対の銀鳳   作:星高目

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事件の顛末

「ねえみてキッド、これすっごいかわいい!」

 

 そういってアディがキッドに差し出してきたのは、カルダトアをデフォルメしたぬいぐるみだ。ずんぐりとしたそれを抱き抱えてみてかわいいというアディは、最近エルに感性を染められつつあるのかとキッドは微妙な顔をした。

 

「それはちょっと。しっかしさすがっつーかなんつーか、ライヒアラよりものがいっぱいあるよな」

 

 感慨深げにつぶやくと、キッドはきょろきょろと多くの人でにぎわっている商店街を見回した。

 

 騎士団によるパレードの翌日、キッドとアディは商業都市ヤントゥネンの町を散策していた。目的は家族へのおみやげと、事件で活躍したエルとセラへのプレゼントを買うためだ。残念ながら今日の午後には重傷人と付き添いの生徒をのぞいて生徒たちは学園へ帰ることになっているため、そう長い時間はかけられないが。

 

 いまだ師団級魔獣討伐の興奮冷めやらぬ街の通りには、ここがいざ稼ぎ時と多くの出店が並んでいる。数ある店を覗いては珍しい品物にはしゃぐアディの後ろを、品物を吟味しながらゆっくりとキッドが着いていく。

 

 結局二人へのプレゼントが決まったのは、日が真上にさしかかろうかという頃合いだった。

 

「エル君もセラちゃんもプレゼント喜んでくれるかな~」

 

 エルとセラがいる騎士団の詰め所への帰り道、プレゼントへの二人の反応が楽しみなのかアディはにこにこと笑っている。その隣を歩くキッドのは対照的に浮かない顔だ。キッドの様子に気づいたアディが静かに反応を待つ。

 

「なあ、アディ」

 

 やがてキッドがゆっくりと口を開いた。

 

「なに、キッド」

 

 答える声は、エルと一緒にいる時の姿、つまり普段からは想像もつかないほど落ち着いたものだった。まるで子供の疑問に答えるかのような。 

 

「俺たちこのままじゃダメだよな。エルとセラのためにも」

 

 そう呟いたキッドの脳裏に浮かぶのは、昨日セラが目を覚ましたときのことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 幻晶騎士達の帰還に先んじて、陸皇亀(べへモス)との戦闘で負傷したものが送還された騎士団の救護所にエルとキッド、アディの三人は集まっていた。三人が見つめるのはベッドで眠るセラだ。彼らの心配をよそに心持ち穏やかな表情ですやすやと眠る彼女は、陸皇亀(べへモス)との戦闘の最中に気絶して以来未だに目を覚ましていないという。

 

「ん?ここは・・・・・・」

 

 セラの隣のベッドから聞こえた声に三人が振り返る。そこにいたのはグゥエールの騎操士であるディートリヒだった。未だに状況が飲み込めていないらしい彼の左腕はギプスで固められており、骨折しているだろうことが伺える。グゥエールを彼の代わりに操作していたエルによれば、戦闘の最後にコックピットがひどくシェイクされあちこちに体を強く打ち付けたためらしい。

 

 実際のところはエルがコックピット内にエアクッションを形成していたために腕だけで済んだということもあるが。もしそうでなければ彼は今頃ミンチよりひでえやという有様になっていたことだろう。

 

 突如彼を見ている三人の横からぬっと大きな影が現れ、ディートリヒの前に立った。その姿を認めたディートリヒの顔が徐々に青ざめてゆく。何事かと皆の視線が向いた先にいたのは。

 

「あらあ、気がついたのね。ここはヤントゥネンの騎士団救護所よ」

 

 さっぱりと刈り上げられた輝かしい頭皮と。

 

「あ、あああ・・・・・・」

 

 ナース服をちぎり飛ばさんばかりに張りつめた見るからに強靱な肉体を持つ。

 

「骨折してるけどすぐに治るわ。イイカ・ラ・ダ・ね」

 

「うわあ@p;:・」

 

 子どもが泣いて謝るような野太い声で女言葉をしゃべる漢だった。

 

