物語の始まりって言うのはどう言う時なんだろうな。少なくとも、俺の物語を語るからって、俺が生まれた時を『始まり』にするのは違うと思う。そこから語るなら、俺が生まれつき何らかの物語に関わる様な存在でないとダメだろ。
ならどんな時を始まりとして語るべきなんだ? 昨今の作品を鑑みても、『過去編』なんかで、「そもそもの始まりは~~~」なんて語っていたりするぐらいだ。物語の第一話が『始まり』だと判断する事さえ難しい。
だが、それでも俺達の物語の始まりは、『ここからだ』っと言う線引きが確かにあった。
俺達の『始まり』を話す前に、まず『終わり』の話をしておく必要がある。俺達が『始まる』前、俺、
その日は別段なにも変わった事はなかった。だからいつも通り、何も特別ではない日が始まるのだと思っていた。それが『終わり』になるなんて、到底予想できなかった。
最初は何か眩暈の様に感じられた。それがすぐに揺れだと気付いた。気付いた瞬間地球が殴られたんじゃないかと錯覚する程に激しい揺れに変わった。慌てた教師が机の下に隠れるように叫んだ。だから俺は自分の机の下に隠れようとして―――、そこに先客がいた。しかもまったく親しくも無く、好みでさえ無いウザさ筆頭ギャル女が、俺の席を占領してやがった。ってかコイツ何処から現れやがった。
疑問と呆れを同時に抱く。だが今は緊急事態だ。文句は言うまい。仕方なく椅子を使って簡易的に頭を守ろうとしてしゃがんだ時、そのギャル女がいきなり俺を衝き飛ばしやがった。
「ちょ……っ! どさくさに紛れて近寄んなよ! キモッ!」
さすがにブチ切れて、「だったら俺の席に近付いてんじゃねえよ! お前の方がよっぽどキモイわっ!」などと吐き捨ててやろうと思ったのだが、そんな余裕あるわけはなく、偶然突き飛ばされた時にぶつかってしまった誰かに謝罪を述べながら、ともかく安全を確保しようと頭上を見た時。
バァンッ! っと言う物凄い音が衝撃の様に発生し、天井が崩壊した。その後は、僅かに感じた激痛と暗闇に閉ざされ、どうなったのか定かではない。
それが俺達の『終わり』だ。
バタンッ!
「は……っ!」
そして『始まり』は、本を閉ざす音で我に返ることから始まる。
気付いた時、周囲は見渡す限りの本棚に囲まれていた。果てが見えない通路と、果てが見えない天井に、所狭しと並べられた本棚に、ハードカバーの分厚い本が隙間なく埋め尽くされている。本と本棚だけで統一された空間は、たったそれだけでファンタジーの世界に迷い込んだかのようであった。
この空間に居るのは俺だけではなかった。ぱっと見ただけでも十人くらい、それも全員がクラスメイトと言う、見知った顔ぶれ。これは一体どういう事だ。
「一度にこんな大人数が来るなんてレアケース―――いや、久しぶりと言った方が良いのかな?」
そんな声が聞こえたのは、俺達の正面、脚立を椅子代わりにして脚を組み、手に本を持つ少女からだ。髪の色は黒く、床に付きそうなほどに長い。うなじの後ろの辺りで縛り纏めているだけだが、幼さが残る顔立ちの所為か、それだけでも美人に見える。着ている服は何処かの学生服に見えるが、生憎詳しいわけではないので学校は特定できない。いや、そもそも似ているだけで制服じゃないのかもしれない。脚を組んでもチラリズムの心配が全く窺えない長いスカートを穿いている事もあってか、身長の程が解り難いのだが、たぶん俺達と大した年齢差はないと思う。
彼女が言葉を発した事で、また、表情が訳知り顔だった事もあってか、ウチのクラスメイト、
「何だよお前? ここは何処だ? 俺達に何しやがった? お前は一体何を知ってんだ⁉」
汚い言葉使いで勘違いされがちだが、決して誠司は不良ではない。何故か学生服の下にパーカーを好んで着たがる事と、テストの点が高ければバカではないと言う勘違いをしているだけの、普通の一般高校生だ。また普通の定義について難儀しそうだったので、今回は先に補足しておいた。
「そんな一度に尋ねないでほしいなぁ。説明を求めると言うなら知りうる限り話してあげても良いけど、だからって僕を主犯みたいに扱うのはやめてほしいよ。そもそも、君達が『死んだ』事も、君達がここに来た事も、僕の意思とは全く関係の無い所なんだから」
あまりにさらりと言い流されて、一瞬誰も気付けなかった。気付いたところで解りたくなかった。
「ま、待て……っ! どう言う事だ? 俺達が……死んだ?」
整った顔立ちに、明るく親切で、皆のリーダー格に自然と立つイケメン、氷室弘一が信じられないと言った表情で呟き、他の面々も皆一様に恐れる様に自分の体を抱きしめたり、自分の手を眺めたりしている。
「こうしてごらんよ? 一発で解る」
そう言って彼女がしてみた行動は本当に解り易い行動だ。自分の胸に手を当ててみる。たったそれだけだ。俺も含め、全員が反射の様に自分の胸に手を当て、その奥に感じるはずの鼓動の行方を捜す。だが―――、
「う、うそ……、私達、本当に死んでるの……?」
セミロングの茶味がかった髪を左側で三つ編みにしているのがチャームポイントの女子、
「……脈も止まっているのね。なら、どうして私達は『生きている』のかしらね?」
すぐ後ろで別の女子の声が聞こえたが、振り返って確認する余裕はない。こっちだって死んでいる事を自覚して一杯一杯なんだ。
「ここって、もしかして天国なの……?」
誰かが訊いた。声音からしてたぶん女子。クラスメイトだから少し考えれば思いつきそうだが、今はその余裕すらない。そんな事より、俺もその疑問に答えて欲しかった。
「こう言う時、どうして人間は『地獄なのか?』っとは訊かないんだろうね? やっぱ普通に怖いもんかな?」
あっけらかんと、脚立に座る少女は当たり前の事を言う。
さすがにイラッ、と来たらしい誠司が、睨みつける。彼が何事か言う前に、少女は肩を竦めながら回答する。
「死んだ人間が行きつく先と言う意味ではハズレ。君達がここに訪れたのは、転生するべき世界に行く途中で偶然引っかかっただけ。僕は何もしていないし、何も知らない。知っているのは君達の世界だけ。君達がこれから行く世界については、まだ読んでないから解んない」
また意味深な言い方をする。答えてもらって何だが、まるで意味が理解できない。そんなこちらの意図に気付いているらしく、彼女は脚立から飛び降りると、手を後ろで組んで適当に歩き始める。
「質問に答えていたんじゃ理解できないでしょう? だから僕が順を追って話すよ。しばらく御静聴願います」
くるりっ、とその場で回転して見せ、広がったスカートが元に戻るのを待ってから、彼女は話し始める。
「先に言っておくけど、僕は物知りなだけでなんでも知ってるわけじゃない。統計と経験を元に推察する事しかできない。だから確実な事から話して行こうか?」
ニッコリと笑って見せ、片手でバスガイドがする様に右手側を指す。
