魔王っ子様の教育方針   作:秋宮 のん

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第四章 絶望は訪れる

 第四章 絶望は訪れる

 

 魔王っ子様の教育を始めて早一ヶ月。時は瞬く間に過ぎて行く。光陰矢の如しとは良く言った物で、あれよあれよと言う間に一ヶ月。それまでの間、本当に大変だった。

 基本的に俺達のホームはリリィを育てるための、あの森の中にする事にした。最初はテント暮らしを続けていた俺達だが、もしかしてと思って訊ねてみたところ、リリィの魔法で、簡単な構造なら家が作れる事が判明し、あの場所に岩にカモフラージュした一件家を立てる事にした。っと言ってもさすがに複雑な構造は出来なかったので、寝所と居間、そして台所の三部屋を空間を広く取る事で作った。家具類は丸太や岩を使ってそれっぽくした。寝所はリリィの魔法で木材を切り刻み、板にして、その上に毛布を敷く事で布団にした。最初は二つ作る予定だったのだが、リリィが三人一緒じゃないと物凄くぐずる上に、夜中、片方がいない事に気付くと、自分でも制御できないほど大泣きしてしまうので、色々諦める事にした。ただし、寝る時は俺の腕にロープが結ばれ、姫川に近寄れない様にされた。仕方がないとは言えちょっとショックだよ……。

 だが、いくら家賃を必要としないとは言え、ホーム暮らしは宿と違って色々入用になる。リリィがいくら万能でも、それに頼った生活でなんでもできると言うわけもなく、どうしても買い物が必要になる。

 なので俺達は定期的に『ファーストウォーク』の街に戻って、クエストを受け、お金を稼がなければならない。姫川はレベルが高い分余裕でお金を稼げると思ったのだが、諸事情により、これが難しくなってしまった。それは、俺達が魔物と戦えなくなったと言う事だ。

 リリィの教育のため、俺達は冒険者と言う職について説明し、彼女にとっての魔物はどう言った位置に居るのかを確認したところ、魔物はリリィの様な高い知性を持つ魔族と共存して生きる生物で、気性が荒いだけで敵対していない仲間との事だった。なので、俺達が魔物と戦い殺し合うのは嫌だとはっきり口にした。

 俺と姫川は色々相談し合った結果、魔物を殺すクエストは受けない事にした。俺も、弘一に誘われたクエストが討伐以来の場合は断る事にした。

 だからと言って魔物と戦わなくて良くなったのかと言うとそれも違う。基本的に、魔物は人間を見ると有無も言わさず襲ってくる。しかもリリィ以外とは意思疎通が出来ない。だから、向こうから襲ってきた時には、身を守るために已むを得ず殺してしまう事を了承してもらった。リリィはここら一帯の魔族に俺達を襲わない様に言い付けようかと言い出したが、それは後々、人間側に怪しまれる場合があるので遠慮してもらった。

 俺達が請け負える仕事が素材回収系になってしまい、毎日金欠で泣きたくなった。それでもひもじい思いをせずに、腐る事無くいられたのは、生活に必要な物は、大体リリィと森から提供してもらえたからだろう。ただ単純に生きて行くだけなら、それほど金は必要無い。質を求めさえしなければ、何不自由はしなかった。

 それでも俺達が街に頻繁に戻るのは別の理由があった。単純に『精霊の加護』の限界だ。アレからの生活で、随分改善されはしたものの、リリィは時たま感情に煽られ手加減をミスる。そして俺達は盛大に加護を消費する。その度にリリィが泣きそうな顔で謝ってくるのだが、どうしても感情が昂ると制御が甘くなってくるようだ。おかげで俺達は加護の補充のために、街に戻る必要性があったと言う事だ。

 俺達が街に戻る時は、必ず片方がリリィの傍に残る事にしていた。何故なら、あんなに叱られたにもかかわらず、俺達二人がまとめていなくなると、堪え切れなくなったリリィが何度も街に侵入してくるからだ。その度に弾丸トークが炸裂し、素直に受け入れボロボロに泣き崩れる事になるのだが、それでもやっぱり寂しさには抗えないらしく、何度も同じ過ちを犯した。そんな訳で、俺達は、互いの加護が全損するなどと言う緊急時にでもならない限り、片方は必ず家に残るように努めた。それでも全損事故が起こる確率は意外と多かったけどな……。

 今日も加護を全損した俺は街に戻り、加護の補給を済ませたところだ。ついでに宿に寄り、弘一達から情報を交換しておこうと顔を出した。幸い、俺にも交換できる情報がある。リリィがこの近辺の魔物の気配がなんとなく判るらしいので、俺は自分が偶然目撃した情報と偽り、皆に提供、変わりに街の様子や皆の近況を教えてもらっていた。

「なあ、鈴森って、姫川と結婚してんの?」

「ブホォ……ッ!」

 宿の食堂で皆と食事しながら談笑していた最中、誠司のいきなりの発言に、思わず吹いてしまった。確かに俺と姫川は二人でこっそり会っているし、二人で一緒に行動する事も増えた。必然的にそれを目撃されてもおかしくなかったので、そう言う疑いを掛けられる可能性も考えてはいた。でも、それは精々『付き合っているのか?』って言われる程度だと思っていたし、俺も返答として「俺のアビリティが魔法よりっぽいから、アドバイスを貰いに何度か話しかけているだけ」とか「それのお詫びとお礼を兼ねて奢ったりとかがあるだけ」だとでも答えておこうと思っていた。最悪の場合は「姫川がこっそりペットを飼っているらしいんで、それの相談を受けている」と言っておこうとか思っていたのだが……、まさかその段階すっ飛ばして『結婚』とくるか……。さすがに予想できなかったよ。

「え? やっぱそうなの?」

「いつの間にそうなってたんだ?」

「おめでとうございます」

「ムン……ッ」

 誠司の話が聞こえたらしい、立花、弘一、本田と我がメンバー最後の一人、寡黙なタンク藤堂一文が、それぞれ話に乗っかってきた。

 俺は気道に入った水に咽ながら、誠司を睨む。

「なんでお付き合いすっ飛ばしてそう言う考えに?」

「だってお前ら二人でいる時多く見かけるし、何か買い物してる時とか、子供が欲しそうなの選んでんだもん? ほら、前なんか絵本とか買ってたし!」

 なんでそんなところ見てんだよ。ってか誠司、空気読めないくせに察し良すぎだろ? なんでその洞察力をもっとエアーに回さないんだよ?

 とりあえずここはどうしたものか? 俺達は魔王っ子様を匿っているという事実さえバレなければいいのだが……、姫川の事だし、俺と所帯を持ってるなんて思われたくはないよな。実際疑似的にはそんな感じだし……。否定しておこう。

「そんな事実はないよ」

「またまたぁ~? 本当はやる所までやってんだろ~? どうやってあのブリザードクイーンを落としたんだよ?」

 話聞かないタイプなのかコイツ?

 他の皆も興味深々と言った様子だ。何かウザイな……。

「俺は違うって言ってる」

「照れんなって! お前が姫川の事狙ってるのは皆知ってんだぜ?」

 皆一斉に頷いたよ。なんでそう言う認識になってるんだよ?

 『違う』っと言っても聞いてくれない以上、何を言ってもこいつ等は都合の良い様にしか捉えないのだろう。こうなってしまうともう面倒だ。憮然とした表情で固定して黙ってやり過ごす事にした。

 けどこいつら、しつこく、この話題を振り続ける。俺が何も喋らないので機嫌を取ろうとあの手この手と手法を変えて来る。なんでこいつら、こんなにしつこいんだよ。いい加減本人が嫌がってるって解らないのかよ。

 だから集団は嫌なんだ。誰にも理解されず、誰も理解できないから。理解できないならせめて、適切な距離を取ってくれれば良い物を、こいつ等ときたら無遠慮に踏み込んで来る。他人が嫌がる態度を察している癖に、しつこく問いかけ、その癖自分達は「お前もっと空気読めよ?」っと平気な顔で言ってきやがる。本当に腹が立つ。

 などと言っても仕方ない。底辺男子たる俺はちゃんと理解している。彼等はそれで上手く行っている。上手く行っている以上、俺が口出しする様な事じゃない。少なくとも、俺の意見は少数派だ。だから決して口には出すまい。他人を傷つける言葉を吐いて良いのは、殴られる覚悟がある奴だけだ。その言葉が本気で在るならなおさらね。

 黙ってやり過ごす俺に、皆は機嫌を取ろうとおかずを分けてくれたり、冗談で肩を揉んできたりするが、俺は嫌がって見せる。そしてもう一度。

「仮に俺が姫川と仲良かったとして、どうして俺がお前達に言わなきゃいけないんだ?」

 あんまり使いたくない言葉を使う。ちょっとしつこ過ぎてイラッときた所為もある。ここにきてやっと、弘一達は身を引き始めた。だけど、その表情にはまだ余裕がある。俺が本気で怒ってないと思ってる。照れ隠しで怒ったとか、その程度。あるいは、怒っても全然怖くないと思っているのだろう。

「そう言わずに教えてくれよ! 俺たち仲間じゃん?」

 誠司だけは間違いなく俺の事舐めてるよな……。しかも仲間とか言っておきながら俺の嫌がってる事をしつこく聞いてくるわけだ。ってか俺、お前らと仲間になった覚えは、この世界に来る前からずっとなかったんだけど? コイツは何を持って、俺を仲間と言っているんだ?

 そろそろ本気でブチ切れそうになってきた。手に持った水をぶちまけてやろうかとも考えたが、そうすると本気で大事(おおごと)なので我慢する。でも、もう振りきれて殴りかかりそうだ。あんまりしつこい誠司を、さすがに見てられなくなった弘一が止めようとした時、ざわめきが起きた。

 何事かと思って俺達が揃って視線を向けると、宿の入り口で鎧甲冑の軍団が詰めかけていた。この街でフルプレートアーマーの連中なんて一つしか存在しない。聖騎士団の連中だ。彼等が殆ど冒険者で埋め尽くされているこの宿屋に、一体何の用があると言うんだ?

