緋月昇は記録者である   作:Feldelt

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第9話 勇者部の暖かさ

時は流れて日曜日。

子供たちと児童館でわいわい大騒ぎする日だ。事前に先輩から予定のチャートが書かれてあるプリントはもらっていたのだが……どうやら報告書に混入してしまったようだ。今ごろ上司は腹を抱えているか立てているかのどちらかだろう。SNSでやり取りするのも億劫だったし劇のほうが始まってたら反応されない。仕方なく俺は勇者部部室に足を運んでいた。

 

──というのが建前だ。本音は別にある。

 

「何ぼさっとしてんのよ、昇。来てあげたわよ。」

 

夏凜が来た。そう、俺の本音は夏凜に関係している。先輩にこっそり進言しておいた夏凜が児童館に来ずに部室、及びそれ以外の場所にいたときのプラン。ここまで想定内。それにしてもこの夏凜の言い種はなんかこう、からかいたくなる。

 

「デートの約束なんてしてたか?」

「してないわよ!そもそもデートするような仲じゃないでしょ!」

 

鋭いツッコミが入る。うん、いかに通常時の勇者部のツッコミ不足が深刻かよくわかるよ。

 

「そういえばそうだったな。まぁいいや。」

「まぁいいやって……それより昇、他の連中は?」

 

現地だとは言わない。主役は遅れてやってくるとも言うが、こっちはこっちでやりたいことがある。

 

「まだ来ていない。」

「そう、早すぎたかしら。」

 

まだ集合時間三十分前か。俺も早く来すぎたようだ。

 

「だらしないわね……」

 

三十分経過。お互い話す事もなくただスマホをいじるだけだった。夏凜はまだ知らないが、実際は自分が従業場所を間違えている。

 

「ちょ、まさかこれ……」

 

さらに三十分経過。やっと気づいたか、夏凜。

 

「しまった、間違えてたのは私の方だ……」

「マジか。」

 

嘘で同調するのはなかなかに夏凜には悪いことだが、しかしそれはそれで仕方の無いことと割りきるしかない。

 

「昇、こういう時電話した方がいいわよね?」

 

いや、俺に聞くな。てかそれだと俺にやらせるつもりか?その手に乗るわけにはいかない。こちらにもプランというものがある。

 

「そのうち向こうからかかってくるだろ。そら。」

 

言ったそばから夏凜には友奈から、俺には樹から電話が入る。俺はノータイムで切ったけど、夏凜はあたふたしている。挙げ句、俺と同じように切っていた。

 

「切っちゃった……かけ直し……」

 

根はいいやつだからこそ、御役目と人間性で葛藤が生まれる。性格という感じで夏凜は整合性がとれているが、それでもそのバランスが崩れることはある。

 

「はぁ、何をやっているのよ私は……」

 

そう言って夏凜はスマホの電源を切った。それに俺も準じて、児童館で騒いでる連中からの連絡を絶つ。すべき連絡はもうとっくにしておいた。

 

「夏凜、これからどうする?」

「どうするもこうするも……そうね、鍛練とかかしら。」

 

予想通りにもほどがある。ほんとにストイックな奴だよ。だから俺はこんな提案をぶつけてみる。

 

「そうか。なら、久々に相手してやるか。」

「いいわ。私に挑んで来るなんていい度胸じゃない。返り討ちにしてあげるわ。」

 

言った後に気づいたが俺は夏凜を後一歩までは追い詰めはするのだが、勝った覚えはない。けど、俺は実戦経験もある。どうにかなりそうだとは思うけど……

 

 


 

 

「ぜぇ、はぁ……降参だ……」

 

結論から言うと、どうにもならなかった。確かに途中まで互角の戦いを繰り広げていたが、二刀流に慣れている夏凜と正面からまともにやりあうのが不得手な俺では差が開いていた。見事にやられたよ。それを三時間ぶっ続けで繰り返し、やられまくった俺はとうとう夏凜に言われてしまった。

 

「まさか昇、ドMじゃないでしょうね。」

 

断じて違う!と本調子なら言ってただろうが、残念ながらフルボッコにされ続けた身。考えることも疲れてる。

 

「ハンバーガー……」

「そのMじゃないわよ!」

 

