屋根を跳ぶ。
レーダーで先輩の位置を確認して屋根を跳ぶ。
どうやら俺が到着する前に夏凜が先輩と交戦しているようだった。とするならば、俺はまず夏凜との合流を視野に入れる。
「しっかし...対先輩の訓練をしておきたかった...訓練時代の経験と直近の訓練だけでどうにかなるかどうか...いや、成せば大抵......ダメだな。今の俺は大赦として勇者部に...先輩に対してある種の裏切りをしに行くからな...」
ぼやいていたら有視界範囲に2人を視認した。すぐ接触することになるだろう。
「昇!?」
「緋月!?」
2人の戦闘が一旦止まる。
俺から見て右が先輩、左が夏凜。
「霊札展開...夏凜、友奈や樹を呼びにいってくれ。先輩は大赦から命令された俺が止める。」
「はぁ!?何言ってんのよ!?いくらその札があるからって、今の風相手にどうこうなるもんじゃないでしょ!?やめなさい!」
「そうよ緋月、どきなさい!」
「聞けません。今の俺は大赦として先輩の前に立ってます。どうしても本庁に向かうというなら、俺の屍を越えてゆけ、とだけ言っておきます。」
霊札で剣を作る。両脚と左腕には霊札を巻く。そして周りには見えなくした霊札を数枚ずつ待機させておく。それだけでくっそ疲れるけど...
「あいにく仕事なもので...嫌になりますよねほんと、こんな歪んだ世界。」
「馬鹿、変な挑発して...あんたまさか死ぬ気じゃないわよね!?」
「バーカ。愛する夏凜ちゃん残して死ねるかよ。どっちかって言えば...殺す気かな。」
「...ひぃぃづぅきぃぃぃ!!!!」
ようやく挑発に乗ってくれた...先輩が振り下ろしてくる大剣を霊札の剣で防ぐ。重い。
「馬鹿、何また怒らせてんのよ!?」
「ぐ...作戦のうちだ!いいからとっとと呼びにいけ!俺か先輩が死ぬ前に止めたいならな!」
「死ぬ前って...あーもうわかったわよ!死ぬんじゃないわよ、昇!」
夏凜が戦域から離れるのを確認して、先輩から一旦距離を取る。あと数秒受けてたら完全に腕が痺れてた...ははっ、これマジ死ぬ可能性あるね。
「緋月!あんたは満開の後遺症のことは知ってたの!?前にも勇者がいたことを、知っていたの!?」
先輩から問が来る。
できるだけ、神経を逆撫でするように返すことにする。まぁ、いくら先輩を止めるためとはいえど、最低な行動ではあるかな...
「知っていた。と言ったらどうします?」
「...!なんで、教えてくれなかったのよ!」
「教えて何になりますか。戦力を減らしてバーテックスが撃退できなくなる可能性が大きいのにどうしてそんな事を言わないといけないんです?」
もう一度先輩の攻撃が来る。さっきより速く、重い。強い感情が乗っている証拠だ。
「言ってくれてたら...私はみんなを巻き込まなかった!勇者部も作らなかった!樹の夢が絶たれることも無かった!!!」
「そんなたらればの話...!」
強引に大剣を振り下ろして俺の体勢を崩しにかかってくる。札剣に力がかかった瞬間に剣の角度を変えて大剣を左に滑らせる。が、滑らせた大剣は左下段から返し斬りとして差し迫ってくる。
「それは無理...!」
札剣を札の状態に戻して俺は後ろに跳躍する。
「危ねっ...あの剣の重さはあんまり考慮しない方がいいな...自由自在に操れるものと思うと...」
思考はそれで途切れる。先輩の再びの突撃今度は札をまとった左手でどうにか受ける。正直に言うと札剣で受けたかったけど、時間がなかった。
「ねぇ緋月、どうして私も知らなかったことを知っていたの!?どうして...どうして大赦は私達を騙していたのよ!」
先輩の思い、感情、全部ある程度はわかる。
「一つ、先輩一人でバーテックスを殲滅するのは無謀の極みで俺も殉職まっしぐら!二つ、大赦の記録は書士部が主に管理していて、俺の所属はそこだから!三つ、騙してたんじゃない、黙ってたんだ!下手に真実を教えて怖がられたとしたらそれこそ勇者を選んだ意味が無い!」
札剣を右手に作って先輩に距離を取らせる。
「そもそも、樹の夢がどうこう言ってますけど、その樹がいなかったら世界は滅んでいますよ。奪われる夢すら、抱くことも叶わないまま!」
「それなら!樹が、みんなが苦しむのが世界を救った代償なら!こんな世界、壊れてしまえばよかったんだぁぁぁぁ!!!!」
大剣の連撃で俺は少しバランスを崩す。
その隙に先輩は最上段からの一撃を放ってきた。札剣でも防げないであろう渾身の一撃。
「シスコンも大概にしてください...!」
本当は出したくなかったけど、《叢雲》を右手に顕現して逆手に持ち、振り下ろされてくる大剣を
「なっ...」
「でぇぇぇい!」
消えていく大剣と動揺する先輩。
その隙に俺は《叢雲》を先輩の首筋に向けて振り下ろし、精霊のバリアを発動させる。
「切り捨て...」
《叢雲》を引いてバリアを切り裂き、左手に札剣を作成して...!