 訝しく思っていると、先頭の兜を被っていない金髪の男が、こちらに近付いてきた。

 騒ぎに気付いていないフリをして視線を合わせない。厄介事はごめんだ。俺は魔王っ子様と係わり合いがあるので、この場で平静でいられない。俺に関係無いならどうか過ぎ去ってくれ。

「お食事中、失礼する。少々情報収集に参った。知っている者が居れば名乗り出てほしい」

 騎士団と冒険者は仲が悪い。そんな相手に暴言一つ吐かずにこう言う事を言ってくるのは凄いけど、眼がしっかり相手を見下しているので、あんまり友好的でも無いっぽい。って、今思い出したけど、俺この人と面識あるわ。確かアイン……なんとかさん。

「我が名はアインヒルツ・ルストリウフ。この街の聖騎士長である」

 そう、それだ。御丁寧に名乗ってもらって良かった。名前を思い出せた事でこっそり安堵しつつ、俺は続く言葉を確認する。

「君達も気付いているかもしれないが、最近この街に魔族が侵入すると言う噂が流れている。幸い、被害の報告などは上がっていないが、こうも頻繁に結界内に魔物が出没する噂が流れるのは市民の不安を煽る結果となっている。噂の原因を突き止めるため、我ら騎士団は全力を尽くす所存だ。よって、もしも有力な情報を得た時は、我ら聖騎士団に速やかに報告していただきたい」

 つまり、魔族の噂がたっちゃってるから御協力お願いしますって事の様だ。そしてたぶん、……いや、明らかに噂の魔族ってリリィの事だよな。あの子、かなりハイテクなステルス魔法持ってるくせに結構頻繁に見つかっていらっしゃる。その辺の理由は解らないんだけど、解らんだけに、こっちでは対処できないんだから困ったもんだ。

 それにしても、ちょっと不思議だ。教会と冒険者は仲が悪いはずなのに、どうしてこんなに友好的なんだ? てっきり冒険者は役に立たないから邪魔するな。っくらいは言ってくると思ったんだが……。

 そっちには視線をやらず、こっそり誠司の果汁(まだ口を付けていない新品)をちゃっかり頂きながら困惑していると、案の定、聖騎士様は余計な一言を付けたした。

「なお、これはとてもデリケートな問題だ。冒険者の諸君は、くれぐれも余計な手出しをなさらぬよう」

「あぁんっ?」

 あ、さっそく一言で機嫌が悪くなった冒険者が……って、誠司だよ。コイツなんなんだよ? トラブルメイカーなのか? どうしてこう、厄介そうな場面の引き金になろうとするんだよ?

 まあ、今回は他の冒険者達も同じような反応なので彼一人が悪いと言うわけではないか。

「意味が伝わらなかっただろうか? これはクエストではない。国務である。報奨金などは出ない。君達にとっては興味の無い話だろう? だが、魔族を見つければさすがに金の仕様はあるのでね。先に釘を刺しておこうと言う事だよ。金に目が眩み、余計に被害を増やされても困る。君達に愛国心を求めるのは(いささ)か過ぎた願いだろう。だが、僅かでもこの街を守りたいと言う思いがあるのなら、決して我らの邪魔をするな。魔族だけならまだしも、貴様ら冒険者の面倒までは見切れん」

 火に油。アインヒルツの言葉に青筋を立てる冒険者達。あと少し挑発すれば、それだけで暴動が起きそうな気配だ。あ、今、店員が店の奥に隠れた……。

「おいおい聖騎士様よぅ? そいつは何かい? 俺達の腕では魔族の相手が出来ないって言いたいのかい?」

 また誠司―――っではなかった。もっと野太い声だ。体は俺達よりもかなり筋肉質な偉丈夫で、スキンヘッドな方。でも口髭が意外と似合っていてダンディな御方だ。何処かの冒険者の方だろう。ギルドで時々見受けられたが、確かレベル10の上級者だったはずだ。

 あ、上級と言ってもこの街から見ればってことだけどね……。全体的には立派な下級。

「腕の問題を言っているのではない。君達は周りの被害を考え、連携を取って効率良く速やかに事に対処する事が出来ないだろう? 君達ならず者集団が勝手をやって、一般市民にまで被害が及ばれては眼もあてられない。君達を正式に豚小屋に放り込める機会を与えられるのは結構だが、その被害を一般市民に背負わせるわけにはいかないのでね」

「はっはっはっ! つまりあんちゃんは、俺達が考え無しの無能だから大人しくしてろって? そうお高く止まってるってわけかい?」

「そう見えるのは仕方がない事だ。我らは常に教養を学び、誇り高い者で在ろうとしている。日々を漫然と生きている君達とは大差が出来て仕方のない事だ」

 仲が悪い、とは聞いていたし、実際こんな感じだろうとは思ったけど、ホント一方的な言い方をするな。

 自分の言葉が相手にどんな印象を与えるのかって考えた事あるんだろうか、この人?

 自分の言葉や行動、それはどんなに正しい事をしていたとして、他人を傷つける事がある。冒険者に「市民に迷惑がかかるので余計な事をするな」っと言っておいて、自分達はこの宿屋で冒険者を挑発して市民に迷惑かける気かよ?

 アインヒルツ、アンタ、少しは自分の言葉に責任を持ったらどうなんだ?

 ……なぁ~んって、思ったりしてしまうが、決して口には出すまい。いや、怖くて言えないって言うのは当然ありますがね? たぶん言える立場にあったとしても、俺はそのセリフを吐く事はないだろう。だって、俺は彼の全てを知っている訳じゃない。当然友達でも無いので親しくもない。仕事上の仲間でさえ無い完全な他人だ。人間、家族でさえ解り合えないのが当たり前だ。話し合っても解決しない事は一杯ある。むしろ話し合う事でこじれてしまうことだって沢山だ。

 『自分の言葉に責任を持て』なんて、よく思い付く言葉だけどさ? その言葉を言って良いのは、その人が責任感を持った上で、心から強く言った言葉に対してだけ言って良い物だ。それも、誰にだって言う権利のある言葉じゃない。少なくとも赤の他人に言われる言葉じゃないし、最低限親しみを持っている相手でなければ、その言葉はただの暴言へと変わってしまう。だから俺は言わない。言えない。それこそ、『言葉の責任』と言う物だ。全ての言葉に責任が伴うのなら、誰も言葉など喋ってはいけないのだから……。

「いい度胸だ! それだけ挑発しておいて、ただで帰れると思ってるんじゃねえだろうな?」

「浅慮な……。これだから冒険者は困る……。武力と暴力の違いすら解っていない」

 堪忍袋の緒が切れたのか、スキンヘッドのおっちゃんが、真直ぐアインヒルツへと歩み寄る。周りの冒険者はヤジを飛ばし、煽り立て、聖騎士団の方は一斉に剣の柄に手をやったが、アインヒルツが手で制する。

 肩を引かれた。視線を向けると、弘一がこっそり仲間を移動させていた。巻き添えを食わない様に気を使ってくれたらしい。素直に従い端に寄る。

 俺が丁度、自分の位置を決めたところで、いきなり火蓋が切って落とされた。

 自分の射程距離に入った瞬間、ガン付けも無視して、おっちゃんは先制パンチを繰り出す。狙いは唯一鎧に守られていない顔面。

 ―――え? 入る?

 不意にそう思ってしまったのは、俺の目ではアインヒルツが全く動く素振りを見せなかったからだ。もはや躱せる距離じゃないんじゃないだろうか? なんて漠然と思った瞬間……、シャヒィィン……ッ! 鋭い金属が滑る音を鳴らし、おっちゃんの腕が宙を舞った。

「ぐ、ぐああああぁぁぁ……っ!」

 ―――……、斬られた……っ!

 一瞬思考が追い付かず、呆然と様子を窺ってしまった。斬られた腕に現実味を抱けず、何かの間違いなんじゃないだろうかと呆然と眺めてしまう。

「そんな……! あの人、レベル13のはず……!」

 弘一が信じられないと言った風に呟く。俺もまだ未熟な所為で、レベルがどれだけあれば、どれほど強いのかは大雑把な物しか解らない。だが、たしかレベル13といえば、一般市民が束になっても敵わないような大型の魔物を単独で撃破できるぐらいの強さがあるはずだ。言ってみれば、熊の魔物くらいなら一人でも倒せるレベルって事らしい。

「だから手を出すなと忠告したのだ。相手との力量差も計れず、気に入らない事があればすぐに暴力に訴えようとする……。何とも嘆かわしい……」

 言葉通り、嘆かわしそうに首を振ったらアインヒルツの手には剣があった。いつどのタイミングか解らないが、アイツは剣を抜いて、おっさんの腕を切り落としやがったのか?

 その強さに戦慄する俺を置いて、アインヒルツは高らかに告げる。

「私のレベルは38。聖騎士長の位はそれ相応の実力あってこそ与えられる物だ。そんな基本的な事も知らず、過信した己の蛮行で、神が与えたもうた我らが領地を汚す愚行、改めよ! そして控えろ! 我らは主神オセリオス様の名の元、命を賭して市民を守る師団である!」

 剣を八相に構える敬礼を取る。合わせて背後に控えていた騎士団も剣を抜き放ち、敬礼を取る。

 始めてみた時も威圧感があると思ったが、こう言うタイミングでやられると、余計にそう感じさせられる。その証拠に、他の冒険者達も後ずさり、さっきまでのヤジや煽りは何処に行ったのか、シン……ッ、と静まり返っていた。

 アインヒルツが剣を収め、騎士団がそれに倣う。

努々(ゆめゆめ)、己が分を弁えよ」

 最後に捨て台詞を残し、騎士団一行は去って行った。

 彼等が去ってすぐ、腕を斬られたおっさんは店の奥に運ばれて行った。落ちた腕を拾って行ったので、繋げるつもりなのだろう。切断された腕も『精霊の加護』でちゃんと癒す事が出来る。いや、そもそも『精霊の加護』があれば切られたところで切断される事はないのだが、あまりに鋭い一撃を受けてしまうと、身体の一部が切り落とされると言う事はあるのだ。ダメージを代替わりしてくれる加護のおかげで、それほど大きな痛みはないはずだし、加護が止血してくれているので、血は流れない。断続的に加護を消費する事にはなるが、加護が残っている限りは腕同士をくっ付ける事も出来る。この世界には治癒魔法の類が一部の例外を除いてまったく存在しないので、切り落とされた状態で加護を失えば、その腕をくっ付けられる可能性は極端に低くなるだろう。

「えげつない事をするな……」

 苦い顔になって弘一が呟く。他のメンバーも集まり、口々に聖騎士についての悪口を言い始める。

「アイツ等、ちょっとやり過ぎだろ? 先に手を出したのはおっちゃんだったけどよ? それでも、腕を切り落としたりとかするかよ?」

「アレはさすがにね~? 魔王を倒すって言う目的は同じなんだから、目の敵にしないでも良いと思うのにね?」

「私、魔王を倒すなら聖騎士団に入るべきかも、って考えた事があるんです。でも、こう言う事するのは間違ってると思います。……やっぱり冒険者を選んで良かった」

「ムン……ッ!」

 皆、口々に言いたい放題だ。言いたくなる気持ちは解るし、正直、俺も好印象は抱かなかったのは一緒なので、一文同様頷くだけで応えておく。

 弘一は何も言わず、しかし真剣な表情で呟く。

「彼等にだって正義はある。その正義のために真摯に行動しているだけなんだ。だからこそ、自分達とは違う道を進む人達を許容できないんだよ。彼等の目には、俺達は正義には見えないんだろうから……」

 「それでも……」っと弘一は続ける。

「彼等の行動は、自分達だけを見た物だ。俺は同調できない。それに、俺達は俺達のやり方で魔王と戦う事を決めたんだ。それを彼等に左右される謂われはないはずだ」

 弘一は断言し、強い眼差しで俺達を見る。

「彼等の正義は否定しない。でも、俺達は俺達のやり方を曲げない。その一線だけは譲らないで行きたい。皆の事は俺が守る。だから、俺達も魔物の噂について調べてみよう」

 皆の心が一つになったかのように一斉に頷く。だけど俺だけは渋面になってしまう。顔だけじゃなくて、中身までイケメンな弘一は、そんな俺の反応にもいち早く気付き、気に掛けてくる。

「鈴森君は、あまり賛成じゃないかな?」

 その質問をこの場でするのは卑怯だ。もし俺が反対すれば、多数の賛同者達から攻撃を受ける事になる。彼等や弘一にそのつもりがなくても、結果的にそうなる。反対すると言う事は、賛同者を否定するのと同じだ。俺にその意思がなくても、他人は勝手にそう思い込む。思い込んだ相手はとても敵対的だ。結果的に俺は大勢の人間から攻撃を受ける羽目になるわけだ。

 『皆で決めた事』っと言えば聞こえはいいが、要するにただの多数決であり、少数派を弾圧し、自分達の味方側として取り込んでいるってだけだ。俺の様な底辺男子は特にこう言う場面に弱い。なんせ味方してくれる“仲間”がいないからな。

 どの道、「魔王を育てる事になったなので、魔王討伐派から外れます」っと言うわけにもいかないので、別方向に話を逸らす事にした。

「反対はしない。心配なだけだよ。聖騎士に変に目をつけられたりしないかね」

「そうだね。でも、こちらが黙っていても、聖騎士達はこうやって俺達に干渉してくる。なら、行動しないでいたとしても、被害を受けない可能性は0にはならないよ」

 「だから一緒に頑張ろう」っと言ってきた。

 考え方が甘い、っと感じた。弘一は優しくて恰好良いからカリスマもある。でも、具体的にどうしようとは言っていない。周りも弘一に頼ってばかりで不安要素をまったく口にせず、ただ賛同するばかりだ。それでいざという時、全てを弘一に任せたとして、本当に大丈夫だと言えるのだろうか?