「まずこの世界について。対外的にこの世界は『世界の書架』と呼んでいる」
「『対外的』……?」
誰かが思わずと言った感じに疑問を述べる。少女は頷く。
「そう、『対外的』に……。なんせこの世界には住人がいないからね。この世界その物には歴史も記録も無い。だからここに住んでいる唯一の住人である僕が、『ここは何処?』っと聞かれた時のために、答えられる名称を作っておいてるわけ」
そう言ってから彼女は指差していた手の手首を返す。すると、本棚から一冊、本が独りでに飛び出し、彼女の手元まで浮遊する。
「この本は一冊一冊が世界を描いているんだ。一冊に付き一つの世界の寿命が尽きるまでを描かれている。もちろん文字じゃないよ。例えるならいくつものストーリーが展開される一枚の絵を見ている様なものかな? 僕がこの世界でやっている事、やれる事の唯一がこれ、他の世界を本を通して読む事。君達の世界についても、そして君達の事も、この本を読む事で知ったんだよ。だから君達の事なら何でも知ってるよ」
またニッコリと笑みを向けて来るが、何気にプライバシーの侵害を被っていると言う事実に気付いて、俺は軽くブルーな気分だ。
「この世界は『世界』を本にして貯蔵し、閲覧できる場所。そして、ここから別の世界へ転生する機会を得る場所。それが僕の知る限りのこの世界の事かな?」
そう言って彼女は本を閉じ、元の場所へと戻す。
「だからここの唯一の住人である僕は対外的に『世界の司書』なんて名乗ってる。まるっきり外れてるわけでもないしね」
ウインク一つして人差し指を立てて見せる。ちょっと可愛い。でも今は見惚れられる気分じゃないんだ。少し空気を読んでほしい。
「まあ、まだまだ疑問はあるだろうし、聴きたい事もあるだろうけどその辺は呑み込んでほしい。別の世界に行く事になる君達には、この世界の事をいくら聞いたところで蛇足でしかないよ」
「別の世界に行く? 俺達はそれが決められているのか?」
弘一が尋ねる。少女は笑顔で頷く。
「そうだよ。僕がわざわざ蛇足を話したのは、僕にも知らない事があるって事を前もって知ってもらうため。僕が知ってる限りで君達の今置かれている状況を話そう」
どうやらここまでは前置きだったらしい。随分長い前置きだった気もするが、必要な内容だったとも納得できる。いや、納得しておく。
「まず、さっきも言ったけど君達は死んだ。君たち全員、地震で崩れた校舎の下敷きになってね。その中で、一人残らずお亡くなりになった二年Cクラス全員が、別の世界へと転生させられた。誰がやったかは……たぶん、その世界に存在する神様的な存在」
彼女はまた手首を返す。一冊の本が彼女の元に訪れ自ら表紙を開く。さっ、と流し読みした彼女は俺達に視線を戻す。
「君達が転生する世界は『ファーストリア』と呼ばれているらしいよ? そこは剣と魔法で冒険し、魔物が存在する世界みたい。あ、魔王なんかもいる」
何処かのネットで使い古された転生モノっぽくなってきたな。違うのは転生する人数が半端無いってとこだが……。
「君達を見る限り、どうやら元の世界との線がまだ完全には切れていないみたい。場合によっては元の世界に戻れるかもね?」
「ほ、本当なのっ?」
女子の誰かが訪ねる。少女は頷く。
「その辺の方法は転生した後、君達が自分達の力で探してね。僕はここで世界を閲覧は出来るけど、干渉はできないから」
そう言って彼女は本を閉じ、いつの間にかそこにあったテーブルの上に置く。
「俺達が別の世界に呼ばれたのだとして……、ならどうしてここに居るんだ?」
『世界の書架』なんて場所に居る事に疑問を抱いた弘一が尋ねる。彼女は少しつまらなさそうな表情になって脚立に座り直す。
「その辺は知らない。たまにあるから、単に引っかかっただけでしょ? 位置的にこの世界、世界と世界の狭間に位置してるっぽいから」
ありそうな事を言うが、検証してみた事など無いのだろう。彼女の言葉はどこか投げやりだ。
「おっと……、妙なタイミング」
唐突に彼女が呟き、彼女から風が発せられる。一体何事かと皆が身構える中、偶然にも俺が最初に気付いた。
―――違う。彼女が風を起こしてるんじゃなくて……っ!
振り返る。そこには空間が避け、光り輝く向こう側の空間が見える。あそこが何処だかは解らないが、確実に吸い込まれているのは俺達だけの様だ。
「な、何だこれっ!」
やっと気付いたらしい別の男子が声を上げる。その言葉に対しても、彼女は律義に答えてくれる。
「『ファーストリア』の世界だよ。引っかかった君達を迎えに来たんでしょう? 元々君達はその世界に呼ばれる筈だったんだしね」
やっぱり光に吸い込まれているのは俺達だけの様だ。彼女と本棚に収められている本には何の影響も与えていない。
「そうだなぁ……、君達がここに引っかかったのは偶然だったけど、せっかくだし一つ、助言らしい事でも言っておこうかな?」
彼女はそう言って薄く笑う。
「まず最初に、決して勘違いしないで。君達は選ばれた勇者なんかじゃない。嘗て居た世界で死亡した脱落者だ。決して特別な存在ではない。受験に落ちて、補欠合格の席を辛うじて手に入れただけ。運は良いかもしれない。でもそれは、幸運とは程遠い物だよ」
彼女の言葉は真摯だった。ここに来て初めて見せる態度に、強さを増す風に耐え、俺達は全員、彼女の言葉に耳を傾けた。
「忘れないで。君達が向こう側の世界で何を望まれたとしても、全ての行動と責任は君達に存在する」
風が勢いを増す。殆ど強風の様な風の中、しっかり足を踏ん張らないとあっと言う間に飛ばされてしまいそうだ。だけど実際には風ではないのか、不思議と風音に紛れる事無く、彼女の声ははっきりと聞こえた。
「忘れないで。例えどんな世界であっても、嘗て君達がいた世界と同じ。世界はとっても複雑で、簡単じゃない。複数与えられた選択肢が、実はたった一つの答えにしか結びついてない事もあれば、自分で選んだ三つ目の選択肢が、必ずしも正しいと言うわけじゃない」
「うわ……っ!」
飛ばされそうになって思わず声を上げてしまう。もう時間がなさそうだ。
少女もそれを感じ取ったらしく次の言葉を最後にして締めくくる。
「忘れないでね。光も闇も、片方では何も成立しない。導き手は、決して一人ではダメなんだよ……」
最後に慈しむ様な、労わる様な表情で言葉を残し、彼女は小さく手を振った。
「いってらっしゃい」
瞬間、皆は一斉に力を抜き、光の中へと吸い込まれて行った。俺も力を抜き、光の吸引力に身を任せ―――ようとして、一つ重大な事に気付いた。ギリギリでなんとかブレーキ、思いっきり足を踏ん張る。
「お、おいっ! アンタの名前は!」
そう言えば聞いてなかった。そう思って訊ねたのは、ただなんとなく、ギリギリになって聞いておきたいと思っただけだ。
