「屈辱だわ……」
目が覚めて早々、眼前の美少女から苦々しい一言を頂きました。ごめんねさいねぇ、目が覚めたら枕元にブサメンの顔があったら、そりゃあ嫌な気になるよね。女の子は特にさぁ……。
寝起き早々、悪夢も見ていないのに涙を流しながら起き上った俺は、俺達の間で幸せそうに眠る魔王っ子様改め、リリィ・マステマの安心しきった無邪気な寝顔を見る。
昨夜、これからの事をもろもろ話し終えた俺達は、予定通り俺が外の寝袋で寝ようとしたところ、リリィに「一緒に、寝ない、の……? パパだけ、お外なの……?」っと涙目で姫川の手を握り潰し……、二言目にはOKしか出せないダメ親っぷりを発揮している俺達です……。
「どうしてアナタがここに居るのかしら? リリィが起きる前にその命を断てば、二度と私の目の前に現れないでくれるのかしら……」
「たった一晩で憎しみが半端ねえよ! 悪いと思ってるんだからもう少し譲歩しちゃくれませんかねっ!」
生き残るのに俺も必死だ。既に俺の『精霊の加護』はチリしか残ってないんだ。本気でさされたら普通に死んじゃう。
「愚劣なアナタが私の様な美少女と一晩一緒に居るだなんて、生と言う運気を全て使い果たしても足りた物ではない筈よ。だからアナタがここで死ぬ事は何も不思議な事ではないわ。運気の負債を正当に支払うだけ」
「満面の笑みで怖い事言わないでくださいますっ! 全てが事実だからこそ、俺はここで終われないんだよ!」
「アナタの卑屈が、必ずしも私を惑わせると思ったら大間違いよ? 普通に気持ち悪いわ」
「今の発言で気持ち悪い所はなかったはずだよねっ?」
「アナタは存在そのものが気持ち悪いでしょう?」
「当たり前のように言わないでくださいっ! 俺にだって心があるんですっ!」
「そうだったの?」
「朝から早々、全開だなお前っ!」
コイツは俺を苛める事で精神の安定を保っているんじゃなかろうか? いや、リリィに会う前から既にこんな感じだったか。随分と良い性格してやがるぜ。
「大体、なんで『リリィ』なのかしら? 私がこれからしようとする事に対し、重要的な名前を考えたのに対し、アナタの考えた名前は随分と単調じゃなくて? センスが乏しいわ」
「うぐ……っ」
お、俺だって本当は色々考えたんだよ。ただ、親の名前を分けて子供に与えるとか、考えてつい口に出ちゃったのが『リリィ』だっただけだ。
「名前の由来くらいは教えてくれても良いでしょう?」
「いや、その……」
冷たい疑いの眼差しを向けられて言い淀む俺。
―――言えるかよ!
自分の価値観が低い事で定評のある俺は、真実を胸に隠し、黙って視線を逸らす。それを追及する様な鋭い目で睨みつけていた姫川だったが、このやり取りは中断させられる事となる。
「んにゅ……、パパ、ママ……? おは、よ……」
リリィが眼を覚まして、寝ぼけ眼で微笑んだ。俺達は顔を見合わせ、嘆息して話題を打ち切る。
「おはようリリィ」
「おはようマステマ」
俺達は互いが付けてやった名前を呼んでやる。リリィはそれだけで嬉しそうに微笑んだ。
「今まで気にする余裕がなかったのだけど、このままと言うのは衛生上よろしくないと思うのよ」
朝食を終えたところで、姫川がそんな事を言い出す。何の事かと首を傾げた俺は、姫川の視線がリリィに向けられた事でようやっと気付く。
「そう言えばリリィの格好、俺が迷彩用に着こんだボロマント羽織ってるだけだったな……」
魔王っ子様の耐久値がいかほどかは知らないが、確かに女の子がボロ切れ一枚で出歩くのは衛生上よろしくないよな。そもそも人前には出せない娘なのだが……。
「アナタにとっては残念かもしれないけど、私もこれ以上、欲情を溜め込むアナタと一緒に居るのは身の危険を感じるのよ。早急に解決したい問題だわ」
「確かにリリィは美人さんで、推定十歳前後の体系の割に、あっちこっちの成長が御立派でいらっしゃいますがね? それでも幼児体型な事に変わりない訳でして? そんな子に欲情したりはしませんよ! マジでっ!」
俺の名誉を守るため、ここは、はっきりしておかなくてはならない。子供に欲情したりしません。本当です。
「隠さなくても解っているわ。アナタが常日頃から蓄えた性欲を持て余し、その身に宿る変態的な性癖を私に知られない様に血反吐を吐きながら堪えているのでしょう? すぐに焼き尽くして楽にしてあげるわよ?」
「何を知ってる! 名乗った俺の名前すら憶えていなかったお前が、一体俺の何を知ってる~~~っ!」
「いやだわ、私はアナタと違ってちゃんと学習するのよ。ちゃんと名前を憶えたわ。ええ~~っと……、鈴森帷くん」
「カンペするくらいなら、せめて隠せよ! 何堂々とカンニングしてらっしゃいますかっ!?」
「忘れない様にメモする事は悪い事ではないでしょう? ええっと……? 鈴森帷くん」
「今、なんでまたメモ見たっ! 今読んだ名前も思い出せないほど、俺の名前って難しくないよね?」
「ごめんなさい。私、学習はするけど、嫌な事は憶え難い性質で……。努力するわ」
「ここまで皮肉の掛った努力もそう簡単にはお目にかかれねえよっ!」
リリィの服の話をするだけで、どうしてここまで脱線しちまうんだ。解らない。俺には何も解らない……。
「ともかく、リリィのためにちゃんとした服を買いましょう。他にもここで生活するために、色々必要になる物も増えて来るでしょうし、一度は街に戻らないと……」
「何故だろうな? 話が戻ったのに、俺はやるせなさが半端ねえよ……」
がっくり項垂れる俺。
っと、話を聞いていたリリィは無邪気な笑みのまま小首を傾げ、姫川に向けて問いかける。
「お、洋服……、着るの……?」
「ええ、その格好のままでは彼がケダモノになってしまうから」
「パパ、獣に、なっちゃう、の……!?」
なりません。なりませんから、真っ青な顔しないでください我らが魔王っ子様。
何やらうろたえたリリィは、自分の体を見降ろしオタオタとし出す。っと、唐突に何かを思いついた様な表情になると、その場で立ち上がり、ボロ切れを掴んで思いっきり剥ぎ取った。朝日に照らされる中、真っ白で美しいリリィの肌が、惜しげも無く晒される。
いきなりの事に呆然としてしまった俺達。だが、すぐに反応した姫川が俺にアイスアイズを放つ。
「鈴森くん……」
「あ、はい。見ません見ません」
俺は慌てて後ろを振り返り、両手で目を覆う。
すると背後から紫色に輝く魔力の光を感じる。一体何をしているのかは見えないが、手の平越しにも紫の光が伝わってくる。魔法でも使用しているのか? 攻撃系の危ない魔法じゃないだろうな? 俺、『精霊の加護』が既に塵しか残ってないんですけど……。
僅かな不安を抱きながらも、背後から突き刺さる姫川の視線に振り返って確認する事が出来ない。仕方なく待つ事数秒。
「パパ、見て……!」
光が収まり、リリィに呼ばれた事で。俺はようやっと振り返る事が出来た。
果たして俺の目に飛び込んできたのは、なんと浴衣を着たリリィの姿だった。
浴衣と言っても上の羽織る部分だけで、帯は存在していない。そのため前は
「浴衣? え? なんで浴衣? 姫川コレ持ってたの?」
「よく見なさい、これはアナタのボロ衣よ」
言われて良く良く見てみれば、確かに素材は俺が渡したマントに間違いない様だ。だが、どうしてこれが浴衣になっているんだ。
「魔法で、ね……! 作ったの……!」
むふ~~っ! と、ちょっと自慢げに胸を張るリリィ。俺は眼を丸くしながら姫川に訊ねる。
「魔法ってこんな事出来るの?」
「聞いた事無いわよ」
はっきりと否定された。姫川自身も驚いている様子だし、かなり希有な能力なのだろうか?
「言っておくけど、こんな魔法、原理的にたぶん不可能よ」
「え? 無理なの?」
「だって、布って繊維で出来てるのよ? 形を変えようとして千切った後、どうやって繋げるのよ?」
言われても解らない。魔法の知識がからっきしな俺はに、それがどれだけ凄い事をしていても、目に見える程度の現象しか理解できない。姫川には申し訳ないが、首を捻るだけで凄さがまったく理解できない。
「あ、あのね……、パパ……?」
俺が難しい顔をしていると、まるで身体を隠そうとしないリリィが、俺の服を引っ張って、語りかけてくる。この時、引っ張られた俺の服の端が鋭い鉤爪でも引っ掛かったかのようにびりびりと千切れてしまった事には気にしないでおく。肉を掴まれていたら……っと言う恐怖が脳裏を過ぎ去りそうだから。
「魔力は、ね……、世界にある、物に、干渉して、操作してる、の……。水分、集めて、流水を、打ち出した、り……、熱と、可燃ガス、を……、集めて、火を起こした、り……。こう言うの、が……、魔法……!」
たどたどしい言葉使いだが、言っている内容は普通に解る。要するに、魔力を操ると言う事は、自然界にある物を全て操れると言う事にあるらしい。これら魔力を用いて世界を操作する方法が『魔法』っと言われる物の様だ。
こっそり姫川に補足してもらいながら確認したので間違いない。
俺の理解が追いついたのを確認してから、リリィは続けて説明する。
「魔力で、物、集めて、打ち出す、簡単……。でも、魔力で分解、構築、難しい、の……。弓、引いて……、矢、放つ、簡単……。でも、弓と矢、作るの、難しい……!」
要するに魔力は人間の第三の手と言う事の様だ。手で物をかき集め投げるだけの『攻撃魔法』は簡単だが、物を組み立てるとなると、手先の器用さが求められる。例えるなら裁縫とかだろうか? ボールを投げるのが『攻撃魔法』で、裁縫をするのが『創作魔法』だと考えれば、なんとなく難しさは伝わると思う。
もちろん、投げるだけの攻撃魔法も、投げ方や、投げる球をポールから鉄球に変えるなど、色々工夫できる物ではあるようだが、大きく広くするには魔力の才能が必要で、小さく細かい物に干渉するには、技術的な才能が必要とされるようだ。
「うん、『創作魔法』が難しいのは解ったけど、姫川が『不可能』って言ったのはなんでだ? 経験と技量次第で出来ない物なのか?」
「『創作魔法』はどれだけ小さい範囲に干渉できるかで腕の良さが計られるわ。魔法で作ったレンズで、どれだけ小さい字を読めるかで、干渉できる範囲が決定すると思って頂戴? 私達人間は、精々虫眼鏡で見える範囲なの。これは鉄や土なんかの、壊したあともくっつけられる物の形を変えるのが限界なの。鉄は溶かせば液体だから、いくらでも形を変えられるし、土は壊した後、力任せにくっ付ける事も出来るでしょ?」
原理的に言えば分からないでもないか?