 不安はあるし、そこまで弘一についてはいけなかった。むしろそんな考えの甘さで物事を決めてしまうのは危険だから止めるべきだとも感じた。

 でも俺は結局何も言わなかった。言えなかった。己が底辺の存在だと自覚している俺は、自分の言葉が薄っぺらい事を知っている。誰も自分の言葉を聞き入れてはくれないのを知っている。何より、彼等を納得させられる言葉を選べない事を知っている。そして、彼等が一体どれだけの事を考えているのか、それが全く想像できない俺には、知ったかぶりで偉そうな発言をする事は大いに躊躇われた。

 結局俺は、あまり目立って噂の魔族との繋がりを疑われない為と、自分に言い訳して、黙っているのだった。

 

 

「ってな事があった訳なんだ」

 夜中、ホームに戻り、夕食を終えた俺は、姫川達に聖騎士達が動き出している事を伝えた。

「そう、これからは更に色々気を使わないといけない様ね……。マステマ、とりあえず正座しなさい」

「は……っ! はい……」

 さっそく御叱りモードに入ろうとする姫川と、既に半泣きになっているリリィ。

 最近、姫川はリリィに教育をする時は『マステマ』と、自分が付けた名前を呼ぶようになった。これは御叱りの時だけではなく、褒める時や、何かを教える時に意識的にそうしているようだ。意味する所は良く解らないが、当人達は何か共通する認識みたいな物があるようだった。

「まあ、待て待て」

 放っておくと、本当にそのまま長時間説教に入りそうだったので、間に入って止めた。

「今回の事は常々言ってる事だし、リリィも解っているはずだ。正直、もう次はないって所さえ解ってもらえればOKって事で、もっと優先すべき事があるだろう?」

 俺が言うと、腕を組んで一瞬考える素振りを見せた姫川。

「そうね。私達が今すべきことは、噂が沈下するまで大人しくしている事。そして怪しまれない事ね」

 姫川は納得してくれた。リリィの方は御叱りがない事に安心したような物足りない様な微妙な表情。この子、変な性癖とかできてないよな?

「だけど、この先の事で少し問題があるのよ? 大人しくすると言っても加護の問題があるから」

「ああ~~……、でも、リリィも最近はだいぶ力の制御できるようになってきただろう?」

「そうね、一日五回が一日一回に抑えられてきたわ」

 これでも随分な進歩である。俺達が何か褒める度に過剰と言う程に喜び、飛びついてくるリリィ。俺が姫川の毒舌にツッコミ入れていると、仲裁で飛びついてくるリリィ。何かを見つける度に俺達に報告しに飛びついてくるリリィ。それら全てで加護が消費されると言うのだから、本当に毎日命がけの子育てをさせられているよこの魔王っ子様は……。

 その度に姫川は「このままだと普通の人間に会わせるのも危険ね」っとぼやいていた。そりゃあ、俺達冒険者以外の一般市民まで『精霊の加護』を有してるわけじゃないからな……。一般人相手に友好的なリリィの行動が、スプラッタから戦争の引き金に直通なんて、冗談になってない。

「食糧問題もあるわ。さすがにここに引き籠るには備蓄が足りないわよ」

「その辺は狩りでなんとかなりそうな気もするけどな?」

「ただでさえアナタと同じ部屋で寝ないといけないのに、引きこもり生活になると普段から苦痛を味わう事になるのよ? はあ……」

「そこでとんでもなく、落ち込む様な溜息やめてよ!? ホント底辺な男子でごめんよ~~っ!」

 俺が嘆くと、姫川は、何かに気付いた様に訝しい表情を取った。

「ずっと気になっていたのだけれど……、アナタってどうして、自分に対してそんなに評価が低いのかしら? ただ卑屈なのかとも思ったけど、別に暗いわけではないのよね?」

「え? いや、充分俺は卑屈な方だと思うけどね?」

 姫川は納得していないと言う表情で更に問いかけてくる。

「私には、アナタ自身に評価の基準がある様に見えるのよ? それもかなり上方修正の激しい、甘い基準で構築された。なのに、そこに当て嵌められたアナタ自身の評価が極端に低い。評価が低い割にはアナタは性格が明るい方だから、傍から見ていてすごく軽薄な人間に映るのよ。実際私はそう思ってた。だけど、こうして三人で暮らすようになって、話し合う機会が増えてから気付いたわ。アナタはむしろ、仕事に対する重要性を高く見ている。リリィの教育然り、私との話し合い然り……。けど、仕事の重要性が高くなればなるほど、アナタ自身の迷いが大きくなってる。『果たして、この仕事を自分がやっていていいのだろうか?』ってね? その迷いが、小さなミスに繋がって悪循環を起こしているわ」

 姫川は饒舌に俺の評価を語って行く。姫川にこれほど見られていたのかという事にも驚きだが、ここまで見透かされている事が……少し煩わしい。

 いや、図星を突かれて苛立ってるってだけなんだが、図星を突くほど相手の神経を逆なでする挑発もない。大人ならそのくらいで癇癪を立てるなと言うかもしれないが、挑発行動しといて『大人になれ!』とは、どの口が言うか? って感じだ。

 っとは言え、実際この場で怒る事を正当化できるわけではないので、胸に燻る苛立ちを抑え、なんとか返答する。

「姫川から見て、そう見えるならそうなのかもな。でも、実際俺が意識してそうやってるわけじゃないし……、自信がないのは自覚してるけど、その理由を聞かれても俺には答えられないよ。姫川だって、『お前はどうしてそう言う性格なんだ?』って聞かれて、正確に答えられるか?」

 逆に俺が訊ねると、途端に姫川が嫌そうな顔をする。普段から露骨に嫌悪を表わす奴だったが、自分の事に関して、こんなに解り易い顔をするのは珍しいな? もしかして地雷だったんだろうか?

 なら、むしろ丁度良い。ここは引き退がってもらおう。姫川に答えられない物は、俺にだって答えられない。仮に答えられても、俺は答えられない。だから、一方的な罪悪感を抱く事になる。正直それは勘弁だ。だから、お前も答えない方向で話を終わらせてくれ。

 その願いが通じたのかどうかは解らないが、姫川はそれで頷いてくれた。

「分かったわ……。不思議ではあるけど、私もそこまでアナタの事を詮索する気はない物……。変な事を聞いてしまってごめんなさい」

「………」

 謝られて、しまった……。

 そのまま背中を向けて去っていく姫川は、寝室へと向かった。ここは居間だから、別の部屋に行こうと思うとそこしか逃げ場がない。もしかしたら姫川にも思うところがあったのかもな。だからこんなあからさまに俺から逃げた。でもそれは俺も同じだ。姫川に図星を突かれてからずっと、脳裏を過ぎ去るビジョンが、ずっとチラつくアイツの顔が、無性に神経を逆撫でするのだ。

 あの、子供相手に小難しい事を言い続けた男の事を、充分兆候がありながら、改善する事もなく最後まで他人を悪人に仕立て上げて俺達を追い出した―――っ!

「パパ……?」

 呼びかけられた声に気付き、思考の淵に陥りそうになっていた意識が浮上する。

 視線を向けると、心配そうな表情をしたリリィが、金色の瞳で俺を見上げていた。その瞳に映る自分を見ていると、最初の頃からずっと抱いている不安が鎌首を(もた)げてくるようで、不思議なほどに焦燥感を感じた。

 俺はその場に座ると、リリィの頭に手を置く。角が邪魔で撫で難い頭にそうして手を置いてやることしかできない自分に、更に不安感が強くなる。

「リリィは……、本当に俺達が親で良かった?」

 魔王を人間側の味方として育てる。姫川の方針として危険な質問をしてしまったのは、そう言った焦燥感があった所為かもしれない。言った後に「まずい」と思ったが、それ以上に言わずにはいられない衝動があった。

「パパと、ママ……、何処か行っちゃうの……?」

 不安になったリリィが獣の瞳を淋しそうに潤ませる。俺の袖を掴む手に思わず力が入り過ぎる。幸い掴んでいるのは袖の端っこだけなので服自体にも損傷は発生していない。でも、今の俺は加護を消費する事になっても、そんな事を気にしている余裕はなかったと思う。

「リリィ、歴代の魔王の知識を持っているなら、君は解ってるんじゃないのか? 俺達は、魔王である君を騙して、人間の味方にしようとしているんだって……。そんな俺達が、本当に君の親を名乗る事が許されるのか……」

 完全な弱音だ。「そんな事はない!」っと言ってほしい自分の弱さが露骨に表れているようで、自分で自分に対する嫌悪感が湧いてくる。何と浅ましい人間なのだろう。こんな奴が、前途有望な魔王を騙し、親を名乗っているなんて許せるのだろうか?

 魔王は俺達人類の敵のはずなのに、俺はそんな事を考えていた。

 いや、それも当然だろう。底辺の存在たる自分が、何を持って偉大なる魔王の上位存在たり得ると言うのか? 生き残るため、己が矮小な命一つを惜しんだが故に、純粋な少女の心を利用し、騙し、親を名乗って生き残り、あまつさえ自分の都合の良い様に操ろうとする。愛すら語っていない妻と共に、生まれたばかりの少女に偽り続ける。

 どうしてこれが許されるのか?

 途端に怖くなった。俺と言う存在がまだ生きている事に、とんでもない焦燥感を覚える。ずっと考えていた事が頭を過ぎる。あの時、俺があの世界で死んだのは、()()()()()()()からではないのか?

 世界に必要のない存在だったと、俺達の世界の神が判決を下し、切り捨てた。そうではないのか? あの日、あの時、死んだ人間の全てがそうだったとは思わない。それでも、少なくとも俺はそうだったのではないのか?

 ―――俺は、ここに転生するべきではなかった……?

