対の銀鳳   作:星高目

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夜の競争

「二人は今日も元気ねえ」

「二人はいつもの競争か」

「お父さんも加わってみたら?」

「……よそう。見ている限りでは、私は二人に恐らく勝てないしな」

「ふふ。二人とももう魔法について教えることもなくなってしまったもの」

「ティナも料理がさらに上手になってきたよな」

「二人が私の料理をかけて争ってるって知ってた?」

「そうだったな。……これは?」

「味見よ。はい、あーん」

「……もう一回結婚を申し込みたくなるな」

「あら、もう結婚してるじゃない」

「いつまでもおぬしらは駄々甘だのう。胸焼けしそうだわい」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 

 ライヒアラ騎操士学園は日本でいうなら小中高一貫教育の仕組みを持つ、国内で最大規模の教育施設である。当然、それだけの数の生徒が集まるとなれば周囲の人口規模も相当なものであるということになる。その営みで形成されるライアヒラ学園街と呼ばれる都市に、私は住んでいる。

 

「さて、今日も競争と行きましょうか」

 

 目の前でエルはフードをかぶり、飛び跳ねたり伸びをして運動の準備をしている。太陽は町をぐるりと包む城壁の向こうに隠れて、人々は家に帰り家族の団らんの用意を始める頃合いに、私たちは我が家の屋根の上にいた。

 

「……今日も、負けない」

 

 私の言葉にエルがどんな表情を浮かべたのかは、フードと暗闇でよくわからない。十中八九、心底楽しそうに笑っているのだろうけれど。

 準備体操を終え、私もエルと同じようにフードをかぶる。気分はアサシンか忍者かといったところだ。ばれてもどうということはないのだけれど、騒ぎにならないようにわざわざフードをかぶって見つからないようにしているのだから、あながち間違ってもないだろう。

 

「……ニンニン」

「お主、伊賀か甲賀か、といったところでしょうか」

 

 エルは既に準備を終え、杖を片手に待っている。私もまた、術式をいつでも発動させられるようにして耳を澄ませる。

 

 街の人々の気配がぽつぽつとしたものになり、世界が静寂に包まれている。いくつか拍子を数えるころに、静けさを破るようにスタートの合図――六時を告げる鐘の音が響いた。

 

 「「身体強化(フィジカルブースト)」」

 

 走り出したのは同時。使った魔法も同じ脚力を強化する上級魔法(ハイスペル)。子どものものとはいえ魔法で強化された脚力によって、お互いすぐに屋根の端にたどり着く。迫りくる足場を踏み外さないように、タイミングを見計らい魔法の出力を上げてさらに踏み込む!

 

 空中に飛び出すと同時に私は魔法を次々に唱えた。その結果は目に見えるものではないけれど、唱えた私にはよくわかる。

 体が重力にひかれて落下し始める前に私は、()()()()()()()()()()()。それを三角飛びの要領で、次の屋根に飛び移るまで繰り返す。屋根にたどり着いてちらと様子を確認すれば、エルは炸裂音とともに空中に撃ち出され、間をおかずに同じ屋根に軟着陸したようだ。

 

 私たちが使ったのは同じ『空気弾丸(エア・バレット)』という大気を圧縮する魔法だ。本来ならば圧縮した空気を敵に撃ち出すものだけれど、圧縮した時点で止めることで応用の幅が広がる。

 

 エルは魔法の風圧で自分を吹き飛ばしたのちに、着地地点に圧縮した大気を用意して衝撃を和らげた。エルはこれを大気圧縮推進(エアロスラスト)と呼んでいる。

 

 一方私が行ったのはとてつもなく圧縮した大気を進路上に複数配置し、『身体強化(フィジカルブースト)』を発動したままそれを足場にするというものだ。私はエルに倣ってこの魔法を大気圧縮跳躍(エアロステップ)と名付けている。

 

 

