魔王っ子様の教育方針   作:秋宮 のん

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第五章 親子

 翌日、俺は一人、買い出しに街に降りていた。

 順番的に言えば今度は姫川が下りてくるべきだったのだが、何故か俺に買い物を押し付けられた。俺も一人になりたかったので丁度良かったが、姫川ももしかすると一人になるのが嫌だったのかもしれない。特にこの街には、あまり会いたくないクラスメイトが滞在してる町だからな。何かの間違いで声を掛けられるのも嫌だったのだろう。

 俺も今は会いたくないけどな……。

 とりあえずギルドに向かい、前以て受けておいたクエストの素材を渡し、報酬を受け取っておく。素材についても詳しいリリィに手伝ってもらったため、結構奥の森まで取りに行く事が出来た。おかげで予想以上の報酬を貰う事が出来た。

 ―――金も余ったし、少し何か食べて帰ろうかな……?

 喫茶店にでも寄って、少し気分転換してから戻ろうと考え、店を探す。冒険者は大体酒屋に集まるのが常だ。その理由は酒が飲めるからというだけではなく、外で戦い、報酬を受けてそのまま店に訪れる人間が多いからだ。さすがにオシャレな喫茶店に、汚れた格好で入るのはマナー違反という物。その辺の分別はこの世界の住人にもちゃんとあるらしい。

 前に寄った喫茶店は、目立って汚れていなければギリギリセーフの店だ。どうせ汚れていないし大丈夫かな? っと思い寄ってみる。念のため店員に確認を取ったらクスクスと笑いながらOKを出してくれた。余計な質問だったか?

 とりあえず適当な物でも頼み、お腹に入れる。こう言う世界の主食はパンというのがお決まりだと思っていたが、こちらの世界では『ナン』だったらしく、時々カレーが欲しくなってくる。適当には薄いハムとサラダをナンで巻いて食べるのが通常だ。

 軽く腹に入れたので、御茶を飲みながらしばらくボ~ッ、としてみる。皿を取りに来た店員が俺に確認を取る時、笑いながら訊ねてきた。

「今日はお連れ様と一緒じゃないんですか?」

 誰の事か一瞬解らなくて、適当に愛想笑いを浮かべて首を振っておいた。後になって姫川の事を言われたんだと気付く。なんだかんだで二人でこの街に戻る事も少なくない。その度にこの店によって食事していた気がする。ここなら安いし、それなりに食える。何より姫川が内装を気に入ったらしく、たまに一人でも通っているらしい。俺がここに一人で来るのは初めてかもしれない。

 ああ、それであの店員はあんな事聞いてきやがった訳か。俺達は恋人でも何でもないって言うのに……。

「なんでもない、か……」

 そう、なんでもないんだよな。夫婦の真似事をしている俺達は、決して夫婦ではない。互いに恋感情も決して存在しない。なのに、リリィという子供がいる。俺は本気でリリィと親子になりたいと願った。だけど、それは姫川には強要できない。彼女がリリィを育てるのは、あくまで神に対するアプローチ。絶望リッチさんには反逆などと大それた言い方をしていたが、実際は試し撃ちみたいなもんだもんな。

 彼女はこの先、リリィとどういう関係になっていくのだろう? 真似事の親子関係、だけど子供から向けられる愛だけは本物だ。それを姫川が知った時、彼女はどうするつもりなんだろうか……?

「って、なんか変な感傷に浸ってんなぁ~……」

 一人、悲劇のヒーロー気取りになっている自分に気付き、億劫になってきた。ちょっとだけマナー違反だが、ここで少しだけ眠らせてもらおう。起きたら追加注文するんで許して下さい。

 腹が膨れた眠気を利用し、俺は久しぶりに昼寝に興じるのであった。

 その間に、まさか外で聖騎士団が動き出しているなんて知らずに。

 

 

 気配に気付いたのは、当然ながら魔王たるリリィが先だった。

 干した洗濯物を取り込もうとした時、鈴森くんが買ってきていた絵本と私の買ってきた文献を照らし合わせて読むと言う、子供らしからぬ事をしていたリリィが、突然顔を上げ、私に呼びかけた。

「ママ……、パパじゃ、ない、他人、来てる……。沢山……」

 「どうして解るのか?」っとは訊かない。魔王たる彼女が解ったところで何も不思議ではなかったからだ。私は、一瞬だけ考える。こうなる可能性は考慮していた。問題なのは、リリィの事が何処までバレているかだ。

「何人くらいか分かる?」

「沢山……。十人くらい……」

 冒険者のパーティー構成は多くとも八人。何らかの理由だ大部隊を作るにしても、それなら十六人以上が鉄則。ましてやこの地はまったくお金にならないエッグファングが大量に生息している森を抜けなければならない。それをわざわざ越えて来る以上、目的地がここであるのは間違いない。

 見つかるのは厄介なので、リリィに転移魔法を使ってもらおうかと考え―――、ああ、そうだ。|今はそれが出来ない様にしてしまったんだった《、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、》と思い出す。

「家の中にいなさい。出てきてはダメよ」

 腰に差した折り畳み式の杖を確認しながら、それだけ言って私は外に出る。

 扉をすぐ閉め、中を確認させないようにする。そのまま何食わぬ顔で洗濯物を干し始める。こちらが向こうに気付いていないフリをして様子を窺う。念のため、リリィの服を優先的に取り込む。あの子の服は全て浴衣仕様だった。魔族のリッチも似たような服装だった事を考えると、魔族全般がそう言う仕様の服を着ている可能性があったからだ。幸い、今日は彼の分の服はない。元々こちらに来てから予備を用意できていなかったので、今日の買い物で纏めて買い直させている所だ。

 ソロ活動のおかげで気配には敏感になれている。来ると解っていれば察知する事は容易かった。だけど、私が察知できたのは七人。残り三人が解らない。この三人は注意した方が良さそうだ。

 何食わぬ顔で洗濯物を畳み終えると、そのタイミングを見計らった様に、一人が茂みから出てきた。今気が付いたフリをしつつ、振り返る。

「誰かしら? こんな所に来るなんて珍しいわね」

「私は見ての通り聖騎士だ。名はアインヒルツ・ルストリウフ」

「ああ、街の聖騎士長だったわね」

 一度顔を会わせていた事がある。あの時もリリィの事だったし、鈴森くんに聞いた話では、魔族の噂関連に本腰を入れて行動していたようだから、今回もそう言う感じなのでしょうね。まったく、思った以上に厄介な事になりそうだわ。上手く誤魔化せるかしら?

「聖騎士長がこんな所までわざわざ何の様かしら?」

「腹の探り合いは好かん。単刀直入に聞くぞ。魔族の子を匿っているのなら今すぐ差し出せ。さもなくば貴様も協力者と見なし排除する」

 好戦的だ。そしてまたはっきりと言ってきた。ブラフの可能性を考慮し、一度はとぼけておこう。

「もちろん根拠はあるのでしょうね?」

「まだ稼働実験中の試作品ではあるが、四日前、帝都から魔力探知機が送られてきた。実験のために稼働していた物だったが、それが偶然この地で大きな魔力を感知してね」

「誤作動という事もありそうな話ね?」

「だから真偽を確かめに来た。そして来てみればこんな所で、岩で作った家に住む者がいれば怪しむのが普通だ。強行するだけの価値も準備も出来ているぞ」

 隠し通せそうは……ないわね。

 仕方ない。念のために考えておいた人間側への、説明文を述べるとしよう。幸い、リリィが魔王っというところまでは見抜かれていないみたいだし。

「はあ……、嫌になるわね。こう言う誤解を受けると思ったから、わざわざこんな辺鄙な場所を選んだと言うのに……」

 いかにも、呆れた様に振舞いながら嘆息して見せる。一見余裕とも言える私の態度に、聖騎士長は僅かに眉根を寄せた。

「誤解? どう言う事だ?」

「アナタ達が探してる魔族ならいるわよ。家の中にね。だからあまり騒がないでくれるかしら? 中の子に聞かれたくないの」

「やはり魔族を匿って……っ!」

 声を荒げようとした聖騎士長に近付きながら、私は指を立てて静かにする様に指示する。

「だから大声で話さないでくれるかしら? 上手く騙す事が出来たと言うのに、勘付かれては困るのよ。実験に支障が出るわ」

「騙す? 実験?」

 更に眉根を寄せる聖騎士長に、剣の間合い一歩外の位置で止まり、話を続ける。

「そうよ。偶然迷子になっていた魔族の子供騙して、この家に閉じ込めてるのよ。魔物の調査をするためにね」

「何故そんな事をする?」

「決まっているでしょう? 帝都にまで行ったけど、魔物の生態系は調べられていたけど、魔族の生態系は全くおざなりな程度の情報しかないんだもの。だからこうして魔族の子供を騙して調べているんじゃない。上手く騙せたおかげで良く懐いてくれているわ。とても実験に協力的よ」

 何故かしら? 全て事実だと言うのに、どうしてか腹立たしいと感じる。もしくは後ろめたさを感じる。何故私はこんな気持ちになっているのかしら?

「魔族を調査して、論文の一つでも書ければ、冒険者なんて仕事を辞めて、帝都で研究者として雇ってもらえるかもしれないわ。だから誰にも邪魔されたくなかったのよ。変に誤解を受けてこんな風に襲われるのは避けたかったし、訳を話して魔族の子に知られたら、せっかく効率良く実験を進められていたのに、全部台無しになっちゃうでしょ?」

 「解ったら帰ってくれる?」っという様にぞんざいに振舞う。さすがにこれだけで帰ってはくれないでしょうけど、後はリリィを呼び出し、私に従順に騙されている魔族である様に振舞わせれば、取り合えず納得はさせられるはずだ。唯一の懸念は魔族側のリッチが聖騎士と鉢合わせする事だが、それはこの場を乗り切ってから考えるしかない。

「……なるほど。それが事実なら、確かに偉大な実験だろう」

 聖騎士長は頷き、そしてこちらの予想通り要求してきた。

「ではその証を立ててもらおうか?」

「なにかしら? 魔族でも呼び出して、この場で踏みつければ良いのかしら?」

 ……一瞬、首の後ろ辺りがチリッとした。なによ、この感覚?