 不安が胸を貫き、下っ腹に嫌に冷たい違和感を齎す。言葉に変えるのが困難なそれは、ストレスや恐怖で、自分の身体が悲鳴を上げているのだと気付く。血の気が引いて、指先が痺れを感じる。吐き気を催し、倒れてしまいたい衝動にかられる。

 溜まらず倒れ込みそうになった時、鈴を鳴らす様な声が耳を慰撫する。

「魔王の知識、ある、よ……。先代達の記録、教えてくれ、た……」

 いつの間にか伏せていた視線を上げると、すぐ目の前に真直ぐ俺を覗き込む、銀色の髪をした美しい少女が、俺を見つめていた。

「『パパ』と『ママ』……、『親』、子を愛し、導いて、くれる、者……。だから、パパと、ママの、言う事……、私は、ちゃんと聞き、たい……」

 たどたどしい喋り方で、それでも真摯に、リリィは己の考えを真直ぐに伝える。俺があの時、『親』と名乗ったから、だからこの子は……、それだけで、俺を信じ、全てを受け入れると言う。例え自分が全ての魔族の頂点に君臨し、人間を根絶やしにする存在だとしても、それでも俺達を親だと言って抱きついて、精一杯甘えてくる。

 これを子供らしい愛と言わずなんて言うんだ?

 子供が親に向ける、無邪気な愛だと言えないのか?

 そんな筈がない。少なくとも、俺と姫川の間にも、俺と姫川がリリィに向ける物にも、これにはまったく該当しない。

 なんて皮肉だよ。人類にとって宿敵と言われ、聖騎士達からは魔族と言うだけで殺される対象となり、冒険者にとって小遣い稼ぎで狩られる対象たる魔族の王が、人よりも純粋な、人よりも正しい愛を体現するなど……。これでは本当にどっちが上位存在か解らない。

「パパ……、私は、パパとママ、好き……。だから、パパとママ、考えてくれた事、全部教えて、ね……。私、がんばる……!」

 何と純粋な子供か……。先代の魔王達の知識が詰め込まれていながら、彼女には偏った思考がある様には見られない。どうしてこれほどに純粋でいられると言うのか?

 ただ一つ分かった事と言えば、この子が俺達に抱く愛だけは、間違いなく本物だと言う事だ。

 ならば俺は―――、どうあれると言うのか……?

 自信の無い俺は、結局決断できず、何の答も見つける事叶わず、ただ己が騙した娘の愛にだけは、応えたいと願った。彼女の小さな体を抱きしめ、俺は泣きそうな気持に必死に耐え、彼女を強く抱き寄せた。

「……っ、初めて、パパに抱っこ、して、もらっ、た……!」

 この時、俺は気付いていなかった。感情の昂りで、つい力加減を間違ってしまうリリィが、俺に抱きしめられた事で、僅かに魔王の魔力を漏らしてしまった事に……。

 

 

 そしてもう一つ、この時、彼女(、、)もこの近辺にまで来ていた事を、俺はまだ知らない。

「……! そう……、既に再臨なさっていたのね……」

 木の頂上に立つ、ありえない影は、月光に照らされながら周囲の森を俯瞰。その近辺に居るはずの存在を求め、再び飛び上がる。

 巨大な鎌と、この世界では珍しい和風仕様の服に身を包み、裾を宙に躍らせながら、彼女は飛ぶ。

 俺が彼女の事を知るのは、僅か十四時間後の事であった……。

 

 

「……なんなのこれは?」

 思わずと言った感じに姫川が訪ねてきた。

 それと言うのも、朝食に続き昼食に至るまで、リリィが俺達の真ん中でご飯を食べる事を強く要求した事にある。

 俺と姫川が役割分担して食事を作ったまでは良かった。配膳を手伝うと言ってきたリリィに素直に頼ったら、何故か食卓が一列に並んでおり、中央にリリィが居座って俺達が座るのを期待を込めた眼差しで待っているのだ。朝食の時は「まあ、いいけど……」っと、特に考えずに座った俺達だが、昼食まで続くと、さすがにリリィが心情的に何かを抱いているらしい事は察せられた。

 っと言うかこの子は基本甘えたがりなので、甘え方が過剰になるのは不安になっている時だと良く解る。

 そして、今回は思い当たる節もある。

「昨日、俺と姫川が喧嘩したみたいになっただろう? アレで、不安になったんじゃないか?」

「そう言う事? 安心しなさいリリィ。私達は元々こう言う仲よ。これ以上悪くはならないし、これ以上進展など決して起きて欲しくないわ」

「全て事実だけど、なんか最後は願望に変わってませんでした? しかも、割と思い返すと落ち込むタイプの!」

 俺達のいつも通りの態度に、リリィは俺と姫川の顔を交互に見てからニッコリと笑い、幸せそうに食事をする。俺と姫川も、何故かその姿に笑顔を引っ張り出される。思わず二人で笑いながら食事を続ける。

 食事を終え、後片付けをしている最中、リリィが薪割をしているのを見て、俺は姫川に訊ねる。

「アレは何させてるんだ?」

「見たままの薪割よ。ただし、魔法で薪を割ってもらったり、素手でやってもらったり、やり方は毎回違うけどね。いつもルールを決めてやらせる事で、手加減の練習をさせているのよ」

 なるほど、手加減の練習だったか。それにしてもリリィはなんでも器用にこなす。一体何の魔法を使っているのかさっぱり判らんが、纏めて在る丸太を浮かせ、半分に切り裂き、それを更に小間切りにして、水筒サイズの木材を精製して行く。それを切株の上に五つずつ設置し、更に八等分に切り分け、丁度良い薪の大きさに切り揃えて行く。これら全てを魔法だけで操っているのだから器用な物だ。特に、平常時の器用さはまったく文句がない。やっぱり感情の制御が下手くそなだけで、元々のスペックには弄り様がないほどに完璧―――いや、完成されているのだろう。何せ、何世代にも渡って受け継がれた魔王の技術が全て継ぎ込まれているのだから、当然と言えば当然だ。

 ってあれ? そうなると……?

「なあ? リリィは感情の制御が苦手なだけだろ? あの練習って意味があるのか?」

「時々突発的に褒めてあげるのよ。その時に大体ミスするから、そう言う事を起きないよう心掛けてもらってるの」

 ああ、そう言う修行ね。さすが姫川、俺が心配する程度の事など、しっかり織り込み済みだったって事か。やはり底辺男子の俺とは違う。

 俺がそうやって感心している時だ。唐突に、リリィが正確に操っていた木材を全て落とした。大きい丸太もあったので派手な音が鳴り響き、俺達は揃って眼を向ける。

 制御を誤ったわけではないようだ。その証拠に、リリィは何処かを見つめ、何かを待っているように佇んでいる。

 そして声は轟いた。

 

「その御方に薪割りなど……、恥を知りなさいっ!」

 

 突如爆発する地面。慌てて俺達は武器を取り、身構える。爆心地に眼を向け、立ち込める土煙が晴れるまでの様子を注意深く確認する。果たして、土煙から現れたのは、女性だった。骨を思わせる白くて長い髪に、まるで鮮血の様な真っ赤な瞳。纏っている服は赤を基調とした、彼岸花の刺繍が鮮やかに描かれた浴衣。足には、この世界特有の獣の皮を使った皮靴ではなく、草鞋掛(わらじか)けと呼ばれる、足袋(たび)草鞋(わらじ)を合わせた戦国時代の歩兵が使用していた履物と思われる物を履いている。材質は不明なので、一緒なのかは判らないが、この世界では随分と和風な奴が出てきた物だ。それだけに、その手に持っている物が異様な違和感が際立った。和風の出で立ちの彼女が手にしている物は、紅い柄に白刃の刃を持つ大鎌だった。まるで死神の鎌であるかのように肩にかけて持つそれは、和風な存在とはかけ離れているように思えた。

 美しくも、恐ろしい御姿に、底辺男子たる俺は、それだけで威圧されてしまいそうだ。なのに彼女が纏っているオーラは、それだけに止まらない。彼女から放たれる殺気、敵意、憎悪とも置き換えられそうな禍々しき気配は、いつか、俺と姫川は一度体験していた物とまったく同じだ。

 魔王を眼前にした時の気配。

 現れた女性が魔王と言うわけではない筈だ。魔王たる少女なら、俺達のすぐ傍に居る。ならば彼女は何者か? 正体までは解らない。ただ確かなのは、これは魔王に匹敵する何者かであると言う事。つまり、魔族だ。

「偶然にも御身の気配を察し、急ぎはせ参じて来て見れば……、よもや御身に対しこの様な無礼を……。アナタ達、もはや生かしておきはしないわ」

 鋭い赤眼が俺と姫川を貫く。次の瞬間、彼女の姿が消えた。俺の目の前に突然炎の壁が出現した。驚愕の中、姫川の魔法だと察して飛び退こうとする。一閃が煌めき、炎が二つに割れた。一足飛びで間合いを詰められ、俺の首目がけて鎌の刃が振るわれる。反射で弓を引くが間に合わない。いや、間に合ったところで、俺の矢では彼女の進行を止められない。確実に首を刈られる。加護の消費量はダメージ量に比例する。四肢を切り落とされたぐらいなら、加護が止血している間は治療可能だ。だが、首を落とされれば即死。しかも首を繋げなければ常に死が襲い続ける。それほどのダメージを果たして俺の加護で賄い切れるか? 答えはNOだ。

 ―――死ぬ……っ?

 死を自覚した瞬間、世界が突然スローモーションになった。死に瀕した我が身が、脳のリミッターを外して、急速に思考しているのだと悟る。だが、それだけだ。それ以上は俺には何もできない。何をどうしようと―――否、まったく対処する術がない。躱しきれない速度。体は弓を引いていて、精々(つる)を放し矢を放つ事しかできない。だと言うのにその照準も、しっかり躱され、当てられる余地はない。

 万策尽くす前に仕留められた。そう悟った。思考が……真っ白に染まった。

 

「ダメェ~~~~~~~~~~~ッッ!」

 

 放たれる大声。明らかに声帯の限界を超えた大音量が空気を震わせ、俺と死神の少女を吹き飛ばした。無様に地面を転がる俺は、途中で姫川に庇われ止まる事が出来た。転がった時にできた軽傷で全身から『精霊の加護』が消費される青い燐光が放たれるが、死ぬ所だった事を考えればマシだ。

 同じく俺と一緒に吹き飛ばされた筈の女性は、しっかり体勢を立て直して着地していた。しかもかなり綺麗な着地だ。余裕が見られる。

 すぐさま追撃が来るかと緩慢な体を急かしながら身構える。だが、追撃はない。変わりに女性は膝を付くと、敬服する様な姿勢で誰かに訊ねる。

「何故御止になるのですか、魔王様」

 呼ばれた魔王、リリィ・マステマは、彼女の前まで歩み寄ると、姫川のマネなのか、それとも魔王の知識にあったのか、両腕を組んで言い放つ。

「パパとママ、を……、苛めちゃ、メ……ッ!」

「………。え……?」

 あ、死神様がメッチャ混乱してる。

 そりゃあそうだよね。たぶんこの人、魔王っ子様が理不尽な仕打ちをしていると思って、助けに来て見れば、逆に叱られて、しかもその理由がパパとママだ。……うん、俺なら魔王様が乱心なされたと思うね。