 もう一度言おう。漢だった。

 

 ハートマークが飛び出しそうな見事なウィンクを決めた。だが漢なのだった。

 

 しなを作ってディートリヒの上半身をそっとなぞる彼に、ディートリヒが形容しがたい叫び声をあげてけがを気にすることもなく暴れる。

 

 身の毛がよだつような光景を、三人は見なかったことにした。キッドはセラがとなりの惨状を見ないよう視界を遮る位置にそっと動き、アディはエルの頭を狂ったようになでて癒しを求める。

 

「すいません。考えたいことがあるので少し席を外します。パレードも見に行きたいですし」

 

 エルはそう言うと若干青い顔で部屋を出ていった。癒しを失ったアディの手がわきわきと空中をさまよう。もう一人の癒し、セラに手を伸ばして、引っ込めて。結局は起こさない程度にゆっくりとなでることにしたらしい。

 

 理解不能なわめき声とおぞましいまでに野太い声、ふへへ・・・・・・という不気味な声が奏でる不協和音を、キッドは心を無にして耐えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 それから後、次の時を告げる鐘が鳴った頃にセラが身じろぎをした。若干コクリと首を揺らしていたキッドと壊れた機械のようにセラの頭をなで続けていたアディが気付いてセラの顔をのぞき込む。

 

 ゆっくりと目が開かれ、ぱちぱちと瞬く。その目が二人の姿をとらえるやいなや、アディががばりとセラに飛びついた。

 

「セラちゃんおはよー!心配したよ!」

 

「いやお前いきなり飛びつくなここは病室だから静かにしろセラがびっくりして・・・・・・ねえな」

 

 セラはいきなりアディに飛びつかれたにも関わらず、一瞬目を少し開いた後に自らの肩に埋もれたアディの頭をなでていた。もし彼女に表情があれば穏やかに微笑んでいたに違いない。そうでなくともそれはまるで姉が妹をあやすような絵になる光景だった。身長の上では立場が逆になってしまうのだが。

 

「あ、エル君呼んでくるね!」

 

「あ、おい・・・・・・」

 

 走り出したアディを注意するまもなく、彼女は病室を飛び出ていってしまった。すぐに静かな廊下に、怒鳴るような声と謝るアディの声が響きわたる。

 

「あいつバカだろ・・・・・・。セラ、どっか痛いところとかないか」

 

 キッドの問いかけにセラは口をぱくぱくと動かして、そっとのどを押さえた。セラの様子に、キッドが若干の焦りを見せた。

 

「もしかして、のどがやられたのか?」

 

 セラは一瞬迷ったように間をおくと、少しだけ頷いた。少し考えた後に彼女は何かに気付いたようにキッドの腰に差された銃杖を指さす。

 

「これか?貸せってことか」

 

 コクリと頷いたセラに銃杖を渡す。銃杖を受け取ったセラは少しの間虚空を見つめると、やがて杖の先から火を出し始めた。

 

「病室で火魔法って危ないだろ。ってこれ、文字か」

 

 杖の先から伸びでた火は、文字の形をかたどると空中に並んで留まっていく。またもや飛び出したびっくりな魔法の使い方と無駄に洗練された制御力に、キッドは驚いていても仕方ないと描かれた文字に注意を向けた。

 

『声がでないから魔法で』

 

 空中に浮かぶ火の文字は、しばらくすると火の粉すら散らすことなく溶けるように消えていく。文字が消えたあと。言葉の意味を理解したキッドが大きな声を出そうとして、場所が場所だと小声で尋ねた。

 

「声がでないってなんか怪我したのか」

 

『心当たりはあるけど、みんなが来てから話すね』

 

 エルとアディも一緒に、という言葉にキッドは追求をいったん断念した。心配で気になるのは山々だけれど、火で文字を描くという手段で何度も説明するのはかなり面倒だろう。二人が帰ってくるまで、キッドは事件の顛末と、エルとセラの扱いについて説明することにした。

 

 

 

 

 

 

「ええ!セラちゃん喋れないの!?」

 