「けど、これが布になったら無理よ。破れた布を元に戻そうと思うと、別の布で縫い直すしかないし、力任せに押し付けても絶対にくっつかないでしょ? 破れた布を元に戻すには、千切れた繊維を一本一本繋ぎ直さなきゃいけないわけだけど……虫眼鏡くらいしか持ってない私達には、そこまで細かい作業はできない。技術的な問題じゃなくて、人間のスペック的に、これ以上細かい物に干渉するのは不可能なのよ」
「なるほど、それで『不可能』って事か」
確かに、折れた鉄は、溶かしてくっ付け、打ち直せばいい。潰れた岩は、力任せに押しつければくっ付く。だが、布は直そうにも直す場所が見えないので手の出し様がないわけだ。破るだけなら簡単だが、壊した物を直す事が出来ないのなら、確かに『創作魔法』とは言えないよな。
「じゃあ、それが出来ちゃうリリィって……」
「顕微鏡クラスのレンズを持っているってことね。それでも複雑な作りは対応できないから、簡単な構造の物しか作れなかったんでしょう。これも、帯を作る分の布が無かったから、浴衣と言うより、サイズの合ってない
ようやっとリリィが
「これでパパ、獣に、ならない……?」
「へ? ああ~~……」
そのセリフで、今更になってリリィがなんで創作魔法を使って見せたのか、ようやく分かった。
先程、姫川が俺がケダモノになると言うセリフを真に受け、本物の獣になってしまうと思い、それを回避しようと対処して見せた結果がこれだったと言う事か。うん、納得。
「最初から言ってるだろ? 俺は獣になんてならないよ。でも、女の子は
俺はそう言いながらズボンのベルトをはずし、それを帯びの代わりにしてリリィの腰に巻いてやろうとする。
「リリィ、ダメだわ。この人さっそくアナタに欲情してケダモノになったわ」
「勘違いしないでくれませんかねっ! 下半身晒そうとしてベルト抜いたんじゃありませんよっ!」
まあ、今のは俺も悪かった。もうちょっと行動には注意しよう。
ベルトを締めて、とりあえず服装らしい物にできたところを確認した後、俺はもう一つ生まれた疑問を口にする。
「それにしても……、リリィの魔法って、単純に強いってだけじゃないんだな? 今のは明らかに細かい技術なんだろう? リリィはそれを一体何処で知ったんだ?」
魔王なのだからパワーがある事には納得だ。だが、今見せてくれた創作魔法はパワーとは別のベクトルだ。知識も必要だろうし、それなりの慣れも必要だろう。誰かに教わるのが一番の近道の様にも思えるが、俺達はずっと一緒だったのだ。姫川にそれを教えるだけの力がない以上、教わるのは無理だったはず。独学するには生まれたばかりの魔王っ子様には時間が足りない。一体何処でこんな技術を身に付けたんだ。
俺の疑問に同じく難しそうに腕を組んで悩む姫川。しかし、その答えは、本人からあっさりと語られた。
「あのね……、歴代、の……、魔王の知識、から……、覚えた……!」
「「は……?」」
俺と姫川の声が見事に重なった。『歴代魔王の知識』? なんだそれは?
姫川がそれについて訊ねると、魔王っ子様はニッコリ笑顔で答えて下さった。
「リリィ……、生まれた時、から……、歴代の、魔王達が持ってる、記憶以外の、記録、全部ここに、ある、の……!」
そう言って両手で頭を押さえる魔王っ子様の無邪気な顔を前に、俺達は同時に立ちくらみした。
歴代魔王の全ての知識? それを既に全部有してるだって……? なんだそのリアル強くてニューゲーム!? 神様転生してきた俺達よりチートじゃねえかっ!? なまじ、異世界とかに頼ってない分、公式感漂うチートに、誰にツッコミ入れて良いのか解らなくなりそうだっ!
「り、理解したわ……。だからこの子は始めて私達に会った時、自分の事を『魔王』と名乗ったのね……」
「は? なに?」
姫川の言った意味が解らず問いかける俺に、俺以上のショックを受けたらしく、未だに立ち直れない様子ながら、答えてくれた。
「私は最初、この子が自分を『魔王』と名乗ったのは、『王様』の子供が『王子』と呼ばれるのと同じ物だと思っていたわ。だからこの子は当たり前に自分を『
それは俺と同じ感覚だ。この子が魔王と名乗ったのは、自分が魔王だから魔王と名乗った。そんな程度の感覚なのだろうと。
しかし、その話を聞いたリリィが、ぶんぶんっ、と首を振って否定した。
「ううん……、魔王、そんな事で、名乗っちゃ、ダメ……」
リリィの否定に疑問の声が漏れる。なら、どうしてこの子は自分を『魔王』と名乗ったのか? その答えを、愕然とした様子の姫川が教えてくれた。
「この子は私達の血から生まれたあの瞬間、『魔王』として完成した。魔王として生まれたから『魔王』なのではなく、生まれた瞬間に『魔王』たり得る全てを手に入れたからこそ、『魔王』の称号を名乗るのを許されたのよ……」
思考が凍りつく。その意味する所をようやく理解し、姫川が受けているショックを感じるに至った俺は、思わず立ちくらみを覚え、額に手をやる。俺達の前では、今まで通り無邪気な笑顔を見せる銀髪の金眼の魔王っ子様が笑って頷いた。
「うん、そうだ、よ……!」
それはつまり……、既に世界の仇敵たる魔王は復活しており、既にこの子は、世界を相手に戦えるだけの存在として、魔物達の頂点に君臨していると言う事。今まで、彼女が何気ない気持ちで吹き飛ばした瓦礫の様に、森の様に、獣の様に、あるいは……、『精霊の加護』を吹き飛ばされていた俺達の様に……、この子は俺達の命を、容易く葬りされると言う事……。
「あの時、アナタが作ったこの事態、人類にとっては想像以上のファインプレーだったようね。そして……」
血の気の引いた青ざめた表情で、姫川は心臓に刃を突き立てる様な声で、忠告する。
「私達の役目は、思いの外重大な事柄となりそうよ……」
想定外の事態が続いて、しばらくテントの中で丸まっていたかった気持ちを叱咤し、涙目で不安がるリリィを必死に説得し、テントで大人しくお留守番してもらう事にギリギリ成功した俺達は、とりあえず『ファーストウォーク』の街を目指して帰路に付いていた。
道中、向こうに着いた後の行動を何度も確認し合いながら、懐かしき人の里へと帰って来た。その入り口にて、見知った男が一人、佇んでいるのを見つけた。その男も、俺を確認すると手を振って近寄って来た。
「鈴森君! 生きていてくれたかっ!」
そう言って俺の肩に手をやるイケメン氷室弘一。この辺じゃあお目にかかれないタイプの金属製鎧を身に纏っている、俺達二年Cクラスの中で、一、二を争う実力者だ。ソロ組の情報は入ってきていないので、そいつらはランク外とするが……。
「悪かった、連絡する手段がなくて……、偶然通りがかった姫川に助けてもらったんだが、デビルアントから逃げ切った時には、日が暮れちまってて……、心配掛けちゃったな」
「いや、そんな事は良いんだ。無事で帰って来てくれさえすれば! 姫川が助けてくれたんだな。ありがとう。俺からも礼を言うよ」
姫川はツンとした表情で視線を伏せて逸らす応え方をした。態度はアレな感じだが、姫川と言う人物は、大体クラスではこんな感じだったし、今は俺を助けて、しかも街まで送って来てくれたという状況だ。照れ隠しにしか見えなかったのだろう、弘一は、優しそうな目で微笑んだ。
「この男が勝手に付き纏ってきただけよ。私は一度だって助けようとなんてしてないわ。そうよね? 金魚の排泄物さん?」
「実は根に持ってたのか? あのセリフ……」
まあ、確かに、姫川が本気で俺の事無視しようとしても、本気で金魚の糞よろしくくっ付いて回る気満々ではありましたけど……。人前で言われるとなんか傷つくな……。
「いや、それでもやっぱり礼を言わせてくれ。君がいたおかげで、仲間が無事に帰れたんだから。二人とも、本当は随分苦労したんだろう?
「ああ、まあ……」
「そうね……」
確かに俺達、身体中に葉っぱやら土やらで汚れ、服の下は全身打撲だらけになっちゃっているのですが……、これは決して魔物にやられた物ではない。俺達がお留守番をお願いしていた時、駄々をこねた魔王っ子様が飛び付き、その衝撃で二人まとめて吹き飛ばされ、森の中を転がって行った時にできた傷だ。既に『精霊の加護』が塵に等しかった俺はもちろん、姫川の加護もこれがトドメとなり全損。二人仲良く全身打撲と言う有様だ。
まあ、災い転じて福となす。その有様にはさすがの魔王っ子様も青ざめ、ごめんなさいを連呼しながら大泣きで俺達を介抱してくれた。さすがにしばらくは指先一つ動かせないほど痺れていたが、おかげで『精霊の加護』無しでは一緒に居るのは困難だと理解してくれ、大人しくお留守番する事に納得してくれたわけだ。戻ったら本格的に力加減を教えようと、珍しく俺と姫川の意見が揃った。
この場面でも災いは福へと転じたらしい。弘一は、俺達が相当苦労して生き残ったのだと勘違いし、手厚く出迎えてくれた。正直しんどかったのは事実なので、俺は素直に弘一の歓待を受ける事にした。
「私はギルドに寄ったら宿に戻るわね」
「ああ」と普通に答えようとした俺だが、先に弘一がイケメンパワーを発揮した。
「いや、なら後で合流しないか? 助けてもらったお礼もしたいし、彼の帰還祝いも兼ねて食事なんてどうだろう?」
弘一はイケメンだ。大抵の男なら「コイツ! さては俺をダシに使ってまた女を口説いてやがるなっ!」と思うところなのかもしれないが、生憎俺は自分のスペックを弁えた上で、弘一のスペックを認めている。底辺男子は、見えない山頂を相手に嫉妬など抱かない。見えないからね。
「いらないわ。私も用事があってこの街に戻ってきているの。ただでさえ面倒な排泄物に付き纏われて時間を消費してしまったのよ? これ以上私の貴重な時間を奪わないで」
ぴしゃりと言いのける姫川はさすがのブリザード。イケメン弘一も、イケメン故に、ここは強く出られない。がっつき過ぎはイケメン度を下げるのだ。
「そうか、解ったよ。でも、また今度、時間がある時にでも改めてお礼をさせてくれ」
それでもイケメンパワー健在。さすが弘一。コミュニケーション能力が高いな。
「いらないわ。アナタにお礼をされても気に障るだけよ」
ブリザードクイーンにはイケメンパワーって通じない物なのか? 大抵の男子なら「イケメン振られた、ざまぁっ!」っと言うところなのだろうが、俺はそんな風には思わない。俺なら弘一に誘われたらひょいひょい付いて行くぞ。底辺男子を自覚する俺は、虎の威がないとまともに世間も歩けないからね!
それにしてもコイツ、俺と二人の時はちょっと面白い感じだったけど、他のクラスメイトが入ると学校に居た頃の、少し険悪な感じの空気になっている。なんでだ?
「それに、お礼の食事なら、既に鈴森くんから貰える予定だしね」
そう言って去っていく姫川。そう言えば最初に再会した時そんな事言ってましたね、良く覚えていやがったなちくしょう。魔王っ子様の一件で絶対忘れてると思ってたのに……。
不貞腐れる俺に対して、何故か弘一が珍しそうな表情を俺に向けている。何かと思って首を傾げ、視線で尋ねると、弘一は人当たりの良さそうな笑みを作って俺の肩に手をやる。
「良いじゃないか。がんばれよっ!」
馴れ馴れしくされるのは、実は結構好きな方であるが、意味の解らない馴れ馴れしさには微妙な物を感じてしまう。
俺は一体何に頑張れと? お前のそれ、絶対励ましの言葉じゃない奴だろ?