彼女は少し驚いたような表情になり、それから照れくさそうに笑った。
「他人と会話しないから、聞かれないと自己紹介するタイミングが解んなかったんだよね……。
薄く、そして儚げな笑みを浮かべた少女の顔を最後に、ついに俺も踏ん張り切れず、光の中へと吸い込まれて行った。
これが俺達の『始まり』の話だ。
そして俺達は光の中で再び目を覚まし、弥生の言ってた通り、『ファーストリア』の神様的な何かに導かれ、世界に転生した。転生した先は何処かの遺跡の魔法陣の様な物の上だった。そこで現れた光の球体―――恐らくは神の意思的な何か―――が、一方的に説明してくれた。
曰く、俺達は元の世界で死んだので、その魂をこちらの世界に引っ張り転生させた。
曰く、俺達を転生させた理由は、この世界の魔王を倒すため。
曰く、魔王を倒せば、俺達はこの世界で手に入れた力を持って、元の世界に帰れる。
なんともテンプレな展開だと、笑った奴がいた。魔王を倒すために、別の世界から転生してきた俺達は、一人一人、特別な力を与えられた。『パーソナルアビリティ』とか言うらしく、その人の適性に合わせた個人専用スキルなんだそうだ。中には結構チートなんじゃないかと思えるほど強力なのを持ってる奴もいた。一方で、まったく使い方が解らんとぼやいている奴等もいた。ちなみに俺はこっち側。
っで、肝心の魔王だが、どうやら魔王は既に一度滅んでいるらしい。だが、必ず再臨し、人々に災いを招くと云われているんだとか。俺達は魔王が再臨した時に備え、準備された最高の器って事らしい。
それだけ一方的に伝えた球体は消滅し、肝心なこの世界の常識やルールについては語ってくれなかった。仕方ないのでクラスでもリーダー格の扱いを受けている氷室弘一と柊木愛歩の二人を中心に、俺達二年Cクラスは一団となって行動を開始した。幸いすぐ近くに街が存在し、言葉の壁も無く受け入れられ、俺達はギルドと呼ばれる職業冒険者を集め、管理する組織の一員となる。このギルドで発行される依頼を受けることで、俺達はなんとか世間の常識と最低限の生活費を手に入れて行ったのだ。
冒険者業にも慣れ、ようやく一人で簡単な作業くらいはできる様になった頃、俺達二年Cクラスは一団ではなくなり、幾つかの派閥に分かれる様になった。俺はその内の一つで地道なレベルアップ訓練の最中、『デビルアント』の襲撃を受け、今何処とも知れない洞窟を必死に走っている訳だ。
「うわああああぁぁぁ~~~っ! 怖い怖い怖いっ!」
意味がないと知りつつも叫ばずにはいられない。真っ暗闇の洞窟の中、僅かな光源を頼りに、足元が殆ど確認できないにも拘らず全力疾走しなければならない。おまけに
「いくらファンタジーだからって、こんなのはいらないんだよ~~~っ!」
異世界主人公とか憧れなかったわけじゃないけど、だからって実際にやろうとすれば無理があるって事は解ってんだよ! だから穏便に生活しようとしてたのに……。
「やべ……っ! 息が……っ!」
この世界に来て、随分鍛えられたが、それでもいつまでも全力疾走は続かない。このままじゃ疲労から足がもつれるなんて事にもなりかねない。
絶望的な予想に顔を青ざめた時、俺は洞窟の奥から光源らしき物をついに見つけた。出口かどうかは解らないが、もう何でもいい。このまま洞窟内で巨大蟻と追いかけっこよりはマシなはずだ。光に向かって走る。相変わらず背後からはあのおぞましい音が聞こえてくる。
「ぶわ……っ!」
光の中に飛び込み、光の落差で一瞬目が眩みながらも脚を止めない。
すぐに目が慣れ、辿り着いた場所を確認できる。
「って、何処だよここ?」
木々が生い茂る樹海の様な緑一色の空間。それが俺の目に飛び込んできた世界だった。至る所に木々が生え、大きさも小さい普通の木から、樹齢何百年経っているのかと疑う程の巨木まで、それぞれが複雑に絡み合い、さながら樹海の神殿を作り出しているかのようだ。木の全てには僅かな隙間も無い程苔が生えており、木の茶色い部分すら見られない。正真正銘完全な緑だ。幸い地面に生い茂っているのは普通の雑草なので苔に脚を取られるという心配はなさそうだが、これだけ広いと今度はデビルアントの動けるスペースを確保してしまうのではないかと言う心配が出て来る。
「ど、何処かに逃げ道はないのかよ!」
誰に聞いてるんだと自分で自分に尋ねたくなるが、精神的な安定を保つための独り言なのだから許してほしい。こっちは命が掛っているんだ。
だが、人生は無常かな、出口らしい所などどこにも見えない、樹海の神殿は複雑に絡み合った木々が、僅かな隙間すらない程に絡み合い、人一人が抜け出す道すらない。完全に袋小路だった。もっと高い位置には隙間もありそうだが、苔が密集している木は、取っ掛かりに足を掛けても滑ってしまう。とても上れそうにはない。
「くっそ……っ! やるしかねえのかよ!」
弓に矢を番え、戦闘準備をする。できるだけ狭い窪みの間に陣取り、一度に大勢で襲われないように努める。
「こう言うのはせめて剣士職か、レベルの高い魔法職のイベントにしろよ! なんで俺みたいな支援タイプの狩人がこんな目に遭ってるんだよ……!」
マジでもう泣きそうだ。いや、もう泣いてるよ。だって、どうあってもこれ死亡確定だ。何をどう足掻いても火力も無く、一発の威力も低い狩人の俺が、デビルアントの軍勢相手に戦って生き残れるはずがない。もう完全に終わりだ。
「怨むぜ神様的球体……! 魔王討伐とか目的なら、せめてもう少し使えるパーソナルアビリティよこせってんだ……!」
今更言い出しても仕方ない様な事をぼやき、俺は自分が出てきた洞窟を睨む。あのおぞましい音がかなり近づいている―――なんて思った次の瞬間には、デビルアントの群れが次から次へと飛び出してきやがった。それは文字通り、蟻の巣から群がって出て来る蟻の大群そのままの光景だ。
とっくにこっちは恐怖が臨界だ。恐れすぎて怖がれもしない。だから冷静に矢を放つ。一番先頭を走っていた奴の頭を貫く。それだけでデビルアントは絶命した。アレだけの巨体で、虫に分類される癖に、生命力が人間並みと言うのは不思議な物だが、だからこそ、あの巨体でも大群になる事が出来るのかもな。たしか、腹も一杯になり易いって話だし。
変に冷静な部分でそんな蛇足な思考を巡らせながら、次々と矢を番えて放つ。十五本全部必中。これだけ撃って綺麗に的中したのはちょっと嬉しい。なんか変なスイッチが入ったのか、笑いが込み上げてきた。今、絶対鏡見たくない。相当ヤバい顔してる。
だが、善戦などしてはいない。十五本も撃って、全部的中なのに、蟻の群れはすぐそこまで迫ってきている。経験上、あと八体くらいなら矢で射れると思うが、その後は弓を引く暇はない。一応ナイフはあるけど、これで一体何処まで戦えるのやら。
―――ええい! もういいっ! 持っていける所まで持っていけぇ~~っ!