「あ、あの……? 魔王様? この者達は人間ですよ?」

「うん」

「あ、アナタは魔王です。人間の敵なのです。私達魔族の頂点に立つ存在なのですよ?」

「うん、知って、る……」

「で、では、判っているはずです! 魔王様が戦うべき敵が誰であるのかっ!?」

「パパとママの、敵……。リリィが、倒す……っ! 苛めちゃ、メ……ッ!」

「ええ~~~……っ!?」

 ああ、なんかすっごく混乱していらっしゃるよ。リリィ以外の魔族って初めて見たけど、なんか見た目といい態度といい、普通に人間っぽいなぁ……。

 彼女が混乱しつつも魔王っ子様を説得しようとしている内に、俺達も話し合いをしておく。

「っで、俺達はどうしよう?」

「魔族を見るのは初めてだけど、人間が説得できる相手ではなさそうね? ここはリリィに任せましょう。余計な事をせず大人しくしていれば、危害は加えられない筈だから、話し合いが出来そうな雰囲気になるまで待つしかないわね」

「でもさ、話し合いが出来るとして、それって大丈夫なのか? 百歩譲って俺達が魔王っ子様の面倒を見ている事が許されたとして、その教育方針が人間の味方って言うのは、さすがに看過してくれないだろう?」

「そうね……、神をダシに使えば、少しは話を聞いてくれるかもしれないけど、それだけのために協力はしてくれないでしょうね。でも、少し考えがあるの。上手く行くかは賭けだけど、私に任せて喉を潰しておいてくれるかしら? なんとかしてみるわ」

「解った……って、納得しかけたけど、喉は潰しちゃダメだろ! そこは口を閉ざしておくだけで良いだろ!? 息出来なくて死んじゃうよ!?」

「大丈夫よ。ちゃんと『精霊の加護』が働いてくれるから死にはしないわ」

「いや、あれダメージは相殺してくれるけど、酸素補給してくれるわけじゃないらしいから、とてつもなく苦しいだけだって聞いたよ!? 死ぬより辛い拷問だって聞いたんですけどっ!?」

「そうなの? それは良い事を聞かせてもらったわ」

「説得してたつもりで墓穴を掘ったっ?」

 なんで漫才やってるんだ俺達は……。向こうだって真面目な話してるんだからちょっと空気を―――、

「で、でも人間なのよね?」

「うん……。でも、パパとママ……!」

「に、人間が……、魔王の旦那様と奥方様……? そ、そんなのありえない……」

「むぅ~……! パパと、ママ、の、悪口、ばっかり……。アナタ、嫌い……!」

「そ、そんなっ! 魔王様! 私は初代から魔王様に仕えてきたリッチよ? 忘れてしまわれたのっ?」

「知ってる、けど、嫌い……。パパと、ママの、悪口、ばっかり……」

「そ、そんなぁ~~……! ふふ……っ、所詮は人間の死体から生まれただけの魔族……、ただの村娘が思い上がるのだから、見放されるのね……」

 ……なんか、あんまり真面目じゃなかった! むしろ向こうもプチ漫才やってたっ!?

 地面にしなだれかかって、よよよ……っ、っと言った感じに落ち込むリッチさん。この世界では確か、魔族化した屍だったか? 魔族の割にとてつもなく弱く、知性の無いアンデットよりは強く、元が人間なので魔物よりは弱いってって話だったけど、この子無茶苦茶強くないか?

 それにしても、リリィといい、このリッチといい、皆どうして浴衣姿なんだろう? 文化の違いなのかもしれないが、袴無しの、丈の長い浴衣を一枚着て、帯で纏めてるだけなので、なんと言うか……、動き回られると、胸元とか、生足とかが凄い事になって眼のやり場に困る。倒れ込んでる今だって、服の隙間から覗いた白い太腿とか、上から見降ろしたら大切な所まで見えてしまいそうな胸元とか、すっごい気になって何処に視線を向ければ良いのか……。

「鈴森くん」

「え? あ、はい! なんでしょう?」

「まだ加護は残ってるかしら? とりあえず眼を潰しておきたいんだけど?」

「すみませんっ! 目隠ししてますんで、どうかそれだけは許して下さいっ!」

 

 

 必死に魔王っ子様に話掛けていたリッチさんは、結局自分が落ち込むと言う結果に終わってしまった。あのままではさすがに可哀想だったので、俺が抱き起こし、部屋の中に上げてあげた。現在居間で卓に付き、俺が出したお茶を両手で持ってちびちび飲んくれているが、落ち込んだ状況のままいつまで経っても浮上してこない。それだけならまだ良いのだが、この子、落ち込み方が半端じゃなかった。大泣きしたりショックで叫んだりする訳でも、まして病的に何かブツブツと呟き続けるわけでも無く、顔に影差して、ただ静かにめそめそと泣いているのだ。まるで全ての生甲斐だったものを取り上げられ、立ち上がる事も許さぬ程に叩きのめされたかのような絶望感。あまりにも落ち込み方が重すぎて、ツッコミに持っていく事も出来ない。触れたらそのまま砕けてしまいそうだ。

「―――っと、ここまでが私達がリリィっと出会い、育てるに至った経緯よ」

 姫川はリッチさんの絶望状態も無視して、とりあえずここまでの経緯を話して聞かせた。

 リリィはその間もずっと姫川の腰に抱きつき、ちょっと敵意のある瞳でリッチさんを見ている。席の関係上、俺はリッチさんの隣でそれとなく彼女を労わる様にしていた。

「……要約するに、魔王の親となったのは偶然だが、今は親として教育方針を固め動いている最中だと。そういうことなのね?」

「そうなるわ」

 意外にも話を聞いていたらしい絶望リッチさん。真っ青な顔のまま、それでも真面目に話を進める。その憂い顔がかなり俺のストライクゾーンだったため、俺は変な贔屓目をしてしまわぬように視線を逸らしておく事にした。

「そして、アナタ達の教育方針は人と魔族の共存であり、身勝手に自分達をこの世界に連れてきた神への復讐でもあると?」

 絶望リッチさんが情報を整理する様に問う。これが姫川の考えた話の流れらしい。俺達は神様の身勝手でこの世界に連れて来られた。だから神に思うところがあるが接触する方法がない。諦めて魔王討伐しようとしていたところに魔王っ子様を育てる事になった。ならばその立場を利用し、神が望む、魔王の討伐を阻止し、誰にも手を出せない味方にしてしまおう。―――っという事にしたようだ。全てが嘘じゃないところが怖い。問題は、教育方針を今初めて聞いた筈のリリィがどう感じるかだったが、その辺は偶然、俺が昨夜に確認していた通り、俺達を信じてくれるようだ。

「アナタ達が異世界から来たとか、魔王様が人間同士の血から生まれたとか、ましてや親子として生活しているとか、信じられない事が一杯過ぎて私の判断を超えてしまったわ……。おまけに最も長く魔王様の御傍に居た私の信頼まで地に落ちて……、死ぬことのできない自分の特性を呪うばかりよ……」

 憂い顔で溜息を吐く姿がちょっと……、イヤ、かなり色っぽい。見た眼の年齢は俺達と近い感じなのに、まるで大人の女性の色気を感じさせる。だが、色気に反して隙がありそうな憂いの表情が余計に色香を放っていて、さっきから俺は理性を保つのに苦労します。

 あ、っと言っても底辺男子の俺は、理性が飛んだ時点で鼻血出して気絶するのが限界ですが……。

「なんにしろ、私達は目下敵ではないわ。確かに私達は人間だし、マステマを人間の味方にしようとしている。でも魔族を敵に回すつもりはない。そもそも私達の目的は神への反逆だもの。魔族と敵対する意味がないわ」

「全てが偽りで、魔王様を騙していると言う可能性が無くなるわけではないけど……」

 絶望リッチさんが厳しい事を言うが……。

「また、悪口言う、の……?」

 魔王っ子様に不貞腐れられてしまい、すっごい勢いで影を落とし泣き始める。

「信じる以外に私には選択肢がないのね……」

 まったく納得行っていない。っと言うより、まったく信用できないのに、最高権力者の前に平伏すしかないリッチさんは、もうこれ以上、苦言を呈す事はなかった。この絶望リッチさん、魔王っ子様がいればかなりチョロイんじゃないだろうか? なんかちょっと心配になってきたよ。

「ならアナタも一緒にここで暮らせばいいわ。そうすれば私達のやってる事が一方的に偏った物ではないと解る筈よ」

 姫川の提案に、驚いたのは俺だけだった。

 リリィはただ無邪気に笑い。絶望リッチさんは真剣な表情で悩ましい雰囲気を出していたが、すぐに頷いた。

「そうさせてもらうわね。仮にアナタ達の言う事が全て本当だとしても、魔族側の存在がないと齟齬が出る事もあるでしょうし」

「望むところだわ。魔族側の情報があまりにも不足していて、どうしていいか解らなかった所もあるのよ。是非とも相談に乗ってほしい所ね」

「魔王様なら、知識を受け継いでいらっしゃる筈では?」

「知識はね。それ以外の部分は欠けているし、正直情報量が多過ぎて聞き出すだけで時間が必要になるのよ」

「そこで、魔族側になる私が欲しかったっと……。いいわ。腑に落ちないところは沢山あるけど、魔王様の傍にいられる方が色々都合が良いでしょうし、今は協力しておいてあげる。でも、それならせめて魔族領に移動する事は叶いませんか?」

 絶望リッチさんが魔王っ子様に懇願するが、これについては姫川が先手を打つ。

「アナタやリリィなら、ここに居ても特に危険な敵はいないでしょう? その気になれば町ごと滅ぼせるのだし、魔王を脅かす可能性のある存在は殆どが帝都に居て、ここからは遠い。でも私達は魔族の領地に入れば何もできなくなるわ。アナタ達が一方的に有利な土地で平静でいられる自信はないわよ?」

「ママが、嫌、なら、行かない……!」

「そ、そう……」

 ああ、また本気で落ち込んでる。そして暗い。リッチさん、沈む時はホントとことん重い感じに沈む人だなぁ。

「はあ、もう良いわよ。私の判断でどうこうできるとは思えないもの……。それより、アナタ達が本当に神の敵だと言うのなら、話しておきたい事があるのだけれど?」

「あら? 一体何かしら?」

「先に言っておくけど、これは既に証明する方法を失っている歴史よ。唯一知っているのも、初代魔王様の代から仕えている私と、知識を共有している現魔王様……リリィ・マステマ様だけが知っている歴史」

 そう前置きされ、俺と姫川は自然と視線を交わし合ってしまう。とりあえず視線を戻し、話の続きを促す。

「そもそも、この世界の成り立ち……人間と魔族はどうして今の様な関係になったと聞いているのかしら?」

 問われて俺は悩む。冒険者になるさい、信仰する神と精霊についてはある程度話されたが、底辺男子たる俺の記憶能力は乏しい事で評判だ。なので怪しい俺の記憶能力よりも、安心確実な姫川へと視線を向ける。

「私も帝都まで行った時、書物で少し読んだ程度だけど、要するに、何もなかったこの世界に神が人間を作り出した。何もないはずの世界に淀みが生まれ、それが魔族となって人々を脅かした。人間達は神の力によって新しく作られた精霊と協力して魔族からこの世界を守ろうとしている。……って感じだったかしら? 書物にあった物だから、そのまま鵜呑みにしていたつもりはないけど、やはり違いがあるの?」

