緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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これにて結城友奈の章に相当する部分のお話は完結です。では、どうぞ。


第33話 おかえりなさい

翌日、友奈が目覚めないモヤモヤを抱えながら大赦に出向する。一つは霊札を受け取るため。もう一つは園子様に会うためだ。

 

「では、霊札400枚確かに受け取りました。」

 

一礼して呪術部から出る。まさか霊札が呪術部の製作物とは微塵にも思わなかったけど、どうにかゲットできたからまぁいい。早速偽装を外して腕の形に霊札を束ねる。ぐーぱー。

 

「ふぃー...ちょいとラグはあるけどとりあえず腕になったな...よしよし。」

 

再びぐーぱー。

スマホを持って春信さんに連絡を入れる。園子様の居場所がわからない。連絡先もないからなぁ...

 

「はい、三好です。園子様は今は医療棟最上階におられますよ。」

「あ、はい...わかりました。」

「すいません緋月君、これで失礼します。」

 

つー...つー...

 

「春信さん...大変なんだなぁ...」

 

 

───────

 

 

大赦本庁医療棟。

余程のことがない限り大赦の人間すら入る機会がない閉ざされた場所。

 

春信さんが先に根回ししてくれたおかげですらすらと面会の手続きも終わり、最上階に向かう。

 

「すぅ、はぁ...」

 

一つ呼吸を置いてからスマホに映ったQRコードをロック端末にかざす。

 

ピピッという電子音とガチャリというロック音。静かな最上階にそれが響き渡る。ノックもまたその例外ではない。

 

「よし...失礼します。緋月です...」

 

病院にしては珍しく(厳密に言うとここは病院ではないが)スライドではない内開きのドアを開けて中に入る。目の前のベッドには園子様が...いなかった。

 

「ふぇ...?園子様?」

 

ベタベタ展開ならカーテン伝いに窓から脱出しそうなものだが...ここは最上階...

 

「やっふぇい!のっぼるーん!」

「へぐぅ!?」

 

そんな思考は園子様に後ろを取られて全部吹っ飛んだ。後ろ...!?一体どこから!?

 

「ドアの死角に隠れてたかいがあったんよ〜。」

「さいですか...我ながら不覚でしたね...して、園子様...いつまで俺にひっついてるつもりですか...?」

 

そう、今後ろを取られた俺は園子様にべったりひっつかれている。しかも左腕に。霊札分解して逃げられないじゃないか!

 

「んー、歩けるようになるまでかなぁ、あそこに松葉杖があるでしょ?そこから飛びついちゃったからね〜、私今丸太なんよ〜」

 

その時、緋月に稲妻走る!

 

これは完全に狙ってやってる...間違いない...

 

「つまり...ベッドに運ぶか松葉杖のとこまで連れてくかの二択...に見せかけた私をOFUTONに連れてって奴だろ!?」

「お〜、そこまでは考えてなかったよ〜、でも連れてって〜」

 

自爆。多分一生この人には勝てない...いろんな意味で絶対勝てない...乃木園子...恐ろしい子...!

 

「わかりました...」

 

踊らされた俺は園子様をお姫様抱っこしてOFUTON...もとい医療用ベッドに寝せる。

 

「ありがと〜のぼるん。」

「いえ...」

 

そこから会話が途切れる。話すことも...実を言うとそんなにない。

 

「のぼるん、腕、大丈夫?」

「あぁ、はい。持ってかれましたけど、霊札で腕っぽい何かは出来るので。」

そういうことじゃないよ...」

 

小声で聞き取れなかった。

でもきっと聞き返すのは野暮だ。

 

「いいんですよ、死ななかったんで。」

「...そうだね...じゃあのぼるん。これから敬語禁止するんよ。」

「何故に!?一応聞きますけど拒否権は!?」

「もちろんないんよ〜」

 

しんみりとしてた雰囲気から一転、園子様による謎宣言。しかも強制。

 

「...マジか...」

「ふっふー。いっぱいおしゃべりするんよ〜」

 

 

───────

 

 

それにしてもどれだけの時間が経ったのだろうか。もうとっくに太陽は沈んでいる。

 

本当にどうでもいい他愛もない話ばかりしていた気がするが、流石にそろそろ疲れてきた。

 

