大赦本庁に出向せねばならないがまずは病院に向かう。先の電話をどうにか切り上げ、本庁に行くことを確約したからこういうことが出来る。故に迎えは来るらしい。だが先のことよりもまずは先輩が不安である。死んではいまいな...
日が沈んだ冬の街を駆ける。
病院に着いたのは勇者部の中で最遅であった。
「やっと来たわね昇...」
「火付けっぱで外出られるかってんだ。夕飯の支度してたら遅れちまうのはしゃあないだろ...まぁまだルーは入れてないけど...」
遅れた経緯に嘘はない。真実も無いが。
だがそこからまだ時間が徒に流れる。
轢かれる様を眼前で見たであろう樹は憔悴してるし、そうでなくても勇者部全員、ことさら友奈は沈痛な面持ちだ。俺も俺でこの後の仕事の内容の推測を重ねては嫌気がさしてくる。
誰も何も話さない。
病院だからというのもあるだろうが、やはり何かを話す、出力するという動作に割くエネルギーを持ち合わせていない。そんな余裕などこんな優しい子達にはないのだ。
そのせいか、冷たく静かな時間の中へ放り込まれた乾いた滑車の音はよく響いた。
「あいたたた...ほんと迷惑しちゃうわ...」
身体の各所を固定され、あの時の園子様ではないにしろ包帯ぐるぐる巻きの風先輩が医療用担架で運ばれてくる。
「お姉ちゃん...!」
『風先輩!』
駆け寄る少女達。
先輩の怪我の様子を見ると正月までに退院できるかどうかというところだ。受験生にはきつい。クリスマスも病院で過ごすことになるだろう。
だが。精霊バリアが発動してこれということはいよいよ悪い予感は予感から確信へ変貌を遂げる。
「のぼるんはまた考え事してるんよ〜。」
「全く、私がこうなってるってのに別のことにうつつを抜かすとは!」
「...あぁ...夕飯まだ完成してないですから...」
これはまたうまいカモフラージュになったものだ。夕飯だけに。
「それはともかくとして、生きてて何よりです。...よく生きてましたね。」
「酷っ!?」
「冗談です。そうでなきゃ今頃夕飯を完成させてますよ...安心して食べられそうです。」
「ちょ...」
「諦めなさい、風。昇はこんなのよ。」
「緋月君はお父さんっぽいわね。」
「褒めても何も出ないぞ...」
その後先輩の入院手続きをするため樹は病院に残り、その他は解散となった。
「道路交通法違反...許せない。精霊は何をやっていたのかしら。」
「そこか、いやそこなのだろうけど...でもあれだけ先輩懐いていた犬神が何もしないとは考えがたいな...はぁ...」
赤信号に引っかかる。
右手側から黒い車がやってくる。
「迎えか。」
「迎え?まさかこれから大赦に?」
「そういうことだ。というわけで夏凜、カレールーを入れて焦げ付かないよう定期的にゆっくりかき混ぜながら中火で煮込め。1人が寂しいと思うが夏凜ならできる。園子、東郷、友奈、心配になったら行ってやってくれ。量はあるから。」
「寂しくなんて無いし心配される筋合いもないわよ!はぁ、いってらっしゃい。」
「ビュオォォォォウ!」
「うっさい!」
黒の車に乗る。
行先はもちろん大赦本庁。
「さて、長い夜になりそうだ。」
───────
本庁に着くと、やはり呪術部は閉鎖されていた。それだけでなく、本庁全体がいつもより重苦しい。確実に何か大事が起きている。確信は確証に変わった。
「緋月昇様ですね。」
様付けされて妙な警戒心を持った。
その声の主は芽吹達と共にいた女性神官だったからだ。だが冷静になると様付けされるほど俺が重要視される仕事があるということにもなる。
「こちらへ。」
神官に促されるまま大赦内を移動する。
移動した先にあったのは神官用の装束だった。だが、装束そのものが祀られているというのは不可解というかえ触れ得ざるもののような気がする。
「貴方のお役目には今後、この装束が必要不可欠となります。」
「不可欠...ですか。前に辞令をもらった結城友奈様の様子の記録に繋がるものですか。」
「はい。」
きっぱり言われた。あれ以来音沙汰無かったからどうしたものか考えてたところだ。実際わかる限りでの記録はとっているけれども...
「この装束は霊札とほぼ同質の素材でできています。霊札ほど自由度はないにしろ、有事の際にもいかばかりかの対応は可能かと。」
「...霊札で十分なのに何故わざわざそんな心配を...それに霊札とほぼ同質ということは神樹様の霊力が込められているということ...まるで精霊バリアですね。あれほど直接的でないにしろ。ということは...神樹様由来の防御というか、加護が必要な仕事というわけですか。」
「その通りです。」
そうなるのか...これじゃまるで霊札にくるまれてるかのようだ...《叢雲》のように。
待てよ、《叢雲》のように...?