もう完全にやけくそだ。矢を一度に三本を番えると言う試した事も無い荒技を無理矢理実行して矢を放つ。どうせ相手はデカイ上に大群だ。とりあえず矢を放てばどっかには当たるだろう。俺が食われるまでに矢も使いきれない。ならせめて、ここで使いきってしまえば良いんだ。
放った矢は本当に三体の頭を偶然貫き、一度に絶命させた。これにはもう興奮を抑えられない。
「俺すげぇ~~~っ!」
偶然だろうけどマジすごいわ。偶然に誘発されて有頂天になりながら次を構える。
でも、頭の隅では理解していた。次々と洞窟から這い出て来る蟻の群れに切りはない。俺はいずれ力尽きて、あの蟻に喰われる運命なんだと。
またじんわりと涙が溢れて来る。なんで俺が死ななきゃいけないんだと、雄叫びを上げながら矢を放とうとして―――、唐突にそれは起きた。
爆発。
連続して巻き起こる爆発は、何度か皆といる時に見た事があるのですぐに解った。これは魔法だ。誰かが、たぶん火の魔法を使ってデビルアントを攻撃している。
―――助けが来たのか?
そんな疑問を浮かべる内に、爆発は止み、先程まで際限なくデビルアントを吐き出していた洞窟が瓦礫に埋まって塞がっていた。これでもう敵が増える心配はない。後は既に出てきている蟻を始末すればいいだけだ。
数を確認。三十四。
「よしっ!」
無理だ。矢の本数が残り二十本くらい。十四本も足りない。やっぱり俺は死ぬのだろうかと身構えた時。空中に光の球体がいくつも出現する。放電している所を見るに、あの光は雷系の魔法なのだろう。見た事の無いタイプだが、相当レベルが高そうな気配だ。球体の数は十個ほど出現し、バチバチッと放電現象を起こしている。どうやら範囲系の魔法の様だと察したところで、嫌な予感を感じた。
「おい、まて……っ、まさかこれ、俺も範囲内に入ってるんじゃないか?」
次の瞬間雷光が迸り、世界を真っ白に染め上げた。予想通り、俺まで一緒に巻き込んで、だ……。
「ぎゃああああああああぁぁぁぁぁ~~~~~~~っ!」
「いったい何してくれてんだよ~~~~っ!」
全てのデビルアントを倒し、なんとか窮地を脱した俺は、身体から青い燐光を放ちながら、何処かに居るはずの魔術師に対して叫ぶ。
「助けてあげたのだから文句を言われたくはないわね」
果たして俺の叫びに応える者がいた。声のする方向に視線を向けると、そこにはレンガの様な赤黒いローブを纏った長い黒髪の女子が腕組をしてふんぞり返っていた。少しつり上がり気味の眼は冷たく、見る物全てを見下しているかのようでもある。
今までどこに居たのか知らないが、困った事に俺はこいつの事を知っている。
「念のために確認するが、姫川だよな? なんでソロのお前がこんなとこにいんだよ?」
姫川ゆずり。彼女は俺達と同じ二年Cクラスの一人だ。ただ、彼女は今、俺達とは一緒に行動していない。
俺達二年Cクラスは、最初こそ一致団結して魔王討伐に向けて行動していたが、生活にも慣れ、一人で暮らしを支える事が出来るようにもなると、だんだん個人の考え方は変わってくる物だ。
そもそも、この世界に俺達が来たのは、死んでしまったことが要因だ。なら、元の世界に生き返るより、この世界で生きて行く方が楽な気もしてくる。ゲームや漫画の娯楽品には恵まれていないが、それでも楽しむ方法はいくらでもある。何より魔王討伐は死と隣り合わせの危険な使命。討伐の報酬が元の世界に返れる事と、この世界で得た物を持ち帰れる事だけでは命を掛ける対価としては見合わない気もする。なんせこっちは、一度死んで、運良く転生した身だ。せっかく生き返った命をもう一度賭けてまで、魔王討伐などしたがるだろうか。
中には使命感に燃えてたり、あの対外的な『司書』さんが危惧したとおり、選ばれし勇者になった気分の方とかもいたりして、魔王討伐はと異世界移住派の二つに分かれてしまった。更に面倒な事に、討伐派は、集団行動を苦手とし一人で行動する『ソロ』連中と、集団でがんばる『パーティー』の二つに分かれ、更に更に、『パーティー』は順調にレベルアップして行く『エリート』と、レベルアップに苦戦する『落ちこぼれ』の二つに分離してしまっている。
現在二年Cクラスは『集団討伐派』『単独討伐派』『移住派』の三大派閥に分かれてしまっている。俺は『集団討伐派』の『落ちこぼれ組』で、アレから一ヶ月も経った今でも、最初に冒険者登録したギルドの街『ファーストウォーク』で依頼を受け、地道なレベリング作業を行っているのです。
なので、ここに一人でも問題無く魔王討伐を目指せる『ソロ』の姫川 がいる事に、多大な疑問が持ち上がるわけです。
「ちょっと用事があってここを調べていたのよ。そしたら突然アナタがデビルアントなんて連れて来るんだもの。迷惑したわ」
「纏めて俺を攻撃したのはその辺の腹癒せかっ!」
「別に、怒る様な事でも無いでしょう? この世界では『精霊の加護』って言う便利な物があるんだから」
『精霊の加護』って言うのは、この世界に存在する精霊に洗礼を受け、契約する事で、自分の身も守ってもらう加護の事である。先程俺が姫川の電撃魔法を喰らっても、青い燐光を放つだけで平気だったのも、この加護のおかげだ。
この世界にも宗教と言うのはあるのだが、その中で更に『精霊信仰』っと言う物が別種に存在する。己が信仰する精霊と契約を交わす事で、その精霊の加護を授かる。加護を受けるためには、精霊との簡単な約束を結び、守り続けなければならない。つまり誓約だ。誓約を守る限り、精霊は俺達を加護と言う形で守ってくれる。俺は良く知らないが、精霊との契約をもっと複雑にしたり、重要性を高くする事で、加護以外にも精霊から力を授かる方法もあるんだとか。
この『精霊の加護』、ゲームで例えるならHP概念みたいな物で、身体に纏っている加護がある限り、受けたダメージの代わりに加護を消費する事で打ち消している。だから、痛みも無いし、俺たちみたいな素人でも、魔物相手に戦えるってわけだ。だが……、
「加護に限度があんだろ! 今ので全部消えてたらどうしてくれるんだよ? こんな何処とも知れない場所で、何処に魔物がいるかも解らない場所で、丸裸同然なんて本気で勘弁だぞ!」
そう言いながら俺は人差し指と中指の二本指を立て、ササッ、と、宙に記号を描く。すると俺の目の前に、まるでゲームのステータス画面の様な物が現れ、現在の俺の情報を閲覧できるようになる。これも『精霊の加護』の一種らしく、自分の力を数値化して確認できるんだとか。おかげでゲーム感覚で自分のステータスを確認できるのだが、体力とかは数値化されない。数値化されるのは残りの加護の量と、魔力、そして適正レベルだ。敵を倒せばレベルが上がるなんて簡単な事ではなく、この世界で言う適正レベルと言うのは『精霊の加護』がどれだけ強くできるかを表わしている。レベルが高くなると身体能力も強化できるらしいが、残念ながら俺のレベルではそこまでには達していない。レベル7は伊達じゃないのさ。
