緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第55話 そうして人は

天の神の脅威は去った。

同時に、神樹様もいなくなった。

これから人間は、人間として神に頼らず生きていくことになる。

 

神によって支えられていた生活は終わったのだ。それは人を不安にさせるのには十分だろう。さらに追い討ちをかけるように、神に仕えていた人間は軒並み人としての姿を失っていたのであった。

 

「神樹様の消失、大赦の崩壊、今の四国は無法地帯と言っていい。大赦の残った人員でどこまで手が回るのか...」

「それは君が気にしなくてもいいことだよ、緋月君。君は、もう十分頑張った。あれから一週間、そろそろ君も休みたまえ。」

「春信さん...」

「君たちに任せることしかできなかった大人からしてみれば、今ようやく君たちにちゃんとした学生生活を楽しんでもらえるようなときが来たんだ。あとは大人に任せてくれ。」

「...わかりました。」

 

現在大赦は春信さんと安芸というあの女性神官だった人の二人が主に切り盛りしている。とはいえ人手は足りず、毎日てんやわんやらしい。片腕の俺もこの一週間ひたすら書史部記録課臨時課長として書類と格闘していたわけだけど...流石に春信さんから休みを言い渡された。

 

「あぁ、緋月君。すまないが最後にこの封筒を園子様に。開封厳禁だよ。」

「重要そうなものですね...わかりました。一日休んでまた来ます。」

「こらこら。君はここから少なくとも一年は休暇だよ。記録者緋月昇。これその証明書。」

「へ...?って勝手に決めましたね...」

「君は学生なんだから。しばらく大赦のことは忘れてくれ。それに、夏凜に料理を作るのは君なんだろう?一週間とはいえ君もほぼほぼ帰れてないんだ、そろそろ夏凜が君のご飯を食べたがってる頃なんじゃないか?兄としては、コンビニ弁当も品薄になってきたこのご時世にまだ妹がそれを食べ続けているのは心配でしょうがないよ...」

「それ言ったら普通の食料品もですよ...!わかりました帰ります!この封筒届けたらいの一番に帰りますよ!...ありがとうございました、春信さん。しばらく、お元気で。」

 

大赦に入って初めての長期休暇であった。

これから何をしようか。

 

 


 

 

ところ変わって乃木家前。

いつ見ても無駄に大きいこの屋敷。乃木家3人と使用人数人がいたとしても持て余しそうな、そんな豪邸である。

 

「大赦書史部記録課臨時課長、緋月昇です。園子様にお届けものがございます。」

「それでは、どうぞこちらに。」

 

玄関前で素性を告げ、中に通してもらい、客間まで案内してもらう。数刻後、園子が来た。

 

「のぼるん久しぶり〜臨時課長なんて出世だね〜」

「臨時だよ臨時...これ、春信さんから。」

「封筒...そっか、春信さん、探してくれてたんだ。」

「探す...?」

 

探す...何をだ...?

 

「あー、のぼるん、シャワー浴びてくるといいんよ。このままにぼっしーのところに帰ったらなんて言われるかわかんないよ?」

「やっぱり女の子はそこ気にしますよね...お言葉に甘えて少し流して来ます。場所は...」

「こちらにどうぞ。衣服もこちらで洗濯致しますので。」

「まって、だとすると替えは?」

「準備させていただきます。」

「あらそう...まぁいいやじゃあもう休暇もらっちゃったしお言葉に甘えまくろう...」

 

そこに一種の諦めを緋月昇は覚えたのだった。

 

 


 

 

シャワーを浴び終え、なんかよくわからんが礼服っぽい服を渡されて(なんでも男子用のはこれくらいしかないのだそう。というかこれ男装用の服じゃないこれ)着替えてから客間に戻る。

 

そこには封を切られた封筒とその中身だけがあった。園子の姿はない。

 

「園子...?どこいった......」

 

察するに封筒の内容が原因だろう。

本人の許可なく見るのはどうにも気が引けるが、園子に限って客人を放置するようなことはしまい。乃木園子はお嬢様だ。

 

「......」

 

封筒の中の書類に目を通す。

春信さん直筆の報告書だ。

 