「ねぇ、のぼるん。ミノさんのこと、どれぐらい知ってる?」

 

いきなり声のトーンを下げて園子様が言う。

 

「三ノ輪銀様...俺が知る限りはバーテックス三体を命と引き換えに撃退したとしか。」

「そっか...最近ね、のぼるんがたまにミノさんに重なって見えるんよ。」

「何故に?」

 

記録にあった三ノ輪銀の遺体の情報は右腕が欠損していた。いや、園子に限ってそれだけで重ねるわけはないだろう...だから何故だろう。

 

「のぼるんってさ、誰かを守るために結構頑張っちゃうタイプだよね。」

「...どうしてそう思う?」

「その右腕、バーテックスに食べられたって、嘘でしょ?」

「お見通しか...」

 

そう。俺は春信さんに報告する際に、この腕はバーテックスに食われたものとした。真実は違う。

 

「そういうところ、ミノさんそっくりだよ。」

「そうなのか...」

「でも周りの人をほっとけないわけではなさそうなんだよね、のぼるん。」

「...それは夏凜の領分かな。」

「夏凜ちゃん...確かミノさんの端末を引き継いだ勇者だったよね。」

「あぁ...そう思うと俺と夏凜二人でそうなのかもしれないな...」

 

二人合わさったら、なんて結構無茶な仮定だけど...悪くはないかなと俺は思う。

 

「そっか...じゃあずっとミノさんに言いたかったこと、のぼるんに言っていいかな。」

「いいんじゃないかな...」

 

そう答えると園子は一瞬躊躇して、一呼吸置いてから一言だけ言った。

 

「おかえりなさい。」

 

これに俺は何か言うべきか、ただいまと言うべきか、少し悩んだ。でも、答えはすぐに出た。

 

「ただいま。」

 

 

───────

 

 

思えばあのやりとりは二度目だったと思う。

 

『おかえり』と『ただいま』。

帰ってきたよ、待ってたよ。

 

それだけで、心地がいい。

その心地を余韻に残しながらまた数日が経った。

 

友奈はいつ目覚めるのだろう。文化祭はもう少しで来てしまう。

 

そんなちょっと焦った思考を冷ますように、携帯の通知音が鳴った。差出人は東郷。

 

『友奈ちゃんが目覚めました!』

 

あぁ、と思う。ようやくか。

 

『おかえりなさい』

 

そう打って送信したら、何故か涙が零れてきた。何も悲しくなんてないのに。嬉しいのに。

 

「昇もそんな顔するのね、ひどいわよ。」

 

家にいた夏凜が揶揄してくるが、夏凜だって人のことは言えないほど涙声だ。

 

「うるせー...そういう夏凜だって...」

「私は泣いてないわよ!泣いてないわよ!」

「いや、誰もそんなこと言ってないから。」

 

結果、二人して嬉し泣き。

 

「これで、ようやく終わった...」

 

そう、これでようやく讃州中学勇者部の戦いは終わったのだ。

 

 

───────

 

 

文化祭当日。

 

俺は讃州中学ではなく大赦本庁に呼ばれていた。

 

「緋月昇、到着しました。」

 

内容は辞令の交付。異動とは穏やかでは無いなとも思うけれど、記録者としての仕事も終わったのだからさしてほどの不安はない。

 

「緋月昇、あなたには十月一日より、大束町にあるゴールドタワーにて、『防人』の活動の記録を行いなさい。」

「SAKIMORI...ゲフン、防人、ですか。」

「詳しいことは後日伝えます。」

「...わかりました。緋月昇、受領しました。」

 

辞令を受け取り部屋を後にする。

ゴールドタワーへの転属、『防人』と呼ばれるものの活動記録。またいろいろ立て込んできたなと思う。とはいえ転属の日まで約ひと月弱...それまでは勇者部と日常を謳歌できそうだ。

 

「...でもこれで文化祭すっぽかしちまったからなぁ...しゃあない...どら焼き買って差し入れるか...」

 

 

───────

 

緋月昇は記録者である

ー勇者部と記録者ー

 

 




ふぃー...一つ大きなくくりが終わったぞ...

次回、第34話「昇と夏凜と大赦と部活」
感想、評価等、お待ちしてます。


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