 二人が帰ってきたのは、キッドが説明を終えてすぐのことだった。キッドからセラが声が出せなくなっていることを聞いたアディが素っ頓狂な声を上げる。

 

 エルが難しそうな顔でセラに問いかけた。

 

「その原因は分かっているのですか?」

 

 頷いて杖の先からすらすらと火の文字を出していくセラに二人が驚いた表情を浮かべるも、文字を読みのがすことはしなかった。

 

『おそらくだけど。魔導演算領域を全力で使った副作用だと思う』

 

「副作用なんかあんのか」

 

『私みたいに魔導演算領域が先天的に広い人はそうみたい』

 

「それはもしかするとオートン先生が仰っていたのでしょうか」

 

 頷いて肯定するセラに、納得したようにエルもまた頷いた。

 

「わかりました。詳しい話は先生に聞くことにしますから、今は体を休めてください」

 

 キッドとアディに向けられた確かめるような視線に応と答えると、セラは再び眠りについた。

 

 先ほどまでと変わらない穏やかな表情でセラは眠っている。いつもと同じ色白な肌からは、どこかが不調であるようには見えない。

 

 けれどキッドは何か寒々しい、心の底に氷の塊をねじ込まれたような感覚を覚えて、その姿から目が離せなくなってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今のままじゃ、俺たちは無力なままだ」

 

 自分たちが馬車で危険地帯から離脱している間、親友の二人はその命を途方もない危険に曝していた。その結果があのセラの姿。病室にはもっと重傷の騎士団員たちの姿もあったのだ。大きな怪我をしていない分セラはまだ幸運だったといえる。

 

 けれどエルから聞いた話ではセラもかなり危ないタイミングがあったのだという。もし何か一つ間違えていたならば、セラがあんなに穏やかに寝ている光景さえなくなっていたということだ。

 

 キッドはただ自らの無力が悔しい。大切な二人を見送ることしかできなかった自分が悔しい。

 

 もし次に同じようなことがあった時、二人は必ず同じように立ち向かうのだろう。そうなったとき自分はどうするか。

 

 次こそは彼らとともに戦いたい。だからこれは、きっと同じようなことを考えていただろうアディへの決意表明だ。想いを込めるように拳を堅く握りしめる。

 

「指をくわえて見守るしかできないなんて、もう二度とごめんだ」

 

「あったりまえじゃん!」

 

 アディの答えはキッドの静かな声音とは反対に明るいものだった。その裏には今更気付いたの?というニュアンスが含まれているように聞こえてキッドが少し顔をしかめた。

 

 誇らしげに、アディはその胸をどんと叩いた。

 

「私はエル君のためだったらどこへでも行くよ。今回はエル君ならって思って見送っちゃったけど、次は絶対について行く。たとえそれが地獄でも、ボキューズの彼方でも。ただ見てるだけの女の子じゃあ、エル君の隣には居られないんだってわかっちゃったし」

 

 もちろんセラちゃんもね、と続けたアディは真剣そのものだった。その姿を見て、ふとキッドは疑問に思う。

 

 アディはきっとエルのことが恋するほどに大切だから迷いなくここまで言える。ならば自分は。

 

 セラの姿ばかりを思い浮かべて決意した自分は、彼女のことを一体どう思っているのだろうか。好きだからというのはいまいち違うような気がする。友達というには少し近づきすぎた感情だ。

 

 ただ守りたいということだけははっきりしているのに。

 

 ルンルンと再び歩き始めたアディを追いかけながら考えても、答えはどうやら見つからないようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「プレゼント、ですか」

 

『プレゼント?』

 

 救護所で話をしていたエルとセラにプレゼントがあると告げると、二人とも全く同じように首を傾げていた。全くこの双子はそっくりだと、キッドとアディはクスリと笑う。

 

「僕たちの誕生日はまだ先なのですが・・・・・・」

 

『勘違い?』

 

「いーや、違うぜ」

 

「二人ともちゃんと帰ってきてくれてありがとうっていうプレゼントだよ!」

 