困惑しつつも、俺は弘一と共に一旦宿に戻る。仲間に無事を知らせ、その後は精霊殿と呼ばれる場所で『精霊の加護』の回復だ。たぶんその後に皆で労いの飯を食って解散という流れになるだろう。金がある方じゃないから、夜まで飲み明かすと言う事はないはずだ。次の狩りも考えると夕方までには解放されるだろう。予定通りなら、俺が目的行動を起こせるのは、その辺りからとなりそうだ……。
クラスメイトと言う物に対し、俺がどういった印象を持っているかと言うと、特に何も抱いていないと言うのが正しい見解だ。同じクラスに纏められただけで仲間意識が芽生えるほど、簡単な理屈は存在していない。俺達の副リーダー
……などと捻くれた事を考えている物だから、俺はどうにも集団と言う物が苦手だったりする。それでもソロをやらず、移住派に逃げる事無く、討伐派の訓練組に収まっているのには、大した事の無い
単に俺が自分を底辺だと理解していると言うだけだ。己の脆弱さを知っているからこそ、一人で生きて行く事は出来ないと解る。だから長い物には巻かれ、自分を守ってくれる物の下に付く。何とも醜悪な寄生虫だと、自分の事を卑下したくなる。
何より、移住組はこれ以上を頑張るのが面倒になった連中が、自分達に都合の良い連中を引き連れて固まっているだけの、正に掃き溜めだ。気の弱い連中はあそこでこき使われてパシリにされる。俺はああなるのが嫌だったから弘一の側に付いた。基本的に弘一の周囲に居れば安全だ。イケメン狙いのウザギャルもいるが、そう言う奴等からは適切な距離感さえ保っていれば対象にされる事はない。もちろん、言いなりになっているだけだと舐められるので、そうならないよう、弘一と仲が良い様に振舞った。さりげなくギャルの話題を弘一に振っておけば奴等も気を良くする。だが、少しでもつけ上がるようなら、容赦無く事実と言う名の悪口も吹き込んでおく。要するに面倒だから相手したくない奴になるように努めていたわけだ。コミュ力高くない俺がこれをするのは超しんどかったが、とりあえず愛想笑い浮かべながらスルー中心で輪の中に入っておけば、勝手に弘一が気を利かせてくれるので、そんなに高い技術力は必要としていない。
長々と語って結局何が言いたいのかと言うと―――、
―――早く終われこのバカ騒ぎ……。
っと、言う事である。
「おいおい~~! ちゃんと食ってるか? 飲んでるか? 主役なんだからもっと一緒に騒ごうぜぇ~~~!」
ウチの槍使いで、基本的に何にでも反応する騒がしい男子、武藤誠司が、ジョッキを煽りながら俺に言いたい事だけ言って立ち去って行く。短い髪を炎みたいに逆立てていて、額に小さい傷がある。本人曰く、傷は男の勲章とやらで、隠さずにむしろ見せるのがスタンダートだとか。俺にはまったく理解できないが、以前こいつ等が駄弁ってる時、あの傷は小さい頃に転んで出来た物だと言う話なので、何の勲章なのやらと呆れてしまう。
俺は愛想笑いでスルーした後、食事に戻る。飲んでるか? 食ってるか? さっきから大いに飲んで食ってるよ。帰還祝いと言いながら、しっかり会費とられてんだから、元手を取らなきゃ損だろ。第一、俺達今回の稼ぎは0だったんだぞ? 祝いするのは金が入った時にしろよ。
などと言う愚痴は今は言わないでおく。そんな事よりも、俺はやらなければならない事がある。これからの行動について、弘一と話をしておく必要がある。そのためにも、彼と話をする機会が欲しいのだが……、さっきからひっきりなしにメンバーと話してるな……。ウチの魔法職の
本田は帽子から出ている茶色の髪を時々手で弄りながら、チラチラと弘一を見ている。時たま気を利かせた弘一が話を振るのだが、その度に真っ赤な顔をして伏せてしまう。頑張ってる時は何か会話らしい事をしているようだが、相変わらず本田の声はぽそぽそとしているらしく、弘一も聞き取るのに苦労しているようだ。
おのれ本田め……、顔もルックスも平均並みの地味目少女の癖に、訪れたチャンスだけは何としても活用しようとするか。普段ならいじらしいとも思うが、何もしないのなら今回は俺と替れ。こっちはいつの間にか世界の命運的な物を抱えた重大な話があるんだよ。
ばらす訳にもいかないので、大人しく待ちますが……。
「鈴森~? ちょっと良い?」
内心を隠し、がっつきすぎない程度に食事に集中していた俺に、声を掛けてくる女子がいた。
「あのさぁ~? ちょっと相談なんだけど……? アンタ姫川に助けてもらったんでしょ? それならデビルアントの素材とか持ってない? できたら少しでいいから分けて欲しいんだよねぇ~?」
申し訳なさそうに懇願する立花。仕方ない話か。あの後、弘一達もデビルアントに再度追いかけられ、大変だったらしい。その窮地に対し、走りながらでも薬品とかを投げられる立花は、かなりの大活躍だったらしく、全員が無事に逃げられたのは立花のおかげだったらしい。その代償として、立花は今、とんでもない出費で金欠状態にあるのだとか。皆からそれなりにカンパは受けたようだが、とても足りるほどではなかっただろう。
俺は頷き、懐を漁り、回収したデビルアントの素材で一番高い部分、頑丈な顎の一番、損傷の無い物を取り出した。
「うを! それ良いの? マジサンキュー!」
っと受け取ろうとした立花に対し、俺は素材を引っ込め手を躱す。ちょっと思いついた事があったのだ。
訝しむ様な表情で俺を見る立花に対し、俺は取引を持ちかける。
「これをやる代わりに俺も相談いいか?」
「え? いいけど……。珍しいね、鈴森が相談とか?」
なんか物凄く驚かれてるんだが、そこまで目を丸くする程か?
まあ、確かに今までは相談する必要がなかったから、ちょっと意外だったのかもな。でも、俺だって必要な時は助けを求めるんですよ? 普通に。
「ちょっと、しばらくの間、面倒な買い物をする必要がありそうなんだ。何を買うかはまだ未定だけど、お勧めの店とかあったら情報欲しい」
そう言う俺に対し少しだけ悩む素振りを見せる立花。なんとなく察した俺は、デビルアントの鍵爪を取り出す。
「とりあえずはこれで、超過分はその都度取引するって方向で……」
片手を立てて頼むと、ようやく立花は笑って見せてくれた。
「いいよ! まあ、要するに情報源って事だよね? そのくらいなら請け負う。でも、なんで私なの?」
そんなん、お前以外に情報取れそうな知り合いがいないからに決まっているからではないか。
本音を言ったところで納得してもらえるかは解らないので、その辺はオブラートに隠す事にした。
「女子の目から見た情報が欲しかったんだよ」
「ん? そう?」
なんか納得いって無い顔だな。まあ良いけど。
ああ、そうだ。せっかくなのでついでに聞いておこう。
「さっそくだけどさ、この辺で安くて美味しい店とかある? できれば見た目オシャレな」
姫川が夕食の奢り憶えていやがったからな。できるだけ安上がりで終わらせたい。だが、案内した店が不細工だと、それを理由に高級店とかに連れて行かれかねない。『ファーストウォーク』の街に、それを程高級な飲食店があるとは思えないが、それでも高い安いの差はあるからな。上手い事バランスを取っておかなければ……!
「ん? んん~~~? ふっふ~~ん……っ!」
あれ? なんで立花、変な顔してるんだ? 見るからに何かを察しましたよ的な表情なんだが……、もしかして俺、何か口を滑らせたか? 自分でも気付かない内に魔王っ子様との接点を臭わせる発言をしてしまったのだろうか?
くそっ! さすが底辺男子を地で行く俺! この程度なら問題無いはずと思っていた内容が見事に墓穴! でも焦るな。いくらなんでもこの程度なら怪しまれる程度に止まっているはずだ。ここは悟られた事に気付いてない振りをして、余計な情報を漏らさないように努めなければ。
「な、なに?」
「んふふぅ~~ん♪ 別にぃ~~?」
なんだその意味深な顔は? ほ、本当にばれてないよな? いかん、緊張で顔が熱くなってきた。表情から何か読み取られたりしないだろうな? なんでますます笑ってんだ立花の奴? ちょっと怖い! 隠し事するのってとっても怖い!
「OK~~♪ じゃあとっても良いとこ紹介してあげるよ~~♪」
すっごい意味深な笑みではあったが、意外と協力的で、結構細かな事まで教えてくれた。俺の勘ぐりすぎだったのか? っとも思ったが、最後に「姫川とよろしくしなよ~~♪」っと言われてしまった。なんで俺と姫川が会うって解ったんだよ? もう怖い! 怖いよ隠し事するのって!
ああ、早く弘一と話をしてしまってこの場から逃げたい。怖い事はさっさと終わらせて布団の中で丸くなっていたいっ!
ようやっと機会が巡ってきたのは、マジで解散する寸前だった。
俺はトイレに立った弘一を追いかけ、彼が出てきたところで捕まえ、話しかける。
「弘一、ちょっと話がある」
「え? 珍しいなぁ、鈴森君が俺に話なんて……」
なんでそこに驚くの? さっきは立花にも驚かれたし……。
「ええっと、実はちょっと頼みがあるんだ。これからのクエストについてだけど、ちょっと控える事になるかも?」
「控える? 何処か悪くでもしたのかい?」
「そう言うわけじゃないんだ。もちろん、これからもクエストには参加したいんだけど、ちょっと調べたい事が出来たんだ」
「調べたい事?」
「実は、俺のパーソナルアビリティについてなんだけどな……?」
『パーソナルアビリティ』は、俺達がこの世界に転生した際、神様的球体から渡された、俺達専用の特殊スキルの事だ。
例えば、弘一のパーソナルアビリティは『フレンドブースト』っと言って、戦闘時、自分の仲間の戦闘能力を向上させるっと言う効果がある。他にも通常よりも多くの経験値を得たり、仲間の数が増える分だけ効果が上昇するなどと言った、どこの主人公スキルだと、言いたくなるような効果がある。
ちなみに立花は『アブソードヴァリュー』っと言って、鑑定したアイテムの全てを看破する事が出来る。
誠司は『デンジャーサーチ』っと言い、比較的大きな危険が迫っている時、それを逸早く察知する事が出来る。コレのおかげで俺達はデビルアントの接近に気付けた。
本田でさえ、『マジックコレクション』と言うその眼にした魔法の全てを魔道書として集積する能力を持っている。
ただ、これらのパーソナルリアリティは、どんな力があるのかは具体的には解らなかった。実際に使ってみれば、なんとなく効果が理解できるのだが、発動条件が解らないと、どんな力なのかまったく解らない。そのため、何人かは未だにどんなパーソナルアビリティを持っているのか解っていない連中もいる。
柊木とか移住派でパシリ扱いされてる奴とかはそんな感じ。
そして俺のパーソナルアビリティは『ヘイトリッドトライアンフ』直訳すると『憎しみの凱旋』との事だが、はっきり言ってどんな能力なのか皆目見当もつかなかった。『ヘイト』と言う言葉がゲーム用語的に考えると敵のヘイト、つまり、敵の標的を自分に集中させたりする系だろうかと考えたのだが、それらの類にはまったく関係無かった。
なので、俺のアビリティはずっと謎のままになっていたのだ。だから今回はそれをダシに使った。もちろん、本当は切欠の一つすら見つかっていない。相変わらず意味不明の能力だ。だが、仲間のレベルアップを求める弘一には無視できない話だろう。
「鈴森君、自分のアビリティが解ったのかい? でも、こうしてこっそり話をするって事は、何か問題でも?」
「ああいや、デビルアントに追われてる最中に、何かそれっぽいのを感じた気がするってだけなんだ。気のせいかもしれないけど、ちょっと調べてみたいと思って」
「そう言う事なら、むしろ皆で協力するよ。その方が早いだろう?」
「いや、逆に邪魔になるかもしれない」
「邪魔になる?」
「良く解んないって言うのが怖いんだよ。もしかしたら破壊力が強過ぎて制御が効かないタイプだとまずいし、そもそも発動条件が単独で無いと使えないって場合もあるだろう? 弘一のは仲間がいないと何の意味も無いアビリティだし、その逆もありえると思うんだ。姫川と合流した後は使えそうな気配も無くなっちまったし」
「なるほど……、確かにそれなら今まで発動できなかった事も納得できる。解った。つまりはアビリティを調べるための単独行動の時間が欲しいって事だな。そう言う事なら君のやりたいようにやってくれ。一応、こっちはいつもの時間にクエストを受注しておくから、それまでに言ってくれれば、いつでも歓迎するから」
「助かる。勝手を言ってすまない」
あと騙してすみません。心の中で詫びながら、無事に話を終えられた事にホッとする。嘘を吐くのってやっぱり怖いな。一応、事前に姫川と相談して決めておいたとは言え、いざ本番となると冷や汗が流れる。
「いや、いいさ。そんな事よりも、君がこうして頼ってくれた事が嬉しいよ」
弘一が何か変な事言い始めた? 台詞自体は弘一らしいイケメン台詞だが、『俺が』って言うのはどう言う意味だろう?
