対の銀鳳   作:星高目

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244さん、a092476601さん、溶融と凝固さん、誤字報告ありがとうございます!!


演習の開始

 二週間がたち、騎士学科の合同野外演習開始の日が訪れた。ライヒアラ学園の校門には大型の馬車と、下級生の護衛と長距離行進の訓練を行う高等部の幻晶騎士が十機ほど集合し、馬車に乗り込む子供たちを見守っている。

 

 そんな賑やかな風景の中には。 

 

「エル、セラ。十分に注意して、警戒を怠るなよ」

 

「はい、お父様」

「……はい」

「……ハンカチ持ったか?杖は忘れてないよな?後は……」

「マティアス先生。そこらへんでやめてあげてはどーでしょーか。点呼も始まっていますし」

「オートン先生、こんにちは。どうやらそのようですから、僕たちはもう行こうと思います」

「……行ってきます」

「はい、いってらっしゃい」

「……気をつけてな」

 

 あまり締まらずに悄然と肩を落とす鬼教官と、その横で能天気に手を振る魔法学者という珍しい光景も見られたのだとか。

 

 

 

 学園を出発した馬車は街道を経由して一路ヤントゥネンを目指して進んでいく。中等部一年生の生徒達は小旅行のような雰囲気に当てられているせいか、馬車の中はかなり騒がしい様相を呈していた。

 

 その中に、ぽっかりと穴をあけたように静かな空間を形成している集団があった。色々あってあまりにも有名になってしまった黒髪と銀髪の双子たちである。彼らは横一列に並んで、各々のんびりとこの時間を過ごしていた。

 

 エルは幻晶騎士に関する本を読み、時折馬車の外を歩いている純白の騎士アールカンバーや真っ赤な意匠を施されたグゥエールを眺めて恍惚とした笑みを浮かべている。ここ数年で猛烈な勢いで幻晶騎士に関しての知識を吸収し、とうとう高等部での整備の現場や模擬試合に顔を出し始めたエルは、もう何度もそれらの機体を目にしている。それでもまだ興味が尽きないのは、それが学生たちによる幾多ものカスタマイズの産物だからか。

 

 アールカンバーは騎操士学科最強と名高いエドガー・C・ブランシュが駆る機体だ。エドガー自身が守りに長けている騎操士であるためか、アールカンバーも防御性能を重視した堅実な機体となっている。

 

 赤い騎士グゥエールに乗っているのはディートリヒ・クーニッツという騎操士だ。こちらはアールカンバーとは対照的に盾を持たない二刀流を行うことで、格闘戦での攻撃性能を重視している機体である。操縦席からは、長距離移動が退屈だという愚痴が伝声管を通して周囲に漏れ出てしまっているけれど。

 

 これらの機体は一世代前のサロドレアという幻晶騎士が元になっているのだが、学生たちの志向や趣味によって思い思いのカスタマイズが重ねられてきた結果、原形をとどめていない物がほとんどだ。オリジナルと大した違いがないといえるのは、二機のやや後ろからディートリヒの悪態を注意しているヘルヴィ・オーバーリが乗るトランドオーケスくらいのものだ。

 

 アディはうっとりと幻晶騎士を眺めるエルに抱き付いたり話しかけたりしていたが、エルの関心が移らないと悟るやエルの膝に頭を乗せてそのまま寝てしまった。その顔がちょっとイケナイ感じに幸せそうな笑顔であることに気付いたほかの生徒は、またかとその光景を見なかったことにした。

 

 セラは何もない空中に紙を浮かべてペンで文字を書き綴っている。その文字はガタガタとかなり揺れている馬車の中だというのに一切のブレがない綺麗なものだ。暇そうに馬車の中を見ていたキッドはその光景に目を見開き、次いですぐにその謎の種に気付いた。よく見ればセラの座高がいつもより高く、セラ自身も少しだけ椅子から浮いているように見える。

 

 空中に紙が浮いているように見えるのは、圧縮した大気を机代わりに使っているからだ。一方一切のブレがないのはクッションのように柔らかい大気に座ることで振動を軽減しているからだろう。なんという洗練された無駄のない無駄な魔法の無駄遣いだろうか。

 

 次にキッドが気になったのはその書いている内容だ。

 

「セラ、それはなに書いてんだ?」

 

「……水と土の基礎式の論文。大枠だけでも作っておこうと思って」

 

「いや、それそこまでしてやるのかよ……」

 

「……善は急げというよ?」

 

 急ぎすぎだろという言葉をキッドは飲み込んだ。幻晶騎士に関わった時のエルと同様、魔法に関わったセラもまた暴走機関車のように突っ走るのだ。エルほど危ない感じはないにしろ、こちらは頑固でなかなか聞く耳を持たないというある意味余計厄介な一面も持ち合わせている。止めようとするだけ無駄だというのはエルを含めた全員の共通見解である。エルもまた同じように他の全員から見られているあたり、この双子は変なところまで似てしまっているといえるだろう。

 

 キッドはそれ以降黙ってセラの作業を眺めていたが、のどかな空気と馬車の振動に誘われたのか、そのうちに寝てしまった。暫くの後、セラが作業を終えて気付けば自分の肩に頭を預けるキッドの姿が。起こすことは忍びなく、自身もまた作業の疲れがあるからとセラはそのままキッドの頭に頭を重ねるようにして同じように睡魔に身をゆだねたのだった。

 

