を手渡すと怪訝そうな顔をした。
「えっ、もしかして俺が魔術陣を描くのか?」
当然だ、召喚というのは縁が重要になる。
触媒のない状態では魔術陣の段階から召喚に影響する。
死者である私が描くよりは、現代に生き聖杯に選ばれた坊やのほうが真っ当なサーヴァントを呼べる可能性が高い。
「そう言われてもな……魔術陣なんか描いたことないぞ」
坊やが自信なさげに呟く、それくらいは織り込み済みだ。
「それは問題ないわ。それほど複雑なものを描くわけではないし、私の指示に従って描くだけでいい」
もとより、魔術陣とは術の補助を行うためのもの。
特にこの戦争では聖杯が召喚のお膳立てをしてくれているのだ、それほど複雑な魔術陣は必要ない。
「そうなのか。それならまぁ、やってみるか。どう描けばいいんだ?」
坊やもやる気になってくれたようだ、とは言え彼は魔術の知識に疎い、できるだけ分かりやすく簡潔に説明しなければならない。
「それではまず、半径52.475cmの円を描いてください。次に12個のアルケーの加護を刻みます。そしてハウスドウルフ次元のフラクタルを象徴する曲線を描き、冥王星の周期と月齢をもと、大二重変形二重斜方十二面体を描きます。最後にミンコフスキー空間の歪みを訂正するためラプラス変換で二次元構造へと落とし込めば完璧です。ねっ簡単でしょう」
さすが神代の魔術師たる私。
なんと分かりやすい説明だろうか、坊やにも分かり易いように現代の用語も使ってあげた、これなら彼にも理解できるだろう。
「……キャスター、やっぱり俺には魔術の才能がないみたいだ……」
しかし、坊やはこれでも理解できなかったようだ、
これほど分かりやすい説明はないというのに。
「まあ、いいでしょう。人には得手不得手というものがありますし、そうね……重要なのは因果ですから、一緒に描いても問題ないでしょう」
そう言って描き方を教えようと手を取ると……
「なっ…………」
坊やの顔がみるみる赤く染まっていく、ただ手を触れただけだというのに随分と可愛らしい反応だ。
「さっ、手を伸ばして。ここから直線を引いて」
「あっ……あぁ」
チラチラとこちらを見ながらも、たどたどしく陣を描く。
ふふっ……そんな反応をされると少し楽しくなってきちゃうじゃない。
彼の背中にもたれかかるようにして手を添える、青い髪が彼の肩にかかる。
「キャ……キャスター、ち、近い……」
坊やが真っ赤になって呟く。
「さぁ、もっと肘を伸ばして、そう、そのまま曲線を……うまいわよ」
私の髪が触れるたびに、坊やは目を泳がせていた。
生前は粗暴な男たちに囲まれていたので、こういう反応は珍しい。
坊やを見ていると何となく懐かしい感じがする。
そう、まるでかつて弟と遊んでいた時のような……
「キャスター?」
気が付くと坊やが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
「いえ、何でもないわ。魔術陣はこれで完成よ」
「てことは、遂にサーヴァントを召喚するのか」
坊やのおかげで魔力は集まり、魔術陣は完成した。
あとはサーヴァントを召喚して坊やから令呪を奪い取るだけだ。
その計画のはずだったのに――――
「そう……急ぐ必要もないでしょう」
気が付くと、そんな言葉を口にしていた。
「召喚には術者の魔力量も影響します。どうせなら万全な状態で召喚したほうがイイでしょう」
魔力は月齢などで増減する。
個人差はあるが、坊やの場合は2月2日の夜が魔力のピークといったところか。
他のサーヴァントが動いている様子もない、召喚は一度しかできないのだから慎重になるに越したことはないだろう。
坊やはそんなものなのかと納得していた。
そう、これは作戦だ。
聖杯を確実に手にいれるための、坊やを最大限利用し尽くしてやるための。
決して……坊やと過ごす時間を名残惜しいと思ったわけではないのだ。