対の銀鳳   作:星高目

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12さん、誤字報告ありがとうございます!


陸皇の足音

「と、言うのが今回の事件の顛末だの」

「お義父さん、ちょっとその騎士団に行ってきてもいいでしょうか?」

「なんとなくわかるが、なぜかの?」

「そのバルトなんとやらにライヒアラ式トレーニングドラゴンコースを叩きこんでこようかと」

「……うむ、行ってこい!」

「それは結構なのですが、お父様。あまり過保護なのはセラに嫌われるのではないでしょうか?」

「何、だと」

「……話をややこしくするお父さんは、ちょっと」

「あらあら。お父さん、真っ白になっちゃったわ」

 

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 フレメヴィーラ王国が存在する険しいオービニエ山脈以東の平野部はかつて、魔獣が支配する地域だった。それが人類の生息域に塗り替えられたのはおよそ三百年前のことだ。

 

 幻晶騎士や魔法などの強力な力を以て魔獣を駆逐しながら東進してきた人類の攻勢は、しかしある出来事を以て留められることになる。

 

 平野部の東に広がる果ても見えぬほど深い森、ボキューズ大森海への数百体もの幻晶騎士を用いた大規模な親征の失敗によって人類はその入り口で足をとどめ、フレメヴィーラ王国を人類の前線基地として建国するに至ったのである。

 

 そういった経緯もあって、いまだに多くの魔獣が生息しているボキューズ大森海とフレメヴィーラ王国の境には魔獣の進行を監視、防御するために多くの砦が建てられ、砦と砦の間には多くのところで万里の長城のような防御壁が設けられている。

 

 主要な砦は”魔獣街道(ラピッドリィロード)”と呼ばれる魔獣の獣道を塞ぐように建てられており、日夜魔獣と戦う最前線であるという。

 

 一方で魔獣街道(ラピッドリィロード)から外れているために、魔獣の襲来が少ない砦も存在している。

 

 ここバルゲリー砦もそんな平和な砦の一つだ。大型どころか中型の決闘級魔獣という、幻晶騎士一体の強さに相当する魔獣でさえ出くわすことが稀なこの砦は、夜には静けさに包まれるため星を眺めるにはちょうどいいと評判である。

 

 歩哨として砦の上からボキューズ大森海を監視していた男もまた、その静かな夜を楽しむ者の一人である。しかし、今夜は星を楽しむような落ち着いた心持ちではいられなかった。

 

 あまりに静かすぎるのだ。普段のものとは違う、周囲から生物が一つ残らず消え去ってしまったかのような無機的な静寂に彼は何か嫌な予感を抱き、違和感を見逃すまいとして森に目を凝らしている。

 

 やがて辺りを包み込むような不気味な静寂の中に、低い地鳴りのような音と木々がなぎ倒されるような音が混ざり始めた。この近辺でそんな現象を起こせるものと言えば、魔獣しかありえない。

 

「魔獣襲来!魔獣襲来!」

 

 叫び声の後に警笛を鳴らすとともに砦の雰囲気が慌ただしくなり、すでに起きていた勘のいい騎操士が、飛び起きたばかりの騎操士をどやしつける声が砦内に響く。そうしている間にも、音はゆっくりとこちらへ近づいてくるようだ。

 

「戦闘配備だ!手順は省略しろ、急げ!」

 

「ちくしょう、こんな僻地にいったい何の用がおありなさるってんだ!」

 

 罵声を交わしつつも無駄なく速やかに幻晶騎士を起動した騎操士たちが、順次砦の前面に出て迎撃の用意を整える一連の流れが終了し、陣形を整える。

 

 足音はもはや目の前にあり、砦上部からは魔獣の体の一部らしき尖った物体が木々を越えているのが見える。歩哨はそのあまりの異様に信じられない気持ちで、知識としてのみ知るその正体を推測する。

 

 数秒の後、怪物はその姿をさらけ出した。

 

「べ、陸皇亀(べへモス)!師団級魔獣陸皇亀(べへモス)です!」

 

「砦内の歩兵は戦闘員を残して全員退去!非戦闘員は早馬を近隣の村に飛ばせ!ちくしょう、ついてねえ!」

 

 それはまるで突如山が目の前に現れたような光景だった。全長は80メートル、高さは50メートルを超えていて、胴体から突き出た六本の足で地面を踏み鳴らしながら進む山だ。甲羅のようなものを背負っており、そのところどころからごつごつと尖った岩のようなものが突き出している、かすかに紫色に光る山だ。

 