首を傾げる俺に、弘一は可笑しそうに笑う。
「君が誰かに頼みごとする事なんてめったにないからね。やっと仲間として見てくれる様になったみたいで、嬉しかったのさ」
やっぱり意味が解らない。仲間意識なんて持ってないけど、戦闘中に頼みごとをしたり、誰かを頼ったりなんて当たり前にやってきた。確かに遠慮とかはあったけど、俺の場合は遠慮しないと、今度は態度が悪いと言われる類だ。だから、俺は何も変わっていない。俺が変わった様に見えるのだとしたら、それはきっと、彼等が俺の事を何も解ってなかったと言うだけの事だ。
解っていた事とは言え、底辺男子の俺としては、こう言う場面に出くわす度に胸が痛くなる。正論っぽい言葉を使い、まるで俺の事を解っているかのように語るが、その実、何も解っていない。なのに「お前は何も解っていない」と俺を責める。そう言う奴が、俺はどうしても嫌いだった。
弘一、彼は確かに善人だ。言っている言葉も、決して悪意があったわけではない。むしろ友好的な思いだったはずだ。けど、善人なら人を傷つけないなんて事はない。例えそれが、他人が勝手に傷ついているだけだとしても、それでも傷付けたのはその人なんだ。
弘一が悪いわけじゃない。それを解ってるから、俺は良く解らないと言った感じに苦笑いを浮かべるしかできなかった。
帰還祝いを終えて解散した、夕方前。俺は必要な買い物を済ませ、急いで待ち合わせ場所の中央噴水広場へと向かう。復活した『精霊の加護』のおかげで『精霊の書』を開く事が出来る。そこには現在時間も表記されているので、待ち合わせ時間に遅れると言う事も無くて済む。ただ、この『精霊の書』の時間は、秒単位が存在せず、太陽の光と夜の闇の対比で大体の時間を特定しているだけらしく、時たま狂う。なので、待ち合わせする時は、時間合わせをする事が重要になる。
俺が噴水広場に到着した時間は待ち合わせの二時五分前。遅刻しなくて何よりだ。
「よっ! 待たせたか?」
「もう会えなければ良かったのだけれど……」
眼を伏せて残念そうに言われた。待ち合わせした女子にこう言う扱いされた男子って俺くらいの物ではないか?
酷い言われ様だが仕方がない。誰だって俺みたいな底辺男子と待ち合わせして、しかも恋人の定番台詞言わされるなんて本気で勘弁だよね……。
「そうだよなぁ~、待ってるわけないよなぁ~……。でも嘘でもいいから優しくしてください。今を生きる力が失われる」
「安心しなさい。リリィがアナタの事を忘れるまでは首を繋いであげるわ。餌は上げるから、しっかり働きなさい」
「俺はリリィのための家畜ですか!」
「買い物はちゃんとしたのでしょうね? 仕事が出来ない家畜は、廃棄処分するしかないわよ?」
「否定してよ! 家畜扱いを否定してよっ!」
泣きそうになりながらも、とりあえず買い物メモに、全部チェックを入れているのを見せ、確認を取る。頷いた姫川は当たり前の様に歩き始める。次に行く場所は飲食店での奢りであろう。普段の俺ならここは黙ってついて行くところだが、今回は懐事情の問題があるので、そう言うわけにはいかない。実はすでに結構金欠ですしね。
俺は姫川の手を取って待ったをかける。
「……、鈴森くん?」
さすがに驚いたらしい姫川が眼を丸くする。何か言いたげだったが、言わせたら心が折れるツンドラトークが炸裂しそうなので、それは避けさせてもらおう。
「姫川、こっち」
それだけ言って勝手に歩き始める。困惑しつつも素直に付いてきてくれる。
とりあえず一安心だが、ここで油断してはいけない。上級男子なら、ここで暗がりやそれっぽい宿屋のある場所を通り過ぎる事で彼女の反応を楽しむのだろうが、こっちは好感度絶対値0がデフォルトの底辺男子。そんな無謀はしませんよ。ちゃんと明るい普通の通りを通って、立花に教えてもらっておいた喫茶店へと連れて行く。
「飯なら此処にしようぜ? 女子に教えてもらったところだから、味は確かのはずだ」
そう言いながら忘れる事無く、ここで手を放します。これを忘れると、底辺男子はマイナス好感度を叩きつけられ、とても恐ろしい目に遭います。精神的に。
腕組をした姫川は呆れたように溜息を吐く。
「別に何処で食事しても構わないけれど、そのために私の手を握って良いと思っているのかしら?」
「この後、懐が淋しくなるのを解ってて、女の子の手を握るくらいの慰めは、何が何でも獲得して見せるさ! たったこれだけで、俺は(財布を)投げうつ事が出来る!」
「まだ少し恰好良いと思えてしまう自分が口惜しいわ……。でも改善に向かっているみたいで安心したわ」
呆れられながらも、嫌がっている訳ではないらしく、姫川は喫茶店の中に入って行く。俺も急いで後を追う。何気に女の子と二人っきりで喫茶店に入るとか、デートの様なシュチュエーションで嬉しくなるな。
「あら? 何故アナタまで入ってくるの? お金だけ置いて行ってくれればそれで良いのよ?」
「そこはどうか譲歩してくれませんかねぇ~~~っ! その扱いは底辺男子にとって一番あってほしくないシチュエーショントップに君臨するんですよ~~~っ!」
店前で本気で泣かされた。
姫川は仕方がないと言わんばかりに冷たい視線を向けながら肩を竦める。
周囲の目が、狙っている女性に悪し様に扱われる男を憐れむ様な物になっていた。針のむしろだ……。
とりあえず食事はそれほど問題にはならなかった。元々俺が助けてもらったことへのお礼だったし、食べてもらう事が重要。お喋りなど無かったが、俺達の場合はこれでいいとも思える。とりあえず俺も軽く腹に入れておく。この後はまた、リリィの元に戻らないといけない。戻ればいよいよ本格的な教育活動の開始だ。あの、うっかりで生きとし生ける物を殲滅出来てしまえる魔王っ子様を、人間の味方として教育しなければならない。何から手を付ければ良いのかは解らないが、ともかく始めない事には何もできない。俺は昼を食ったばかりだが、この後は食べる余裕があるかどうか解らないし、入る分だけは入れておこう。
食事をとりあえず終えた姫川は、食後のお茶を飲みながら一息吐く。それから表情を改めると、俺に向き直った。
「戻ったらすぐに教育活動が始まるわけだけど、アナタは何か案があるかしら? 一応、プランは考えているのだけど、鈴森くんは何か考えてる事はある?」
「どう言う反応になるかは解んないけど、とりあえず童話とかを買い漁ってみた。たぶん、勇者が魔王を倒す定番の話もあるだろうけど、殊更に隠して偏った知識を与えるのは、それが嘘だと気付いた時の反動が怖い。だから、こう言うのも少しずつ知っておいてもらった方が良いと思うんだよな」
「定番と言えば定番ね。でも、それだと普通の教育よ? 私達はリリィに人を好きになってもらわなければならないわ。その辺の工夫はないのかしら?」
「結構無茶言うよな? 俺だってどうすれば良いのか解んないんだし、ともかくリリィの反応を見て行きたいかな? どう言った物にどう言反応を示すかによって接し方とか変えていくべきだと思うんだよ」
「それは……、そうね。何事もプラン通りにはいかない物よね」
姫川が興味深そうな表情で首肯した。どうやら的外れな意見ではなかったようでホッとしたよ。
「意外とアナタも考えていたのね? てっきり良く解らないから適当にしている物だと思っていたわ」
「その通りだけど……、出会いの所為かな? なんかリリィって頭の中に強く残ってるんだよね? おかげでずっとリリィの事考えっぱなしでさ……」
「それは……、そうね。そう簡単に忘れられそうな物ではないわね」
思い起こされるのはリリィの起こしたスプラッタと、『精霊の加護』破壊の
「やめましょう。こんなこと思い出していたらこの先やっていけないわ」
「それはそうと、姫川のプランって言うのは? 何をどうして行くつもりだったんだ?」
話を明るくするため、話題を変更する。姫川は「ああ、」っと声を漏らしてから説明してくれる。
「人間の文化と言う物を中心に触れさせようと思ったのよ。装飾品はもちろん、人間が作り出した物を、その経緯と共に説明しながら与えて行けば、興味をそそられるでしょう? そうやって人間の作ってきた物に興味を抱けば、人間を滅ぼしたりはしなくなるでしょう? 人間が滅べば文化も消えるもの」
「ああ、確かにな。でも、それって一部の人間だけ残せばOKって思われないかな?」
「可能性はあるわ。だから、その他の人間の部分にも興味を持ってもらわないといけないのだけれど……。考えようとして気付いたの。私達もそれほど人間の事を知らないってね」
「ぐわっ! 確かに……。ましてや俺達は異世界人。余計に解らんところ一杯だ……」
「人に教えるには、教える側が勉強する必要性がある。私達の世界で教員免許発行される理由よね……。おかげで弊害化している様にも見えるけど……」
「いっそ俺達の世界のこと話すのもありか? 人間だけしか存在しない世界とか、リリィにとってはおとぎ話にしか聞こえないだろうし?」
「それはもう少しあの子の反応を確認してからにした方が良いわ。万が一私達の試みが失敗したら、今度は異世界にまで手を出してくるかもしれないわよ?」
「正直前の世界にはあんま未練ない方ですが……、だからって自分が異世界侵略の発端になるのはさすがに勘弁だな……」
「そう言えばあの子、精神は普通に子供っぽかったわよね? たまには遊んであげた方が良いのかしら?」
「そりゃあ、子供は遊びたい盛りなんだし、何かして遊んでやるのは当然……」
想像してしまった。
リリィと鬼ごっこして撫で殺される。
リリィとキャッチボールしようとして撃ち抜かれる。
リリィと
リリィとヒーローごっこして本当に葬られてしまう。
リリィと―――、
「やめましょう……! 考えるだけで加護が失われて行きそう……!」
「そ、そうだな……」
そして一刻も早く手加減を覚えさせよう。そうでないと全て命がけの遊びになってしまう。なんで異世界にまで来てデスゲーム何ぞせにゃならんのか……。
「とりあえず、オセロとかチェスの様な遊びを教えましょう。身体を使った遊びを求めてきたら、それを理由に手加減を覚えさせられるでしょう。あの子、アレだけ繊細な魔力コントロールが出来るんだもの。手加減自体は難しくない筈よ」
「んじゃあ、やっぱ今までのアレは子供故の感情の起伏が原因って事か? 感情が昂ってる時は手加減もできないと?」
「アナタと違って器用で聡明な子だもの、教えればすぐに覚えるでしょ」
「そこで俺を比較に出すのは間違ってるぞ? 俺は底辺だから、誰と比べても大抵皆が上だ。俺と比べるなよ? リリィを舐め過ぎだ」
真顔でそんなことを言ったら、急に姫川ががっくりと肩を落とした。一体どうした?
「今、アナタの卑屈具合が恰好良いと思えてしまったわ……、もう死んでしまいたい……」
ごめんなさい。底辺男子を認めるなんて、誰のプライドでも許せないよね。本当にごめんなさい……!
