魔法の教え
「奥様、旦那様。元気な双子ですよ」
「男の子と、女の子か。二人とも、君にそっくりだ」
「女の子の方が後に生まれたから、兄妹ね。……二人とも元気そうでよかった」
「旦那様、抱っこされてみてはいかがでしょうか」
「あ、ああ。傷つけてしまいそうで怖いが……。とても、温かいのだな」
「生まれてきてくれて、ありがとう。……ね、お父さん、名前は考えてあるの?」
「ああ。それはな……」
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私は自動車に轢かれて、一度確かに死んだ。そのはずだったのだけれど。
なぜか私は見知らぬ夫婦の子どもとして生きていた。
・・・・・・え?
どうやら私は最近ネットで人気になっていた転生というものをしてしまったらしい。そう気付いたのは生まれてから三年の月日が経ってからのことだ。それ以前の赤ん坊の時期のことは、自分の現状把握に困らない程度の断片的な記憶として持っている程度で、別人の記憶のようなものだ。
そして記憶を得てから二年が経ち、私は五歳になった。ここまでくれば、自分の家族のこともよくわかってくる。
今の私に与えられている名前は『セラフィーナ・エチェバルリア』である。母であるセレスティナから受け継いだ紫がかった銀髪と蒼い瞳が特徴的な少女らしい容姿をしているのだが、そんな私に男なのに見た目が全くそっくりな双子の兄が存在する。
「エル。セラ。魔法術式というのは、基本的な現象を表す基礎式と、それをつなげて使うための制御式の二つが、図形で表されているものなの」
「母様。図形に何をすれば、魔法が起きるのでしょうか」
「それはね、人の頭の中には
私の隣で母に質問をするエルと呼ばれた少年こそ双子の兄、『エルネスティ・エチェバルリア』である。エルは母の言葉を真剣に聞いている。こんなことを考えている私もまた、母の言葉を聞き漏らすつもりは毛頭ない。なぜなら、魔法は私たちの将来に必要不可欠なものなのだから。
二年前。私が自我をもって間もないころのことだ。騎操士という、幻晶騎士を駆り魔獣による危害から人々を守る騎士である父の職場。母に連れられていったそこで、私たちは二体の幻晶騎士が戦う姿を見た。
人型の機械仕掛けの巨人に、物理法則を無視した魔法。それは科学が発達した前世でさえ、ついぞ見なかったファンタジーの光景だった。そして、私が前世で手に入れられなかったものだった。
――今度こそ、今度こそ手につかむことができる――
そう知った時の私の喜びというものは、言葉には言い表せないものだった。とにかく、魔法とその巨人たちしか目に入らなくなっていた。一方隣で同じ光景を見ていたエルもまた、何かを感じたのだろう。ひどく純粋に、嬉しそうな声を上げていたように思う。
結局エルは帰り道でも幻晶騎士の話を夢中でしていた。私も魔法の話に夢中になっていたので、熱心で無秩序な二人の子供の話を聞いていた母は聖徳太子もかくやというほど大変だっただろう。
その中で、あの幻晶騎士という巨人もまた魔法で動いているということを母が教えてくれた。
身長十メートルを越える機械を動かすほどの魔法!そしてそれで行える魔獣狩りや守護などの様々な事象!
それは私の胸を焦がすような憧れを生み出した。だから私は、奇しくもエルと同じように騎操士となることを決意したのだった。
五歳になったとたんに二人そろって騎操士になると主張した私たちは、騎操士になるためには幻晶騎士による戦闘の基本となる剣術と、幻晶騎士を動かす高度な魔法の技術が必要であるらしいと父に教えられた。そうして私たちは父に剣術を、母に魔法を習うことになったのだ。
そして今に至る。目の前ではエルが魔法を発現させるために必要な、魔法触媒を先端にはめた杖を小さな的に向け、目を閉じている。おそらく、魔法術式を組み立てているのだろう。間もなくパシュッという音とともに放たれた炎の弾丸は、綺麗に的の中央に当たった。
母がエルをほめて言うには、この年で魔法の狙いを制御できているのはとても珍しいらしい。褒められて嬉しそうなエルを見ていると、精神が年齢に引っ張られている面があるのか、ムッと対抗したくなった。どうしても双子の兄に負けたくはないのだ。
「……お母様。次はセラの番?」
そんな感情を隠して言ったつもりでも、五歳の体は素直なもののようで、少し怒りっぽい言い方になってしまった。二人とも私の心境を察したのか、エルは杖を笑顔で手渡し、母は私を励ましてくれた。恥ずかしい。
杖を的に向け、目を閉じる。構築するのはエルが唱えたのと同じ魔法だ。魔法の構築は図形を理解し、つなげること。前世で似たようなものは何度とみてきたのだ。残念ながら先ほどのエルに一瞬遅れているようだが、術式構文は完成した。後はこれに体内の魔力を流し込んで――
「
必要はないものの気分で呪文名を唱える。同時に、バシュッという音とともに少し大きめの火の玉が杖の先から放たれて的へ飛んでいく。……バシュッ?
先ほどのエルの魔法と音や玉の大きさが違うことに驚く間もなく、火の玉は的のやや中央を外れたところに命中し……小さい爆発音を起こして的を叩き割った。
恐る恐る母とエルの方を見れば、予想外の結果だったのか二人とも茫然としている。だが我に返ったらどうなるだろう。
――的を割ったことを怒られるかな。無意識であっても危険なことをしたと魔法を勉強させてもらえなくなるのかな。悪くすれば遠ざけられるかな。そんなのは嫌だな――
そんな事が思い浮かんで視界がにじむ。母が私の方に歩いてくる。その表情を見るのが怖くて、顔を上げられない。
ふっと温かい感触に包まれて、少し遅れて私は抱きしめられているのだとわかった。
「怖がらなくてもいいわ。セラ。怒ったりしないもの」
安心させるような穏やかな声音で告げられた言葉がしみこんできて、私は顔を上げた。母は私に目を合わせて笑顔で続けた。
「この年でこれだけの力がある魔法を使える子もそうそう居ないのよ。あなたの魔法はとても力強いわ」
あなたなら立派な魔法使いになれる。そう言って母はまた私を抱きしめた。
ああ……。とっても、とってもあたたかいなあ。
久しく触れていなかった温もりに、どうしてか涙がこぼれてしまうのだ。
恥ずかしながらエルとセラが魔法を習い始めたのは5歳からだということに原作を読み返していて気付いたので、年齢を3歳→5歳に変えてそれに沿うように各所を修正しました。
(/ω\)