ボケにはツッコミを。完璧に負けた気分だ。砂浜に押し寄せる波の色は既に茜色に輝いている。夕方だ。

 

「完敗だ。」

「はいはい分かったわよ。立てる?」

 

さらっとした気遣いは本当に三好夏凜がいい子であることを理解するに十分であった。同時に旧知の仲であるがゆえにからかいたくもなる。

 

「いいや立てん。足はやられてないけど。」

「そう。どうしたものかしらね。」

「家まで連れていくとか?」

「しないわよそんな事。」

 

だよな.。だが三好夏凜よ。俺はお前がいい子だというのを知っている。悪いが付け入らせて貰うぞ。

 

「だよなー……俺はこの砂浜に一人ほっとかれるのかー……」

「あぅ……あーもう!連れてけばいいんでしょ!場所はどこよ!とっとと言いなさい!」

「話が早くて助かる。だが場所はお前の家だ。」

「なんでそうなるのよ!」

 

流石に無茶ぶりか。けれど実は隣でしたオチをするためにもここは言いくるめなければ。

 

「いや、どうせ殺風景な部屋だろうし、荷物も全部ほどいてなさそうだからな。だからちょいと手伝おうと思って。」

「何が殺風景よ!どうでもいいでしょ!」

 

あ、この少し焦ってるような反応は図星か。

 

「図星です、って声音は言ってるぞ。」

「うぅ……別にあんたの手助けなんかいらないわよ!」

「そうかい。けどそろそろ勇者部が押し掛けてくるかもな。」

「……なんでよ。」

「今日の活動、無断欠席したから。」

「それは昇だって同じじゃない!」

 

夏凜から見たら、な。俺はあの会話しなかった三十分に全てを先輩達に伝えておいたのさ。どんな反応するか楽しみだよ。

 

「まぁな。けど俺の場合本庁に行くと言えば嘘でも信用される。夏凜、お前はどうだ。勇者部に入って数日、まだ俺以外はお前の性格はわかっても内心までは見抜けない。」

「いや、内心見抜ける方が特殊だから。」

 

それはまぁ確かにそうだな。内心を見抜くのは目で見て耳を聞くを信条とする俺の特技と言えるだろう。

 

「はいはい、押し掛けられる前に戻っといた方がいいぞ。木刀は俺が持つからなー。」

 

転がってたのは砂浜。全身砂だらけだ。それでも立ち上がって木刀を持って歩き始める。

 

「結局起き上がれるんじゃない。それと昇、私の家はあっちよ。」

「ふぇ?」

 

どうやら疲れすぎていて自然と間違えていたようだ。

 

 


 

 

「で、どうして私の家に来てシャワー浴びたわけ?」

「砂だらけじゃ悪いだろ、常識的に考えて。」

 

今のうちに言っておくと急遽のシャワーだから服装は変わっていない。上裸とかじゃないからな?

 

「あんたの行動は相変わらず読めないわね。」

「読まれないことに定評があるからな……っと、そろそろか。」

 

時計を確認する。まもなく十八時だ。

 

「そろそろって何よ、まさかあの連中と結託して……」

 

夏凜が真実に気づきかけた時インターホンが夏凜の言葉を遮る。いいタイミングだ。

 

「客だぞ。」

「居留守よ、どうせセールスマンだし。」

 

それはどうだろうな。セールスマンの可能性は著しく低い。何故ならセールスマンは執拗に話をするが、執拗にインターホンは連打しないからだ。今夏凜の家はピンポンピンポンうるさくなっている。

 

「うっさいわね……誰よ!」

 

我慢出来なくなった夏凜は木刀を持って玄関先へ。もし本当にセールスマンだとしたらご愁傷様と言わざるを得ない。インターホン連打は褒められたものではないが。

 

『うわぁぁ!?』

「あれ、あんた達……」

 

しかし玄関先にいたのはやはり勇者部。奥で計画通り的な笑みを浮かべ、俺も顔を出す。

 

「あ、いたわね緋月。夏凜も心配だったけどすっかり緋月の手のひらの上じゃない。それじゃ、上がらせてもらうわよー。」

「え?昇?どういうこと?てか、何勝手に上がってんのよ!?」

「緋月入れててそれはないでしょ。もしや、二人きりを邪魔されたくなかったとか!?」

『えぇぇぇ!?』

 

勇者部に電流走る。

 