「まあでも、実際俺達の血を引いてるわけだし、本当に俺みたいな底辺思考とかが受け継がれなくてホッとするよ」
「それなら問題無いでしょう? 半分は私の血よ? アナタ程度の遺伝子が、私に適うと思っているのかしら?」
「そうだね。安心だね。でも底辺男子だって傷つくんだよ……」
どうしよう、姫川がすごく良い笑顔で俺達の血を引いてる子供の話をしてるのに、全然嬉しくないよ? 切ない涙が止まらないよ……?
俺が涙を拭き取り、気を取り直すと、何やら姫川が考え込むような表情をしていた。
「どうかしたのか?」
「ええ……、そう言えばあの子、私達の血から生まれたのよね?」
「ああ、たぶんな。あの魔法陣がそう言う物だったんだろうって言うのが、姫川の見解だっただろう? 実際見た俺にもそんな風にしか見えなかったけど?」
「……でも、あの子の体は……私達じゃないでしょう?」
姫川が途中で言葉を区切った。だからそこに当て嵌める筈だった言葉を自然と想像し、気付かされた。
リリィは紛れも無く魔王だ。捻じれた角を持ち、この世界の人間にはいないとされる銀の髪に白い肌を持つ。そして獣の様な金色の瞳。人間の物とは明らかに違う瞳孔。彼女は間違いなく魔族だ。決して人間の体ではない。
だが、リリィの身体を作り出した血は、両方とも人間の物だったはずだ。なのに何故、リリィは魔族として誕生出来たんだ?
さすがに内容が内容だけに、姫川も発言を控えたのだろう。念のため声を潜めているとはいえ、やっぱり聞かれる可能性はある。『魔王』や『魔族』と言った単語だけは絶対に出さないようにしようと前もって決めていた。
「考えて見れば私達の血で作ったにしては質量が足りないだろうし、アレは儀式の一環であり、体は別の所から作ったのかしら?」
「そうかもしれないけどさ……? 考えてみたらあの台座の作りも変じゃないか?」
「……何か気付いたの?」
「いや、だってアレ、窪みに指を突っ込んで血を流す仕組みだっただろう? それって完全に『人間』じゃないとできないだろう?」
「……!」
姫川が大きく目を開く。
あの窪みは明らかに指を入れる事を想定していた。だが、俺達が今まで相手にしてきた魔物は、明らかに異形の存在ばかり。獣の形や虫の形を模した怪物達。彼等はどう考えても、あの小さな窪みに突っ込める指など持ってはいない。
「人型とかっているのか?」
「帝都で知性の高い物もいると言う話を聞いたくらいね? もう少し詳しく聞いていれば何か解ったのかもしれないけど……。いえ、人型もいると考えた方が良いでしょうね。生物の進化から考えると、知性が高いと言う事はそう言う身体になるのでしょうから」
ちょっと難しい事を言われたぞ。この辺の意味は解らなかったのでスルーしよう。
「じゃあ、リリィ
「さて? それはどうかしら? そもそもアレだって、手段の一つだったとも考えられるわ。他にも方法があったとすれば、そうとも言い切れなくなる」
「ああそっか……、複数ある内の一つって言うのは可能性高いかも? あそこは向こう側にとって破棄した物の一つで、それほど重要性がなかったのかも?」
「それは……、その考え方もあるわね……?」
神妙な顔つきになる姫川。話せば話すほど内容が深刻な物になってきている気がする。それがだんだん怖くなってきた。恐怖を振り払うため、俺はここで少し突拍子もない事を言ってみる事にした。
「案外、あの空間が未発見だったのも理由があったりしてな? 実は人間側が気付いてて知らない振りしてたとか?」
「何故そんな必要が?」
「例えばリリィ達を作ったのは大昔の人間だったとか? ほら、漫画とかでよくあるだろう? 戦争のために作った生物兵器とか言って創り出したんだよ。っで、『リリィ』はそいつらをまとめて統括する役割だった。ところが、ある時自我を持った『リリィ』は人間の制御を離れ暴れ出した。それがこの世界の成り立ちとか?」
「……それ、何か根拠があって言ってるの?」
「ただの予想。根拠はない」
呆れて溜息を吐かれた。
「何気にありそうで否定し難いんだからやめなさいよ。あと、それ教会関係者の前では絶対に口しない方が良いわよ?」
「はは……っ、確かに。自重しときます」
「あ、でもそうすれば、アナタを合法的に追い出す事が……」
「真剣に悩むな~? 俺はまだ死にたくないんだ~」
「ふふ……っ、冗談よ」
たっぷり汗をかきながら突っ込む俺の反応が可笑しかったのか、珍しく柔らかい微笑み方をする。意地悪な成分は抜けてくれないし、笑ってる時もやっぱりクールだ。でも、なんかこう言う姫川の笑い方って結構良いかもしれないな? 皆の前でもそうして笑えば良いのに、っとも思ったが口には出さない。誰にだって見せる笑顔より、俺だけに見せてくれる笑顔だと思った方が、この先
「え? あれ? 姫川……っ、と鈴森っ! なんで二人がお茶してんだよっ!」
こっそり脳内シャッターを切っていた俺は、突然名前を呼ばれて視線を向けると、そこに短い髪を逆立て、額の傷を見せびらかしている男子の姿があった。って言うか知り合いだった……。武藤誠司だ。なんでこいつがこんな所に居るんだよ……。
「……」
「……っ」
姫川が「これはどう言う事かしら?」っと、とっても冷たい眼差しで問いかけていらっしゃったので、俺は全力で首を振る。
改めて誠司に視線を向けると、後ろには眼を丸くしている弘一と本田、そして両手を合わせて拝んでいる立花の姿があった。なんだこいつら、昼間あんだけ食ったのに、四人でまた喫茶店に来たのか? って言うか何気にはぶられたウチのタンクは何処行った? 図体がでかくて寡黙な奴だが、アイツも仲間じゃないのかよ?
その辺の謎を置き去りに、誠司はこっちの気もお構いなしに騒ぎ始める。
「なんだよお前ら? いつから二人でお茶とかしちゃう関係になってんだよ? あれか? 危機的状況を潜り抜けた二人の間に、愛が芽生えたとかそう言うのか? 鈴森の癖に彼女とか何考えてんの? ってか姫川とか、どうやって口説き落としてるわけ? 俺に変われよなぁ~!」
ウッザッ!? ウザい! 超ウザイ! こっちは真面目な話してるって言うのに、勝手に誤解して勝手に自分本位で喋りまくって本気でウザイ!
普段なら、あるいは本当にただ姫川と偶然一緒に食事する事になっていただけなら、ここまで煩わしくは感じなかっただろう。どうせこいつ等、からかえそうなネタを持った相手が知り合いだったから、特に考えもせずにちょっかい出してやろうって思ってるだけにすぎないんだ。そんな相手に一々目くじら立てても仕方ない。っと言うか相手するだけ疲れるしイラつく。こう言う時はさっさと解散してしまう方が楽だ。
だけどな、今は結構大事な話ししてるんだよ。もしかしたら、人類存亡に関わる重大な話だ。それはもう、割と本気な具合で。だから邪魔するなよ。早く消えてくれよ。俺は姫川と話さなければいけない内容がまだあるんだ。
煩わしく思いながらも顔に出すと余計絡んで来るのが解っているので、苦笑いでなんとか堪える。姫川の方はまったく隠そうともせず冷やかな視線を送っている。半分が俺に突き刺さっている気がするが、俺だって被害者ですよ?
「それでなに? 二人はこれから何しちゃうつもりだよ? ってかどう言う経緯でこうなったのか詳しく話せよ鈴森~~?」
座るな! 長話する気満々で俺の隣に座ろうとするんじゃねえよ! 空けないからな! わざわざ席詰めてやるつもりねえからな!
「あ、わりぃ、もうちょっと詰めてくれよ? 皆座れねぇ」
だから座んなよっ! 俺の態度から察しろよ! ってか、これがお前の邪推通りなら、普通に邪魔だろ! 何二人っきりのデートに乱入する気満々になってんだよ! 気を使えよこのデリカシーマイナス男! 底辺男子の俺だってそんな無粋しねえぞ!
なおも俺を押し込んで座ろうとするので、俺は「いやだよ」と言いながら押し返す。だがこの男、何を考えてるのか、そもそも考えようとしているのか? こっちの話を全く聞かずに押し込もうとしている。どんだけデリカシーねえんだよ!
「ごめんね鈴森~~……! 邪魔するつもりなかったんだけどさ、武藤のバカが勝手やっちゃって……!」
俺が苦笑いで必死にカモフラージュしている中、立花が近寄りこっそりと耳打ちしてきた。
「ホントはさ、弘一と茉莉香を二人っきりにしてやろうと思ったのよ。茉莉香ったら、いつもいじらしいけど奥手でしょ? だからちょっと手を貸したくなっちゃってさ~?」
それがどうしてこうなっている? しかも、ウチのタンク
「せっかく私と藤堂が気を利かせようとしたのに、アホの武藤が空気読まずに弘一に付いて行こうとするからさ……、仕方なく私も付いて行って、さりげなく武藤を剥がそうとしてたんだけどさ……。武藤のバカが、ここに入ろうなんて言い出しちゃってさ? 私は別の場所にさせようとしたんだけどクズ武藤はまったく聞いてくれなくて……、弘一達は何も知らなかったから結局皆で入って来ちゃってさ……」
なるほど、事情は理解した。それにしても話が進むにつれ武藤の評価がどんどん下がって行ってるのがちょっと気になったな。まったく同意見なので注意する気にはまったくなれんが。
「そんな訳でごめんね? せっかくのデートチャンス邪魔しちゃって?」
誤解している上にお前まで座ろうとするな! 誠司を押し退けて座ってきた事には文句はないが、俺みたいな底辺男子は女子との接触が苦手なんだよ! 後で「やだ触んないでよキモ~イ」とか言われそうでマジ怖いから! だからお仕込んで来るなっ! 相手が男子じゃないから席空けちゃうだろっ!
「できるだけ早く消えるからさ? ここは許してよ」
「……できる限り早く頼む」
「OK~♪」
このまま追い返したい気持ちはあったが、何も食べずに出て行くのは店の人に悪い。他の席に座らせても、こっちの様子をチラチラ窺ってくるのは眼に見えているので、会話に集中できない。いっそ解散してしまおうかとも思ったが、店の外まで追いかけて付き纏われても困る。男女のネタほど、弄りたくなるネタも無いのだ。こいつ等が何か注文した隙を付いて、こいつ等がすぐに出られない状況にしてから出て行くのが良いだろう。もしくは立花の撤退力に期待だ。
幸か不幸か俺達の席は四人がけの席だが、つめれば六人いけない事も無い。俺の席に立花が詰め、空いた場所に誠司が座ってしまったので、必然的に姫川の隣に本田がその隣に弘一が座る事になった。本田はアイスブリザード状態の姫川の隣に座らされかなり恐縮しているみたいだが、だからと言って逆隣りはイケメン弘一。赤面したり青くなったりちょっと忙しい事になっていた。
「はは、悪いね……。そう言う事だとは知らなくて……」
苦笑いした弘一が俺に言う。だから違うっての。ああ、面倒臭い。
「そんじゃあ、まずは二人の慣れ染めから―――」
「姫川って今までソロでやってたんでしょ? 今までどこに行ってたの?」
誠司の邪推を断ち切るようにして立花が話題を逸らす。適当に話題を逸らし、ある程度駄弁ったら出て行くつもりという事だろうか? とりあえず俺は様子見。
「何故私がそれを語らなければならないのかしら?」
「あ、はは……」
「う……っ」
姫川さん、最初っからブリザード全開です。そりゃあ、大事な話してた所に無理矢理乱入してきてるんだから当たり前だよな。俺もそこは否定的にならず黙って首肯。
「い、いやさ? ほら? 互いに情報交換って言うの? 私らこの街からあんまり出た事無いしさ?」
「そうね、でも、そう言う事なら彼に聞けば良いでしょう?」
そう言って視線を向けた相手は弘一。確かに弘一は俺達よりレベルが高い。この街に残っているのは、俺達のレベル上げに協力しているからだ。それでも自分が弱いままでいる訳にもいかないので、定期的に前線メンバーの元に戻って、勘が鈍らない様にしているみたいだ。外の情報を手に入れると言う意味でも必要な事だしな。
だから情報が欲しいだけなら弘一に聞いた方が良いと言うのは間違ってはいない。だが、間違っていないからと言って、納得する訳ではなく。皆一様に苦笑いを浮かべている。
「そう言う事じゃなくてね……?」
「あら? そうなの? ごめんなさいね。私、効率を優先しているから、遠回しな言い方では良く解らないのよ。私にも解るやり方で話してくれるかしら?」
「うぐ……っ」
ああ、皆完全に凍りついてしまった。姫川の冷笑に誰もまともに視線を合わせられないでいる。勝手に割り込んでおいて、勝手に場を暗くされても困るよ。
「え、ええっと……、鈴森? お前どうやって姫川と会話してんの? いつもこんな感じなん?」
姫川に会話振る勇気ないからって、俺に振らないでほしい。俺だってこんな空気の中、会話したくないっての。大体俺達が話したい内容はお前らがいると出来ないんだよ。
っとは言え、無視するわけにもいかないので、とりあえず何か言ってみる。
「さあ、さっきまでは普通に会話してたと思うよ? なんでこんな空気になったのか原因は知らないけど」
暗に誠司の所為だと語る俺だが、誠司本人は「じゃあ、なんでこんな気まずい空気なの?」っと、本気で呟いていやがった。立花達は完全に事情を察してるっぽいのに、なんでこいつこんなに鈍いんだ。
「あら? 心外ね? 私はいつも通りよ。どうして私が機嫌を悪くしないといけないのかしら? 鈴森くんには心当たりがあるのかしら」
あります。メッチャあります。現在進行形であります。空気が怖くて口にはしないけど。
姫川はずっと笑っているが、その笑みがとてつもなく恐ろしい。どうしてくれるんだよこの場の空気。
「ええっと……、お前らキスはもうしたん?」
「バカ……っ!」
誠司~~~~っ! お前いきなり何言い出してんだおいっ!