 姫川の問いに絶望リッチさんは、失望したように吐息を吐いた。

「人間の側ではついにそんな所まで行ったのね……。実際全く逆よ」

「逆?」

 俺が問いかけると、わざわざ俺に視線を合わせてからリッチさんは頷いた。

「ええ、元々この世界には私達魔族、それと共存する魔物、そして精霊種が棲んでいた。私達三種族は別の種族だったけど、互いに影響を受け合う存在だった。精霊種は世界の自然と魔力を生み出し、魔物と魔族がその影響を受け、より強い存在として進化して行った。繁殖能力が低い私達が、長い寿命を維持できるのは全て精霊のおかげです。魔族と魔物は対話はできませんが意思の疎通はできました。なので互いに共存し、敵対する物と戦っていました」

「敵? それは……、人間ではないのよね?」

「当時はまだ人間は存在していなかったわ。今では魔物と一括りにされているけど、まったく別の種族、龍種よ。彼等は単一の種族だから……。でも長くなるからその辺の話は省かせてもらうわね? 当時はまだ私も生まれて―――いいえ、死んで(、、、)いなかったし」

 そう言ってから絶望リッチさんは話を元に戻す。

「私達三種族は上手く共存していた。だけど、ある日突然この世界に侵略者が現れた。それが神よ」

 俺達は驚かなかった。それほどこの世界の信仰に根強く浸っていた訳ではないし、何より、神話や民話の真実が内容と逆だったなんて言うのは良く在るパターンだ。だから黙って先を促す。

「神はまず、精霊種から形を奪った。形を失った精霊種は、肉体と記憶を失い、ただの魔力の根源となった。結果的に私達、魔族と魔物は滅びを間逃れたけれど、進化の過程を奪われ、種族としては停滞してしまった。更に神は精霊から奪った形で人間を作り、自分の尖兵としてこの世界に放った。自分を信仰し、この世界の領土を自分の物とするためにね」

「何故、神自ら行動せず人間を使ったのかしら?」

「詳しくは私も知らないけど、アレはそもそも無条件にこの世界に干渉できる存在ではなかったのよ。だから人間が必要だった。そして、人間は繁殖能力が高く、発展力も高かった。最初、何も知らなかった私達魔族は、彼等を新しい種族として迎え入れようとした。けれど、結果的にそれが裏目になった。人間達は差別意識が強かったのよ。種族の違いなんて当たり前に存在すると思っていた私達とは違い、自分達とは違う物を許せなかった。いざこざは何度も起こり、ついに種族間の戦争となった。そして長い歴史の果てに、疲れ果てた魔族は魔族領に引きこもり、人間との戦いを避けた。嘗ての歴史を忘れてしまうほど長く……。対して人間は未だに魔族達を嫌悪し、挙句に歴史をすり替え、私達を世界の敵として騙った。これが世界の真実」

 話の内容に、まったく衝撃を受けなかったと言えば嘘になる。例え、俺達がこの世界の住人でなかったとしても、三ヶ月近く暮らしてきた、この世界の常識を覆されて、さすがに少なからずショックを受けていた。何より、この世界に最初から存在したのが魔族だと言う事実は中々に来るものがある。

「なあリリィ、今のって本当か?」

「うん、本当……。初代魔王、人間と、対話しよう、として、騙され、た……。仲間に、助けられて、から……、人間、殺す様に、なった……」

 リリィ達が言う事が本当なら、この世界の人間、完全に悪役じゃねえかよ。ゲームとかの刷り込みで、ついつい魔族=人間の敵、って考えちまってたけど……、実際は逆で、人間が悪かよ……。この世界の人間というわけではないのに、なんだか自己嫌悪の様な物を感じる。

「その歴史を証明する事は出来るのかしら?」

 俺が気まずい気持ちになっている間、姫川はそんな質問を鋭く投げかける。しかし、リッチさんは肩を竦めて見せるだけ。

「最初に言った通りよ。今となっては証明しようもないし、証明したところで何の意味も無くなったわ。だって、それを今更知ったところで、人間達が戦いを止めると思う? 魔族が今更それを理由して正義を語ると思う? 根本的な問題が別の場所に移ってしまった以上、こんな歴史、本当にただの昔話よ……」

 溜息交じりに言うリッチさん。人の心など察してやれる自信の無い俺が言うのも何だが、彼女は、今の話をする事で俺達を何処かへと誘導しようという考えはないように思えた。ただ伝えるべきだと感じた。だから俺達に話してくれたのだろう。

 だからこそ、俺も抱いた疑問の答えを確認しておく事にした。

「神って、魔王ってなんなんだ?」

「神については侵略者という事しか……、魔王は魔族の中でも大量の魔力保有した個体であり、精霊種に近い存在よ。突然変異の様な物だけど、神が精霊種から形を奪った事で、霧散したエネルギーが収束した事が原因だとされているわね」

「なぜ、一人の魔族に収束したの?」

「それは解らないわ。消えた直前は精霊種にも意思が残されていたかもしれないと言われているから、精霊達の最後の願いだったのかもしれないわ」

 彼女も全てを知っている訳ではない。だからこんな風にしか言えないのだろう。そして、この話は既に重要性を欠いている。例えこれが歴史の真実だとしても、世界的な価値は何処にもない。人間にとっては神の冒涜だと神経を逆撫でするだけで終わり、魔族側には今更それを知ったところで何がどうなると言うのかという話だ。真実ほど意味の無い話も無い。何処か達観した面持ちになる俺達。

「決して無意味な話ではなかった。私はそう思う事にするわ」

 姫川の言葉を最後に、この話は締めくくられた。

 

 

 話し合いは冗談なんじゃないかという程、簡単に纏められてしまった。

 もう少し拗れた話し合いになるのかと思ったが、思いの外静かに、そして淡々と終わった感じだ。

 絶望リッチさんは、終始魔王っ子様に嫌われぱなっしだったのが相当堪えているのか、暗い顔で肩を落としたままだった。影を落とす姿も何処か色気がある様で、どうしても俺は彼女に惹かれてしまう。姫川も綺麗な方だが、彼女にはない色香が、俺を完全に魅了していた。もしかして、これもリッチの力だったりするのか?

「リッチって、魅了の魔法とか使えたりする?」

「え? そんな物は使えないわ……。仮に使えても、私の様な貧相な魔物では大した効果は発揮できないわよ。魅了の魔法は本人の魅力に大きく左右される物だから」

 ああ、持ってないんだ。って事は素であれほどの色香を放ってるのかよ。マジパネェな。

「底辺男子の俺が言っても説得力皆無で申し訳ないが、それでも俺にはかなり魅力的な女性に見えるよ?」

「そ、そう……? そうなのかしら……?」

 卑屈に受け取るでもなく、素直に受け取るでもなく、本当に良く解らないと言った感じに戸惑われた。

 くそっ! 俺が主人公属性を持つ男子だったなら、ここで彼女の照れた顔が見られたかもしれないのに!

 変な事を悔やんでいる内に彼女は、鎌を手に、日の暮れた外へと向かう。

「何処へ行くのかしら?」

「一度魔族領に戻るわ。ここで御世話になるにしても、何の用意もしてきていないから」

「今から? 明日にした方が良いんじゃないのか?」

「魔族は元々夜行性よ。私はリッチだから食事も睡眠も必要無いけど、()()()()()ために―――活動し続けるために、必要な物があるのよ。だから、早めに取りに戻りたいの。魔族領を長く離れ過ぎても、王城の者が心配するかもしれないもの」

 王城―――っという言葉に、引っかかり、思わず訪ねてしまう。

「リッチさんは、王族だったりするの?」

「いいえ、いくら私がエルダーリッチでも、王の名に席を並べるなんて出来ないわよ。王城というのは魔王城の事よ。私は代々、魔王様の内政相談役として名をお預けしているだけなのよ。私なんて、魔王様に気を使っていただかなければ王城に入る事さえ叶わなかったわ」

 ああ、リリィの城か。そう言われれば、この魔王っ子様に御城があったとしても何もおかしい事なんて無いよな。

「って、王城にリリィの事が知られたらまずいんじゃないか? 『魔王様を悪しき人間から救出しなければ~~!』って言って一度に襲ってきたりとか……?」

「そうならない様に私が対処しに行くんじゃない。魔王が再臨している事は魔王城でもまだ知られていないわ。でも、忠誠心のとても高い者達ばかりだから、リリィ様には出来うる限り、早く御戻り願いたいのだけど……」

 チラリとリリィの事を窺う。リリィは姫川に抱きつき「パパとママ、一緒じゃなきゃ、ヤ……ッ!」っと強く拒絶。ショックだったらしい絶望リッチさんは、息を呑んで軽く呼吸困難に陥っていた。反応が一々重い。どんだけメンタル弱いんだろこの人……。

「と、ともかく、私はリリィ様の意向を汲み取り、行動するわね……。それが私の務めでもあるから……」

 既に死んでるはずなのに、死にそうな顔で出て行くリッチさんが気に掛り、俺は彼女の後を追いかける。

「外まで送ってくる」

 不格好な作りの木戸を開け、外に出ると、絶望リッチさんはまだそこに居た。手を広げ、空に浮かぶ月の光を全身に浴びていた。この世界の月は一月周期で色を変えるらしい、今月はリリィの髪と同じ銀色に輝いている。

「……? 何か用が残ってた?」

 俺に気付いた絶望リッチさんが振り返る。

「いや、ただの見送り。月の光を浴びるのは何か意味があるのか?」

「月には神に封じられた大精霊が宿っているのよ。その光の恩恵を受ける事で、私達リッチの様な後天的に生まれた魔族は活動する事が許されているの。私達が夜行性な理由は、月の魔力を取り込む事が目的でもあるの」

「それって曇ってたりとかしたらどうなるんだ?」

「一週間くらい魔力を取り込まなくても平気よ。ちょっと鬱になったりするけど」

 一瞬、このリッチさんはしばらく魔力不足が続いていたのだろうかと疑ってしまったが、そこは邪推という物だよな。言わぬが花だ。

「帰るのにはやっぱり魔力を使うのか?」

「明日の夕方には戻ってきたいから、結構無茶をする事になるでしょうね」

「無茶しなければ良いんじゃないか? 少しくらい時間掛けても問題無いと思うぞ?」

「魔王様を人間の傍に於いておく事が心配なのよ……」

 疲れた様に告げられ納得。そして申し訳なくも思う。

「悪いな、よりにもよって魔王のパパ役がこんな底辺男子で……」

 俺がそう伝えると、彼女は困った様に俺を見つめ、小さく吐息した。

「アナタは私と何処か似ているわね……。あまり良い事ではないけど……」

「そうか? 俺としては君みたいな綺麗な人に似ていると言われるのは光栄だぞ?」

「見た目の事を言ったつもりはないわよ? それに、私はアナタが思う程、美しくはないわ。私は死体、腐肉から生まれた魔族なのよ?」

 言いつつリッチは俺に片手を差し出す。

「魔族は穢れているなんて、人間は誤解しているけど……、実際、魔族で穢れているのは私達リッチくらいのものよ。私達は魔族で唯一、本当に穢れた種族……。アナタだって腐肉触れるのは嫌でしょう?」