 あえてその姿をほかの生物に例えるならば『亀』というのが最も的確だろうか。もっとも、この亀は地上で何よりも恐れるべきと言えるような凶悪な存在だが。

 

 報告を受けた騎操士たちも、その正体を知って固唾を呑んだ。新人は呆然と、隊長などの古参はある覚悟を決めて。

 

 陸皇亀(べへモス)は、フレメヴィーラ建国の折に数例ほどの戦闘例があるとされている、文献上でのみ存在が知られている魔獣だ。そしてかの魔獣を『要塞』と称した文献の記述だけでさえ、この魔獣がどれほど恐ろしいかを物語るには足りるのだ。

 

 この魔獣の特徴はその巨体を支える『強化魔法』にある。その心臓から供給される幻

晶騎士百体分を越えるとされる魔力でもって行使される魔法がどれほどの力を有するのか。それを眼前の怪物は今まさに証明しようとしていた。

 

「法撃開始!ありったけ叩き込め!」

 

 隊長機の号令とともに隊長機を含めた十機の幻晶騎士が陸皇亀(べへモス)に向けて魔導兵装(シルエットアームズ)炎の槍(カルバリン)』を魔力(マナ)の限りに叩き込む。

 

 熾烈な法撃の弾幕に陸皇亀(べへモス)の姿が爆炎と煙に包まれ、見えなくなる。やったか?!までは言わずともある程度のダメージを騎操士たちが期待し、煙の向こうの様子を注意深く探っていたその時。

 

 突如煙を裂いて陸皇亀(べへモス)が突進してきた。泡を食ったように部隊は散開するものの、正面にいた二機のカルダトアが回避する間もなく跳ね飛ばされる。凄まじい重量を持つ魔獣に跳ね飛ばされたカルダトアはもはや原形をとどめておらず、騎操士の生存は絶望的だろう。

 

 陸皇亀(べへモス)の勢いはそこでとどまらなかった。今もなお巨体に似合わぬ速度で突進する先にあるのは、バルゲリー砦の城壁だ。少しでも勢いを弱めようと何機かが統率されていない砲撃を陸皇亀(べへモス)に浴びせかけるが、なんの意味もなさない。

 

 勢いのままに陸皇亀(べへモス)はその巨体を砦にぶつけた。師団級魔獣のような強力な魔獣の襲来など想定されていない小規模の砦の城壁ではその巨体を受け止めることなど望むべくもなく、城壁は轟音とともに崩れ行く。

 

 砦の崩壊を目の当たりにして、隊長は瞬時に決断を下す。

 

「アーロ、ベンヤミン、クラエス、生きてるか!」

 

「……はい!」

 

「アーロは生き残ったやつをまとめて脱出、カリエール砦へ駈け込め!ベンヤミンは予想進路上の都市に連絡、ヤントゥネンまで走れ!クラエス、お前は王都まで行け!結晶筋肉(クリスタルティシュー)が砕けたとしても絶対にこいつのことを伝えに行くんだ!」

 

 隊長機は残った四機のカルダトアをぐるりと見渡す。

 

「残ったやつは……済まねえな。貧乏くじだ」

 

「なあに、いいってことですよ、隊長。むしろここで帰ったら、カミさんにどやされちまう」

 

「そりゃ陸皇亀(べへモス)なんかよりも恐ろしいなあ。怖え怖え」

 

「カミさん、逆鱗に触れたらドラゴンみてえに火ぃ吐くんだぜ?」

 

「こりゃあ謝り倒す時にゃあ師団どころじゃ足りねえなあ。俺も手伝うからよ、そん時ゃそっちも手伝ってくれ」

 

「おう。任せろってんだ。俺の土下座を舐めんじゃねえぞ?」

 

 そんな陽気な会話は死地へ向かう自分への鼓舞か、遺すものを想ってのはなむけか。

 

 選ばれた三人は隊の中でも比較的若いものたちだ。彼らはなぜ自分たちが呼ばれたのか、ここに残ることが何を意味するのかを理解して、自分たちの役割の重さから一切の反論を腹の奥に抑え込んだ。別れを惜しむ暇など与えられてはいないのだ。その目は悲壮な惜別ではなく、熱き使命感に燃えている。

 

「行け!」

 

「はい!」

 

 そうして、残った四機のカルダトアと隊長機からなる五機の幻晶騎士は、眼前の要塞を見上げる。

 

「ようしお前ら、遅滞戦闘だ。開けたところに引き込んで、お相手さんが嫌がるほど丁重におもてなししてやれ!」

 

 およそ三百の幻晶騎士をもってしてようやく倒すことができるといわれる師団級魔獣に対して、たった五機の幻晶騎士で立ち向かう。それがどれほどに無謀なことかなど彼らにとっては一切の意味がないことだ。

