あると思います。
ある日突然、俺は転生した。
転生先の世界が何処かは知らん。分かるのはここは中世ってこと位か。
だが前世の知識は俺になんの利益ももたらさなかった。義務教育を真面目に受けなかった俺には、定番の『内政チート』とやらを実行するには知恵が足りなさ過ぎた。
もっと勉強すれば良かったと、果たして何度思ったことか。
身についていたのは精々が四則計算くらいのものか。無いよりはマシだが、前世の世界から持ち込めた知識にしては悲惨すぎる。
むしろ、前世の快適な生活水準を知ってしまっている分前世の知識を恨んでいるといってもいい位だ。
当然転生チートだって持ち合わせいない俺は、また前世と何ら変わり映えしない退屈な人生を送っていた。どうも俺の冴えない気質は、死んでも直らないらしい。
そう思って毎日を過ごしていた
──俺に『ダークリング』が現れるまで。
♦
『ダークリング』
それはゲーム『ダークソウル』において不死として呪われた証。
やがてそれは徐々に世界中の人間に広まり、世界を混乱に陥れるのだが── 俺はそれの存在を知った時、大いに歓喜した。ついに俺の前世の知識が役に立つ時が来たのだと。
『ダークソウル』についての知識は、むしろ過剰なくらい持っていた。これで前世の俺がどんな奴なのかなんとなく分かってしまう気もするが、まぁ考えないこととする。
やがて死に続けた不死者が亡者化すると分かれば、すべての不死は始まりの地『ロードラン』へと追いやられた。
──『不死の使命』なんて大義名分をぶら下げて。
それは俺も例外じゃない。ほとんど穀潰しだった俺は、家族からむしろ生活が楽になると喜ばれるくらいだった。
それに思うことがないわけじゃないが、やがて俺が火を継いだら手のひらを返すだろうさ。
ロードランに着いてからの俺は、今までが嘘のように活き活きとしていた。当然、ゲームと現実じゃ違うことの方が多い。何もかもが上手くいったわけじゃあ無いが、同期と不死者たちと比べれば、それはまさしく破竹の勢いだった。
それもそのはず、『敵』の弱点と『MAP』の構造が完全に頭に入っている俺には莫大なアドバンテージがある。
驚異的な早さで、俺は伝承にある『目覚ましの鐘』を鳴らして使命を果たした。
分かたれた王のソウルも集めて、王の器に注いだ。
黒騎士どもを蹴散らして、グウィン王にとどめ刺した。
面白いほどゲーム通りで、上手くいかないこともあったがそれでも俺は成し遂げた。
それで、俺は火を継いだ。なんの取り柄もなかった俺にもできることがあったんだと、胸を張りながら。
──だが、世界はとことんゲーム通りだった。
最初の火を継いだはずの俺は、気づけば最初に送られた祭祀場にいた。
しばらく呆然として、だがやがて何が起きたのか俺にはわかった。
──『周回』
クリアしたなら、今度は強くてニューゲーム。
冗談じゃなかった。俺は確かに現実で生きているというのに世界は泣きたくなるくらいゲーム通りだった。
自殺して世界からおさらば……なんてできない。瞳の奥に爛々と燃えるダークリングが、それを許さなかった。
俺にできるのは、もう一度この世界を攻略することだけだった。
だが『ダークソウル』は『周回』に応じて敵が強くなる。
戦いに慣れ歯牙にもかけていなかった亡者たちはもう、油断していい相手ではなくなっていた。
だが、一度は攻略した世界。転生する前、ゲームの頃を含めればもっとだ。
セオリーは変わらない。俺はまた、火を継いだ。
それでまた、不死院から。
どうすればいいのかわからなくなって、やがて目につくものは全て殺した。
敵も、敵でないものも、全部だ。
今度は火を継がずに、闇の時代をもたらしてやった。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた、祭祀場から。
それでまた──。
♢
心が、折れた。
もう何度繰り返したのかわからない。
俺は祭祀場のかがり火の側の、倒れた柱に腰かけていた。
何もする気が起きなかった。最後までいったら、また最初から。
俺の行いは螺旋ではない。──円だ。
決して前に進むことはなく、円周ばかり大きくなってどんどん難しくなる。
今にして思えば、初めて火を継いで胸を張っていた俺の、なんと滑稽なことか。
「とんだ笑い話じゃねぇか。必死ぶっこいて駆けずり回って、それでこのザマかよ。
何のために必死になってたのかすら、もう覚えちゃいねぇ」
──そうやって空虚な自分を嘲笑っていて、ふと気づいた。
頭部以外の全身を包むチェインアーマーに、小ぶりな金属盾のヒーターシールド。
今俺が腰かけている場所。
そうだ。ここは──『心折れた戦士』の特等席。
俺の装備もまた『心折れた戦士』と瓜二つ。
自分を着飾る余裕なんざ持ち合わせてなかったし、特別意識せずに効率で選んだ装備一式だったが──皮肉なことだ。いっそ笑えてくる。
「まさしく『心折れた戦士』ってか……?ハハッ、完璧なキャストじゃねえか。
いいぜ。NPCの役割、俺が変わってやる。どうせ、他にやることもないしな……」
