緋月昇が体育館にくることはもうなかった。卒業式も延期になり、3月の半ばになった。
そんなある日突然に一枚の書き置きが乃木家の客間にあった。
「『探さないでください』ねぇ...そう言われて探さないと思ってるのかしら、昇は。」
「うーん、見たところなんにも荷物を持ってってないんよ...だからふら〜っと散歩に行ってるんじゃないかな...」
「それだけのためにこんな書き置き残すかしら...調子悪そうね、園子。サプリいる?」
「ううん、大丈夫。」
「嘘ね...辛そうよ。話...聞くわよ。聞かせて。」
「にぼっしー...」
園子は話す。昨日のやりとりを。
夏凜は聞く。何も言わずに。
「そう...わかる気がするわ。昇は...別に頼りがいがあるわけでもないし、何かしら魅力的なものも...言っちゃうとないわ。でも...そうね。昇は、ただいるだけなのよ。目で見る、耳で聞く。それだけやって、何もかもわかっちゃう。だからただいるだけでいいのよ。それだけで安心するのよ...」
「うん...のぼるんは、そうだね...」
夏凜はそっと園子を抱きしめた。
包み込むように柔らかく。
「でもあいつは...苦しんでた...ずっと、一人で...友奈のときよりも前から...散華のこと、死ぬかもしれないこと...そっか、昇は...独りだったんだ...できるだけ私達を苦しめないように、ずっと...なのに私は、気づかなかった...!踏み込めなかった...!」
「にぼっしー...」
園子を抱く腕には力が入り。
抱かれる園子は寄り添って。
「どいつもこいつも...どうしてそんな無理しすぎてるのよ...」
その頃、緋月昇は本州調査隊に紛れていた。人員はほぼというか完全に防人隊のそれである。
「昇君...その腕でどうしてここに?」
「事務方が欲しいだろ...というか近辺調査だろ、書史部で仕事できないからバイト感覚でここに来たというわけ。慈善事業より小難しいこと考えながら作業する方が安心できるんだよ。」
曇りがかった、そんな目を少年はしていた。
「随分と特殊なものね...でもダメよ。何が起こるかわからないのよ。左腕だけのあなたじゃ、正直言ってお荷物よ。」
「やっぱりそう言うか...」
「わかってて来たのね...あなたは本当に他人の考えることを読むのが上手よ。そのせいでこんなお願いをしたのでしょう?」
「まぁ、な...」
「今もあなたは私達を見て意識的にしろ無意識にしろ心がほぼ見えているんじゃないかしら。それを見たくないから、調査隊に加わりたい、と。隊長として言うわ。この先はきっと地獄よりも酷い場所よ。その感受性じゃ、あなたが壊れるわ。」
きっぱりと少女は言う。
「っ...!」
「わかったら三好夏凜のところに帰りなさい。...きっと待ってるわよ。」
「芽吹...ありがとう、少し楽になった。」
「そう。」
少年の目は少しだけ晴れていた。
長期休暇というよりほぼ休職状態という仕様上大赦施設が使えないことは痛手であったのは言うまでもなく、どの面下げて帰ったものかと思ったところでばったりと夏凜に出会った。
「あ...」
「『あ...』じゃないわよ!どこほっつき歩いてたのよ...ちょっぴり心配したじゃない...」
「ちょっぴりかよ...まぁいい、夏凜は...どうしたんだその荷物。やけに多いぞ。」
見ると大きな袋にジュース類と小麦粉、卵に砂糖。そしてカットフルーツ。
「大赦の仕事って早いな、そうか、産業はだいたい直ったのか...」
「どういう目の付け所よ...」
「あれだろ、俺の誕生日祝いだろ。」
「...そういえばそうだったわね。」
「おい、忘れてたのかよ...てことは友奈か。その量から察するに多分乃木家で大規模な誕生日パーティー、ってとこか。」
「...正解よ。間違える素振りすらないわね。ほんと...それで苦しんでるくせに...」
そこから何も言わなかった。
荷物の半分を持ち、並んで帰った。
そして、延期された卒業式の日になった。奇しくも友奈の誕生日と同じ、3/21である。
卒業式はつつがなく行われた。
在校生は任意参加だが、勇者部は昇を除いて全員式に出席していた。
「その間に、俺は部室の片付けっと...」
片腕で能率は落ちるがそれでもある程度は片付けた。そろそろ式が終わろうとする時間帯である。
「勇者部五箇条...」
『挨拶はきちんと』『なるべく諦めない』『よく寝てよく食べる』『悩んだら相談』『成せば大抵なんとかなる』
夏凜曰く曖昧なこの五箇条、俺は守れてたのだろうか。そんなはずはない。せいぜい挨拶くらいなものだろう。
『なるべく諦めない』...生き残ることを諦めていた。友奈を助けたくても、何もできない自分に諦めがついていた。