 ガサゴソと紙袋を漁るアディに、エルとセラは未だに困惑した様子が隠せていない。アディとキッドは二人がどんな反応をするかが楽しみでならないようだ。微妙ににやけてしまっている。

 

「じゃじゃーん!」

 

 勢いよくアディが取り出したのは二つの包みだった。一つをキッドが受け取り、エルに手渡す。アディももう一方の包みをセラに渡していた。

 

「あけてもよろしいのでしょうか」

 

 問いかけたエルに、にこにこと笑うことでアディが答える。そっと開けられた包みの中から出てきたものに、二人は驚いた。

 

「ブレスレットと」

 

『髪飾り。綺麗』

 

 エルへは青色の触媒結晶をあしらったブレスレット、セラへは白色の触媒結晶を中央に据えた花形の小さな髪飾りをプレゼントとしてキッドとアディは買っていた。二人の反応は上々で、キッドとアディは自分たちの選択が成功したことに満足した。

 

「お揃いのお守りなんだよ」

 

 そういってアディが自らの頭を指さし、キッドも腕を見せる。アディは髪飾り、キッドはブレスレットをすでに身につけていた。それらはエルとセラにプレゼントした物の色違いで、アディの髪飾りには赤、キッドのブレスレットには黒色の触媒結晶が使われているようだ。

 

「二人とも、おかえり」

 

「ちゃんと言えてなかったからな。おかえり」

 

「では。ただいま、ですね」

 

 残る一人に三人が視線を向ける。杖を手に取った彼女は少し躊躇っているようで、今までに比べてゆっくりと文字を綴っていく。

 

『ありがとう。これは私のわがままなのだけれど、もし声が戻ったらもう一度言ってほしい』

 

「そりゃいいけど、どうしてだ?」

 

『ちゃんと言葉でお礼を言いたいから』

 

「そういうもんなのか」

 

 セラの言葉(文字)に半分納得がいかないような表情でキッドは首を縦に振る。ほかの二人も何か不思議に思うところがあるのか首を傾げているようだ。

 

 表情が変わらないけれど、若干不満げであるということがわかるのは彼らの付き合いが長いからか。拗ねたようにセラは文字を綴る。

 

『私だけ言葉に出せないなんて、仲間外れじゃない』

 

 そう記すなり、セラは顔を背けてしまった。

 

 エルはその文字を見ても表情を変えなかったが、アディは別だった。彼女の目がなにやらキラーンと光ったようなそんな錯覚をキッドは覚える。もちろんそんなことはないのだが。

 

「セラちゃんかーぅわい!お持ち帰りしたい!」

 

「いやセラはここに残るんだからな」

 

 セラに飛びついて頬ずりするアディに、されるがままのセラ。アディの言動がいろいろと危険なものを含んでいるのは今更だが、セラはほかの怪我をした学生たちと一緒に後日馬車で学園に帰ることになっている。今自分たちと一緒に帰るわけにはいかないだろう。

 

「見事なルパンダイブ、十点ですね」

 

 エルはエルでなにやらよくわからないことを呟いているあたり、この空間はあまりにも混沌としている。これが日常茶飯事なあたりこのメンバーそのものが自由すぎるのだ。もう一人のつっこみもとい制止役のバトソンがここにいないことをキッドは惜しんだ。

 アディがセラの頬を弄び始めた辺りでセラから視線で助けを求められたので、アディの襟をつかんで引っ張っていく。

 

「んじゃあ、俺らはそろそろいくぜ」

 

「ああ・・・・・・セラちゃんとしばらく会えないなんて。これはもう、エル君をしっかり愛でなきゃ!セラちゃん、じゃあねー」

 

「お手柔らかにお願いしますね。後発の馬車はおそらく一週間ほど後になるだろうとのことですから、それまでちゃんと休むんですよ」

 

 ぱたりと病室のドアを閉じて嵐のような三人が去っていく。それまでのにぎやかさが嘘だったかのように静まりかえった病室の中でセラは一人、髪飾りと返し忘れたキッドの銃杖を見つめて密かにため息をついたのだった。


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