「道に迷ったら魔王を発掘して、なんでか親になって、これから面倒をみなければいけない―――ってどう言う事だよ……?」
頭を抱えて問いかける俺に、頭痛を堪える様に額を押さえていた姫川は、こちらを憎たらしそうに睨んできた。
「ほぼ、半分以上はアナタの責任だと思うのだけれど?」
「じゃあお前ならどうしたんだよ?」
「私の言う通りに行動していれば、犠牲は一人で済んだのよ?」
「さも当然と言わんばかりに仰いますがっ! その犠牲って俺だよね? 俺一人が犠牲になってアナタエスケープしてらっしゃいますよねっ!」
「羊にくらいなりなさい」
「トカゲのしっぽの次は、スケープゴートかよ!」
「体の一部から、本体その物よ。昇進したわね。私にそこまで認めさせるなんて大した物だわ」
「捨て駒役からは脱退していないけどなっ!」
醜く罵り合う俺達。これでも喧嘩してるわけじゃない。色々起こり過ぎて精神の安定が保てないので、なんでもいいから話題を途切らせたくないのだ。何か喋ってないと変になりそうなんだよ。漫画とかでもこう言うシーン結構あるけど、アイツ等よく冷静でいられるよな? 俺も姫川も、全然冷静でいられないぞ。互いにまだ恐怖が抜け切っていない感じだ。
魔王っ子に自分達をパパとママと思い込ませて難を逃れたまでは良かったが、だからって問題は何も解決していないわけで。とりあえず落ち着こうと考えた俺達は、姫川先導の元、遺跡の外の、人が来なさそうな森の中へと移動していた。
だが、いざ移動して落ちついて冷静になってみたら恐怖やら羞恥心やら後悔やら、その他諸々の感情を制御しきれず、こうして喧嘩のフリして精神の安寧を計っているのです。
「何故よりにもよって私はアナタを夫にしたのかしら……。あの時、先に私が母親宣言していれば、アナタはただの召使と言う事にもできたのに……」
「そこかぁっ⁉ そこがお前の引っかかりなのかぁ⁉ 俺が相手で本当にすみませんねぇっ! その辺は自覚してるよちくしょう~~っ!」
ただ、欲を言うなら姫川の罵倒オンリーはどうにかしてほしいよ。俺の精神だけ微妙なマイナス補正がかかってるんですけど……。
もし傍目から見たら「お前ら怯え過ぎだろ?」っと仰るかもしれない。確かに俺達は二ヶ月前までただの高校生だったさ。それでも今は冒険者として活動している訳ですよ。物凄い殺気を掛けられたからって、今は魔王っ子も大人しく、俺達の事を本気でパパとママ扱い。それだけならもう、恐怖も薄らいでいたさ。
だから、それだけじゃなかったんだよ……。
「パパ、ママ……!」
俺達が言い合いを続けていると、隣で心配そうに見つめていた、俺が使っていた迷彩用のマントを羽織った魔王っ子が、俺達に必死な表情で語りかけて来る。小さな両手を握り、子供らしい精一杯で、戸惑いながらも訴えかける。
「喧嘩、しない、で……っ!」
ボボ~~~~~ンッッ!
魔王っ子様が力んだ瞬間、俺達の周囲に凶悪な魔力の塊が叩きつけられ、周囲の木々を薙ぎ払って行った。さっきまでここは木が密集していて、身を隠すには最適だったと言うのに、今は森の中にできた開けた地になっている。何かここで野営の準備整えたら八人くらいは余裕で寝られるスペースが確保できるんじゃないか? って思われる程に綺麗さっぱりだ。薙ぎ倒された木々は、ただ吹き飛ばされたと言うよりも風で削られた様になっていて、表面がズタズタにされている。中には完全に折られた物も、粉砕された物まである。
俺達二人は、そんな光景を、関節が錆びついた機械の様に鈍い反応で首を巡らせ、確認し、呆然としてしまう。
この魔王っ子様、ここまでに至るまでにこんな事を何度も繰り返していらっしゃる。
遺跡に出るまでの間に、何事も無く出られた訳ではない。途中、小型の虫系魔物に襲われ、対処しようとした時、魔王っ子様が「パパと、ママ、を……! 苛めちゃ、メッ!」の一言で虫達を恐れ慄かせ、撤退させたのに始まり、瓦礫が邪魔だと言えば魔力の波動を撃って撫でる様に吹き飛ばし、獣が現れると先手必勝の如く飛び付き、その小さい口に収められた意外と鋭い牙と強靭な顎を持って骨ごと噛み千切り、返り血も気にせず貪り尽くした。そのまま食べ切ってくれればまだ良かった物の、半分以上を残して「パパ、ママ、食べる……?」などとスプラッタを差して無邪気に訊いてくるのです。気絶しそうになる姫川に代わり、吐き気を堪えた俺が「いいよ、全部お食べ」と言ってあげる事でなんとかやり過ごしたが、しばらくトマトとか食べられそうにないぞ俺……。
そんな調子、ただ遺跡から出て来る短い距離の間で、俺達の精神的苦痛は既に臨界点を振り切っていたのです。怖くないわけないだろう!