俺は残りの加護が、半分も切っていない事を確認するとホッと胸を撫で下ろした。
ソレを見て取った姫川は心外そうに眼を細める。
「全損させるなんてヘマはしないわよ。ちゃんと計算した上で纏めて攻撃したに決まってるでしょ? 助けてもらっといて文句ばかりってどうなのかしら?」
「別に巻き込む必要性はなかったのに巻き込んでおいて恩着せがましいな! それはそれとして、助けてくださって本当にありがとうございます! お礼は夕食を奢る事で返させてもらえますでしょうか!」
しっかり腰を折って頭を下げる俺に、ちょっとだけ驚いた表情をした姫川は、意外そうな声を漏らす。
「文句は言っても律義に謝るのねアナタ……」
何か呆れが入ってる気がするが気にしないよう努める。お礼は大事だ。お礼をすれば、また困った時、打算でも助けてくれる可能性が増える。こう言う時にしっかり助けたお礼をするのは自分のためにも大事なことだな。
何より、今は俺、迷子な上にソロで戦える力ありませんからね。しばらくは助けてもらったついでに姫川に安全な所まで護衛してもらわないとな。マジ命に関わるから。
「それにしても姫川、お前何処から出てきたんだよ? 通路っぽい物なんてどこにもなかったのに?」
「何を言ってるのかしら? そこにちゃんと通路があるわよ」
姫川は指差して示す場所に目を向けるが、そこは緑一色の光景が広がるだけで通路らしい通路なんて見当たらない。だが、姫川が「ある」と言った以上、きっとあるのだろうと思い、近づいてみてようやく分かった。緑の苔に覆い尽くされて解り難いが、白っぽい石で作られた通路の様な物。その先を辿って行くと、遺跡の扉の様な物を発見した。これまた苔だらけの木の根や蔦が複雑に絡み合って緑一色に覆い隠しているので解り難かった。って言うか俺、最初にこの通路見つけてたらデビルアントから逃げられてたな。確実に。
「どうしてこっちに逃げてこないのかと思ったら、気付かなかったのね、アナタ」
「もっと早くに気付いてたなら声掛けてくださってもよろしかったのではっ⁉」
「イヤよ。私、アナタとはそんなに親しくも無いのに」
「助けてくれるだけの慈悲はあるのに、そこは拘るのっ⁉」
「後で聞かれた時に困るじゃない。『○○くんの最後に立ち合ったのはアナタですか?』って。私答えられないわよ。だってアナタが誰だか解らないもの」
「クラスメイトで、前の席なのに、名前も知ってもらっていなかった事実っ⁉ デビルアントに追いかけられた事より、こっちの方がショックな気がするよっ!」
「あら? じゃあ助けない方が良かったかしら? その方が幸せだったでしょうに……」
「なんでこんな時だけ親身になってくれてるの⁉ やめて! このタイミングで本当に申し訳なさそうな表情になるの! 何か本気で死にたくなるから!」
やべぇ……、何気にクラスメイトの心ない言葉で泣かされそうになった事はあるけど、コイツみたいに暴言でない方法で泣かされそうになった事は初めてだ。こっちの方がきつい……。
「そ、それはそれとしてだ……。姫川は結局ここで何をしていらっしゃったのでしょう? あ、私は鈴森帷と申します」
「名前を知られてない事、実は気にしていたの?」
少々呆れられがちに言われたが気にしないように努める。
姫川は俺に背を向けると、遺跡の扉へと入って行く。俺もその後を追って遺跡内に入ると、中も苔と蔦で緑一色の空間で埋め尽くされている。さっきは気付かなかったが、どうやらこの苔、『光苔』っと言う光苔の様だ。だから神殿内でも窓の無い空間でも暗く感じなかったんだな。でもこの苔って確か、昼間に光を吸収し、暗くなると昼間に吸収した光を放つって言うのじゃなかっただろうか。その辺の生態系の謎は俺には解らない。
姫川は俺に背を向けたまま、つかつかと何処かを目指して歩いて行く。時折壁に触れたり蔦をどかしてみたりしている所を見るに、何かの調査をしているのかもしれない。手伝おうかとも思ったが、頼まれている訳でもないし、下手な事はしないで黙ってついて行く事にしよう。
少しばかり奥に進むと、そこは行き止まりだった。姫川はそこでも壁についた蔦や苔を払い、慎重に調べて行く。……っと、そこで何か見つけたのか、突然彼女の動きが止まる。
「これは……、もしかして……」
「何か見つけたのか?」
俺が声を掛けると、振り返った姫川が眼を丸くして俺を見た。
「あら? 何でアナタ付いてきてるの?」
「ふっ、甘いな姫川。お前がここでそう言う返しをするだろう事は、俺の質問を無視して自分の世界に入っている時点で予想できていた。だからちゃんと返答も考えてあったさ。良く聞け!」
俺は無駄にカッコよく見えるよう、指を差して高らかに言いのけてやる。
「俺の様なソロでは碌にギルドの依頼も受けられない弱小冒険者が、こんな何処とも知れない場所で一人淋しく単独行動など出来るか! 金魚の糞の如くまとわりついてやるから覚悟しておけ!」
「アナタどうして自分を卑下する時は、そこまで堂々としていられるの? せめてくっ付き虫とか、カタツムリの子供とか、そう言う例えは出来なかったのかしら?」
「俺はお前と違って他人を批判できる様な実力者じゃねえ! だが、自分の事なら良く知ってるから自信を持って言えるぜっ!」
「おかしいわ……、どうして『コイツ恰好良い』とか思ってるの、私……。今すぐ病院に行きたい……」
良く解らんが、何か俺が姫川を言い負かしたっぽい。ヤバイ、なんかすごく興奮する。俺、姫川を言い負かすとなんか勝った気になれる。ってかなんか癖になるな。あのクールな姫川を言い負かすのって。
いや、呆れられてるだけなのは解ってるんだけどね……。
「それで? 何か見つけたのかよ?」
このまま話が続くと俺の精神エネルギーの方がヤバそうだったので、素早く話題を戻す。姫川は頭痛でもするのか、こめかみの辺りを押さえながら答えてくれる。
「私はね、ずっと魔王の事を調べていたのよ。私達が倒すべき、再臨する魔王についてね」
「そうか」
「あら? 驚かないのね。愚かなアナタならこの程度でも大いに驚いてくれると期待したのだけど」
「魔王討伐派でソロやってるような奴が、魔王関連で何かしてても不思議には思えねえよ。ってか、さりげなく人を愚か者扱いしないで下さるっ!」
「愚かではないの?」