 それは、もしかすると、私の本能が知らせた危険信号だったのかもしれない。

「簡単だ。私の前で魔族の子の指でも切り落としてくれ? それくらいはできるだろう?」

 聖騎士長は実に真面目腐った表情で言ってきた。一歩間違えれば非道とも言える事を、彼は平然と言ってのけた。まるで踏み絵でもする様に。

「……確かに、人体実験みたいな事も目的にはしているけど、私は生きてる内にとれるデータが欲しいの。痛みや苦しみが伴う実験は不信感を与えるのよ? 戦う事しかしてこなかった聖騎士様には解らないかもしれないけど―――」

「アナタの研究などどうでもいい。私は主神オセリオス様を謀る輩の是非を確認する。それが仕事であり、天命だ」

 理詰めの説得は無意味。そう悟るしかなかった。良くも悪くも、聖騎士という物は宗教信者だ。神の名の元に従う物は全て善。それ以外は全て悪。悪は同族であっても斬り殺す。そう言うお堅い思考の持ち主なのだろう。

 だからこそ、魔族の研究をしていると言って、それが魔族を滅ぼす為だとのたまえば、少しは時間が稼げるのではと踏んだのだが、何事も上手くはいかない物だ。

 ―――元々、こっちの分が悪い状況なのだから仕方ないのだけれど。

 これも一応は予想の範疇。あまり好ましくはなかったけれど、実行するほかない。

「……リリィ、出てきなさい」

 名を呼ぶと、扉を少しだけ開いて、こちらの様子を窺う様にするリリィ。珍しく気を使ったのか、いつもの浴衣姿にローブを纏い、フードで頭の角を隠している。金色の瞳も、フードの下に隠し、目立たぬようにしている。

 私が手招きすると、リリィは素早く移動し、私の腰にしがみつく。私に隠れる様にして聖騎士の様子を窺う。

 ちょっと意外だったのは、行動の割にリリィに怯えた様子がないと言う事だ。むしろ警戒心を持っているように窺える。腰を掴む手の力の入り方がいつもと違い、しがみついているようで、私を抱えるようにしている感じがした。いざと言う時は私を抱えて飛び退くくらいはやってのけるのだろう。

 本当にそうされると困るので、私はリリィの頭を軽く撫でてやり、諌め、しゃがみ込むとその手を取る。ポケットに忍ばせていたナイフを取り出し、リリィと聖騎士長に見せる。

「いくら協力的と言っても、痛い事には違いないわ。生き物を相手にするんだから、どうしたって準備は必要よ」

「良いから速くやれ。いや、その前に本当に魔族の子かどうか確認させろ」

 言うが早いか手を伸ばす聖騎士長。素早く反応したリリィは、その手を払い、私の背に隠れる。聖騎士長の手に、小さく青い燐光が散った所を見ると、それなりに強く弾いたようだ。少なくとも手の甲が腫れるくらいの力加減だろう。

「貴様……っ!」

「今のはアナタの不注意よ。飼い主以外が獣に手を伸ばして大人しくしている訳がないでしょう? 獣の扱い方も知らないのなら余計な手出しをしないでちょうだい?」

 険しい表情になり掴みかかろうとした手を先に掴み取り、先に言い募る。聖騎士長は舌打ちして手を振り払うと「さっさとしろ!」と急かす。

 言いたい事はあったがこちらも黙って従う事にした。もう一度リリィと正面から向き合うと、フードを外す際に顔を近づけ、こっそり耳打ちする。

「……痛覚、遮断、指」

 あまり多くを語って聞かせる事は出来なかったが、事前に話し合っていたので、これだけでも察した様子だった。

 フードが外れ、リリィの銀髪、角、金眼、そして白い肌が露わになる。角さえなければ、むしろ天使の様だとさえ感じる姿に、しかし、聖騎士長は隠す事もない嫌悪の表情を浮かべていた。

「さっきも言ったけど、獣の扱いは大変なものよ? 下手に手を出して私の手柄を潰す様な事をしないでちょうだい? 結果次第では人類の、ひいてはオセリオス様のためになる可能性が大きいのだから。それとも、アナタの主観で、勝手をして、オセリオス様の不利益になる様な事を、聖騎士長様はなさるのかしら?」

「……っ! 我を愚弄するな! 辺境とは言え聖騎士長の座を預かる身! 一時の感情に流される事などあるものか!」

「なら、黙って見ていなさい」

 釘は充分に刺した。

 もう一度リリィと視線を合わせ、安心させる様に頭を撫でながら額同士をくっつけるようにしてすり寄る。そうするポーズの中で確認を取る。

「幻覚……」

 長く喋れば怪しまれるので、単語だけを呟き確認する。リリィの目が一瞬だけきょろり、っと、周囲を窺い、すり寄るフリをして首を横に振るう。

「隠れ、てる、のは、無理……」

 小さな声が耳元をくすぐる。視覚に捕らえられる範囲にしか幻覚を見せる事は出来ないらしい。なら、指を切った幻を見せる事は出来ないと言う事。仕方がない。なら、最初の提案通り、痛覚遮断した指を切り落として見せ、その後治癒魔法で回復する。幸い魔王の彼女は、重要器官以外なら再生は可能らしい。指程度ならなんとかなるだろう。

「リリィ、ごめんなさいね? 私の仕事のためにも、アナタの指が必要になってしまったの? だからアナタの指を分けてくれるかしら?」

 わざと言葉にして聖騎士長に聞かせつつ、リリィが痛覚遮断の魔法式を組む時間を稼ぐ。少しばかり迷う動作を取ってから、「うん」の返答で準備が出来た事を伝えてくれる。

「ママ……」

「何かしら?」

「ギュッ、と、してて、良い……?」

「……ええ、構わないわ」

 そう告げて彼女の左手を掴み取る。小指だけを出させる。リリィは右手を私の左手に絡めるようにしてしがみついて来た。その眼はとても怯えていて、これから起きるであろうことに不安を覚えているようだった。

 不思議な事もある物だと感じる。以前聞いた時、彼女は痛覚に対する恐れも殆ど無いと語っていた。魔王の知識には、痛みの恐怖も存在したらしい。記憶は受け継いでいないと言っていたので、感情などに近い痛覚の記憶などはない物とばかり思っていたが、彼女が言うところ『魔王の知識』とは、魔王が『魔王』を名乗れるだけの必要な物を全て詰め込んである物の事を差すようで、痛みの記憶も、戦いの緊張感も、ちゃんと揃っているとの事だ。

 だが、この様子だと、やはり実体験として記憶している訳ではないようだ。精々、バーチャルゲームで味わった程度の感覚なのかもしれない。少々気の毒に思いながらも、必要な事なので、私は彼女の指を切り落としに掛る。

「……」

 一度、視線が合った。指に刃を当てたタイミングで、彼女の様子を確認するため向けた視線が、バッチリ合ってしまう。恐怖と不安に濡れた眼差し、多少力が入ってしまっている右腕。訪れる瞬間に全身で恐れていながら、それでも彼女うは逃げようとも、抵抗しようともしない。

 思う。何故この子はこうまでして、私の事を信じるのか?

 この子にとって私とは、母とは、それほどに大切な存在だと言うのだろうか?

 ふと思い出してしまう。私の記憶にある限り、母という存在は、そこまで絶対だっただろうかと、その思考に耽ってしまう。

 

 

 私の家は母子家庭だった。父がどうしたのか、仏壇に飾られた写真を見れば、幼心にもなんとなくは理解出来た。

 母は優しく、毎日一生懸命働いて私を育ててくれていた。いつも笑顔が絶えず、一度だって私に淋しいと思わせる事はなかった。

 私はそんな母が大好きで、幼い頃から母のために何かできないかと、良く良く考えていた。だから良い子であろうとした。母はいつも私に良い子になる様に言っていたから、それが母の望みなのだと思い、そうあろうと努力していた。

 いつからだっただろうか、母があまり笑わなくなり、家で辛そうな表情ばかりする様になった。毎日当然の様に作っていた料理は、コンビニのお弁当に変わり、洗濯物は溜まっていき、部屋の掃除もろくにしなくなった。十畳一部屋のアパート暮らしだった事もあり、部屋はすぐにゴミの山になった。

 日に日に(やつ)れ、美しかった笑顔を忘れて行った母に、私は何かできないかと必死に考えた。きっと仕事が忙しいのだ。きっと私の知らないところですごく大変な目に遭っているんだ。そう考えて、私は家に帰ってきている間だけでも、母のために何かが出来ないかと、必死に努力した。

 小学三年生の時、思い出した。そう言えば前にテストの点が良かった時に母が喜んでくれた。私は必死に勉強し、小テストの点数を百点を取った。正直出来過ぎだと当時の自分でも思ったほどだったが、これで母が喜んでくれるのなら何でも良かった。帰ってきた母に報告した。母は、「そう……」とだけ返し、机に突っ伏してしまった。私は落胆した。母は元気になってくれなかったと。