「喧嘩、しない、で……?」
哀しそうに涙をたっぷり蓄えた瞳で訴えかける魔王っ子様。子供に世界を滅ぼす力を与えたら、こんな感じなんだろうなぁ~、っとか、頭の冷静な部分で変な事を考えながら、俺達はしっかりと手を握り合った。
「な、仲良しだよ~~? パパもママも喧嘩してたわけじゃないんだよ~~?」
「ええ、建前上、私達はとても仲良しよ。喧嘩など一度もした事無いわ」
「嘘を吐くならもっと説得力のある嘘を吐かないか! いたいけな幼女が見てるんだぞ!」
「子供に嘘を教えるのって、教育上、良くない事だと思うの」
「残酷な真実もあるんだよ! せめてオブラートに包むくらいの事をしようぜ!」
「あら? 知ってたかしら? オブラートにも許容量と言う物があるのよ?」
「お前の嘘はオブラート突き抜けるんかいっ!」
姫川、アレだけ俺を弄っておいてまだ冷静じゃないのか、このタイミングでボケないでほしい。それとももしかして素を全開で出してこれか? これが
まあ、ボケにツッコミ入れてるだけなので、そんな大した事じゃないよな。なんて油断していた俺は、次の瞬間現実に叩き戻された。
「喧嘩、メ~~~~ッ!」
俺達に飛び付いた魔王っ子様。
ガシッ!
俺達の手をそれぞれ掴む。
メギョンッ!
手がありえない形に潰れた。
ブバアアァァ~~~ッ!
物凄い勢いで『精霊の加護』消費中。
「……おい」
「……ごめんなさい、私、冷静ではなかったわ」
現在進行形で加護をガンガン失っている俺達は冷静になり、同時に幼児体型でも、この子は真実魔王なのだと理解する。
「ご、ごめんな~~。もう喧嘩してないぞ~~」
「え、ええ、もう仲直りしたわ。心配掛けてごめんなさいね」
俺達の返答に、不安そうな表情と潤んだ瞳で見上げてくる魔王っ子様。
「ホント……?」
「ああ、仲良しだよ!」
「アナタのおかげよ」
二人、青い燐光と汗を大量に吹き出しながら、出来うる限りの笑顔を向ける。
しばらく、不安そうにしていた魔王っ子様だが、今度は納得してくれたみたいで、哀しい表情が引っ込む。
「もう、喧嘩、しない……?」
「ああ、大丈夫だ!」
「ええ、だから手を放してくれて大丈夫よ。できれば早急に」
姫川がちょっと口を滑らせたが、その意見には俺も全力で賛成だったので、激しく頷いておく。
「……うん」
ひとまず納得してくれたのか、魔王っ子様はようやく手を放してくれた。やがて青い燐光は静かに収まって行き、そこには変わりない俺達の手がちゃんとあった。
慌てて二人で『精霊の書』を開き確認。残りの加護量は……、もう3しかなかったんですけどっ! 超あぶねえ! 何気に命の危機だったよ俺!