天の神由来の何かが友奈にあるということなのか?それとも俺に?そもそもなんで俺が《叢雲》を扱えるのかは誰も知らないし知ってたとしても教えてはくれないだろう。記録を漁ればあるだろうけど検閲されてる可能性もあるし...
「そう、ですか...」
思考の奥底から絞り出したのはこれだけだった。これから先は考えても仕方ないのだが。
「これを貴方に授けます。時が来ましたら追って連絡致します。その時が、貴方の御役目の始まりです。心するように。」
まだ伸ばすのか...それほどまでに慎重なのか単に準備ができてないのかはたまたその両方か...いずれにせよ返事はこうだ。
「わかりました。」
───────
って、返事したはいいけどあれ以来また音沙汰なくクリスマスイブになってしまった。俄然先輩は入院中、夏凜はなんかサンタ装束を勇者部部室から引っ張ってくるし...なに、着るの?
「着ないわよ。帽子くらいは被っていくけど。」
「へぇ...俺もたまには見舞いいくかな...そろそろ俺が来ないって先輩が夏凜に愚痴り始める頃だろ。」
「残念、とっくにもう愚痴られてるわよ。」
「おおう、しゃあない行くか...」
しかし着信。しかも仕事用の端末にだ。
「はぁ、悪い、仕事だ...」
「間が悪いわね...」
「まぁ先行っといてくれ。」
「わかったわ...」
夏凜が出発したのを見て電話に出る。
「はい、緋月です。」
その電話は、時を告げる電話であった。
───────
「いつも思うけどこの仮面、ちゃんと前見えるんだよな...不安だけど......あぁ、見える。よくわからん構造をしているよほんと...」
傍から見れば完全に大赦神官である。
家を出て、雪が降る暗い道を傘をささずに歩く。病院へ向かう道を歩いているが、何も病院に行くためではない。通り道なだけだ。
クリスマスイブなだけあってきらびやかな明かりが街を灯している。この格好は目立つから明かりが当たる表通りは歩けない。
だがそのおかげで、想定外ではあるものの目的をほぼ達成することになった。
「...泣いている。」
うっすらと雪が積もる地面の上にうつ伏せに倒れ、涙を流す赤い髪の少女。
間違いなく、結城友奈であった。
「滑って転んで泣くなんて、幼子じゃああるまいし。怪我してないか、友奈。」
「あぅ......その声、ひーくん...?」
咄嗟に声をかけたが格好を忘れていた。
そうだ、今の俺は大赦神官そのものだ。
「あぁ、そうだ。」
仮面を外す。御役目という点ではあまり良くないことだがここは記録者としてではなく1人の友として、結城友奈に接することとすればまぁ、いいだろ。御役目の外の存在だ。勇者部の緋月昇は。
「ひーくん、ほんとに大赦の人だったんだね。」
「どういう意味だよ...ほれ、傘だ。」
霊札で傘を作って渡す。
「ありがとう、ひーくん...」
「夜道は危険だ、送っていくぞ。」
装束が霊札と同様の素材であるということは、上手く調整すれば装束を透明化させることができるということに気づいたのはその時だ。中にちゃんとジーパンとシャツを着といてよかった。これでまぁ、どうにか人目を気にしないで済むだろう。
「...ひーくん、寒くないの?」
「...寒い。」
人目の代わりに防寒を犠牲にはしたが。
───────
「送ってくれてありがとう、ひーくん。また明日学校でね。」
結城家の前に着く。さて、では仕事だ。
「そうは問屋が卸しません、友奈様。」
「様?ひーくんどうしたの...?」
装束の透明化を解除し、仮面をつけて友奈を見据える。友奈は訝しげにしている。
「結城友奈様。大赦本庁及び書史部より貴方様に、大事なお話があります。」
「え...えっと、その...まずは上がって...あぁでもお母さんに言わないと...」
「その必要はございません。」
俺と友奈以外の声が結城家玄関から聞こえた。間違いない。あの女性神官だ。
「お帰りになられたのですね友奈様。ご両親には既にある程度のお話はしております。」
「そ、そう、ですか...じゃあ、ひーくん、上がって。」
「はい。」
友としての姿から大赦としての姿に早変わりした俺を見た友奈はやはり動揺するだろう。
俺も心が痛い。だが、御役目は始まってすらいない。あまりにも俺がやるには重すぎるが、俺以外にはできないらしいこの御役目。
「覚悟を決めろ、緋月、昇...!」
仮面の裏で呟いて、御役目についた。
記録者の任、再びである。
その内容は耳を疑うものだ。
道徳的にどうなのだとも思う。
だが適任は俺だけらしい。
「それで、ひーくん、お話って...?」
友奈の部屋に通される。本来ならば夏凜も連れてきたいところだが状況が状況だ。
一呼吸置き、土下座の形を作り、言う。
「恐れながら、単刀直入に申し上げます。」
間ができる。御役目の内容だがこれをどう言えというのだ。年頃の女の子に言うことではないことというのは確かだ。
「友奈様、御背中をお見せ願えないでしょうか。」