 差し出された手は、触れられる物なら触れてみろと言う事だったらしい。俺は慌てて右手の汗をズボンで拭き取り、その手に優しく触れた。普通に握手する様には握らない。俺の様な底辺男子が触って、彼女の手を汚したくなかった。だから優しく包み込む様に、差し出された彼女の手を、逆に掬い上げる様にして受け取る。

 絶望リッチさんは少し驚いたのか目を丸くして俺を見ていた。勘違いさせても悪いので、俺はここではっきり伝えておく。

「リッチが魔族の中でそう言う存在なのかは俺には解らんけど、少なくとも底辺の俺よりは上等だと思うぞ? 俺からすれば結局美少女の手だしな」

 確かに絶望リッチさんの手は冷たく、とても生者の温もりなど一切感じられない。昔飼っていた犬が亡くなった時に触れた体と同じ、触れれば触れるほど、自分の熱を吸い取られていくような怖い錯覚を得る。解り易い想像なら生肉をずっと掴んでいるのと同じ感覚。なるほどな、たしにかこれは怖い。彼女に触れる事を恐れる人間を責められはしないだろう。でも……、底辺の俺よりは、彼女はとても上等な存在だ。だって彼女は、死んでもなお、この世界に求められ、こうして立ち上がっているのだから。

 尊敬と羨望を込めて彼女の眼を見つめていると、何故かリッチさんは慌てて手を引っ込める。その表情が何かに戸惑っているようで、どう言う反応を返して良いのか困ってしまった。仕方ないので苦笑い。

 彼女は踵を返し俺に背を向ける。

「……私は、やっぱり魔王様には、早く王城へと帰還し、王として表明していただきたいと思っているわ」

「やっぱり、人間達と戦うため?」

 急に話の内容が変わった気がしたが、ここは乗っておく。

「嘗て、魔族の多くは何度となく人間との和解を望んだのよ。時には解り合えた人間も確かにいたわ。でも、愛を誓い合った者達でさえ、時と共に亀裂が生じ、最後はいつも同じ結末を迎えるのよ……。次こそは、今度こそは、きっと彼なら、彼女ならあるいは……。そうやって何度となく、希望を抱いた魔王様が、何度となく絶望して行く姿を、私は何度も御傍で見てきたわ……」

「人間との和解は、何度も試してきたって事か……?」

「懲りないものよね……。何代、代を重ねようと、いくら知識を継ぎ続けても……、それでも私達も魔王様も同じ結論に達して、同じ過ちに陥ってしまう」

 絶望リッチさんは、何処か遠くを見る様な声で、淋しい思い出を語る様に呟く。

「それでも、神への反逆を語ったのは、あなた方が初めてだった。それに賭けたつもりはないけれど……、それでも、きっと私達はそれを望んでしまうわね」

 「まるで呪いの様に……」最後の呟きは、地面を蹴る音に紛れたが、それでも俺の耳にはしっかり届いた。

 軽く上がった土煙の向こうで、空高く跳び、車を超える速度で木々を蹴って遠のいて行く背中を見つめ、俺は深く考えた。

 ―――このままでいいのか?

 漠然とした疑問。仮に肯定したとしても、どうするべきなのかと言う答えを見つけられない、歯痒い疑問。

 しばし立ちつくし考える。

 本当にこのままで良いのか? 俺達はリリィをただ人間の味方として育てる事が本当に正しいのか?

 絶望リッチさんは、魔王っ子様の言葉があったとはいえ、俺達に危害を加えようとはせず、敵意らしい物も向けて来なかった。きっと、何度も人間と和解を結ぼうとした事は本当なのだろう。だが、結果的にそれは全て裏目に出たわけだ。なら、もう人間など信じなければ良い。人間を完全に敵視し、さっさと滅ぼせばいい。魔王は何度も再臨する事が可能なのだ。時間がかかるとしても必ず成功する。やってやれない事はないはずなのだ。

「……一体、何回目なんだ? 魔王が代替わりしたのはさ?」

 リリィと出会った神殿で姫川は言った。『魔王は何度も代替わりを繰り返している』と。それは少なくとも一度や二度ではない筈だ。歴史が埋もれ、真実を知る者がいなくなるほどの時が過ぎた。それは魔王を何代変えれば清算が取れるのだろうか?

 俺と姫川の試みは、本当に実を結ぶのだろうか? この程度の事で、本当に神へと反逆する事になるのだろうか?

 俺は神に反逆したかったわけじゃない。あの場を生き残りたかっただけだ。今も続けているのは投げだす事が死に繋がると知っているからだ。ならもし、全てのしがらみから解放されるなら、俺はどうする? 逃げるのか? ああ、たぶん逃げる。こんな重大な役割、俺の様な底辺には手に余る。

 じゃあどうする? 考えるのをやめるか? もう何もかもを姫川に託し、押し付け、自分は思考の海から逃れるのか? それも良いと思う。だって俺は底辺だ。俺の考えが逆に姫川の判断を邪魔しかねない。そうだ。俺だって今まで自分で考えて行動してきた。でも、その度に多く失敗した。敵を作った。それが俺の正体だ。何をやったところで上手くいかず、何をしたところで疎まれる。俺は何もするべきではない。俺がした事、誰の役にも立たず、俺の判断はいつも、失敗ばかりで、俺の考えはいつだって、誰の共感も得られなかった。

 だから、きっとこれは間違いだ。俺の様な底辺だから、つい考えてしまうんだ。俺が、俺だけが行きついた考えこそが正しく、そしてこれが世界を巻き込んだ名案となる。そんな主人公像を思い描き、俺は間違った道を進もうとしている。

 思い上がりも甚だしい。

 

 

「ああ、まったく……、自分の矮小さに嫌気がさすよ……」

「? なんなのかしら鈴森くん? いきなり人の目の前で卑屈になったりして?」

 俺は、姫川の前に来ていた。リリィには大事な話があると言って、先に寝室に引っ込ませた。こうして姫川と二人っきりで喋るのも、最近じゃ珍しくも無くなった。でも、このホームではずっとリリィが一緒だった。だからか、二人っきりという状況にちょっとだけ緊張を覚える。緊張したまま俺は訊ねる。

「相談があるんだ。リリィの教育方針についてだ……」

 今の食卓、正面に向かい合う様にして座り、俺は話し始める。

「姫川は、神へのアプローチを考えてリリィを人間の味方として育てようと考えてるんだよな?」

「ええ、それで神がどう動くかは解らないけど、今のままではただ神に弄ばれるだけよ。納得もしていない事で振り回されるのは本当に勘弁してもらいたいもの。もし私達のやってる事が気に入らないなら出てくればいいのよ。でも、相手は神を自称する存在。物事は簡単には進まない」

 だから姫川は神が不都合を感じるであろう唯一の相手、魔王を選んだ。その選択肢を得たのは完全に偶然だったけど、災い転じて福となす、っと言ったところだったのだろう。

「それに、あの『司書』さんも言っていたでしょう?『この世界で何を望まれたとしても、全ての行動と責任は私達にある』と、つまり、この世界における私達の選択権も決定権も私達にある。誰かに左右される謂われはないわ」

 同感だ。俺達の存在は俺達の物で、自分を預ける存在すら、選べる権利は俺達にあるべきなんだ。だから良く解らないなりにも、俺は姫川の教育方針に従い、リリィを育てていた。具体的な事はどうすればいいのか解らなかったし、下手の事をしても失敗するのが眼に見えているので、肝心な所は姫川任せだったが……。

「それで? 改めて確認したところで、この教育方針について何か意見があるのかしら?」

 訊ねる姫川の視線は、少しだけ鋭い。文句があるなら受けて立ってやると言わんばかりの態度だ。

 さて正念場です。俺の目的は説得する事ではない。あくまで相談。それを忘れず、話ベタの俺の気持ちと考えを、しっかり伝える事。できるのか? いや、もうやっちゃってるし……。諦めて腹をくくる。

「さっき、リッチさんを送り出す時、ちょっとだけ先代魔王達の話を聞いた。真偽の程は後でリリィに確認を取るとして、ちょっと俺なりに考えた事があるんだ」

「何かしら?」

「嘗ての魔王達の多くは人間との共存を望み、そうあろうと動いていたらしい。時には人間側からも歩み寄ろうとする者もいたらしいけど、その全てが例外無く、最後には人間側の決裂に終わってるらしいんだ?」

「そう、まあ、人間側の神話や言い伝えを考えれば当然なのかもしれないわね……。それに人間は、基本的にスペックが魔族に比べて脆弱……、子供同士の喧嘩でさえ魔族が人間を大怪我させかねない。場合によってはそれだけで戦争に発展しかねないわよね」

「それでさ、なんて言うのか……、俺も自分の中でちゃんとした答えが出ている訳じゃないんだけど……、本当に今のままで良いのかな? って思った」

「リリィを、マステマを今のまま人間の味方として育てる事が無駄だと感じたの?」

「そこまで言えるほどはっきりした考えはない。でも、今のままじゃダメな気がする。そんな不安感がずっと背中を撫でてるような、そんな感じがしたんだよ。今のまま、リリィにただ人間を好きになってもらうだけじゃ、歯車が噛み合わない様な、そんな感じがさ」

 俺の言葉に姫川は少しだけ考える素振りを見せる。決して俺の言葉を蔑ろにはせず、俺の言葉を急かす事無く、要領を得ない俺の言葉を真摯に受け止めようとしてくれている。正直、意外と姫川って根気強くて面倒見が良いんだなと感心してしまう。

 しばし考えた姫川は、それでも首を横に振った。

「漠然とした不安があるのは解ったわ。でも、やっぱりそれは漠然としていて、すぐに具体的な行動に移せる物でも無い。結局今の段階では、現状維持を志すしかないように思えるんだけど?」

「それ、は……」

 その通りだ。俺の言ってる事はただの不安で、具体性はまったく無い。真摯に受け取ってくれた姫川が、現状維持を結論付けると言うのなら、それに従うのが道理だ。なのに俺は、それではどうしても納得できない物があった。言葉にしようとすると霞みがかり、上手く口にできない。それでも、「そうではない」と叫んでいる自分が確かに内側に居た。

「ええっと……、でもさ? あれだよ? 結局俺達が今やってる事って、過去に何度も魔王がやってきた事なんじゃないか? だからさぁ~……、あ~~……」

 言葉にできない、漠然とした不安がある。こうしなければと言う方向性が、自分の中には確かに存在するのに、それを上手く説明できない。

 案の定、訝しむ姫川は、それでもとりあえず俺の言葉を聞き取ろうとしてくれている。

「だから……、そう! リリィは魔王なんだよ!」

 言ってから、唐突にしっくりきた。まだ相手に伝える言葉としては迂遠な気がするが、それでも、それが俺の根本だと言う事は解った。だから俺は一生懸命言葉にしようともがく。

「リリィは魔王として生まれてきた。だから、俺はリリィに魔王であってほしいと思う。いや、きっとそうじゃないといけないんだと思うんだ」

「……? つまりマステマは、『魔王』っという役割を大切にしなければいけない、そう言いたいのかしら?」

「そう、それだ! そう言いたかった!」

 迂遠だった俺の言葉を簡潔にまとめてくれた。さすがは姫川、底辺の俺とは圧倒的な差があるぜ!