 

 法撃は相手に一切の痛痒を与えず、ならばと近寄って剣で叩けばその甲殻の余りの堅固さ故に歯が立たず逆に剣が刃こぼれしていくばかり。それでも自分に張り付いて攻撃を仕掛けてくる幻晶騎士達を疎ましく思ったのか、陸皇亀(べへモス)が足を止め、意識を彼らに向ける。そしてそれこそが彼らの目的だった。

 

 死を決めて一撃離脱に徹した彼らは、しかし長く戦ううちに機体、乗員ともに限界が訪れ始め、櫛の歯が欠けるように一体、また一体と数を減らしていく。

 

 最後に残ったのは、最も戦闘経験が長い隊長機であった。細かい傷が入っており、右腕などべへモスの尻尾がかすったことで半ばからちぎり飛ばされていた。全身の結晶筋肉(クリスタルティシュ―)はもはやボロボロでいつ動かなくなるかもわからず、魔力貯蓄量(マナプール)は長時間に及ぶ戦闘で底をつきかけている。もはや逃げることも叶わないだろう。

 

「ひよっこどもは逃げおおせたか……。この亀野郎、次に来るのは俺たちみたいな下っ端じゃねえ、本物の騎士団様だ。覚悟しやがれ」

 

 これが最後の一撃と覚悟して、隊長機は走り出した。回避や離脱を一切考えない一直線の軌道に対し、陸皇亀(べへモス)は最後まで戦い抜いた隊長機に敬意を表したのか最大の攻撃で迎えうたんと大きく口を開けて息を吸い込む。

 

 交差は一瞬。攻撃は同時だった。捨て身になったことでそれまでで一番鋭い一撃となった隊長機の攻撃が陸皇亀(べへモス)の顔面に命中した瞬間、その口から竜巻の吐息(ブレス)が放たれ、隊長機は機体の破片をまき散らしながら森の中へ消えていく。

 

 陸皇亀(べへモス)は周囲を見渡し、自分の道を邪魔するものがいなくなったことを確認すると勝ち鬨のつもりなのか、一つ咆哮する。その目の横には隊長の執念の成果か、最後の攻撃によってわずかに罅が入っていた。

 

 崩れた砦を乗り越えて歩き始めた陸の皇を、すでに高く上った太陽が照らしていた。彼らは、絶望的な状況下にあってなお、何よりも貴重な数時間をその命と引き換えに稼いで見せたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「セラフィーナ君はそろそろ野外演習だったね?」

 

「……野外演習、ですか?」

 

 ひょっとして知らないのかい、と私の目の前でオートン先生は呆れたようにうなだれた。

 

 いわく、魔獣との実戦経験を積むために騎士学科の中等部三学年合同でヤントゥネン郊外のクロケの森へ遠征を行う。クロケの森は生息する魔獣の多くが小型だが、万が一を考えて高等部の幻晶騎士が護衛を行うため、最悪の事態というのは限りなく避けられる。

 

 そういえば君はここに籠りっきりみたいなものだしなあと呟いて先生は続けた。

 

「君ならばないとは思うのだけれど、まあ万が一を考えて君の体質について忠告しておきますね」

 

 そう前置いてオートン先生は黒板に横から見た人の頭の断面図を描いた。

 

「君は前に魔道演算領域(マギウスサーキット)が人よりも広いといっていたね?」

 

 そういえばと思いながら、頷いて肯定する。それが一体どうしたのだろう。

 

「先天的に魔道演算領域(マギウスサーキット)が他者よりはるかに広い人というのは、少ないながらも先例はあるんです。そして彼らにはいくつかの共通点がみられます」

 

 先生はおそらく魔道演算領域(マギウスサーキット)を表しているのだろう緑の丸で、脳のおよそ半分を囲った。

 

「まず一つ。魔道演算領域もまた脳の一機能であるからか、他の脳機能においていくつかの未成熟な点がみられること。君の場合はおそらく、言語野あるいは表情をつかさどる部分に該当するのじゃーないでしょうか。まあ、感情が高ぶるときはいくらか違うようですが」

 

 私はそっと頬に手を当てる。思い当たる節は確かにあるのだ。日常生活の中では、どうしても会話で応答するまでに間が開いてしまうし、表情は全くと言っていいほど動かない。しかし感情的になった時には言葉はすぐ出るし、表情もいくらか表れるようになる。こないだのキッドたちの事件などがいい例だろう。そこまで考えて、気付いた。

 