「大丈夫、まだ半分はあるわ……」
ホッとする姫川の発言に、レベル差を感じてこっそり傷つきながらも、冷静になった頭で俺はこの先の事を考える事にした。
「それで、これからどうしようか? もう、この際だからこの魔王っ子様を育てて行くって事で良いとして……、どうすればいい?」
「後の事なんて考える余裕がなかった場面だったとは言え、本当にノープランなのね」
「こう言う時は何から考えて行けばいいんだっけ? 目的? 拠点? 安全確保が先か?」
「目的からよ。とりあえず私達がこれからしないといけない事は、この子を育てていく事よ」
姫川が魔王っ子を見る。魔王っ子様は首を傾げながらも、見つめられただけで嬉しいのからちょっとだけ笑っている。姫川はその笑顔に応えようとして手を差し出したが、その手を途中で止めて硬直してしまう。
「ええっと……」
一瞬困ったような表情で手をうろつかせた後、結局頭に手を置いて撫でてやる。
「……っ♪」
頭に生えた角に当たって上手く撫でてやれない姫川だったが、それでも魔王っ子様は嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。子供の無邪気な笑みは花が咲いた様だと例えられるが、確かにそのまんまだな。
「この子を育てて行くとして、問題点があるわ。その問題点を確認しましょう」
「この子が魔王ってバレたら即アウトだよな。その辺どうなんだ?」
俺が尋ねる。姫川はすぐに首を振る。
「情報不足よ。とりあえず人目に映す事だけは絶対にダメでしょうね。人間以外の異種族もいるみたいだけど、基本的に人間の敵みたいだし、角を見せたら真っ先に疑いを掛けられるでしょうね」
「仮に帽子や髪型で隠せたとしたら?」
「この眼は人間じゃあり得ないわよ」
「万が一、カラーコンタクト持ってる奴がいたとしても……」
「肌が白過ぎるわね……。まあ、このくらいなら隠せるかもしれないけど」
「一番の懸念は魔王的な気配を誰かに察知されないかだよな? 姫川的にどうなんだ?」
「とりあえず魔力的な気配で言わせてもらえば、最初の時の様にこの子が臨戦態勢を取らない限りは大丈夫よ。それ以外ではまったく魔力を感じなかったわ」
「え? いや、だってさっきもこの子、魔法使ってたろ? 魔力の塊を周囲にぶつけたの、俺でも解ったぞ?」
「私が言ってるのは、威力に対して感知できる魔力の質が弱いって事よ。この子、見た目は本当に子供だけど、中身は相当魔法技術に精通した魔王よ。殆どムラ無く魔力を現象に変化しきってるから、発動時の魔力以外は感知できないのよ」
良く解らないが、魔法についてはMP消費で魔法を放つ、っていう単純な話ではないようだ。魔術師でも無い俺にはその辺の事はさっぱりだ。
「そっち方面の話は今は置いておくとして……、ともかく目撃されるのは何としても避けないといけないわけだ。だとしたら、街に連れて行くのは却下。彼女を何処に匿うかだけど……」
「待ち合わせ場所を決めて、山の奥にでも隠れてもらえばそれで充分な気はするけどね」
姫川が魔王っ子様を見る。魔王っ子様は姫川の腰にしがみついて幸せそうにしていた。そこに一匹の虫が現れ、彼女の周囲を飛び回る。幸せなひと時を邪魔されたのが相当煩わしかったのか、魔王っ子様は拗ねたような表情で手を払い―――、
ボォンッ!
空気が破裂し、虫が蒸発。更に向こう側の木に衝撃が届き、ボッキリと二つに折ってしまった。
「逆にコレの脅威とは何なのか知りたいわ」
うん。コイツは一人でも生きていけるよ絶対。食料も適当な獣をその場で噛みついて貪り食うだろうし。一人にしてても何も心配できない。
「なあ、お前も少しの間なら一人でも大丈夫か?」
念のため試しに聞いてみると、途端に魔王っ子様の表情が愕然とした物へと変わる。
「パパとママ、何処か行っちゃう、の……?」
ギュゥ~~ブチブチボギッ! ブワァ~~~ッ!
魔王っ子様、不安のあまり姫川に抱きつく力が上がって、横さば折り状態。すごい勢いで『精霊の加護』が消費されています。
「だ、大丈夫よ……! 何処にも……っ! 行かないから……! だから手を緩めて……っ!」
苦しそうに顔を青ざめながら必死に訴える姫川。良かった、俺じゃなくて良かった。もう俺の『精霊の加護』は残ってないんだ。転んだだけで消費し尽くす様なホコリ程度しか残ってないんだ。あんなの食らった日には下半身と上半身がさよならしている所だったぞ。