「言わんとしている事は解るのだけれど、それはつまり、マステマには魔王として人間の敵になるべきだと言う事にも聞こえるのだけれど?」

「え? あれ……? そう言いたいわけじゃないんだけど……、でも、もしも結果的にそうなるなら、リリィはそうしなきゃいけないって気はするんだ、け、ど……?」

 お、おかしい……、また俺が言いたかったところから離れて行ってしまった気がする。俺はリリィを人間の敵にしたいわけではない。だけど魔族側も敵に回したくない。そう言う意味では姫川の方針と変わりはないはずだ。それなのに違うと感じる理由はなんだ? 何かが食い違ってしまっている気がする。もう一度考える。

「そう言うんじゃなくて……、『魔王』って役割が、俺にはさぁ~……、ええっと……、単純な人間の敵って言うじゃない様な気がするんだよ? ほら? 要するに魔族の王様ってことだろ? だとしたら、人間の敵って言うのは、俺達の勝手な偏見なわけでさ? ええっと……」

 もどかしい。自分の気持ちを言葉にできないことほどもどかしい事はない。特に俺は底辺だ。適切な言葉を選ぼうにも、適切な言葉を持ち合わせているかも怪しい。それでも、これがすごく大切な事のように思えるから、頭の中がごちゃごちゃになってくるのを感じながら、必死に伝えようと試みる。

「えっと……、だから……っ」

 だが、気持ちとは裏腹に言葉らしい言葉は、どんどん失われ、最後には叱られた子供がする様に意味のない言葉を呟くだけになってしまっている。

 続きを待っていた姫川だが、ついに言葉を失ってしまった俺に、嘆息して返す。

「アナタなりに、何か思うところが出来たのは理解したわ。でも、今のままではアナタの言葉に賛同したところで、どうしていいのか解らない。アナタはもう少し考えなさい。言葉になったらまた聞いてあげるから」

 珍しく優しい言葉。姫川が俺を気遣ってくれたのが良く解った。だから、ここはそれに甘えて、退くところだ。時間をおけば、言葉として伝えられるようになるかもしれない。だから、ここはもう口を閉ざすしかない。

 解っているのに、それでも俺は止まれなかった。止まってはいけない、今ここで伝えなければいけない。そんな気持ちが不思議と急いていた。

「い、今すぐしなきゃいけない話じゃないかもしれないけど……! でも、聞いてくれよ! リリィは魔王として、きっと重要な役割があると思うんだよ! 俺達は、あの子の親として、そこを察してやらなきゃいけないと思うんだ!」

 言ったところで、なんとなく、自分が急いている理由に思い当たった。俺はリリィに本物の愛情を受けている。偽物の親である俺達を、そうだあると知りつつ受け入れ、精一杯俺達の子供で在ろうとする彼女に、俺は応えたいと感じている。それでも、何が出来るわけでもなかった。何もできないから、俺は漠然とした気持ちを胸に抱えるだけで、何の覚悟も意思も生まれなかった。それがここに来て、何かを見つけそうになり、必死にもがいている。

 俺の中に、俺にも良く解らない何かが、答えを探して迷走している。叫んでいる。言葉にはできなくても、俺は確かに答えを見つけている。だが、その答えを伝える方法が解らない。それが余計に俺を焦らせ、ついつい急いてしまう。

 そうだ。つまりようするに、俺はリリィの親になりたいんだ。アイツに胸を張って自分が『パパだよ』っと伝えたいんだ。命乞いでも無い、偽りでも無い。本物を向けてくれた彼女に、本物になって返したいんだ。

「いい加減にして!」

 だが、俺の気持ちは空回りし、姫川の怒号を引き出してしまう。

「アナタの言ってる事は、要するに私のやり方が気に入らないと言ってるだけよ! 大体、私達の目的のためには、『魔王』の役割なんて関係ないでしょ? 私達の目的は神に対する物で、『魔王』が係わるのは偶然なのよ? 『魔王』がなんであろうと、私達が神に向けるアプローチは変わらない! そうでしょ?」

 その通りだ。でも違う。それではリリィはただの道具になってしまう。姫川がそんな事を考えていなくても、結果が同じになってしまう。だが、これは言葉にはできない。姫川だってちゃんと自分で考えている。それを無視して酷い事は言えない。姫川にだって何か思うところがきっとあるはずだ。だから、その気持ちを無視して言いたい事を言うのは間違っている。

 でも、このままでは話がこじれるだけになってしまう。どうしたらいいんだ? 底辺の俺には、こんな時に何を言って良いのかが解らない。

「俺は、姫川が間違ってるとは思ってない。でも、正しい方法が必ずしも正解とは限らないんじゃないのか?」

「結局私の言ってる事が間違いだと言ってるのでしょう?」

「ち、違う! そうじゃないっ!」

「私達は神に反抗する。たしかにこれは私が勝手に言い出した事よ? でも、アナタは反対しなかった。だから私は、アナタも協力してくれている物だと思っていたのだけど? 違ったの?」

「違わない。姫川の考えの全てを理解してたわけじゃねえけど、反対するつもりもなかったし、出来る限り協力するつもりだった。でも、別の方法があるとしたら、それも検討に入れてほしいと思っただけで……」

「その方法が曖昧なんでしょう? 私も鈴森くんの意見を否定している訳じゃない。でも、どうするか定まっていない意見なんて、一体どうやって実行するって言うの? 私の言ってる事が間違ってる? 私の言ってる事はアナタにとってそんなにおかしいの?」

「そんな事はないっ、けど……!」

 そんな言い方はされたくない。俺は一度も君の言ってる事を『間違っている』と称した事はないんだ。だから言って欲しくはない。そう言う言い方をしてほしくない。『自分が正しいのだからお前の言っている事が間違っている』という言い方は、してほしくない!

 引けなかった。拙い言葉しかできない俺でも、リリィの親でありたいと願う俺は、どうしてもそれを伝えたくて、退くに引けない気持ちで駆りたてられていた。

「……どうして?」

 だから俺は、姫川の変化を見落とした。

「どうしてなの? どうしてアナタは引かないの? どうして納得しないの? アナタは頭は悪かったけど、それでもちゃんと話して、私が正しいと解れば納得してくれていた。なのにどうして引かないの? 私は間違っていなはずでしょう? 間違っていないのに、どうしてアナタは私を否定するの……?」

 震えていた。姫川が腕を組んだままうつむき、震えていた。

 いや違う……。怯えてるんだ。腕組なんかじゃない。怖がって自分の体を抱きしめてるだけだ。彼女は俺の意味不明な言葉に、どう対処して良いか解らず、怯えているんだ。

 失敗した……。それを悟った。いつもこうだ。また同じだ。俺は自分で何かをしようとして、失敗して、他人を苦しめる。良かれと思ってした行動が、必ず誰かを傷付ける。思い上がらぬよう、ずっと戒めてきた言葉だったはずなのに、俺はまた忘れてしまっていた。

 俺は底辺の存在なんだ。誰かと上手くやって行けるわけがない。誰かに何かを与えてやる事なんて出来ない。俺は必ず台無しにする。自分の頑張りで誰かを傷つけ、自分の行いで誰かを苦しめる。だから皆俺が嫌いだ。俺も自分が嫌いだ。嫌いな自分が他人を好く事など許される筈がない。正義を語り、良き行いをしようなど考えるな。それは必ず、自分勝手な正義で他人を貶めるだけの、矮小な行いでしかないんだ。

 あの男と同じ血が、お前には流れているのだから……。

「姫川……!」

 衝動にかられ、俺は立ち上がり、彼女の両肩を掴む。

 謝りたかった。申し訳ない事したと、俺なんかが姫川の頑張りを妨げ、余計な事をしてしまったと、頭を下げて謝りたかった。彼女の気持ちを考えず―――、いや、考える力もないくせに、先走って自分の考えを優先してしまった事を、謝りたかった。

 肩を掴まれ、姫川が全身をビクつかせる。怯えさせてしまっている。それがどうしようもなく胸を抉る。「ごめんっ!」と叫ぼうと、口を開いた途端、思わぬ方向から声を掛けられる。

「パパ、ママ……?」

 はっとした俺達は互いに身体を離し、声のする方へと視線を向ける。そこに、怯えた様子のリリィが、寝室の扉を少しだけ開けて、こちらの様子を窺う様にしていた。

「大きな、声……、してた……。喧嘩、してる、の……?」

 不安そうにしているリリィを見ると、本当に自分がバカな事をしていたと思い知る。彼女のためと考え、結果的に彼女を不安にさせるとは、何処までも情けない底辺男子だ……。反省し、改めなければ。いつの間にか思い上がっていた己を、もう一度戒めよう。自分は『底辺』だ。決して人様の役には立てない。決して自分が何かを成せる存在などではない。自重しろ……。

 俺は深呼吸する。

 姫川も一度身体ごと視線を逸らし、何度か息継ぎしてからリリィへと視線を向ける。

「なんでもないわ。ごめんなさいね、驚かせてしまって」

 姫川に言われても、リリィは安心できず、トコトコと歩み寄ると、そのまま姫川の腰に抱きつく。姫川はそれを受け止め、優しく頭を撫でてやる。

 俺は腰を落とし、リリィと視線を合わせ、伝える。

「ごめんな。今回は本当に喧嘩してた。俺が悪い。ちょっと熱くなり過ぎて、しつこい事を言ってしまった。姫川は何も間違っていなかった。俺が……本当に悪かった」

 リリィにそう伝えてから、俺は立ち上がって、今度は姫川を真直ぐ見つめる。

「ごめん。俺が悪かった。変な事を言って悪かった。あれは……忘れてくれ」

 姫川は無言だった。何も言葉を返さず、それでも頷きだけは返してくれた。

 いつからだろうな?

 人は見かけで判断なんて出来ない。誰にだって心にあるのは自分の正義で、悪意をもって行動する人間なんて、それこそ数少ない。それと同じで、本当に強い人間だって、殆どいない筈なのに……。

 俺はいつから、姫川は強い女の子だと思っていたのだろう?

 彼女の知らないところなんて、いくらでもあると知っていたはずなのに……。

 これだから底辺男子は、役に立たない。自分の心情すら、すぐに忘れて……。

 この後、俺達はいつも通りに床に付いたが、互いに視線を合わせる事は出来なかった。背を向け合う俺達の手を、間で眠るリリィだけが、しっかりと繋ぎ止めてくれていた。

 

 

 『ファーストウォーク』聖騎士団詰所、主神オセリオス教会。

「では、極端に大きな魔力の反応が南の森で確認されたのだな?」

「はい、アインヒルツ様。三日前から稼働実験に入った魔力探知機が、昨夜、南の方角で異常な量を感知しています。この近辺の魔術師にして規模が大きく、誤作動かとは思ったのですが……」

「魔族の噂もある。念のため、確認しに行こう。魔族は昼間は弱体化する者が多い。念のため、陽が最も高くなる時間を狙って出発する。それと、何名かを見繕い、対人装備をさせておけ」

「『対人』ですか?」

「誰にも悟られる事無く結界の内側に魔族が侵入しているとなると、人間が協力している可能性がある」

「に、人間がですか!」

「あまり考えたくはないが、用心に越した事はない」

「はっ! 承知しました!」

 眠れぬ夜を過ごす俺は、まだ死神が迫ってきている事に気づいていなかった。

 

 

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