立花が慌てて誠司の口を抑え、弘一と本田が戦慄しながら姫川の様子を窺う。俺は既に視線を合わせられる自信がない。
「そう……? アナタは私とこの排泄物と性的接触をする事がお望みなの? ふふ……っ、じゃあアナタの性的欲求の対象は家畜か何かかしら? そう言えばカバは親の排泄物を食べて成長するらしいわよ? 良かったわね。アナタの理想的な伴侶をみつけられて……」
絶対零度……。
この空間、関係の無い人達まで完全に凍りついてるよ。飲食店なのに排泄物の話されて食欲も完全にストップしちゃったよ? もうこの状況をどうにかできる自信がないんですけど! 店員さんごめんなさいっ!
姫川の機嫌は相当悪いらしく、冷たく黒い冷気を幻視させ、ずっと俺の事を睨んでいる。どうやら気分が悪いからさっさとこの状況をどうにかしろと言う事なのだろう。ちなみに、さっきも言ったが、俺にはもう姫川の方を見られる勇気は無くなっております。つまり、見なくても解る程の殺気がバンバン伝わってるって事です。本気で怖い……。
姫川の殺意的SOSを受信した俺は、生存本能に従い立ち上がって提案。
「姫川? そろそろ行こうか? この後、予定があっただろう? これ以上長居はできないしさ」
「そうね。もう少し話しておきたい事もあったのだけれど……、時間も無くなった事だし、もう良いわ」
そう言って一緒になって立ち上がってくれた。おかげで皆もホッとした様子。
「邪魔して悪かった……、ここは俺が払うよ」
弘一がそう言って詫びを入れてきたので素直に受け取っておく。俺達も速くここから出たいところだしね。
「お? なんだよ、これから二人で一発もが―――っ!」
「もういい加減黙れゴミ武藤!」
懲りずに何事か言おうとした誠司の口を塞ぐ立花。ついにクズからゴミ扱いされたか……。でも正直、俺も同意見になっているので同情はすまい。俺達は揃って喫茶店を出る。
姫川が指を差して合図したので、黙ってギルドへと向かう。
しばし無言で歩き、ギルドに到着したところでやっと彼女は口を開いた。
「
「たぶん大丈夫……。ってか、あの状況で追いかけてくる剛の者はいないと思うぞ? 誠司辺りはしそうだけど、あの調子じゃ周囲が絶対に止めるよ」
「そうでしょうね……」
溜息を吐く。正直俺も疲れた。これからについて大切な話をしていたと言うのに、あんな重苦しい空気にされるとは……。本当に勘弁してほしい。
「それにしても、姫川って皆といる時って、俺と二人の時より冷たい感じになるんだな?」
「……何を言ってるのかしら?」
「いや、前も思ったけど、お前って話してみたら結構面白い感じの子だなぁ~、っと思ったんだけどさ。でも、さっきみたいに皆といる時はちょっと冷たい感じが強く感じたんだよね。だから、もしかして集団で会話するのとかって苦手なのかなって?」
俺が説明すると、逆に訝しむ様な表情で見つめ返された。姫川が何も言わないので、必然的にそのまましばらく観察されていたのだが、やがて不思議そうに顔で呆れた様に笑った。
「私はいつも通り何も変わってなかったわ。違ったのは、鈴森くん、アナタの方よ」
「え? 俺?」
「私はいつも通りにしか喋らなかった。でも皆といる時は暗くなり、アナタといる時は『面白い』と言われたわ。それはどうしてかしら? それは私と会話する人間の態度の違いよ」
姫川はそう言いながら、微妙な面白さのモニュメントでも見てしまった様な複雑な表情をしながら振り返る。
「アナタって、人数が増えると極端に口数が少なくなるのね」
俺は姫川を追いかけながら、ちょっとだけショックを受けた。確かに俺は大人数で喋ったりするのは苦手だ。大抵俺が誰かと話していても、別の誰かによって割り込まれ、その二人だけで話が盛り上がってしまい、自分だけしたかった話が出来なくなる―――なんてことが良くあったので、俺は基本的に必要がない限りは黙っている事にしたのだ。他人の会話を聞いて、簡単な相槌を打つだけでも充分会話は成立するし、その方が俺も楽だった。だから姫川の言う通り口数が少なくなっていたかもしれない。今思い出せば、俺から話しかけただけで立花も弘一も驚いていたしな。
でも、俺が喋るだけで姫川の印象がそんなに変わるものだろうか? そこはどうしても疑問に思えてしまう。
「俺が喋るだけで他人の印象って変わるか? 底辺男子の俺が喋るだけで、姫川のドライアイスエアーが緩和されるとはどうしても思えないんだが?」
「何故、私の空気がマイナス78.5度の二酸化炭素の塊になっているのかは知らないけど、アナタが喋る事で私の空気が緩和された様に感じるのなら、それはきっと、アナタと私の相性が良かったと言う事でしょう?」
思わず、身体の動きが止まってしまった。
俺と姫川の相性が良い? 何の冗談だ? そんなのあり得るわけないだろう? 俺だぞ? 俺みたいな底辺男子がどう転んだら姫川みたいな優秀な奴と良い感じになれるんだよ? ありえない。無理だ。それだけはどうあったって無理に決まってるんだ。だって俺は、俺はそんな……。
「どうしたの……?」
俺が立ち止まった所為で、付いてこない事に気付いた姫川が訝しい表情でこっちを見ている。
そうだ。俺達はこれからギルドでクエストを発注する。そしてそのまま外に出てリリィの元に戻る。表向きは依頼をこなしている様に見える様にするために。
自分の中で渦巻く感情をなかった事にし、俺は姫川の後を追う。
「いや、だって姫川が俺みたいな底辺男子と相性が良いなんて言うから、おかげで明日を生きる希望が芽生えたぜ!」
「なら悪いのだけど? 歯車の相性って知ってる? 凹んでいる所に凸部分が噛み合うから相性が良いの。私みたいな優秀な人材は、アナタみたいな底辺でないとバランスが取れないと思わない?」
スッゲー納得したわ……。
ギルドで発注したクエストは、簡単な素材回収だ。最初は討伐以来の魔物でも倒そうかと思ったが、これからは魔王であるリリィを育てる。彼女の前でみだりに魔物を殺すと、どんな反応が返ってくるか解らない。なので自己防衛以外で魔物と戦闘する事は避ける事にした。魔物の核が一番高く売れるんだが、そこは仕方がない。諦めよう。幸い姫川が倒したデビルアントの核があるので、それなりの収入は入ったしな。
俺達はギルドを出るとその足でリリィの元へと向かう事にした。その途中、変な話が俺達の耳に届く。
「おい、聞いたか? なんか変な噂が広まってるらしい」
「噂? どの噂だい?」
「なんでもこの街に魔族が侵入したって話だ」
「おいおい冗談だろ? 街には魔物避けの結界があるんだぜ? 確かにこの街の結界は弱いが、破られれば、物すごい轟音が鳴り響く。誰にも知られずに入ってくるなんて出来ねえよ」
「ああ、だから単なる噂だとは思うんだが……、万が一の事を考えて、暇な冒険者連中に声を掛けて周ってるんだ」
「さすがに杞憂だろ? 誰にも気付かれずに結界の内側に入るなんて芸当、魔王の幹部クラスでも無いとゼッテェできねえって! 一体どんな魔物だっていうんだ?」
「なんでも、見た目は十歳前後のガキだったらしいが、魔族の証たる角があったとか?」
「はははっ! そりゃねえよ! もっとねえよ! 魔族のガキが一人で人間の街に? ありえねえよ! しかも『角付き』って、魔族の中でも高位の種族じゃねえか? そんなのがこの辺境の地に居るわけねえよ! 何かの見間違いだぜっ!」
「いや、さすがに俺もそう思うけどよォ~」
話声が聞こえた俺達は同時に固まり、一緒に耳を傾けていた。話が終わった時点で俺は姫川を見る。姫川も蒼白になって俺を見ている。俺は平静を保ちながらさっき噂をしていた、おっちゃんらの元に行く。
「今、魔物って言ってませんでした? 何処かに出たんですか?」
「ん? ああいや、ガセだよガセ。そう言う噂がちょっと流れたってだけでな」
「そうなんですか? でも、俺みたいな駆け出し冒険者はちょっと不安になるなぁ~。確認しておきたいんですけど、その魔物って何処に現れたんです?」
「ああん? ああ、まあ、確認しに行ってもらえるなら俺らも安心だがな? 西門の方で、あんまり市街地には近くない辺りだったか? ただガキが悪戯やってるだけだろうが……」
「解りました。丁度クエストで外に出る用事もあるし、ちょっと確認してきますよ!」
俺は姫川の元に戻る。話が聞こえていたらしい姫川と眼を合わせ、同時に頷く。
ダッ!
俺達は血相変えて走り出す。
周りの人に怪しまれないか少し心配だったがそこは杞憂だ。多少は目立つが、この街で冒険者が慌ただしくしていても、そんなに怪しまれる事はない。
「ってか、予想通りだと思うかっ!」
「杞憂であれば笑い話ですむわっ!」
ですよね!
俺達は西門入り口付近の街並みに到着する。この辺一帯は民間人の家は無く、殆どが職業施設となっている。主な職種は工事会社の様な物だ。『様な物』っという言い方をするのは、この世界には『会社』と言う物が存在しないからで、実際は別の呼び方があるらしい。あまり俺達には関係無かったので名前は解らない。
「この街はアナタの方が詳しいでしょ? 何処を探せばいいか見当はつかないの?」
「そう言われてもだなリリィが行きそうな場所なんて……、って待てよ? さすがのリリィも人間の街まで詳しく知ってる筈がないよな? そしてあの子がここに来る理由なんて十中八九俺達なわけで……? 俺達を確実に見つけられて、なおかつ行き違いにならない場所は……」
門前だ!