「おいこら先輩、本来の目的を忘れていませんか?」

「いや、夏凜は結構反応してくれるからつい……友奈、樹、準備するわよー。」

『はーい。』

「えぇ!?ちょ、なんなのよあんたたち、いきなり来ていったいぜんたい何なのよっ!?」

 

夏凜としては当然の反応だろう。何、か。答えは友奈に答えてもらおうかな。

 

「あのね、夏凜ちゃん、ハッピーバースデー!」

「へ?」

 

間抜け、というか虚を突かれたような声が出てきた。それもそうだろう。人間、予想していない言葉は咀嚼しなければ例え語彙を知っていたとしても理解できなかったりするのだから。

 

「今日、誕生日だろ。俺だけで祝ってもよかったけど友奈が気づいてな。」

「うん、入部届に書いててね。びびっーと来たよ。じゃあお誕生会しなきゃーって!」

「それで、児童館で子どもたちと一緒にお祝いしようと思ってたんですけど……」

「当の本人が来なかったからヒヤヒヤしたわよ。」

「そんなこともあるかもって緋月君が裏で動いてくれてたんだけど、子どもたちがかなり盛り上がっちゃってこの時間まで解放されなかったの。」

「大丈夫だ東郷。そうなるだろうとはわかってたからな。」

「わかってたの?ひーくん何者?」

 

勇者部の面々から種明かしをされる。これには夏凜も驚くだろう。サプライズのしがいがあるってもんだ。だが。

 

「アホ……バカ、ボケ、オタンコナス……」

 

夏凜から出てきたのは罵詈雑言。

 

「照れ隠しか?」

「うっさい!誕生日会なんてしたことないからどうすればいいのかわかんないのよ!」

「そういう時はね、笑えばいいのよ。」

 

そうだな、先輩の言う通りだろう。三好夏凜は緋月昇と同様に大赦で訓練を受けた人間。外界との接触も少なく、友人もその内輪の中だけでのもの。互いの誕生日を教えあうような仲ではあったが、雑談の範疇だ。互いを祝いあうことはない。せいぜいおめでとうの一言くらいだ。だから俺もこの光景は……夏凜の誕生会に限らず、そもそも誕生会というものの光景は初めての物だ。

 

「夏凜。」

「何よ嘘つき。」

「誕生日おめでとう。」

 

しれっと、けどはっきりと言った。その時の夏凜の表情はよく見えなかったけど、きっと真っ赤になってたんだと思う。震えてもいた。今は頭がいっぱいなんだろうな。だから俺は夏凜を放っておいて勇者部に目を向ける。

 

「自分たちは空気ですからお気になさらず的な雰囲気、やめてくれません?」

「いやだってねぇ、さすがに私も何も言えないわ。」

「なんか気まずいんですよ俺は……」

「ひゅーひゅー!ひーくんやるぅ!」

「よーし友奈、そこに直れ!」

「ごめんなさい!」

「緋月君?」

「ごめんなさい!」

 

とまぁ、すでにしっちゃかめっちゃかだがこのあとさらにはしゃいだ。ざっと一時間くらい。夏凜も本調子に戻ったし、友奈が口を滑らせた案が先輩に採用されて文化祭は演劇をやることになったりした。あと写真も撮ったね。うん、盛り上がった。

 

「また来るわねー。」

「二度と来るな!帰れ帰れー!昇もよ!」

「鬼かよ、ごみ捨て手伝ってからでいいだろ。」

「いいの?」

「散らかしたのは企画立案したこっち側だしな。」

 

しかし量が多い。え、ほんとに多くない?

 

「なぁ夏凜、ゴミ多くないか?」

「ついでに生活のゴミ捨ても頼むわ。」

「おいこら。しゃあねぇなぁ……」

 

ゴミを捨てに行って、戻ってを何回か繰り返し、全てのゴミを捨て終えたのち置いてあった荷物を取って、夏凜の家から暇する。

 

「じゃな、夏凜。俺隣だから。」

「……はあぁぁぁぁ!?」

 

夜だというのに夏凜が叫ぶ。いや、うるさいうるさい。そう注意して自宅に帰る。

 

「元気がいいなぁ、全く。」

 

なんか、今日は長かった。明日からも頑張ろう。




次回、第10話「歌」

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