なんとか魔王っ子様を宥めた姫川は、『精霊の書』をもう一度確認してから、安堵の息を吐いた。どうやらまだ余裕が残っているらしい。
「ま、まあ、そうでなくても、この子を一人にするのは私も反対よ。万が一人間に見つかったら厄介だもの」
「確かに。『ファーストウォーク』の冒険者はそんなに強くないとは言え、この辺くらいなら、少し慣れた奴は普通に入って来るもんな。冒険者に見つかってギルドで報告なんてされたら厄介な事になるよな」
「厄介なのはそれだけじゃないわ。魔族側に見つかっても問題よ」
「魔族側?」
魔王が魔族に見つかって何か問題があるのか? むしろ友好的になりそうだが。
「魔族が自分達の王を見つけて、何もしないわけがないでしょう? 場合によっては魔族側の領土に連れていかれて、数日後には名実ともに魔王の再来になるでしょうね」
「うえ……」
それは困る。俺達が生き残った意味が無くなっちまう。
「知性のある魔族は希少らしいから、可能性は低いでしょうけど、魔族側の情報ネットワークがどういった仕組みになっているか解らない以上、この子を魔物に見られるのは避けた方が良いでしょうね」
なんだこれ、考えれば考えるほど、この子を隔離した方が安全なんじゃないかって思えてくるぞ……。できればそっち方面の行動はしたくない物だ。
「とりあえずは山奥に拠点を作って、そこでこの子と一緒に暮らすしかないわね。それで少しずつお留守番に慣れてもらうしかないわ」
どうやらそれが一番最初にするべき目的って事か。となるとまず最初にすべき事は……。
「山奥の拠点探しか? 今からだと日が暮れそうだな……。あ、って言うか……!」
今思い出したが、俺、弘一達と待ち合わせしてるんだった。いつの間にかもう、日も傾き夕方になろうとしている。一度、街に戻った方が良さそうだな。
「とりあえず拠点になりそうなところ見つけたら、俺は一度街に戻って良いか? そうしないと弘一達に怪しまれる」
最初は心配されるだけかもしれないが、これから先、単独行動が増える可能性を考えると、あまり怪しまれる事は控えたい。
「え……、パパ、何処か行っちゃうの……?」
不安そうな表情になる魔王っ子様。恐る恐ると言った調子で俺に手を伸ばして来て―――先に彼女の手を掴んで言い募る。
「大丈夫! 一緒に居て上げるよ!」
残りの加護が散りに等しい俺は、生き残るのに必死だった。
そんな俺を憐れむ様に見下す姫川。お前と違って俺にはもう後がねえんだよ! っと言う言葉は魔王っ子様の前では言い出せないので堪える。
とりあえず魔王っ子様は笑顔になって納得してくれたので手は放す。そこが気に入ったのか、また姫川の腰にぴっとりとくっ付く。
「一応、目ぼしい所に心当たりはあるから、今日はそこに移動しましょう。野営の準備をして、後の話はそれからよ」
「そうだな……。はあ、本当に長くなりそうだ……」
とりあえず俺達は姫川先導の元、野営できそうな場所へと移る事にする。魔王っ子様の力でこの場所でも野営できそうなんだが、この辺は依頼をこなしに来た冒険者と出くわす可能性がある。もう少し深い場所に言った方が良いだろう。
姫川は腰に抱きついていた魔王っ子様を放し、代わりに手を繋いでやる。俺も姫川の後ろを大人しく付いて行く。
「それにしても可笑しい状況よね。人間の私達が、しかも魔王討伐のために異世界から送られてきた私達が、こうして魔王の面倒を見る事になっているだなんて?」
「それはもう、成り行きとしか……。まあ、こうなった以上、素直に魔王っ子の親をやるしかないんじゃないか?」
「そこは特に気にしていないわ。あの場合は仕方がなかったもの。でも、どうしてアナタがいるの……」
「そのゴキブリでも見るかのような目でこっち見ながら訊くの止めてくれないかなっ! 割と普通に傷付くんだからさ!」
「まあ、こうなってしまった以上、自分の立場を利用して、この子に色々教えて行くしかないわね。まずは……」
教える内容でも検討しようとしたのか、一拍の間が空いた姫川に、魔王っ子様が彼女の腕を引っ張る。
「ママ、あそこチョー、チョ……!」
パギョッ!
姫川の肩からなんかすごい音が響いたんですけど! 姫川の肩から青い燐光が迸ってるんですけどっ!