俺は街の入り口にある背の低い門へと視線を向ける。冒険者ギルドが存在する街は、街そのものを守るため背の低い城壁で取り囲み、それを境界線として結界を張る様に出来ているらしい。結界は、教会の聖騎士様が定期的に儀式装置に魔力を注ぐ事で維持しているとか言っていた。だから結界の強度と城壁には何の関係もない。リリィが結界を壊さずに進入する方法があったとしても驚く事はない。だとすれば、人目に付かず侵入するは簡単だったはずだ。
「門前を確認出来て、人に見つからなさそうな場所……、だけど実際には噂になる程度には見つかっている場所は……!」
必死に頭を巡らせ、ヒントとなる物を頭の中で整理して行く。
「噂では魔族が街に侵入したと言っていた。つまり、城壁の上とかではなく街側に居る確率が高い。噂になっていながら騒ぎになっていないと言う事は、少なくとも憲兵隊には見つかっていないと言う事だ。噂が立つ理由は民衆に見つかったから。だが、見つかった時点で騒ぎにならなかったのは冒険者にも見つからなかったからだとも考えられる……!」
「え? どうしたのアナタ? なんだかすごく的を射ているのだけど……? 実は頭が良いタイプだったの?」
姫川が呆然とした面持ちで俺を見やる。俺自身もビックリしてます。底辺男子の俺が、こんな推理漫画の主人公みたいに思考出来てるなんて、何か悪い事の前触れなんじゃないかって思えるね。
「冒険者と憲兵隊に見つからず、だが、一般市民には見つかった場所。リリィ本人としては人気がなさそうで、隠れるには持って来いの場所。更に、門前で俺達が出入りする姿が確認できる場所と言えば……!」
視線を巡らせながら思考し、ついに俺は答えを見つけた!
「そうかっ! あそこだ! あの補修工事中の城壁! あの工事現場なら、隠れる場所沢山ある上に、見つかる相手は仕事にやってきた一般市民だゲバぁーーーーっ!」
「パパァ~~~~!」
せ、背中から奇襲を……っ! 何やら二本の槍の様な物で突き刺されている~~~!
回復したばかりの『精霊の加護』を盛大に吹き上げながら、突然背後から現れた襲撃者を確認する。
「何奴だぁ~~~! ってリリィだぁ~~! 呼ばれてたから本当は解ってましたけどね~~~!」
「鈴森くん、落ちつきなさい……。アナタ今、一度に色々起こり過ぎて思考が追い付いていないわよ……」
姫川に呆れられ、角が背中に刺さっている事に気付いたリリィが「ごめんな、さぁいぃ……!」と湿った声で飛び退いてくれたおかげで、やっと俺も冷静さを取り戻した。
色々ビックリして、運動もしてないのに動悸が全力稼働する物だから、酸素を集めるのにちょっと忙しい。そんな俺に変わって、姫川が『アイテムケース』から取り出したローブでリリィの角ごとまとめて隠しならが訊ねる。
「リリィ、アナタ今までどこに隠れていたの?」
「魔法、認識阻害、透明化、幻覚、迷彩……、色々使いながら、あっちこっち、いた……! 街、全部、歩い、て……、戻っ、てきた……!」
「アナタの推理完全に全部外れたわね」
「底辺男子が調子乗りましたぁ~~~! ホントすんませんでした~~~~っ!」
っと、騒いでいたら見つかる。詳しい話はここを出てからだ。
「リリィ、話は後だ、もう一度魔法で消えて先に外で待ってなさい。俺達もすぐに後を追うから」
「ホン、ト……?」
「リリィが約束守れない子だと俺も約束できないかも……?」
「……! お外、待って、る……っ!」
一瞬にして姿をくらませた魔王っ子様は、恐らくそのまま門の外へと出たのだろう。目視できないから全然判らんが。
とりあえず俺達も互いを見合って頷くと、リリィを追いかけ、外へと―――、
「そこで何をしている!」
ビビクッ!
心臓、飛び出るかと思ったぁ~~~っ!
見た目は平静を保ち、姫川と共に振り返ると、そこに、この『ファーストウォーク』では珍しい、全身鎧を着込んだ一団が揃っていた。全て同じデザインの鎧に、腕の辺りに刻まれた門章が、彼等が何者であるかを表わしている。いや、紋章など無くても解る。この街でこんな豪華な装いが出来る勢力など、教会関係者以外に居ない。帝都の兵団と言うのもありえるが、彼等がこんな辺境地に来るわけがないし、来ていたらもっと騒ぎになっていたはずだ。それこそリリィの噂が流れる余裕もなく。つまりこいつら―――、
「聖騎士の方々ですか?」
問いかける俺に、唯一兜を被っていない先頭の男がドシンッ、と鞘付きの剣を地面に突き立てた。
「質問しているのは我らだ。答えよ。ここで何をしていた?」
威圧的な態度に、相手を見下した眼差し。完全にこっちを舐め切っているのか、顎がつき出ている。
聖騎士と冒険者は基本的に仲が悪い。聖騎士達は神の名の元、清廉潔白に身を清め、邪悪なる魔物を撃ち滅ぼすために鍛え抜かれた師団だ。当然、信仰に深く係わるので、一般人には優しいが、神の名の元に戦っているという意識が強い人達でもある。なので、金や生活のために戦うのが基本の冒険者を嫌っているのだ。「魔物と戦うなら、何故教会の元に集わないのか?」「金に目が眩んだ凡愚め!」っと言った具合に。逆に冒険者も聖騎士達の事を「お高く止まった連中」「やってる事は同じなのに、自分達ばかり贔屓目をする」などと言って険悪な関係が続いている。
正直、異世界人の俺達には係わりたくない、どうでもいい内容だ。だからここは穏便に済ませよう。そう努力しよう。
「申し訳ありません。俺は帳です。ここには、魔物が入り込んだとか言う噂を聞き、不安になって確認に来た次第です」
咄嗟に良い言い訳も思い付かなかったので事実を話す。真実は語らないけどな。重要な事さえ言わなければなんとかなるだろう。
「何故貴様らが調査をする必要がある? 魔物に関する事なら我ら聖騎士団が行う事だ。何者だお前?」
「駆け出し冒険者の者です。まだ色々勉強不足で、色々経験している最中です」
「ふん、金食い共か……。駆け出しと言ったな? ならば、早めに冒険者など辞めてしまう事だ。魔物と戦うなら、神と誓いを立て戦う、我等オセリオス教団の一員となる事こそ名誉! 君はまだ若い。過ちを過ちと理解するのも困難だろう。だが、時にはそれが通じない場合もある」
そう言って、男は剣を抜き、剣を両手で握り、切っ先を上に、頭の高さで構える『八相』の構えに似た形を取る。確か、聖騎士団の敬礼みたいな物だったかな?
「我が名はアインヒルツ・ルストリウフ。この街の聖騎士長である。ギルドを辞める事が出来たら、私の元に来ると良い。君を立派な聖人の一人として向かい入れる」
アインヒルツの名乗りに合わせ、背後の騎士達も同じように敬礼する。一々仰々しくて、底辺な俺はどうも威圧されてしまう。
アインヒルツは、意外と若いが俺達よりも大人に見える青年だ。鎧越しだと解り難いが、重量のあるフルプレートで、まったく重さを感じさせない動きは、相当筋肉が鍛えられているのだろう事が予想される。顔立ちは大人びているのに、若々しさが見て取れる。俺達の世界で言うところの大学生くらいなのだろうが、この世界の人は基本的に皆大人びて見えるので、眼を合わせると恐縮してしまう。
金の髪は男子としては結構長い、セミロングと言う程は長くない。あれで視界を妨げないのかとも思ったが、髪型に工夫があるのか、見てる限りでは前髪が邪魔をして視界を塞いでいるようには見えない。無駄な所に技術があるなぁ。
しかし、危なかった……。もう少し早くこいつ等に出くわしていたら、リリィの姿を目撃されるところだった。相手は聖騎士長。一見話を聞いてくれそうな感じだが、位の高い聖騎士ほど、意識が高い。魔物と一緒だったと言うだけでどれだけの騒ぎになっていたか解った物ではない。状況が穏便な内に収めよう。
「ありがとうございます。今はまだ勉強中ですので、しっかりと善悪を理解できる時が来ましたら、その時は伺い申し上げます」
「うむ」
頷き、アインヒルツは剣を収める。騎士達もそれにならって剣を一斉に収める。だから怖いんだってはそれ……。
拙い敬語だったが向こうは納得してくれたようだ。とりあえずはこれで良しとしよう。
話は終わった。そのまま立ち去ろうとして―――、
「待て、そこな娘は、お前の仲間ではないのか?」
「この人は偶然通りかかった方です! 噂の魔物について訊ねていただけで、彼女はただの通りすがりです」
慌ててフォローしようとしてしまったので、最初の声が焦った感じに大きくなってしまい、同じ内容を二回も繰り返して言ってしまった。不自然だったかと焦ったが、隣の姫川が冷たい眼差しで俺を睨んでいるので、とても仲間には見えないだろうな。こればっかりは幸いだ。
「私はこれからクエストがあるの。彼に呼び止められただけでも煩わしいのに、これ以上手間を掛けさせないで頂戴」
言うが早いか姫川は踵を返して去って行く、途中、アインヒルツが呼び止めたが意に介さず去って行く。自分は全く関係無いという態度だ。
姫川の態度にアインヒルツは舌打ちでもしそうなほど表情を歪めていたが、俺も長居は出来ないので、恐縮しきった仕草で礼をしてからすごすごと去って行く。姫川とは別方向に。
しばらく物陰から様子を窺って、騎士団連中がいなくなるタイミングを見計らい、俺も急いで門を潜って外に出る。ギルドの冒険者は『精霊の書』で登録書を閲覧できるので、それを見せればすぐに通れる。大きな街でも無いので通行費とかは最初から取られないが、やっぱり検問としての意味はあるらしい。
姫川とだいぶ遅れてある程度街から離れたところ、冒険者達が待ち合わせの場所として良く使う二叉の分かれ道にまで来たところで、声を掛けられる。
「こっちよ」
声は茂みの方からした。二叉の分かれ道は、南側と西側に分かれていて、西側はよく、俺達の様な駆け出し冒険者が素材回収や、狩りに勤しむのに通うエリアが存在する。逆の南側は、他の街に行くために道が途中まで作られている。辺境の町であるため、作られた道は途中までで、あとは何度も通った馬車の
声がしたのは南側の方。注意深く周囲を確認しながら、俺も茂みに入り声を返す。
「姫川、何処に……」
「パパァ~~!」
「おおわっ!」
急に腹部をタックルされ、ビックリする俺。眼に見えなかったが、間違いなくリリィだな。加護の燐光が少し身体から出てるから。
「あ、ごめんな、さい……」
燐光を確認したのか、腹部に当たる感触が消え、代わりにリリィの姿が現れた。隣には姫川もいた。二人一緒に魔法で消えていたのか。
「話は後よ。まずは拠点に急ぎましょう。余計な時間を取られて日が暮れ始めてるわ」
「ああ」
本当なら夕方の内に拠点まで戻れる予定だったのに、聖騎士に見つかった所為で俺の合流が遅れ、時間がかかってしまった。急がないと夜の森を歩かないといけなくなる。危険だ。
「リリィが居れば何も問題無い気がするのだけど……」
「それは……、そうだな……」
リリィが一緒に居るのは想定外だ。魔王っ子様がいれば、基本、魔物には襲われないから、夜でも奇襲の心配いらないな。リリィなら夜目も効きそうだし……。
「いっそ転移魔法とか頼んでみたらどうだ? リリィなら出来るかもだぜ?」
「一応、この世界で転移魔法って、神様の技術扱いよ?」
呆れて言う姫川。確かに、漫画でも空間移動系の魔法って、すごかったり普通だったり、振れ幅あるんだよな。この世界だと神秘レベルの扱いか。