「御免...!」
札剣が先輩に届く、ことは無かった。
「ちっ...!」
舌打ちをして距離を取る。
先輩の第二の精霊、鎌鼬によってもたらされたくない状の武器で札剣を止められる。
「今の、何よ緋月...」
「勇者を殺せる剣ですよ。」
遠巻きだが東郷以外三人がこっちに来ている。そろそろ潮時だろう。
「まぁ、殺せるっていっても精霊のバリアを破壊することができると言った方がただs...!?」
説明の途中で右手に衝撃が走る。
(くないを投げてきた...!?って事は!)
「ひぃぃづぅぅきぃぃぃ!!!」
やっべ完全に怒らせた。
なんて楽観が俺の脳裏に浮かぶ。完全に油断していた。最初に展開していた札で妨害を試みる暇すらない。だったらもう、左手左腕に巻いている札の防御力にかけるしかないと思って腕を交差して防御姿勢をとる。
だがしかし、ここで不運が起きた。
それに気づいたのは俺の右腕に強い痛みを感じたからで、そのときには俺は苦悶の叫びをあげていた。何が起こったかを理解したのは先の三人の勇者が来た後だ。
「昇!?」
「ひーくん!?」
夏凜は膝立ちに崩れた俺の、樹は先輩の横に来て落ち着かせ、友奈は俺と先輩の間に立つ。
「何よ、これ...」
先輩の大剣から滴る紅い液体。
俺の制服のズボンを赤黒く染めていく液体。
それは血液。何らかの傷が無ければ体外にはその姿を見せないもの。それが俺の右肘から約8cmのところで大量に出ている。それはまぁいい。問題は、その先が
勇者部全員が青ざめる。俺もそうだ。
「ははっ...」
ついぞ乾いた笑いしか出なくなった。
「昇...あんたどうしてそんな...!風を止めるにしろこんなのって...!」
「痛い、よね、ひーくん。えっと、まずは救急車を呼んであげないと...!」
蒼白から立ち直った夏凜と友奈は各々の行動を取った後、残り二人が自失していることに気づく。
「私は...また...今度はほんとに...取り返しのつかない事を...う、うぅっ...」
先輩はもう止まった。
意図していない方法で止まらせてしまった。
本当なら、止めてくれる勇者部のみんなを見遣りながら『こんないい子達をほっとくなんて、ひどいですよ、全く。』的なことを言う予定だったのだが。まぁ、それでも園子様に戦わせるよりかはマシだろうと思った。
──先輩の一撃の防御をしたあの時、咄嗟の腕の交差は札を巻いている左腕ではなく、利き腕である右腕が上になってしまった。それが今回の事態を招いた原因だ。不幸な事故だ。そして、右腕に札を巻いていなかった俺の怠慢だ。
「ははっ...」
二度目の乾いた笑いは自嘲気味にこぼれた。
めちゃくちゃ痛い。
先輩の慟哭がこだまする。
持っていかれそうな意識をつなぎ止める。
樹は姉の慟哭を受け止めていた。
変な汗が出ている。
友奈はまだ少し、気分が悪そうだった。
身体が仰向けになるように倒れる。
夏凜がそれを受け止めてくれた。
「ははっ...」
三度目の乾いた笑いは、オレンジ色の空と心配そうに俺の顔を覗き込む夏凜の顔を見てこぼした。
「生きてるならオールオッケーだよ...ありがとな、夏凜。お前との訓練、超役に立った。」
本心がこぼれた。
「馬鹿...何変に陽気なのよ...!」
夏凜の声もまた震えている。でも、とりあえず万事解決となった。あとはやってきた救急車に身を預けよう。いつもはけたたましく聞こえるサイレンにこんな安心感を覚えることになろうとは...
でも、それは一瞬で砕かれた。
「......あれ?サイレンが止んだ?もしかしてここから近いところで事故があったとか?」
違う。空を見ている俺は微動だにしない飛行姿勢のカラスを見つけている。つまり──!
◤◢◤◢特別警報発令◤◢◤◢◤◢
聞きなれない、そしてより危機感を煽る警報がスマホから鳴った。それは樹海化を意味する。
「なんで、なんで敵が来るのよ!?」
夏凜の叫びは虚しく、世界は樹海となった。
樹海となってしまったのだ。