「そこでそう言う質問の返し方やめて、本物はそこで否定するけど、自覚ある奴は自覚あるだけにイエスとしか答えられないんです……」
「正直ね」
「ふふ……っ」と、冷笑を浮かべる姫川の態度が、何処か勝ち誇っているかのように見えるのは、もしかして先程の意趣返しのつもりだったからではないだろうか。俺が姫川を言い負かしたのを楽しんでいたように、この人もこの人で俺を言い負かして楽しんでいるんじゃなかろうか……。
「一ヶ月前、アナタ達と別れてからずっと、魔王について調べていたのよ。いざ魔王討伐と言う時になって、力任せに倒せるとはとても思えなかったしね」
「言われてみれば……。少し考えれば思いつきそうなものなのに、なんで思い付かなかったんだ?」
「愚かだからじゃないの?」
「心底不思議そうな顔で尋ねないでくださいます?」
「まあ、過去に魔王を倒した事があると言うのなら、弱点なりなんなり出て来ると思ったのよ。いえ、そもそもなんで倒した筈の魔王がまた復活するなんて事になっているのか? とか、どうしてわざわざ私達の様な異世界の住人を引っ張って来てまで、魔王を倒す戦力を作ろうとしたのか? とか、考え出せば疑問なんていくらでも出て来るでしょう?」
「そう言うのを調べて周ってたって事? じゃあ、ここもそれの一環?」
「ええ、最初に調べる場所として選んだのがここよ。帝都で調べたら、この遺跡に魔王発祥の伝説が残されているらしいのよ」
「『帝都』って……っ! お前たった一ヶ月で帝都まで行ったのかよっ! ほぼ往復最短距離じゃねえか!」
「どうしてアナタの頭で、そんな計算が出来たの?」
「なんで恐ろしい物を見る様な目で訊いてきてるのっ! お前クールな奴だと思ったけど、実は他人をからかうのが好きなだけの人なのっ?」
「私をそんないじめっ子と同じようにしないでくれないかしら? 心外だわ」
「う……っ、確かにな、悪い」
「誰かよりも優れているのだと自覚できるのが優越なだけよ」
「そう来るだろうと思ったよ! どっちみち性格悪いなお前っ!」
「ふふっ」
また心底楽しそうに冷笑を浮かべ、姫川は壁に向き直り、蔦や苔を払っていく。
「まあ、魔王発祥の伝説が残っていると言っても、重要文献は全て帝都の王城に持って行かれたみたいだし、ここも遺跡とは言え、人間側からしてみれば、魔王の教会。好き好んでここに来たがる人間もいなかったみたいね」
「じゃあ、調べる意味はないんじゃないのか?」
「そうね、私が一流の学者だったならそうしたでしょうね」
「? どう言う事だ?」
「調べ物をするには、『調べる方法』をまずは学ぶものよ。私は帝都の資料と本物を照らし合わせる事で、何が解るのかを確かめに来たの。もしかしたら碌に調べていないまま放置されている可能性もあったからね」
なるほどなぁ、手付かずの遺跡を調べれば、今まで見えてこなかった物が見えてくる場合もある。もし何も見つからなかったとしても、それなら帝都で読んだって言う資料の信憑性が実証されるってわけか。
「でもよ? さすがにこの世界の学者もバカじゃないだろう? 魔王発祥の伝説が残る遺跡なんだし、魔王の再臨が解っているなら、今頃隅から隅まで調べて―――」
ガゴンッ、 ゴゴゴゴゴゴ……ッ!
行き止まりだと思っていた壁が、いきなり音を立てて横へとスライドして行き、その奥に更に空間があるのを発見した。
「この壁の文様、文献で魔王が封印を施すために使っていた物らしいって書いてあったらから、もしかして隠し部屋でもあるのかも? って思ったのだけど……。隅まで調べられていなかったみたいね」
「大丈夫かよこの世界の学者様……」
勝ち誇った様に笑む姫川と、マジでこの世界の先行きを憂う俺。
もしかして、あの神様的球体が俺達をわざわざ転生させた理由が、こっちの人間が当てにならなかったから、って事じゃないよな……。
隠し扉を潜り、奥へと向かうと、そこには大きな台座があり、床には魔法陣らしき物が描かれている結構広い部屋に繋がっていた。魔法陣の周囲には不規則に並べられた柱があり、それ自体にも意味があるんじゃないかとも思える。何かの儀式用の祭壇とも見受けられるが、知識の無い俺には解らない。
「この部屋は苔が生えてないんだな?」
視界の暗さに気付いて呟くと、姫川も「そのようね」と、返して来てくれた。
「隠し扉で隠してただけの事はあって、この部屋は誰にも踏み荒らされない様に保存性を高くしてあったんでしょうね。おかげで暗くてよく見えないわ」
「魔法陣とこが光ってるのは、もしかして魔法陣そのものが光ってるのか? 何か発動してる?」
もしそうなら、万が一、なんて事があるんじゃないかと身構えたが、すぐに姫川が頭を振って否定する。
「よく見なさい。天井の所。あそこから光が差し込んでいるのよ。アレのおかげで魔法陣のある台座だけが光っている様に見えるのね」
二人で台座に近付く。
姫川は腰に差してあったらしい木製の杖を取り出し、杖の先で魔法陣を数度叩いてみる。何も起きない。触れても大丈夫だと判断して足を踏み入れ、腰を落とすと床に触れながら魔法陣に刻まれた文字などを確認している。
「何か解りそうか?」
適当に辺りを見回しながら尋ねると、立ち上がった姫川が何事か答えようとし、その前に訝しむように俺を見た。
「アナタ、なんでここに居るのかしら?」
「心底残念な物を見る様に言わないでください! すみませんねぇっ! 役に立たなくて! どうせ俺は金魚の糞ですから!」
不意打ちされると涙が出ちゃう……。誰か俺に癒しをください。
溜息一つで話題を終わらせ、姫川は難しい顔になる。
「ダメね、私程度の知識量では解らないわ。とりあえずこの魔法陣をスケッチしておくとして、検証は後からになりそうね」
まあ、姫川が頭良いとは言え、予備知識無しじゃ解らない事があっても当然だよな。むしろ大した勉強もしていないのに魔法についての知識がある方が、マジパネェよ。
「私の知識力では、嘗てこの地で、この魔法陣を使って何度か魔王を蘇らせたと言う事しか解らないわね。っとなると、魔王は何度も倒され復活してを繰り返しているのかしら? もう少し何か解らないか調べてみましょう」
「マジパネェよっ! それだけ解れば充分パネェよっ!」
姫川 、恐ろしい子……。
その後、姫川は柱やら壁やらを調べてみたが、目ぼしい情報は何も見つからなかった。最後に台座を調べ始める。
俺も直接台座に触れてみながら、それが何か確認してみる。
台座は、まるで揺り籠の様な形をしていて、赤ん坊くらいならすっぽり収まってしまいそうな印象がある。この形、この窪みに何かを入れる予定だったのだろうか?