叫びそうになるのを必死に堪え、脂汗をかきながら青ざめる姫川は、何かを決意した様に呟く。
「まずは、力加減を教えるべきね。早急に……!」
大賛成だよ。姫川……。
姫川が案内してくれた場所は、あの遺跡から少し歩いたとこにある森の奥だった。一見、この程度の距離なら、冒険者としてそれなりのレベルに上がった奴がやってきそうな物だと思ったが、ここに来るまでの間に、何度も『エッグドファング』なる、卵に足が生えた様な魔物に何度も出くわした。見た目通り卵の殻で出来た魔物らしく、素手の拳でも殴り飛ばせばすぐに絶命する。割れた様に見える口だけが奴等の武器だが、革製の鎧一つ噛みちぎれないので、剥き出しの皮膚にさえ注意していれば、それほど恐れる敵ではない。だが、こいつらはデビルアント以上に群れで襲ってきて、時々黄色いタイプのエッグドファングが混じっている。コイツだけがかなり頑丈なので、色々と面倒だ。倒したところで核は取れず、素材も卵の殻だけと言う土の肥しにしかならない安物揃い。面倒が増えるだけのこんな場所、好き好んで来る奴はいないと言う事だ。
姫川はソロの時にしらずに入ってしまい、大変煩わしい思いをしたそうだが、おかげで奥に、野営に丁度良い場所を見つける事が出来たのだと言う。
ちなみに今回は、俺達の傍に魔王っ子様がいらっしゃったので「メ……ッ!」の一言で立ち去ってもらった。やっぱ子供でも魔王だよこの子。
野営地点に到着した俺達は、さっそく準備に取り掛かる。腰のポシェットから手の平サイズの四角い板の様な箱を三つほど取り出す。『アイテムケース』と言われる、アイテムを収納できる便利アイテムだ。ただ、ゲームの様に大量の荷物を無限に収納できると言うわけではない。ちゃんと制約や限界がある。
まず一つに、『精霊の加護』を受けていないと使えない。次に、収納できるのは一ケースに付き、カテゴライズ一種、そして総量は自分の力で持ち歩ける量に限られる。例えば肩に掛けるデカイ旅行用鞄に入る程度なら持ち運ぶ事は出来るだろう。そのくらいの重量ならいくらでも入れられる。重量挙げが出来る程の人物なら、もっとたくさん入れられる。ケース一つの重量制限さえ守れば、一人で大量の荷物だって持って行く事が出来る。だが、少々厄介なのが『カテゴライズ一種のみ』と言う制限だ。この制限が意外と細かく、例えば大量の剣を収納しようとカテゴライズ認証をするとして、装備品の括りで認識させようとしよう。だが『装備品』っと言う一括りではカテゴライズとして認識されない。『武器』と言う括りも認識されない。『刃物』にしてもやっぱり認識されない。カテゴライズとして認識されるのは、何の目的で使われる物なのかを、はっきりしている物でなければ認証できないのだ。
ならば『武器』でも『刃物』でも充分と考える方もいるだろうが、それではどう言った風に使うのかが明確ではないのだ。『武器』の括りでは中にはいる物が爆弾でも棍棒でも武器として扱える。人によっては水だって立派な武器とする事も出来るだろう。そのため範囲が広すぎて認証できない。『刃物』場合は、それがノコギリや包丁でも刃物で在り、鎌や槍、斧だって刃物に入る。これもまた範囲が広すぎるのだ。なので、剣を収納するためには『剣』と、明確に示さなければカテゴライズとして認識されない。
さて、今回俺が野営の準備道具として取り出したケースは三つ。これらはそれぞれどう分けているかと言うと……、『寝具』『テント』『工具』の三点だ。『寝具』は簡単な毛布、もしくは寝袋が収められている。俺の腕力では毛布二枚と寝袋一つが限界だった。『テント』は布で出来た折り畳み式の三角形屋根のテントだ。何気にこれは持ち上げられない人もいるので、テントの方で工夫がされた。折り畳み式なのはそのためだ。だが、残念な事に『テント』のカテゴライズでは杭やハンマーは収められなかった。なのでもう一つ『工具』の中から杭とハンマーを取り出す。『工具』は一見範囲が広そうだが、これはこっちの世界の常識的に、工具は建築用の物しか認識されないらしく、例えばドライバーやペンチなんかは範囲外とされる。今の二つはそもそもこの世界には存在しない物なのだが、それが『工具』でカテゴライズ可な理由なのだろう。つまり、範囲内に入る『物』が少ないと言う事だ。
「火とか、食事は任せて良いか?」
俺が姫川に訊ねながらテントとセットになっている紐を木に引っかけたりして寝床の作成に入る。
「そうね、とりあえず少し離れていてくれるかしら? これから野営の準備をするから」
ずっとひっつきぱなしだった魔王っ子様に言うと、大人しく頷いて手を放した。
「なに、か……、手伝う……?」
小首を傾げて尋ねてくるので、せっかくだから手伝ってもらおうと考える。
「じゃあ、この紐をだな―――」
「力加減を覚える前に手伝わされたら大事になるわよ」
「ここはパパに任せて、大人しくしていてね♪」