『よく寝てよく食べる』...眠れもしなかったし、食べることも、食が少しづつ細くなっていった。夏凜の分を作るので精一杯だった。
『悩んだら相談』...悩んで、相談できたものではなかった。あれはそういうものだった。
『成せば大抵なんとかなる』...なんとかなったのだろうか。神樹様は消えて、生活は変わっていかざるをえなくなった。治安も少し悪くなったらしい。それで本当になんとかなったのだろうか。
「っ...考えるな、手を動かせ...」
だめだ、思考の迷路で俺は深い闇の中に落ちてしまう。考えるな。
「全く、相変わらず辛気臭い顔してるわね...お掃除ご苦労さま、緋月。」
「先輩...式終わったんですか。」
「終わってなきゃ来ないわよ...というか!言うことあるでしょ!このあたしに!」
「あぁ...ご卒業おめでとうございます。」
「風!ほらとっとと行きなさいよ、全員まだ外なんだけど!?」
「はいはいわかったわよ!主役なんだからもうちょい扱いってもんを...」
「ひーくんすごい!どれだけ頑張っても取れなかったロッカーのシミが取れてる!」
「パソコンのキーボードの隙間のホコリもきれいさっぱり...!」
「勇者部のみんなで作った人形さんたちもちゃんと...わぁ、ここ直したんですね!」
「ドアのガラスもピカピカだ〜」
「あれ...私、主役...」
「諦めなさい、風。というか、昇がここまでする時点で十分主役たりえてるわよ。」
...本人としてはいろんなこと考えないように手当り次第にいろいろやってただけなんだけどな、と思いつつ。
「そういうことですよ。じゃあ主役ということで、なんかスピーチどうぞ。」
「いきなりね!?」
「溢れる女子力でなんとかしてください。」
「そこまで言うんじゃ仕方ないわね...」
(((((軽い...)))))
「コホン...まず、みんなありがとう。この一年、ほんといろいろあったわ。そのおかげで、あたしたちは成長できたと思う。でもその中で、あたしは思った。勇者部五箇条は、五箇条じゃ足りなかったって。だから、あたしは勇者部五箇条改め、勇者部六箇条を作りたい。」
全員が頷く。
「ありがとう、みんな。六箇条目はこうよ。『無理せず自分も幸せであること』。勇者部は、人の為になることを勇んでする部活。でもそのために自分のためにならない無茶をするのはダメよ。だから、そのための六箇条目よ。異論はない?」
「ないです。」
友奈が答える。それを聞いて少女達は微笑む。俺もそうだ。そっか、ただそれだけなのか。
かくして勇者部六箇条は完成した。
俺以外の6人が一つずつ条文を書いていった。書かないのかと言われたが他人が読める字を書くのはまだ無理と言った。
そして次期部長はなんと樹に決まった。まぁ、来年になれば俺ら卒業するからどうせなら二年間部長やらせる方がいいだろ。
「それじゃあ、最後に写真を撮りましょう。」
「終わったらうちでフーミン先輩の卒業祝いパーティーとゆーゆとのぼr...んー!んー!」
「まだ言っちゃダメだっての...!あぁでも昇の誕生日は一昨日らしいわよ。」
「さらっと俺を盾にしたな...!あぁそうだよ14歳ですよ...てなわけで並べー、写真撮るぞー」
「はーい。って、あれ?ひーくんは?」
一列に並んだ少女達の前でカメラを構える。写真には写るまいと。
「俺は、いいよ。俺は笑えない。こういう写真は、笑ってなきゃ。だから...笑えるようになったら、もっかい撮ってくれ。」
「昇らしいわね...」
「ほら、撮るぞ。屈託ない笑顔をくれ。そこに俺も混ざれるようになるからさ。」
「のぼるん...」
そこには確固たる意思があった。
また、笑顔で。今度は俺も。
「はい、チーズ。」
その写真は輝くほどの笑顔を切り取った。
心からの笑顔だ。
これから何年経ってもこの写真を撮るに至った経緯を忘れないだろう。
やっと終わったんだな。記録者という御役目が。この苦しんだ一年が。
「ほら、昇。一応あんたの誕生日パーティーが控えてるんだから、とっとと来なさい。」
「おおう、少しは感傷に浸らせてくれよ。まぁでもそうだな、行こうか。」
緋月昇は記録者である。
これからはきっと、自分の歩む道を記録するのだろうか。それはわからない。
願わくは少女達と共に、どうか平穏な日々を──
これにて『緋月昇は記録者である』は完結です。
続編を作るかどうかは不明です。多分後日談か前日譚を書くでしょう、書くとしたら。
拙い文章でしたが書きたいものは書けたと思っています。多分今までで一番じゃないかな。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。最後に。感想、評価等、お待ちしてます。
それでは!