 結果としては『身体強化(フィジカルブースト)』の出力でエルを上回り、しかもそれを発動し速度を維持し続ける私の方が、エルよりも先に隣の屋根に飛び移った。しかしそれもわずかな差で、逆転を狙うべくエルはすぐ後ろを距離を開けられないように走っている。まったくもって気が抜けない。

 

 私とエルの魔法の能力は、双子であるにもかかわらず大きな違いがある。

 エルは演算が異様に早く、またたやすく既存の魔法を劇的に改良して見せる。魔法の効率化と演算速度では、エルには少し差を開けられている。

 そして私はどうやら先天的な魔法の才に恵まれているらしい。魔導演算領域が他の人よりも広く、魔力も訓練をしない段階でエルの数倍はあった。そのため私は魔力を多く注ぎこむことで、魔法の出力を上げられるし、多くの制御式が必要な大規模で威力の高い魔法を扱うことも、多くの術式を並行起動することもできる。魔法の改良も行っているがエルほどの省エネに至るのは少し難しそうだ。

 

 これらはエルとともに魔法の訓練をする中で母のティナが気付いたものだ。私が初めて唱えた魔法が的を破壊したのは、無意識に魔力を多く使ってしまった結果であるらしい。余談ではあるけれど、子供が二人とも魔法に優れているとわかった時の母の喜びようは凄まじく、その日の晩御飯はまるでクリスマスかのように豪華なものとなり、仕事から帰ってきた祖父と父が目を丸くしていたのがおかしくて、母とエルと私で大笑いしてしまった。

 

 それはさておき。

 エルとの競争も半ばに差し掛かってきたのだが、差はあまり開いていない。ここまではいつもと同じ流れで、ここからエルが何かしらの工夫で私を追い抜こうとしてくるのだ。それを私がしのぎ切りリードを守り切れるかどうかが、この競争の勝負所である。現状は、身体強化(フィジカルブースト)の出力や魔力量の差、そしてエルの演算速度が活きにくい条件のおかげか私が勝ち越すことができているけれど。

 ちなみにエルが私と同じ走り方をしないのは、同じことをずっと続けるとエルでは魔力が足りなくなってしまうからだ。大気を足場にできるほどに圧縮するのは地味に魔力の消耗が激しい。

 

 リードを広げたいが、速く走ろうとしてあまり『身体強化(フィジカルブースト)』の出力を上げすぎると、今度は体の操作を誤って下手をすれば転落しかねない。残念なことに私の運動能力自体はそれほどのものでもないのだ。

 とはいえ勝者に捧げられる絶品である夕食のおかず一口分を譲るわけにもいかない。私は『身体強化(フィジカルブースト)』の出力を少し引き上げることにした。

 

「あれ、誰か来るよ」

 

 直後にそんな声が前方から聞こえた。

 気付けば、目の前には二人の少し年上に見える子供。

 速度が出すぎていて、このままではぶつかってしまう。私の演算速度では魔法は少し間に合わない。それでも軌道をそらそうと自分を上に吹き飛ばす魔法を唱える。

 

 まずいと、衝突を覚悟したその瞬間。

 

「ふぎゃ!」

 

 ぶつかったのはやわらかい空気の塊。そう認識する間もなく、自分の魔法が発動する。その結果として私がどうなるか。

 

「ふにゃー!」

 

 クッションにぶつかった間抜けな顔のまま上空へ吹き上げられ、情けない悲鳴を漏らす現状が答えだ。

 ……人間は急に止まれない。

 

 私がぶつからずに止まれたのは、私より先に人影に気付いたエルがその演算速度で以て大気をクッションのようにする魔法を唱えたからだ。クッションとはいえ高速で顔面から突っ込んだ私の顔はおそらくいろいろな意味で真っ赤だろう。今が夜でよかったと思う。

 

「セラ。競争に集中するのはいいですけど、周りをちゃんと見てください」

「……ごめんなさい」

「わかっているのならいいですよ。二人にも謝りましょう」

「……ずび。ごめんなさい」

「……あ、ああ」

 