 先生がそのことを知っているのは私が魔法で新しい基礎式を発見したとき、とてつもなく興奮してまるでエルのような暴走をしてしまったからじゃないか。思い出すと恥ずかしいので、そのままできるだけ自然に見えるよう手で顔全体を覆う。

 

「……二つ目です。これらの機能は魔道演算領域が最大まで使用された時に刺激されるのか、一時的に常人と同じレベルにまで働くようになります。いくらか制御は効かなくなるという話ですけれどね。まあこれはそんなに重要じゃないでしょう」

 

 そして最後の三つ目、これが重要なんですと先生は言った。

 

「彼らは最大まで魔道演算領域を活性化させた後、人によってそれぞれ気絶や後遺症などの異なる副作用を味わうことになります。脳にいつも以上の負担を掛けることになるからだという説が有力ですね。君はまだそれをしたことがないよーだから、何が起こるかはわからないはずです。だから、もしそーすることになったらこのことに十分注意してほしいとおもいます」

 

 真剣な顔で先生は告げた。その目は前髪と眼鏡に隠されて見えないが、私を心配してくれていることはよくわかった。

 

 魔道演算領域が広いということを不便に思ったことはないけれど、いざどういったことがあるといわれてみると、何やら心に来るものがある。ただ、私にとってはそれを補って余りあるほどにそれに助けられているのだから、文句の一つもあろうはずがない。

 

 オートン先生は黒板に書いた図を消すと、それじゃあ行きますかと研究室をさっと出ていった。私はその素早さに一瞬呆気に取られ、次に何を先生に頼んでいたかを思い出し、その後を慌てて追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「新しい基礎式の実演、ですか」

 

「まじかよすっげえな」

「セラちゃんすっごーい!」

 

「なんだ?それってすげえのか?」

 

 先生を案内してたどり着いたのは私を除くいつもの五人組のところだ。みんなはどうやら野外演習の話で盛り上がっていたらしく、演習に参加できないバトソンは一人悔しそうにしている。

 

 この時間にまっていてほしいと伝えていたからとはいえ、みんなが揃っているのは珍しい。学科が違ったりエルと私が高等部に顔を出すようになったからだ。

 

「……みんなには、先に見てほしいと思って。見てて」

 

 みんなが被害を受けない程度に離れたことを確認すると、私は二本の扇杖を抜き、新しい基礎式を用いた魔法を行使した。

 

「『細砂球(サンドボール)』、『止水滴(ウォータードロップ)』」

 

 私の右の杖の先端には砂漠にあるような目の細かい砂が渦巻く拳大の球、左の杖にはこれまた拳大の水で構成された球が波立つことなく現れた。魔法についてよく知らないバトソンはなんのこっちゃというような表情だが、他の三人はかなり驚いているようだ。

 

 今度は二つの球を私の正面に移動させ、混ぜ合わせる。出来上がったのは黄色い泥水だ。私はさらにこれに魔法をかけた。

 

「『清水精製(ウォータークリエイト)』」

 

 すると泥水から砂がさらさらと排除されて風に流されていった。残ったのは純水の球だ。それを上へフヨフヨと誘導し、仕上げの魔法を唱える。

 

「『水球爆発(ウォーターボム)』」

 

 パァンと軽い破裂音を立てて水球がはじけ、ミストのように広がった。みんなの表情がその瞬間に感嘆を表したことから、どうやら練習通り完璧にできたようだ。

 

「わあ、綺麗な虹……」

 

「綺麗だな……」

 

「え?虹?すげえけどなんでだ?」

 

「これは負けていられませんね」

 

 訂正、どうやら全員が感嘆したわけではなかったらしい。少しの演出として、霧が晴れたタイミングでひょこりと様にならないカーテシーを添えると、パラパラと拍手が起きた。

 

 顔を上げるとすぐに、冷静に分析していたらしいエルが質問してきた。

 

「今のは水と土の基礎式を含んだ魔法でしょうか?」

 

 こくりと頷いて肯定する。

 

「水と土の基礎式ってエル、確か……」

 

「はい、存在しません。いえ、していなかったというべきでしょうか。どうにせよこれは素晴らしい発見なのは間違いありません」

 

「セラちゃんすっごーい!」

 

「わっ」

 

 勢い良くアディが飛び込んできたことで身長が低い私は顔をその胸に押し付けることになった。呼吸ができないしその少し育ち始めた胸と未だに平野のような私のものを比べて少し悲しい気分になるのでやめてほしい。

 

 エルが何かに気付いたという風にオートン先生を見やる。

 

「では、ひょっとするとそちらの方はセラがお世話になっている魔法関連の先生でしょうか」

 