「元の世界の話だけど、大昔、祭壇にこう言う形をした受け皿があって、神様に供物をささげるための受け皿だったらしいわよ」
「供物って……、
「そんなの良く知ってるわね……。確かに五穀の様な木の実とかも与えていたみたいだけど、この場合はもっと重要な物を与えるための受け皿だったらしいわね」
「想像できるんだが、外れてて欲しいです……。人身御供ですか?」
「もっと言うと取り出した心臓を安置していたらしいわね」
予想以上だった事にげんなりし、淀んだ空気を纏ってしまう俺。
なんでか、そんな俺の様子を見て笑う姫川。嬉しそうだなコイツ……。
「この台座も形が妙だと言う事以外は特に何も……、あら?」
「どうした?」
「いえ、こっち側にくぼみの様な物があって、奥で何か光った様に見えたのだけど……」
「窪み? あ、ホントだ、こっち側にもある。大きさ的に指入れれば取れるかな?」
揺り籠の両端に丁度人差し指が入りそうなほどの小さな窪みがあり、その奥で、確かに何かが光を反射している様に見える。自然俺達は指を突っ込み、中の物を取り出せないか試してみていた。
「……っ!」「……ってぇ!」
指先に鋭い痛みを感じて、慌てて指を抜き取る。姫川も同じ行動を取っている所を見ると、俺と同じ状況だったのかもしれない。
「なんだ? 何かが指先に……!」
痛みの正体を確かめるため、指先を確認して驚いた。痛みを感じるのなんて当たり前、指先が何か鋭い物で切り裂かれたかのように切れ、思いの外沢山の血を流しているのだから。
「なんで怪我してんだ? 『精霊の加護』は……?」
慌ててステータス画面―――正式名称『精霊の書』なる物を呼び出し確認する。加護の最大値は、精霊との契約具合によって異なり、俺たちみたいな駆け出し冒険者なら500が平均的数値とされている。この加護は自然回復ではなく、精霊から与え直してもらわないといけないので、こう言った場所では回復できない。なので、俺の残りの加護量は、さっき姫川の電撃を受けた分を引いた、330のままのはずだ。画面に映し出されている残り加護値もまったく同じ、指の負傷にも、まったく反応してなかった事が解る。
「どう言う事だ?」
「まずいわね。ここから離れましょう」
俺と同じように『精霊の書』を確認していた姫川が僅かに強張った表情で告げる。
「何か解ったのか?」
「この魔法陣の効果の一部よ。『精霊の加護』が無効化されているわ」
「げっ!」
それは本気でまずいな。今は何事も無いから良いが、こんな所で魔物に出くわしたら万が一が起きかねないぞ。
「それでも私はレベル27だから、この辺の魔物相手に苦戦する事はないし、そんなに慌てる程の事でも無いのかもしれないけど……。やっぱりもう少し調査してからにしましょうか?」
「俺がなんていうか解ってて訊いてるだろッ⁉ お望み通り言ってやるよ! 俺が速攻で死にますので、どうか一緒にこの場を出てくださいっ!」
「一緒に居る必要性があるのかしら?」
「加護があっても一人でこの神殿出るのは無理っ! ってか出口解らねえしっ!」
「ふふっ、なぜかしら? アナタの運命が私の手の平だと思うと、可笑しくも無いのに笑みが零れるの。ふふっ、本当に不思議ね」
「何か物凄く生き生きとしてらっしゃいませんっ? やめてよ! 俺の命で人生を楽しく彩るのマジでやめてよ!」
ひとしきり俺の事をからかって満足したのか、姫川は「冗談」の一言を最後まで言わず歩き始める。俺も彼女の背中に付いて行き、安堵の息を吐く。もうやだここ。早くお家に帰りたい……。
そうして二人で隠し部屋から出ようとした時、突然それは起こった。
唐突に、魔法陣が起動し、真っ赤な光を放出し始めたのだ。
何事かと振り返って確認する俺達の目の前で、魔法陣から放たれた赤い光が渦を巻き、揺り籠状の台座目がけて吸い込まれて行く。疎い俺でも解る。この光は魔力の光だ。そしてそれが魔法陣に組み込まれた術式に従い、揺り籠の中に集められている。これって何かを作り出してるのか? 相当ヤバい気がするぞ……。
「迂闊だったわ……、私達はあの魔法陣の儀式を完成させてしまったのよ……」
姫川が珍しく焦った様な声を漏らす。俺は何があっても良い様に身構え、視線を揺り籠に固定したまま訊ねる。
「儀式って、何のことだよっ!」
「あの魔法陣は『精霊の加護』を打ち消す効果があり、魔法陣の中心には供物を捧げるための台座。そして、その台座の両端には、刃物が仕込まれていたであろう窪み。全てが意味のある物だとしたら、もうこれは儀式としか言いようがないでしょう?」
そこまで言われればなんとなく想像はできる。できるが……、それでも間違っていてほしいと願って敢えて質問する。
「それが……、なんだよ……?」
俺の心情を理解したのか、姫川は特に悪態も吐かず、しかし現実を突きつける様に冷たく、ただ事実を語る。
「あの魔法陣はある物を生み出すための物よ。揺り籠の両端に設置された窪みに指を入れ、中に仕込まれた刃に触れる事で血を流し、その血を贄として儀式を完成させる。儀式の邪魔になる『精霊の加護』を無効化する仕組みも加えてね」
俺達の一連の行動が、無意識に儀式の内容を再現していたと語り、薄ら笑いを浮かべる姫川。その続き、予想される儀式で呼び出されるだろう物については、彼女も口を噤んだ。だから今度は俺が問う形で現実を確認する。
最後のパーツ。『嘗てこの地で、この魔法陣を使って何度か魔王を蘇らせた』っという姫川が口にした内容。
「まさかと思うけど……、これから『魔王様』がご登場って事はないよな……?」
「仮にそうだとしても、助かる方法はあるわ」
「マジかっ! なんだよそれ!」
「私が使えるとっておきの魔法よ。『リザードテイル』っと言う魔法で、アナタの協力が必要な魔法なのだけれど」
「逃げる気ですね! 俺の事『トカゲのしっぽ』よろしく使い捨てて逃げるつもりですよね! そうは行かないからな! 最後の瞬間まで、俺はお前と一緒だからな!」
「後の事は私に任せて、アナタはゆっくり休んでいてちょうだい」
「お前を一人になんかしない!」
「いつかきっと、何処かで会えるわよ」
互いに名言を汚し合いながら、恐怖から逃避しようと試みるが、なんかそうも言ってられない感じだ。実際、さっさと逃げれば良いのに、まったく足が言う事を聞かない。
まったく、今日はなんて厄日なのか。吊橋で橋を踏み抜き、崖から落ち、真っ暗な洞窟を全力疾走し、デビルアントの群れと戦わされ、電撃を浴びせられながらも、なんとか生還したと言うのに、最後の最後で魔王様が登場とか……、今日一日でラスボスまで辿り着くとかどんだけ俺の事が嫌いなんだよ世界。
魔力の光は揺り籠を満たし、全てがそこに収まる。赤黒い塊となった魔力は、まるで肉の塊であるかのように脈打つ。
「アレ、俺と姫川の血で作られたのか?」
「どうやらそのようね……」
「ま、魔王再誕の立役者として、命ばかりは助けてもらえないかどうか、全力で土下座してみるか?」
「アナタ……、私に何をさせるつもりなの……?」
「なんでそこまで怯えてるのっ! そんなに土下座するの嫌ですか? そんなに怯える程に嫌ですか⁉ 今、正に、魔王って言う恐怖存在が誕生しようとしているのに、それでも嫌かっ!」
「イヤよ。変わりにアナタが全力で土下座なさい」
「それで助かるならいくらでもしてやるがな! お前もしないと助けませんと言われたら一緒にしてくれるんだろうなっ!」
「頭を垂れるくらいなら、私が魔王になるわ」
「それっ、魔王が現れても同じ事言える? 次の瞬間魔王様登場しても同じ事言えるか?」
「う……っ」
ドバンッ!