 いや、違う。きっとこれではなかったのだ。母が笑わないのは、嬉しい事より辛い事の方が多かったからだ。だからもっと嬉しい事をしてあげれば、また昔の様に笑ってくれるはずだ。いつの間にか自分が子供である事を自覚していた私は、想像もできない母の苦労を思い、彼女の憩いとなるべく、努力した。

 子供の頃、母は私が初めて作った料理を喜んで食べてくれた。焦げも多く、べちゃべちゃとしたオムライスだったが、それでも母は喜んでくれた。今の私ならもっと美味しい物を作れるはずだ。毎日練習し、自分でも満足のいくで気になって、母に振る舞った。母は黙々と食べ、終わるとまた突っ伏して眠った。これでも足りないみたいだ。

 誰かが言った。部屋は綺麗な方が元気も出ると。私は急いで部屋の片づけをした。一緒に洗ってはいけない物を一緒に洗ってしまったり、洗剤の量を間違えて仕事を増やしてしまったり、ゴミの分別が解らず、近所のおばちゃんに叱られたりした。部屋から虫が大量に出てきた時はさすがに本気で泣いてしまった。それでもがんばって掃除した。母は気にも留めなかった。綺麗にするだけじゃ足りないと思い、内装にも気を使うようにした。母は布団で寝る様になった。でも、笑顔は戻らなかった。

 近所で母の悪口を言う人を見かけた。母を苦しめている原因を見た気がして、これをどうにかしようと考えた。ただ追い払うのでは母を余計に苦しめてしまう。もっと社交的に、人心掌握術の様に、上手い交渉術を用いて親しく振舞った。近所からの人気も出て、母を悪く言わない様に上手く誘導した。でも、母は笑わない。

 中学一年生。私は少し参っていた。どうしたって母は笑ってくれない。私がどんなに頑張っても母は笑ってくれない。次第に私には母が何を考えているのか解らなくなってきた。彼女は一体何を考え、どう言うつもりで日々を生きているのだろう?

 しかし、その疑問は今度は私に返ってきた。私は一体何をしているのだろう? 母を嗤わせるために日々努力して入るが、その努力は一体何処に向かう物なのだろうか? 母が笑ってくれた時、私は何かを手に入れられるのだろうか? 母が笑う事は私の幸せだ。それは間違いない。だけどその先は……? 考えれば考えるほど、私がやっている事はただの行き止まりに思えてならなかった。

 母と会話をせず、一体どのくらいの日々が過ぎたのだろうか? 私は母のためにアルバイトまでする様になった。お金を入れれば少しは生活が楽になる。生活が楽になれば、母にも余裕が出てくるはず。そうすれば……、そうすれば……?

 もう私は行き止まりの疑問から眼を背けられなかった。

 母に素直な気持ちを言いたかった。気持ちを伝えれば、何かが変わってくれるかもしれないと思った。でも、大切な人が相手だったから、素直な気持ちを伝えるのは怖かった。どうなってしまうのか解らなくて、試しに私はクラスでそうするようにして見た。処世術を止め、ただ素直な気持ちを口にする様にして見た。当然の様に皆離れていき、関係性は険悪になった。他人がいくら離れたところで私にはどうでも良かった。だからそのまま関係の改善は求めなかった。でも、母を相手に同じ事をしても関係が悪化するだけなのだと思うと、どうしようもなく気持ちが暗くなった。

 ある日、終わりは突然やってきた。それは些細な母の呟き。いつものように、母に喜んでもらおうと頑張った功績を語る私に、十年近く、会話らしい会話をしてこなかった母が呟いた、たった一言。

「そんなに惨めな母と比べるのが楽しいの?」

 母はそれだけ言って布団に潜り込んで眠ってしまった。私は固まったまま何もできずにいた。そして悟った。

 ―――私のしてきた事は……、無駄だったんだ……。

 以来、私は母のために何かをする事を止めた。絶望したわけではなかった。不思議と落胆したわけでもなかった。ただ、解らなかった。何故、母がああなってしまったのか、母はどんな気持ちで自分を育てていたのか、自分のしてきた事は、母にどんな風に移っていたのか……。何もかもが解らなくなって、そして、空虚に感じた。母親というのは一体何だったのだろう? そんな疑問を抱きながら、もう答えを求めて探す気力も湧いてこなかった。ただただ空虚な日々の中で、私はたった一つの疑問を持て余した。

 一体、私は母に何を求めていたのだろう?

 

 

「……こう言うの、だったのかもね」

「?」

 私を見上げるリリィが疑問の表情を浮かべる。

 手を放してやり、立ち上がるとリリィを見下ろす。彼女の瞳に映る自分が微笑んでいる事に少し驚きながらも、もう指を切る気にはなれなかった。

 ―――母さん……、アナタが何を思って私を見捨てたのかは解らない。偽りの母である私が、この子に何かをしてあげられるなどとも思わない。ただ私は……。

 あの時欲しかった物を、この子には渡して上げられるようになりたい。そう考えた。

「まったく……、私もバカね……。何事もなく安全な方法が目の前にあるって言うのに……」

 私は未だ訝しむ周囲を無視してリリィを見下ろしながら言う。

「リリィ、私が人間を傷つけるな、って教えた事、憶えているかしら?」

「うん……」

「そう、良い子ね。偉い子ね。私の言い付けをちゃんと聞いてくれているのね」

 私は、いっそ清々しい気持ちで、自ら、踏み絵から、足を退けた。

「アナタが人を傷つけないと約束してくれたのに、私がアナタを傷つけるわけにはいかないわね。これでも、アナタの母親なんだから……」

「ママ……!」

 花が咲く様に笑うリリィ。私は一瞬で腰の杖を手に取り展開。こっそり編み上げておいた術式を解放し、周囲一帯に炎の魔法を放つ。目暗まし暗いにはなるはずだ。

「貴様ッ!」

「リリィッ!」

 私はリリィの手を掴み走り出す。逃げられるわけがないと解っていながら、それでも私はこの子の手を掴んで、悪あがきする。もはや死の宣告を受けたに等しい状況で、それなのに私は別の事を考え、必死にリリィへと伝える。

「リリィッ! 良く聞きなさい! この先何があっても、絶対に人を傷つけてはダメ!」

「ママ……ッ!」

「何があってもよ! 人前では、アナタはマステマ(、、、、)ではない! ただのリリィ(、、、)! だから絶対に、絶対にアナタが人を傷つけてはダメ! この約束だけは絶対に守って!」

 一瞬影が差した。振り向き様に魔法を放ったが、牽制にもならず躱された。眼に映った敵は軽装備の聖騎士三人。対人戦闘を想定していたのか、手に持つ武器は細身で軽い剣。魔物相手では致命傷を与えられず、効率が悪いとされる武器だが、対人戦となれば厄介な代物だ。しかも重装備が当然の聖騎士の鎧を最小限に収めている。この速度の敵を相手に、魔術師私が勝てる気はしなかった。

 覚悟を決めて、私はリリィにだけ告げる。ただただこの子を愛おしく思いながら。

「約束よ、アナタが『役割』を果たすために、私はそうあってほしいと願っているから」

 次の瞬間、私の全身を刃が掛け巡る。遮断しきれない痛覚が襲い、大量の燐光を噴き出す。いくら加護の量が多くても、致命傷を受ければ、大量の加護を一度に消費し、時には一瞬で使い果たす。私の加護も、一瞬で全て奪われ、地面に倒れ伏す。最後に視界に移ったのは、意外と青い空と、聖騎士の刃だった。

 

 

 単なる転寝のつもりが随分眠ってしまい、店員に起こされてしまった。さすがに迷惑をかけたお詫びに、目覚めの飲み物でも頂こうかと思っていた矢先、突然、店に飛び込んできた立花が俺を見つけると大慌てで飛びついて来た。

「鈴森! 良かったここに居て……!」

 随分慌てていたから何事かと思ったが、次に言葉ですぐに目が覚めた。

「大変なの! 何か姫川が噂の魔族の子供を匿ってたとかで、聖騎士連中に捕まったって!」

 注文するまでもなく、冷や水をぶっかけられた気分だ。

 立花に連れられ、慌てて外に出て、通りを確認すると、鎖に繋がれ、ボロボロにされている姫川の姿が見受けられた。聖騎士達に囲まれ、両手を鎖で縛られ、無理矢理歩かされている。髪は汚れ、服のあっちこっちが無理矢理引っ張られた様に千切れていたり、刃物が通った様に鋭く切り裂かれていたりしている。随分痛みつけられたのか、顔が少し俯き加減だが暗い雰囲気にはなっていない。周囲を見るのが面倒で俯いているという感じだ。

 その腰にしがみついているのは、同じく鎖に繋がれたリリィの姿。不安そうに視線を彷徨わせながら、周囲に仕切りに視線を向けている。どうして魔王の筈のリリィが捕まり、大人しくしているのかは解らないが、二人が捕まっている事は事実のようだ。

「やばいよ! アイツ等さっき、姫川が魔族を匿った罪とかで、纏めて処刑するって言ってたんだよ! ど、どうしよう鈴森~?」

 どうするって……、どうしたらいいんだよ? そんなの底辺の俺が解るわけないだろう? リリィは魔王だ。こんな辺境な街で見つかっても、彼等に捕まる心配はしていなかった。むしろリリィが誤って誰かを殺してしまわないかの方が心配だった。それがどうしてこんな事になっているんだ?