姫川の発言に保身に走る俺。魔王っ子様はちょっとだけ不服そうだったが、大人しく頷いてその辺の石の上に座った。
姫川は自分でもアイテムケースを取り出し、調理器具や食材を準備、さっさと簡単な料理を作ってしまう。火元は魔法で一発なのでその辺はちょっと羨ましいな。
俺がテントを張り終え、中に毛布を二枚置いた後、野外でも使用可能な寝袋をテントの隣に設置する。俺のテントは無理すれば三人くらい入れる程度の大きさだが、さすがに女の子と一緒に寝たりする訳にもいかないの外に俺が寝るスペースを確保しておく必要がある。姫川もテントを持っているはずだから、姫川と魔王っ子様にはそこで寝てもらうのが良いのかもしれないが、いくらなんでも二人っきりはまだ気まずいのだろう、姫川は何も言ってこなかった。いくら子供の姿とは言え、あの子が魔王である事は恐怖と共に認識している。俺だって二人っきりはまだ怖い。できる事なら声を掛けたらすぐに来てもらえる距離にはいて欲しいはずだ。
寝床の準備が出来たところで一息吐くと、背後から良い匂いがしてきた。姫川が簡単なスープを作ったようだ。見たところ適当な野菜を刻んで、調味料と共に煮たてただけの物の様だが、匂いは充分に食欲をそそられる。
全ての準備と片付けを済ませると、焚火で煮たてる鍋の前に魔法で作った石を椅子代わりにして座り、お玉で鍋をかき混ぜながら取り分けの準備に取り掛かる。
魔王っ子が姫川の隣に座ったタイミングで、俺も姫川の正面に座る。
「美味そうに出来てるな。姫川の手料理をこんな形で貰えるとは、楽しみだぜ」
「あら? アナタも食べるつもりなの?」
俺の分の配膳が用意されていなかったので予想はしてたけど、やっぱり一人で食うつもり満々だったな。魔王っ子様の事を考えていたかどうかまでは知らんが。だが、予想していた以上、今回もちゃんと台詞を用意しておいたぜ!
「俺の様な底辺男子が女子の手料理を口にできる機会なんて早々ないからな! だからお前に譲る気すらないぜ!」
そう言って俺はあらかじめ懐に忍ばせておいた木製のお椀とスプーンを取り出し、姫川の手からお玉を取り上げ勝手に自分に注いでがっつく。すぐさまおかわりして煽るように食し、お椀を空にする。姫川が食べる前に鍋の中を空にする勢いで。
「どうして卑屈になる時はそんなに堂々としているのよアナタ……っ!」
呆れつつも、俺の手を掴んでおかわりを阻止する姫川。やっぱ腹は減っているらしいな。材料の問題からそんなに量も作れなかったから、自分のお腹が膨れる前に食い尽くされる可能性を察したのだろう。
俺も負けずと左手のスプーンで直接鍋から食い始める。鍋物を皆で突っつくのは日本人特有の文化だね。
「行儀を忘れるほどに食いつくの? 浅ましいわね」
「お前はブサメンと呼ばれるモテない男子の悲痛さを解っちゃいない。彼等がどうして見た目と比例して気持ち悪く映るのか? 見た目がキモイから、僅かでもチャンスがあったら食いつかないと明日を生きる希望すら失うんだよ! 俺はまだ、明日が欲しいっ!」
「どうして私はこれを恰好良いと感じるのかしら? この世界に精神科ってあったかしら?」
ついに両手を掴まれホールド。このまま意地を張って抵抗してやるのも面白かったが、それでは食事が続かないので素直に降参する事にした。
互いに手を放し、新しく出したお椀にスープを入れて、一連の間も自分の分が配られる事に何の疑いも抱いていない純粋な瞳を向けている魔王っ子様に差し出す。花が咲く様な笑顔で受け取り行儀よくスプーンを使って食べる。獣の時は直接食いついていたが、普通の食事もできるんだな。って、この子、確か獣数匹を既に丸々食ってんだよな。まだ食えるのか?
食事を終え、後片付けを済ませると、やっと人心地がついた。このままゆっくり休んでしまいたいところだが、そろそろ余裕の無かった頭も働き始めた。重要な案件を片付けて行こう。
「ところで魔王様、名前とかないわけ?」
「今更の質問よね。私も気になってて訊く余裕なかったけれど……」
お互い精神的に色々ヤバかったもんな。
呆れの視線に、逆に同情の眼差しを返してやると、何か負けた気分になったらしく、渋面で睨み返されてしまった。
「なまえ……?」
「そう、君の名前は?」
「我、魔王、なり……」
「固有名詞プリーズ」
「パパ、は、難しい言葉、知ってる……! 凄い……っ!」
「はっはっはっ! そうだろうそうだろう! ……名前ないって事で良いのかな?」
魔王っ子様に笑顔を向けつつ、姫川に助けを求めるつもりで質問。姫川も、何か呆れた様な、諦めたような表情で「いいと思うわ」と返してくれた。
「じゃあ、せっかく親になった事だし、俺達が名前付けるか? 呼び名が無いと対外的に不便だし」
「『対外的』の使い方が間違っている様な気もするけど、今は細かい話はやめましょう。切が無いわ」
俺に半眼で見ながら言うって事は、主に俺の所為だとおっしゃいたいんですか?