「あー。僕ですか?いやー実は忘れられてるんじゃないかなーてちょっと心配してたんです。僕、オートン・カジョソと言います。ここには彼女に監督を頼まれてきました」

 

「これは失礼しました。エルネスティ・エチェバルリアと言います。何時もセラがお世話になっているようでありがとうございます」

 

「俺はアーキッド・オルターって言います」

 

「私は妹のアデルトルート・オルターです」

 

「俺はバトソン・テルモネンだ、です。騎操鍛冶師(ナイトスミス)目指してます」

 

「ご丁寧にどうも」

 

 自己紹介が一通り終わると、キッドがアディに抱き付かれている私に近づいてくる。その表情は何かしら心配そうだ。

 

「なあ、セラ。これってすげえんだろ?国中に発表とかするのか?」

 

 私は発見した制御式や基礎式を発表して多くの人に使ってもらうつもりでいる。秘匿することに魅力を感じないし、それが目的を達成することに直接つながるからだ。

 

 けれどこの水と土の基礎式の研究は、オートン先生にかなり協力してもらって初めて成立したものだ。その方針は先生と相談して決めなくてはならない。

 

 先生を見ると、先生はいつものようににっこりと笑って答えた。

 

「全てを君に任せます。悪いよーにはしないでしょうし、僕はただ過去の資料を見せてアドバイスをしたにすぎません。この基礎式の研究は君が完成させた、君だけの成果です」

 

 私の成果、そう言われて私は不意に、前世でのなんの成果も上がらなかった魔法の研究を思い出して、それがようやく報われたかのような錯覚に襲われてしまった。前世での研究は今もまだ実っていないし、もうしてはいないというのに。 

 

 なんてことはない先生の善意の言葉に、強く感情が揺さぶられてしまう。

 

「ああ……ううっ」

 

「……よしよーし。セラちゃんはーすごい偉いし可愛いしサラサラだから、大丈夫」

 

「後半関係ないよな……」

 

「えーと、これ僕が悪いんでしょーか?」

 

「嬉し涙ですから大丈夫ですよ」

 

 アディに抱き付いたまま十分ほど、アディに頭を撫でられ、他の三人から見守られて私は泣き続けたのだった。

 

 

 

 

「……取り乱してごめんなさい」

 

「いえいえ」

 

 泣き止んだ私はアディの服についた涙やら何やらを水の基礎式を使って服から抜き出し、みんなに謝った。何やらみんなの生暖かい目が恥ずかしい。

 

 エルが濡らしたハンカチを私に差し出した。

 

「とりあえず、セラ。顔がすごいことになっているのでこれで拭いたらどうでしょうか。キッドも見ていますし」

 

「……!」

 

「いや、俺!?あーうん。見て、ごめん」

 

「そこは一言余計よ!バカキッド」

 

「俺はちゃんと見てないぜ。キッドは見とれてたんじゃねーの」

 

「ンなことねえよ!」

 

「もしかして図星でしょうか、キッドも顔赤くなってません?」

 

「なってねえよ!」

 

 あちこちでバシバシと叩き合っている音が聞こえる。いつもながら、五人集まるとうるさいほどに賑やかだ。ごしごしと顔を拭いて、顔を上げる。

 

「……私はこの基礎式を論文にして発表しようと思う。けれど学者になるわけじゃなくて、騎操士としてもやっていく」

 

 恐らくキッドが心配そうにしていたのは私が騎操士になるのをやめて学者になってしまうのではないかと思ったからだろう。同じ道を目指す友達がいなくなるのは、やはり悲しいものがあるから。

 

 キッドがにっかりと笑ってこたえた。

 

「そうか。手伝えることがあったら言ってくれよ!」

 

「私も私も!セラちゃん分も補充したからやる気は十分だよ!」

 

「俺は……何かいいもの作ってやるよ!」

 

「僕もセラの頼みとあらば断わりません」

 

「セラ君は愛されているようですね。もちろん僕も手伝いますよー」

 

「……ありがとう」

 

 私は、私にはもったいないくらいいい人たちに囲まれているということをいまさらながらに確認する。だからこそ、彼らを守るための力を望んでしまうのだけれど。

 

 ひとしきりみんなで笑った後で、アディが思い出したように聞いてきた。

 

「そういえば、セラちゃんは野外演習の班って決めてるの?」

 

 答えはもちろん決まっている。




魔法の『清水精製』は来迎 秋良さんからアイデアをいただいたものです。ありがとうございます!
これからも皆さんにアイデアいただけた物の全ては無理ですが、機会があれば登場させていきたいと思います。

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