 解らない。分からない。まったく判らない。この状況も、俺がどうするべきなのかも、どうしてこうなってしまったのかも。

 腹の下辺りが妙に冷えて痛くなっていく。指先が痺れ、眩暈がしてくる。過呼吸をしているかのよう頭の中に酸素が足りない様な錯覚を得る。どうしていいのか考えが纏まらず、ただ呆然と見る事しかできない。

 不意に姫川と視線が合った。謎の衝撃が俺を襲う。

 姫川が薄く笑った気がした。そう思った次の瞬間、俺は右腕を誰かに掴まれた。

「よせっ! 何をするつもりだった?」

 いつの間にか現れた弘一が、俺の腕を掴んでいる。弘一こそ何を言ってるのかと思い、掴まれた腕を確認した。俺の右腕は、腰の短剣の柄をしっかり握っていた。

「姫川さんのことで熱くなってしまうのは解る。でもダメだ! 今ここで出て行っても何にもならないぞ」

 強く言い募り、しきりに俺を押し止めようとしている。

 ―――ちがう……っ!

 自分がしている事に気付き、俺は恥ずかしくなって余計に血の気が引いた。まるで言い訳を探す様に巡らせた視線が姫川へと向かい―――リリィと視線が噛み合った。その瞳が、探していた物を見つけた様に僅かに和らぎ―――、

「!」

「鈴森君ッ!」

 俺は駆け出していた。リリィの視線から逃れる様に……、いや、逃れるために走り出した。何処でも良い。ここではない何処かへ、彼女達の結末を見なくて済む何処かへと逃げたかった。

 恥ずかしい。恥ずかしくて死にそうだ。情けなくて情けなくて仕方がない。短剣の柄に手を掛けていたのは無意識だった。弘一はそれを俺が姫川を助けるために飛び出そうとしていたように見えたのかもしれない。でも違う。アレはポーズだったんだ。俺は無意識に、自分に言い訳するための行動に出ていた。助けたいと言う気持ちはあった。でも、あの場で飛び出しても何の意味もなかった。だから我慢していたと、俺は自分に言い訳し、納得するためのポーズをとっていたんだ。俺は狩人だ。本来の武器は弓だ。もし本気だったのなら短剣なんかじゃなく、肩に引っかけた弓を握っていたはずだ。

 なんて浅ましく情けない姿。恥ずかしくて仕方がなかった。二人を助けたい気持ちは嘘ではない。だが、俺には助ける気はなかった。俺が何かしても助けられるわけがない。むしろ余計状況を悪くするだけだ。だから俺は早々に諦め、苦い罪悪感に苛まれていれば良かったのだ。リリィが俺を恨むかもしれないと恐れるなら、荷物を纏めて逃げだせばよかったのだ。なのに俺は、わざわざポーズを取った。その意味するところなど一つ。格好つけたかったのだ。自分は決して二人を身捨てたかったわけではないと、言い訳したかったのだ。俺が最も嫌いな行動を、己がやった事に嫌悪を感じる。

 俺の脳裏に、嫌な記憶が甦る。もう思い出したくないと思っていた、あの男の記憶。

 

 

 俺は父に憧れていた。子供の頃から、ユニークな物言いをする彼が、大人のように思えて憧れた。彼の言っている事は解り難かったが、難しい事を言える彼と、俺も同じだけの理解が得られた時、きっと大人の仲間入りを果たせるのだろうと思い、ずっとあこがれ続けていた。その事に違和感を覚え始めたのはいつのころだったか……。予兆は随分早くに感じていた。ただ、それは俺がずっと感じていた難しさであって、子供の俺が理解できない事なのだろうと、考え、むず痒い気持ちを覚えるだけだった。

 俺は彼に嘆いた。「友達ができない」と。彼は訊ねた。「お前の友達と言うはどう言う物を友達というか」と。俺は答えた。「他人を思い、嫌な事をしないよう心掛ける存在であり、仮に喧嘩しても仲直りできる相手の事」だと。そして彼は断じた。「お前のそれは友達じゃない。親友というんだ。お前は高望みしすぎている」のだと。俺は黙した。違うと思いながらも、子供の俺には何がどう違うのか伝える術がなく、大人である彼の言葉は真実である様に思わせた。返す言葉が見つからず、納得できない気持ちのまま通り過ぎた。

 ゲームをしている時にも、その違和感は生まれた。オセロをしている時、俺は一度も彼に勝てた事がなかった。だから必死に学び、必死に考えた。だが勝てない。その度に彼に学んでいた俺に、ずっと気に入らない一言があった。「お前は詰めが甘い」だ。最初は気に止めなかった。次こそは次こそはと考え、気を抜かずにやり続けた。実際、続けて分かってきた事だが、どうも自分は考える以前に、知らない事が多過ぎるようだと感じた事だ。当時は言葉にできなかったが、盤面全体を見て、次の手を予想する事が俺にはできなかったと言う事だ。次に自分なら何処を打つか? その予想と相手が実際に打つ場所がまったく重ならない。予想する以前に、俺には足りない物があると言う事だった。それをようやっと理解した時、行く度重ねられた彼の言葉が違和感となって現れた。「だからお前は詰めが甘い」……。何かが違うと、俺の中で違和感が強くなる。

 中学生に上がる頃には、彼の違和感は気持ち悪いほど大きくなり、もっともらしく解り難い言葉を吐く彼と、そりが合わなくなっていった。何を言っているのか、だんだん意味が解らなくなり、それを理解しようとする苦痛に耐えられなくなったのだ。

 時たま、彼と母が喧嘩する声を聞く様になり、色々な事が上手く行っていない様な忌避感を覚え始めた。次第に俺も違和感の正体に気付き始めた。彼という存在に憧れたにも拘らず、どうしてこうも忌避感を抱くのか、そもそも父とはどう言った存在だったのか? 見える事の少ないその背中を追いかけ、分からない答えに苦しんだ。そして気付いてしまった。俺は殆ど彼と遊んだ事がなかった。家に殆どいないのだから仕方ない事だと思っていたが、キャッチボールの様に、彼と遊んだ記憶がとても希薄で、今思い返しても、一度、二度あったかどうかだと言う回数だ。自分に構ってくれたのはずっと母だった印象が強い。

 彼は決して悪人ではない。なのにどうして自分の家族としての彼は、こんなにも印象が弱いのだろうか? その疑問の答えに辿り着いた時、とても空虚な気持になった。

 そうか、彼は良い人間であったかもしれないが、良い『父親』ではなかったのか……。

 家族の中で最も仲の良い他人を前にして、俺の憧れは霞みの中に消えてしまった。

 彼を嫌いになった。それでも俺は、彼を悪人には出来なかった。理解し合えないのは、足りないだけで、いつか分かりあえる時は来るのだと思っていた。それでも、俺がいくら考えても、彼を理解するには至れず、少なくなった会話の中でポツポツ語り合ってみた事は、結局理解不能で完結してしまう。盛大に自信をなくしかけている最中、ついに母が限界を迎えた。

 切欠は些細な事だった。確か、ネットの接続回線の変更だったかの契約をしてほしいと、彼が母に頼んだ事だった。最初は頑張っていた母だったが、元々機械だとかそう言うのは、極端にイライラしてしまう程苦手な人だった。それでも快適になるからと、彼とぶつかりながらも進めて行って……、ついに堪え切れず蹲った。俺の前で、彼と喧嘩し、疲れ切った母が蹲る姿に、俺の中で何かが悲鳴を上げた。

 その日、俺は初めて彼と喧嘩をし、必死に自分の訴えと望みを口にし続けた。

 彼が悪人だと思っていた訳ではない。ただ、良かれと思って頼んでいる事でも、他人にとっては苦痛となり得る事もあるのだと知ってほしくて、アナタの言っている言葉は、例え正しくても、最善ではないのだと、そう分かってもらいたくて、拙い言葉を駆使して、必死に訴えかけて―――そして盛大に失敗した。

 それからしばらくして、母は嘗て父であった彼と離婚した。

 俺は失望していた。分かってくれなかった彼にではない。彼にも解る様に言葉を紡げなかった自分が悪いのだ。だからその事には何も失望していない。だが、離婚の話を持ちかけたのも、家を出て行く決断を下したのも、俺を引き取る事を言い出したのも、全ては母だったと言う事に、失望の念を隠せずにはいられなかった。彼は全てを承諾し、俺達が出て行くのを見送った。最後に口汚く母を罵って……。ただの一度も、俺の事を口にせず。離婚の原因は全て母にあるかのように睨みつけた。不和はあった。もっと早くから。それに彼も気付いていたはずなのに、それに対して何もしてこなかった。ただ一度の改善を求めず、自ら断ち切る事も言い出せず、亀裂が入る関係を、維持できるなどと思い上がり、最後には他人に見捨てられておきながら、その責任すら押し付けた。そんな彼に失望した。

 そして俺も、何もできなかった。決して彼は悪人ではなかった。彼には彼なりの善意があり、正義があった。俺にだってそれは解っていたし、上手く折り合いを付ける事も出来たように思える。明確には解らなかったが、漠然とになら、その答えが俺にも見えていた。だからきっと、それは不可能ではなかったはずだ。

 それを俺が全て壊してしまった。充分にあった可能性を、決して辿り着けない未来ではなかったはずの道筋を、俺の拙さと、身勝手さで壊してしまった。

 俺だって考えていた。一杯考えて答えを出していた。でも、俺が出す答えは、いつだって遅く、後になってからだった。話し合いの場で出せない答えなんて、何の意味もない。

 俺には、何かを変える力なんて無かった。俺は、何もするべきではなかった……。

 

 

 息が上がり、疲れ果てて膝を付く。地面に落ちる汗の量を意外に思いながら、己が浅ましさに打ちひしがれている。肉体が疲れたおかげで、頭を回す余裕が無くなったのだろう、思い出していた過去は断ち切られ、頭の中は不思議とすっきりしていた。

 なのに、頭の中で姫川の顔だけがちらつく。

 言葉は見つからず、何をしたいのか定かではない。いや、答えなど分かり切っている。底辺の俺が何かしても、また何かを壊すだけだ。失敗するだけだ。分かっているはずだ。あの男の一件だけではない。アレからも俺はずっと頑張った。分からない事を解らないなりに色々考え、怖い思いを我慢して、周囲に怯えを気取られぬように堪えて来た。堪える事だけが、俺が唯一やれる事だったから。それでも俺は失敗した。何度となく失敗した。失敗に失敗を重ね、自暴自棄になりそうな中で、トドメには「必死になっている様に見えない」とまで言われ、自分の中にあった何かが完全に失われたのを自覚した。

 何もしてはいけない。底辺の俺が何かしようとすれば、必ず誰かの足を引っ張る。だから俺は何もしてはいけない。何かをしようなどと、考えてはいけないんだ。

 だから考えるな。考えてはいけない。考えたところで、どうする事も出来ないんだぞ。

 それとも、あの男と同じように、自分は悪くない言うために、せめて処刑上でも見に行くのか? 何かはしたと言い訳するために、無謀な殴り込みでもしに行くのか? そんなポーズはもうやめろ! そんなポーズで誤魔化すくらいなら、底辺らしく毛布を被って情けなく蹲っていればいいんだ!