精一杯でこれだ。友としてのノリなら『仕事で必要だから脱げ、背中だけでいい。』とぬかすのだがやはりそうはいかない。
「背中...?いいけど、なんで...?」
このままだと普通に背を向けられて終わりだ。しょうがない、リスクは高いが直球勝負だ。不都合起きたらその場で乗り切るしかない。
「友奈様の、■■■の進行を確認及び記録するためです。」
友奈の顔色が変わる。何故知っているのかと。そうだろう。ずっと隠していたのだから。
「ダメだよ、そしたらひーくんが...」
「承知の上です。」
「だったらもっとダメだよ!」
やはりか。自分以外をことさら大事にする友奈にとって、■■■は苦痛以外の何者でもなく、枷以外の何者でもなく、また否定以外の何者でもないのだ。辛いなんてものではないだろう。
だから。
「落ち着け友奈...!」
ここは友として友奈に言わねばならない。
仮面を外して友奈を真っ直ぐ見据える。
「危険は承知だ。だが、仕事なんだ。それに無理やりやったところでお互い不幸なだけだ。協力してくれ。...あまり確証がないことは言いたくないけど、それでも記録を取らせてくれたのなら、絶対助けてやる。」
強い眼差しを友奈に向け続ける。
「だから頼む。背中だけでいい。抵抗はあるかもしれないけど、見せてくれ。友奈を助けるために記録しなきゃならないから。」
「......それでもダメだよ、ひーくん。」
だが友奈の意思は固く閉ざされ。
第2の手段に出ざるを得なくなった。
「そう、か。まぁそうだな、確かに見たら俺は死ぬかもな。実際大赦呪術部は■■■があると報告しようとしてほぼ全滅したらしい。霊札ももう増やせなさそうだ。そんな状況をわかってて大赦は俺を差し向けている。大赦だって無能じゃない。呪術部の犠牲の中で俺という回答を大赦が導いた。そう考えたら、俺は別に死ぬにしても大赦を恨むよ。お前らの見立てが甘かったってな。」
はは、と自嘲気味に笑う。
友奈なら自分自身を否定するようなことを言う友人は放っておかないという読みからくる良心につけ込む姑息だが確実な手段だ。
「違うよひーくん、私は...!」
「死んでほしくない苦しんで欲しくない、自分のせいで嫌な目にあってほしくない、だろ。」
「...っ!」
今の友奈は他人第一の性格に付け込まれた状態だ。いつか必ずつけ込まれると読んでいた強さであり弱さとなる部分に。
こちらの良心も痛むが、有無を言わせない為にも畳み掛けるしかない。
「いつか言ったよな、友奈は全て受け入れ、全てを護るって。でも全部は重すぎる。半分くらい、俺にも背負わせろ。俺は絶対に死なない。さっきも言ったが大赦はそう思っていて、俺もそう思うからここにいる。だから。」
「ひーくん...」
友奈の肩に手を置く。少し震えていて、それでも優しい温もりを感じる。この暖かさを護らねばなるまいと俺は思った。
右手を滑らせて友奈の頭を撫でようとする。その時だ。霊札で出来た右手を介して何かしらのイメージが直接脳に送り込まれたような、そんな感覚がした。
「...っ!?」
思わず友奈から飛び退く。今のはなんだ、燃えたぎる焔のようなあのイメージは...
「静電気...?」
「...んあ、あぁ...そうだな...」
友奈は静電気と感じたようだが俺は違う。もしかしたら...背中すら見る必要はないのではなかろうか。だとしたら楽やもしれん。
「ちょっと失礼...」
右手で友奈の手を掴む。すると、友奈の中から神樹様由来の霊力を感じた。そしてそれだけでなく、全てを灼き尽くす焔のような、そんな力も感じて...これ以上はまずいと本能的に感じて手を離す。
「ひーくん...?」
「...なるほど大赦はこのために俺を送り込んだわけか...確かに俺しかできない...」
「え...?」
きょとんとする友奈。確かに友奈にはわからないであろう。だがしかし、俺は霊札を、神樹様の霊力の一部を使役することが出来る。
だからわかった。いや、霊札を介さないとわからなかったと言った方が正しい。
今の友奈は、ほぼ神樹様がつくったものでできている。それゆえに天の神の■■■を耐え忍ぶことができている。そして、その■■■は俺にもいずれ降りかかる。
持ってきた書類に一通り筆を走らせた後、仮面をつけていかにも神官のように部屋を出て、友奈の両親に一礼してから結城家を出る。
「さて、ここからは時間との戦いかな...」
じりじりと焼けるような痛みが心臓のあたりに巣食っている。耐えてやるさ、友奈を助けるためにも。その程度の覚悟ならとっくにできてる。だが、友奈が耐えられている理由はわかるが、何故俺も呪術部の人間みたく即死しないのだろうか。
「まぁいい...死なないならな...」
自分自身に謎が残る。
そんな俺を冷たい星空が見下ろしていた。
次回、第49話「蝕みの■■■」
感想、評価等、お待ちしております。
今年の感想は今年のうちに欲しいのです。
来年もよろしくお願い致します。