 私に頭を下げられた二人は暫し茫然としていたがやがて再起動したらしい。目の前で起きたことを徐々に理解し始めたようだ。

 

「いや、というかお前ら誰だよ」

「すごかった!すごい速さで突っ込んできたと思ったらバーって吹き上げられて!」

「……それは忘れて」

 

 名前を聞かれた私はフードをかぶったままでいるのも不審であると思い、フードを脱ぐ。エルもそれに気づいたのか、少し遅れてフードを脱いだ。

 

「そういえば名乗っていませんでしたね。僕はエルネスティ。こちらが妹の……」

「……セラフィーナ。よろしくね」

 二人はまたもや何かに驚いたようだった。おそらく私たちの容姿についてだとは思うけれど。

「俺はアーキッド。でこっちが妹の」

「私はアデルトルート。エルネスティちゃんもセラフィーネちゃんもか、可愛い……」

 

 どうやらエルはまた女の子だと勘違いされているらしい。二人そろって母にそっくりだから仕方ないといえば仕方ないけれど、エルの顔が心なしかひきつっているのは気のせいだろうか。

 

「こう見えて僕はれっきとした男ですよ。名前は長いでしょうからエルでいいです」

「……私は女だよ?セラって呼んで」

「じゃあ俺はキッドな」

「エル君とセラちゃんね!すごいそっくりだ!私はアディって呼んで!」 

 

 アディが手をワキワキしながら興奮したような表情で近づこうとしているのがとても怖い。飢えた猛獣が獲物を見つけた時のような、という例えは彼女に失礼だろうか。なんにせよ、狙われているようで落ち着かない。

 フへへ……と不気味な声まで聞こえてきそうなアディから目をそらしてキッドが問いかける。

 

「二人は何してたんだ?」

「僕たちはちょっと競争をしていました」

「競争?どうやったらあんな速くなれるんだよ」

「……魔法を使ってちょっと頑張ってた」

「その魔法をちょっと教えてくれねえか。すっげえ気になる」

「私も私も!私たちもできるの?」

「できると思いますが、上級呪文ですから相当練習しないと無理ですよ?」

 

 エルの言葉に二人とも構わないと了承の意を示した。そして始まったのはエルのパーフェクト魔法教室だ。エルの教えがわかりやすいだけでなく、二人の頭もいいようでしっかりついてきているようだ。たまにわからなくなった時に私がサポートを入れていく。

 

「難しいことやってんだなあ」

「慣れればそれほどでもありませんよ」

「それでもすごいよ!かぅわいいし!」

「……それは、多分関係ない」

「お前は怯えられてるからがっつくのやめろ」

 

 キッドがアディの襟をつかんでくれたことで少し安心する。しかし意外に長いこと話していたらしく星の位置から見るにいつも家に帰る時間をとっくに過ぎてしまっているようだった。

 

「……エル。そろそろ時間が」

「っと。そうですね。遅くなると親を心配させてしまうのでそろそろ帰ることにします」

「ちょっと待ってくれ。二人はいつもさっきぐらいの時間にここを通るのか?」

「はい」

「そっか。今日はありがとうな」

「またねー」

 

 手を振る二人を背に私たちは魔法を使いながら家にまっすぐ帰ることにした。またもやすっげーとかすごいと二人が驚いてくれるのはやはりうれしいものがある。それはさておいても。

 

「……エル。ありがとう。今日は私の負け」

「いえいえ。気を付けてくださいね。遠慮なくいただくことにします」

 今日の競争は私の負けだろう。エルがいなければキッドに突っ込んでいるところだったのだから、私の注意力不足だ。

 

 次の日、私たちは競争中に同じ場所で私たちを待っていたキッドとアディに会って、二人に魔法を教えることになったのだった。




セラの魔法のイメージはワートリのグラスホッパーか、SASUKEのファーストステージがわかりやすいと思います。

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