 もう諦めろ! 諦めるしかないんだ! 俺にはどうする事主出来ない! あの『司書』だって言っていた事だ! 俺達は決して選ばれた存在でも特別な存在でも無いって!

 ―――だから……っ!

「………」

 顔を上げた途端、真っ暗闇に浮かぶ輪郭に、不思議なぐらい気持ちが静かになった。

 信念もない。執念もない。漫画の主人公じゃあるまいし、何かを成せる力も答えも持ち合わせてはいない。だから俺は、リリィの眼差しから逃げた。彼女の親になりたいと抱いた気持ちを裏切り、失望されるのを恐れて逃げ出した。

「そう思ってたんだけどな……」

 ならどうして、俺はここに居るんだ?

 俺達の、リリィが作った俺達の家に、何故俺は来てしまったんだ?

 分かっているはずだ。ここは逃げる場所には向いていない。だって俺は忘れていない。ここにいれば、彼女(、、)が訪れる可能性がある。彼女(、、)に見つかって、問い詰められないわけがない。逃げるつもりだったのなら、ここに来てはいけなかったのだ。

「じゃあ、どうしてここに居るんだろうな……」

 背後に、何者かが降り立った気配を感じ、俺も立ち上がる。

「そんなの決まってるよな……」

 俺は底辺だ。バカな選択を何度も重ね、懲りもせずに同じ過ちを繰り返し、頭で解っていても愚かな選択肢を選び続け、他人を巻き添えにして自爆する。それを解っててやっている性質の悪い存在だ。

「力を貸してほしい」

 振り返りながら、俺は強く求める。

「何もできない俺に、リリィと姫川を助けられるだけの力を、どうか貸してほしいんだ」

 振り返った先、骨の様な白い髪と、鮮血の様な赤い瞳。血を通わせていない青白い肌に、彼岸花の意匠を施された着物に身を纏う、大鎌のリッチは、銀月に照らされながら、俺を睥睨していた。

 

 

 私達が捕まった翌日。処刑執行日。日が最も高くなる時間帯。私は久しぶりにリリィの顔を見た気がした。教会の牢屋に入れられている間は二人とも離されていたから。

「アナタまだそこに居たの?」

 『ファーストウォーク』の中央広場に設置された処刑台の上で、大人しく鎖に繋がれてるリリィを見て、開口一番にそんな事を言ってしまう。私を連れてきた聖騎士が訝しむ様子を見せていたり、周囲に街から集まった住民の視線を一身に浴びたが関係ない。

「ママ、助けなく、て、良い……、って言った……」

「言ったわね」

 ここに連れて来られる最中、ついそんな事を言ってしまった。自分でも半ば自棄になっているような気もする。でも、今のこの子の力では、おそらく私を連れて逃げ出すのはちょっと難しいかもしれない。だから私は遠慮したのだが……、それにしたって、私も自分に対して投げやりではないかしら? 私はいったい何を期待(、、)しているのだろうか?

「でも、アナタまでここに居なくて良いのよ?」

「ママも、一緒……!」

 二人でないと逃げる気がない、っと……? 困った娘ね。

「一度逃げてから、後で助けに来る事も出来たでしょうに?」

「ママと、一緒……!」

 なんで私、こんなにも好かれているのかしらね? 私、この子に特に何もしてあげていないと思うのだけど?

「おしゃべりはそこまでだ」

 いつの間にか現れた聖騎士長が私を繋いだ鎖を引く。よろめきそうになったが、良い様に扱われるのも嫌だったので、しっかり踏ん張る。彼は私とリリィを観衆から見える位置に連れて行くと、高らかに叫ぶ。

「これより、この街の結界を超え、侵入してきた悪しき魔族と、愚かにもその手引きを行った背信の徒の処刑を執り行う! 我らが主神オセリオスに代わり、聖騎士長アインヒルツ・ルストリウフが断罪す!」

 こう言う口上、私達が上げられる前から騒いでいた気がするけど、そんなに長々と必要なのかしらね。私も死にたいわけではないから時間を掛けてもらうのは全然構わないのだけれど。

 未だに私の事を何か言っているらしい聖騎士長を尻目に、私は観衆の方へと視線を向ける。目的の人物は今何処でどんな顔をしているのだろうか? それがとても気になったのだが、中々見つける事が出来ない。何人かクラスメイトを見つけた。移住派が多いこの街では、私の事を半ば見世物程度にしか思っていない様な者もいた。だけどあの分かっていない表情、どう考えても本気で処刑されるって思ってない顔かもね。まあ、最後まで他人事で通しそうな顔もちらほらいるけど。あら、氷室くん達も来ていたのね。皆一様に顔を蒼白にしている中、氷室くんだけが聖騎士に何か掛けあっている。

「頼む! せめて話をさせてくれ! 彼女は俺達の仲間だったんだ! 魔族のスパイなんて思えないっ!」

「も、もしかしたら、操られてたりとかさ? そう言うのあるんじゃないのっ!」

 口々に何か言ってるようだが、聞く耳持たずにあしらわれているようだ。実際問題、私は魔族と繋がりがあるわけだし、人類の敵と言ってもおかしくないのかもね?

 そう言えば、私いつの間にか神様を敵に回す気でいたのよね? そしたらこれって割と尤もな立ち位置なのではないかしら? 改めて自分の事を振り返ってみると可笑しくなってきた。しかし、探している人物の顔が何処にもない。こう言う時、どんな顔をするのか見てみたかったのだけど……。

「まずは裏切り者の処刑! その後、我らが同胞を(かどわ)かした罪深き魔族を、我が剣によって浄化する!」

 今更ながら思う。このパフォーマンスって、つまり教会の権力を高める効果も望まれていたらしいと気付く。そんな事に使われるのはさすがに嫌な気持ちが過ぎる。まあいい。こっちも奥の手は既に使っている。もしもの時が起こっても問題はない。っとはいえ、初めて使うから不安はある。それでも、今後の事を考えると一番安全な方法とも言える。残る問題は……。

 鎖がまた引っ張られる。無理矢理前に出され、膝を付かされる。頭を押さえられたので首でも落とすのかと思ったが、剣を持った聖騎士長は私の後ろに立っている。どうやら切るのは背中で、その後、首を切断し死を確定的な物にすると言う事らしい。ここからはもう待った無しという感じに聖騎士長は剣を振り上げる。氷室くん達が何か叫んでいる。私は探した。最後に見たい顔を探した。だが見つからない。ちょっと楽しみだったのだけれど、いない物は仕方がない。私は最後にリリィへ視線を向ける。リリィは不安そうな表情だったが、無理したように固い笑顔を作った。

「ママ、大丈夫……、きっと、パパ……、来てくれるよ……」

 いや、それはさすがにどうなのかしらね? この場面で助けにこれたら恰好良いのかもしれないけど、彼にそれが出来るとは思えないし、私、一緒に死なれて喜ぶタイプじゃないのだけれど……。

 死が迫ると言う最中で、私は何故か妙に緊張感を抱かぬまま呆れ返った。

 次の瞬間、光の反射で剣が降り降ろされるのを感じた。

 ヒュゥン……ッ! 風切り音。 ギィン……ッ! 金音。

「……?」

 自分のすぐ頭上からした金音に、私は疑問を抱く。この身を切る筈だった刃の痛みは訪れず、思わず向けてしまった視線の先には、折れた処刑用の刃を手に、呆然としている聖騎士長の姿。床には折れた刃の切っ先。彼等の奥、処刑台の後ろ側にある建物に、小さく深い穴が空いているのが見える。

 まさか? っと思い正面を向く。

「道を開けろっ!」

 怒号に等しい叫び声。観衆の最後尾で、探していた彼が、弓を構えてそこに立っていた。

 

 

 処刑が始まるより以前、絶望リッチさんと再会を果たした俺は、事情を全て説明し終え、彼女に協力してもらう事を受け入れてもらった。しかし、街の結界内に入るには、初代魔王の頃からお仕えしたと言う、彼女の力をもってしても大事になってしまう。最初はそれでも良いかと考えたが、一度壊れた結界を修復するのは十日以上の時間を有するとかで、あの街にクラスメイトがいる事を考えると、ちょっと推奨しかねた。なので、もう一つの方法をリッチさんに頼んだ。そしたら、何か腕を噛まれた。

「痛い痛いイタイッ! リアルに物すっごく痛いッ!」

 『精霊の書』を操作して、敢えて加護が発生しない様にしているのだが、これが絵面以上に痛みが伴う行為だった。右腕一本、噛まれた場所から別の物へと変質して行く違和感に、恐怖を感じながら必死に耐え、ようやく終わった時には、自分の右腕が、もう自分のものではないのだと感じた。

