停止した時間の中で時系列も何も無いですが...
樹海化。
それは神樹様の結界を破って壁の内側に入ってきたバーテックスに対して行う人類への防衛策。
それが起きたということは全滅させたはずの敵が再来してきたということになる。
「冗談じゃないよ...こちとら折れちゃった先輩がいて、腕持ってかれた記録者がいて...現状今ここにいる三人の勇者しか戦力はいないんだよ...そういえば...東郷は...?東郷はどうした。」
スマホはいつも右ポケットに入れているから取り出すのも一苦労...とはいえどうにか取り出した俺はレーダーを見る。夏凜もそれを一緒に見て...
『何、これ...』
俺と夏凜でハモった。いつもは青いはずのレーダーが、敵を表す赤で覆われていくのだ。それも点ではなく、面で。辺りを見回す。まだ寝っ転がった状態だけれども、樹海の空には星が煌めいていた。あるはずのない星が、蠢いていた。
「冗談じゃないよ...っとと...」
「ちょっと、何してんのよ...」
立ち上がろうとするもバランスがとれない。夏凜が左から支えてくれたからなんとか立てたというレベルだ。意外と腕というものは重いらしい。
「あれ、全部敵だね。迎撃しないとダメだ...」
「えぇ!?見た感じ一万体はいるよ!?」
友奈の驚愕はもっともだろう。だが、最悪なことはなにも一つだけではない。
俺の赤黒く汚れた制服の裾を誰かが引っ張る。振り向くとそこには樹がいた。樹はただ、スマホの画面を見せてきた。その画面には本来そこにはない線が入っている壁と、その近くにいる勇者反応が映っていた。その勇者は残り一人の勇者、東郷美森であった。
「東郷さん!?」
友奈がそれを認識するや否や向かってくる小型バーテックスを蹴散らしつつ東郷の所へ向かった。
「待ちなさい友奈!樹ごめん!昇をお願い!」
夏凜から樹に身柄を持っていかれた俺は一瞬ふらつくも樹に支えられなんとか両の足で踏ん張る。
「ホントは俺も追いかけたいけど...そうも言ってられないのが現状かなぁ...」
《昇先輩は休んでいてください。お姉ちゃんをお願いします。》
俺のつぶやきに樹はモールス信号で返してくれた。教えたかいがあったなぁと思ったが、そんな感傷に浸るのはあとだ。まずは神樹様に向かおうとしている小さい敵を殲滅する。
「そうも言ってられないよ...あと名前で呼んでたっけ俺のこと。」
霊札で右腕っぽいものを作っていく。
ちょっと軽いが、ないよりかは全然いい。
《いえ、呼んでみたくなっただけです。》
腕を作り終えた後にそんな返答がくるもんだからこいつめとも思ったけれども、やはり敵の掃討に意識が割かれる。
「そうかい...やるぞ樹...ここを最終防衛ラインとする。向こうに行くまでに二人がある程度殲滅してくれてよかったよ全く...!」
正直右腕はまだまだ痛いけど、それでも何もしないで痛ませているよりかはアドレナリンを分泌させる戦闘状況に身を置いたほうがいいという判断だ。故に、ここからが正念場。
札剣を作り、樹海に線を引く。
「残念だけどこっから先は...通さねぇ。」
夏凜と芽吹との訓練で染み付いてしまった二刀流、披露してやろうじゃあないか...
───────
どれほどの時間が経ったろうか。
停止した時間の中で時間を考えるのは野暮かとも思いつつ、痛み続ける右腕を、少し重く感じる左腕を振って振って、敵を斬って斬って...気づいたら札で作った急造の右腕は真っ赤になっていた。
「冗談じゃねぇ、よ...!?」
気づくと身体が宙を舞っていた。それは樹のワイヤーで絡めとられたのだと理解するのには時間を少し要したが、それはさっきまで俺がいた場所に敵が上から群がってきたことで思い知らされた。
「サンキュー樹、助かった...っとと...」
流石に出血が多すぎたか。ワイヤーがほどかれたら膝から崩れ落ちてしまう。もう立てない。
樹一人では捌ききれない量の敵がくる。必死に樹は俺を護ってくれてはいるが、物量には耐えきれない。そして、遂に敵が樹の防御を抜けて俺の元にきた。《叢雲》を権限する余裕もなく...
──あぁ、死んだな...
戦闘で俺はアドレナリンマックスだったため、一周まわって冷静にその状況を理解していた。おかげで口らしきものを広げて俺に向かってくる敵の姿が目に焼きついて...それは目の前で両断された。
「っ......生きてる...」
生命の実感。
その次に状況の理解を試みる。
するといつのまにか、さっきまで放心状態だった風先輩が俺の前に立っていた。
「...ごめん緋月、遅くなった...」
「...謝るなら樹に謝ってくださいよ。でも...ありがとうございます。助かりました...」
お姉ちゃん、と樹の口が動く。
「待たせてごめんね、樹。ここまでありがとう、私の自慢の妹だ。でももう大丈夫よ。...さぁ、犬吠埼姉妹の女子力、見せつけてやろうじゃない!行くわよ、樹!」
先輩の声に樹が頷く。神樹様の防衛ラインはこれで強化された。基本非戦闘員である記録者では限界がある。今まで保っていたのは奇跡というべきものだろう。とはいえその奇跡だけでは状況は変わらない。悪化させないぐらいが精一杯だ。
「だったら俺は...東郷の所へ行かないと...」
壁を壊したであろう張本人、東郷美森の元へ向かおうとスマホのレーダーを見る。夏凜も友奈も東郷もいない。一体どこだ...
そう思った瞬間、レーダー反応が現れる。夏凜と友奈。そして倒したはずの乙女型バーテックス。思う所は山ほどあるが、まず真っ先に思いついたのはやはりこれであった。
「復活ですか...冗談じゃねぇ...」
ちょっと前に冗談っぽく言ったエターナルΩは
「壁を壊したくもなる、か...」
緋月昇は壁の外を知らない。
だが、この状況は彼に否応なしにそれを知らしめた。壁の外はこの世とは言えないと。
「とりあえず...夏凜と友奈の所へ行って情報収集かな...やれやれ...」
生きていられるかよくわからない状況の中、緋月昇は敵をかいくぐり、前線へ向かっていった。
次回、第29話「大輪の絶望」
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