半分冗談だったので、短い笑いで返していたら、話を聞いていたらしいリリィが、笑顔でこちらを見上げてきた。
「んぅ? 転移、魔法……、マーキング、してるところ、なら、出来る、よ……! でも、一杯、魔力、使うか、ら……、魔法の形跡、絶対、残る、よ……?」
「……できるのね」
「使いどころは……、とりあえずもっと詳しく聞いてから考えよう」
さすがは魔王っ子様。既に神の技術くらい到達していらっしゃいましたか……。
さて、拠点に戻ってきたところで俺達が最初にした事は―――、
「私はくれぐれも待っている様にと言いましたよね? アナタもそれに納得してくれましたよね? アナタが約束を守ってくれると言ったから、私はこうして戻ってきたというのに……。どう言う事かしら? 歴代の魔王は皆堪え性の無い方達ばかりだったのですか? おかしいわね? 私はアナタのお願いをできるだけ聞き届けてきたつもりだけど、アナタは自分勝手に破って良いと? 私だけに行動を強制すると? さすが魔王ね。親ではなくて家臣が欲しかったのなら言いなさいよ? 態度を改めて上げるわ。だから二度とママなんて呼ばないで頂戴ね」
「うぐっ、うえっ、うぇえええ……っ!」
約束を破った魔王っ子様を正座させて御叱りする事でした。こう言う上下関係ははっきりさせておかないと後が大変です。親となる以上、自分達の方が立場が上なのだと言う事をはっきりさせておいた方が良いそうです。特にリリィは魔王で、力では絶対に俺達は敵わない。なので、ともかく言葉攻めで相手を精神的に追い詰めるとの事です。
最初は俺も腕を組んで憮然とした表情をしていましたが、始まってしまった姫川のアイスマシンガントークが止まらないんです。ホント、どこで息継ぎしてるんだと問いかけたくなるほどに、淀みなく延々と続くのです。しかもリリィはなまじ魔王な所為か、途中で集中が途切れることなく、一言一句聞き逃さず、返答無視の問いかけにも律義に答えている。歴代の魔王達がどんな性格だったかは知らないが、リリィは超がつく真面目さんだと思う。まだ幼さが大半を占めてるけど律義な程に真面目だ。将来、色々な事に心を配り過ぎてつぶれないか心配になってくるほど。
もう既に日もとっぷりと暮れ、周囲は真っ暗だ。姫川が止まらないので、発言を諦めた俺は、最初こそ夕食の準備やら、新しくかった大きめのテントを張り直すやら、結構頑張って仕事をこなしていたのだが、それらが全て終わっても……いや、それら全てが終わるまでの間もずっと、姫川の弾丸が尽きないのだ。マガジンをリロードする気配もなく、延々紡がれる言葉の弾丸は、魔王っ子様をボロボロに崩し、涙と鼻水が物凄い事になっていた。それでもまだまだ追い詰める姫川さん絶好調。途中堪えられなくなって、リリィが「ママァ~……」と呟きながら手を伸ばしたりしたが、
「何その手は? また私の手を握り潰すのかしら? アナタはただ私に甘えているだけのつもりみたいだけど、アナタにとって『だけ』で、私達は一体何度死に掛けたと思っているのかしら? いえ、『精霊の加護』がなければ既に何度も殺されているのよ? それをちゃんと理解しているのかしら? それでも今までは、アナタはちゃんと私達の話を聞いて、努力してくれる子だと思ったから何も言わないできたけど、今日、約束を破ったわね? これからも約束を破るのかしら? あら? もしかしてアナタ、私達を殺そうと企んでいるのかしら? さすがは魔王さまね。やる事が―――」
っと、リリィの手が思わず引っ込んでしまう程の新型弾頭をふんだんに追加してきた。もうさすがに見てられません……。
さすがに可哀想になって、なんどか「もうそろそろ良いんじゃないか?」っと言ってやりながらリリィの頭を撫で、間に入ってみたのだが、これが意外な事に、リリィの方が俺の袖を掴んで思いっきり首を振ってきたのだ。これには俺も姫川も面食らった。どうやら本人は悪い事をしたという自覚があるらしく、その報いをしっかり受けようと言う心構えがある様だ。
そして、姫川は表情に影を差す程に冷たいオーラを幻視させ、お説教を続行した。
容赦無さ過ぎるよ姫川さん! 生後一日程度の魔王っ子様相手に、ちょっとこれは本当に容赦がねえよ! アンタある意味魔王の母親だなっ!
っと言う俺の心の叫びは胸中に収めるのももう限界です。何かリリィが、眼の光り失ってきたのでいい加減、本気で止めよう。
「はいはいそこまで! さすがに時間かけ過ぎ! もうリリィも完全アウトだからここまでにしようぜ!」
俺が割り込むと意外とあっさり口を閉じた姫川は、一度俺を見てから再びリリィを見降ろして問いかける。
「そうね、どう思うかしらリリィ?」
問いかけられたリリィは俺の袖を掴んで弱々しく首を振る。いやいや、どんだけ真面目だよ。もう完全にグロッキーじゃないか……。
「ダ~メ! もうおしまい! お前がなんと言おうとパパさん権限で終了です!」
無理矢理終わらせようとする俺に対し、疲れ切った顔で見上げてくるリリィ。次いで姫川を見上げる。
視線を貰った姫川はしばらくそのまま見つめ合っていたが、やがて嘆息し、俺が作った丸太の椅子に座ると、自分の膝の上を叩いた。
「リリィ、こっちに来なさい」
呼ばれてすぐに立ち上がったリリィは、よたよたとした動きで姫川の元まで向かうと、そのまま姫川の膝に顔を埋める様にして倒れ込んだ。姫川はそれを受け止めると、優しく頭を撫でてやる。
「偉かったわ。アナタはちゃんと自分がした事を見つめ直せるのね。こんなに一杯怒ったのに、アナタは一度も聞き流さずに最後まで自分の中に呑み込んだ。偉いわ。そしてすごく立派よ。私はアナタを誇りに思うわ」
なんと、今度は褒め言葉のマシンガントークだ!
しかも叱っていた時とは違って、淡々としたリズムで子守唄の様な安心感があるテンポ。未だぐずっているリリィだったが、既に全力で甘えて膝に顔を埋めている。
途中、力が入り過ぎたのか、姫川の腰の辺りから青い燐光が漏れ出た。それに気づいてリリィはビクつき、姫川を見上げた。だが、目の前に青い燐光がちらついているにも拘らず、姫川は何も言わず、ただただ撫で難いリリィの頭を撫で続けていた。姫川らしく笑いはしなかったが、それでも俺にはリリィに対して笑い掛けているように映った。
リリィは感極まった様に顔を埋め、「ママァ……っ!」と声を漏らして縋りついた。
しばらくすると寝息を立て始め、眠ってしまった事が解った。
俺は「お疲れ」と労いの言葉を送りながら、木製コップに入った果汁水を差しだす。この世界で果汁水は高価な物であまり多くは購入できない物だったが、今は渡してやりたい気持ちだった。だから渡した。
姫川は素直に受け取り、一口付けると深く息を吐いた。さすがにアレだけ起これば本人も疲れるよな。
俺も隣に座り水を煽る。一応高価な物なので俺自身は控えた。
俺は訊ねる。
「姫川の事だし、考えあっての事なんだろうけどさ? どうしてここまで厳しく叱ったの?」
「上下関係の確立。最初に言った通りよ。私達は力ではこの子に敵わない、この子が本気で私達に抗おうとすれば、私達は抵抗する事は出来ない。だからこの子の中ではっきりさせたかったのよ。目の前の人物は力が弱くても上位存在なんだ。ってね……」
「でも、ここまで長くしたのは……、リリィが御叱りを受け入れたからだよな?」
そう訊ねると、姫川は初めて少しだけ悔しそうな表情を作って見せた。
「だってこの子、本気でしかられるのを嫌がってたのよ? そして物凄く甘えん坊。なのにアナタに助けられてもそこには甘えず、私に向かってくるんだもの。つい嬉しくなってやり過ぎてしまったわ。そこは反省よね」
「う、嬉しかったんだ……」
一瞬、姫川のSっけが刺激されたのだろうかと疑ってしまった。でもそれも一瞬、続く姫川の言葉に、つい頬が緩んでしまう。
「どんなに強い言葉をぶつけても、それを受け入れ接してくれるなんて、嬉しいに決まってるじゃない。その癖、この子ったら、アレだけ叱った相手に甘えてくるのよ? こんな立派な子、これ以上叱り様がないわよ」
そう言って髪をすく様にして頭を撫でてやる姫川は、とても母親の顔になっているように思えた。
「本当はね、不安だったのよ……。この子を『マステマ』に育てると決めた時も、ずっと……。私に子供が育てられるのか? って言う不安はもちろんだけど、この子は本当に魔王だった。いつ私は殺されるのだろうかって、ずっと怖かったわ。アナタは?」
不安を吐露する姫川に、俺もできるだけ真摯に、そして素直な言葉を返すよう心掛ける。
「俺も不安だったよ。俺なんか己の全て、何一つにすら自信の持てない底辺男子だ。リリィと上手くやって行ける自信もなかったし、姫川の足を引っ張らない自信もなかった。頑張った果てにも、自分が何も成長しない未来しかまったく見えてこない。不安で一杯で、一人だったらきっと逃げ出してた」
「あら? 私がいたから頑張れたとか言うつもり?」
「姫川と……リリィがいたから、堪えられた。頑張るのは無理だ。俺は頑張ってもこの程度だ。俺に出来るのはいつだって堪え切ることだけ。漫画の主人公みたいに自分の力で何かが出来る様な奴じゃねえよ」
俺は自分の底辺具合に溜息を吐きながら、独白する様に言う。
「俺は身も心も見ての通りに弱くて情けない。だからきっと、二人がいるだけだったなら、とっくに逃げ出してた。でも、リリィはさ、アレだけ凄まじい力があって、魔王なのに、それでも人間の俺が命欲しさに適当言った事を信じて、パパ、パパ、って、甘えて来てくれるんだよ。……裏切れないだろ? こんな子」
無条件に寄せられる信頼ほど、自分を鼓舞してくれる物はない。それが仮に嘘だとしても、俺はその信頼を欲するだろう。それほどに、信頼とは甘い毒なのだと理解する。
「でも、やっぱり、姫川って共犯者がいなかったら途中で自爆してたと思うよ? まだ一日しか経ってないのに、心底そう思うね」
「知ってるかしら? 普段、車が来てなくても赤信号を絶対に渡らない様な真面目な子でも、大勢で一緒に渡れば何の恐れも無く渡れるのよ?」
「正に今、俺達は二人で赤信号を渡っている訳だ……」
「そうね、しかも時間帯は夜で、ライトを付けてない車が速度を緩めず走ってきているわ」
「横断歩道の距離はまだまだ果てしなくて、終わりなんて全然見えないどころか、振り返ればまだスタート地点が見える距離だって言うんだから笑えねえ」
「極めつけは、迫ってきた車を撫でるだけで吹き飛ばし、うっかりすると私達までチリにしかねないハイスペックなお子様が懐いてきている状態。……何処に注意を向ければ良いのかしらね?」
「姫川に解らんもんは俺にも解らん」
二人でクスクスと声を潜めて笑い合う。何だか不思議な時間だと思いながら、俺達は自然とリリィを見つめる。
「でも三人でやるしかない。俺とお前の共犯で、この子と生きて行くんだ」
「失敗すれば人かこの子か、どっちかに殺されてしまうのね。本当に真っ暗な未来だわ」
俺も一緒になってリリィの頭を撫でる。角で撫で難い頭を慈しむ様に撫でてやる
もう眠ってしまっているはずなのに、決して離すまいとして抱きついている魔王っ子様に、俺達は不思議な安心感を覚えていた。
ギュッ、
パラパラ……、
「……私の加護、持つのかしら?」
「リリィ、眠ってるからな……、ついうっかりになったら止められるかどうか……」
安心を与えてくれる存在に、不安を煽られ眠れぬ夜が続く俺達だった。