「これでアナタの右腕は半魔族化したわ。っと言っても一時的になのだけど。アナタ素質が無いのね? たぶん、十年間同じ事を繰り返しても魔族になれないわ」

 なんでかその言葉にショックを受けつつ、確認を取る。

「これで、俺も魔法が使えるのか? 通常よりも強力な?」

「ええ、アナタは素質がないから魔術式を編めない。だから直接身体の内側に魔術式を埋め込んで、魔力を流すだけで発動できるようにしたのよ。それも、アナタが器だと二つしか入れられなかったけど……」

 何か色々俺ってポンコツだったらしい。結構失望されてしまっている。

「私がその腕を半魔族化した事で、私との間にパスが通ったわ。少しの間なら、私とアナタの認識を同一の物として誤魔化せる。アナタは私を連れて普通に結界を潜れば良い」

「その後はどうすればいい?」

「魔王様の力があれば逃げるのは簡単。使えずとも聖騎士長以外は私の敵になる猛者はあの街に居ないもの。聖騎士長さえ倒してしまえば強行突破で逃げる事は簡単」

「じゃあ、後はどう戦うかだけど……?」

「正面から小細工無しにぶつかれば良いわ」

「底辺男子の俺になんて無茶を……、大体俺弓使いなんですけど?」

「この世界で最強の職業を教えて上げるわ。素質が無さ過ぎで誰も選ばない、魔法と弓の使い手。弓魔導師よ。誰も使いこなせなかったのだけどね」

「大丈夫なの? 本当に大丈夫なの?」

「っと言うか、それ以外に何かやらせても、アナタが上手くやれる気がしなくって……」

 完全に納得した。

「ともかく、後はアナタの器に収まるだけの魔力を無理矢理溜め込むだけね。そればっかりは魔術師でも無いアナタにはできないから、私が直接送り込むしかないんだけど……」

 そう言いながらリッチさんは、俺の頬に手を当てる。何をするのか事前に聞いている俺も、緊張で頬が赤くなる。対するリッチさんは少々気遣わしげだ。

死体(リッチ)相手にするのは(はばか)れるでしょうけど、今は許してちょうだい」

「俺の方こそゴメンな。リッチさん、すごく綺麗な人なのに、俺なんかが相手で……」

 一瞬、リッチさんが俺を見て目を丸くする。それから、ほんのり頬を染めて微笑むと、一言呟いてから、唇を寄せる。

「可笑しな人……」

 唇が重なる。想像以上に冷たく柔らかい唇の感触に強張る暇もなく、必要な事なので互いに舌を絡め合う。生まれて初めてのキスがいきなりディープな事に混乱しそうになるが、次の瞬間に、口内に流れ込んできた暴力的な存在に、あっとう言う間に呑まれた。思わずリッチさんを引き剥がそうとしてしまうのを必死に堪え、身体の中に直接叩き込まれる魔力に翻弄される。口移しで水を―――なんてレベルじゃない。口にホースを突っ込まれ、蛇口を全開にされた様な強制感に、もはや何も考える余裕はなかった。身体に流れ込む魔力の圧倒感に支配され、自分がどうなっているのかも自覚できず―――、全てが終わり、唇を放された時に、やっと終わってくれたという開放感から、意識が遠のいた。

「これで魔族との契約は成されるわ。私の名前を教えるわね。人間に呼ばせるのはアナタで二人目……」

 どこか嬉しそうな声が鼓膜をくすぐる。遠のく意識の中で確かにその名前を心に刻んだ。

 

 

 俺は再び弓に矢を番える。弓の正面に、ターゲットサイトの様に展開される魔法陣。右腕に蓄積した魔力を解放。一発分を装填。矢が魔力で黒く染まり、黒の矢となる。

 先に放った一発を見ていた観衆が、慌てて道を開ける。まるで『モーゼの十戒』を思わせる様に二つに割れる人垣に、内心苦笑ながら、俺は二射目を放つ。

「『黒の一閃』!」

 暴発防止の口頭発動式(コマンド)を発声し矢を放つ。放たれた矢は正面に展開された魔法陣に取り込まれ、文字通りの黒き閃光へと変換され、弓のスペックを超えた出力で放たれる。その矢は俺の実力すら超越し、姫川を繋ぐ鎖だけを見事に貫いた。

 甲高い音を立てて砕け散る鎖に、目を丸くして驚く姫川。その顔が何だか以外で、俺は思わず噴き出して笑ってしまう。って、あ……、見えていたのか、思いっきり睨まれた。

 見えなかった事にして俺は駆け出す。その姿を見たリリィが思わず声を上げた。

「パパ……!」

「おうっ!」

 答えながら走る。我に返ったらしい聖騎士長が声を上げる。

「その男を押さえろ!」

 聖騎士長を言いつつ姫川を抑え込もうとするが、素早く動いた姫川も彼の手を掻い潜り、リリィの元にまで駆け寄り、魔法で作り出した雷を放つ。

「『ボルト・レイ』!」

 翳した手から放たれた青い稲妻がリリィを囲んでいた聖騎士を吹き飛ばした。

 本来魔法には詠唱や杖とかは必要無いらしいが、それだと人間の力で発動させる時に時間がかかったり、威力にムラが出たりするらしい。細かい事は俺にも良く解らんが、何も持っていない状態で、一言で済む省略詠唱で魔法を発動させる姫川は、やっぱり才能があるのだろう。アイツ、実はレベル以上に強いとかじゃないだろうな?

 姫川の事を確認している隙に、五人の聖騎士が俺を迎え撃つように正面に陣取る。構わず突っ込みながら叫ぶ。底辺男子を舐めるなよ!

彩華(さいか)! 頼むっ!」

 俺が叫ぶと、物影にずっと隠れていた絶望リッチさん登場。物凄い速度で飛び出し、あっと言う間に俺を追い抜くと、その大鎌で正面から迫ってきた騎士の足を刈り取る。間をおかずに進み出て、まるで生きているかのように鎌を巧みに操り、二人目の首を刈る。そのまま続いて三人目の首も頂くと、舞う様に体を回転させながら、遠心力を得た鎌を横薙ぎに振るう。後ろで咄嗟に警戒していた二人の騎士の両腕を鉄の籠手事あっさりと切り落とした。絶命二人に重傷三名、速度を落とさない俺の正面でとんでもないスプラッタが公開されたよ。容赦無いな彩華さん……。

 彼女の動きは大鎌を使用するためか、振りが大きい。その所為で広がる着物の裾が艶やかで、見た目の美しさも伴って人々を魅了するには充分だった。ただ、その美しさには惚れてはいけない危険な魅力、死の美しさが伴っていたが。正に触れるだけで人を殺す、美しき毒の花と言ったところだろう。

「雑魚は払うわ。どうせ数を相手に戦えないでしょう?」

「ホント迷惑かけてごめん! なんとか時間稼ぐから!」

 そう言って飛び出す。正面にはまた他の聖騎士達が道を塞ごうと進み出てくるが、最初からこいつ等の相手をするつもりはない。わざわざ正面から討って出たのはちゃんと理由があるんだよ!

 彩華が俺の脚を止めようとする騎士団に向かい、次々と大鎌を振るう。驚いた事に、俺は全く速度を落としていないのに、四方から襲いかかってくる騎士団を、素早く先回りして次々と一撃で仕留めて行く。速いとか言うレベルじゃない。圧倒的な強さだ。見ていて気付いたが、大鎌という武器は、武器としては不適切だと聞いていたが、むしろ変則武器として理にかなっている部分も見受けられた。まず第一に、あの独特な形状が防御し難い。盾で防ごうとしても横薙ぎ振るうだけで側面に刃が突き刺さる。上から振り降ろせば一撃で頭に刃を突き刺さり絶命する。なんとか剣で横薙ぎの一撃を防いでも、振るった刃を引けば、今度は背後から相手を切りつける事が出来る。攻撃方法さえ工夫すれば、とても防ぎ難い武器となる。実際彩華の攻撃を剣激で防ごうとした聖騎士が、攻撃を防がれるだけでなく、そのついでで腕を一緒に刈り取られていた。アレは痛そうだ……。

 処刑台前までもう少しという所まで辿り着く。ここまで来るとさすがに聖騎士の数が極端に増え、彩華でも速攻で倒すとはいかないだろう。だが、それで良い。ここまで来る事が俺の目的だった。俺は脇腹の辺りに仕込んでもらった魔法式を一瞬だけ展開。一時的に強化された身体能力を使って超跳躍。密集していた聖騎士を軽々と飛び越え、処刑台へと迫る中、右手の魔法式に魔力を流す。装填魔力一。矢を番えず弓を引き、黒の矢を作り出す。

「『咲くは黒彼岸』!」

 弓の前で展開される魔法陣。放たれた矢が吸い込まれ、八股に分散。花が咲く様に放たれた八つの黒い軌跡が、断頭台に立つ聖騎士長以外の騎士を全て薙ぎ払う。そして着地。丁度リリィと姫川の前に辿り着く。

「お待たせ」

 二人に向かって言うと、姫川は眼を丸くした後、可笑しそうに笑った。そしてリリィは、バギンッ、と、当たり前の様に鎖を断ち切り、俺に向かって飛び込んできた。

「パパ……ッ!」

 背の問題からお腹でそれを受け止めながら、リリィの頭を愛おしげに撫でてやる。リリィの事を充分に労わりながら、俺は姫川に視線を向ける。

「っで? なんでこんな事になってるわけ?」

 姫川ならこうなる前に逃げられたはず。っという疑問を込めて訊ねると、しっかりと察してくれたらしい姫川が、肩を竦める。

「『アブソードシール』それが私のパーソナルアビリティ。効果は、他者の力を封印するもの。魔族に見つかった理由がリリィの魔力を感知された事が原因だったと聞いた時、同じ轍を踏まない様にリリィに掛けちゃったのよ。今この子、外に向けて発動する魔法は全部使えないわよ」

「今、普通に鎖引き千切ってなかった?」

「まったくよね。本当は魔族としての性質とかも色々纏めて封印して、人間っぽくするつもりだったのだけど、この子の力が大きすぎて、封印しきれなかったのよ。仕方ないから、魔力が外に漏れないようにだけしたのだけど……、完全に裏目に出てしまったわ」

「ただの怪力で鎖切れる力があったんなら、どうして二人とも捕まってるんだよ? それだけ力があれば逃げようはあった様な気もするけど?」

「ママ、が……、人、傷つけちゃ、ダメって……」

「『逃げるな』とは言ってなかったのに、結局付いて来ちゃったのよ……」

 なんかこれ……、もっと色々話し合っていたら、未然に防げたんじゃないかって気がしてきたぞ? ってか、姫川さん、死にそうだったって言うのに、なんか妙に冷静じゃありません?