「名前……、パパとママ、が……、考えてくれ、るの……? ―――っ!」
期待全開のサンシャインスマイル。コレ、今逆らった魔王パンチが飛んでくるんでしょうか?
なんか墓穴を掘った気分で俺達は悩まされる。何か良い名前はないだろうか?
「名前付けって、何気にハードル高くないか? 俺達が付けた名前が一生呼ばれ続けるんだぞ? 下手な名前付けられん!」
世の親達はよくもまあ、子供の名前を付けられた物だと思うね。これ、かなりのプレッシャーじゃん。
「う~~ん、一応は魔王だし、魔王っぽい―――でも女の子なんだから可愛い、だけど印象的に嫌味にならない名前……?」
首を捻って考え込むが、こう言う時、良い名前が中々思い付かない物だよな。親が自分の名前を一文字取ったりする気持ち、少し解るかもしれない。
「マステマ……」
不意に姫川が呟く。
「なに?」
「マステマよ。悪しき人間を堕落させ、悪魔を率いた天使の事よ。その性質上、文献によっては悪魔と称されてもいるの。ただ共通している事実としてマステマは神に認められ、災いを振りまいたと言う事よ」
「神に認められた悪魔……」
なんだその意味深名前は? 姫川笑ってるし、なんか思惑あって付けた名前なんじゃないのか?
「なんでよりによって神様公認の悪魔の名前なんだよ? 何か適当に付けた感じじゃないっぽいけど?」
「私、ちょっと思い出していたのよ。あの『司書』さんの言っていた事を」
俺達の間で『司書』と呼ぶ存在など一人しかいない。彼女の事を言っているんだ。あの世界の本に囲まれた狭間にいた対外的に『世界の司書』を名乗る少女。甘楽弥生。
「彼女の何を思い出したって? 確かに最後になんか重要そうな事言ってたけど」
「『光も闇も、片方では何も成立しない』っと、言うセリフよ」
姫川は淀みなくその言葉を紡いでみせる。
さすがに彼女の言葉を一言一句憶えているのかと言われると、まったく自信がないが、それでも、不思議な事に思い出そうとすれば容易に思い出せる。だから姫川に言われると、確かにそんな事を言っていたとすぐに解った。
「っで、それがどうかしたのか?」
「私はずっと考えていたのよ。どうして私達を―――異世界の住人を呼び寄せてまで、この世界の神は、魔王を討たせようとしているのか? 『パーソナルアビリティ』なんて力を三十人もの元学生に与える事が出来るくらいなのよ? それなら、自分の教会の敬虔な信者にでも力を与えた方が良いに決まってるじゃない? もしくは、転生相手をもっと絞って、より強力な力を与えた方が、魔王討伐の可能性は上がるはずよ」
「そう……なのか? いや、人数に対しては質と量の限界が、ここらへんだったとも考えられないか? 量は増やせるが質はこの程度が限界だったとか?」
「それはあるかもしれないわね。でも、何故わざわざ異世界の人間を呼ぶ必要性があるの? 異世界の住人なんて別の信仰を持った異教徒も同然じゃない? 自分を信仰しない人間を集めても、余計な価値観で混乱を招くだけ。正に私達は異物も同然なのよ」
何か話が壮大になってきた気がして、俺は神妙に考え込みそうになった。だが、途中で気付く。これらは全部姫川の憶測でしかない。あくまで姫川は疑問を抱き、その疑問の答えを求め、探しているのだと言っている。その探すという行為でさえ、まだ一ヶ月そこら。目ぼしい情報など入ってはいないのだろう。ならばなんだ? なんで彼女はこんな話をしている。結論を求め、俺は視線だけで訴える。察したらしい彼女は結論を言う。
「向こうの思惑がどう言うわけか解らないなら、試しにこちらからアプローチを掛けてみようと考えたのよ」
「アプローチって、どうやって? あの神様的球体だっていなくなったし、そもそも神様に干渉する方法なんてあるのかよ?」
「神様に直接は無理ね。この世界の神様って存在がどう言う扱いなのか、今一理解できないもの。でも、明らかに一つだけ、神の意思に反抗する手段があるのよ。それは偶然にも、アナタが作ってくれたわ」
「おいまさか……っ!」
気付いた俺が魔王っ子に目を向ける。
無邪気な魔王っ子様は、やはり見られるだけで嬉しいのか満面の笑みを返す。
「ええ、そうよ」