♦
ある時、北へ飛び立つ大鴉を見た。
時折、あの大鴉はああして飛び立ち、どこからともなく不死者をこのロードランまで運んでくる。そんでやってきた奴に『目覚ましの鐘』の在り処を教えてやって、そんでじきに帰ってこなくなる。
今となっては見慣れた光景だった。
だが今回のは少し違った。
「あ?」
飛び立つ大鴉が、その巨大な爪に卵ではない『青い何か』を掴んでいたのだ。ほんの一瞬しか見えなかったが、それは銀色を含み日差しを反射していたように見えた。
「あの色、どこかで……」
そういえば、あの大鴉は巣で丸まっている人間を卵と間違えて運ぶことがあった筈だ。ギャグみたいな話だが、かつて俺も何度か運ばれた経験がある。
そうして、あの鴉は北の不死院へ──
「あいつ、アストラの上級騎士か!?」
そうだ、わずかに見えたあの青色は記憶にある上級騎士装備のサーコートの色と一致する。
そんな奴がどうして北の不死院へ向かう?そんなイベント、『ダークソウル』には──
……いや、ある。
そうだ。ゲームの『主人公』が最初に見るイベントは、牢の上から上級騎士から死体ごと鍵を渡されるシーンで、『主人公』は初めて出会うNPCの上級騎士から『エスト瓶』と『不死の使命』を託される。
このゲームの目的を最初に指し示す、重要なイベントだ。
何故、俺がこんな重要なイベントを失念していた?
それは俺が『主人公』じゃないからだ。俺はそのイベントを見ていない。
だって、俺のスタート地点は北の不死院じゃなかった。それは──『主人公』の特権だから。
いずれ『主人公』は不死院のデーモンを打倒し、この火継ぎの祭祀場に大鴉によって運ばれてくるだろう。
ひょっとすると、俺が何度『クリア』しても前に進まなかったのは俺が『主人公』じゃないからなのか……?
何度火を継いでも『周回』してしまう理由を、俺は"ゲームだから"と結論付けていた。
もし、『主人公』がこの世界をクリアして、世界が『周回』せずに進んだのなら。
それは──俺の行いが無意味だったと証明するものに他ならない。
♢
アストラの上級騎士が北に飛び立ってからどれだけ経っただろうか。
具体的には分からないが途方もない時間だというのは間違いないだろう。
こういっちゃあ何だが、たぶん俺なら『もう一周』できるくらいの時間は経ったと思う。
まさか北の不死院との距離が遠すぎてまだ辿り着いていないだとか、大鴉が上級騎士を取り落としたとかそんなマヌケな理由じゃないだろうな。
まぁ、実のところ、『主人公』サマがこんなに遅れている訳は、なんとなく察しが付く。
──ここ、『カンスト世界』だもん。
そもそも、ダークソウルの『周回』は強くてニューゲームを前提としている訳だが、恐らく『主人公』サマは『一週目』の装備でこの世界を攻略してるんだろう。
はっきり言って正気の沙汰じゃない。いくら不死院のデーモンが最初のボスに相応しい弱さだというのを加味しても無理ゲーだ。
まともに強化していない武器で戦えば、倒すより武器が壊れるほうが先だろう。
「こりゃ主人公サマも今頃不死院で亡者の仲間入りかねぇ……」
本当にそうなっていたとしても、無理もない話だ。
というか俺が同じ立場だったらとっくに勝負を投げてるね。いくらなんでも相手が悪すぎる。
生身の体を保持する『人間性』が補充できない以上、心が折れずとも亡者になってしまうだろう。
いや、敵の強大さに心が折れるの先かな?
初見プレイが『カンスト世界』なんざ、主人公サマも運がないこったな。
まぁ、ここを『カンスト世界』にしたのは他ならぬ俺自身なんだがな。
「聞こえるかい、主人公サマ? 不死院のデーモンは強いか? 強いだろうな。
恨むなら俺を恨むといいぜ。尤も、誰かを恨めるほど思考能力が残っていればの話だけどな。ハハハッ……」
誰もいない火継ぎの祭祀場で、篝火の炎を見つめながらそうぼやいていたら。
正面の──北の空から、こちら向かってくる大鴉が見えた。
どうやってカンスト不死院を突破したのかだとか、その背中に見える大槌はどういうことだとか、聞きたいことは山ほどあったが後回しだ。
大鴉に遥々運ばれてきた主人公サマは亡者寸前、巨大なボロ雑巾の様相だった。意識もないらしい。
亡者として目覚めて襲われても面倒なので、近くの井戸の死体から『人間性』を拝借して主人公サマにぶち込んでやった。
……こいつ、女か。それも随分な上玉だ。
こりゃあいっそ悲惨じゃねぇの? 今回介抱したのは枯れた俺だったが、迂闊に死ねば、遠からずどこぞの不埒漢に犯されるだろう。
戦場の女など、いつの時代も碌なものではない。
その時になって、自分が女に生まれたことを存分に後悔するがいいさ──とか考えながら主人公サマを引きずって、篝火に引っ掛けた。あとは放っておけば人間性が篝火に捧げられて生者の肉体を取り戻すだろう。
「さっさと目を覚ましてくれや、お姫様よう。
ああいや、目を覚まさないほうがいいかもなぁ、ハハハ……」
♦
「あれ、私は……? というかここは一体……」
「ようお姫様、目が覚めたかよ?