醜い喧嘩の末、姫川が言葉に詰まった瞬間、まるでそのタイミングを待っていたかの様に黒い塊は破裂し、中から子供サイズの何者かが生まれた。
見た目は子供だ。銀色の髪に、不健康そうな白い肌。一糸纏わぬ体の凹凸が、少女である事をはっきり主張している。頭の両端に、真っ黒な角が捻じれた形で生えている。明らかに人ではない。何より纏うオーラが、既に険悪で、凶暴だ。生まれた子供は産声を上げる物だが、この存在は、静かで凶暴な殺気を放って生まれた。警戒心が半端ネェ……。
彼女はゆっくりとした動作で立ち上がる。長い銀の髪が身体を包むように流れ、ゆっくりとした動作で佇む。
口を開く。
「我―――、」
瞼が開かれる。
「魔王なり」
露わになった獣を思わせる金色の瞳。人間の物とは違う、その眼が、はっきりと俺達二人の姿を捉える。
刹那、俺達は同じ事を考えたはずだ。ここで何かをしなければ、確実に殺されると。だが、聡明な姫川には何も思い浮かばない。何故なら聡明故に彼女は理解してしまうからだ。何をしても殺されると。だから―――っと言うわけでは決してなく、ただ単に恐怖に負けてヤケクソになった俺は、思い付いた内容を深く考えもせずに叫んでいた。
「そう! 俺と姫川の血から生まれたのがお前だ! つまり俺は、お前の父親だ~~っ!」
胸に手を当て、かなりヤバい事になっているであろう血走った眼をして、俺は叫んだ。
魔王が無表情に俺を見つめる。姫川が絶望にも等しい表情で俺を見る。
「正気……? アナタそれで、この場を回避できると本気で思っているの?」
「正気じゃねえよ! ってかむしろ教えてくれよ! 正気なままで、この場を潜り抜ける方法をよ!」
視界が滲むのも気にする余裕も無く、そう訴えると、いよいよ追い詰められたような表情になる姫川。俯き、グッと、唇を噛んで何かに耐えた後、意を決する様に手を上げる。
「わ、私、が……、私が……っ! 私が母よ。跪きなさい」
「何処の独裁主義お母さんだよ! それお母さんじゃなくて女王様だろっ! ってかむしろ俺以上に魔王の母親としてハマってない?」
「……」
「遠い目をするな! 自分の黒歴史生産した事から逃げるな! 現実を見ろ~~~っ!」
恐怖って、人をダメにすると思う。さっきから、顎がカチカチ鳴ってるし、肩は震えるし、背中にも手にも冷たい汗が一杯だし、膝も大爆笑だし、まともな精神状態じゃないし、姫川でさえちょっと頭が可笑しい事になってるんだぞ。これもう既に色々終わってないか?
そう言えば『司書』の娘も言ってたっけ……。俺達は選ばれた勇者でも何でもないって……。まさか、魔王再臨の最初の犠牲者とか……。ヤバ、締めなきゃいけない所まで緩んできた……。
もはや平静を保てなくなった俺達は、次に訪れるであろう最悪の瞬間を、少しでも遠ざけるため、必死に精神的な逃避を計り続けていた。
―――っと、突然、あの、おぞましい程の殺気が収束していき、完全に消え失せてしまう。残されたのはきょとんとした表情で俺達を見つめる魔王の幼女。
彼女は二、三度瞬きを繰り返した後、俺を見つめ―――、
「パパ、と……」
姫川を見つめ―――、
「ママ……?」
はっきりと、問いかけてきた。
「………」「………」
マ・ジ・かっ!
俺達は顔を見合わせる。互いにこんな手が上手くいくわけがないと思っていただけに、この展開は急には付いていけない。
いや、ダメだ! ここで置いて行かれたら命が危ない!
俺は自分の危機管理能力を信じ、このスパイラルビックウェーブに乗る事にした。既に波の中に落ちてる状態でな!
「そう! 俺がパパだ! お前の生みの親だ! 我が娘よ!」
手を差し伸べ、はっきり宣言する。後で冷静になって思い返したら、きっと死にたくなる様な台詞言ってるんだろうなぁ~。なんて事を思いながら、だが、まだ冷静にはならない。なったら今死ぬ。
魔王は、少々戸惑った様子で手を差し伸べ、おずおずと言った感じに躊躇してから、俺の手を取った。
「パパ……?」
「お、おう……っ!」
俺すげぇ。マジ誰か褒めて。俺、魔王のパパになっちゃったよ。
「アナタ……、良いのそれで? その娘魔王よ……?」
「おい姫川。俺の様な矮小なレベル7冒険者が、これ以外に選択肢を選べると思っているのか? 魔王の敵になったら、死ぬしかない俺が! パパになる事で生き延びられるなら本望だぁっ!」
「どうして私はこれを恰好良いと思ってるのかしら……。今すぐ治療魔法をかけてもらいたいわ……」
額に指を当て、何だか負けたみたいな感じになっている姫川の姿に謎の優越感。俺、やっぱこの人に言い勝つと、なんか嬉しくなるな。
「マ、マ……?」
俺の手を握っていた魔王っ子が姫川を見て尋ねる。
「え……?」
「ママ……?」
もう一度復唱。何か姫川が物凄く追い詰められている様な表情になっていらっしゃるのだが……。
「私は、アナタの妻にならないといけないの……? 正気?」
「そこで正気を疑うな。言っとくが決定権は全てお前にあるからな。俺はもうパパで押し切る」
「悪夢だわ……」
完全に絶望したのか、淀んだ空気を纏いながら脱力。目がなんか光を失って焦点が合っていない様なのですが、本当に大丈夫なのか……。
魔王っ子が見つめる。眉尻が下がり、瞳が僅かに潤む。まるで、何かを恐れるかのような、期待しているかのような表情。
しばらく見返していた姫川だったが、やがて諦めたように溜息を吐くと、手を差し伸べる。
「ええ、私がアナタのママよ」
「―――っ!」
瞬間、魔王っ子の表情が子供相応の花の様な笑みへと変わり、姫川の手をギュッ、と掴んだ。図らずも、本当の親子の様に、親に挟まれて手を繋ぐ形になって。まるでここまでの一連こそが、俺達が親子になるための儀式であったかのように見えた。
この日、俺と姫川による、魔王っ子教育の日々が『始まった』。
まだ一話ですが、ご意見ご感想お待ちしております。