 ヤントゥネンはオービニエ以西に存在する西方諸国(オクシデンツ)と魔獣との戦いの最前線であるフレメヴィーラ東部の地域とを結ぶ街道の中間地点に存在するという立地から、重要な都市として幻晶騎士百機からなる大規模な騎士団を抱える商業が発達した都市だ。その外周部でライヒアラ学園の一行は商人から食糧や消耗品などの物資を受け取ると再度クロケの森へ出発した。それから一日の後、彼らは歴史的な事件として後世に語り継がれるある出来事の現場に、楽しい旅という雰囲気がいくらか抜けないままに到着するのだった。

 

 クロケの森へたどり着いた一行はそのままテントの設営にとりかかった。森の浅いところとは言えすでに魔獣の生息地、明日からの行動のための拠点を日が暮れないうちに作らなくてはならない。

 のだが。

 

「……セラ、それ持つぜ」

 

「……あ、ありがとう」

 

 一人でテントを運ぼうとしてその身長ゆえにまるでテントが一人で歩いているような有様のセラをキッドが気遣ったり。

 

「わー!セラちゃんそこは私がやるから!セラちゃんはそこで私にエネルギー補給してて!」

 

「……あり、がとう」

 

 なぜか身体強化を施し、両手で金槌を振りかぶって地面に杭(ペグ)を打ち込もうとするセラに謎の注文をアディが行ったり。

 

「こら、そこ!よそ見をしていないで作業に集中しなさい!いったい何を見て……!」

 

「生徒会長!?」

 

 作業の役に立てていないことに気付き落ち込むセラを見て、生徒会長が一時再起不能になったり。

 

 そんなハプニングを交えつつも、設営の作業は過不足なく完了されたのだった。

 

 

 賑やかな夕食が終わり、静けさに包まれた夜の森の中。就寝のためにテントに入った生徒たち――特に一年生――は時折遠くから聞こえてくる獣や魔獣の遠吠えに危機感を刺激され寝付けないままでいた。彼らとて、どんな状況でも睡眠をとる訓練というのは経験がある。しかしそれを実際に危険を感じる状況下で行うというのはやはり難しいものがあるのだ。

 

 アディやキッドもまたそのうちの一人だった。緊張によるものか、どうしても目が冴えて眠る気になれない。キッドは隣に眠るエルも同じように緊張を感じているのかと思ってエルの顔を覗き込んでみれば、当のエルは周りを気にすることなくぐっすりと眠りこんでいた。これは眠れるときに眠らなければ死ぬような彼のブラックな職場での経験によるところが大きいのだが、それはエル以外知る由もないことだ。

 

「……エル君、ずるい」

 

 何がずるいのかまったくもってわからないが、アディがエルの隣まで静かに移動していく。アディという狼に目をつけられてしまったエルは哀れ抱き枕として彼女の餌食になってしまった。

 

 キッドはそんな二人の様子にこっそりとため息をつき、セラはとアディが移動したことで見えるようになった彼女の方へ首を巡らせた。

 

 セラもエルと同じようにぐっすりと眠っているようだ……とキッドが思った時遠吠えがまた一つ響き、ピクリとセラの体が震えた。よく見れば、その寝顔はどこか苦しそうだ。

 

「あーもう。なんかほっとけねえよなあ……」

 

 幾秒かの逡巡の後、キッドはその小さな手を握りしめることにしたのだった。

 

(やっぱちいさいしやわらけえんだなあ)

 いつも距離が近いとはいえ初めてしっかりと握るセラの手の感触に、思春期真っただ中のキッドは悶々とした感情を抱いて余計に眠れなくなってしまった。

 

 しかしセラの顔がだんだんと穏やかなものに変わっていくのをみると、自分だけが悩んでいるのが馬鹿らしく感じられて、気楽な心持になった。

 

 少し後には、テントの中には四人分の寝息以外の音はなくなっていた。

 

 

(温かい……。なんだろう)

 

 次の朝、目を覚ましたセラは自分の手を包む温かい感触に気付いた。いったい何がと目を向けてみれば、自分の手がキッドの大きな手によってしっかりと握りしめられているではないか。予想外の事態に目を見開いて硬直すること数秒、後に昨晩は確かになかなか寝付けないで夢うつつでいたところで急に気持ちが落ち着いたことを思い返し、キッドが手を握ってくれたおかげかと思い当たった。

 

 意外と力強く握られているため簡単には外せそうにないことを確認した後にキッドの顔を見れば、たった今起きたようで、薄く目が開いていた。

「んあ、ああ、セラ、おはよう」

「……おは、よう」

 

 キッドが起きたことで手を外すことができるようになったセラは毛布を顔までゆっくりとずり上げ、ダンゴ虫のように毛布にくるまってしまった。

 

 困惑するキッドの後ろで、ニマニマとした顔で一部始終を見ていた二人がいたのだとか。彼らのやり取りを聞いたセラは、ダンゴ虫から貝になってしまい朝食ぎりぎりまで毛布から出てこなかった。

 

 朝食を終えた一行は、学年ごとに予定されていた行動に移り始めた。二年生以上の生徒は班ごとに森の奥へ一定数の魔獣を狩るために進んでいく。森の奥では中型の魔獣とも遭遇することがあるためか、彼らの表情は一様に引き締まっている。

 

 一方で一年生は森の浅い部分の探索のみに留めることになる。戦闘はもし遭遇したらという程度で、主眼に置かれているものではない。しかし彼らもまた初めての演習に緊張しているのか、どこかぎこちない様子の班が多い。

 

 例年通りの光景にある教師は胸をなでおろした。拠点での待機の役割をする彼はそんな生徒たちを見送り、音のなくなった拠点で椅子に腰を下ろした。

 

 彼らは知らない。穏やかに終わるはずの演習に災害級の危機が迫っていることを。この森で危機察知に鋭い魔獣たちがどのような様子でいるのかを。

 

 こうして、事件の一日目は後からは想像できないほど穏やかに始まったのだった。


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