久々の生身の体はどうだい?どうせすぐに失くすんだ、十分堪能しておいたほうがいいぜ」
「え、あっ! こ、この姿……もしかして貴方が?」
女は瑞々しく、張りのある肌を他でもない本人が信じられないような様子で確認しながら俺にそう尋ねた。
「ああそうさ。新入りは久しぶりだったからな、ちょっとしたサービスだ。
お前は……ああ言わなくても分かる。どうせまた『不死の使命』だろう?」
「! 私のような者は、他にもここへ?」
「ああそうだ、お前の他にも山ほど来たぜ。もう誰も帰ってきちゃあいないがな
俺に言わせれば、呪われた時点で終わってるのさ。不死院でじっとしていりゃあいいものを……。ご苦労なことだ」
女は俺の話をいっそ面白いくらい食い入って聞いていた。だがまぁ、女の立場で考えれば自分や周囲の状況を知ってる奴が勝手にご高説垂れてくれてんだ。これ以上ない情報収集のチャンスか。
思ったより自分の立ち回り方を弁えている。これは、本当にもしかするかもしれない。
「まぁ、どうせ他にすることもない。教えてやるよ。
いいか、不死の使命に言う目覚ましの鐘ってのは、ふたつある。
ひとつは──」
他の不死者がやってくる度に話した、いつもの口上を言ってやる。
目覚ましの鐘の在り処に、他のNPCの情報、人間性と生身の関係、人間性を手に入れる方法etcetc……
おそらくゲームのセリフといくらか差異はあるだろうが、おおよそは同じだろう。こんなもん誤差だ誤差。
だが、最後に俺はひとつ、余計な情報を話した。
「あと一つ、教えてやるよ。あそこの水場を曲がった先に、スケルトンどもの巣窟がある。強力な武器や防具がゴロゴロ転がってるって話だ。
……ここだけの話、聖職者どもが追い求めてる『篝火の秘儀』があるらしい。
腕に自信があるなら行ってみな」
この情報を教えたのははっきり言って嫌がらせだ。
俺が教えたのは初心者がよく迷い込む、高難度のステージ。迂闊に足を踏み入れたら、最悪戻ってこれなくなる可能性すらある。
こいつは俺が何度やっても無意味だった本当の意味での『クリア』ができるかもしれないと考えると、無性に苛立ったから、無力な俺の精一杯の嫌がらせ。
「何から何まで、ありがとうございます。生憎、お返しできるような物は持ち合わせてはおりませんが……」
「ああ、礼ってんなら一つ聞かせろ。──お前、背中の大槌をどうやって手に入れた?」
そうだ、ずっと見て見ぬふりをしていた。
ありえない話なんだ。こんな、いかにも育ちのよさそうな女が出来るはずがない。
いくら主人公サマだっていったって、限度がある。
だって『デーモンの大槌』を手に入れるには──
「ええっと、そのぉ……デーモンを、ですね?
そ、その……す、素手で殴り殺したら、落としたんです……」
────。
「ハ、ハハ……中々気の利いた冗談が言えるじゃねぇか」
「……本当です」
こ こ カ ン ス ト 世 界 な ん だ が ! ! !
そんな風に顔を赤らめて!
消え入りそうな声で!
恥ずかし気にもじもじしたところでなぁ!
お前の化け物っぷりが誤魔化せるとでも思ってるのか!?
カンスト世界で! 回復手段なしで! レベル1でだと!
そりゃあクソ時間かかるし、ボロ雑巾になって運ばれてくるわ!
ふざけんな! もう笑うしかねぇよ!
「これが主人公補正ってやつかぁ……?
大したもんだなぁ、ハハ、ハハハ……」
「ええっと……?」
「いや、こっちの話だ。今の話は、その、なんだ……聞かなかったことにしておく。
ほら、さっさと行けよ。そのために来たのだろう? この呪われた不死の地へ」
「あ、あの! 最後に一つだけ! 私、あなたをなんとお呼びすればいいでしょう……?」
「あ? なんだよ、格好つかねぇなぁ。
……まあそうだな、俺のことをよく知る奴は皆──」
──青ニートって呼ぶよ。
続くのこれ?