 さすがにここは突っ込もうかと思ったのだが、それより早く、俺達に声が掛けられた。

「あの家を捜索して、共犯者がいるだろう事は予想していた。だからこその公開処刑だったが……、よもや、その身を魔族に落しているとはな……」

 聖騎士長、アインヒルツが、己の剣を抜きながら歩み寄ってくる。

「トバリ! 早く!」

 処刑台下で他の聖騎士を払い除けていた彩華に従い、右腕の魔法式魔力を流し込む。装填一。弓を頭上に掲げ矢を放つ。

「『夜の帳』」

 宙に放たれた矢が分散、ドーム状に展開し、俺達の周囲に降りしきる。文字通り帳が下りた様に黒い膜に包まれ、処刑台に居る俺達を閉じ込めた。これで聖騎士長と俺達三人以外は外に追い出された感じだ。後は俺がどうにかして聖騎士長を倒せば完全勝利で逃げる事が出来る。

「やろうとしている事は察したけど、これ、あのリッチと役割逆じゃないのかしら?」

「言ってくれるな……、どう足掻いても付焼き刃のドーピングで、大人数を相手に戦う事は底辺男子の俺には出来んのです」

 彩華とも話し合った結果、俺がなんとかして聖騎士長を倒す事になってしまった。聖騎士長さえ倒してしまえれば、この街のレベル的にはいくらでも対処できてしまえる奴しかいないらしい。まあ、聖騎士長を相手にしてる内に他の騎士団からちょっかい掛けられてやられてしまうって言う可能性を考え、こうして絶望リッチさんが外で数を減らしてくれていらっしゃるのですが……。

「閉じ込めて、それでどうにかできるつもりか? 一対一なら勝てるとでも?」

 さてどうだろう? 試しに一発放ってみる。

「『黒の一閃』」

 姫川を助けた一直線に相手を貫く矢を放つ。俺達は狭い処刑台の上に居るので回避する事は出来ない。加えて距離は剣の間合いの外、弓を射るには少々近い中距離。周囲は俺が作った壁に覆われているので、正面からの火力勝負しかできない。頭の悪い俺には幸いのフィールドだ。

「『ディバインセイバー』!」

 アインヒルツは剣に光属性を纏わせ、一閃。俺の黒き矢をあっさり相殺してしまった。

「げ……っ、魔法剣士かよ……」

 彩華が言っていた事を思い出し、苦虫を噛み潰した様な気分になる。

 この世界で魔法と組み合わせた職業を持っている奴は、それだけで次元が一つ違うレベルに達するのだと言う。だからこそ俺も、こうして底辺の癖に準無双っぷりを発揮できてるわけですしね。

「我が剣に、悪しき力に堕ちた矮小な力など、通用すると思うな!」

「じゃあどうしよう?」

「助けに来たなら自分でどうにかしなさいよ?」

「底辺の俺には単純な方法しか思いつかないぞ?」

「パパ、ファイ、ト……!」

「うん、がんばるね~~」

 腰にしがみついたままだったリリィを優しく離し、俺は自分の右腕を確認する。彩華に与えてもらった魔力の最大総点数は八発分。一発は姫川を助けるのに、その後、姫川の鎖を砕くのに一発、処刑台の聖騎士を吹き飛ばすのに一発、聖騎士長に一発。計四発使用した。残りは半分。なら、もう細かく撃つ意味はない。残り四発分を纏めて一発分に込めて放つだけだ。

 弓を構える。ターゲットサイトの様な魔法陣が展開される。右腕の魔法式に魔力を流し込む。装填四。集中した魔力に痛みが走る。このぐらいは堪えられる。弓を引く。展開された魔法陣が込められた魔力に呼応して新しく塗り替えられる。照準を合わせ、更に魔法陣が大きな物へと再転換される。使う魔法を頭の中で確定する。魔法陣が最後の変化を見せ、より大きく、俺の身体を包む様な形に展開される。行くぞ! これが俺の全力の一撃!

「『射貫く黒曜石』!」

 魔力装填数四発分の矢が魔法陣に打ち込まれる。魔法陣によって変化した魔力が、黒曜石の槍を思わせる、巨大な魔力砲を放った。間違いなく砲撃と同等の火力を発揮する一撃に、俺は確実に聖騎士長を倒せると確信した。

 聖騎士長は剣を掲げた。剣が光りに充ち溢れ、強烈な発光を見せる。闇のドームで覆われた外側にまで届きそうな光に、眼を掠めながら、それでも力が弱いのを感じた。確実に俺が放った矢の方が強い。聖騎士長が剣を振るう。先程と同じ魔法剣『ディバインセイバー』が袈裟掛けに切りつけられる。魔力同士がぶつかり合い、僅かに見せた拮抗。しかし、俺の予想に反して拮抗はすぐに収まり、俺の矢が一気に押し込まれる。―――聖騎士長の横を通り過ぎる様に。

「……え?」

 何が起きたのか一瞬理解できず、呆けた声を出してしまう。同時に魔力を使いきった直後の反動で、身体中から力が抜けて行く。思わず膝を付いたところでアインヒルツは告げてきた。

「経験の差だな。あの程度の力任せの攻撃など、軸を逸らして切りつければ、最小限の力で直撃を逸らす事が出来る。悪しき魔族の力に溺れた力が、我らが神に捧げた勤勉なる信仰に、勝る事はない!」

 剣を八相に構え、再び魔力を剣に込める聖騎士長。俺には計りきれない、しかし先ほどよりもかなりの魔力が込められた剣に戦慄する。

「鈴森くん!」

 背後の声に振り返ると、姫川が両手を翳して魔法式を用意していた。彼女の背中に巨大な魔法陣が展開される。魔法は強力な物ほど、魔法陣が展開されると言う話だが、杖も媒介も無い状態でいつの間にこんな強力なの用意してたんだよ? って、俺が撃ち負けるの予想されてたって事ですよね……。さすが底辺男子の俺の信頼度だ、と納得しながら後ろに飛び退き姫川と前後交代。そのタイミングに合わせるかのように、アインヒルツが飛び込んで来る。姫川も魔法を放つ。

「『ディバインセイバー』!」

「『ボルトイレイザー』!」

 アインヒルツの振り降ろす光の剣に対し、両手を突き出しが放った姫川の魔法は、無数に迸る雷の球体に見えた。その全ての雷が、アインヒルツの光を激しい放電現象を発しながら確実に削り取っていく。その現象を目の当たりにして、アインヒルツの表情が強張った。

「なにっ? 何だこの魔法は! 魔力を直接削る魔法など、聞いた事もないぞ!」

「原理さえ解れば応用くらいできるわ!」

 アインヒルツの魔法剣を受け止めながら叫び変える姫川。いや、ちょっと待てっ! それってつまり新しい魔法を作っちゃった、って事ですか? 姫川さんマジパネェッス!?

 だが感心ばかりもしていられない。力は拮抗している様に見えて姫川が押されている。さすがに、牢屋生活で披露していたのか、魔力を溜める時間が少なかったのか、じりじりと押され始めている。なんとかしてやりたいが、もう俺にはどうする事も……!

「パパ……」

 声がして振り向く。突然リリィが俺の首に飛びついて来たと思った次の瞬間、唇を奪われてしまいました。子供体系とは言え美人さんのリリィにキスされ、さすがに意識してしまいそうになったのだが、そんな事などどうでも良くなるほどの衝撃が叩き込まれた。口の中に侵入する熱い舌の感触とか、彩華とは違う温かな唇の感触とか、そう言った色気のある感慨は一切浮かばない。口の中に突っ込まれたホースの蛇口を全開にされた様な強烈な魔力の圧迫感。それも彩華とは似ても似つかない暴力的な量に、破裂すると本気で信じた。

 咽る様にして唇を離す。胸に手を当て、必死に深呼吸をする中、俺の目の前で銀髪金眼角付き幼女が笑顔を向けていた。

「パパ、がんばっ、て……!」

 な、なんて苦笑いしたくなる無邪気な応援!

 身体中が悲鳴を上げるのを堪えながら、俺はリリィの頭を撫でて立ち上がり、身体を引きずる様にして姫川の元に歩み寄る。

 リリィに与えられた魔力を全て右腕に集中する。装填八。右腕に奔る激痛にマジで涙が出る。毛細血管に至る全ての血管に、過剰な血が送り込まれているかのような痛痒に歯を食い縛る。とても弓を握る余裕はない。姫川の元に辿り着く。左手を彼女の腰に回し、支えつつ、右手を彼女が突き出す両手に合わせるようにする。

「姫川! 悪いけど魔力を撃つ事しかできる余裕がない!」

「良いわ! 後は私がコントロールするから、そのまま魔力を撃ち出して!」

 ―――御言葉に甘えてっ!