「失踪した大赦神官の名簿...」

 

失踪という表現が正しいのかは不明だが、大多数の大赦神官は麦となったらしい。何を言ってるんだと思うだろうが俺もそう思う。人が麦になるわけないだろ。だが現になってるんだからこう、どういう風に説明すればいいかわからない。死亡...というのもなんか変だ。肉体が完全に無くなってる以上、死んだという状態の証明ができない。大赦という役所では失踪というのが無難なとこなのだろう。

 

「...乃木...」

 

五十音順に並んだ名簿の真ん中辺りでその苗字を見つけた。どう見ても、園子の両親に違いない。

 

「...くそっ...まだあの子は辛い目にあわなきゃなんないのかよ...!」

 

名簿を封筒に戻し、園子に電話をかける。だだっ広い乃木家だが、着信音が鳴ればどこの方向から来るのかはだいたいわかる...

 

と思ってた時期が俺にはあった。よくよく考えると電源OFFもといマナーモードにされてたらこの手は通じない。

 

「出ねぇ...まぁ普通そうだよな...」

 

それにきっと心傷は深い。

俺がどうこうできるものでもなさそうだし...だけど...最後の戦いが終わって俺が目覚めるまでの園子の取り乱しようがすごかったって夏凜が言ってたし...やはり不安でしかない。

 

「...記録者の性か...」

 

廊下で足音が反響する。

あてもなくふらふらと歩いて園子がいるところにたどり着けるはずもない。

そんなのわかってる。だが俺は何かわからないものに後押しされて動いている。

 

目で見て耳で聞いて記録する。

それを突き詰めれば、目で見なくとも耳で聞かなくともある程度はわかる。今の園子がどこにいるのか...

 

「あだぁ...」

 

が、その深い推察の領域に入ると周囲への注意が散漫になり、壁に頭からぶつかる。

 

「んー...考えてもしょうがないか...」

「すっごい音...あれ、どしたののぼるん。」

 

するとその隣の扉から少し目を腫らした園子が出てきた。

 

「頭から壁に当たってな...園子こそ、目を腫らしている。いいよ、何も言わんでいい。」

「...うん。」

 

弱々しい返事を聞いたタイミングとスマホが鳴動したタイミングは一緒だった。間が悪い。

 

「失礼...って夏凜か。もしもしー」

「あぁ、昇。なんか大赦から封筒が届いたんだけど...」

「封筒とな。そんで、内容は?」

「家賃が経費で落ちないって話。住む所なくなるって言われてるんだけど...」

「まぁそりゃ大赦も今インフラ再整備だとかでこっちに回せる金はないわな...って、は?んじゃどうしろと。」

「風のところに行こうかしら...」

「あそこも二人暮しだろ...あぁでも賃貸じゃないのか。まぁ、ちょっとしばらくはそうせざ...待てよ。ちょいまち。」

 

通話を一旦放置して園子の方を見る。

 

「あー、園子。話はガラッと変わるんだけどさ。住むとこなくなったらしいからここにしばらく泊めていただけません?夏凜と二人で。」

「急だね〜全然いいんよ〜」

「恩に着る...あぁ、夏凜。荷物まとめてくれ。乃木家に一時的に寝泊まりすることになった。」

「話つけんの早っ!まぁ、助かったわ。」

 

通話が切れる。

とんでもなこともあるものだ。

 

「のぼるん。」

「助かったよ園子。ありがとう。」

「...どういたしましてなんよ〜」

 

そして園子はどこか悲しそうに笑むのであった。それを見逃さない緋月昇だと知っててなお。

 

「......無理しないでくれ。」

「...!」

 

背を向け絞り出した一言。

それが引き金となり溢れる嗚咽。

 

少年の背の中で少女は泣く。

その残響はやけに静かで、耳に残る。

 

少女、乃木園子は誰よりも強い心を持つ。

友を喪い、友に忘れられ、自らの身体を犠牲にされ、それでもなお正気を保ち、誰よりも仲間、友を護ることにこだわった。

 

だがしかし、齢14の少女なのだ。

 

世界はまだ、残酷なままだった。




次回、第56話「私達は勇者部」

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