姫川が肯定し、立ち上がると、魔王っ子様の元まで歩み寄り、そのまま抱きかかえる様に抱きしめた。
「彼女を、魔王を私達が教育し、人間の味方にしてしまうのよ。魔王を倒すのではなく、私達の側へ取り込んでしまうの」
大胆不敵。
そんな言葉が似合う程に、姫川は不敵な笑みを浮かべ、無邪気に喜ぶ魔王っ子様を抱きしめた。
不可抗力で起きた家族計画。それがまさかこんな事になるなんて……。
もしかしたら空ぶりと言う可能性だってある。作戦自体は雲を掴む様な手応えの感じられない物になるだろう。それでも、そんな事を試みる時点で、俺達は重大な反逆者だ。自分達を生き返らせてくれた神様に、反旗を翻す事には違いないんだからな。
それが成功するのか、ただの空ぶりに終わるのか、そんな事は予想もできない。ただ、理解できない故の興奮を感じながら、だが、姫川の作った空気に流されないよう、努めて冷静に言葉を返す事にした。
「でも、マステマって呼びにくくないか? 確かに姫川のやろうとしている事から考えると、正に体現しているかのような
「じゃあ、アナタは何か思いついたのかしら?」
「え? ええっと……」
やば、考えてばっかりで何も思いついていなかった。ええ~~っと、俺と姫川の間から生まれたわけだから……。
「リリィ……」
絞り出す様にして出たのは、何とも在りがちな名前。言った後で間の抜けた事だと気付いて気まずい。実際姫川の視線は冷たい。もう少し捻った名前はなかったものかと訴えかけてくる。
「リリィ……!」
だが、魔王様っ子には好印象だったらしい。
俺も姫川もあっけに取られながら魔王っ子様を見つめる。
「それが良いの……?」
「ダ、メ……?」
見下ろす姫川に見上げ返す魔王っ子様。
何だか出鼻を挫かれた感を感じているのか、少しだけ不服そうな顔をする姫川。
「いいえ、アナタが気に入ったならそれでいいわ。今日からあなたはリリィよ」
パッ! と笑顔が咲き、一瞬で、しゅんっ、と静まり返った。
もぞもぞと魔王っ子様は姫川の腕の中で動き、正面から向き合う様にして姫川を見上げ直す。そして、子供らしい必死な表情で訴えかける。
「あ、あのね……! 『リリィ』も嬉しい、けど……、『マステマ』も、すっごく、嬉しい、よ……! どっちも、貰っちゃ……、ダメ……?」
親心をくすぐる様な事を言い出しましたよ、この方。
しばらく姫川はどう答えたら良いのか迷うような表情をしていたが、やがて肩の力を抜いて伝える。
「ダメじゃないわ。アナタがそう望むなら、そうしましょう」
今度こそ花が咲いた様に笑い、魔王っ子様は姫川の首に手を回して飛び付いた。
余ほど嬉しかったのか、きゃっきゃっ、とはしゃぎ。姫川の胸に全力で顔を埋める。あ、それで気付いたけど、姫川の胸って、かなり大きい方だったんだな……。ずっと後ろの席だったのに気付かなかったよ。
何はともあれ、何だか色々な事が動きだしてしまった様な気がする。まだまだ細かい事を決めないといけないだろうが、方針の様な物は決まりつつある。後はそれに向けて動き出すだけだろう。
俺は密かに、この先の苦労を予感し不安な気持ちと向き合うのであった。
「ね、ねえ……、アナタ……。助け……っ!」
姫川の声に目を向けて、ようやく俺は気付いた。
何かこっそり姫川の首の辺りで青い燐光が散っていらっしゃいますっ!
首の骨か、酸欠か、もしくは両方が要因になって彼女の加護をじわじわと消費していた。
「うわあああぁぁぁぁ~~~っ! リリィ、ストップ! そのままだと姫川が大変な事になっちゃうっ!」
「は、早く……、助け……っ! 誰々くん……っ!」
「っておいっ! 名乗ってからずっと名前を呼ばれなかったからもしかしてとは思ってたが……、お前、未だに俺の名前憶えてなかったなっ!」
「そ、そんな事は……無いわよ……? 誰それくん……」
「やっぱ憶えてねえじゃねえかよっ! ショックで力抜けちゃいそうだよっ!」
「く……っ! こんな、事に、なるなら……! ちゃんと……! 憶えておけば……っ!」
「なんで重大な過ちみたいになってんのっ!? 俺の名前そこまでじゃないからね!? ショックだけどちゃんと助けるから! ってかリリィ! もう本当に止めて上げて! 姫川本気で顔が真っ青だから~~~~っ!」