 リリィに与えられた大量の魔力をただぶっ放す! それを姫川が上手く制御し、自分の魔法式に変換する。見事過ぎて頭が上がらねえなっ! 力は完全に拮抗。完全互角の状態で膠着する。

「マステマの魔力を使ってこの程度なのっ!」

「すまんっ! 俺に入る分的にこれが限界!」

「そう、じゃあ、私が頑張らないといけないわね! 私、あの子の母親になるって決めたのっ! あの子の前で、格好悪い所は見せられないっ!」

「奇遇だなっ! 俺もあの子の父親になりたいって思ってたよっ!」

「ならお互い、あの子の前では強がってみせなきゃいけないわねっ! でも……!」

「でもなにっ! あんまり聞きたくない気がするけど……っ!」

「やっぱりアナタと夫婦になるのは遠慮したいわ……!」

「だろうと思ったよ! 底辺男子で本当にごめんよっ!」

 姫川が笑った。俺も笑った。背後ではリリィまで笑っている気配が感じられる。ギリギリの緊張感の中で、絶体絶命なのに、俺達は何故か笑い合っていた。それが異様に見えたのか、表情を歪めたアインヒルツが何事か言い出した。

「何故だっ? 何故君達はこんな状況で笑っているっ!?」

 何か答えようかと思ったが、生憎込み上げてくる物をそのまま出しているだけなので、理由は俺達にも解らない。だから笑みを返すしかできない。うん、これは確かに不気味だな。アインヒルツは更に顔を歪め言い出す。

「君達は分かっているのかっ!? 自分達がどれだけ愚かな選択をしているのかっ! 少年! 私と初めて会った時に君が言った言葉を憶えているか!? 私は憶えているぞっ! 君はこう言ったのだ『しっかりと善悪を理解できる時が来たら、教団に入る』と!」

 言ったか? 似たような事は言い訳として言った気がするが、教団に入ると入ってない気が……。

「君は自分の言った言葉には責任を持つべきだっ! 君があの時どんなつもりで言ったのかは知らない。だが、君にその意思がなくても、周囲にそう思われたら、そう言う事になるんだっ! 自分の言った言葉の責任を持てっ(、、、、、、、、、、、、、、、)!」

「……」

 その言葉は……。嘗て俺が抱いた言葉だった……。抱き、そして、相手の心を慮らない自分が、相手の事を理解できない自分が、知ったかぶって言葉にするべきではないと判断した、言わないと決めた言葉だ。

 それを……、コイツは口にしたのか? 薄っぺらい心のままに? 他者の心を慮らない奴に? 無知である事を自覚し、他者を知ろうとしない、こんな奴に?

 俺が考え、ずっと抱いてきた言葉を、感情を、勝手に使われたのか……?

 

 フザケルナ……。

 

 

 拮抗する魔力のぶつかり合いに、必死に耐えていた私は、突然背中を奔った寒気に戦慄した。

 ゾクゾクゾク……ッ、っと、寒気が広がってくる。あやうく魔力の操作を誤りそうになるのを必死に堪えつつ、迫りくる寒気の原因を探す。

「お前が……」

 だが、探すまでもない。それは私のすぐ後ろに存在していた。全身に緊張が走る。身体が強張る。

「パパ……?」

 事態に気付いたリリィが呟く。正面の聖騎士長も気付き、表情を歪める。

 寒気が、広がる。凍えそうな寒気が広がり、私は寒さで凍えそうなのに、止まらない汗を沢山かき始める。

「お前がそれを……っ!」

 怨嗟だ。はっきりと私はそれを感じ取った。後ろを振り向けない。寒気を放つ存在を確認出来ない。怒気のような熱さは感じず、悲痛の様な湿っぽさはない。何処までも冷たく、ただただ底で沈殿している物が見上げてくる恐怖のように冷たい物を感じる声。

 何気なく歩いている山道で、ふと視線を下に向けた時、奈落へと続く谷底が見えた様な、そんなヒヤッとした恐怖が私の心臓をがっしりと掴んで離さない。自分の腰を支えている手から熱が失われ、氷のように冷たい闇に連れ去られていく様な錯覚を得る。

「口にするんじゃねえ……っ!」

 心が折れた。はっきり自覚した。憎しみに彩られた冷気に、私の心は完全に屈服した。激しい風圧の様な衝撃はなかった。それでも、私は心の底にまで存在する全ての熱を根こそぎ奪われた様な感覚に勝手に涙が溢れた。

 だが、この怨嗟は私に向けられた物ではなかった。背後で重い扉が開く様な気配を感じた。怖くて振り返る事が出来ない私は、それを確認出来ない。だが、それと向き合う事になっている正面の聖騎士は違う。

「え……、あ……?」

 呆けた様な声を漏らし、私達の背後へと視線を向けている。

 いるんだ。そこに居るんだ。それをはっきりと確信した。そして自覚した。背後に居て見えていない筈のその存在が、魔物以上の化け物が、魔獣が、怪物が、開いた門から姿を見せたのをはっきりと感じ取った。

「う、うあ……っ!」

 背後で、魔王という存在のはずのリリィまでもが怯える気配を感じた。いや、ここだけじゃない。鈴森くんの作った闇のドームで見る事が叶わない外側にさえ、恐怖が振りまかれているのをはっきりと解った。周囲から伝わってくるのだ。他人の恐怖が。全ての恐怖が、伝播して行くのが、はっきり解る。

 ついに怪物が、本物のモンスターが門を完全に潜った。誇り高き騎士も、不遜な魔術師も、長年を生きた屍も、何世代も受け継がれてきた魔王でさえも、ただただ恐怖に屈服させる、正体不明の怨嗟の化け物は―――! 次の瞬間に吼え猛た。

 声無き咆哮に、ついに私は魔力の操作を誤った。最も近くで怨嗟の化け物を感じて、完全に心が屈服した。いや、屈服しない事をこそ異常だとさえ感じた。これは、この化け物は、人が対峙して―――いや、同じ土俵に立ってはいけない物なんだと、心の底から認めてしまった。抗えない、抗いたくない、本物の恐怖に、私の全てが屈服した。

 だが、私はまだ優しい方だったのだと、目の前の現象が教えてくれた。そう、この怨嗟を直接ぶつけられた聖騎士長は、完全に魔法式を崩壊させ、剣を握る手にすら力が入らず、腰を抜かしてしまった。魔法によるつばぜり合いの中で、ありえない程の隙を見せ、みっともなく顔を歪めて泣き出したのだ。それを愚かとは思えない。無様とも思えない。ただただ恐ろしいと感じた。直接怨嗟をぶつけられると言う事がどう言う事なのかを思い知らされ、もう立ち上がれないほどのトラウマが私の心に根付いたのを自覚した。

「姫川っ!」

「は……っ!」

 名前を呼ばれ、我に返った。条件反射で魔力を操作し直す。完全無防備となった聖騎士長に、残りの魔力をありったけぶつけて吹き飛ばす。

 もはや防ぐ術もなかった聖騎士長は、稲妻に全身を焼かれ、大量に『精霊の加護』を消費しながら吹き飛ばされた。

 

 

 勝った。良く解らないが、姫川の魔法が突然不安定になったと思った瞬間、アインヒルツの魔法剣が急に力を失い、大きな隙を作った。おかげで俺達は勝つ事が出来た。アインヒルツは身体中に火傷を負った状態で伸びていたので、加護を全損したようだ。恐るべきは姫川の魔法か、リリィの魔力か……。なんか、途中、どうしても譲れない憎悪に支配され、冷静じゃなくなってしまった。なので、何が起きたのか細かい事が解らなかった。姫川は一体何をしたんだ?

「姫川……?」

「え……っ!」

 ずっと動かない姫川に声を掛けると、すごく怯えた表情で振り返られた。

 ああ~~……。さすがにあの状況は普通の高校生には怖かったのだろうか、僅かに涙も流れている。これには気付かないフリをしておこう。後で怒られそうだしな。っと、今度は背中に軽い衝撃が来た。振り返ると、呆然とした表情のリリィが俺の背中にしがみついていた。

「パパ……?」

「何故に疑問形?」

 しばらくじっと見上げてきたリリィだが、何かを確信したらしく頷き、安心したような表情で笑い、顔をすりよせて来た。

 一体何だ? 疑問に思ってたら今度は正面から胸を触られた。姫川が呆然とした表情で俺の胸に手を当て、こちらのか表情を窺う様に覗き込んでいる。

「鈴森、くん……、よね?」

「だから何故(なにゆえ)疑問形?」

 俺の問いには答えず、しかし、何かを確認したらしい姫川は安心したように吐息した。

「良く解らんけど……、とりあえず、解決って事で……良いのかな?」

 俺が苦笑いを浮かべると、「それで良いと思うわ」っと言った。

 頷いた俺は、自分で作った闇のドームが消えて行く中、逃亡の準備をする。

「リリィ、ドームが消えると同時に聖騎士長を投げろ! 混乱に乗じて逃げるぞ!」

「うん!」

 ドームが消え、俺達は飛び出す。残る課題は脱出のみ。だが、聖騎士長の無残な姿を見た所為か、恐怖と混乱に包まれた騎士団には、もはや俺達を止める気力すらないようだ。

 俺達は彩華を先頭に、街から脱出するのだった。

 

 

 

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